Ukitaのボール置き場~セカンドエディション~

「それでは、職員会議を始めます」

男がそう言うと、職員室にいた教師達が三々五々立ち上がりそちらを向いた。そうはいえど、どちらを向いているかは体の向きを見て判断する他無い。彼らは各々、頭がなかった。正確にはトロフィーが乗っていたり、ラジカセが乗っていたりという有り様であった。椅子のキャスターが立てるカラカラと言う音が止むと同時に、恰幅の良いトロフィー頭の男がぽんと手を叩いて話し始める。

「本日は、全トー試験の打ち合わせと翌日の自己裂いてんで引き裂く生贄の生徒についての相談です。それから先生方それぞれなにかありましたら、はい」

「ウェンペ=ハカルテコ!」

「あはは、いやいや、然りですな。ラジオペンチは鼻に突き立ててこそです」

「うふふふ」

「ではご着席を、それでですがヌンパ災で減った生徒数の補充の記憶も新しいところですが……」

しばらく、教師たちは和やかに近々に迫った試験と試験会場での案内について意見を出し合う。ぐらぐらと沸き立った脳髄液をすすりながらの、甘く穏やかな日暮れのひとときであった。

ふと、カラカラと職員室の扉が開き教師らしき二人ともう一人ツナギ姿の男性が姿を見せた。一人は何かの書類を持ったボール頭であり、もう一人は包丁の刺さった野菜を頭に戴いている。
ツナギの男は怯えきった顔をして直立不動のまま、一緒に入ってきた二人の様子をうかがっている。二人とも、それを意に介する様子はない。
夕さりの光が、室内に入ったボール頭の艶とした表面をちらと舐める。養護教諭がそれを見てうっとりとため息をついた。

「あら、先生。今日は圧力鍋と腸みたいに艶っぽいですわね」

「ええ、どうも。シャンプーを変えたもので」

「ああとても生臭い……素敵ねえ」

「ふふ、ありがとうございます」

体育教師だろうその女は、隅のデスクに座ると軍艦マーチを口笛で吹きながら、部屋に入ったときから手に持っていた書類を周囲に得意気に見せびらかした。
表面には名状しがたい図像が書き込まれていたが、それを見た周囲の教師は訳知り顔で頷き、隣のものと微笑み交わした。トロフィー頭の男も満足げだ。

一方野菜頭の男……家庭科の教師だ、とその他の教師が確信した人物だが頭に刺さっている包丁の柄をやおらに引き抜くと、ダンと壁にそれを突き刺した。それを見た他の教師たちは苦笑いを浮かべつつ、肩をすくめて彼に声をかける。ちょうどラジカセ頭の教師の方から、ガキュータの断末魔が聞こえてきたあたりでのことだった。

「ピーポゥ!」

「まあ、まあ。何かと忙しい時期ですが、物にあたるのは良くないですよ先生。新任の方の胆汁が濁っているじゃないですか」

そう言いつつ毛筆頭の国語教師は、その先端から暗灰色の液体を滴らせつつ自分でうんうんと頷いている。
野菜頭はその意図を知ってか知らずか、毛筆頭と他数人に何も言わずにポケットから取り出した芽キャベツを数個渡し、そのまま職員室を出ていこうとする。
その腕を、サッカーボール頭の男がぐいと掴んだ。ひっ、と息を呑む声が誰かからあがる。それまで、和やかだった室内に突如として緊張が走った。

「おい先生、一体何だその態度は?大体なんなんだ、その芽キャベツは」

「ピロシキ!」

「どうかされましたか?私は同化していますが」

小さい方のトロフィー頭が、小粋なジョークをはさみながら間に割って入ろうとする。それを片方の手で制し、サッカーボール頭が怒鳴る。

「新任の先生をお連れしておいて壁に包丁を突き立てて、挙句芽キャベツだあ?紹介してくれなきゃあ歓迎もできないでしょうが」

「キャベジン!」

「何だこのやろう!さっきから訳のわからないことを抜かしやがって!ああ、冗談じゃない!」

激昂する体育教師はキャベツっぽい叫びを上げた野菜頭から手を離して、とうとう目まぐるしく頭部のボールを様々に入れ替え始めてしまった。
床に転がったボールに躓いてフラスコ頭の教師が盛大にすっ転び、こぼれた液体がブスブスと床を溶かしはじめる。
そんな中、はっはっはと明朗な笑い声を上げて大きなトロフィー頭がようやくその場をまとめにかかった。

「まあ意気軒昂、度一切苦厄。大変結構です。さて、そろそろ新任の先生をご紹介しましょう。吉村先生です」

「よろしく!」

「私からもよろしくお願いしますわ……えいっ」

そう言うと鍋の頭の教師が、その鍋で煮込まれていたふやけた裁縫道具をとなりのネジ頭の教師に注ぎ掛けた。
じゅう、という音とともにツンとする匂いが室内に立ち込め、トロフィー頭の表面を結露させる。
それをハンカチで拭いながら、トロフィー頭は会議の始まりと同じようにぽんと手を叩いた。

「では会議はこれまでとして、歓迎に移りましょう!さてそれでは……」

「あの」

養護教諭が、トロフィー頭を遮った。

「おや、先生どうなさいました?」

「あの、よく考えたんですが、こちらの先生方はどなたでしょう?本校には、体育と家庭科は一人づつ先生がいるだけでは?」

「あれ?たしかにそうですねえ」

「オ、オポケー?」

「ああ、私ですか?」

養護教諭は、そそくさと手首を掻き切りながらボール頭の女、続いて野菜頭の男を指差した。
ボール頭の女は入り口のところで固まっているツナギの男、吉村先生のところに歩み寄ると、
先ほどの名状しがたい図像が書きこまれた先ほどの書類を再度職員室の面々に広げてみせた。

「私は吉村先生をお連れした、この学校の教諭です。こちらに校長先生のサインもありますよね?」

「た、たたたしかに、そう、いや。いいえ」

書類を見た養護教諭が、自分を抱きしめるような格好を取りカタカタと振動し始める。
彼女の中では、受け入れがたい事実をそれでも認めなくてはならないという強迫観念が渦巻いていたが、それを上回る衝動に襲われてもいた。
それは、その他の教師も同じであり全員が細かく痙攣し始めていた。

そんな中、野菜頭がボール頭の女のところまで行き静かに声をかけた。

「博士、様子が変わりましたよ」

「そうだね、じゃあそろそろお暇しましょう」

「了解しました」

その発言を受けて、野菜頭の男は通信機を取り出してボソボソと呟く。

「……玉菜です。ミーム汚染の効果が急激に減衰し始めました。Dクラスを置いて脱出します。同時にアンカーを起動」

「いいですか?玉菜さん」

「起動完了しました。撤退しましょう」

その言葉と同時に、低く唸るようなハムノイズが職員室内を圧した。その時ボール頭の女がぐっと小さく呻いたのを野菜頭は聞いた。
やれやれ効いているようだ。と、野菜頭は内心ほっとしていた。そもそもボール頭の女は、「アンカー」の効果を測るために連れてこられたという部分もあった。

しかし同時に、室内にいた教師たちが椅子を蹴るようにして立ち上がったのを見て、野菜頭はキャベツの下で思わず目を剥くことになった。
そして、全員が声を揃えて言った言葉に、思わず全身が粟立った。

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「お前らは誰だ?」

「げ、現実性をどこからか供給されているのか?こいつらも、ここも平均的な現実性濃度しか持たないはずですよ!?」

ボール頭の女はその問いに答えることなく、野菜頭の腕を引きつつ扉に手をかける。ボール頭が後ろを確認すると、教師たちはいつの間にかすぐ後ろまで迫っていた。
吉村先生は、すでに毛筆頭とフラスコ頭に胸ぐらをつかまれているところだった。クッ、とありもしない喉が引き攣れるのをボール頭は感じ、野菜頭を伴い急いで職員室の外へ逃れる。

「うわうわうわ!宇喜田さんちょっと、まだデータが……あ、アンカーが消えた……?」

それまであった、誰かに使われている生きた空間の気配が消え強烈な埃の匂いが二人を取り巻いた。
蜘蛛の巣の滓がこびりついた窓ガラスの向こうでは、もう日は落ちかかっている。宇喜田は、ふうと息をつくと汗ばんだ手をスーツの前のあたりで拭った。
あの職員室の狂騒を目の当たりにした後では、周囲の静寂はかえって落ち着かなかった。

「活性状態終了……いや、というより本物の資格のあるDクラスと離れたから、ミーム効果や偽の手続きでごまかしていた我々があれを観測できなくなったのか」

暗い廊下の向こうから、見覚えのある数人の人影が歩いてくるのを見ながら宇喜田は続ける。

「アンカーが追跡できなくなったということは、やはりあの職員室は切り離された別の空間なのでしょう」

「はは、奴らは現実改変とその周辺現象によらず、異常な現象を引き起こしていた……あるいは、SRAを無効化していた。専門家としては、もう訳が分かりませんねえ」

玉菜の、緊張にこわばっていた顔が少しづつ緩んでいく。そのせいか被っているキャベツが歪み、キュッという新鮮そうな音を立てる。

「しかし、玉菜さん。芽キャベツ型の小型SRAと包丁型の無線電源デバイスとは、ありゃあなんなんですか」

「いや、ああ、趣味というか郷愁と言うかですね」

おどけた調子の宇喜田に答えて、何事か言おうとした玉菜だったが、ドサリという音を聞いて口を切った。
見れば職員室の入り口、二人のすぐ後ろに「吉村先生」が倒れていた。

「ああ……」

「あ、玉菜さん。あまり見ないほうが……」

「え、……ああはい」

その頭部は粗雑にねじ切られて、露出した首の穴に出刃包丁が柄の方から突っ込まれている。
玉菜は、震える声で聞いた。

「あれ……私の持ち込んだやつじゃないですよね……?」

宇喜田は、それに答えかねた。

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