Yogyogのサンドボックス
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『ねえジェレミー、説明書を彼に渡してくれない?』

……何の冗談か、コーギーが紙を一枚咥えて持ってきた。
スチールの机に乗った謎の物体に寄り添わせるように、器用によだれで少し濡れた紙を置くコーギー。

「なぁ、おもちゃのテストとしか聞いてないんだが」
『そうよ、あなたの力を借りたいの。それを読んで、おもちゃの間違った使い方をしないか、やってみてもらいたいのよ』

スピーカーから聞こえる若い女の声は、コーギーが狭い部屋から出るのを確認するなり、テストの開始を告げた。

『はい、スタート!』
「……まぁいいか、そういうことなら」
 


 
「で、彼がミスターズの……なんだっけ?」
「名前を使った生き物を作った可能性があります、確証はありませんが」

報告とともに、アシスタントのエマからスプーンを受け取る。

「ふぅん……ま、それが本当でも嘘でもどっちでもいいや。おもちゃのテストをする人は、いくらいたってかまわないんだし」

モニターを見ながらアイスクリームを一すくい、甘く冷たい食感に頭の歯車が噛み合うのを感じる。

「彼が良い子なら、説明書通りに動かすと思うんだけど」
『なぁ、触っていいんだよな?』
「うぐ……ええ、どんどんやってちょうだい!」

突然のスピーカーから響く声に、飲み込んだアイスが喉を凍らせる。

「見た限りでは、真面目ですね」

エマの言う通り、彼の動きは説明書を読んだ子供の理想的な遊び方に見える。
ふふん、と得意げに胸を張り

「私の書き方がいいからね!……というか、本当にあんなひねくれたミスターズのパロディを作ったとは思えないんだけど?」
「あくまでも疑いですから。関わった可能性があるという」
「何よそれ!こんな真面目で良い子がやったっていうの?何かの間違いじゃ」

ビシャ!

モニターから視線を外した途端にスピーカーから聞こえる、叩きつけるような水音。
そのあとに起こる音を察してスピーカーの音を絞り

「……いいえ、エマさん、よくやったわ。彼は悪い子ね!」
「注意書きの部分を見逃したのか、省いてしまったのが原因です」
「そんなことだろうと思った!次は素直で良い子を見繕ってきて!悪い子じゃだめよ?」

今では赤一色モニターに目を戻し

「おもちゃで遊ぶことも満足にできない悪い子に、私たちワンダーテインメントTMのおもちゃはもったいないわ!
ジェレミー、お部屋の掃除をしておいてね!」
 


 
「あちゃー、案外早かったな」

バイタルサインの数値が急低下したことを知り、思わず声に出してしまった。

「まぁいい、次はもっと素直なやつにするかね。ミスター・すなおってな、どうだい?」
「……あんたが何を言ってるのかわからねえよ!なんなんだよこれは!」

ベッドに縛りつけられた若い男が喚き散らしている。

「いいねぇいいねぇ、その反抗的な態度。悪い子は大好きさ!」
「ふざけんなよ!適当なババアにオレオレ詐欺でもやらねえか?って話だったろ!?」
「犯罪行為だとわかっているのについてきてしまう、そんなところもいいぞ!」
「ほめるところじゃねえだろ!さっさとはな……」

メスや鉗子などの手術道具を取り出すのを見て、興奮した顔が青ざめるのが見て取れる。

「なぁおい、冗談だよな?ほ、本気じゃねえよな?」
「君のような悪い子を作り変えるのは、いつも楽しいものだ」
「うっそだろ、嘘だって言ってくれよ!」
「言っただろう?君のような悪い子は使いやすくて大好きだって!」
「やめ……」

吸入器で笑気ガスを吸わせてやると、さすがにおとなしくなった。

「まだ意識は残っているだろう?最後に教えてやる」

麻酔薬を注射器に吸い上げ

「俺はな、悪い子が引っかかるようなものを作っているのさ!
まともな奴らは正規品を手に入れて、そうじゃないやつが俺のバッタもんに引っかかる!
それに引っかかる悪い子なら……少しぐらい減ったほうが世の中のためだろ?」

腕に薬液を入れてやる。

「じゃあな、悪い子。目が覚めたらお前は、ミスター・すなおだ!新しい人生、楽しもうね!」
 


 
ネット上の掲示板から、ミスターズに関する情報を探す。
その中で、ミスターズのパロディを作ったとされる若い子で連絡を取れる相手を探し、ダミー会社の名前で製品モニターへ誘う。

「ええ、明日弊社へいらしてください。仕事に応じてもらって感謝します」

それでは……と電話を置く、ここまではいつもの流れだ。
ふと見ると、ニキビ顔の若い女の子がこちらをのぞき込みながら口を開いた。

「で、今度の『ミスターズもどき』はどんなの?」

この『ミスターズもどき』という呼称は、先ほどのような形で見つかる人間を指している。
本来であれば、ミスターズのパロディを作った者たちはそう簡単に姿をつかませない。
それなのに、この『ミスターズもどき』は意外と簡単に見つかるのだ。
しかも

「話した感じでいえば、素直な良い子かと。……こちらの注文通りに」

少し前に、同じ『ミスターズもどき』の前で話をした内容に近い人物像で。
明らかな罠に見える、のだが……

「よし!それじゃあ最後のチェックに使えるわね!」

そんなことは気にもせず、今日は調子よく頭の歯車が回ってそうだ。目の前のお嬢様、ワンダーテインメント女史は。
まぁ、機嫌がいいならアイスクリームを渡さなくても大丈夫だろう、いくら体形が細くとも健康に悪い。

「それにしても、彼らを作っているのは何者なんでしょうね?」
「知らないわ!」

即答、か……と思っていると、お嬢様は言葉を続けた。

「推測でいいなら、日本で“博士”って言われてるやつだと思うけどね!
色んなところでそれらしい偽物作ってるって話だし、うちのおもちゃの情報を手に入れたいんでしょ!偽物を作るのに!
勝手に名前を使われるのは困るけど、今のところ出回ってるものなら悪い子が引っかかるだけだから、放っておけばいいわ!
最近の私たちに挑発的なミスターズのパロディと違って、ミスターズの偽物にしても質がそれなりに高いのは評価できるわ!」
「その、間違いなく盗聴されてるのですが」
「小さなことよ!重要なことは何一つわかりはしないわ!聞かせたくないときは、私とジェレミーの会話が流れるようにしてあるから!
それに、作るものがある程度わかれば、偽物も探しやすいわ!それなりの会話だけ聞かせてやれば、それに近いものが出回るからね!」
「あぁ……なるほど」

盗聴されてるとわかっていて、さらに対策も万全とは……お嬢様もこういうところは抜け目がない。
少し感心していると、お嬢様はボードゲームのボードや駒を箱から取り出し、今まで送り込まれたナンバーズもどき達をテーブルへ向かわせ

「さあ、とりあえず二人ずつ7組で遊んでちょうだい!今回の目的は……そうね、難易度:Apollyonでミスター・いきのこり以外の勝利条件を満たせるか、試してみて!」
「……またきつい条件ですね」
「生き残りゲームじゃつまらないでしょ?何か他の条件もないとね!」

彼らは黙々と、文句も言わずにゲームを始める。
盗聴盗撮その他諸々……こちらの技術を盗むために改造され、送り込まれてきたナンバーズもどき達。
彼らはみな、何度目かのお仕事でおもちゃに殺された事になっている。
それにしても……

「彼らも、元は人ですよね?」
「それがどうかしたの?もう人じゃないのよ、彼らは」

それはわかっている、のだが……。

この姿を見ると、それを忘れてしまいそうで」
「忘れていいでしょ、今は人の判断力だけがあるロボなんだから!」