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SCP-210-FR //(写真 07/12/20██)
脅威レベル: ウサギ

オブジェクトクラス: ウサギ
特別収容プロトコル: いいえ、それはウサギです。
説明: SCP-210-FRはウサギです。
SCP-210-FRは体長38cm、体重2.1kgのウォーレンという名の黒ウサギです……
SCP-210-FRは体長14.9インチ、体重4.6ポンドの消炭色のアナウサギ(Oryctolagus cuniculus)です……
SCP-210-FRは質量と体重を持ち、#000000の毛色をした毛皮を持つウサギの雌個体です……
SCP-210-FRはあります。


ささやかですが、店の印象を決める最初の一品です。
SCP-……-JP、拡大しています!
推定速度、光速の約……倍です!
オルバース重力波望遠鏡からの情報を反映します!
アンドロメダ銀河、消滅を確認!
地球への到達予想時刻は……です!
O5評議会へ連絡を! 今すぐE-1計画を──。
無駄だ。宇宙全てが食われるというのに、どこへ逃げる?
おお、神よ──。
*
戸神 司とがみ つかさは空腹だった。
何だか、もう随分長いこと食事していないような──そんなはずはないのだが。財団エージェントたる者、身体は資本。なるべく規則正しく、バランスの取れた食事を心がけている。
しっかりしろと自分を叱咤する。英語力という武器を買われての、アイルランド支局出張なのだ。実績を残さなくては。そして、一日も早く、一人前のエージェントにならなくては。
あの人に合わせる顔がない。そう思った瞬間、ぐううと腹が鳴った。どういうタイミングだと、我ながら恥ずかしくなる。まあ、腹が減るのは元気な証拠か。あれからしばらくは、何を食べても砂を噛んでいるような味しかしなくて、水を飲むのさえ億劫おっくう だった。
何か軽く腹に入れた方がいいだろうか。Eddie Rocket’s──ダブリン発祥のファーストフード店──でもないかと、周囲を見渡す。
何も無い。
司が纏まとうカルヴァンクラインの黒スーツ──セキュリティクリアランス・レベル2付与の祝いに、あの人がオーダーメイドしてくれたものだ──よりも深い闇に、全てが沈んでいる。
神が創造を始める前の宇宙のような、母親の胎内でかつて見ていたような、静謐せいひつ で完璧な闇が、果てしなく広がっている。
それにも関わらず、その小さな影ははっきりと見えた。
(兎?)
司のスーツとお揃いにしたかのような、真っ黒な毛並みだ。長い耳をぴくぴくと震わせながら司を見つめ──存在しない地面を蹴って走り出す。
(待って!)
不思議の国のアリスよろしく、兎の後を追う司。いかに財団エージェントとはいえ、兎に徒競走を挑むのは無謀かと思われたが、なぜか兎は司を引き離さない。一定の距離を保ったまま、彼の前を駆けていく。
(ここは──)
どこなのだろう。今更ながらに考え始める。頭の中に霧が掛かっているかのように、思考がまとまらない。諜報局アイルランド支局に出張になって、異常存在の探索任務に当たっていた。そこまでは思い出せるのだが。
やがて、闇の中に長方形の何かが見えてきた。
(ドア?)
材質は木だろうか。表面には4本の手と足を持つ男性の姿が彫刻されている。ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図をモチーフにしているのか。その表面にはこんな文章が刻まれていた。
〈時代遅れになり、世界は死んだ。これはその景色だ〉
ドアは半開きで、隙間から明かりが漏れている。兎はその中へ、するりと身を潜らせる。
(ドア──そうだ)
自分が探していた異常存在は、ドアの形をしているのではなかったか。これがそうなのか。
財団の目となり耳となり、時には代理人にもなり、未収容の異常存在アノマリー を確保する。それが財団エージェントの責務だ。
(果たさなければ)
ノブに手を掛け、一気に開く。スマートフォンに仕込まれたカント係数機のメーターも確かめずに。若いとは言え、司も財団エージェント。普段の彼なら、そんな迂闊うかつなことはしなかっただろう。まあ、慎重になったところで、他にやることはないのだが。
この無限の虚無──かつての宇宙に残っているのは、彼とそのドアだけなので。
*
光に目が慣れるより早く、嗅覚が反応した。
(コンソメスープ?)
馥郁ふくいくたる香りが、空っ腹にボディブローを食らわせる。髄ずいや軟骨まで煮込んだ、とても手が込んだもののようだ。子供の頃、祖父が連れて行ってくれたフレンチレストランの味を思い出す。そういう本格的なコンソメは、塩の味ではなく肉の味がするものだ。
次いで反応したのは、聴覚。楽しげな談笑や、かちゃかちゃと食器が触れ合う音、適度な音量のクラシック音楽。
ようやく光に目が慣れて。
「!」
司の目が見開かれる。
そこはレストランだった。それも高級そうな。クリスタルガラスのシャンデリアに照らされるのは、品のいい猫脚の椅子とテーブル。金縁の皿の上では、めくるめく味の饗宴が繰り広げられている。
香ばしく焼きあがった表面と、恥じらうかのような桃色の断面が美しいグリエ。透明なゼラチンに色とりどりの食材を閉じ込めたテリーヌ。溶けてしまいそうなぐらい柔らかく蒸し上げ、鮮やかな赤ワインソースをまとわせたプレゼ。
席に着く客たちも、この美食の殿堂に相応ふさわしい装いだ。男性はシックなスーツ、女性は華やかなドレス。
問題は、彼らの首から上だった。
犬、
猫、
狐、
熊、
チンパンジー、
牛、レッサーパンダ、馬、象、鷲ワシ、虎、ライオン、ゴリラ、カンガルー、ワニ、鶏ニワトリ、イグアナ。
彼らの頭部は、尽ことごとく動物のものだった。
一瞬、精巧なマスクを被っているのかと思ったが、すぐに違うと分かった。犬の紳士の舌はひらひらと揺れ、豹のレディの牙はばりばりと肉を噛み砕き、ペンギンの老人はくちばしに器用にスープを流し込んでいる。何より、目が生きていた。知性の輝きがあった。
その内の一つ、リスの子供の目が司の姿を捉え──はっきりとした英語の叫びを上げた。
「ママ、見て! ヒトhumanがいるよ」
彼の母親らしきリスの婦人が、怪訝けげんそうに顔を上げ──ワイングラスを取り落とす。グラスの砕ける音と悲鳴のユニゾンが、レストラン中の視線を集める。リスの婦人を経由して、司へ。
「おい、あれ」
「ヒトじゃないのか」
「何で店の中に」
「立っているぞ」
「服を着ているぞ」
「まさか、カンニーじゃ」
ざわめきはたちまち周囲に広がっていく。司を包囲するように。
「お客様、申し訳ありません!」
「くそっ、どこから入りやがった!」
エプロンを着けたハイエナたちがこちらに向かってくる。レストランの店員だろうか。明らかに司を歓迎しようという雰囲気ではない。
「す、すいません、怪しい者じゃありません! すぐに出ていきますから」
慌てて弁明する。さすがは帰国子女。発音もアクセントもほぼ完璧だった。しかし。
「気を付けろ、武器を持っているかもしれないぞ!」
「俺が正面から行くから、お前たちは」
「警察に連絡を!」
店員ハイエナたちは司の言葉を完全に無視している──いや、違う。無視とはまだしも意思の要る行為だ。彼らの振る舞いはそもそも司の言葉が。
(聞こえていない?)
そうとしか思えなかった。状況が飲み込めないまま、司は身を翻ひるがえ して背後のドアを開け放ち。
硬直する。
ドアの向こうは厨房だった。長い調理台の上に鍋やフライパンが並び、猪のコックたちが驚いた顔で司を見つめている。
(ど、どうして──あれ? そもそも、僕はどこからここへ来たんだ?)
21.05という類稀たぐいまれなCRV──Cognitive Resistance Value: 認知抵抗値。言わば、異常な情報の処理能力──の持ち主とは言え、司も人間。その脳は三次元の基底世界に合わせた構造になっている。時間も距離も因果律も意味を成さない虚無の空間の出来事など、ほとんど知覚できないし記憶にも残らない。
「捕まえろ!」
店員ハイエナたちは、もうすぐ背後まで迫っている。混乱しつつも、冷静に並列処理を進める。
司の袖から超小型のデリンジャーが飛び出し、鮮やかに掌に収まる。あの人に仕込まれた"護身術"の一つ、袖仕込み銃スリーブガンだ。銃口を天井に向け、引き金を引く。
「こ、こいつ、銃を持ってるぞ!」
言葉は通じなくても、威嚇いかく射撃は通じるらしい。店員ハイエナの叫びと共に、レストラン内はパニックに陥る。馬は嘶いななき、アルマジロが椅子から転げ落ちる。インコが飛び上がって、天井に頭をぶつける。動物園を逆さにしてぶちまけたような騒ぎに阻まれて、ハイエナ店員たちは司に近付けない。
すかさず厨房に飛び込む。おろおろする猪のコックたちの間を潜って、裏口らしきドアを目指す。
「おい、何だこいつは!」
巨体にドアを塞がれた。コック長だろうか。一際高いコック帽を被り、体格も立派な猪が、梃子てこでも動かんとばかりに腕組みしている。
「仕事の邪魔だ、さっさとつまみ出せ!」
と命じているのは、あくまで部下たちにだ。司には話しかけてすらこない。駄目だ、こいつも話は通じそうにない。
司はデリンジャーの引き金トリガーに指を掛けて、躊躇ためらう。先程と違い、狭い部屋だ。威嚇射撃でも跳弾が当たる恐れがある。
(どうしたら──)
あの人の教えが脳裏を過よぎる。一瞬で周囲を見ろ。使える物と状況は全て使え。使って、相手が嫌がることをしろ。
湯気を立てる寸銅鍋を肘打ちし、ぐらつかせる。完全に倒さない程度の、絶妙の力加減で。
「あ、こいつ! 三日間煮込んだスープを」
慌てて鍋に駆け付けるコック長。すかさずその横をすり抜け、ドアを蹴り開ける。
──あんな回りくどいことをせずとも、さっさと射殺すれば良かったのでは。あえて、それは考えないようにしながら。
*

SCP-280-FR-2の若年個体の写真。
アイテム番号: SCP-280-FR
脅威レベル: 橙 ●
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-280-FRは常時ロックされているべきです。住居は財団の財産であり、居住者である5人の職員は通行人の出入りを監視し……
説明: SCP-280-FRはアイルランド、ダブリンの██████道上部に位置する長さ2.15m、幅0.9mのオーク製ドアです……
SCP-280-FRを通過すると、組織と文明が根本的に異なることを除けば、既知の世界に非常に近い世界に移動できます……
SCP-280-FR-1では、すべての動物が優占種の役割を果たし……

バラエティ豊かに、お客様のご期待を盛り上げます。
「うぃ~、ひっく、ラムズ川の落日にぃ~、ウィントリアの栄光輝ける~♪ 皇帝陛下ばんざ~い──うおっとっと」
度数の高いジンをしこたま聞こし召していた猿の労働者は、あっさり路地裏に引っ張りこまれた。
「何だ何だ、あんたも一緒に祝いたいのか──ほげえええ!?」
電動シェーバーに偽装されたスタンガンを首筋にあてがい、一瞬で昏倒させる。
すかさず彼が着ていたコートを引っ剥ぺがし、スーツの上から羽織る。司がこれを狙ったのは、フードが付いていたからだ。被った自身の姿を、窓ガラスに写して確認する。大丈夫、これなら間近で見られない限り、人間だとはバレないだろう。
立ち去る前に、白目を剥いて痙攣けいれんしている猿の労働者を、落ちていた新聞紙で包んでやる。凍死でもされたら、さすがに寝覚めが悪いので。
記事が目に入る。
〈ウィントリア帝国皇帝チャールズⅢ世陛下、在位10周年記念祝賀パレード、帝都イーデンのサージェント・ストリートで盛大に開催予定!〉
という見出しの横に、王冠を被った豚の写真が印刷されている。無論、そんな名前の国家も、こんな顔の国王も、司の世界にはいない。
そっと路地裏から出て、周囲を見渡す。そこは都市の只中だった。
(ロンドン──昔の?)
シャーロック・ホームズの映画で見たロンドン、19世紀ヴィクトリア朝時代のロンドンに似ているかもしれない。産業革命によって繁栄を極めた、大英帝国の帝都。斜陽の貴族と、成り上がりのブルジョワが微笑みで睨み合う近代の都。ガス灯にも照らせぬ闇に貧民がひしめき、切り裂きジャックが跳梁した霧の都。
ぎっしりと、これで人が通る隙間があるのかという程、建物が密集している。そのほとんどが三階建て以上だ。土地不足を補うためなのだろう。その合間から空を見上げると、谷底にいるような気分になる。
そんな近代化・合理化に抗うかのように、随所に歴史の古そうな建物も見える。大英博物館に似た、白亜の大列柱に支えられた古代ギリシア風の建物。セント・ポール大聖堂に似た、巨大なドーム屋根を王冠のように掲げた建物。ビッグ・ベンに似た、天を貫くような時計塔を備えた建物。
擬似ゴシック様式とでも呼ぶべきそれら建造物は、しかし近代的な町並みから浮いてはいない。家々の煙突から、高架上を走る鉄道から、絶えず吐き出される排煙──いや、これを″霧″と言い張った英国紳士に敬意を表して、そう呼ぶことにしよう──が、全ての輪郭をぼやけさせ、見事に統一感を与えている。
ロンドンが美しいのは、視界を覆う霧が無限の奥行きを感じさせるからだ。そう言ったのは誰だったか。昔日せきじつ のロンドンに憧れるシャーロキアンなら、感涙ものの光景かもしれない。
────。
(いや、無理か)
いくら街並みが似ていても、住人がこれでは。
シルクハットにステッキ片手の紳士も、
日傘にバッスルスタイルドレスのレディも、
彼らに追従する従者フットマン も、
買い物帰りのメイドも、
声を張り上げるパブの呼び込みも、
ガス灯を見回る点灯屋も、
煤で真っ黒になりながら働く煙突掃除屋も、
路地裏で客の袖を引く娼婦も、
そして、無邪気に走り回る子供たちも、
行き交う住人たちの頭部は、全て動物だった。
司は思わず目眩めまいを覚えた。さすがの財団エージェントも少々手間取る光景だ。即ち、これは現実なのだと、自分に言い聞かせる作業に。
(やっぱり異世界か)
クワナ式異世界分類で言えば、異生態系タイプⅡ。人類以外の生物が知性に目覚め、文明を築いている世界だ。宇宙は無数の平行世界を内包している。そういう可能性が具現化した世界もあるだろう。
(けど)
街並みが19世紀のロンドンに似ている点は、まあ知的生命体のやることなど結局は似たようなものだから、で説明が付くかもしれない。しかし、その住人たちが英語を話しているのは、どういう原理だ? しかも、古めかしいキングズ・イングリッシュまで再現している。
(い、いや、今重要なのは、それじゃない)
優先順位を付けろ、何事にも、常に。あの人の教えを思い出す。時には自身の生命さえ、後回しにしなければならないのが財団エージェントだ。桑名博士に『あの分類、当てにならないですよ』と文句を言うのは後でもできる。
深呼吸一つ、思考をクールダウン。自分にとって、何より優先すべきは。
そう、一人前のエージェントになることだ(目前で人がマヨネーズになっていても冷静になれる、司にとっては魔法の言葉)。そのために、今すべきことは。
(帰らなきゃ)
そのための方法を考えることだ。
そもそも自分は、どうしてここにいるのだろう。任務の一環で? 確かに、それなりに危険な任務も任されるようになってきていた。望み通りに。何かの事故で? 確かに、水溜りを踏んだだけで異世界に落ちることだってあるだろう。あそこはそういう世界だ。
どちらにせよ、なぜ経緯が思い出せないのか。改めて記憶を振り絞るが、いくら拷問されても脳は何も喋らない。知らないことは、喋りようがない。
(いや)
微かに、記憶を閉ざす闇に何かが浮かぶ。黒い瞳、黒い毛皮、時折こちらを振り返りながら、闇を軽快に跳ねていく。ボールに飛びつく犬のように、自分は衝動的にそれを追いかけて──。
背後の路地裏から何者かが現れたのを感じて、追想を中断する。
慌てて振り返ったりせずに、そのまま歩き続ける。視線だけ動かし、窓ガラスで背後を確認する。あの人に仕込まれた対尾行術は、最早日常の仕草になっている。
フードの下で、司は息を飲んだ。
(人間!?)
そこにいたのは人間だった。おそらく男性。
司は思い出していた。レストランでリスの子供が上げた叫びを。
『ママ、見て! ヒトがいるよ』
そう、あの坊やは司をヒトと呼んだ。つまり、この世界にも人間はいるのだ。
(う──)
しかし、司はその男性に話しかけることはできなかった。
ぼさぼさの長髪。肋骨が浮くほど痩せた身体は、埃塗れで異臭を放っている。それだけならまだしも、四つん這いで歩き回り、一糸纏わぬ全裸ときては。
視点の定まらぬ目は、司を気にしている様子もない。くんくんと鼻を蠢うごめかせ、地面を嗅ぎ回っている。その目が、かっと開かれる。襲ってくるのかと身構えたが、そうではなかった。男性はゴミ箱に突進し、頭を突っ込んだ。ふがふがと呻きながら、ジャガイモの皮や魚の頭を撒き散らしている。
手は一切使わずに。
「これ、散らかすんじゃないよ!」
近くの建物から現れたアザラシの婦人が、箒ほうきを振り回して追い払う。男性は四つん這いのまま、元来た路地裏に逃げ込んだ。
「まったく、最近野良ヒトが増えて困るわ」
彼女のぼやきで、司は大方を理解した。追い打ちを掛けるように、がらがらと車輪が回る音が近付いて来る。そう、19世紀のロンドンでは、街中の交通手段はまだ馬車だったのだ。
それは所謂いわゆる乗合馬車オムニバスだろう。二階建ての客室キャビン には動物たちがぎゅう詰めになっている。いや、正確には馬車ではないか。
引いているのは人間だった。
筋肉隆々の身体、短く刈り込まれた髪は、先程の男性とは対照的だった。逆に言えば、相違点はそれしかない。彼らも全裸で、四つん這いだった。四人一組の引き具チームハーネスに繋がれ、羊の御者に鞭を浴びせられても、怒りも痛がりもしない。ただ黙々と引いている。
何も見ず、何も表さない、虚ろな顔で。
あの顔は、奴隷の顔ではない。
(──家畜の顔だ)

海亀のスープ、知ってて知らないその味は。
ネルソン記念柱に似たモニュメント──上部のネルソン像は頭部が鯨クジラだったが──が建つ広場を、それらはひっきりなしに行き交っていた。
現代のタクシーに相当する、一人乗りの辻馬車ハンサム・キャブ。貴人向けであろう、華麗な装飾を施された箱型馬車ランドー。野菜やビール樽を満載した荷車までも。引いているのは、全て人間だった。
不平不満は愚か、媚びへつらいすら口にせず。
(そもそも喋れないんだ)
それがこの世界の"人間"なのだ。
司を見た動物たちが驚いたのも無理はない。司の世界で例えるなら、猿が服を着て喋りだしたようなものだろう。あの時無抵抗のまま捕まっていたらどうなっていたのだろう。レストランから摘み出されるだけで済んでいただろうか。あるいは裸に剥かれ、ああして馬車──いや、人車を引かされていたのではないか。
罰としてではない。それが適切な処遇なのだ。そんな世界に今、自分は只一人。
(何てことだ)
色々聞いてはいた。先輩エージェントたちの殉職ぶりは。中にはいっそ死ねたほうが幸せそうな例すらあった。今の自分の境遇はそれに匹敵するのではないか。
(任務で死ぬなら、まだいい)
強がりでもそう思える程度には、司も財団エージェントになっていた。だが、これでは殉職にすらならない。ただの無駄死にだ。それだけはできない、死ぬのは一人前のエージェントになってからだ。そうでなければ。
(あの人に合わせる顔がない)
帰らなければ、何としてでも。
とりあえず、あのレストランを調べよう。覚えていないが、どこかに元の世界に繋がるポータルがあるのかもしれない──もし、何も見つからなかったら?
絶望の泥濘でいねいに身を委ゆだねたい衝動を堪えて、建築的思考を維持する。自分が行方不明になっていることは、財団もすぐ気付くだろう。救助が来るかもしれない。しかし、それがいつになるかは分からない。
あの人に教えられた、敵性環境でのサバイバル術を思い出す。長期間に渡って孤立する場合、まずは安全な潜伏場所を確保しなければならない。敵の目に付き難く、雨露が凌しのげて、何より──。
「ママー、今晩のご飯はなぁに?」
「奮発してミートパイにしたよ」
ぐううう。
(う、うう)
何より、食料が手に入りやすい場所でなくては。
(本当に、何だってこんなにお腹が減っているんだ)
空腹感は更にひどくなっている。レストランで美味しそうな料理を目にしたのが良くなかったのか。空腹のまま任務を続ける訓練も積んではいるが──これまでで二番目ぐらいに辛い訓練だった──、不利な要素は排除しておくに越したことはない。
この世界でドルやクレジットカードが使えるはずもない。気が咎めないでもないが、こっそり失敬するしかないだろう。八百屋の店先でカバの店主が呼び込みの声を張り上げている。あんな店から盗むのはリスクが高い、店主だけでなく客の目もある。大量の食料がありながら誰も監視していない、そんな場所が望ましいのだが。
不意に、芳しい香りに鼻腔をくすぐられる。
(コーンドビーフ?)
日本ではほぐした牛肉の缶詰を指すが、欧米ではブロック肉であることが多い。程良く塩味の効いた熟成肉は、サウザンドアイランドドレッシングを塗ってスイスチーズ、ザワークラウト──ドイツのキャベツの漬物──と共にライ麦パンに挟むと美味い。想像してしまい、思わず唾を飲み込む。
視線を上げると、煉瓦造りの建物が目に入った。中からは蒸気の噴出を伴う機械音が響いてくる。この街によく見られる集合住宅ではなさそうだ。一階部分に開けられた出入り口から、荷車が出てくるところだった。
荷台には銀色の缶詰が満載されていた。
(しめた、缶詰の工場なんだ!)
ここの倉庫なら店先から盗むよりは楽だろう。見れば出入り口は開けっ放しで、現代の工場のようにセキュリティもしっかりしてはいまい。
時折漂ってくる香りに耐えながら、じっと辺りが暗くなるのを待つ。やがて、霧の彼方から郷愁を誘う鐘の音──あのビッグ・ベンもどきの時計塔が鳴らしているのか──が響き、出入り口からぞろぞろと従業員の動物たちが現れる。談笑したり、大仰そうに肩を解しながら去っていく。帰宅するのか、それともパブにでも寄るのだろうか。
工場が静まり返る。どうやら今日はこれで終業のようだ。念のためもう一時間程様子を見てみたが、警備員が見回っている様子もない。
塀を乗り越え、予あらかじめ狙いを定めていたドアに駆け寄る。積み上げられた木箱の影になって、外からは見え辛いのだ。さすがに鍵は掛かっていたが、超音波測定や解析プログラム付きの鍵開けツールに掛かれば、二、三回の試行で開いてしまった。司の口元が緩む。
(あの人は、昔は大変だったんだぞって言ってたな)
何でも鍵穴から響く僅かな音から、構造を推測して開けていたのだとか。申し訳ないが、新技術の享受は若者の特権だ。
中には、現代の物に比べると不格好で大柄な機械類が並んでいた。音からして動力は蒸気なのだろう。見れば、天井には電球らしい物もぶら下がっている。ここまで来れば自動車の登場ももうすぐだろう。そうすれば、あの可哀想な同族たちも重労働から解放されるのだろうか。
(だとしても)
彼らが知性に目覚める訳でもない。この世界の最底辺から浮上する日は、永遠に来ないだろう。そもそも、彼らは虐げられている訳ではない。言わばそういう進化を選んだのだ。司の世界の犬や馬が、人間に仕えることでそのお零こぼれに預かっているように。
財団がこの世界の状況を知ったら、どうするだろう?
(──何もしないだろうな)
数回ぐらいは調査チームが派遣されるかもしれない。しかしその結果、放置しても害はないと判断されれば、後は適当なカバーストーリーで入口を封鎖して終わりだろう。
財団の使命は確保・収容・保護であって、植民でも教化でも支配でもないのだから──と言うのが建前であることぐらい、司ももう分かっている。
財団が守ろうとしているのは、ケーキの食べ残しやライターの点火で消し飛び兼ねない世界だ。異世界の世話まで焼いている余力はない。
そう割り切らなくてはいけないのに。
(あの人なら何て言うだろう)
暗澹あんたんたる想いも、哲学的な命題も、その部屋を発見した瞬間棚上げになった。
(あった!)
倉庫だろう。銀色の缶詰が、天井近くまで積み上げられている。
その場で開封したい衝動を堪えて、道端で拾った麻袋に詰め込む。食事は睡眠に次いで無防備な状態だ。注意が散漫になる上、匂いが敵をおびき寄せる。だから極力安全な場所でやれ。あの人の教えはエージェントの教えである以前に、ヒトという獣としての教えだった。だからこそ、理に適っていた。
今回もその正しさを実感することになった。
車輪の音が近付いて来る。
(誰か来たのか)
これぐらいは想定の範囲内だ。窓から様子を伺う。箱型の人車が工場の敷地に入ってくるところだった。御者とその助手らしい二人組のカワウソが、何やら会話を交わしている。すかさずイヤホン型集音器を取り出し、窓ガラスにセットする。中に入ってくるつもりかどうか、見極めなくては。
「やれやれ、すっかり遅くなっちまったな」
「すいませ~ん、牧場のモンですが~! ありゃ、もう誰もいないみたいですよ」
「何、畜舎の鍵は預かってるから大丈夫だ」
人車の中からは、微かに何かの鳴き声が聞こえる。司がいるのとは別の棟に横付けされた。ほっと胸を撫で下ろす。あの様子なら、作業が終わればすぐ帰ってくれそうだ。
撫で下ろした、その胸が──。
「よし、さっさと終わらせるぞ」
危うく、しゃっくりを上げそうになった。
カワウソの御者が人車の扉を開けた途端、司は中で鳴き声を上げているものの正体を知った。
人間だった。
生後7、8ヶ月ぐらいの赤ん坊だった。荷物のようにぎっしりと詰め込まれ、けたたましい泣き声を上げている。
そこでようやく、司は缶詰の表装をまじまじと見た。やはり、空腹で判断力が鈍っていたのか。
"おいしいよ!"
"ヨンプシャー牧場産!"
"添加物は入っていません!"
満面に笑みを浮かべた赤ん坊たちが、口々に叫んでいた。

今日もどこかの海で、間抜けな魚が網に掛かる。
ショーウィンドウに飾られた靴には、"国産ヒト皮100%使用!"という宣伝文句が添えられていた。
缶詰をその場に放り出して、地獄めいたあの建物──工場なんて呼び方はあまりに悍おぞましい──を飛び出した司は、服飾店街の至る所に人間の死体が陳列されているのを見た。帽子、手袋、ベルト、財布にハンドバッグ。つやつやになめされ、綺麗に染色されて。
その豊富さ、多様さは、皮の持ち主たちが自然死するまで待っていたとは、とても思えない──つまり、剥ぐのを。
この世界における人間の用途は、運搬力だけではなかったのだ。冷静に考えれば、その方が自然だ。司の世界における牛も、あらゆる用途にフル活用されているではないか。
(今の僕は、異世界に紛れ込んだ異邦人──)
などでは、なかった。
(今の僕は──)
「おおい、こっちだ!」
「こら、大人しくしろ!」
飛び上がって逃げ出したくなるのを、必死で自制する。自分に言っているのではないことは、声の向きから分かった。
犬の警官たちが、刺股のような器具で野良ヒトを取り押さえている。彼らが乗ってきた人車は檻のような構造になっており、中にはいくつもの暗い影が蠢いている。
彼らがどうなるのかは、分からない。しかし、保健所に連れて行かれる犬猫を連想したのは、多分そう外れていまい。
(今の僕は、狼の群れに紛れ込んだ羊だ)
手回しオルガンを回すダチョウの大道芸人の周りに、動物たちが集まっている。皆、穏やかな表情で、その鄙ひなびた音色に聞き入っている。山羊、アライグマ、象、ビーバー、カンガルー、地面に置かれた帽子にチップを投げ入れているのは、偶然にも草食動物ばかりだ。
関係ない、頭部の形状など。奴らは皆、人食いの狼だ。自分の正体を知った瞬間に豹変するだろう。フード付きコートの襟をぎゅっと締める。狼から奪った狼の皮を被って、必死に狼の振りをする。この薄皮一枚の向こうは、狼に包囲されている。
この状況下で、元の世界に戻る手段を探せと? ミッション・インポッシブルにも程がある。
(どうしたら──ああ、やっぱり僕は)
あの人から独り立ちするには、まだ早かった──。
「いらっしゃ~い、お一ついかがかね~」
ぐううう。
近くの屋台から漂ってきた甘い香りが、司を心奥の闇から引き戻す。
(ま、まずい、とにかく食べ物を手に入れないと)
──おかしいと、普段の司なら気付いただろう。いくら何でも胃が短気すぎる。レストランを出た直後はまだ我慢できる程度だったのに、空腹は早くも飢えに移行しつつある。即ち、コントロールできない段階に。
生憎、司がそれに気付けるようには、この世界はできていないが。
アヒルの屋台主が袋詰めにしているのは、焼き栗のようだ。ロンドンでは冬の定番甘味だ。茶色の殻は艶やかに焼き上がり、割れば湯気を上げる果肉が姿を現すのだろう。そして口に放り込めば、程良い焦げ味を伴う甘さが舌一面に広がって。
自覚がないまま、司はふらふらと屋台に近付く。手持ちの品と交換してもらえないだろうか。いいや、相手は素人だ。殴り倒して強奪すれば。
「おい、そこのお前!」
瞬時に背筋が真っ直ぐになる。今度の声は明らかに自分に向けられていた。
犬の警官──厳しいブルドッグの顔だ──のしわに埋もれた目が、司を睨み付けていた。彼我の距離は5mにも満たない。
(何やってるんだ、こんなに近付かれるまで気付かないなんて)
やはり空腹で判断力が鈍っている──と、そこまでは司も気付けるのだった。腹が減れば頭が鈍るのは、元の世界と同じなので。
「何で顔を隠しとる? 怪しい奴め」
警棒を弄もてあそびながら、にじり寄ってくる。落ち着け、自分に言い聞かせる。話しかけてくるということは、まだ人間だとバレた訳ではない。あくまで挙動不審者に対する職務質問だ。
相手の口調・仕草から、性格を分析する。権力を振りかざすのが大好きな、小役人タイプ。ただし、根っからの悪人ではない──真の悪人は他人に醜い面を晒したりしない──。
成功しやすい演技、それは相手が望んでいる演技だと、あの人が言っていたのを思い出す。
「お、お許しを。好きで隠してる訳じゃないんです」
顔にひどい火傷があって、幼い頃からコンプレックスでというストーリーを瞬時に練り上げる。相手の期待以上に卑屈に振舞って、自尊心を満足させる作戦だ。
──結局、無駄になってしまったが。
ブルドッグの警官がひくひくと低い鼻を蠢かせ。
「ん? この匂い──こいつ、ヒトか!?」
司に話しかけるのを、止めた。
(に、匂い!?)
しまった、頭部はただの飾りではないのか。その形状に応じた能力までちゃんと備えているらしい。
警官が背を仰のけ反らせて、遠吠えを上げる。たちまち街のあちこちからから応じる声が上がる。仲間を呼んでいるのか。
「カ、カンニーだ、カンニーが出たぞ!」
身を翻す司の背後で、アヒルの屋台主が叫ぶ。
(カンニー?)
そう言えば、レストランの客たちも司のことをそう呼んでいた。どういう意味だろう。ヒトの種類、なのか? ゆっくり考えている暇はない。
(こ、ここまで来れば)
路地裏を何度も曲がり、十分距離を取って。何食わぬ顔で人混みに紛れ込もうとするのだが。
「いたぞ、あいつだ!」
(なっ!?)
その度に、犬の警官にすぐ発見されてしまう。奴らも匂いで分かるのか、そう思ったのだが。
「市民の皆さん、カンニーにご注意下さい!」
「黒いスーツに、フード付きのコートを身に着けています!」
(服装まで完全に伝わってる。どうして)
情報の伝わり方をざっとシミュレーションする。おかしい、どう考えても早すぎる。この世界の技術レベルでは、個人が携帯できるような通信機はまだないだろう。警官たちは口頭でしか情報伝達できないはずなのに。ぎくりとする。
(そう言えば)
犬や狼の遠吠えには種類があり、状況に応じて使い分けているという説があるらしい。もしや彼らは、それをさらに進化させ、大量の情報を込められるようになったのではないか。まさに天然の警察無線だ。
「いたか?」
「こっちだ!」
しまった、挟まれた。あの人が言っていた、逃亡時のコツを思い出す。二次元の平面上を逃げ回ってはいけない。三次元の立体図を逃げ回れと。
そう、前後に逃げられないなら、上か下に逃げればいいのだ。
司の袖からワイヤーが飛び出し、先端のアンカーが雨樋を掴む。ぐいと引くと、スーツの下の超小型モーターがワイヤーを巻き取り、あっと言う間に司の体を4階の高さまで持ち上げる。
屋上からそっと警官たちを見下ろす。急に標的が消えて戸惑ってはいるようだが、なかなかその場は去らない。おそらく自分の匂いが残っているのだろう。
幸いこの街は建物が密集している。このまま屋根伝いに逃げれば、路上の警官たちをやり過ごせそうだ。
(早いところ服を着替えないと)
いっそ裸になって、この世界の人間の振りをするという手も考えたが、即座に棄却した。追われる点に違いはないし、エージェント用装備も全て捨てなければいけなくなる。あの人だったら、装備なんてなくてもどうにでもなるのだろうが。
(GOCの排撃班を、素手で殲滅せんめつしたって噂は本当なのかなぁ)
それはさすがに盛り過ぎだろうと、司も思うが──閑話休題それはともかく。
自分が正解を引き当てていたことなど、司には知る術もない。もし裸になったまま二、三日が経過したら、司は言葉も記憶も知性も失い、この世界の人間に成りきってしまう予定だ。
なぜかと問われれば。
この世界がそうできているから、としか答えようがないが。
屋根から屋根へ飛び移りながら、順調に逃げ続けていたその時。
「!」
間一髪。上空から覆い被さってきた投網を、司は転がるようにして避ける。ばさばさという羽音に混じって、悔しげな声が聞こえた。
「カァカァ、くそっ、身軽な奴め」
狡猾こうかつそうな目をした黒い鳥が、警官の制服に身を包んで上空を舞っていた。
(カラスの警官!?)
こんなのまでいるのか。さしずめ天然の警察ヘリか。
「おおい、カンニーはここだぞ!」
呼びかけに応えて、街のあちこちから黒い影が集まってくる。どいつも投網や刺股のような武器を手にしていた。
まずい、ここでは上空から丸見えだ。せっかく避難してきたのに、慌てて路上に戻る。無論、悠長に階段など降りていられない。通り掛かった荷車の幌ほろをクッション代わりに飛び降りた。衝突の瞬間、背中に仕込んだエアバッグも作動させたが、それでも衝撃で息が止まりそうになる。
(人間は)
何て不自由なのだろう。上下に移動するだけでこんなに手間がかかる。この世界では、人間であることは何のアドバンテージにもならない。社会的弱者である以前に、生物としても劣等種だ。
司は思い知った。いかにあの世界が、人間にとって恵まれた環境だったのか。
「こっちだ!」
「逃がすな、囲め!」
遠吠えが、羽音が、着実に司を包囲していく。焦りが視界をぐんにゃりと歪める。
建物が牙のように立ち並んでいる。空が飢えた目をぎらつかせている。地面がぺろりと足を巻取ろうとする。
世界が囃はやし立てている。そらそら、何をしている動物ども。早くその異物を捕まえろ。
その身体も、命も、可能性も、丸ごと缶詰に押し込んで。
──喰ってしまえ。
(く、来るな!)
まさしく狼に追われる羊のような、シンプルにして原始的な恐怖に駆られる。いや、最初から食われる立場である羊なら、ここまで怖くはないか。これは人間のみが味わいうる、食物連鎖の頂点から転落する恐怖だ。
「───」
無意識の内に何かを言いかけ──あの人に助けを求めている自分に気付く。
あの人はもういない。自分で何とかするしかないのだ。大丈夫、あの人の教えはちゃんとここにある──はずなのに。
ぐううう。ああ、どうしてこんなにお腹が減るのだろう。
その時。
「おイ、こっチだ!」
地面から伸びた手が、司を手招きした。
*
「くそっ、どこ行った?」
「おかしいな、匂いは残っているんだが」
「銃を撃つカンニーなんて前代未聞だぞ。こっちも銃の使用許可を」
「生け捕りにしないと、後で牧場がうるさくないか?」
「ええい、そんなこと構っていられるか!」
警官たちの話し声が遠ざかっていく。どうやらばれずに済んだようだ。足元のマンホールに自分が潜んでいることに。
「危なイところだっタなあ、兄弟」
「ありがとうございます、助かりまし──え?」
礼を言っている途中で気付く。
「ぼ、僕に言ってるんですか?」
そう、この世界に来て初めて、司は他人に話しかけられたのだ。
ランタンに火が灯り、命の恩人の姿が浮かび上がる。
ボロ布を全身に巻きつけて、辛うじて服の体裁を保っている。その合間から覗く手足は枯れ枝のように細く、栄養状態の悪さを伺わせた。
「当たリ前じゃなイか?」
顔を覆うボロ布が外され、司は彼が自分を助けてくれた理由を知った。
(人間!?)
髭もじゃで、薄汚れていて、年齢もよく分からないが、牙も角も嘴も生えていない。紛れもない同族の顔だ。
「しゃ、喋れるんですか!?」
「失礼な奴ダなぁ。もちロん喋れるに決まって──ああ、そウか、仲間に会うのガ初めてなんだな」
所々アクセントがおかしいが、それ以外は流暢な英語だった。動物たちの英語がどこか芝居の台詞じみているのに対して、彼のそれはちゃんと血の通った言葉として届いた。おそらく、表情という会話において重要なファクターが共通しているからだろう。
"風変わりな人間"はトビーと名乗った。そう、彼には名前もあるらしい。
トビーは乱杭歯を剥き出して笑いつつ、重いため息を吐いた。何とも器用なことに。
「カンニーの世界によウこそ。まあ、いいことばカりじゃないが、生きテは行けるさ」

本当に心を凍らせることができれば、楽なのに。
幼い頃はインドア派で本ばかり読んでいた司だが、隠れんぼだけは得意だった。
鬼の心理を的確に読んで、見つからない場所──と言うより、探されにくい場所に隠れるため、友人たちからは"霧隠れ司"と呼ばれて恐れられていた。まあ、エージェントの素質の片鱗は、この頃から見せていたと言うべきか。
鬼から、世間から隠れ、誰の目も届かない所にじっと潜んでいると、突拍子もない考えが脳裏を過った。今、世界の観測者は自分しかいない。世界全てがシュレディンガーの猫箱の中にあるようなもの。ならば、世界の在り様は自分次第ではないのか。
両親が離婚しなかった。思念の力で、そんな世界に塗り替えられるのではないか。光あれ、そう言うだけで神が天地を創造できたのは、当時の宇宙に観測者が彼しかいなかったからに違いない。
このまま見つからなければ、自分一人で居られれば。けれど、草むらや押入れや跳び箱の内側程度では、新たな宇宙を形成する結界足り得ず。
『おーい、もう降参だよ。出て来てくれ~』
鬼の哀願に、お人好しの司少年は渋々戻るのだった。両親のいない現実に。自力では何一つ変えられない、矮小な自分に。
(何で、こんなことを思い出したんだろう)
トビーの案内で下水道を歩きながら、司は内省していた。
(単に、隠れんぼからの連想か)
もっともトビーたちのそれは、遊びではなく命懸けだ。
閉ざされた円筒形の空間を、トビーの手にしたランタンが丸く照らしている。こうしていると、自分が血管に入り込んだウイルスのように思えてくる。その通りかもしれない。存在が許されない異物という点では。
「その服はご主人たチから盗んだのか? 尻尾の穴は自分で塞いだのか?」
「え、ええ、まあ──あの、あなたはもしかして」
「ああ、ご主人たちからは、カンニーと呼ばれテるよ」
カンニー。その言葉の意味も、トビーの説明でようやく知った。おそらく狡猾カンニンからの派生語だろう。それはこの世界の人間に希に出現する、異常に知能が高い個体を指す言葉だという。言葉を話し、道具も使え、何より自我がある。
「俺ぁ、元々は荷車を引いテいたんだ。嫌々引かさレてた訳じゃない。当時の俺にとっては当たり前だっタんだ。それがある日──」
主人の鞭を浴びた瞬間、それまで一度も使ったことがなかった"言葉"が、口を突いて出たのだという。
「痛ぇ、叩かなくてモ引きますよってな」
「その、ご主人たちの会話を聞いているうちに、徐々に言葉を覚えて──ではなくて、ですか?」
「ああ、それまデは、言葉を喋るどころか、頭に思い浮かべたこトすらなかったのに」
その一瞬で、トビーの世界は変わってしまった。主人の言葉が理解できる、看板の文字が読める、街や空の様相を脳内で言葉に変換できる。今までできなかったのが不思議なぐらい、無理もなく。
だが、何より変わったのは、彼が置かれた立場だった。
カンニーだ! そう叫ぶなり、主人はトビーに向けて銃をぶっ放してきたのだという。命からがら逃げ出したが、息をつく暇もなく今度は警官たちに追い回された。
「そこで、ようヤく分かったんだ。俺ぁ、この世界に居てハいけない存在なんだって」
発見次第、捕獲。もしくは射殺。それが、動物たちのカンニーへの対応だった。トビーは知性と引き換えに、家畜から害獣に転落した。
「彼らと話し合うことはできなかったんですか?」
「話そうとしタさ! 悪さはしなイから、そっとしておいてくれって! でも、駄目だった。ご主人たチは許してくれない。それ以前に、返事さエしようとしない。言葉は通じテも、心は通じないんだ」
トビーには気の毒だが、動物たちの気持ちは分かった。もし、人間並の知能がある猿が生まれたら、自分たちはどうするだろう。一匹二匹ならまだいい。しかし、どんどん増えて、勢力と呼べるぐらいの数になったら。地球が猿の惑星になってしまうのではないか。そんな恐怖を拭えないに違いない。たとえ、猿たちがどんなに逆らいません、仲良くしましょうと言ってきたとしても。
財団が定めるSK-クラス支配シフトシナリオの定義は、異なる知的生命体同士はいずれ必ず対立するという前提に組まれている。
「この街──ご主人たちは帝都イーデンと呼んでルらしいが──の地下にハ、大勢のカンニーが隠レ住んでる。いくツかの群れに分かれて、助け合って暮らしていルんだ。俺がいる群れは二、三十人ぐらイかな。何、みンな大人しい奴らだから、心配はいらねえよ」
「あ、ありがとうございます」
薄汚れた顔で笑うトビーに、司は泣き出しそうに──なっている振りをしながら、袖仕込み銃の感触を確かめていた。
追っ手から逃がしてくれる奴は、とりあえずは頼っていい。あの人はそう司に教え、すかさず続けた。ただし、そいつの背中をいつでも撃てるようにしておけよ、と。
そう、群れの仲間と合流した途端、トビーが襲いかかってくる可能性だってあるのだ。理由なんていくらでも思いつく。所持品を奪うためかもしれないし、猿のマウンティングのようなものかもしれない。最悪の場合、カンニーには共食いの禁忌がないということも有り得る。
結局、一人が一番安全だってことだ。自嘲気味に言うあの人に、司は訊けなかった。それは自分も含まれるのか、と。
(つくづく、僕達は分かり合えないな)
当然だ。あの人とすら分かり合えなかったのに、どうして赤の他人と分かり合えよう。
やがて、広い空間が見えてきた。元はいくつもの流れが合流する地点だったのだろう。今は使われていないらしく、壁に開いた横穴から水は流れ出ていない。
そこに、トビーそっくりの人影が、いくつも蹲うずくまっている。いや、容貌や体格はそれぞれ違うのだろうが、全員がトビー同様ぼろぼろの服装とも呼べない服装、薄汚れたガリガリの手足のせいで、見分けが付かない。
「みンな、新しい仲間だぞ!」
トビーがそう呼びかけても、虚ろな視線を向けるだけだった。それすらすぐに背けてしまう。あの人のお供で海外のスラム街にも行ったが、そこの住人たちとそっくりだった。群れているのに、この世に自分しかいないかのような、その佇まいが。
「何だ、マた連れてきたのか」
だいぶ間を置いてから、カンニーの一人が応じる。他の誰も相手をしないので、仕方なくという表情で。
「ご主人たチ相手に、大立ち回りしてイたんだ! きっと頼りニなるぞ」
何だか話が大きくなっているが、合わせておいた方がいいだろう。
「戸神と言います、よろしくお願いしま」
「放っておケば、ご主人たちが始末しテ下さったろうに」
自己紹介は淡々とした呟きに断ち切られた。嫌味など欠片も込められていなかった。ただひたすら、面倒臭そうなだけだった。
「な、何言ってンだ! 生きてイれば、いいこトだってあるさ!」
返事はなかった。カンニーAは他のカンニーたち同様、蹲って膝に顔を埋めてしまう。視覚も聴覚も遮断して、世界を拒絶するかのように。
隠れんぼのように。
(みんな大人しい、か。確かに)
トビーに仲間が居ると聞いた時は、協力してもらえるかもと期待した。滞在が長引くようなら、ちょっとした反抗組織レジスタンスに仕立て上げて利用──もとい、WinWinの関係が築ければとまで考えていたのだが。
カンニーたちの目には、煽あおるべき不満がそもそも存在していない。これでは、某小国で民衆を扇動して、暴動を起こしたこともあるというあの人でも無理だろう。
セルロイドの人形のような、無気力な目、目、目。街で人車を引かされていた連中の方が、原始的な生命力は感じる分、ましな目をしていたかもしれない。どんなに暴虐な独裁者でも、ここまで人から全てを奪えるものだろうか。
「すまんなぁツカサ。みンな疲れてるだけだから、気にスるなよ」
「え、ええ、もちろん」
どうやらカンニーたちの中において、トビーは例外的な存在らしい。あるいはカンニーになってから、まだ日が浅いのかもしれない。彼が自分を助けてくれた理由を、司は何となく察した。
(せめて、彼だけでも味方でいてもらわないと。地下世界の案内役としては有用だ)
察しながらそんなことを考えている自分に、改めて嫌気が差したが。
しばらくして、ゴミ箱を抱えたカンニーがやって来ると、にわかに騒がしくなった。我先にと駆け寄り、ゴミ箱に手を伸ばす。先ほどまでの無気力ぶりが嘘のようだ。目の前の餌に飛び付く以外、彼らには何の希望もないのだろう。
「ほら、遠慮しナくていいぞ!」
もみくちゃにされながら、欠けた皿にてんこ盛りにしてきてくれたトビーには悪いのだが。
(うっ)
魚の骨と黒ずんだ屑肉の盛り合わせ、付け合せに液状になりかけた野菜の切れ端を添えて。せめて、もぞもぞ動く白い何かがまぶされていなければ、頑張れたかもしれないが。
そう、カンニーたちの食料は、動物たちが出す生ゴミなのだ。下手をしたら、飼われている人間たちの方がいいエサを貰っているかもしれない。
腹は空いていないからと大嘘を吐く羽目になって、ひどく疲れた──エージェントにだって簡単に吐ける嘘とそうでない嘘はある──。
(郊外に行けば畑があるかもしれない。頃合を見てあのレストランに戻って──)
今後の方針を固めようとするが、視界がぐらぐらと落ち着かない。
(だ、駄目だ。空腹なのは確かだけど、疲れも限界だ。一旦休まないと)
幸い上水道らしいパイプを見つけた。高振動ナイフで穴を開けて、喉を潤し空腹を誤魔化す。横穴の一つに潜り込んで、横になる。
疲れているはずなのに、なかなか眠くならない。必要とあらば、どこでも熟睡できるのが自慢だったのに。
(ああ、そうか。昔はあの人が)
傍かたわらで寝ずの番をしてくれていたからか。
あの人の方は眠れていたのだろうか。自分のような未熟者に全てを委ねて。
「ツカサ、まだ起きテるか──?」
司は返事をしかけ、すぐに飲み込んだ。何となくだが、トビーの声は返事を求めてはいないように聞こえた。しばらくして、ぽつぽつと独白が聞こえてきた。
「俺たち、どうシてカンニーになっちまっタんだろうな」
先程までとは打って変わって、暗く沈んだ声だった。ここから悲しみを抜いたら、他のカンニーたちと聞き分けられなくなってしまうだろう。
「元の愚かなヒトのまマでいれば、ご主人たちに飼われてイられたのに」
(多分、他のカンニーたちも)
カンニーたちがあんな目をしている理由を、司は悟った。彼らは虐げられた民などではない。飼い主に捨てられた家畜なのだ。知性などという、使い道のない贈り物を押し付けられたばかりに。
その心情はよく分かった。自分だって。
(あの人を失うくらいなら、半人前のままでいたかった)
ああ、ようやく眠れそうだ。こんな、財団エージェントとして、大人として、あるまじきことを考えているぐらいだ。夢と現の境界が曖昧あいまいになってきているのだろう。
胎児のように体を丸めて。記憶の底に横たわる、母の胎内に逃げ込んで。司も、カンニーたちの現実逃避の隠れんぼに加わる。
(この際だ)
普段は、絶対に考えないようなことを言ってやれ。意味などない、ただの寝言として。
「蒼井先輩のことなんか、早く忘れてしまいたい」

肉、あなたの魂を閉じ込める牢獄。
多くの一般人が、異常を目前にしても何の反応もできないのは、夢の中でこれは夢だと認識できないのに似ている。
きっと、起きている時から夢ばかりみているからだ。自分は安全だ。自分は守られている。だから自分は死なない。そんな盲信にも似た、お目出度めでたい夢を。
『え』
例えば、街角のゴミ箱がめきめきと変形して、鋭い牙とうねる舌を剥き出しても。
今までそいつの犠牲になった人々は、ただ立ち尽くすことしかできなかったのだろう。夢を見ているかのように。
『うわぁっ!?』
厭いやらしい桃色の稲妻と化して襲いかかる舌を、転がるようにして避けたのはさすがだった。転がりながら袖仕込み銃で反撃したのは、さらにさすがだろう。
しかし、銃弾は虚しく弾かれる。後の分析で分かったことだが、そいつの仮面であり鎧でもある外殻は、拳銃弾程度では到底貫けない程の強度があるのだ。
衝撃で一瞬怯ませはしたが、それが限界だった。ゴミ箱はきしゃああと耳障りな叫びを上げて突進してくる。驚くべし、底面に付いた車輪で自立移動もできるらしい。
なるほどと、司は妙に納得していた。これでは先輩方が次々殉職するのも無理もない。誰が予想できよう、こんなことを。
視界一杯に広がる、牙の生えたゴミ箱の口──を、亜音速でワイヤーが横切った。
それは持ち手の絶妙のコントロールによって、意思があるかの如く空中でカーブし、先端のフックが生み出す遠心力によってゴミ箱にぐるぐると巻き付き。
ぎゅいいんというモーター音と共に、その呪わしいプラスチックの殻が天高く舞い上がる。晒し刑の如く宙吊りにされるゴミ箱。車輪を回転させてなおも暴れ続けているが、どうにもならない。
確保完了。
そこで、ようやく司は気付いた。あれはモーター付の昇降用ワイヤーだ。そう、本来はただの移動器具。それを武器として使える者など、彼が知る限り一人しかいない。
重火器を持ち歩けないエージェントという仕事のため、ちょっと工夫してみたのだと言っていた。生活の知恵か何かのように、いとも平然と。
『おい、大丈夫か』
『あ、蒼井先輩?』
180cmを超える逞しい長身。狼を思わせる鋭い眼光。眉間に刻まれた深いしわ。蒼井あおい 啓介けいすけという、不釣合いに繊細そうなその名が、本名なのかどうか司は知らない。
元監査部所属上級フィールドエージェント。本来なら、司ごときが一緒に働けるような相手ではない。それにも関わらず、こうしてツーマンセルを組んでくれているのは、今の彼の肩書きが司の指導教官だからだ。
『おら、何ぼうっとしてやがる。収容班は俺が呼んでおくから、お前はさっさと周りを封鎖してこい』
『は、はい!』
にこりともせずにKEEP OUTと書かれた黄色いテープ──現在の彼らの偽装身分は警視庁刑事だ──を投げつけられ、司は慌てて駆け出す。
任務で必要な時以外は、蒼井は決して笑わない。彼にとって笑顔は、偽造身分証や閃光手榴弾と同じ、獲物を欺あざむ き仕留めるための武器だ。不肖の弟子を励ますため、等という無駄な使い方はして下さらない。
ちらりと盗み見た蒼井は、落ち着いた様子でヘッドセット型通信機を起動している。その頭上で暴れているゴミ箱のことなど、もう忘れているかのように。彼にとって異常とは、日常の一部だ。
──無理だ。
司は泣きたくなる。一人前になるということは、つまり師のようなエージェントになるということだろう。あまりにも遠すぎる、高すぎる。
しばらくして、財団フロント企業シグマ・クリエイティブプロダクツのトラックがやって来た。一見普通のトラックだが、その実態は走る収容セルとも呼ばれる強固な特殊車両だ。初期収容班チーフの小鈴谷こすがや技師に──何を考えているのか分からない笑みに圧倒されながら──引き継ぎを終えてから、司はおずおずと言った。
『あ、あの、僕、お役に立てましたか?』
『立ったに決まってるだろう』
蒼井の声は、とても励ましているようには聞こえない素っ気なさだった。実際にも励ましてはいるつもりはないのだろう。事実をただ告げただけ。それでも、司は瞳の奥に溜まっていた涙が、みるみる引いていくのを感じていた。
『作戦通りだ、いい囮おとりっぷりだったじゃないか』
そう、全ては蒼井の作戦だった。
路地裏でゴミ袋に包まれた犬、猫、そして人間の骨が発見されたという連絡が諜報局に入ったのは、数日前だった。諜報局は路地裏に大量のエージェントを巡回させたが、成果は上がらなかった。
犯人の正体は不明ながら、こいつは単独行動中の獲物の前にしか現れないと、蒼井は目星を付けた。ちょっと煙草を買ってくると聞えよがしに言い、司をその場に残して路地裏を出る振りをする。お前は我が身を守ることだけ考えろ、俺はお前の周囲に全神経を傾けると言い残して。
つまり、危険なのは蒼井の方だということは、司もすぐに気付いた。先輩の方が襲われたらどうするんですかと申し上げたら、他人の心配をしている場合かと一蹴された。
──俺が死んだら全力で逃げろ。仇を取ろうなんて考えるな。
『あいつがお前を襲うのに夢中になっていたから、楽に仕留められた』
話は終わりだと言わんばかりに、ジッポーライターでマールボロの煙草に火を点ける。この師は決して励ましてくれない。無根拠な励ましなど、財団では無用だと知っているからだ。
代わりに、役に立たせてくれるのだ。こんな未熟者の自分を大切な任務に組み込んで。安全な場所で見学などさせず、自らも死線に身を晒しながら教えてくれるのだ。まさしく我が子に狩りを教える狼のように。
分からない。いつかその横に並び立てる日が来るのか。本当の相棒になれる日が来るのかなんて。憧れだけで突っ走れる程、司も幼くはない。
けれど、とりあえず今は。
『一服したら作戦続行だ』
『ええっ、まだやるんですか!?』
『当たり前だ。他にもいたらどうする』
『イ、イエッサー!』
とりあえず今は、自分は彼の隣に居ていいらしい。
*
蒼井を通して、司は財団を知った。
彼に褒められるためなら、泥を飲み草を食はむような任務にも耐えられた。簡単には褒めてくれない人だから。
彼に叱られるなら、何を言われても傷付かなかった。とても的確に、そしてどこか照れ臭そうに叱ってくれるから。
彼という相談役がいるから、財団の二面性も冷静に見つめられた。自分にも分からないと、正直に言ってくれる人だったから。
『す、すごい! 先輩、一生ついて行きます!』
『馬鹿言え。さっさと一人前になって独立しろ』
『冷たっ!?』
全て、あくまで素っ気ない態度で。
──今思えば、あまりに恵まれた待遇だったと思わなくもない。疑わしい程に。
法執行機関出身者が多いエージェントたちの中で、司は珍しく民間出身だった。他の同期生に比べて、手厚い指導が必要なのは確かだろう──それでも、民間出身者を諜報局が欲しがるのは、スパイの可能性が少なく、かつ他組織の価値観に染まっていない純粋培養のエージェントが必要だからだろう──が、それにしても、蒼井程の男をわざわざ新人の自分に付けてくれるものか。
華のある指導教官に心酔させることで、間接的に司を忠実なエージェントに仕立て上げる。教導部のそんな思惑があったのかもしれない。
幼い頃に両親が離婚、育ての親の祖父も中学生の時に死去。司の孤独な家庭環境も調査済みだったはずだ。蒼井は頼りになる兄役に充てがわれたのではないか。他ならぬ教導部が人的諜報ヒューミント の講義で言っていた。情報提供者を盗聴器扱いするな。個性を重んじ、相談に乗ってやり、所有する男女として扱えと。
それぐらいは司も考えた。けれど、いや、だからこそ。
財団は信じられなくとも、蒼井は信じられる。なぜなら、彼がいつも司に素っ気なかったのは、教導部へのせめてもの反抗だったのだろうから。
分かっていた、それぐらい。それでも──それでも。

誰かの死体の養分で、青々と育った野菜です。
『いいか、お前は──俺みたいになるなよ』
ふざけるな、が正直な感想だった。ただひたすら、師の背を追い続けてきた弟子へかける言葉か、それが。
ある日突然、蒼井はいなくなった。司とは別行動中、ある異常存在に曝露し死亡。遺体や遺品は回収できずとのことだった。
どんな異常存在だったのか、どんな死に様だったのか。何も教えてもらえなかった。司に開示されたのは、ログレコーダーに録音された、それっぽっちの遺言だけ。
それを告げた情報分析官が、蒼井も信頼を寄せていたエージェント・"シスター"・ルコでなかったら、拉致して監禁して自白剤をぶち込んで洗いざらい吐かせようとしたかもしれない。
無表情を装いながら、ルコの瞳は聖母像のような哀れみに満ちていた。黙っているのはあなたのため。何よりあなたの師が望んだこと。Need to know、必要性の原則。エージェントの基礎たるその掟は、真実の重みに苦しむ人を少しでも減らすためにあるのだと。
無論、司にも分かっていた。蒼井は自分について、特に過去については、ほとんど語らない男だった。因縁、罪業、後悔、そういった余計なものは、一切弟子に背負わせるつもりはなかったのだろう。お前が受け継ぐのは、研ぎ澄ました技だけでいい。錆サビ だらけの心はあの世へ持っていくからと。
──以前、蒼井には別の相棒がいた。
──相棒は女性だった。
──司が財団にスカウトされる少し前に、彼女は殉職した。
同僚たちの口から漏れる切れ切れの噂を耳にする度、司は思い知った。自分が蒼井について、何も知らなかったことを。
司の胸に、蒼井の形をした虚無あな が空いた。
それは、自分を褒めても、叱っても、共に悩んでもくれない。ただ、そこに在るだけだ。いくら司が手柄を立てても、その無限の深みに吸い込んでいくばかり。
それでも、司は我武者羅に働き続けた。なぜなら、その虚無は何もしてくれないくせに大食らいだった。手柄という餌を与え続けないと、めりめりと肉を裏返すように拡大し、司の心まで飲み込もうとするのだ。
程なくして、司は同僚たちから"さすが蒼井の弟子"と評されるようになった。色々な意味で。
女性の情報提供者を懐柔するため、手練手管を駆使して恋人関係になった。記憶処理してポイ捨てするまでの、期間限定で。
マナによる慈善財団幹部の家族を人質に取って、難民にばら撒いていた異常存在について吐かせた。
医療ボランティアに潜り込んで、ヒーロー気取りのゲロカス人形に食わせる生贄を物色した。
蒼井が授けてくれた牙で、目に付いた獲物を片っ端から捕食した。手柄を、手柄を、もっと財団の利になることを、この虚無に食わせなければ。
なるほど。これなら指導教官が殉職しても、弟子が役立たずになる心配はない訳か。さすがは財団のエージェント育成システム、実によくできている──考えた奴、見つけたら生皮引っ剥がして、八つ裂きにしてやる──。
(ひょっとして)
ああ、そうに違いない。こんなに空腹なのは。
(この虚無が、飢えているせいなのか)
あとどれぐらいの獲物を放り込めば、こいつは満たされるのだろう。
──畜生道に落ちろ、財団の犬が!
虚無の奥から、獲物たちの断末魔が残響している。ああ、今の境遇は奴らの呪いの所為に違いない。
(もう疲れたよ、この虚無を飼い続けるのに)
目覚めたくない、このまま眠っていたい。
眠る、何と矛盾した行為。生物は死なないために、絶滅しないために進化してきたというのに、何故こんな無防備な状態を強いる機能があるのだろう。
(きっと)
死にたくないと言いながら、自分たちはどこかでそれを望んでいる、いつも。死んでしまえば、もう空腹に悩まされることもないのだから。
背後から何者かが近付いて来る。瞼まぶた を閉じたまま、司は期待する。誰でもいい、僕を楽にしてくれ。
仮眠中の蒼井の寝顔を思い出す。眉根にしわを刻んで、とても苦しそうだった。彼の胸にも、誰かの形をした虚無が空いていたのだろうか。楽になりたかったのだろうか。彼に教えられた無音歩行で忍び寄り、その喉笛を優しく掻き切ってやれば喜んでもらえただろうか。弟子に殺されるなら本望だ、と。
何者かは背後から司を覗き込んでいる。早くしてくれ。焦る司。エージェントは夢を見るのが苦手なんだ。ぐずぐずしていたら、目覚めてしまう。
閉じた瞼越しにそいつの姿が見えた。
(!)
真っ黒な兎だった。
真っ黒な瞳でじっと司を見つめている。
牙が疼うずきだす。虚無が飢えている。そうだ、自分はこいつを追って来たのだ。こいつは。
異常存在だ。
手柄だ。
(獲物だ)
司の瞼がかっと開く。その下の瞳は、飢えた獣の如く──。
*
自分が飛び起きた理由は、一拍遅れて悟った。
下水道の澱よどんだ空気に、微かに刺激臭が混じっている。立ち上がろうとしたら、視界が歪んで転びそうになる。横穴から出ると、カンニーたちが白目を剥き、泡を噴いて倒れているのが見えた。
(ガスか!?)
慌てて口元をハンカチで覆う。19世紀のロンドンではすでに都市ガスが実用化されていた。だから、壊れたガス管から漏れたものかと思ったのだが。
そうではないことは、不吉な囁きが教えてくれた。
──そろそろ効いたか?
──もう少し待て。
(しまった、カンニーの誰かが)
動物たちに尾行されたのだろう。一人でも失敗すれば、全員が巻き込まれる。それが集団だ。それぐらいどうして予想できなかった──否、予想していなかった訳ではないが、この世界に一人で居続ける勇気がなかったのだ。意気地無しがと、司は己を罵倒する。
(蒼井先輩は一ヶ月も異常空間の中に孤立したこともあるのに)
まあ、そもそもあの男は、他人など必要としていなかったのかもしれないが。無論、僕のことも。
「トビーさん!」
水路に顔を突っ込んで、危うく溺れそうになっていたトビーを助け起こす。辛うじて意識はあった。肩を貸すと、苦しげに呻いた。
「ツ、ツカサ、みンなを──」
「ごめんなさい──」
君一人を助けるのが精一杯だ、そのつもりで言ったのだが。
「おい、逃げようとしてるぞ!」
「捕まえろ!」
奇妙な仮面、おそらくは原始的なガスマスクを着けた警官たちが雪崩込んでくる。その姿を目にした瞬間。
(え?)
司自身が驚いていた。何の躊躇いもなく、トビーを放り出した自分に。
これも蒼井の教育の賜物だろうか。然り。自分は財団エージェント。生還して、この世界の情報を持ち帰る。そのための優先順位を適用したまでだ。
トビーがどんな顔をしているのか、想像せずにひた走る。銃弾が頬を掠め、壁を穿うがつ。ペン型ライトを消して暗闇に紛れようとするが、すぐに無駄だと悟る。警官たちは明かりを点けていない。それでいて不自由している様子はない。ガスマスクからはみ出た、あの大きな耳は。
(今度はコウモリか)
時々立ち止まっているのは、音波の反射で周囲をイメージングしているのだろう。そのタイムラグで何とか追いつかれずにいるが。
(しまった!)
行き止まりだ。背後からは追っ手の足音。覚悟を決めて、袖仕込み銃を構える。人を殺したことはまだない。
大丈夫、できると自分に言い聞かせる。射撃場の的が人の額に変わるだけ。殺すのは人じゃない。正当防衛。しかも──たった今、トビーを見殺しにしたじゃないか。震える指で引き金に力を込めようとしたが。
ぐらりと視界が傾き、袖仕込み銃が手から滑り落ちる。
(くそっ、ガスが効いてきた)
否定できなかった。誰も殺さずに済んだことに、安堵している自分に。引き換えに、このまま二度と目覚めないのだとしても。
(やっぱり、僕は)
蒼井のようにはなれない。師は決して弟子を見捨てなかった、敵を殺すのを躊躇わなかった。でも、自分にはどちらもできなかった。
「こいつか、例の妙なカンニーは」
「牧場に連絡を──」
ああ、胸の虚無が飢えている。でも、やれる手柄エサなんて何もない。誰かを満たしてやるどころか、自分の空腹さえ凌げない。
──ごめんなさい。
誰に謝ったのだろう。蒼井に? トビーに? それとも──。

卑しいネズミは、その黄金色の誘惑に逆らえません。
牧場、正式名称は国立畜産研究所。
それが司が運び込まれた建物の名前らしい。朦朧もうろうとする意識の中、動物たちの会話から何とか推測した。ヒトのより効率的な管理、新たな品種の作出などを研究しており、カンニー対策も重要な使命のようだ。
飾り気のない内部に、ずらりとカンニーが入れられた檻が並べられている。牢屋と呼べる程、上等な代物ではない。司の世界でなら家畜を入れるのが精々のレベルだ。しかし、時折そこから上がるのは、紛れもなく人の嗚咽おえつだ。
だが、白衣を着た動物たちの耳には、家畜の鳴き声にしか聞こえていないらしい。カンニーたちに哀れみどころか、蔑みの一瞥いちべつすら投げることなく、書類にチェックを入れ、器具に薬品を充填し、同僚と議論を交わしている。その凄まじい違和感には覚えがあった。
(サイトだ)
人型オブジェクトの収容セル。人の姿をしていながら、人として扱われない者たち。蒼井ですら分からないと言った、財団の二面性を象徴する光景。
手足に力を込めるが、痙攣のような動きしかできない。下着まで全て脱がされた体に、檻の底面が冷たい。司のスーツやその下に隠されていた装備を、白衣の動物たちが興味深そうに調べている。まずい、この世界の文明に影響が──などと考える余裕すら、すでにない。
何しろ空腹だった。もし動けたら、自分の指を齧かじり始めるのではないかと思う程に。カンニーの悲鳴が遠くから聞こえてきても、何の感慨も抱けない。
「よし、次はこいつだ。処置室に運んでくれ」
「分かりました」
白衣を着たフクロウに命じられて、警備員らしきライオンが司を担ぎ上げる。運ばれる間も、飢えは絶え間なく司を苛さいなむ。ああ、虚無が、胸の虚無が広がる。このままでは食われてしまう。何でもいい、餌てがらをくれ。その後でなら、殺しても構わないから。
やがて着いたのは、床も壁もタイルで覆われた部屋だ。中央には十字の形をした台が据えられている。
赤黒い液体が、べったりと付着していた。
(ここは、まさか)
ライオンの警備員によって台に横たえられ、革ベルトで大の字に拘束される。白衣を着たフクロウが、メスを片手に近付いて来る。
「随分、栄養状態がいいな。何を食べていたのか、調べてみよう」
何も食べてやしない、そして食べられないまま死ぬのか。腹にメスを充てがわれる、魂まで凍り付かせるような冷たさだ。死ぬのか。こんな所で、一人前のエージェントになれぬまま。
こんな時も、胸の虚無は何も言ってくれない。
(蒼井先輩──!)
メスが一閃しようとした、その時。
「お待ちになって下さい」
春のそよ風のように暖かく、同時に冬の雪風のように凛とした、そんな声がメスを止めた。腕ずくではなく、包むようにふんわりと。
「こ、これはお嬢様! いかがされました?」
慌てて居住まいを正す白衣のフクロウと、ライオンの警備員。その間にレッドカーペットが敷かれたように見えたのは、司の錯覚か。
優雅な足取りで入ってきたのは、兎の女性だった。フクロウと同じく白衣姿だが、その下はさり気無く薔薇バラのコサージュをあしらった上品なワンピースだ。漆黒の毛並みは天鵞絨ビロードのように艶めき、長い耳は王冠のように天を指している。同じく漆黒のアーモンド型の瞳は、磨き抜かれたオニキスのようだ。
服の上からでも分かる、一切の無駄も歪みもない、神が設計したイヴのごとき完璧な体型。だからだろうか、兎の頭部がごく自然に融合している。エジプトの神々が動物の頭部を持ちながらも神々しいのと同様に。
(美しい)
司の飢えが、束の間沈黙した。
「お嬢様はお止めになって下さいな。ここでは一研究員ですわ」
「も、申し訳ありません、ウォーレン博士」
子供を嗜たしなめるような調子だったが、それでも白衣のフクロウの腰は90°近く曲がっている。目上の相手だから、という理由だけではきっとない。
兎の麗人、ウォーレン博士の視線が司に注がれる。急に裸の我が身が恥ずかしくなる。他の動物たちにならいくら見られても何ともなかったのに。
「これ程高い知性を示すカンニーは初めて見ましたわ。解剖の前に長期観察してみたいのですが」
「ええ、どうぞどうぞ! ああ、君。すまんが、このカンニーを博士の私室へ」
あっさりメスを手放す白衣のフクロウ。仕事を増やされたはずのライオンの警備員さえ、うきうきした様子で司の手足を縛る革ベルトを外し始める。ウォーレン博士の役に立てるのが余程光栄らしい。
彼女と視線が合った。宇宙を映しているかのような、黒い瞳。むしろこちらの宇宙の方が虚像に過ぎないのではとさえ思わせる、その深淵なる黒を見た司は。
(この人は──)
なぜか確信した。自分はこの人を知っている。この人に会っていなかったら、自分は今ここにいない。蒼井に会わなかったら、自分がエージェントになっていなかったのと同じぐらい、それは当然の帰結だった。
なのに、どうしようもない違和感がある。この人はこんな姿ではなかったはずだと。
(どうしたんだ、僕は。ガスで酔ってるのか)
記憶の深みを、黒い兎が軽やかに駆けてゆく──。
*
ウォーレン博士の私室。そこは顕微鏡やビーカーなどの実験器具と、ヴィクトリア調の家具調度品が見事に調和した部屋だった。レースのカーテンの合間からはタワーブリッジに似た橋が見える。かのホームズは化学実験が趣味だったというが、彼の実験室はこのような感じであろうか。
部屋の一角が鉄格子で仕切られており、司はそこに運び込まれた。檻には違いないが、前よりはだいぶましだ。寝台には清潔な毛布が敷かれ、簡易ながら便器もある。向かいの暖炉では赤々と薪が燃えている。
(よし、何とか)
ガスが抜けてきた。這いずる程度なら動けそうだ。だが、まだ痺れている振りをした方がいいだろうか。ウォーレン博士が油断して近付いて来たところを、人質に取れば──ああ、でも、そうしたら食べ物が貰えなくなる。どうしよう。
ウォーレン博士に労われ、ライオンの警備員が名残惜しげに退室する。その足音が遠ざかっていくのを確認してから、博士はドアに鍵を掛け。
司に向き直った。
「ごめんなさい、怖い目に遭わせてしまって」
「え?」
この世界の住人に話し掛けられたのは、トビーに続いて二回目だった。しかし、驚きは減らなかった。トビーの時が異郷の地で仲間に出会った驚きなら、これはさしずめ女神から託宣を下された驚きだった。なぜ、わざわざ卑しい自分などに。
「私の言葉は分かりますか?」
ウォーレン博士が鉄格子の前にしゃがみ込む。天上におわす存在が、自分と同じ目線で話している。
「は、はい」
思わず、正直に答えてしまう。情報提供と得られる見返りを天秤に掛けるという、エージェントの習性も忘れて。
「私はアデレイド・ソフィア・ウォーレン。博物学の研究をしています。生家は一応公爵家よ。まあ、それは気にしなくていいわ」
発音の全てが計算されているのではないかと思う程、明朗な話しぶりだった。演説でもさせれば、支持団体の一つや二つ簡単に作れそうだ。なるほど、これを何度も聞かされている研究所の動物たちが、ああなるのも無理はない。
「と、戸神 司です。あの、あなたは、その、僕を?」
「家畜扱いしないのかって? もちろんよ」
不明瞭な質問にも、的確な回答を返してくれる。その様は頭の回転の速さを窺わせる──
「あなたはカンニーではない。別の世界のヒトなのでしょう?」
──どころではなかった。この世界の常識を遥かに越えているであろう概念を、ウォーレン博士は平然と口にした。
「ど──」
司は愕然とすると同時に、どこか納得してもいた。彼女なら知っているはずだ、と。
「どうしてそれを?」
「以前にも会ったことがあるの。あなたと同じ立場のヒトたちにね。この世界とあなたたちの世界は、いくつかのポータルで繋がっているらしくて、たまに時空の迷子が訪れるのよ」
前例があるのか。それにしても、その事実を受け容れるには、この世界の常識を何度もひっくり返さなくてはいけないだろう。天才と呼ばれるに相応しい研究者は、司も何人か知っている。脳内に知識と理論の宇宙を抱えながら、それを捨て、刷新することを躊躇わない人々。紛れもなく、ウォーレン博士もその一人だ。
「私はそういうヒトたちを保護する活動をしているの。こっそりとね」
「そ、そうだったんですか」
何だ、さっさと捕まっていれば、この人に会えていたのか。運命の皮肉に笑うしかない。
(まだ、帰る方法は分からないけれど)
とりあえず、落ち着いてその手段を探すことはできそうだ。そうだ、彼女に保護された人々は、どこにいるのだろう。会って話せれば、手掛かりが得られるかもしれない。ウォーレン博士に訊ねようとするが、
ぐううう。
「あら、ごめんなさい。お腹が空いているのね。お口に合うかどうか分からないけど」
紙袋を差し出してくれるウォーレン博士の姿は、後光が射して見えた。
「あ、ありがとうございます!」
みっともないとは自覚しつつも、猛然と手を突っ込む。丸い、金属の手触り。缶詰だろうか。中身は何だろう。欧米の缶詰の定番なら、スモーク香るオイルサーディンか、トマトソースが絡むチリビーンズか。いや、この際中身なんて何でもいい。今ならペットフードでも食べられる。
天にも昇る心地で掴み出すと。
「う」
"おいしいよ!"
"ヨンプシャー牧場産!"
"添加物は入っていません!"
満面に笑みを浮かべた赤ん坊たちが、口々に叫んでいた。

お菓子が甘いのは、きっと贅沢で罪深い食べ物だから。
「うわあああああ!」
放り出した紙袋から次々と転がり出る。缶に密封された赤ん坊の死体が。くるくる回りながら、司を取り囲む。
「あ、あの、図々しいお願いで恐縮ですが、他の食べ物はありませんか!?」
「ごめんなさいね、ミスター・トガミ」
うっかりしていた──という意味ではないのは、すぐに分かった。なぜなら、ウォーレン博士の声は哀れみに満ちていたからだ。
「あなたには、それを食べてもらわなくてはいけないわ」
「どういう──ことですか」
剥き出しになりそうな牙を誤魔化すため、何とか笑顔を取り繕つくろう。もっとも、怒りの矛先はウォーレン博士ではない。自分自身だ。
(なぜ忘れていた!)
蒼井から最初に教わっただろうに。異常存在には絶対に気を許すな、など。たとえ人の姿をしていても、人の言葉を話しても。
異常とは人知を超えたもの。性質の断片は学べても、本質は決して理解し得ないもの──単に"通常と異なる"というだけなら、人間にだってザラにいる──。そんなものに対して"解った"等と思うのは、傲慢であり怠慢だ。
「それを食べれば、あなたもこの世界の一員になれるわ」
「すいません、仰る意味が──」
(狂ってるのか?)
違う、ウォーレン博士は正気だ。ただ、それを支える道理が、司に理解できないだけだ。
「今まで私が保護したヒトたちも、元の世界に帰る方法を探したわ。でも見つからなかった。きっと、世界を繋ぐポータルは一歩通行なんでしょう。結局、皆最後には諦めて、この世界に帰化することを選んだわ」
「う、嘘だ!」
信じてなるものか、こいつは異常存在だ。でも、だからこそ、言葉で騙すなんて、人間のような真似をするだろうか?
帰れないのか、もう二度と。虚無がじわじわと広がっていく。
「だから、我慢して食べてちょうだい。大丈夫、抵抗があるのは最初だけだから」
「い、いや、だからと言って、どうしてこれを食べなくちゃいけないんだ!?」
「食べれば分かるわ」
子供に言い聞かせるような口調で、ウォーレン博士は繰り返す。異世界の道理を。
(もう沢山だ!)
目を閉じ、耳を塞ぎ、感覚をシャットダウンする。ここは異世界。正常はもう、自分の脳内にしかない。
そして、拷問が始まった。
(うう──!)
食べたい──。
食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。
食べたくて、食べたくて、気が狂いそうだ。たわわに実ったリンゴの樹に囲まれながら、手を伸ばすと逃げられてしまう。永遠の飢餓刑を課せられたかのタンタロスの苦しみは、このようなものか。
なぜ食べてはいけない? 本能が執拗に誘惑する。人肉食など、別に異常者だけの特権ではない。飢餓で、宗教上の理由で、そして単なる風習で。普通の人々ですら、歴史上いくども同族の肉を食らっている。"少し臭みのある猪肉に近い"味だそうだ。ましてや、栄養分など家畜の肉と大差ない──止せ、考えるな!
(そうだ、トイレに流してしまおう)
そのつもりだった、足元に転がっていた缶詰を鷲掴みにしたのは。しかし、司は気付いていない。食べてしまうのを防ぐためなら、檻の外に蹴り出せば十分であることに。這うようにして便器に近付き、開封した途端。
「あ、ああ──」
案の定、芳しい香りを放つ、桃色の中身から目が離せなくなる。食べろ! 本能が叫ぶ。そしてすかさず、万能の免罪符を振りかざす。
自分は財団エージェントだ、と。
生き残り、この世界の情報を持ち帰らなくてはならない。あらゆる異常が解明され、異常が異常でなくなる。その日が来るのを、少しでも早めるために。
そのために、トビーだって見殺しにした。彼の死を無駄にしてはいけない。
そして何より、こんなににも美味そうじゃないか。
正当化完了。
缶を逆さにして、中身を一気に頬張る。程良い塩加減、スパイスのアクセント。舌の上で脂がとろけ、噛み締めると赤身がほろほろと解れて、喉を滑り落ちていく。味覚、嗅覚、触覚、各感覚からの情報が脳で統合され、電撃と化して脊髄を駆け抜ける。美味い、こんな美味い物は初めてだ!
あっという間に空にして、次の缶に取り掛かる。美味い、美味い、美味い。人は高栄養物を美味しいと感じるよう、本能付けられている。それは生存のための戦略。神が許した聖なる業。この美味さは何も間違っていない。食事が単なる義務だったら、人はここまで繁栄できただろうか?
食べて食べて食べまくって、詰め込みすぎて窒息しかかって。ようやく一息吐いた司は。
「あ──」
食べかけの缶の底にへばり付いた、平らな肉片に気付いた。とても小さな──耳だ。
空っぽになった缶が、いくつも周囲に転がっている。笑顔の赤ん坊たちが、無邪気に語りかけてくる。目玉をくり抜かれた眼窩がんかから、血の涙を流しながら。
"ぼくたちの腕は美味しかった?" "ぼくたちの足は美味しかった?" "ぼくたちの胸は美味しかった?" "ぼくたちのお尻は美味しかった?" "ぼくたちのほっぺたは美味しかった?" "ぼくたちの心臓は美味しかった?" "ぼくたちの肝臓は美味しかった?" "ぼくたちの命は美味しかった?" "ぼくたちの人権は美味しかった?" "ぼくたちの恐怖は美味しかった?"
"""""この、人食いの化物が"""""
「あ、が、げ、げほっ!」
慌てて喉に指を突っ込む、せめて一部だけでも吐き出そうと。しかし、体は断固拒否している。せっかく手に入れた栄養を手放してなるものかと。ああ、分かってしまう。赤ん坊たちの体が、胃で消化され、血管に運ばれ、新たな細胞の材料になっていくのが。
罪は肉体と融合してしまった。
(僕は、僕は、何てことを)
そして、罰は下された──否、罰などではない。それはこの世界の、単なる法則。
「うっ!?」
皮膚の下で無数の長虫が蠢いているような、悍ましい感覚。それはあっという間に全身に広がり。
「うわああああああ!?」
司の全身が、みるみる黒い体毛に覆われていく。
即頭部に違和感。慌てて触ってみると、耳がするすると頭頂部に向かって移動中だった。移動に比例して、ぴんと立っていく。八重歯が尖がり、肥大化し始める。このままでは口内に収まらない──問題なかった。口は顔面から遥かに突き出し、口吻こうふんと呼ぶべき形になる。腰からはふさふさとした尻尾が生え始め──。
自分の肉体に陵辱されてのたうち回る司を、ウォーレン博士は微笑ましそうに見守っていた。
永劫とも思える時が過ぎ、ようやく静寂が戻ってくる。
「まあ、普通はもう少し時間が掛かるんだけど、あなたは相性が良かったのかしらね。見てみる?」
ウォーレン博士が差し出した手鏡に映っていたのは、漆黒の毛並みの犬──否、犬にしては牙が鋭すぎる、フォルムが禍々しすぎる。これは狼だ。それが直立して、鮮血色に輝く目でこちらを睨み返している。まさに人狼だ。
口吻の先端に移動した鼻に恐る恐る触れ、それが自分の姿であることを悟る。これが現実であることも。
「ナ、ナニヲシタァァァッ!」
口が変形したせいで上手く喋れない。応えるウォーレン博士の声は慈愛に満ちていた。地獄から救い出した信者に語りかける、女神のように。
「おめでとう、ミスター・トガミ。あなたはヒトを食べるものとして、この世界に認められた。これであなたも私たちの一員よ」
そんな理屈があるか、反論しようとして思い出す。黄泉戸喫よもつへぐい、冥界の食べ物を口にすると、現世に帰れなくなるという思想。世界中に似た話が伝わっているのは、即ち全宇宙共通の法則だからではないのか。
「元ニ戻セエェェッ!」
「大丈夫、すぐに慣れるわ。今のあなた、なかなかハンサムよ。フフ」
そうか。ウォーレン博士に保護された者たちは皆、こうしてこの世界に″帰化″させられたのだ。
帰れない、もう二度と。いや、帰れたとしても、この体ではきっと。
(収容される)
一度だけ見たことがある。異常存在に曝露した挙句、残りの一生を収容セルで過ごすことになったエージェントを。もちろん、彼は何も悪くない。ミスすらしていない。運が悪かっただけだ。
『あの人は立派だ。最後まで財団の役に立とうと、自分を実験材料に差し出したんだ』
慄然とする司に、蒼井は淡々と語り──小声で続けた。
『お前が同じことになったら、俺が殺してやるから心配するな』
そう約束してくれた蒼井は、もういない。
(い、嫌だ。助けて、蒼井先輩)
蒼井の形をした虚無は、何も言ってくれな──。
『食えよ』
(え?)
初めて虚無が喋った。蒼井と同じ声で、蒼井とは似ても似つかない卑しい口調で。
『お前は人の肉を食って、人を喰うものにされた。ならば、逆のことをすればいい』
逆・黄泉戸喫だよ。ぎしぎしと軋きしむような声で、虚無が嗤わらう。牙の奥から覗くのは、底無しの飢え、全てを飲み込む闇。
ウォーレン博士を見上げる。その顔に微笑みが浮かんでいるのも、今なら分かる。美しい、とても。幼女のように無垢、娼婦のように妖艶、女神のように慈悲深い。男が伴侶に求めるものを、全て兼ね備えている。
何より、自分を助けようとしてくれた。望んだ手段ではなかったとは言え。
『だから何だ? お前は人間の赤ん坊だって食べたじゃないか』
(で、でも、あの子たちは、僕が食べる前に、すでに殺されていて)
『いいや、お前は、生きたまま人を食ったこともある。自分の意思でな』
そう、情報提供者の女性を、マナによる慈善財団の幹部を、余命幾許いくばくもない子供を、そしてトビーを、容赦なく食い殺した。世界と人類の存続のため──などではない。一人前のエージェントになりたいという、私利私欲のためにだ。
そして、これからも。
『世界に示せ、狩人の証を』
震えが収まる。意識が澄み渡り、全身の筋肉が膨れ上がる。これから始まる、狩りに備えて。
『俺の弟子ならできるだろおおお? あははくけけうひゃひゃひゃ──』
鉄格子を掴み、捻じ曲げる。溶けた飴細工よりも易々と。それを見ても、ウォーレン博士は何故か逃げようとしない。驚きさえもしていない。
「イタダキマァス」
オードブルは平らげた。次はいよいよメインデッシュだ。

人は何度でも、知恵の実を食べ続けるのでしょう。
「うわああああ!」
「ば、化物だあああっ!」
「ひいい、た、助け──」
逃げ惑う動物たち。彼らの誰に想像できただろうか。ヒトの牧場たる畜産研究所が、自分たちの屠殺場になってしまうなんて。
至る所に動物たちの死体が転がって──いや、散乱している。原型を留めているものは一つもない。動物たちの足が、腕が、内臓が、頭部が、眼球が、嵐に弄ばれた木の葉のように転がっている。ただし、降ったのは血の雨、吹き荒れたのは殺戮。
ライオンの警備員の腕をフライドチキンのように齧りながら、司は研究所を彷徨さまよう。足りない、この程度では全く足りない。もっと、もっと獲物を。
(いた)
目で見るより先に、鼻が嗅ぎつける。ドアの影に隠れて、警備員たちが銃を構えている。銃口は震えで狙いが定まっていない。
「う、撃て!」
今の司の動体視力に掛かっては、銃弾など空中を這うカタツムリでしかない。ロンドでも踊るかのような、優雅な足取りで潜り抜ける。最後の一発などは、映画マトリックスよろしく仰け反りで避けるという戯おどけ様。しかし、動物たちの目には、黒い稲妻が廊下を走ったとしか見えなかった。
すれ違いざま、イチゴ狩りのように、警備員たちの頭部に次々とかぶり付き、ぼっ、ぼっ、ぼっ! 一瞬で食い尽くす。吹き上がる血のシャワーを浴びた時、彼らの撃った弾は、まだノロノロと空中に留まっていた。
警備員たちを指揮していた白衣のフクロウが、悲鳴を上げて逃げ出す。その眼前にテレポートする司──いや、実際には回り込んだだけなのだが。
黒い腕を一閃させて、白衣のフクロウの心臓を掴み出す〈確保〉。
まだ脈動しているそれを、ぺろりと胃袋に収め〈収容〉。
ほおら、これでもう安全だ〈保護〉。
通常ならエージェント、研究員、技師、管理官、そしてDクラスが総動員で当たる手順を、たった一人でやってのけた。まさに完璧な財団職員、否、歩くサイトそのものだ。
研究所内に動くものは既にない。しかし、この程度で司の飢え、もといエージェントの使命感が収まるはずもない。もっと、もっと、異常存在を収容しなければ。
窓の外を見る。繁栄の絶頂にある帝都イーデンは、動物たちで溢れている。思わず牙を剥き出し、舌舐めずりする司。みんなまとめて──。
「イタダキマァス」
そして、イーデンは司の食卓になった。
ブラックチャペル街を建物から建物へ、ジグザグに飛び移りながら腕を振るうと、そこら中で動物たちが血と肉片とに散華さんげする。ぽん、ぽん、ぽん、と祝祭の花火のように。
走行中のイーデン・アンド・スコティッシュ鉄道に飛び移り、乗客を後部車両から順々に食い尽くした。血と肉を詰めたソーセージになった車両が、エンペラーズ・クロス駅に突っ込んで大破する。
セイド・パークでは、動物たちと追いかけっこを楽しみながら食事した。ガス灯を引っこ抜いて動物たちに投げ付けると、次々貫いて串団子みたいになって最高に笑えた。
国会図書館は本と死体が浮く血のプールと化し、国立取引所の壁面を血と肉片の大壁画が彩り、ツリーブリッジは死体の山で通行止めになった。
(確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護、確保、収容、保護──)
「ぶ、無礼者! 余を誰と心得る。ウィントリア帝国皇帝、チャールズⅢ世であるぞ!」
水晶宮殿の謁見の間で、王冠を被った豚が震えている。彼を護衛する近衛兵たちは、すでに司の胃袋の中だ。
「だ、誰かおらぬか! ぶきいいい」
豪華な衣装ごと生皮を引っ剥がして、血の滴るレアで堪能する。さすが王室御用達、上品な味だ。
ガラスのドームを突き破って外に出ると、見覚えのある顔と目が合った。この世界に来た直後、レストランで出会ったリスの坊やだ。きょとんとした顔で司を見上げている。
司は優しくその頭を撫でてやり──すぽんと引っこ抜いた。
近くから悲鳴が上がる。坊やの母親だ。ああ、可哀想に。子供が収容されてしまうなんて。
(大丈夫、あんたも)
息子の頭をマッハ5で投げ付けられ、ビリヤード式に母親の頭が吹っ飛ぶ。残った胴体は仲良く司の胃袋に、無限の収容セルに収まった。ほら、これで親子一緒だ。
やがて、時計台の鐘が夕刻を告げる頃。
イーデンは静まり返っていた。動物たちの血で赤く染まるラムズ川に、夕日が黄金に照り返している。勝利の遠吠えを上げる司。やったぞ、たった一人でこの世界を収容してみせた。財団史上、こんな偉業を成し遂げたエージェントが他にいるだろうか?
(蒼井先輩、とうとうあなたを超えましたよ!)
胸の虚無は応えない。当然だ、それはもう満たされている。世界を丸ごと平らげて、ようやく飢えは収まった。
主を失って呆然と佇む人間たちが、マンホールから恐る恐る顔を出したカンニーたちが、手足の先から粒子に分解されていく。創造主である動物たちがいなくなれば、彼らもまた因果から切り離される。次いで、霧に包まれたイーデンの街並みが、織物を解くように──糸は多分、世界線の束だ──解体されていく。
上空から見下ろせば、霧のヴェールを剥ぎ取られたイーデンの実相が明らかになっただろう。それは直径せいぜい数百mの、虚空に浮かぶ箱庭でしかなかった。母の胎内で育まれていた新たなる宇宙は、轟々ごうごうと渦巻きながら吸収されていく。この宇宙に最後に残った観測者、即ち司の口へ。
先に孵かえった兄姉に食われ、生まれることすらできなかった鮫サメの卵のように。
ふと足元を見ると、黒い兎が転がっていた。服など着ていない、直立もしていない、司の基準ではごく普通の兎だ。すでに息絶えている。兎の柔らかな体をそっと抱き上げ──なぜか、無下に扱ってはいけない気がした──、ゆっくりと飲み込む。名残惜しい料理の、最後の一口のように。
そして、宇宙は丸ごと司の胃袋に収まった。
(ああ、お腹一杯だ──なのに)
虚しさが込み上げる。もう、何も収容するものがない。手柄を立てても、褒めてくれる人もいない。
(嬉しいことばかりじゃなくてもいい。もう一度、皆に会いたい)
司の望みに応え、胃袋に収容した可能性が収斂しゅうれんする。司の体がぐううと膨れ上がり、ぼん! 破裂する。ひらひら舞う黒い毛皮の中から現れたのは、彼をここへ導いたあのドアだった。彼は見る暇がなかったが、裏面にはこんな言葉が落書きされていた。
"役割は逆転する。Are We Cool Yet?"
*
ドアがゆっくりと開き、宇宙開闢かいびゃくの光が溢れ出す。
数兆度、数億度、数千万度、空間を押し広げながら徐々に冷えた光は、クォーツに、原子に、分子に再構成され、宇宙を物質で満たしていく。物質は渦巻きながら銀河を、恒星を、惑星を生み出す。後に太陽系と呼ばれることになる星系の第三惑星、その表面が海で覆われ、大陸が隆起する。
海を漂う原子細胞が植物に、動物に進化し、陸上へと進出する。血で血を洗う進化競争の果て、恐竜が滅び、マンモスが滅び、忘れられた知的種族が滅び、彼らの屍から人類が立ち上がる。
ピラミッドがそびえ、パルテノン神殿が築かれ、万里の長城が伸び、大和朝廷が成立し、ヴェルサイユ宮殿が輝きを放つ。イギリスの艦隊が世界を席巻し、ナチスが暴虐の限りを尽くし、広島で原爆が炸裂する影で財団が日本に進出し、他の異常存在と関わる組織と抗争し、時に共闘する。
そして、西暦201×年。
百五十億年の時を経て、アイルランドのある廃墟に置かれていたドアの前に、財団のエージェントが辿り着く。まだ少年の面影さえ残す若者だ。
「これは──」
スマートフォンに仕込まれたカント計数機、そのヒューム値を見たエージェントの顔に緊張が走る。スマートフォンを秘匿ヒドゥンモードに切り替え、出張先の諜報局アイルランド支局に連絡する。無論、迂闊に異常存在に触れたりはしない。
「こちらエージェント・戸神、異常存在を発見しました!」

死んだ宇宙の残り火で焼いたクッキーと共に。
「出張お疲れ様、戸神君」
「お疲れ様っす、戸神先輩!」
「ありがとう、波戸崎君、咲ちゃん」
友人の波戸崎 壕はとざき ごうと、その妹咲さきとワイングラスを打ち合わせる。
二人は中学生の頃の友人であり、偶然にも財団で再会したのだ。同じ財団職員として。司にとっては、エージェントとしての自分と素顔の自分を繋いでくれる、貴重な友人たちだ。財団にいると、その二つは時に整合性が取れなくなるので。
都内の小さなフランス料理店で、司のためにささやかな慰労会が開かれていた。本格的ながら気取りのない料理、客たちの和やかな談笑、テーブルランプに映り込む窓外の夜景。まさに彼ら財団職員が身命を賭として守るべき、日常そのもの。
「どうしたの、戸神君? 僕の顔に何か付いてる?」
「あ、いや、何でもないよ」
波戸崎の顔を凝視していた自分に気付いて、司は慌てて手元のワインを傾けた。何だろう、彼の顔に違和感が──。
(別にいつもの彼じゃないか。疲れてるのかな)
「素敵なお店ですねえ。お値段もリーズナブルだし」
「だろう? 指導教官に教えてもらったんだ」
波戸崎がはっと司を見る。彼は蒼井のことを知っている。しかし、見返す司は、穏やかに微笑むことができた。
──いい店を知っておくと役に立つぞ。女の情報提供者を誑たぶらかす時とかな。
──なーんだ、授業の一環ですかぁ。
──当たり前だ。そうでなかったら、お前なんぞ飯に誘うか。
(久ぶりに来たけど、意外と平気だな)
蒼井を忘れた訳ではない。ようやく思い出が消化されて、己の血肉になりつつあるのだろう。嬉しい思い出も、悲しい思い出も。
人は毎日、実に色々なものを食べて生きている。蒼井だってある意味、自分に食われたようなものだ。我が身を子供に食わせる、砂漠の蜘蛛クモのように。
蒼井は自分の一部になろうとしている。
(せめて、食べちゃった分ぐらいは頑張らないとな)
「お待たせ致しました」
ギャルソンがメインデッシュを運んでくる。ハーブの爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
「シャラント産ブランデーに漬けた兎のシチューでございます」
(!)
骨付きの兎肉が、タマネギやリーキのスライスと共にブラウンソースで煮込まれている。とても美味しそうだ。
なのに、どうしてナイフとフォークを持つ手が震えるのだろう。
「食べないのかい、冷えちゃうよ?」
「お腹空いてないんすか?」
「い、いや、そんなことは」
皿から顔を上げて、息を呑む。波戸崎兄妹の頭部が、鳩になっていた。
ギャルソンもシェフも客たちの頭部も、全て動物になっている。まるで元々そうであったかのように、自然に振る舞っている。ああ、この光景、どこかで見たことが──。
慌てて料理を頬張る。アルコールの作用で柔らかくなった兎肉は、舌の上でめくるめく味のシンフォニーを奏で、喉へと滑り落ちていく。美味しい、この美味しさは、命の美味しさだ。食べる殺戮、味わう死。
再び顔を上げると、人々の頭部は元通りになっていた。
(そう、これが"正常"だ)
いつかこの胸の虚無が満ちると信じて、他者を喰らい続ける。最早喰うべき他者すらいなくなって、宇宙が無に還るその時まで。それでいい、何も間違っていない。
──フフ、戸神君、泣くほど美味しいのかい?
──あはは、おかしな戸神先輩!
宇宙の中心のレストランで、食いしん坊で淋しがりの狼は泣きながら食べ続けた。

またのご来店をお待ちしております。

このTaleの構図を一言で表すなら、司の宇宙と動物たちの宇宙(SCP-280-FR-1)の、存在を賭けた喰らい合いです。
ストーリー開始時点で、司の宇宙は彼のみを残して消滅してしまっています(だから、そもそも帰りようがない訳ですね)。原因としてはSCP-1690-JP/犭貪あるいはウロボロスを想定していますが、読者に要求される前提知識が増えすぎる気がするので、明言は迷っています……。
動物宇宙への入口であるドア(SCP-280-FR)が残っていたのは「次の宇宙の卵」だからです(SCP-280-FRのメタタイトルの「明くる日」を、この記事中では今の宇宙の消滅後と解釈しています)。司が残ったのは、その近くにいたせいで宇宙の消滅に巻き込まれずに済んだからです。本来であれば、すぐに動物宇宙がドアから溢れ出て次の宇宙になるはずでしたが、そこに司が迷い込んできたことで、宇宙は不確定な状態になります。
この記事における宇宙は、そこに属する者たちの主観の平均値が状態に反映されます。なので、前の宇宙の唯一の生存者=観測者である司は、図らずも神にも等しい現実改変能力者になっていました。この事実はMenu 5/ソルベの一文その他で暗示しています。
今、世界の観測者は自分しかいない。世界全てが、シュレディンガーの猫箱の中にあるようなもの。ならば、世界の在り様は自分次第ではないのか。
しかし、司の能力は、この段階では動物宇宙とその観測者たち、即ち動物たち(SCP-280-FR-2)の主観によって抑制されています。即ち「ちょっと賢いだけのヒト、カンニーに過ぎない」と。また、司自身が己の能力を自覚していないことも、抑制を強めているでしょう。ただし、宇宙を改変するのは不可能でも、自分の肉体に僅かながら影響は及ぼしており、蒼井を失った喪失感、それを埋め合わせたいという願望が空腹感となって現れています。この事実はMenu 7/サラダの一文その他で暗示しています。
ああ、そうに違いない。こんなに空腹なのは。
(この虚無が、飢えているせいなのか)
司という小さいながら影響力の大きい異物を抱えている限り、動物宇宙は新しい宇宙にはなれません。そのため、動物たちを操って(彼らに自覚はありませんが)、司を排除しようとします。動物宇宙が人体だとすれば、動物たちは白血球等の免疫細胞というイメージです。この事実は、Menu 4/ポワソンの一文その他で暗示しています。
建物が牙のように立ち並んでいる。空が飢えた目をぎらつかせている。地面がぺろりと足を巻取ろうとする。
世界が囃はやし立てている。そらそら、何をしている動物ども。早くその異物を捕まえろ。
実は、司以外にも以前の宇宙の痕跡は存在します。一つはカンニーです。
「ああ、それまデは、言葉を喋るどころか、頭に思い浮かべたこトすらなかったのに」
と、Menu 5/ソルベでトビーが言っているように、人間のカンニー化は自然な学習の結果ではありません。「人間は知的生命体」という以前の宇宙の法則が動物宇宙の人間に影響を与え、知性化させるのが原因です。だからこそ、カンニーたち自身も己の知性を持て余してしまっているのでしょう。しかも、司より優先度は低いとは言え、彼らも動物宇宙にとっては排除の対象です。踏んだり蹴ったりですねえ……。
もう一つの痕跡は、ウォーレンことSCP-210-FRです。彼女は「動物は人に狩られ食べられる」という法則の具現化です。司を狼に変えたのは、一見すると動物宇宙の住人にしてしまおうと謀ったようですが、実際はSCP-280-FR-1に抗う力を与えるためです(人狼の姿は司の考えるエージェントの理想像のようなものです)。とは言え、司に「蒼井のような一人前のエージェントになる」という強い願い(あるいは妄執)がなければ、そのまま動物宇宙の住人になってしまった可能性もありますが。女神は人に試練を与えるものですからね。
なぜ動物宇宙が司やカンニーのように、ウォーレンも排除しようとしなかったのかは分かりません。彼女が「動物」という属性を活かして上手く擬態したからか、あまりの尊さにさしもの動物宇宙も手出しできなかったのか……。
いくらバーサーク人狼状態とは言え、司一人で動物宇宙の動物たちを皆殺しにできるものか? それについては……。
上空から見下ろせば、霧のヴェールを剥ぎ取られたイーデンの実相が明らかになっただろう。それは直径せいぜい数百mの、虚空に浮かぶ箱庭でしかなかった。
とMenu 10/フルーツで語っているように、動物宇宙はまだ帝都イーデンの一部しか具現化していません。人口もせいぜい数百人でしょう。なので、司一人でも皆殺しは可能でした。そして、この宇宙唯一の観測者になった司は、もう一度皆に会いたいという願いを叶えるため、自らの身体を元に以前の宇宙を再創造します。
こうして宇宙を救い(?)、友人の波戸崎兄妹とも再会できた司ですが、僅かに残っていた動物宇宙の記憶が人々の動物化を招きました。自分が疑問を抱き続けると、この状態で宇宙が固定されてしまうかもしれない。それを無意識の内に察した司は、ウォーレンのシチューを頬張り、「動物は人に狩られ食べられる」という法則を体現し続けます。己の罪深さを嘆きながら。
以上はあくまで裏設定ですが、面白くなりそうならもう少し開示するつもりです。また、裏設定そのものにも固執せず、柔軟に対応したいと思います多分にこじつけですし。最後になりましたが、こんな長いTaleを最後まで読んで下さり、そして裏設定欄まで見て下さり、誠にありがとうございました!
・内容全体に関わる記事(本文中にリンクがある記事)
エージェント・戸神の人事ファイル(自記事)、SCP-210-FR/ウサギ、SCP-280-FR/明くる日の動物たち、SCP-606-JP/拷問教会(自記事)
・少しだけ言及した記事(本文中にリンクがない記事)
オルバース重力波望遠鏡からの情報を反映します!←SCP-912-JP/もう星は盗まない(自記事)
無駄だ。宇宙全てが消えようというのに、どこへ逃げる?←SCP-1690-JP/犭貪あるいはウロボロス
クワナ式異世界分類で言えば、異生態系タイプⅡ。←桑名博士の人事ファイル
(目前で人がマヨネーズになっていても冷静になれる、司にとっては魔法の言葉)←SCP-248-JP/アンチマヨネーゼ!
水溜りを踏んだだけで異世界に落ちることだってあるだろう。←SCP-194-JP/記憶の中の楽園
財団が守ろうとしているのは、ケーキの食べ残しやライターの点火で消し飛び兼ねない世界だ。←SCP-871/景気のいいケーキおよびSCP-403/段階的加熱ライター
(GOCの排撃班を、素手で殲滅したって噂は本当なのかなぁ)←世界オカルト連合事件簿他
例えば、街角のゴミ箱がめきめきと変形して、鋭い牙とうねる舌を剥き出しても。←SCP-181-FR/Non recyclable
財団フロント企業シグマ・クリエイティブプロダクツのトラックがやって来た。←財団フロント-JP
初期収容班チーフの小鈴谷技師に──何を考えているのか分からない笑みに圧倒されながら──←収容スペシャリスト・小鈴谷の人事ファイル
それを告げた情報分析官が、蒼井も信頼を寄せていたエージェント・″シスター″・ルコでなかったら、←エージェント・"シスター"ルコの人事ファイル
マナによる慈善財団幹部の家族を人質に取って、難民にばら撒いていた異常存在について吐かせた。←ミッション報告広報掲示板にようこそ他
医療ボランティアに潜り込んで、ヒーロー気取りのゲロカス人形に食わせる生贄を物色した。←SCP-565-JP/手のひらヒーローズ
一度だけ見たことがある。異常存在に曝露した挙句、残りの一生を収容セルで過ごすことになったエージェントを。←SCP-205-JP/残酷なタイムループ
忘れられた知的種族が滅び、←SCP-1000/ビッグフット
友人の波戸崎 壕と、その妹咲とワイングラスを打ち合わせる。←波戸崎研究員の人事ファイル
1枚目・SCP-210-FR
ソース: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Black_rabbit.JPG
ライセンス: パブリックドメインタイトル: File:Black rabbit.JPG
著作権者: Xosemaさん
公開年: 2007年4月14日
補足: トリミングしています。
2枚目・ウサギ絵文字
ソース: 自作
ライセンス: CC BY-SA 3.0タイトル: ウサギ絵文字
著作権者:ykamikura
公開年: 2019年0月0日
補足: N/A
3枚目・スペシャルフルコース
ソース: 自作
ライセンス: CC BY-SA 3.0タイトル: スペシャルフルコース
著作権者:ykamikura
公開年: 2019年0月0日
補足: N/A
4枚目・SCP-280-FR-2若年個体
ソース: https://creepypasta.fandom.com/wiki/Creepypasta_Wiki:Creepy_Images/Page_62?file=AFFwL991.png
ライセンス: CC-BY-SAタイトル: 不明
著作権者: Lily2479さん
公開年: 不明
補足: N/A
5枚目・Menu 1/アミューズブーシュ(お通し)
ソース: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Parmesan_Pannacotta_-_Amuse_Bouche_-_Lake_House_Restaurant,_Daylesford.jpg
ライセンス: パブリックドメインタイトル: File:Parmesan Pannacotta - Amuse Bouche - Lake House Restaurant, Daylesford.jpg
著作権者: Alphaさん
公開年: 2010年5月3日
補足: N/A
6枚目・Menu 2/オードブル(前菜)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/レストラン-料理-食事-1762492/
ライセンス: CC0タイトル: レストラン-料理-食事
著作権者: takedahrsさん
公開年: 2016年10月25日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
7枚目・Menu 3/ポタージュ(スープ)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/スープ-スターター-グルメ-387836/
ライセンス: CC0タイトル: スープ-スターター-グルメ
著作権者: hslergr1さん
公開年: 2014年7月9日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
8枚目・Menu 4/ポワソン(魚料理)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/キッチン-ガストロノミー-マス-1035731/
ライセンス: CC0タイトル: キッチン-ガストロノミー-マス
著作権者: luctheoさん
公開年: 2015年11月12日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
9枚目・Menu 5/ソルベ(口直しの冷たいお菓子)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/シャーベット-氷-食品-643018/
ライセンス: CC0タイトル: シャーベット-氷-食品
著作権者: shuettner890さん
公開年: 2015年2月23日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
10枚目・Menu 6/アントレ(肉料理)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/レストラン-料理-食べ物-1819034/
ライセンス: CC0タイトル: レストラン-料理-食べ物
著作権者: takedahrsさん
公開年: 2016年11月15日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
11枚目・Menu 7/サラダ
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/トマト-パン-サラダ-オリーブ-1804452/
ライセンス: CC0タイトル: トマト-パン-サラダ
著作権者: Einladung_zum_Essenさん
公開年: 2016年11月10日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
12枚目・Menu 8/チーズ
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/フランス-チーズ-605450/
ライセンス: CC0タイトル: フランス-チーズ
著作権者: fasさん
公開年: 2015年1月21日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
13枚目・Menu 9/アントルメ(甘いお菓子)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/ブラウニー-チョコレート-ケーキ-3042106/
ライセンス: CC0タイトル: ブラウニー-チョコレート-ケーキ
著作権者: ducken99さん
公開年: 2017年12月27日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
14枚目・Menu 10/フルーツ
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/イチジク-スライスした-デザート-3678014/
ライセンス: CC0タイトル: イチジク-スライスした-デザート
著作権者: RitaEさん
公開年: 2018年9月14日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
15枚目・Menu 11/カフェ・プティフール(コーヒーと焼き菓子)
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/コーヒー-コーヒー豆-ロースト-390669/
ライセンス: CC0タイトル: コーヒー-コーヒー豆-ロースト
著作権者: PDPicsさん
公開年: 2014年7月15日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
16枚目・レストラン
ソース: https://pixabay.com/ja/photos/ダイニング-ルーム-レストラン-103464/
ライセンス: CC0タイトル: ダイニング-ルーム-レストラン
著作権者: JamesDeMersさん
公開年: 2013年4月16日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。
17枚目・レストランロゴ(ウサギ部分)
ソース: https://pixabay.com/ja/vectors/ウサギ-バニー-イースター-153203/
ライセンス: CC0タイトル: ウサギ-バニー-イースター
著作権者: OpenClipart-Vectorsさん
公開年: 2013年10月16日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。合成、文字を追加しています。
17枚目・レストランロゴ(食器部分)
ソース: https://pixabay.com/ja/vectors/カトラリー-フォークナイフ-786745/
ライセンス: CC0タイトル: カトラリー-フォークナイフ
著作権者: Sebastiano_Rizzardoさん
公開年: 2015年5月28日
補足: 2019年1月9日のライセンス改訂前にCC0で公開されていたものです。合成、文字を追加しています。