ファンタスティック東弊重工

 ある天気の良い昼下がり、郊外にひっそりと建っている工場があった。
 背の高い木々が何本も植わっている工場の入口には、金属製のプレートに達筆な文字で『東弊重工』と彫られていた。
「なぁ、知ってるか。財団って奴らが居るらしいんだけどよ、俺らの工場で作ったものを集めているらしいんだ」
「ほほぉ」
 その部屋には、数人だけが居て、作業机に座って会話を楽しんでいたり、壁際に凭れ掛かって携帯電話を弄ったりしていた。時計の針が指すのは十二時と十五分。彼らは今、昼休みの最中だった。
 二人の若者が話している間に、もう一人の若者が入ってくる。
「それ、俺らのファンって事か?」
「いやぁ、出荷前に取って行く事もあるらしいぞ」
 若者達はあまり情報通ではないらしい。
 若者の一人がまことしやかに噂話を聞かせると、他の二人は感嘆の声を漏らし、それが本当なのか聞いた。若者はこっくりと頷くと、二人は再び感嘆の声を漏らした。
「過激なファンだな」
「"団"って付くんだからファンクラブなんじゃないのか」
 そこに、彼らの先輩らしい四十代程の男が入っていく。細身で、使い込まれた作業服がよく似合う男だ。
「あ、先輩。今財団っていうのの話をしてるんですよ」
「財団だぁ?」
 露骨に顔を歪め、ばしばしと青年の肩を叩いた。
「そんな奴らの話をするんじゃない。聞きつけてきたらどうするんだ」
「そんなゴキブリじゃないんだから……」
 青年は痛そうに先輩の手を払いのけた。
 先輩は財団について知っているらしい。彼は「俺の自信作を取引先に送る前に盗んでいった上に、工場を丸ごと潰した事が何度もある」と話した。先ほど若者が話していた噂話はこの先輩の体験談のようだ。
 それを聞いて別の若者がその言葉に深刻そうにつぶやいた。
「工場の物全てが欲しいなんて、なんて過激なファンなんだ」
 他の若者たちも頷き合った。
 ファンが過激になりすぎないように抑えるのも製作者の役目だよな、と若者の一人が言った。
「非公式ファンクラブとは言え、ファンクラブだ。メッセージ送ったら読んでくれるんじゃないか」
「おお、そうだ」
「新作も付けて『強奪は辞めてください』って言えば聞いてくれるだろ!」
 そうだ、そうだと若者たちが言い合った。
 先輩は目を細めて三人を見ていた。薄く笑っていることから、「成功はしないだろうが好きにやらせておいてやろう」という姿勢であるのが分かった。

 何を送るか、と言って青年の一人が机の中から一枚のリストを出した。この工場で作った作品の一覧である。その半分は名称に線が引かれていて、恐らくはオーダーメイドの品で、すでに出荷されたか、製造中止されたかだろう。この東弊重工では、製品の量産が重視されるのではなく、技術と研究が重視されるため、同じものが作られる事があまりない。
「可愛いのがいいな。癒される奴。蛇とか」
「この針金の龍なんかどうだ」
「動物型限定かよ」
 わいわいと三人が案を出し合う。コンパクトで、持ち運びが簡単で、ファンを満足させられる品というのは、自然と選択の幅が狭まった。けれど、財団が集めているものは節操がなさすぎる為、彼らはどれを選んでよいのか分からなかった。
 五個ばかり案が出た頃、黙っていた先輩が溜息をついて口を挟んだ。
「おい、なんだそのチョイスは。」
「先輩」
「可愛くって癒されるっていうんなら、俺が片手間に作っている『メカニックネコちゃん♡』だろ!!」
 そして先輩は近くを歩いていた、本物の猫と寸分違わない、灰色の縞模様の猫の腕の下を掴んで持ち上げた。
 猫は嫌そうに「にーあー」と鳴いた。
「あの……先輩、ハートマークは必要なんですか?」
 若者の一人が、恐る恐る聞いた。
 先輩は勢いをつけて「馬鹿野郎!!」と怒鳴りつけた。
「可愛いものには敬意を払ってハートを付けなきゃいけないんだ!!」
 先輩が掴んでいる猫がそろそろ下してくれとばかりに「に"ぁ"」と低い声で鳴いた。
「くっ……こんなに可愛いにゃんこを財団なんぞに送り出すのは気が引けるが、ファンと聞いちゃ話が別だ。可愛がってもらえよ、にゃんこ」
 猫は床に下ろされた途端、弾かれた様に逃げ出した。
 若者たちは顔を見合わせて、少し間をおいてから頷き合い、拳を天に突き上げた。
 工場には雄叫びが発生し、「『メカニックネコちゃん♡』!!」のコールが暫く続いた。


 後日、サイト-81██に東弊重工から白い箱が届いた。
 外封されていた手紙には、以下のような文章が記載されていた。

SCP財団日本支部の皆さまへ
日頃のご愛顧に感謝して、我々の新作である『メカニックネコちゃん♡』を贈ります。
これに免じて、出荷前の製品や工場への襲撃はご遠慮いただけると幸いです。

 ██博士は手紙から目を離して、贈られてきた白い箱を見やった。
「何だ……? 爆弾でも入っているのか?」
 予め呼んでおいた爆弾処理班に箱を開けさせる。
 するとそこから、灰色の縞模様の猫がひょっこりと顔を出し、「にぁ」と鳴いた。
 それから軽くジャンプして地面に降りると、██博士の足にすり寄ってきた。
 握っていた手紙を落としかけて掴み直すと、裏にも何か書かれている事が分かった。

『メカニックネコちゃん♡』の仕様書
電源はありません。くず石を食べて稼働します。
嫌がる事をすると噛むことがあります。
名前を呼ぶと鳴きます。こちらに来るとは限りません。
『踊って!』と話し掛けるか、首元にあるスイッチを押すと、数分間踊ります。
それでは、可愛がってあげてください。

「……」
 博士が猫の首元にある小さなボタンを押すと、猫は二本足で立ち上がり、腰を振ったり、手を振ったりして踊りだした。
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
「……」
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
「分からん……私は一体何を見せられているんだ?」
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
「一体! 何が! 起こっているんだ!?」
 その時、██研究員がやってきて、「██博士!」と手を振って近寄ってきた。
 ██博士を探していたらしい。
「この書類なんですが」
「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」
 猫の踊りはラストスパートに掛かっている。
 心なしか表情が活き活きとしている。
「何ですこの」
「分からん!! 一体!! 何を見せられているんだ!!?」
「博士!?」
 猫は取り押さえられ、後日、人を混乱に陥れるミームを持つオブジェクトとして収容された。
 やはり東弊重工は危険な存在である。