Winston1984の改竄/焼却フォルダ

現在展開中の「There finest hour」と並行して展開。「重臣会議」の壊滅により日本超常コミュニティへの影響力を失ったかと思われたカオス・インサージェンシーだったが、関東裏社会のCIフロントを用い、財団内部の腐敗勢力と結託して財団への攻撃を継続する。財団内部の腐敗勢力はCIに資金源となる違法薬物を提供し、CIはその販売によって日本社会を混乱せしめるとともに得た利益で工作網を展開、勢力再建を図る。
これに対し、財団日本支部と日本超常コミュニティはJAGPATOのもと一旦は結束してCIに立ち向かうが、恥部を隠そうとブラックオプスを展開する財団側に対し日本超常コミュニティが不審を抱き、さらに日本インテリジェンスコミュニティが独自の思惑で動いたため、CI含め四者の混戦状態になり、自体は混迷していく。


評価: 0+x

アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 中華人民共和国甘粛省天水市泰安県の██山を中心とした半径10kmをエリア-████として隔離しXACTS1により外界と時間異常的接続を遮断してください。XACTSは月1回の整備を行ってください。エリア-████の隠蔽には「危険な化学物質の滞留」というカバーストーリーを用い、その徹底のため機動部隊馬-49(”孔明の首切り人”)による警備を行ってください。エリア-████内部の調査はエリア内部におけるCK-クラスシナリオ発生ごとに、HAZMATスーツを着用した財団エージェントによってのみ行い、財団エージェントはエリア-████からの退去時南方=ハルトマン指向性ナノマシンによる有害細菌・ウィルスの除染を行ってください。

説明: SCP-XXX-JPは西暦20██年█月から発生している、中華人民共和国甘粛省天水市秦安県██山周辺で発生する定期的な過去改変、主に西暦228年に生起した街亭の戦い2の結果を書き換える現象で、三国時代の蜀の武将馬謖3(以後SCP-XXX-JP-1)が何らかの理由で時間ループに囚われた結果、街亭の戦いと自身の処刑という結果を覆すため繰り返し行動し、CK-クラス:再構築シナリオを引き起こしていると推測されます。
この結果として、西暦20██年█月、史実の描写が改変されている現象がRAISAのXACTS内アーカイブより指摘されました。RAISAによる把握ではSCP-XXX-JP-1は街亭の戦いにおいて無策で魏軍に挑み敗北したとなっていますが、現在の正史の記述では山上に陣を取り水路を絶たれて衰弱したところを打ち破られたと改変がなされています。
CK-クラス:再構築シナリオのこれ以上の発展とそれに伴うバタフライ・エフェクトを防ぐため、財団は現在の特別収容プロトコルを定め、以後エリア-████の外部では歴史は変化していません。ただ、エリア-████の内部では異常な歴史改変が観測されただけで███度も繰り返されていることがエージェントの探索結果により判明しています。
改変レポート抜粋
回数 エリア-████内部の改変後の歴史
第2回 SCP-XXX-JP-1は再び山上に陣を取り、水路も確保した。しかし水路確保部隊が張郃により壊滅し、再び水不足となって衰弱した所を襲撃されて敗北し、諸葛亮に責任を問われ処刑された
第4回 SCP-XXX-JP-1はまたもや山上に陣を取り、指揮下兵力の半数を平地に配置し連携体制を取ったが、戦力分散により張郃に各個撃破され敗北し、諸葛亮に責任を問われ処刑された
第7回 SCP-XXX-JP-1は山上に陣を取る愚を悟り平地に陣を敷いたが、副将王平との連携が機能せず敗北し、諸葛亮に責任を負わされ処刑された
第15回 SCP-XXX-JP-1は街亭の戦いの副将王平と仲を取り持つため酒宴を開いたが、張郃の夜襲により敗北し、諸葛亮に責任を問われ処刑された
第19回 SCP-XXX-JP-1は平地に陣を敷くと共に陣を二分し、王平との連携を図ったが、張郃に各個撃破され敗北し、諸葛亮に責任を問われ処刑された
第25回 SCP-XXX-JP-1はより連携可能な陣形を取り固く守ったが、数的優位にある張郃の軍に敗北し、諸葛亮に責任を問われ処刑された
第32回 SCP-XXX-JP-1はサーキシズムに類すると推定される妖術を用い兵士を肉体的に強化し街亭の守備に成功したが、諸葛亮に妖術を用いた責任を問われ処刑された
第35回 SCP-XXX-JP-1は上記手段で街亭を防衛後、諸葛亮に反乱したが新発明の機械(メカニトの機械技術に類似したものと推定される)を用いる諸葛亮に責任を問われ処刑された

現在、SCP-XXX-JP-1によるCK-クラス:再構築シナリオはエリア-████外部では防がれていますが、内部では1██度のCK-クラス:再構築シナリオが起こっています。しかしながら、SCP-XXX-JP-1が時間ループに囚われた理由と、そのCK-クラス:再構築シナリオがなぜ1800年近い時を経て現在に突如発現している理由は不明です。これに対し、財団81地域ブロック所属の南方秀一郎博士は「西暦228年と現在を結ぶ高次元歪曲が存在し、その高次元歪曲が西暦228年の現象を現在に直接リンクさせると共に、SCP-XXX-JP-1が時間ループに囚われた原因ではないか」と推測しています。4
補遺1
第████回の定期調査で、フィールドエージェントがエリア-████内部に異常ヒト型実体(以後SCP-XXX-JP-2)数体を発見したとの報告がありました。SCP-XXX-KP-2はSK-BIO生物に類する異常人形実体で、いずれも同じ外見をしており、三国時代の鎧と肉体が癒着した姿をしています。エリア-████内部でSK-クラス:支配シフトシナリオが起きたのではないかと推定されていますが、これについて現在調査の続行と封じ込めの強化が図られている段階で、詳細は未だ不明です。

気になること
馬謖のタイムループとCK-クラス:再構築シナリオが1800年を経て出現している件についての説明はこれでいいか
端的に面白いか
報告書としてのクリニカルトーンや特別収容プロトコルはこれでいいか
オチが弱くはないか

評価: 0+x

 日本橋の某会館の1フロアを借り切ったハロウィン会場は、背の高いのっぺらぼうのスーツの紳士、ホッケーマスクを被った巨漢、人間の顔の皮を被りチェーンソーを持ったエプロン姿の男といったホラーの登場人物たちから、青い衣装に銀の甲冑を身にまとい長剣を構えた少女剣士、頭に金色のアクセサリをつけた巫女姿の女性、緑色のツインテールウィッグに灰色のノースリーブとミニスカート姿のアンドロイドといった、オタク系サブカルチャーのアイコンたちまで、多種多様な装いの人々で混雑していた。フロアの一面は鏡張りであり、彼らをきらびやかに映し出している。
 その人混みの中に、金色の刺繍をし、杖を手にした白いローブの女性がいた。フードを目深に被り、顔を半ば隠しているが、堀の深い顔立ちは日本人離れしている。
 彼女――エージェント・雛倉は横目を使い、黒いとんがり帽子に黒いマントの凛とした表情の女性――彼女の先輩、エージェント・立花を見つめる。彼女は完全に場に溶け込んでおり、目立つことなくその場に自然にあった。手にはクラッカーをぶら下げ、いかにもお祭り気分の仮装客という雰囲気だ。
『こちらアルファ。ブラボー状況はどう?』
 骨振動フォンから、立花の声が聞こえた。雛倉は囁く様に応える。
『現在のところ、目標A、Bともに確認できていません』
『それはこっちも同じ。引き続き目標の捜索を』
『了解』
 雛倉は通信を受け、改めて自身の装備を確認する。白いローブは防弾衣、杖は高周波ブレードの仕込み刀、それに加えてローブの下にはPDWと拳銃、スタングレネード、メススプレーという、エージェントがPoIに対するにはいささか過剰に思える装備だ。しかし雛倉は立花から『財団エージェントはどんなに重武装していても死ぬ時は死ぬ』と冷厳に継げられていた。
 自分を守るのは注意力と判断力と運、装備はその手助けでしかない――雛倉は気を引き締め、周囲に再び意識を戻した。
 周囲はうたかたまやかしの姿を身にまとい、まやかしの生に興じる人々だらけだ。興じた後は本来の姿に戻るのだろう。しかし雛倉は彼らと真逆だった。生まれたときから仮初めの生と立場を与えられ、ある日無残に崩されて、財団に救われた後も、常に仮初めの姿で動くエージェントという立場にあり、自分自身とは何なのか、時に疑問に思うことがある。
 相方の立花も程度とベクトルの違いはあれ、同じような経験をしたことがあると聞いた。共通点は、自身というものに対する確固たる信頼の不足。それはエージェントとして時に致命傷になりかねない。克服せねば――雛倉は再び自分が内側に意識を戻していたことに気づき、拳を握りしめる。
 その不安定な有様に気づかれたか、立花からの冗談めいた叱咤が入る。
『ブラボー、今からそんな調子でどうするの? ハロウィンはこれからが本番なんだからね! ジャック・オ・ランタンに連れて行かれないでよ?』
「すみません――でも、立花さんはその姿で大丈夫なんですか?」
 何かを察したように立花は少し間を置き。
『――人間は幾つもの顔を使い分けてようやく人間なの。本当の顔なんて、自分自身の中にも存在しないわ。だから、あなたが思い悩むことなんてないのよ』
 暖かみのこもった声でそう告げる。
「そう――そうですね、立花さん、ありがとうございます」
 雛倉は心の中で軽く頭を下げながら礼を言った。自分の心の重荷が、少し軽くなったような気がした。
 そんな雛倉を見て、立花は嘆息する。彼女の複雑な事情は初対面の時に知っているし、自分とて雛倉を導くにはいささか歪んでいるとは思っている。若い頃は奈落の悪鬼アイスヴァインなどと意気がっていた自分が誰かを諭すなど滑稽かもしれない。しかしバディ相手に全くフォローしないのもどうか、というのもあったし、何より立花は雛倉に対して深い同情と庇護感を覚えていた。だから、そんな言葉も出るのだが――。
「いけないわね……」
 立花は雛倉に向けていた感情を元に戻すため、両頬を平手で叩くと、作戦について再確認した。
 今回の作戦は「アニメキャラクターと結婚するための研究計画局」通称PAMWACのPoI-7532、岡島拓郎を確保し、彼の進める計画を阻止することにある。彼は米国の要注意団体、ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードからアノマリーを入手したらしいと、別口の件でPAMWACを調査していたエージェントから連絡があった。
 計画の全体像が見えていないのが難点だが、岡島がハロウィンの日に、アノマリーを用いて「何か」をするはずだというところまで絞り込めた以上、手遅れにならないうちに岡島とアノマリーをそれぞれ目標AとBとして確保すべきだと調査部門は判断し、立花と雛倉はその一員として目標A――すなわち岡島確保に出動したというのが今回の経緯だ。
 臨機応変といえば聞こえがいいが出たとこ勝負の、敵の数も能力も不明なままの作戦を行うにあたって、財団は人員を厳選したはずだ。なら何故自分たちのような訳ありのエージェントが選ばれたのかはわからないが――。
 そこまで考えを巡らせたところで、雛倉からの連絡が入った。
『目標Aが会場に入りました。護衛は5人ですが、素人同然です』
『不用心ね……罠かも』
『しかし今を逃してチャンスはありません。やらせて下さい』
 骨振動フォン越しからもわかる雛倉の焦りを感じつつも、立花は軽く頷いた。
「わかった。ブラボーは目標Aに人の流れに沿って接近、接触したらうまく人混みから引きずり出して無力化して」
『ブラボー了解。目標との接触に移ります』
 雛倉が動き出した。立花は雛倉と岡島を見失わないよう、ごく自然に接近していった。


 雛倉は岡島の近くまで接近し、立花が手にしていたクラッカーを盛大に鳴らしたのに周りが驚いて顔を向けた隙に、ローブ越しのPDWを突きつけながら耳元で囁いた。
「岡島さん、トリック・オア・トリートですよ?」
 声音こそ柔らかいが有無を言わせぬその口調に、岡島の顔はややこわばる。一瞬遅れて、岡島の護衛らしき仮装の男たちが向き直るが、岡島は彼らを手で制止し、雛倉の誘導に従ってパーティ会場の外に出る。護衛の動きを見ながら、立花も雛倉と合流した。
 パーティ会場の外、エントランスの陰に移動した3人――2人のエージェントと1人の捕虜は、向き直って相対した。
「まずは岡島さん、あなたが何を目論んでいるのか話してほしいんだけど」
 立花は冷ややかな声で問うが、岡島はこの窮地に平静を保ったままだ。
「何のことかな? 少なくともキミたち誘拐犯モドキに答えるようなことは何もないが」
「誘拐犯モドキ? 貴方こそ創造主モドキでしょう。手荒なことはしたくないですが、必要とあれば容赦はしませんよ?」
 雛倉が脅しても、岡島は平静を保ち続ける。
「『用務員』か『壊し屋』か知らないが、どうせ私の『計画』もある程度察知しているのだろう?」
「ノーコメントです」
 雛倉は毅然として言い放つ。すると岡島は不敵な笑みを浮かべて雛倉の顔を見た。
「残念ながら、ここまでか、しかし私だけでもやりとげてみせる」
「なんですって?」
 半ば驚き、半ば訝しむ立花に対し。
「ハロウィンの日、此岸と彼岸の通路は繋がる。我々はそれによって愛するベアトリーチェと相まみえることが出来る! 我らは心のなかにしかいないものを具現化する方法を手に入れたのだ!」
 岡島は一転、目をギラつかせてあらぬことを口走り、何かの呪文を唱えた。
「――もしや」
 立花は素早くメススプレーを岡島に浴びせ、昏倒させた後、後方で待機中の戦術対策チームに岡島の確保と会場突入を要請した。
「待って下さいアルファ、まだアノマリーの所在が不明です」
「それはこれから探す。岡島を確保するのが先よ」
 立花が厳しい表情を浮かべた時、状況は一転した。2人の持つカント計数計が異常数値を示す。めくるめく速さで現実性密度が下がっているのだ。
「アルファよりコマンドプライム――」
 後方の司令部に連絡を入れるが、戦術チームの応答はない。そうなるとるべき手段は1つしかなく。
「ブラボー、直ちに岡島を連れてここを脱出するわよ」
「了解です。機動部隊の出動が必要にならなければいいんですが」
 危機感を覚えつつそういい交わしながら、岡島を両脇から抱えて引きずっていく2人だったが、エントランスホール出入り口から外に出られない。透明な壁のようなものが張り巡らされているかのようだった。
「これは、現実断層ですね。下手に強行突破を図るとどうなるかわかりません」
「そうね――孤立したというわけか」
 雛倉と立花はそう言葉をかわす。ならば、自分たちが生き残るのに最適な手段を選ぶしかない――幸いこの会館は広く、対現実改変装備の機動部隊到着までPAMWACの脅威から身を隠し続けられるであろうと両者は判断したが、それは過ちだった。
 突如として、エントランスホームに張り巡らされた鏡から、自分達の影がにじみ出るように現実空間に現れる。立花と雛倉の写し身であるそれらは、2人に向かって名乗りを上げた。
「我が名は奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン! 我を捨て去りし愚か者よ、我の刀の錆となれ!」
「我はヨハンナ、王国の皇女なり。汝の堕ちたる姿、見るに忍びん。とく消え去れ!」
「なんであんたがここに出てくんのよっ!」
「どうして……」
 立花と雛倉は、かつての自身の黒い記憶が具現化したことに動揺する。その隙を逃さず、2つの影は襲い掛かってきた。


 アイスヴァインは立花を狙う。仮装の杖から抜き放った高周波ブレードが神速の速さで立花の首を狙う。立花はPDWをとっさに捨て、バックステップして自身も高周波ブレードを抜いた。
「ほう、天才的剣術を誇る我に対し、剣をもって相対するか。その愚かさ、とくと知れ!」
 高慢な表情を浮かべるアイスヴァインに対し。
「意気がってんじゃないわよ黒歴史のくせに! つか私の前から消え去れ! 豚の塩漬け!」
 立花は恥辱と怒りを露わにして罵倒する。
 次の瞬間、両者は地を蹴って交錯した。高周波ブレード同士がぶつかりあう悲鳴のような唸りが響き渡る。
「ほう、なかなか腕を上げたな、我が依代よ」
「14の時から止まってるあんたと、年季を踏んだあたしじゃ相手にならないわよ!」
「はは! 悪鬼には年など関係ない。貴様は年ふりて衰えが見えるぞ!」
 しのぎを削り合いながら言い交わし、再び飛び跳ねて距離を取る。立花は冷静さを取り戻すため、ジリジリと距離を取り、下段の構えで守りを固めつつ、アイスヴァインの正体を見定めようと思惑を巡らす。
(岡島は此岸と彼岸がつながるこの日を選んでアノマリーを起動したに違いない。現実性の希薄化はその証拠。そして――アノマリーの起動により現実性は希薄化するとともに、過去のトラウマが岡島の思惑とは別に具現化した。無意識による現実改変を手助けする、しかし悪意あるオブジェクトを、岡島は起動したんだわ)
 並列思考をこなすベテランエージェントに対し、アイスヴァインも容易に打ち掛かり得ない。しかし、気付きの瞬間、立花に隙ができた。アイスヴァインはそれを見落としはしなかった。
「コキュートスに震えて眠れ!」
 鋭い一閃が、再び立花の喉首を狙う。一瞬遅れて剣先をそらすが、その衝撃で立花は高周波ブレードを取り落とし、エントランスホールの床へと転がった。受身の姿勢を取るが、獲物を失った立花に勝ち目はない。アイスヴァインは自らの勝利を確信し――
 次の瞬間、バン、と重たい銃声とともに、立花の持つ大型拳銃に胸を撃ち抜かれていた。
「飛び道具とは、卑怯なり……」
「あいにくあたしは過去の亡霊に殺されてるわけにはいかないのよ。生きて、よくも悪しくも『世界』を受け入れていくつもり。特別や孤高を気取るのは、邪魔なの、それには」
「そうか……なれば今を生きるがいい。いつしかお前も死ぬ。第12地獄ヘルにての再開を心待ちにしているぞ……」
 アイスヴァインはそう言い残し、消失していった。
 一方、雛倉はヨハンナ相手に押され続けていた。
『私の人生には意味はなかった』
『私は愚かな犬』
 かつては意味を理解していなかった残酷な呪文が放たれるたびに、雛倉はそれを避けきれず、炎に包まれ、衝撃波に吹き飛ばされる。それでもなお生きているのは、仮装の下に着込んでいた環境追従迷彩防護服のおかげだ。
「どうしてっ、どうしてそんなことを言うのっ!」
 雛倉は半ば錯乱しつつも、PDWで応戦する。しかしそれも、防御魔法で弾かれる。肉薄しての高周波ブレードでの斬撃しかない――そう冷静な部分は判断しているが、ヨハンナの呟く呪文に心の傷をえぐられ続け、後手へ後手へと回ってしまい、防御一辺倒となってしまう。
「どうした。堕ちたる者よ。よもや正当な地位を取り戻したいとでも思ったか? なれば我がその望みを叶えてやろう。我のしもべとなりて、敵を撃て」
 ヨハンナはアイスヴァインと闘っている立花を指差す。雛倉はその残酷な問いに、正気を取り戻し、震えているがまっすぐに、否と応えた。
「――愚かなり、堕ちたる者よ。やはり汝は、我の手で倒さねばならぬ」
 ヨハンナは杖を掲げ、新たなる呪文を唱えようとした。それに対し、雛倉は高周波ブレードを抜いて構え、切り込む機会をうかがう。だが、切っ先は震えている。
『私はただの人間だ』
 ヨハンナが呪文を唱えた瞬間、ふと雛倉の迷いは消えた。そのまま跳んで、ヨハンナの胸元に鋭い突きを入れる。
「か、はっ」
 胸から吐息と血を吐き出し、ヨハンナは倒れた。雛倉はヨハンナを見下ろし、呟く。
「そう、私はただの人間。人間なら、たとえ他人に人生を壊されても、やり直すことが出来る。それは、過去の影である貴方には出来ないこと――」
「なにを、言っている? 皇女に、戻りたく、ないのか? 財団の犬の方を、選ぶというのか……」
 ヨハンナの断末魔に、雛倉は応える。
「皇女やエージェントはただの『立場』。わたしは、どういう立ち位置にいても私という人間だって、貴方の最後の呪文が気づかせてくれた」
「そうか……」
 何事かに気づいたかのように、満足な表情を浮かべて消えていくヨハンナを、雛倉は見送った。
 いつしか、カント計数計の数字は正常値に戻っていた。


 過去との決着を付けた2人は、戦術対策チームと合流した。その途中、岡島からアノマリーを奪い取り、彼が目を覚ましたので、あらましを説明し、岡島の目的を確認する。
「確かに、私は我々の心のなかにあるそれぞれの理想像を具現化するため、ハロウィンという日を選び、あのアノマリーを通じて意識と現実を一体化させようとした……しかし出てきたのは無意識下の怪物だったというわけか……」
 岡島は嘆息し、ひどく消沈していた。
「我がベアトリーチェ、最愛の虚構よ、今回も会うことは叶わなかった……」
「あんたの思惑を止められなかったのはこっちの責任だけど、起こしたのはあんただからもっと責任感を持ちなさいよ」
「そうです。岡島さん? 貴方も無意識下の怪物に殺されるかも知れなかったんですよ?」
 2人に咎められ、岡島は身を縮こまらせた。
 岡島は戦術対策チームに引き取られ、財団に収容された。立花と雛倉は傷の応急手当のあと、念のため財団フロントの病院へと運ばれ、入院することとなった。
 そして数日後。
 立花と雛倉は西日本統括サイト責任者、エージェント・カナヘビの水槽の前に立たされていた。
「PoIとアノマリーの確保には成功。被害もゼロ。PAMWACの関西支部は壊滅。上々な出来やな」
 ボーイソプラノが覚醒マイク越しに聞こえてくる。立花はカナヘビに遠慮なく質問した。
「何故、選抜されたのが私や雛倉だったんですか?」
 カナヘビはお気に入りの小枝に寝そべり、天井から降り注ぐ日光を浴びながら心地よげに応えた。
「それはな、アノマリーの性質からして出てくるものが予想がつきやすかったからやし、それを克服できとると考えたからやな。立花クンはニュートラライズドやし、雛倉クンはエクスプレインドやから、他のエージェントより確実性が高いと思うたねん。うちにはいろいろ闇を抱えとるエージェントもおるでな、消去法で選んだらそないなったゆうことや」
「おかげさまで10数年ぶりに黒歴史と再会させていただきましたが」
 怒気のこもった立花の声にカナヘビは「おおこわいこわい」と言った体を見せるが。
「私も……思い出したくなかったことですが、今回の件で完全に克服できたような気がします」
 と、雛倉が云ったときには「せやろ」と胸を張ってみせた。
「しかしアノマリーの性質についてお教えいただければ、今回の作戦はより迅速に遂行できたと思います。何故伏せて置かれたのですか?」
 するとカナヘビは目を細め。
「逆の意味での、必要値原則やな。君らには一辺、自分の影と闘ってもらうつもりやったねん。エージェントとして一回り大きくなってほしかったからやな。失敗はせえへん、なぜなら影は本体より弱いからや。そう踏んでのことなんやけど」
「あやうく死ぬところでしたよ?」
 立花の目に殺気が宿る。
「いやキミ、豚の塩漬けに殺されるなんて愉快な死に方するタマやあらへんやろ」
 カナヘビははぐらかすが、立花と雛倉には、カナヘビは自分たちが死んだら死んだなりで「使えなかった」と判断して書類をシュレッダーに掛けさせるつもりだったろうこと、自分たちが失敗しても大丈夫なニの手を打っていたであろうことは容易に推測が付いた。
 それを知ってか知らずか。
「西日本統括サイトは今日時期遅れのハロウィンや。仕事の疲れを癒やして、羽根を伸ばしてきいや」
 と、カナヘビは告げた。


 2人が立ち去った後、カナヘビは呟いた。
「『消えろ、消えろ、つかの間のともしび! 人生は歩きまわる影に過ぎぬ! あわれな役者だ! 舞台で大げさに騒いでも、劇が終われば消えてしまう。阿呆どもの語る物語だ』と、シェークスピアは書いたそうやけどね」
 そして遠い目をする。
「つかの間の灯火、阿呆どもの語る物語を守るのが財団や。たまには哀れな役者にも、舞台で大げさに騒ぐ機会を与えたいものやね」
 その視界には、窓の外で行われているハロウィンパーティーの様子が映し出されていた。その人混みの中に立花と雛倉の姿を見つけて、カナヘビは目を好々爺のように細めた。

評価: 0+x

 日本橋の某会館の1フロアを借り切ったハロウィン会場は、背の高いのっぺらぼうのスーツの紳士、ホッケーマスクを被った巨漢、人間の顔の皮を被りチェーンソーを持ったエプロン姿の男といったホラーの登場人物たちから、青い衣装に銀の甲冑を身にまとい長剣を構えた少女剣士、頭に金色のアクセサリをつけた巫女姿の女性、緑色のツインテールウィッグに灰色のノースリーブとミニスカート姿のアンドロイドといった、オタク系サブカルチャーのアイコンたちまで、多種多様な装いの人々で混雑していた。
 その人混みの中に、金色の刺繍をし、杖を手にした白いローブの女性がいた。フードを目深に被り、顔を半ば隠しているが、堀の深い顔立ちは日本人離れしている。彼女――エージェント・雛倉は横目を使い、黒いとんがり帽子に黒いマントの凛とした表情の女性――彼女の先輩、エージェント・立花を見つめる。彼女は完全に場に溶け込んでおり、目立つことなくその場に自然にあった。
『こちらアルファ。ブラボー状況はどう?』
 骨振動フォンから、立花の声が聞こえた。雛倉は囁く様に応える。
『現在のところ、目標Aは確認できていません』
『それはこっちも確認しているわ。引き続き目標の捜索を』
『了解』
 雛倉は通信を受け、改めて自身の装備を確認する。白いローブは防弾衣、杖は超振動ブレードの仕込み刀、それに加えてローブの下にはPDWと拳銃、スタングレネード、メススプレーという、エージェントがPoIに対するにはいささか過剰に思える装備だ。しかし雛倉は立花から『財団エージェントはどんなに重武装していても死ぬ時は死ぬ』と冷厳に継げられていた。
 自分を守るのは注意力と判断力と運、装備はその手助けでしかない――雛倉は気を引き締め、周囲に再び意識を戻した。
 周囲はうたかた仮初めの姿を身にまとい仮初の生に興じる人々だらけだ。興じた後は本来の姿に戻るのだろう。しかし雛倉は彼らと真逆だった。生まれたときから仮初の生と立場を与えられ、ある日無残に崩されて、財団に救われた後も、常に仮初めの姿で動くエージェントという立場にあり、自分自身とは何なのか、時に疑問に思うことがある。
 相方の立花も程度とベクトルの違い晴れ、同じような経験をしたことがあると聞いた。共通点は、自身というものに対する確固たる信頼の不足。それはエージェントとして時に致命傷になりかねない。克服せねば――雛倉は再び自分が内側に意識を戻していたことに気づき、拳を握りしめる。
 その不安定な有様に気づかれたか、立花からの叱咤が入る。
『ブラボー、今からそんな調子でどうするの? 作戦開始はまだ、目標さえ捕捉できてないのよ?』
「すみません――でも、立花さんはその姿で大丈夫なんですか?」
 何かを察したように立花は少し間を置き。
『――人間は幾つもの顔を使い分けてようやく人間なの。本当の顔なんて、自分自身の中にも存在しないわ。だから、あなたが思い悩むことなんてないのよ』
 暖かみのこもった声でそう告げる。
「そう――そうですね、立花さん、ありがとうございます」
 雛倉は心の中で軽く頭を下げながら礼を言った。自分の心の重荷が、少し軽くなったような気がした。
 そんな雛倉を見て、立花は嘆息する。彼女の複雑な事情は初対面の時に知っているし、自分とて雛倉を導くにはいささか歪んでいるとは思っている。若い頃は漆黒の堕天使アイスヴァインなどと意気がっていた自分が誰かを諭すなど滑稽かもしれない。しかしバディ相手に、全くフォローしないのもどうか、というのもあったし、何より立花は雛倉に対して深い同情と庇護感を覚えていた。だから、そんな言葉も出るのだが――。
「いかんいかん、仕事に集中」
 立花は雛倉に向けていた感情を元に戻すため、作戦について再確認した。
 今回の作戦は「アニメキャラクターと結婚するための研究計画局」通称PAMWACのPoI-7532、岡島拓郎を確保し、彼の進める計画を阻止することにある。彼は米国の要注意団体、マーシャル・カーター&ダーク株式会社からアノマリーを入手したらしいと、別口の件でPAMWACを調査していたエージェントから連絡があった。
 計画の全体像が見えていないのが難点だが、岡島がハロウィンの日アノマリーを用いて「何か」をするはずだというところまで絞り込めた以上、手遅れにならないうちに岡島とアノマリーをそれぞれ目標AとBとして確保すべきだと調査部門は判断し、立花と雛倉はその一員として目標A――すなわち岡島確保に出動したというのが今回の経緯だ。
 臨機応変といえば聞こえがいいが出たとこ勝負の、敵の数も能力も不明なままの作戦を行うにあたって、財団は人員を厳選したはずだ。なら何故自分たちのような訳ありのエージェントが選ばれたのかはわからない。しかし、彼女らの上司であるエージェント・カナヘビは、決して不適任な人間を意味もなく投入し、作戦と人員を危険に晒す無能ではない。きっと何らかの意味があるはず――。
 そこまで考えを巡らせたところで、雛倉からの連絡が入った。
『目標Aが会場に入りました。護衛は5人ですが、素人同然です』
『不用心ね……罠かも』
『しかし今を逃してチャンスはありません。やらせて下さい』
 骨振動フォン越しからもわかる雛倉の焦りを感じつつも、立花は軽く頷いた。
「わかった。ブラボーは目標Aに人の流れに沿って接近、接触したらうまく人混みから引きずり出して無力化して」
『ブラボー了解。目標との接触に移ります』
 雛倉が動き出した。立花は雛倉と岡島を見失わないよう、ごく自然に2人に接近していった。

 一方、時間は少し遡る。
 目標B――岡島が入手したアノマリーを確保するため、エージェント・桜庭とエージェント・西塔のツーマンセルは会館の地下へと潜っていた。環境追従迷彩服に全身を覆い、多目的ゴーグルを掛け、PDWを構えたその姿はまるで特殊部隊員のようだ。しかし態度はらしからぬものであった。
『あー、立花さんと雛倉ちゃんはハロウィンパーティーにいるのに、僕らはジメジメした地下で危険なアノマリー探しですか、なんだかなぁこの差は』
『デルタ。無駄口は叩かない。すべて任務だ、危険度に変わりはない――はずだ』
 語尾が濁ったのは西塔なりの不安か。それを察して、桜庭は景気のいい軽口を叩く。
『了解チャーリー。さっさと仕事を終わらしてサイトのハロウィンパーティーに参加しましょうや』
『異存ない』
 西塔は手短に応え、やけに冷える地下点検路から会館の地下ホール――機械室などが密集する空間に入っていく。軍靴がグレーチングを踏む足音が、どうしても響く。気取られるのではないかと、西塔はやや不安に思った。
『ところで』
 桜庭から通信が入る。
『PAMWAC、というか岡島が動かせる手勢はせいぜい10人程度、しかも素人に毛が生えた程度って聞いてますけど、あれ確かなんすかね』
『情報将校はデタラメを言う、ましてや情報が少ない時はなおさらだ。エージェントなら知ってて当然だろう?』
 呆れたように西塔が返すと。
『いや、それにしたって手駒が低く見積もられすぎじゃないですかね? PAMWACの資金の筋は太いと、ぼく、育良さんから聞いてましたよ? よそから増援が来ててもおかしくない。大体マーシャル・カーター&ダークに大金積んでアノマリー買い込める資金力があるなら、そんなショボい護衛なわけないっすよ』
 トッポい口調で、鋭いところをついてくる桜庭。
『意図的な下算と? それは重大な懈怠あるいは反逆だろう』
 西塔は一理あると思いながらも否定するが。
『サボってんのか裏切ってんのか、それはないと思いますけど、PAMWACの捜査にわざわざ縁のありそうな雛倉ちゃんを抜擢したり、どうもカナヘビさん、ぼくらの知らない何かの思惑で動いてるんじゃないですかねえ』
 桜庭は推測を口にする。それは西塔にとって一定の説得力のあるものだった。
『一考の価値はあるか……だがカナヘビなら、ずさんな仕込みで作戦自体を失敗させるようなことはない。我々も捨て駒にはならないだろう』
 西塔は疑念を振り切ってそう言い切る。
『そうだといいんすけどねぇ……』
 桜庭は半ば不信感、半ば期待を持ってそう応えた。
 やがて、発電機やセントラルヒーティング用のボイラーなどの並ぶ機械室を抜けると、地下ホールの間近へとたどり着く。折れ曲がった通路を、そのまま曲がろうとしたところで、ふと西塔の足が止まった。
『デルタ、止まれ』
 西塔は桜庭にも静止を求める。
『なンすか? 敵すか?』
 依然としてトッポい口調で問いかける桜庭に対し。
『らしいな――地下ホール内に複数の人気がする。ホールのドアにも見張りが2名。どうも地下ホールがアノマリーの収容場所らしいな』
 西塔は自身の判断を伝える。
『排除してアノマリーを確保、とは行かなさそうですねぇ』
『同感だ。後方の戦術対策チームに救援を求めよう』
 西塔は上位戦術チャンネルに合わせて通信を試みるが。
『……ザザッ……ザ-ッ』
 激しいノイズが入るだけで連絡が取れなくなっている。そして多目的ゴーグルに収められたカント計数機は、周囲のヒューム値が急激に低下しているのを目まぐるしいカウントで示していた。
『これは、アノマリーの起動か! やむを得ん、一端アルファとブラボーと合流するぞ!』
『了解!』
 桜庭は走り出した西塔をカバーするように追い始める。
(立花さん、雛倉ちゃん、無事でいてくれよぉ……)
 そんなことを思いながら。


 ヒューム値の低下が始まるより少し前に時は遡る。
 雛倉は岡島の近くまで接近し、立花が盛大に鳴らしたクラッカーに周りが驚いて顔を向けた隙に、ローブ越しのPDWを突きつけながら耳元で囁いた。
「岡島さん、少しお話がしたいのですが?」
 有無を言わせぬその口調に、岡島の顔はややこわばる。一応護衛を用意していたのに、こんなに簡単にスニーキングされるとは、ハロウィンパーティとプロジェクトの成功に舞い上がっていたとはいえ迂闊すぎた。だが、自身の一時的窮地は彼の計画の計算に入っていた。
 一瞬遅れて、岡島の護衛らしき仮装の男たちが向き直るが、岡島は彼らを手で制止し、雛倉の誘導に従ってパーティ会場の外に出る。護衛の動きを見ながら、立花も雛倉と合流した。
 パーティ会場の外、エントランスの陰に移動した3人――2人のエージェントと1人の捕虜は、向き直って相対した。
「まずは岡島さん、あなたが何を目論んでいるのか話してほしいんだけど」
 立花は冷ややかな声で問うが、岡島はこの窮地に平静を保ったままだ。
「何のことかな? 少なくともキミたち誘拐犯モドキに応えるようなことは何もないが」
「私たちは『財団』です。貴方の存在を、そもそもなかった事にするのも容易ですよ?」
 『財団』と聞いても、岡島の態度は平静を保ち続ける。
「財団なら話は早い。どうせ私の計画もある程度察知しているのだろう?」
「貴方がマーシャル・カーター&ダーク社から購入したアノマリー物品と、貴方の『計画』を阻止することです」
 雛倉は毅然として言い放つ。すると岡島は不敵な笑みを浮かべて雛倉の顔を見た。
「ところで、君は我々が飼っていた子供の中のひとりだな」
 一転して、雛倉の顔がこわばった。心理的優勢を確立したかのように、岡島はまくし立てる。
「ああ、あの茶番劇は楽しかったぞ! 『私の人生には何の価値もない』と言いながらおもちゃのステッキを使って嘘の『魔法』を使ってみせる姿は特にな! 14年間、いつ真実を曝露して解き放とうかとときめいていたものだ!」
「――」
 雛倉の顔は青ざめ、白い肌が神のように白く、その表情は屈辱と苦悩に歪んでいる。岡島は更に言い募ろうとしたが、立花に頬を張り飛ばされて床へと転げ落ちた。更に立花は岡島の腹を蹴り飛ばし、虫のように這いつくばらせる。
「そんなことをして、他人の人生を弄んで、それが楽しいって大した悪趣味ね! その御蔭で、この子がどれだけ傷ついたか!」
 だが苦痛を受けてもなお、岡島は自棄的な笑いを隠さない。
「傷つけ、手折るからこそ美しい虚構の花だ! そしてそれは現実と表裏一体だ! 君らにはわかるまい、虚構をせせら笑いつつも、どこかでその虚構に憧れてならず、だからこそ壊してしまいたくなるアンビバレンツが! 二次元に愛を注ぎつつも、その愛が決して報われることがないと知って苦しみ汚そうとする我々の姿が!」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
 立花は今度は岡島の顔を踏み潰す。鼻血が吹き出、折れた歯が口からこぼれ落ちる。
「あんたはアニメキャラに欲情する変態で、それをこじらせて現実の人間を傷つけたクソ野郎よ。それにふさわしい報いをさせてあげる」
「さて、できるかな?」
 岡島は血まみれの顔を拭い、不敵に笑った。その時、腕時計内蔵のカント計数機がビープ音を鳴らす。立花がモードチェンジして計数機の数値を見ると、周囲の現実性密度が急速に下がっていくのが判った。
 驚愕する立花に対し、岡島は勝ち誇ったように告げる。
「我々の勝ちだ、そして捻れと歪みを正す機会がついに訪れた! ハロウィンの日、此岸と彼岸の間の壁はなくなる。それを利用し、虚構と現実を一体化する。我々はついに、愛するベアトリーチェと相まみえることができる!」
 呆然とする2人。岡島が何を言っているのかわからない。岡島が何を企んでいるのかわからない。頭では理解できても全く感性が及ばない異常な論理の積み重ねと、現在起こっている異常事象で、パニック状態に陥る。
 すると、岡島は倒れ伏した姿勢のまま、忽然とどこかに消えた。情報の飽和に思考停止した彼女たちのところに、ようやく桜庭と西塔が駆けつけた。
「大丈夫ですか?」「大丈夫か?」
 桜庭と西塔の呼びかけに、幾分か正気を取り戻した立花と雛倉は、今までの経緯を訥々と語る。
「ふむ――現実性希薄領域の中で人間だけが正常なヒューム値を持っている場合、限定的だが現実改変能力を持つ現実改変者になりうる、ということかもしれないな」
「随分、落ち着いていますね?」
 立花は西塔を挑戦的に睨みつけ、西塔は立花の目を覗き込み返す。
「エージェントたるもの、常に冷静でなければならない。キミは今、冷静さを欠いている。そして財団は冷淡ではあるが冷酷であってはならない。君はその禁忌を、戦友のためとはいえ犯してしまった」
「くっ……」
 正論を前に絶句する立花だったが、自分の両頬を両手でパシリと叩き。
「ごめん、そうだったわね」
 と頭を下げる。が、西塔はそっけない。
「そう思うなら、行動と結果で応えて欲しい」
 そして、西塔はこれまで無言だった雛倉に向き直る。
「キミはどうだ? 冷静になれるか? 感情にとらわれて行動を誤ったりしないか?」
 問いに対し、雛倉は顔を上げ、瞳に強い決意を秘めて応えた。
「私は、財団のエージェント・雛倉です」
 西塔は少しだけ笑い。
「ならいい。今後の作戦要項を考えよう」と云った。



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アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Thaumiel

特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは財団フロント企業によりSCP-XXX-JPを含む建造物・敷地を買収し、周囲に武装サイト-81██を建設してください。カバーストーリーには「化学工場建設」が用いられます。SCP-XXX-JPへの立ち入り及びSCP-XXX-JP-1とのインタビューはレベル4/XXXクリアランス職員の許可を得て行ってください。SCP-XXX-JPの維持ならびに現サイト-81██管理官エージェント.████の生命精神の保護はセキュリティレベル5にて行われます。SCP-XXX-JPの維持については現在O5評議会と81地域ブロック理事会の間で協議中です。

説明: SCP-XXX-JPは██県██市に存在する4階建て鉄筋コンクリート製ワンルームマンションの404号室です。財団は当初SCP-XXX-JPを「幽霊の出る部屋」という風評から収容し、アノマロースアイテムとして区分していましたが、後述の特異性からSCPナンバーを振り分け、特別収容プロトコルを策定しました。

 SCP-XXX-JPの異常性は、日本標準時の午前2時から3時に現れます。その異常性は、室内の明るさにかかわらず、1カンデラ程度の燐光を放つ、身長170cmで均整の取れた体格をし、ビジネススーツに身を包んだ、外見年齢60歳前後のモンゴロイド系女性の人型非実体(SCP-XXX-JP-1)が現れることです。この人型非実体は日本語、英語、フランス語を理解し、コミュニケーションを取ることが可能です。また、骨相検査から、現在財団81地域ブロックのサイト-81██管理者A.████と同一であることが判明していますが、A.████は2017年現在40歳であり、SCP-XXX-JP-1とは年齢が符合しません。更に、財団によるインタビューに対し、SCP-XXX-JP-1は当初緘黙を続けましたが、財団側が自身の立場を表明かつ証明すると、20██年における財団81地域ブロック理事”██”であると主張し始めました。これに対し、SCP-XXX-JPの異常性の根源と、SCP-XXX-JP-1の陳述の信憑性を探るため、4度の実験が行われました。以下はその記録です。

実験記録XXX - 日付2016/12/██

対象: SCP-XXX-JP-1

実施方法: nPDN9によるSCP-XXX-JP-1の実体化。

結果: 失敗。SCP-XXX-JP-1は実体化せず。

分析: 霊体でないことが判明した。おそらくは現実改変現象か時空の歪みによる未来の投影である可能性が強い。

実験記録XXX - 日付2017/01/█

対象: SCP-XXX-JP及びSCP-XXX-JP-1

実施方法: カント計数機によるヒューム値の検査。

結果: SCP-XXX-JP及びSCP-XXX-JP-1のヒューム値はいずれも1Hm。基底現実内の正常値。

分析: SCP-XXX-JP及びSCP-XXX-JP-1は現実改変現象でもないと判明した。

実験記録XXX - 日付2017/01/██

対象: SCP-XXX-JP

実施方法: MHDDD10による時空歪曲の調査。

結果: アインシュタイン物理学に反した、著しい時空の湾曲を確認。

分析: この時空湾曲がSCP-XXX-JP-1の出現と関係しているものと推定される。

実験記録XXX - 日付2017/02/██

対象: SCP-XXX-JP-1

実施方法: 財団標準尋問プロトコル及び音声・画像解析型ポリグラフによるSCP-XXX-JP-1の発言の真偽。

結果: SCP-XXX-JP-1の発言に虚偽は認められず。

分析: SCP-XXX-JP-1は基底世界の未来に存在する81地域ブロック理事”██”であると推定される。

 上記実験結果を受け、SCP-XXX-JP-1に対するインタビューが行われました。以下はその記録です。

対象: SCP-XXX-JP-1

インタビュアー: 南方博士

付記: このインタビューは音声・画像認識型ポリグラフによる虚偽判定と合わせて行われました。

< 録音開始, 2017/██/█ >

南方博士: SCP-XXX-JP-1、貴方がここに存在する目的をそろそろ教えていただいても良い頃ですが。

SCP-XXX-JP-1: 目的がある、となぜ推測するのかしら?

南方博士: 偶然、我々にとって未来に存在する81地域ブロック理事の非実体が81地域ブロック内に出現するという事態について、偶然では説明できないと考えるからです。

SCP-XXX-JP-1: その推測は当たっているわ。私はいわば「警告者」よ。たった1度きり、のね。

南方博士: ……おおよそ理解できました。貴方は私達の未来にいる、そして未来の視点から我々に起ころうとしている脅威に対して警告を行える。しかし警告を行えば、その時点でCK-クラス:再構築シナリオが起こり、あなたはそれ以上正確な警告はできなくなるということですね。

SCP-XXX-JP-1: 理解が早くて助かるわ。ただ、本来はサイト-8100に出現する予定だったのだけど、そうならなかったのは……。

南方博士: 何らかの時空災害によるポータルの予期せぬ場所への出現ではないのですか? そしてそのような事態は、十分「警告」に値する。今ここで、話していただく訳にはいきませんか?

SCP-XXX-JP-1: 残念ながら、これは私の一存では決められないの。81地域ブロック理事会の過半数の支持がなければ、然るべき時まで詳細を述べることはできないわ。

南方博士: 何故でしょう、危機回避に着手するには早ければ早いほどいいはずです。もしかすると……。

SCP-XXX-JP-1: そう、そのもしかして。時至る前に警告を行えば、危機を回避した後、バタフライ・エフェクトで更なる危機が訪れると私たちは判断しているわ。だから、今は話せない。どのような危機が起き、我々がどれほどの被害を被ったのか。それにより世界がどう変化したのか。

南方博士: しかし、それはCK-クラス:再構築シナリオを決意させるほどのものだと分かりました。我々はその時に備え、貴方との連絡を維持すべきですね。

SCP-XXX-JP-1: そうしてくださると助かるわ。貴方達の未来に、そして私達の現在に幸運あれ。

< 録音終了, 2017/██/█ >

終了報告書: 未曾有の時空災害が発生する可能性が大であり、しかもこの20年以内ということは、財団は大きな危機にあるということだ。しかし、彼女の「警告」があるまで、我々は積極的に対応できない――不安を抱えたまま、ひたすらに日々の業務を続けなければならないのだ。――南方博士――

SCP-XXX-JP-1は我々にとって不安の種だが切り札の可能性もある。その日に備え、SCP-XXX-JPを維持し続けろ。――81地域ブロック理事”獅子"――

補遺1 レベル5セキュリティレベル下環境にも関わらず、2021年7月、サイト-81██管理官A.████がGoIの襲撃で死亡しました。しかし、SCP-XXX-JPの異常性は失われませんでした。恐らくはSCP-XXX-JP-1の出現自体がバタフライ・エフェクトによる平行世界分岐を生み、以上の結果を産んだものと推定されます。これについて、財団はSCP-XXX-JP-1に対してインタビューを行いました。

対象: SCP-XXX-JP-1

インタビュアー: 南方博士

付記: このインタビューは音声・画像認識型ポリグラフによる虚偽判定と合わせて行われました。

< 録音開始, 2021/██/█ >

南方博士: SCP-XXX-JP-1、貴方の過去実体であるA.████が死亡しましたが、貴方は存在し続けています。これは我々の基底世界と貴方の世界とが世界線分岐を起こしたとは考えられませんか?

SCP-XXX-JP-1: 同感よ。これで私達の世界は手詰まりになったわ。だけど貴方達にはまだチャンスがある。このポータルが世界線分岐後も結びついていること11、そして――

南方博士: 訪れる時空災害は、我々の因果律に縛られない偏在性を持つからですか。

SCP-XXX-JP-1: 相変わらず察しが良いわね。その通り。

南方博士: しかしまだ事態の全容と回避策を開示できないのですか?

SCP-XXX-JP-1: ええ。「貴方達の世界」にはまだ大きな変動の可能性がある。だから時至るまでもう少し待って頂戴。

南方博士: すでに世界線分岐というイベントを起こしてしまった以上、これ以上の過ちは犯せないということでしょうか。

SCP-XXX-JP-1: そういう事よ。最も、私達にとっては可能性の低い賭けだったけれども……。

南方博士: 過去干渉自体がバタフライ・エフェクトを起こす可能性をあらかじめ計算した上で、それでも強行されたのですか。

SCP-XXX-JP-1: ……それでも、決断するに足る価値があった賭けなのよ。結果として、私たちは敗北した。しかし貴方達はまだ悲劇を回避できる。それを信じて。

南方博士: SCP-XXX-JP-1。信じるのは私ではありません。財団という組織自体です。

SCP-XXX-JP-1: 確かにそうね。……貴方達は、間違いを犯さないで。

< 録音終了, 2017/██/█ >

終了報告書: SCP-XXX-JP-1の陳述に虚偽はなく、理路も通っています。変わらずThaumielクラスオブジェクトとして取り扱うことを提案いたします。――南方博士――

提案を協議する。――81地域ブロック理事”獅子”――

 これにより、SCP-XXX-JPのThaumiel指定を解除すべきかどうか、81地域ブロック理事会とO5評議会の間で現在協議がなされています。

評価: 0+x

アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Kether- Keter

特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは現在収容されていません。予想される20██年のSCP-XXX-JP襲来に対し、財団はWHO並びに各国政府に対し「大規模鼠害」をカバーストーリーとした迎撃体制を構築させて下さい。NBC含むあらゆる手段が必要と十分に認識させることが死活的に重要です。

説明: SCP-XXX-JPは平行世界踏破能力を獲得し、集団行動性を持つドブネズミ(学名:Rattus norvegicus)の集団です。SCP-XXX-JPはあらゆる物質を消化し活動エネルギーとできる消化器官と代謝系を持ちます。代謝効率は悪く、そのため多量の食料を必要とします。また、SCP-XXX-JPは非常に多産で、現在の総数は10×██匹と推定されます。

当初SCP-XXX-JPは第██平行世界の日本生類創研によって創りだされたオブジェクトでしたが、脱走しその後第██平行世界の財団に収容されました。しかしSCP-XXX-JPの特性を完全に把握する前に大規模収容違反を起こし、その飽くなき食欲と多産性により第██平行世界の地球におけるあらゆる地上物質を喰らい尽くし、XK-クラス世界終焉シナリオをもたらしました。その後SCP-XXX-JPは犀賀派の創造したSCP-YYY-JPとの交雑を経て、平行世界を移動する能力を保有しました。これにより、SCP-XXX-JPは第██平行世界をはじめとする██個の平行世界をXK-クラス終焉に追いやっています。

SCP-XXX-JPの出現直前には、かならず「警告者」と仮に呼称されるSCP-XXX-JP-1が現れ「逃げて!」と叫びながら何処かの並行宇宙へと転移していきます。その直後から数ヶ月の間に、SCP-XXX-JPはSCP-XXX-JP-1の出現した世界に現れます。SCP-XXX-JP-1の「警告」とSCP-XXX-JPの出現が同じルートをたどっていることから、財団平行世界監視部門は「SCP-XXX-JPの本来の目標はSCP-XXX-JP-1の追跡・捕食ではないのか」という仮説を立てています。

補遺1:SCP-XXX-JP-1が20██/██/██に[編集済]に出現し、「逃げて!」と告げた後、他の並行宇宙へと転移しました。これにより、基底現実世界もSCP-XXX-JPの脅威に晒されていることが判明しました。

――大規模脱出が不可能な以上戦うほかないが、ヴェール・プロトコルは依然として守られ続ける。GOCのピチカート・プロシージャ適用に関しては最大限の努力を持ってこれを阻止する。O5-█――