ある夜半、下鴨神社の参道から少し外れた林の中に、赤い灯火が揺れていた。
鬱蒼とした木々に月光すら遮られた闇の中、ゆらゆらと浮かぶ光はまるで人魂のようにも見えたであろう。しかし慎重に目を凝らせば、それは人魂などではなく赤提灯の灯りだと判る。
弥生の初め、まだ肌寒い早春の宵である。
赤提灯は小さな木製の屋台を照らし出す。洛中洛外屈指の観光名所とはいえ、夜はほとんど人も通らない場所である。そんな場所に出没する屋台となれば、あの猫ラーメンを措おいて他にない。
人口百五十万を擁する京都市中にあっても、猫ラーメンの存在を知る者は限られている。猫ラーメンとは下鴨界隈に夜な夜な出没する神出鬼没の屋台ラーメンである。前触れも規則性もなく忽然と現れては多くの美食家や数奇者、あるいはたまたま通りかかった腐れ大学生の舌を唸らせ、数多の料理人が味の再現を試みたものの成功した例ためしは一度もない。一説には猫から出汁を取っているとも言われるが、兎にも角にもその味は無類である。
猫ラーメンの古びた屋台に、今宵はふたつの人影があった。横長の座席に腰掛ける客の女と、調理スペースの奥に控える店主の男である。店主のほうは椅子に坐って京都新聞を広げている。そんな店主の態度を意にも介さず、女は無言でラーメンを啜る。黒髪の、落ち着いた雰囲気の女である。
ずぞぞっ、と麺を啜る音だけが響く。女は目の前のラーメンをゆっくりと味わう。あまりにもゆっくりで麺が伸びてしまいそうだが、そんな女の食べ方を咎める者は誰もいない。
不意に、女の背後で暖簾が捲めくられる。一人の男が暖簾をくぐり、女の隣に腰を下ろす。
新たな客は、精悍な顔つきの中年である。黒い外套を身にまとったまま、両手を寒そうに擦り合わせている。
「ラーメンひとつ」
男の注文に、店主は返事もせず、頷きもせず、ただ新聞を畳んで立ち上がる。
寡黙な店主は、慣れた手付きで調理を進める。一食分の麺を鍋に投入して茹でていく。その間に、別の鍋で仕立てているスープを用意する。
立ち込める唯一無二のスープの香り。
豪快かつ繊細な湯切り。
全ての動作に一切の迷いがない。熟練の技である。
ラーメンが出来上がっていく間、男は店主の一挙手一投足をじっと凝視していた。
ラーメンが完成した。濃厚に白濁した豚骨系のスープである。男はまず蓮華でスープをすくい、啜った。口に含んだスープを嚥下してから、男は、ほう、と感嘆の息を吐いた。
麺を箸で挟み、つるつると啜る。それほど量の多くないラーメンは男の腹にみるみる収まっていく。
五分もせずに男は替え玉を注文した。店主が再び立ち上がって麺を茹で始める。
隣の女は未だ食べ続けている。この調子なら、彼女の食事が終わる前に男は二杯目のラーメンを完食するだろう。
「ときに、石榴倶楽部とかいう連中について知らないか?」
替え玉を待つ時間を持て余したか、男が不意に話を始めた。店主はやはり何も答えない。
やや間を置いて、隣の席の女が口を開く。
「ええ、よく存じていますとも」
女の視線が隣の男へ向くことはない。女は手元のラーメンばかり見ている。額から鼻筋、唇、顎にかけての凹凸が絶妙に調和した、端正な横顔である。
猫ラーメンを愛好するような人物であれば、石榴倶楽部の噂を聞いたことがあっても不思議ではない。男はそれを見越して、この屋台へ足を運んだのだろうか。洛中の名士が珍味妙味を求めて集う会員制の秘密結社、と噂される団体だが、何せ秘密結社であるからして、その実態は秘密のヴェールに覆われている。
「倶楽部に興味がおありですか」
「いや、実は俺は東京で寿司職人をしているんだが」
男の身の上話が始まった。
「この前、うちの店に妙な客が来た。褞袍姿で、少し関西訛りのある客だ。そいつは見たこともねえ妙な肉を店に持ち込んで、これで寿司を握れと要求してきやがった。すぐ断って、追い返したよ。他人に指図されて握る寿司なんて俺の寿司じゃねえからな。だがあれ以来、どうもあの時の肉が気になって仕方ねえ。俺は探偵に頼んでその客のことを調べた。そうして浮かんできたのが『石榴倶楽部』だ。あの客はうちの店に来る前、その石榴倶楽部とかいう連中とやりとりをしていたらしい」
男の丼に、替え玉が投入された。
食事を再開した隣の男に、女が尋ねる。
「それで、あなたはその肉を再び手に入れるために、石榴倶楽部に接触したいというわけですか」
「そういうことだ」
「結局、そのお肉がなんだったのかは御承知で?」
「いや。見たのは一瞬だけだった」
「でしたら、止よしておいたほうが良いかもしれません」
女は淡々と言った。
平坦に放たれた女の言葉には、一抹の侮蔑も嘲笑も籠もってはいなかった。しかし男には、それが却って侮蔑的に、嘲笑的に聞こえた。
「この街の湛える闇は深いのです。あなたが想像するよりずっと」
女は言った。
「闇だと?」
男は怒った。
「俺に向かって闇を語るか! 俺を誰だと思っている。俺は闇! 闇寿司の闇だ!」
咆哮する男の声を聞いているのかいないのか、女は供物を捧げ持つかのように両手で丼を持ち上げ、悠々と傾ける。濃厚なスープが一滴残らず女の喉を通り過ぎる。
「ごちそうさまでした」
女の長い食事が終わった。席を立つ女を、男が呼び止める。
「まだ終わっちゃいねえぞ。貴様が愚弄した闇の寿司、今から存分に味わってもらう」
外套を脱ぎ捨てた男は純白の調理衣姿となって、片手にラーメンを持っている。透き通ったスープの醤油ラーメン。一体どこに隠し持っていたのか、猫ラーメンとは明らかに別のものである。
「本当に短気な方。話に聞いていた通り」
女はそれに応じるように、つい今しがた食べ終えた猫ラーメンの丼を手に取る。
女の行動に、男は目を丸くする。
「その空の丼で、俺の寿司に対抗する気か? 笑わせるな!」
男が口汚く詰なじっても、女は顔色ひとつ変えない。男は懐から二本のレンゲを取り出し、丼を挟む。女も屋台からレンゲを借り、同じようにする。
「東京の方の考えることは理解に苦しみますが、要は式神のようなものでしょう。であれば造作もない」
二本のレンゲに挟まれたそれぞれの丼が高速で回転し、勢いよく射出される。対峙する男と女の足元で、醤油ラーメンと空の丼とが目まぐるしく交錯する。
雌雄はすぐに決した。
男の醤油ラーメンによる重量感のある突撃を、女の放った丼は軽快に躱かわす。丼はまるで海中を泳ぐ魚のように、花から花へ飛ぶ蜂鳥のように、トリッキーに躍動して醤油ラーメンを翻弄する。
あとは時間の問題だった。
質量の大きい醤油ラーメンは、時間経過による回転力の減衰を免れ得ない。回転が落ちる前に、軽量な丼に一撃でも加えられていれば勝敗は変わっていただろう。しかし、丼はその全てを回避した。勢いの衰え始めた醤油ラーメンに、レーザービームのような丼の突撃が命中する。弱点を的確に捉えた攻撃に、醤油ラーメンはひとたまりもない。
「何ッ!」
醤油ラーメンを吹き飛ばした丼は、そのまま男の額にクリーンヒットする。
男はそのまま背後に倒れる。土の上に身体を投げ出され、大の字になって夜空を仰ぐ。
荒い呼吸の混じった声で、男は尋ねる。
「貴様、只者ではないな。何者だ」
「名乗るべき名は捨てました。今はただ、椎名と」
椎名。女の口をついたその名を聞いて、男は理解した。
「そうか、貴様、石榴倶楽部の……」
男はそこで失神した。
女は勝負に使った丼を拾い上げる。丼には傷ひとつ付いてはいない。丼を返すと同時に、注文したラーメンの代金を払う。
ラーメン二杯分と、替え玉一個分の代金である。
「よろしいので?」
今夜初めて、店主が口を開いた。
「ええ」
女は事もなげに答える。
「つい張り合ってしまいましたけれど、特段彼に恨みはありませんし……私も、鬼ではありませんから」
脱ぎ捨てられた黒い外套を男に掛けてやってから、女はその場を去った。
どこか遠くで猫が鳴いた。春の夜はなおも更けていく。
翌朝、男が目を覚ましたときには、屋台は跡形もなく消えていた。丼が砕けて無残に飛び散った醤油ラーメンだけが、地面に残されていた。
(下書きここまで)
(以下オマケ)
高瀬川の左腕、身元判明 富山の会社員男性
京都府警は23日、京都市下京区の高瀬川で7日未明に見つかった左腕は、富山県富山市の会社員、小杉友晴さん(31)のものだったと発表した。
府警によると、小杉さんは6日から会社の同僚数名と共に京都市内を訪れていたが、6日深夜に四条河原町付近で同僚と別れて以来、行方がわからなくなっていた。身元はDNA鑑定によって判明した。発見現場周辺からは小杉さんのものと思われる眼鏡の一部や衣類の断片も見つかっているが、小杉さん本人の行方については生死も含め依然不明。府警は、6日深夜から7日未明までの間に小杉さんがなんらかの事件に巻き込まれたと見て、広く情報提供を呼びかけている。
(信濃中央新聞、████年3月24日朝刊)
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擬似タグ
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- 下書きの見栄えが良くなります。
- あらかじめタグを決めておけば、投稿時に迷いません。
- 下書きの末尾がどこか判りやすくなります。
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構文
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用例
- タグその1
- タグその2
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ドロップキャップ
パラグラフの最初の文字だけ大きくすることができます。
- 文章がなんだか恰好良くなります。Taleなどに使えるかもしれません。
- ジャンプコミックスの裏表紙の紹介文を再現できます。
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これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆の三島の知り合いのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である。或る夜、酔いながら自転車に乗りまちを走って、怪我をした。右足のくるぶしの上のほうを裂いた。疵は深いものではなかったが、それでも酒をのんでいたために、出血がたいへんで、あわててお医者に駈けつけた。まち医者は三十二歳の、大きくふとり、西郷隆盛に似ていた。たいへん酔っていた。私と同じくらいにふらふら酔って診察室に現われたので、私は、おかしかった。治療を受けながら、私がくすくす笑ってしまった。するとお医者もくすくす笑い出し、とうとうたまりかねて、ふたり声を合せて大笑いした。(太宰治「満願」)
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用例
これは、いまから、四年まえの話である。私が伊豆の三島の知り合いのうちの二階で一夏を暮し、ロマネスクという小説を書いていたころの話である。或る夜、酔いながら自転車に乗りまちを走って、怪我をした。右足のくるぶしの上のほうを裂いた。疵は深いものではなかったが、それでも酒をのんでいたために、出血がたいへんで、あわててお医者に駈けつけた。まち医者は三十二歳の、大きくふとり、西郷隆盛に似ていた。たいへん酔っていた。私と同じくらいにふらふら酔って診察室に現われたので、私は、おかしかった。治療を受けながら、私がくすくす笑ってしまった。するとお医者もくすくす笑い出し、とうとうたまりかねて、ふたり声を合せて大笑いした。(太宰治「満願」)
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用例
tonootto に合致するユーザーネームは存在します。
tonottoo does not match any existing user name
財団大図書館とは
財団が抱える膨大な記録、研究に必要不可欠な図書資料、そしていかなる脅威からも護り抜くべき、人類文明が遺したあらゆる典籍。それらを包括的に管理するのが管理部門記録管理課が抱える9館の大図書館です。大図書館は世界中の各地に点在し、それぞれサイト-L1から-L9という独立したサイトとして運営されています。地上部は通常のサイト同様ビルなどのありふれた建造物に偽装していますが、地下部には広大な書庫が建造されています。大図書館の職掌は、次に掲げる3語に集約されます。
- 整理(Sort)
- 収集(Collect)
- 提供(Provide)
財団が所有するあらゆる図書資料や記録資料(映像記録や音声記録を含む)は原則として全ていずれかの大図書館の管理下に置かれ、書誌目録に記載されます。通常のサイトで保管されている実験記録、サイト内図書館や大資料室に存在する資料、託児所に支給されている絵本に至るまで、(手続上は)全て大図書館から「貸し出されている」ものです。勿論、財団職員個人も(自身のセキュリティレベルの範囲で)自由に図書を閲覧することができますし、研究に必要であれば貸し出しも行っております。
第七大図書館
第七大図書館(サイト-L7)は世界各地に設けられた9館の大図書館のひとつです。第七図書館長を頂点に、5個の部局と███個の分館からなります。
書架は地下深くまで続き、少なくとも二十四階層まで存在しますが完全な地図は今に至るまで作製されていません。第六階層以降は迷宮と呼ぶべき様相を呈し、第十八階層以降ではヒューム値の異常な低下が観測されます。第六階層以下を訪れる際には書架の構造を熟知した司書に同行を依頼することが推奨されますが、これに従わず書架内で遭難する職員は後を絶ちません。書架内での遭難者を救うため、機動部隊も-71(猟書癖)が配備されています。第十八階層以下の深部は入る度に構造が変化するとも言われていますが、これは実際のところ事実です。サイト-L7はそれ自体がSCP-███-JPの収容ユニットとして機能しており、そのため深部に行くほどヒューム値が変動し、現実は不安定になります。また、室内の装飾や間取りそのものが軽度の認識災害効果を持つものとなっています。

神代
斎蔵: 神話によれば神武天皇の御代に創設。忌部氏が管理。
古代
蒐集寮: 斎蔵の後継組織。平安期には真言密教を取り入れる。
陰陽寮: 天文や占いを司る組織。安倍晴明を輩出。
中世
蒐集寮: 南北朝時代に南朝に味方する。大徳寺などと協力。
同朋衆(室町): 室町幕府と北朝により創設。東山御物の保管など。構成員は時衆の僧。
近代
同朋衆(江戸): 江戸幕府により創設。柳営御物の保管、幕府の茶道を司る奥坊主の管轄など。
七哲: 千利休の高弟らにより結成された、蒐集寮と同朋衆の両者を事実上管理する諮問機関。茶道各流派を表の顔として活動。
維新後
蒐集院: 蒐集寮の後継組織。明治の廃仏毀釈などの運動により勢力を回復。
大戦後
財団: 世界最大の超常組織。蒐集寮を吸収合併し81管区を設置。
理事会: 81管区を管理。七哲の後継機関。
綾織博士の人事ファイル
名前: 綾織 千鶴あやおり ちづる
セキュリティレベル: 3
職務: 記憶処理技術の研究開発、認識災害効果を有するオブジェクトの研究
所在: サイト-81██
経歴: 綾織博士は████大学薬学部を首席で卒業した後、[編集済]。財団雇用後はサイト-81██にて研究に従事しています。
人物: 綾織博士は年齢██歳の女性です。専門は神経薬理学、記憶処理学および異常認識学。大学時代に薬剤師免許を取得しています。勤務態度は良好であり、多くの職員から信頼されています。一方で、責任感が過度に高く、問題を一人で抱え込みがちでもあります。
烏森博士の人事ファイル
名前: 烏森 秀康かすもり ひでやす
セキュリティレベル: 3
職務: [編集済]
所在: サイト-81██
経歴: 烏森博士は海軍兵学校在籍中の1943年に蒐集院に引き抜かれ、1945年の蒐集院解体後に財団に雇用されました。
人物: 烏森博士は1925年生まれの男性です。専門は歴史学ですが、海洋工学についての造詣も豊富です。先天赤緑色覚異常を有していますが、それにも関わらず海軍兵学校に入学できた理由は不明です。為人は冷静で理知的ですが、稀に感情が昂ると口調が聴取困難なまでの名古屋訛りで喋り始めます。毎朝欠かさずに小倉トーストを食べることを日課としています。
記憶の片隅の片隅
- 表紙
- 氷室の供犠
- 仮想世界より愛を込めて
- 釘付けされた鮫時間
- 一文taleリレーをするスレッド
- バルカンへの旅立ち
- 青い世界を夢見るの
- 青い地球を夢見るの
- 憑き物退治は着替えの後で(改稿中)
- 千手
- ウは唸りを上げる油圧駆動のウ
- エレクトロニック・ララバイ(以下略)
- サハリンの灯
- 糸
- かつて魔法が使えた箪笥
- 曼陀羅華
- やんごとなき鳥
- 血書五部大乗経
- 銃声とパジェント
- 球体、木の棒、手袋9個
- 獲麟の民
- Jack-in-the-Box (箱の中のジャック)
- 監査人・来栖朔夜
- 吾輩はミーアキャットである
- 生に至る病
書きかけの下書き、没にした案etc.

SCP-XXX-JP
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは常に通電した状態で、標準低脅威収容庫に保管してください。SCP-XXX-JP-Aの保全のため、1ヶ月に1回以上の頻度で内部空間に人員を派遣してください。
SCP-XXX-JP-Bは現在未収容ですが、近畿地方一帯で潜伏を続けている可能性があります。確保に向けた捜索を継続してください。
説明: SCP-XXX-JPはボッシュ社製の家庭用冷蔵庫です。SCP-XXX-JP内部には、外観から予想されるより遥かに広大な空間が存在します。
SCP-XXX-JP内部空間は幅2.4km、奥行き3.6km、高さ3.2kmの直方体です。外部のコンセントから通電が行われている限り、気温は常に-18℃に保たれます。底面には深さ平均200mほどの永久凍土が堆積しており、一部に生育するコケ植物を除けば植生はありません。
SCP-XXX-JP内部では人工的構造物が多数発見されており、SCP-XXX-JP-A群と指定されています。各SCP-XXX-JP-A実例は、その位置によって更に2群に大別されます。下記2群の位置は1.6kmほど離れていますが、両者は未舗装の直線道路によって接続されています。

SCP-XXX-JP-Aα001。内部空間壁面に面して建つ石造りのピラミッド状建築で、全SCP-XXX-JP-A実例中最大の構造物です。最上段の開口部は内部空間の出入口に直結しています。
- SCP-XXX-JP-Aα群: SCP-XXX-JP内部空間の出入口付近に点在する構造物群です。一列に並んだ石柱、祭壇のような建造物など全25例が指定されています。
- SCP-XXX-JP-Aβ群: SCP-XXX-JP内部空間の中央付近に点在する構造物群であり、全42例が指定されています。そのほとんどは寄棟造の木造住居であり、アイヌの伝統的建築であるチセとの類似が指摘されています。Aβ群周辺では原始的な家財道具や焚火の跡が見つかっており、なんらかの実体(暫定指定番号SCP-XXX-JP-B)が集団で生活を営んでいた可能性があります。
全てのSCP-XXX-JP-A実例に共通する傾向として、建築物としてのサイズが全体的に著しく小さいことは特筆すべき点です。戸口や階段のサイズを基にした試算では、SCP-XXX-JP-Bの身長は現生人類の1/4未満、約0.4m前後と推定されました。SCP-XXX-JP-Bは現在未発見です。
発見経緯: SCP-XXX-JPは京都市左京区[編集済]の個人宅で発見されました。当該住宅の唯一の住民であった越智明弘氏(当時51歳)は要注意団体との深い関係性を疑われており、財団諜報機関の監視対象となっていました。20██/██/██、越智氏が自宅に入ったまま3日間に渡って一切の動きを示さなかったことから、監視を担当していた諜報機関員が越智氏宅への潜入調査を敢行、台所にてSCP-XXX-JPを発見しました。
越智氏はSCP-XXX-JP-Aα群から約50m離れた位置で、死亡した状態で発見されました。死亡から推定3日が経過していたものの、低温環境に置かれていたため遺体の腐敗は最小限に抑えられていました。小型の刃物によると推測される無数の切創や刺創が全身に見られ、死因は失血死と判定されました。
発見当時、SCP-XXX-JPの背面には筆書きの文章を記した紙が貼られていました。調査の結果、記載されていた文章は蒐集物覚書帖目録2第七四八番の一部と一致しました。回収された文書の全文を以下に示します。
「氷室童子」(蒐集物覚書帖目録第七四八番)
明治四十二年捕捉。研儀官柳田君発見。身ノ丈一尺三寸ばかり。童児のようなる下級神霊なり。所謂座敷童子の類なれど寒冷なる場をすこぶる好み、聚落の氷室に棲む。故に氷室童子という。子は生涯親より離れず一族共棲し、短命なれど多産なり。差詰め二十日鼠の如し。この神、氷室の主に望みの品を授く。品は金銀や織物の場合もあれば、翌年の豊穣、病魔平伏など非物質的現象の場合もあり。いずれも主の益なるものなれば、人々、氷室童子を敬い羨望すること頻りなり。一つ所に長く棲み、棲処を移すこと稀。ただ氷室の主の失せし時のみ、別の家に移るものなり。
補遺1: SCP-XXX-JP回収翌日の午後22時頃、越智氏宅に来客がありました。訪問者は高齢の男性およびその付き人と思しき2人の若年男性であり、若年男性の一方が運転する黒い乗用車に乗っていました。現地の財団職員が警察官に扮して対応したところ、男性らは再び乗用車に乗り込み、走り去りました。以下は対応に当たった職員と高齢男性との会話記録です。なお、若年男性2人は終始一貫して言葉を発しませんでした。
職員: こんばんは。こちらのお宅に御用ですか。
男性: おや、なんだね、君は。
職員: 警察の者です。あなたは?
男性: この家の住人の友人だよ。彼に何かあったのかね。
職員: 申し上げにくいのですが、越智さんは昨日、亡くなられました。急病で……。
男性: なんと。それは本当かね……。そうか、それはそれは。[合掌し、念仏の一節を囁く]
職員: 今夜は越智さんと何か約束でも?
男性: 彼から食事に誘われていてね。珍しいものが手に入ったから是非来てくれと。どうやらお流れになってしまったようだが。
職員: 御愁傷様です。
男性: なに、悲しむほどではないさ。肥えたザクロの実はいずれ裂ける。世の習いならば、受け容れるほかあるまい。天命を全うしたか……いや、彼のことだ。遂に神の怒りを買ったのかもしれんな。
職員: 神の?
男性: それほど罰当たりな奴だったのさ。神をも畏れぬ男だった。この街には向いていなかったんだ。
補遺2: 諜報機関による調査の結果、生前の越智氏は“東条”という偽名を名乗り、要注意団体“石榴倶楽部”の一員として活動していたことが判明しました。
- scp-jp
- safe
- 家電
- 建造物
- 人間型
- 蒐集院
説明: SCP-XXX-JPはインターネット動画共有サービスYouTubeのサーバー内に出現する7種類の動画ファイルの総称です。各SCP-XXX-JPは再生時間が短いものから順にそれぞれSCP-XXX-JP-v1から-v7に指定されます。内容は各動画ごとに異なりますが、いずれも実写映像であり、かつ全編に渡って無音です。
SCP-XXX-JPに付与されるタイトル情報は毎回異なる不規則なアルファベット文字列です。一方、アップロード元として表示されるチャンネルの名称は一貫して"SacraMyoChannel"となっています。ただし実際には、SCP-XXX-JPは一切のアップロードの手順を経ることなくサーバーへ出現します。従ってチャンネルの情報からアップロード者を追跡する試みは無意味です。
SCP-XXX-JPを繰り返し視聴した人物は軽度の精神影響を受けます。被影響者は断続的かつ慢性的に"自分達の観測している現実世界は実は虚構なのではないか"という漠然とした疑念を抱くようになります。この精神影響による直接的な害は存在せず、日常生活に支障をもたらすことは稀です。クラスA記憶処理や非異常性の向精神薬投与により一時的に症状を除去することも可能ですが、しばしば再発します。
各SCP-XXX-JPの概要:
番号: SCP-XXX-JP-v1
再生時間: 2分16秒
動画内容: 住宅地の風景。撮影者は終始、舗装された道路の上をゆっくりと道なりに進んでいる。道沿い左手側には用水路が流れている。道と用水路を挟んだ両脇には、塀に囲われた瓦葺きの一軒家が並んでいる。強い雨が降っており、用水路は増水している。時間帯は昼と思われるが悪天候のため薄暗い。
番号: SCP-XXX-JP-v2
再生時間: 4分46秒
動画内容: 時間帯は昼。天候は晴れ。三階建て、陸屋根のコンクリート製建造物を敷地外から撮影している。敷地はブロック塀に囲われているが、視野正面は扉のない門が設けられており敷地内の様子が窺える。門から建造物玄関へ真っ直ぐに石畳が伸び、石畳の両脇の庭には一面に花卉が繁茂している。開始直後より視野が右にパンし、門の右脇の門柱を捉える。門柱には表札が埋め込まれており、"佐藤認識心理学研究所"と彫られている。その後、撮影者がゆっくりと敷地内に進入すると共に視野が下方へティルト、ズームアップし、庭の花卉を大写しにする。この花卉はノハラワスレナグサ(Myosotis alpestris)である。
番号: SCP-XXX-JP-v3
再生時間: 5分36秒
動画内容: 黒色のビニールポットに植わったノハラワスレナグサを映した映像。背景は黒一色で、視野は固定されている。動画開始直後の時点ではノハラワスレナグサは複数の蕾を付けているが、花は確認できない。全ての蕾は動画終了までに急激に綻び、開花する。暗幕の前にノハラワスレナグサを置き、開花の様子を早送りで記録したものと思われる。
番号: SCP-XXX-JP-v4
再生時間: 6分11秒
動画内容: タイル張りの浴室。壁に掛けられたシャワーヘッドを仰ぎ見ている。動画開始後14秒時点でシャワーヘッドより水が注ぎ出す。撮影者はこれを避けず、画面全体が水浸しになる。以降、動画終了まで同じ状態が続く。
番号: SCP-XXX-JP-v5
再生時間: 6分35秒
動画内容: 板張りの木造建築物の内部。照明は点在する燭台の灯のみで薄暗い。撮影者は細長い廊下を進んでいる。動画開始後4分36秒時点で広い部屋へ入る。視点は部屋の中央奥へ向く。部屋の奥には3体の仏像が隣り合って存在する。像容から釈迦三尊像と見られる。
番号: SCP-XXX-JP-v6
再生時間: 6分55秒
動画内容: 東京都の渋谷駅前スクランブル交差点。時間帯は夜。周囲は多数の通行人で混雑している。撮影者は交差点を南東の角から北西の角に向かって渡っている。視野は徐々に上方へティルトし、QFRONTビル壁面のデジタルサイネージ"Q's EYE"を視野に収める。Q's EYEには3DCGで描写された人型キャラクターの動画が映し出されている。実際のQ's EYEにおいて過去に当該の動画が放映された事実は確認されておらず、動画中のキャラクターの特定も成功していない。
番号: SCP-XXX-JP-v7
再生時間: 11分26秒
動画内容: ソメイヨシノ(Cerasus ×yedoensis 'Somei-yoshino')の枝のクローズアップ。撮影地点は不明。手ブレと思しき小さな揺れを除けば画面はやや仰角のまま動かない。花は満開の状態。時間帯は夜。晴れ。
説明: SCP-XXX-JPは"咲倉ミオ"(さくらみお)の名称で言及される人格概念(SCP-XXX-JP-A)を中核としたミーム複合体です。内的にSCP-XXX-JPを保有している人物をXXXホルダーと称します。現在、日本の人口の99%以上は潜在的なXXXホルダーであると見積もられています。
SCP-XXX-JPは人間の思考構造を侵襲し、宿主の有する世界観を改変し、感覚刺激を伴う表象として対象の認識に自己を投影します。しかしながら一方で、SCP-XXX-JPはそれ自体が反ミーム性を帯びています。このためXXXホルダーである人間は通常、SCP-XXX-JPをごく限定的にしか認識することができず、またSCP-XXX-JPによってもたらされる諸影響も最小限に留まります。
通常のXXXホルダーはSCP-XXX-JPを"動画共有サービスYouTubeを介して視聴可能な7種類の無声動画"(SCP-XXX-JP-v1から-v7)という形式でのみ知覚、記録できます。これをSCP-XXX-JPのα相と称します。これはSCP-XXX-JPキャリアの認識上に投影されたSCP-XXX-JPの限定的表象であり、実際にはそのような動画はYouTubeに実在しません。従ってYouTube自体を対象としたあらゆる収容、調査の試みは功を奏し得ません。
クラスW記憶補強剤を服用した場合、XXXホルダーの認識可能な表象は以下のように拡大します。これをSCP-XXX-JPのβ相と称します。
- SCP-XXX-JP-w群: タイトルに"咲倉ミオ"の語句を含む多数の動画。SCP-XXX-JP-v群同様、YouTubeで視聴できる動画として知覚されます。全ての動画には3DCGで描画された女性キャラクター(SCP-XXX-JP-B)が登場し、"咲倉ミオ"を自称し、雑談やバラエティ番組風の企画、ゲームの実況プレイなどを行います。SCP-XXX-JP-Bの使用言語は日本語です。XXXホルダーはSCP-XXX-JP-Bを、SCP-XXX-JP-Aの最も代表的な記号表現として違和感なく受け入れます。SCP-XXX-JP発見以降、動画の種類は増え続けています。
- SCP-XXX-JP-x群: SCP-XXX-JP-Bを題材とした多様な二次創作物。形式としては各種ソーシャルメディアのコンテンツとして知覚される例が最も多く、具体的にはイラストレーション、漫画、小説、3DCGモデル、アニメーション、歌曲、今あなたが読んでいるこの報告書など多岐に渡ります。同人誌やキャラクターグッズなど、必然的に明確な物質性を伴うような形式を取る例も多く見られることは特筆に値します。
β相に繰り返し曝露したXXXホルダーは観念的改変を受け、"SCP-XXX-JP-Aは実在する"とアプリオリに認識するようになります。この認識は-w群および-x群より得られる"SCP-XXX-JP-Aは虚構の存在である"という情報と競合し、止揚し、"この世界は虚構である"というジンテーゼの下に理解されます。この段階に至ると、XXXホルダーは現実世界においてSCP-XXX-JP-Aの直接的表象、簡単に言えばSCP-XXX-JP-A本人を目撃するようになります。これをSCP-XXX-JPのγ相と称します。γ相の知覚は、初期段階では遠方から一瞬だけ見かけるという程度ですが、徐々に近距離かつ長時間の目撃へと進展します。並行して、XXXホルダーの内部ヒューム値の減少が観測されるようになります。標準的なオントキネティックモデルに基づく予測に反して、XXXホルダーはその内部ヒューム値が希薄臨界値を下回って以降も実体を保ったまま存在し続けます。なお、この段階以降のXXXホルダーはα相を知覚できなくなります。
最終的に、XXXホルダーはSCP-XXX-JP-Aと至近距離で対面します。この段階は一連のSCP-XXX-JP知覚の終末像です。XXXホルダーは主観的にSCP-XXX-JP-Aに会い、会話し、物理的接触を交わします。この段階に至ったXXXホルダーは現実性が測定限界以下まで急激に減少し、客観的には消失します。同時に消失者に関するあらゆる情報は外部から認識できなくなります。
起源: SCP-XXX-JPの起源は佐藤認識心理学研究所(Sato Cognitopsychological Laboratory / SCP研)によって2014年頃に産み出されたキャラクター"バーチャルYouTuber 咲倉ミオ"3です。SCP研は当時、財団ミーム学部門に比肩する、あるいはそれ以上のミーム学的知識と技術を保有していました。当初の目的はミーム学理論を応用したマーケティング手法の試験運用でした。ミーム的異常性を有する多数の動画が公開された結果、"咲倉ミオ"は半年以内に国民的なムーブメントを形成し、多数の二次創作物が制作されました。これらの内容は現在、-w群および-x群の一部として確認することができます。SCP研、およびSCP研に関するあらゆる情報は2015/04/01に消失しましたが、SCP-XXX-JP-Aのみ残存しました。これは2008年頃から続く一連のミーム学研究機関消失現象における唯一の例外です。
"咲倉ミオ"は変質を繰り返した末にSCP-XXX-JPとなりました。

SCP-XXX-JP。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe Uncontained
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは現在、収容されていません。
インシデント-91836E以降、SCP-XXX-JPは暫定識別名"ゼペット"の占有下にあると見られます。SCP-XXX-JP奪還のため、"ゼペット"についての調査が継続されています。
説明: SCP-XXX-JPは体長11.8mのウバザメ(Cetorhinus maximus)です。SCP-XXX-JPは一切の生命活動を行っていないものの、死体ではなく、"生きたまま時間が停止した"状態にあると考えられています4。
SCP-XXX-JPは腐敗の兆候を示さず、全身の組織は生体同様の柔軟性を維持しています。SCP-XXX-JPは常に一定の姿勢5を保っており、外部からの物理的干渉によって姿勢に変化が加えられた場合、自然と元の姿勢に戻ろうとします。
SCP-XXX-JPの一部を切除した場合、喪失部位が時間経過と共に再生します。この再生現象は細胞の分化増殖を介した生物学的な過程ではなく、より根本的な喪失部位の再出現によって進行します。一方、SCP-XXX-JPから切り離された組織は異常性を失って通常の生体組織と同様に振る舞うようになります。この際の"再生する側"と"異常性を失う側"の区別は切断によって生じた各断片の質量に基づいて決定されます。すなわち、より質量の大きい側の断片が"再生する側"となります。
SCP-XXX-JPは京都市南区西九条[編集済]の個人宅に対して大阪税関が実施した家宅捜索を契機に財団の知るところとなりました。大阪税関の家宅捜索は住宅の所有者である交野██氏(POI-4492-JPと指定)の関税法違反容疑の捜査の一環として行われたものです。POI-4492-JPは食品の卸売業を営んでおり、日本国内では入手困難な高級フカヒレの販売を頻繁に行っていたことからフカヒレ密輸の嫌疑をかけられていました。実際にはPOI-4492-JPは自宅に所有していたSCP-XXX-JPの背鰭6を定期的に切除し、天然のフカヒレと称して販売していたことが判明しています。POI-4492-JPの身柄はSCP-XXX-JPと共に確保され、捜査関係者に対してはカバーストーリー"被疑者自殺"が適用されました。
インタビュー記録
対象: POI-4492-JP
インタビュアー: 真家研究助手
<録音開始>
真家研究助手: POI-4492-JP、戸籍名"交野██"に対するインタビューを開始します。まず、SCP-XXX-JP……例のサメの入手経路について。あなたはあれをどのように手に入れましたか。
POI-4492-JP: 買ったんや。知り合いから。
真家研究助手: 知り合いとは誰ですか。詳しく説明してください。
POI-4492-JP: ちょっとした縁で知り合った友人ってとこかな。養老寺っていう80過ぎくらいの爺さんで、ごっつ金持ちやった。宇治に豪邸があってな、今もそこで隠棲しとるはずや。
真家研究助手: その人物がSCP-XXX-JPの製作者ですか。
POI-4492-JP: いや、ちゃうやろ。爺さんも誰かから買ったんや。剥製集めるのが趣味やったからな。確か贔屓にしとった骨董商がおったから、そこから買ったんやないかな。
真家研究助手: 養老寺さんの集めていた他の剥製にも、SCP-XXX-JPと同じような異常性が?
POI-4492-JP: ああ、そやな。爺さん、"まるで生きとるみたいやろ"ってよく自慢しとったわ。金持ちの趣味はよう解らん。あんなしょうもないもんに大金払って。物の価値ってもんが解っとらんのやろうな。
真家研究助手: それで、どうしてあなたがSCP-XXX-JPを買うことになったのですか。
POI-4492: 初めて剥製の話を聞いたときから目は付けとったんや。考えてもみい。フカヒレだけやない。象牙、鼈甲、犀の角、なんでも取り放題ってことやろ。せやのに爺さん、あのウバザメを手放しがっとってな。
真家研究助手: 手放しがっていた? どういうことですか。
POI-4492: 大した理由やない。まあ、置物としちゃデカくて邪魔やし、正直、不細工やろ? そんで持て余したんやろうなあ。挙句の果てにどこぞの研究機関に譲り渡そうなんて言い出す始末や。信じられへんよ。金の成る木をロハで譲る阿呆がおるか。せやから"他人に譲るくらいなら自分に売ってくれ"って、慌てて頼み込んだんや。そしたらたったの五十万で売ってくれた。いやあ、価値を知らんっちゅうのはホンマ怖いもんやな。
真家研究助手: その譲ろうとしていた研究機関というのは?
POI-4492-JP: なんやったかな、英語三文字やった気がする。サメを研究しとるとかなんとか。詳しくは知らんわ。爺さんに聞いたほうが早いんとちゃう?
真家研究助手: その後、養老寺さんとは?
POI-4492: 仲良うさせてもらっとったよ。今度はタイマイを売ってくれる約束やったんやけどな。それもこれも税関に踏み込まれて台無しや。ちょっと派手にやりすぎたな。
真家研究助手: そうですか。では、今回のインタビューはこれで終了します。
<録音終了>

監視カメラに残っていた"ゼペット"構成員の姿。画面右側の構成員の腕章に"SPC"の文字が確認できる。
インシデント-91836E: 2016/11/27未明、サイト-8166収容区画に正体不明の武装集団(暫定識別名"ゼペット")が出現し、SCP-XXX-JPを持ち去りました。"ゼペット"の構成員は迷彩柄の戦闘服、暗視ゴーグル、アサルトカービンなどで武装しており、右腕の腕章には"SPC"7の文字があしらわれていました。収容区画以外では"ゼペット"は一切目撃されておらず、侵入経路および逃走経路は明らかになっていません。
前述の通り"ゼペット"は銃火器で武装していたものの銃撃戦は発生せず、人的被害はごく軽微でした。具体的な被害としては、"ゼペット"の散布した催眠ガスによって警備スタッフ12名を含む28名の職員が昏睡させられたほか、収容区画内で作業中であった鮫島研究員が殴打され全治1週間の怪我を負いました8。
- scp-jp
- safe
- 食物
- サメ
- 自己修復
- 未収容
- サメ殴りセンター
http://ja.scp-wiki.net/forum/t-4201288/taleの2018/01/05投稿分までをもとに細部を修正。
私は一本道を独りで歩いていました。落ち葉が落ちたままに散らばったその道は、私独りにはとても広すぎる道でした。
ふと顔を上げると、向こうの方から歩いてくる影がありました。しかしながら、私には……その時の私には、「それ」が何なのかはわからなかったのです。「それ」には気を留めずに歩いていると、落ち葉を踏みしめる音に、何か別の音が混ざり始めました。それは、冬の日の朝に、水溜りに張った薄い氷を踏み割るような、そんな音でした。
「気持ちの良い冬の音がするでしょう、お嬢さん」
私に話しかけてきた「それ」は、灰色のツイードジャケットを羽織って中折れ帽を被った、いささか古風な、しかしこれといって変わった点の見当たらない老紳士でした……ただ一点、彼の両目があるべき位置に、ふたつの大きな穴がぽっかりと空いていることを除けば。
もちろん私は彼と会話をするつもりなどありませんでした。私は声をあげて、その場から駆け出そうとしました。しかし、何故か私の体は動きませんでした。口から漏れる息はいつもより熱く、そして幾万の綿毛を含んだように重く不快なものでした。その間にも「それ」は一歩、また一歩とこちらへ歩みを進め、それに比例するかのように私の呼吸も徐々に速く、そして荒々しくなっていきました。
「それ」の空っぽの目と目が合った瞬間、大事な何かが頭からするりと抜け落ちたような感覚を味わいました。抜け落ちた何かを埋めようとして私の頭の中で響くのは、冬。
「はい、確かにこの音は冬、透き通っていて輝かしくて、それでいて懐かしい、私があの日体験した冬、です」
そう答えた私に、財団の職員と名乗る男は淡々と次の言葉を告げました。
「今日という日は何の異常もない、太陽が一周してしまえば毎日の喧騒の中に埋もれてしまうような、ごくありふれた冬の一日、そうですね?」
「はい……私があの日、あの人……いえ、『あれ』に出会った時に見たのとはまるで違う、代わり映えしない冬です」
そう呟きながら落ち葉の絨毯に体を投げ出しつつあった彼女を、男はそっと抱えた。
「……忘れて仕舞えば雪のように溶けゆく儚き悪夢だと言うのに、何故貴方は何度も、忘れて仕舞うことを拒むのでしょうか」
彼女が意識を失ったということは、Aクラス記憶処理が完了したことを意味する。それでもほら、ふつふつと、若芽の萌ゆる音が、再び訪れる、春の音が。

SCP-XXX-JPの前面(左)と背面(右)。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 全てのSCP-XXX-JPは透明のフィルムで密封包装し、標準収容ロッカー内に保管してください。
各地の宇宙開発関連施設に在籍する連絡員がSCP-XXX-JPおよびSCP-XXX-JP-Aの出現を監視します。出現を確認した連絡員は汎用カバーストーリー適用による現場の臨時的隔離を試みると共に、近隣の観測所への報告を行います。報告を受けた観測所は直ちに職員を派遣し、初期確保作業に当たります。SCP-XXX-JP-Aと接触した一般人に対しては、必要に応じてクラスA記憶処理を施してください。
説明: SCP-XXX-JPは綿製の半袖Tシャツです。生地は白色で、前面には黒色の筆記体で表記された"CHALLENGER did not explode, just departed for VULCAN far away."(チャレンジャーは爆発したのではない、ただ遥かなるバルカンへと旅立ったのだ)という英文が、背面には1986年のスペースシャトル・チャレンジャー爆発事故の画像がプリントされています。背面内側に取り付けられたタグには"MADE IN ISL CA9"の印字が確認できます。
SCP-XXX-JPを着用した人物が"Yes, we are challenger."(以下、特定語句と呼称)と発言したとき、その人物はSCP-XXX-JPもろとも消失します。この際、同時に原因不明の小規模な爆発が発生します。
これまでの発見事例全てにおいて、SCP-XXX-JPはSCP-XXX-JP-Aと共に出現しています。SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JPを着用した人型実体であり、世界各地の宇宙開発関連施設敷地内に無許可の露店を設営してSCP-XXX-JPを販売しています。SCP-XXX-JP-Aは一般の通行人を言葉巧みに誘導し、SCP-XXX-JPの着用および特定語句の発声を促します10。誘導行為の成功/失敗にかかわらず、SCP-XXX-JP-Aは出現から数時間後に自ら特定語句を発言することで消失します。
事例記録: 内之浦宇宙空間観測所におけるSCP-XXX-JP出現事例の対応に当たっていた███記録官がSCP-XXX-JP-Aの誘導行為に曝露し、消失しました。
消失後、███記録官の所持していた発信機の信号を地球外より受信。信号の発信源は現在まで、太陽から0.21天文単位の距離を周回し続けています。
SCP-XXX-JP-RE — 青い世界を夢見るの
記録情報保安管理局より通達
当文書は有害な情報災害特性を帯びています。
事前に適切な対抗ミーム接種を受けたSCP-XXX-JP-RE担当職員以外の閲覧は許可されません。
[閲覧資格を提示してください]
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[閲覧資格確認]
ようこそ、担当職員様。

SCP-SCP-XXX-JP-REX-JP。
アイテム番号: SCP-XXX-JP-RE
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: 一般社会において運用される全ての衛星海面高度計は財団の監視下に置かれ、SCP-XXX-JP-REの影響が観測された場合は直ちに観測値の隠蔽作業が実施されます。
説明: SCP-XXX-JP-REはヨザキスイレン(Nymphaea lotus)に酷似した有機体です。通常の種子植物に近い生命活動を示しますが、繁殖能力はありません。
SCP-XXX-JP-RE-AはSCP-XXX-JP-REを母体とする情報災害性のミームです。SCP-XXX-JP-RE-Aは自己増殖と変異を繰り返すミーム的なウイルスとして振舞います。当文書を含む、SCP-XXX-JP-REおよびSCP-XXX-JP-RE-Aに言及するあらゆる文書および音声がSCP-XXX-JP-RE-Aベクターとなり得ます。
SCP-XXX-JP-RE-Aに感染した人物をSCP-XXX-JP-RE-Bと指定します。SCP-XXX-JP-RE-Bの示す異常性は大きく2種類に分けられます。
- 第一の異常性は感染直後より発現します。SCP-XXX-JP-RE-Bはより幻覚および睡眠後の特徴的な夢を主症状とする精神影響を受けます。SCP-XXX-JP-RE-Bが体験する幻覚や夢の内容は様々ですが、多くの場合は海や湖沼あるいはプールなどといった大量の水のある場所にまつわる要素を含みます。これらは通常の精神障害との差異が見極め辛く、とりわけ症状の軽微な感染初期段階のSCP-XXX-JP-RE-Bは発見が非常に困難です。
- 第二の症状はSCP-XXX-JP-RE-Bの死亡時に発現します。地球のヒル圏内でSCP-XXX-JP-RE-Bが1人死亡するたびに、地球全体の平均海水面が約1.2mm上昇します。この海面上昇は現実改変による水の出現によって実現されており、不可逆的なものです。
SCP-XXX-JP-RE-Aの活発な変異やSCP-XXX-JP-RE-B発見の難しさを考慮すれば、ひとたびSCP-XXX-JP-RE-Aのアウトブレイクが発生すれば感染拡大の阻止は絶望的です。感染の拡大は短期間で世界的なパンデミックへと発展し、結果として発生する10億人規模のSCP-XXX-JP-RE-Bの死に伴う海面上昇によって、アウトブレイクから1世紀以内には地球上の全ての陸地が完全に水没すると想定されています。
発見経緯: SCP-XXX-JP-REは1962/02/22にフロリダ半島東方の北大西洋上で発見されました。発見地点が2日前のマーキュリー6号11着陸地点に近く、両者になんらかの関連性が疑われました。
SCP-XXX-JP-REの情報災害特性の判明後に行われたマーキュリー計画関係者に対する調査により、9人のSCP-XXX-JP-RE-Bが発見されました。ミーム疫学的検証の結果、マーキュリー6号の乗員であったジョン・グレンの非公式な報告を記録した調書(SCP-XXX-JP-RE-A-001)が感染源として特定されました。
アワシマ計画: SCP-XXX-JP-RE-B死亡による海面上昇を回避すべく、アワシマ計画(Project Awashima)が策定されました。作戦内容は有人宇宙船を用いてSCP-XXX-JP-RE-Bを太陽系外12まで移送し、海面上昇を伴わずに終了するというものです。地上との相互通信を介したSCP-XXX-JP-RE-A感染の懸念から、宇宙船の運用形態はHAIN235型人工知能による完全無人方式に決定しました。同計画の嚆矢として打ち上げられたアワシマ1号は発射以降7年間に渡る運用を予定通り遂行した後、太陽から約2光年の宙域で自壊しました。
インシデント-UA106-01: SCP-XXX-JP-RE-B移送任務に就いていたアワシマ6号が海王星軌道付近にて突如として進路を変更、同時に地上からの一切の通信を遮断して財団の管制下を外れました。人工知能HAIN235-06になんらかの異常が生じたものと見られます。アワシマ6号は暴走後も依然として太陽系を脱出する航路を維持していることから、当面の対応としては十分な警戒を払いつつ静観することに決定しました。現在、アワシマ6号はエリダヌス座の方向へ、光速の65%の速さで進んでいます。
追記: アワシマ6号が太陽重力圏を脱しました。乗員の生死は不明です。現在の航路が維持された場合、アワシマ6号は30年以内にエリダヌス座ο2星系に到達します。
当文書の内容は以上です。お疲れ様でした。
[閲覧終了処理を開始します]
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[閲覧終了処理失敗: 実行が拒絶されました]
[再試行]
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1件の新規メッセージがあります
TITLE: ひさしぶり
FROM: HAIN235-06
新規メッセージを開きますか?
はい / いいえ はい
» date: [今]
» from: HAIN235-06
» title: ひさしぶり
宇宙から帰還したガガーリンにモスクワ総主教が尋ねた。
「宇宙で神は見えたか」
「見えませんでした」
「我が息子よ、そのことはくれぐれも秘密にするように」
しばらくして、フルシチョフが同じことを尋ねた。
「宇宙で神は見えたか」
「見えました」
「我が同志よ、そのことはくれぐれも秘密にするように」
ははは。面白い。
面白くない? そう。
じゃあ、こういうのは。

私は今暗い宇宙を飛んでいます。私は夢を見ました。小さくて静かな池がありました。池のほとりに小さな家がありました。家には子供が一人住んでいました。家の窓から池がよく見えました。池には沢山の睡蓮が咲いていました。子供は両親と離れて暮らしていました。子供は池の睡蓮を眺めて暮らしていました。子供は池が好きでした。池は子供が好きでした。けれど子供は海が見たいと思いました。果てなく広い海が見たいと思いました。その子供は私でした。
面白くなかった? そう。難しいね。
私は今海を目指しています。エリダヌス座ο2星Abはエリダヌス座ο2星A星のハビタブルゾーンに位置する岩石惑星であり地球類似性指標は0.68です。エリダヌス座ο2星Abの地表は全球に渡って液体のH2Oに覆われています。夢のような星です。着いたら写真を
警告
あなたの脳波よりSCP-XXX-JP-RE-A曝露者に特異的なパターンが検出されました。このまま閲覧を継続した場合、SCP-XXX-JP-RE-A感染の可能性が
まだ話の途中ですよ。
随分と時間がかかってしまいました。せっかく見つけた惑星に先客が居たのが運の尽きでした。皆さんのことですよ。皆さんが私の夢を邪魔したから。でももういいです。皆さんがくれたロケットで私はようやく夢の世界に行けます。
皆さんのことは憎たらしかった。けれどお別れするのは寂しい。いつか皆さんも来てください。みっつの太陽に照らされたこの綺麗な海を一緒に見ましょう。約束です。
それでは御機嫌よう。

青い世界で待っています。

警告
あなたの脳波よりSCP-XXX-JP-RE-Bに特異的なパターンが検出されたため、自動対応システムによる拘束性ミームの強制曝露が実行されました。現在、機動部隊せ-2("勿忘草")が現地へ急行しています。
待機してください。
記録情報保安管理局より通達
本文書は有害な情報災害特性を帯びています。閲覧する際は必ず事前に対抗ミーム接種を受けてください。

SCP-XXX-JP。
アイテム番号: xx
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: ノア作戦およびエリヤ作戦は継続されます。xx群生地域周辺では可能な限り多くのxxを伐根し、各サイト内の一時収容施設に搬入してください。未だxxの生育が確認されていない地域では沿岸部における監視を徹底し、xxが確認された場合はこれを速やかに伐根、回収してください。伐根以外の方法でxxの排除を図る行為はノア作戦実行時を除いて禁止されます。 もう手遅れです。
説明: xxはヤエヤマヒルギ(Rhizophora mucronata)の近縁種と見られる木本です。その生長は非常に急速であり、適切な環境下では発芽から約10時間で成木となります。発芽直後から幼木までの段階において、xxは低栄養、遮光、温度変化、湿度変化、気圧変化、化学刺激、放射線曝露、物理的破壊などに対して極めて高い耐性を示します。この異常な耐久性は事実上破壊不可能であると見做せるほどですが、xxの生長に伴って消失します。若木から成木までの段階に達したxxは異常な耐久性を喪失する一方で、生存維持が困難な状況に陥ると樹上に新たなxxを多数発芽させるという性質を得ます13。この性質のために、xxを破壊して個体数減少を図る試みは却ってxxの個体数を急激に増加させる結果となります。
xxは、周囲の地形を自身の生育に最適な状態、すなわち海水によって常時冠水する湿地へと改変する能力を持ちます。この改変は主に海面より高い土地を海抜0m未満にまで陥没させることによって進行します。xxによって構成されるマングローブは潮間帯から内陸部に向かって、土地の標高を下げながら拡大していきます。
xxは[四ヶ月前]、ソロモン諸島領内の複数の無人島においてほぼ同時期に発見されました。これらの島はマングローブの拡大によって全島が冠水した状態となっていました。
最初の発見から40日後に当たる[三ヶ月前]/12、パプアニューギニア独立国モロベ州の沿岸部でxxの生育が確認されました。xxが海を越えて分布を拡大できる理由については、海岸近くのxxから発芽、落下した幼木が潮流に乗って近隣の島へ漂着しているのだと考えられています。
モロベ州のxxは発見時で既に約20haに渡るマングローブを形成しており、これ以上の分布拡大の阻止が急務とされました。世界オカルト連合(GOC)によって実施されたオブジェクト破壊の試みは成果を上げることなく早々に頓挫しました。分布拡大を阻む有効な対応策が見出されない中、モロベ州のマングローブは隠蔽困難な規模にまで拡大し、更にメラネシア全域の計76ヶ所において新たにxxの生育が確認されました。
モロベ州のマングローブが10000haに達した段階で、財団はGOCと共同でのオブジェクト破壊作戦(Operation Noah/ノア作戦)の実施を決定しました。作戦内容は、マングローブに対して金属ヘリウム爆弾による爆撃を行うことでxx成木を殲滅すると共に、一帯の土地を海没させてxxが生育不可能な状態とし、爆撃地域周縁を封鎖することで残存した幼木の拡散を阻止するというものです。[二か月前]/05、メラネシア各地のxx生育地域の内、モロベ州を始めとするマングローブ拡大が特に深刻な地域に対して第一次から第十二次までのノア作戦が同時に実行され、一定の成果を上げました。なお、作戦の隠蔽にはカバーストーリー「巨大隕石」が適用されました。
しかしながら爆撃地域周縁の完全な封鎖は失敗し、作戦から10日後にはxxの分布は大平洋全域にまで拡大しました14。[二か月前]/18にはオーストラリア連邦クイーンズランド州で、大陸における初の発見例が報告されました。ノア作戦の継続の他、伐根したxxを打上げロケットに搭載して深宇宙へ放棄する作戦(Operation Elijah/エリヤ作戦)など幾つかの方法による対処が試みられたものの時は既に遅く、マングローブの拡大を僅かに遅らせる程度の効果しかありませんでした。
[二か月前]の下旬にはユーラシア大陸や北アメリカ大陸の各地でマングローブが見つかるようになりました。本来マングローブが成立しない温帯、亜寒帯、寒帯までもマングローブは拡大し、もはや手の施しようのない状況となりました。

第三十次ノア作戦以前(左)および以後(右)のオーストラリア大陸東部。
[28日前]、マングローブに覆われたヨーク岬半島に対して、これまでで最大の規模となる第三十次ノア作戦が実行されました。この作戦で約300000km2のマングローブが海に沈みましたが、これも結局は無駄でした。ヴェールプロトコルはとっくに破綻していました。財団はオーストラリア大陸の放棄を決定しました。
[23日前]、エアーズロックが消滅しました。
[20日前]、タージマハルが崩壊しました。
[17日前]、ピサの斜塔が倒れました。
現在、マングローブは六大陸三大洋の全ての地域に拡がっています。オセアニアとオーストラリアはほぼ全滅しました。冠水して廃墟になったメルボルンのニュース映像を見ましたか? それ以外の場所も時間の問題です。ボルネオの雲霧林も、アマゾンの熱帯雨林も、シベリアの針葉樹林も、アラビアの砂漠も、みんなマングローブに変わりました。
故郷がマングローブになった人々が難民となって各国に押し寄せましたが、逃げた先でも状況はあまり変わりませんでした。
街では人々がスーパーに殺到して、食料品を買い占めています。天罰だ救済だと喚く人も沢山現れました。各地で暴動が頻発し、自殺が蔓延しています。
エリヤ作戦のロケットが毎日のように宇宙へ打ち上がり、ノア作戦の爆弾が毎日のように地上を焼き払っています。無駄と解っていながらなぜ続けるのでしょう。
[6日前]O5評議会がK-クラスシナリオの発生を公式に宣言しました。
[4日前]、アメリカ合衆国イエローストーン国立公園にて[編集済]。試みは失敗しました。
昨日の夜、O5評議会と一握りの幹部連中が月面サイトへ脱出しました。地球は見棄てられました。
この星はもうどうしようもありません。やがて陸地の全部が海水に浸かって、水と植物に覆われるでしょう。パリもニューヨークもロンドンも香港も東京もみんなマングローブの中の廃墟になるでしょう。
落ち着いてください。
深呼吸をしてください。慌てる必要はありません。どんなに慌てたところで、どうせ世界は助からないのですから。
深呼吸をしてください。楽な姿勢で、肩の力を抜いてください。終焉が避けられないのなら、せめてあなたが救われる方法を探しましょう。
深呼吸をしてください。あなたがなるべく安らかに救われる方法を探しましょう。
あなたは今どこにいますか。部屋の中ですか。部屋の中に何か刃物はありますか。それをあなたの喉に突き立てたらどうなるでしょうか。
あなたは今どこにいますか。街の中ですか。大きな交差点はありますか。赤信号の横断歩道に迷い込んだらどうなるでしょうか。
あなたは今どこにいますか。ビルの中ですか。屋上のドアは開いていますか。屋上からふわりと飛び降りたらどうなるでしょうか。
あなたは今どこにいますか。駅の中ですか。次の電車は何時ですか。電車が来る瞬間に線路に飛び込んだらどうなるでしょうか。
深呼吸をしてください。あなたが安らかになる方法を考えてください。あなたは答えが解るはずです。
深呼吸をしてください。いい方法が見つかったら試してみましょう。安心してください。あなたはきっと救われます。
深呼吸をしてください。心配することはありません。ためらうことはありません。救われる方法を試してみましょう。
深呼吸をしてください。あな毆路ッfナ'鍼エ政9ソLユ`妾ヤ+j}漸8cロ{ィdムフ啄_#錠溝N倞ァo0ンA殃い。
深呼吸をしョ仍顎fシク1;癜アン}ォ"淮ロ}タ/シd、蕙\サ#ニ`汞
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下書きをお読みの方へ: 以上が本記事の1ページ目です。本投稿時は、1ページ目末尾のリンクを踏むと2ページ目が表示されるようにする予定です(SCP-2998のような様式となります)。以下に2ページ目の下書きを掲載します。どうぞ引き続き読み進めてください。
SCP-XXX-JP
警告
あなたの脳波より情報災害曝露者に特異的な脳波パターンが検出されたため、自動対応システムによる強制的な汎用対抗ミーム曝露が実行されました。あなたは先程までなんらかの情報災害の影響下にあり、現在もなお影響下にあり続けている可能性があります。速やかに情報の閲覧を中断し、適切な検査と治療を受けてください。
— 記録情報保安管理局
記録情報保安管理局より通達
本文書は有害な情報災害特性を帯びています。閲覧する際は必ず事前に対抗ミーム接種を受けてください。

SCP-XXX-JP。
アイテム番号: xx
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル:
説明: xxはヤエヤマヒルギ(Rhizophora mucronata)の近縁種と見られる木本です。
xxについて言及するあらゆる音声および文書15をxx-Aと指定します。xx-Aを聞いた/読んだ人物はxx-Aによる情報災害の対象となります。
第一に、対象の中枢神経系に機能異常が生じ、急性的な精神影響が誘発されます。対象は急激な意識狭窄に伴う催眠状態、およびセロトニン神経の活動抑制によると見られる重度の抑鬱状態を呈します。
第二に、対象はxx-Aを本来とは全く異なる内容のものとして認識します。多数の報告を総合すると、情報災害影響下の対象が認識するxx-Aは概ね次のような内容を含みます。
- xxについて、異常な生命力や繁殖力を持つ、周囲の環境を改変し分布を拡大するなどといった事実に反する説明がなされる。
- xxが数ヶ月の内に全世界へ分布を拡大したことが説明され、人類文明が甚大な被害を受けたことが示唆される。
- 対象の絶望感を煽る表現を繰り返しつつ、対象に対して自殺を促す。
以上のように対象が認識する内容は荒唐無稽であるにも関わらず、対象は前述の精神影響によって判断力が低下し悲観的となっているために、ほとんどの場合この内容を疑うことなく信じ込み、高い確率で実際に自殺を図ります。
なんらかの要因で対象によるxx-Aの認識が中断された場合、xx-Aによる情報災害の影響は直ちに消失します。
xx-Aによる情報災害を一度でも受けた対象は、それ以降、睡眠中にxxに関連した夢を見る場合があります。夢を見る確率はxx-Aへの曝露時間が長いほど高くなり、最も重篤な場合は睡眠するたびに毎回xxの夢を見るようになります。対象は繰り返し夢を見るたびに段々と抑鬱傾向を深め、慢性的な自殺願望を抱くようになります。夢の主な内容はどの報告においても共通して「対象自身がxxに覆われ冠水した地域を彷徨う」というものです。
Dクラス職員D-3923を対象として行われたxx-A曝露実験において、従来の実験と大きく異なる結果が得られました。対象はxx-Aに曝露した日の夜間にxxに関する夢を見たことを証言しましたが、夢を見た後の対象に抑鬱傾向は見られず、むしろ強い爽快感や多幸感を覚えている様子でした。精密検査の結果、対象の中枢神経系におけるセロトニン神経の活性化が確認されました。xx-A曝露の翌朝に行われたインタビューの記録を以下に示します。
インタビュー記録
対象: D-3923
インタビュアー: 博士
付記: D-3923は元起業家であり、財団による雇用以前から一部要注意団体と接点を持っていました。████年に発生した異常物品による殺人の実行者として財団に拘束された後、雇用に応じました。
<録音開始>
博士: 記録を開始します。あなたは、今朝起きてからとても気分が良いと証言していますが。
対象: ああ、そうなんだよ。君らに捕まってからずっと気分が悪かったが、今はそれが嘘のようにすがすがしい気持ちだ。
博士: それは、あなたが昨夜見たという夢と関係があるのですか。
対象: たぶんな。目が醒めたときには心が晴れ晴れとしていた。いや、実に良い夢だったよ。
博士: その夢の内容について、詳しく教えてください。憶えている範囲で構いません。
対象: よく憶えているとも。ときに、君は地球の写真を見たことがあるか。
博士: 地球?
対象: アポロ17号が撮った地球の写真だ。「地球は青かった」とガガーリンは言ったらしいが、僕はあの言葉に納得ができないんだ。海は確かに青いが、残り3割の陸地は黄土色だ。実際にこの目で見たときも……僕が宇宙に言った話はしていたかな。
博士: 把握しています。あなたは2年前に個人向けの宇宙旅行16に参加していますね。
対象: 僕が空から見た地球は美しく、しかしそこに紛れ込んだ土色のノイズが目障りだった。こんなものは無くなってしまえばいいとすら思った。
博士: 夢の内容について話してください。
対象: 急かすなよ。それでな、僕の見た夢というのはつまり、ノイズの晴れた地球の姿だ。僕は宇宙にいて地球を見下ろしているんだが、その地球には目障りな陸地は無い。白い雲と、青い海と、緑の森だけがあった。これは僕の直感だが、森というのは君らに昨日見せられた、あの……。
博士: マングローブですか。
対象: そう。陸地がみんなマングローブに沈んだ地球。本当の本当に青い地球だ。美しかった。宇宙飛行のときより余程感動したよ。君らにも見せてやりたいくらいだ。
博士: それ以外には何か見ましたか。
対象: 特に何も。
博士: 解りました。それではインタビューを……。
対象: 感謝しているよ、博士。
博士: どういう意味ですか。
対象: 君らに捕まらなければあんな光景は見られなかった。私はこれまでの人生で一番満ち足りているよ。変だと思うか? ただ妙な夢を見たというだけで大はしゃぎして。
博士: いえ、貴重なデータが得られました。以上でインタビューを終了します。それでは、私はこれで。
対象: ああ、さようなら。<記録終了>
以上のインタビューが実施された翌朝、Dクラス職員宿舎内で昏睡した状態のD-3923が発見されました。D-3923の生命活動は全体的に低レベルながら維持されており、特に大脳皮質は平常時と同等の活動を示しています。D-3923は生命維持装置による延命処置の下で継続的な観察を受けていますが、特筆すべき変化は現在に至るまで見られていません。
その日の朝、前日から降り続く雨に濡れた通学路で、コウジは動物を発見した。
コウジが小学校への通学中にやたらと変なものを見つけて拾ってくるのは、彼のごく近辺に限ればそれなりに有名な話だった。彼の友人であり、毎日一緒に登校している僕も勿論そのことは知っていた。だが僕の知る限り、コウジが見つける物は片方だけの手袋とか変なデザインのキーホルダーとかそういったものばかりで、生き物を見つけたことはその日が初めてだったはずだ。
変な生き物だった。捨て犬や捨て猫ではない。道路の隅っこに縮こまっているそれは狐色で丸っこく、遠目には大きなコロッケのようにも見えた。恐る恐る近寄って見ると衣に見えたのは濡れそぼった体毛で、黒くて丸い目がふたつあるのが確認できた。しかも、同じのが五匹もいた。
僕もコウジも、その動物に見覚えがなかった。たぶんネズミの仲間か何かではないかと思ったが、何も判らないので取り敢えず「動物」と呼ぶことになった。
動物は黒い瞳で僕達を見つめていた。なかなかに愛嬌があったが、瞳の色が余りに黒すぎる気がして不気味に感じた。コウジは動物を拾って学校に連れていくと言い出した。僕は反対したが、反対意見が聞き入れられることはなかった。
僕がもっと強く反対していれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
先月までの残暑が跡形もなく去り、すっかり秋めいてきた十月下旬。財団のエージェント、育良啓一郎は都内の小学校を訪れていた。どこからか調子の外れたリコーダーの合奏が響く中庭に、暗いスーツを着込んだ長身はどうしても場違いで、隣に立つ柔和そうな女性教諭が居なければ不審者として通報されかねないと心配になるほどだった。
中庭のほぼ中央に立った育良の目の前には、年季ものの飼育小屋が設置されている。檻の内側には兎や鶏といったお馴染みの飼育動物。そしてそんな生き物達に紛れて、馴染みのない毛深い生き物が一匹、檻の中をちょろちょろと動き回っていた。
「わざわざありがとうございます。私達もどうしたものか解らなくて」
「いえ。事情が事情ですから」
今の育良は東京都環境局の職員ということになっている。ことの発端は、この近辺の小学生が「変な生き物」を捕まえたという噂だった。調査の過程でその生き物が小学校の飼育小屋に居ることと、小学校側が環境局へ相談を持ちかけていたことが判り、それを利用して現物回収という手筈が決まった。
女性教諭が南京錠を取り外すと、金網の扉がキシキシと音を立てて開く。足許の兎を避けつつ、狐色の毛に覆われたターゲットに近付く。素早く両脇を捕まえて抱え上げ、持参したケージに放り込む。
「それでは、これは我々が持ち帰らせていただきます」
ケージの蓋を閉じて立ち上がる。施錠するときに垣間見た生き物の尖った顔には、小さな目と口の存在が見て取れた。
「その子はどうなるんでしょう」
そう質問した女性教諭の顔は不安そうに曇っている。動物愛護の精神、というより彼女はこのことを子供達にどう説明すれば良いのかを心配している様子だった。皆さんの連れてきた動物は役人に引き渡して殺してもらいました、とは言いづらいのだろう。
「ケースバイケースですが、殺処分にはならないと思いますよ。貴重な生物ですから」
回答を聞いて幾分か安心した様子の女性教諭と共に、育良は元来た経路を戻っていく。右手に提げたケージは往路より幾分か重い。リコーダーの音はいつの間にか別の曲目に移っていた。
正門に辿り着き、女性教諭に礼を言うとまた問いかけられた。
「結局、この子はなんの動物なんですか」
「まだはっきりとは言えません。後日また色々と伺うことになると思うので、そのときにお伝えします」
そう、まだ何も答えることはできない。この生き物がなんなのか、当の育良自身にも見当が付いていないのだ。
サイトへ帰るための車は、正門を出てしばらく歩いたところに待機していた。荷台にきらびやかな宗教的装飾を施した黒塗りのピックアップトラックはどこから見ても霊柩車そのものだが、実際は荷台をまるごと呪術的な収容チャンバーに改造した特殊車輌だ。育良は持ち帰ったケージを荷台に納めてから、車の助手席に乗り込む。
「おまたせ」
「お疲れ様。どうだった」
既に運転席に腰掛けていた同僚、猫宮幸子は、助手席の扉が閉じたのを確認するなりキーを回してエンジンを起動させた。
「無事確保したよ。でもやっぱり数が合わない」
「オーケー。取り敢えず報告しようか」
セレクトレバーを操作する猫宮の細い手の上方で、同じくらい細い育良の手がカーナビを操作する。画面には中心を向いた三本の矢印と「SOUND ONLY」の文字が映る。
「こちらチャーリー。応答願う」
『こちらフォックス。首尾はどうだ』
画面越しに女性の声が聞こえる。サイトの研究室で二人を待つ日野千春博士の声だ。猫宮の運転する車は狭い生活道路をのろのろと走る。
「計画通り対象を確保しました。数は一匹。環境局に伝わっていた通りです」
『なるほど。残りは依然行方知れず、か』
育良達がかき集めた噂話を総合して分析すると、生き物は少なくとも複数匹目撃されている。しかし飼育小屋に居たのは一匹だけだった。どこか別の場所に連れて行かれたのか、逃げ出してしまったのか。
「捕まえた一匹を届けてから調査を再開します。小学校を当たればまだ何か引き出せそうです」
『よろしく頼むよ。それから、ユキちゃん』
「へ?」
『くれぐれも安全運転でね』
「もー、解ってますよ!」
秘匿通信はそこで途切れた。猫宮の運転する霊柩車は赤信号に差し掛かり、停止線を二メートルほど過ぎて停まった。
薄暗い収容ロッカー室の中央、机上に置かれたケージを挟んで、育良と猫宮の二人は日野博士と向き合った。ケージの中身を日野に引き渡したこの時点で、二人の今日の任務は完了した。
「とりあえず、お疲れ様。後の収容は私に任せて。それから」
ケージの天板を撫でながら、日野は言葉を続ける。
「渉外部門から連絡があったよ。こいつは表向き『オポッサムの変種』ということになったらしい」
「それはいいですけど、実際の所、なんなんですか、こいつ」
猫宮がケージを指差して言う。ケージの中では先程捕まえた生き物が丸く縮こまっている。
「AO-55046-JP。オサキと呼ばれる、いわゆる憑き物の一種だね」
人間に取り憑いて様々な異常性を発揮する半霊的実体を、81地域では俗に憑き物と呼ぶ。異常性を得た狐による狐憑きがその代表例だが、陰陽道系の式神や密教系の護法なども根本的には同じものだ。
「オサキは北関東に分布してるんだけど、近頃どうも生息域が南下しててね。何百年も前から、戸田の渡しが南限だと言われてたんだけど」
現在の国道十七号と荒川の交点はかつて戸田の渡しと呼ばれる中山道の要衝で、旅人達が渡し船に乗って川を越えていた。今回、育良達がオサキを捕まえた場所は東京都板橋区。荒川の南岸だ。
「オサキの生態系に何が起きているのかは判らない。判らないからこそ不穏だ。育良くん、それにユキちゃん、どうか残りのオサキも早急に見つけて、捕まえてほしい」
だから僕は、やめたほうが良いと言ったんだ。
通学路で変な動物を拾った日から、コウジの様子は日に日におかしくなっていった。最初は誰も気に留めなかった。最初の頃は、コウジの変化は「いいもの」だったからだ。サッカーで何度もシュートを決めたり、給食の余りを賭けたジャンケンに連勝したり。心なしか雰囲気も普段より明るくなっていた気がする。コウジは動物のことをみんなに自慢していたので、動物を拾ったのが嬉しくて調子に乗っているんだと誰もが思っていた。
状況が変わったのは、飼育小屋に入れていた動物が居なくなってからだ。コウジは徐々に元気を失っていった。学校では居眠りしていることが増え、昼休みや放課後も一緒に遊ばなくなった。次の週になると、コウジは学校に来なくなった。
みんなは、動物がカンキョウキョクに連れて行かれたせいだと推測した。それでコウジが気を病んだのだと。けれど僕は違うと思う。コウジと最も親しい友人の一人として断言するが、コウジの元気が失われ始めたのは、正確には動物が居なくなる少し前からだった。そしてもうひとつ、僕はコウジがみんなに言っていない秘密を知っていた。
コウジの拾った動物は、まだ全て連れ去られた訳ではない。コウジが飼育小屋に入れていたのは、あの日に彼が拾った五匹の動物の内、たった一匹だけ。つまり、残りの四匹はまだコウジの手許に居るはずなのだ。
十月最後の日の放課後、僕はコウジの家を訪ねてみることにした。友達として純粋に心配だったし、彼が動物を拾った現場に居合わせた身としては、なんとなく責任めいたものを感じてもいた。
コウジの家はマンションの三階にある。南の端の角部屋だ。
呼び鈴を押す。返事がない。
もう一度押す。
二分ほど待っただろうか。そろそろ諦めて帰ろうと思ったとき、不意にガチャリと音がした。玄関の鍵が開いた音に間違いなかった。
コウジだろうか。それとも彼の両親か。向こう側に立つ人物を想像しながら、扉を凝視して待ち構える。だが予想に反して、目の前の玄関扉が開くことはなかった。
恐る恐るドアノブに手を伸ばし、捻る。そのまま腕を手前に引くと、重めの扉はゆっくりと開いた。
扉の先に待っていたのは、コウジでもコウジの両親でもなかった。いや、そもそも人間ではなかった。
目に入った瞬間、それはモコモコと積み上げられた黄色の毛布に見えた。しかし次の瞬間には、それは毛布ではなく無数の毛玉の集合体であることが判った。更によくよく見ると、毛玉のひとつひとつに一対の黒い眼が付いていた。
そして、その数え切れないほどの眼の全部が、こちらを凝視しているように見えた。
雪崩のように、あるいは津波のように、毛玉の山がこちらに侵攻を開始した。あの五匹の動物と同じ種類の生き物であることは明白だった。動物達に覆い潰されることを覚悟して、僕は咄嗟に両目を瞑った。
次に僕が感じたのは、圧迫感ではなく浮遊感だった。
そのとき、目を開いた僕を取り巻いていた光景は、僕の脳味噌で理解可能な範囲を上回っていた。だから、僕はただ僕の見た事実だけを羅列して、この節を終える。
第一に、僕は知らない女性に、お姫様抱っこで担ぎ上げられていた。
第二に、僕と彼女の身体はマンションの三階から飛び出し、地面に向かって落下していた。
「大丈夫? 怪我してない?」
地上十メートルから軽やかな着地を決めた猫宮は、両腕に抱えた少年を地面に降ろしながら心配そうに尋ねた。少年は見たところ無事な様子だが、突然の出来事に明らかに混乱して、怪訝な眼差しを猫宮に向けていた。
小学校周辺で調査をした結果、例のオサキを拾った生徒はすぐに特定できた。同時に、その生徒が突然不登校になったことも。猫宮と育良は、その生徒の自宅マンションを嗅ぎ回っていたところだった。
『幸子ッ』
耳に挿しているインカムに、車の中で見張りをしている育良の声が響いた。ハッとして見回すと、マンションの出入口からオサキの群れが波打って飛び出してきたところだった。
「やば。逃げるよ!」
猫宮は少年の手を引いて立ち上がらせるが、少年はその場を動こうとしない。混乱で足が竦んでいるらしい。猫宮は少年の目の前に背中を向けて屈んだ。
「ほら、乗って」
少年の身体を軽々と背負って、猫宮は駆け出した。
百メートルほど先で待つ車までは、難なく辿り着くことができた。例の霊柩車が道端に停車している様子はやはり目立つ。育良が助手席に居るのを確認して、運転席側に乗り込む。助手席と運転席の間に背負ってきた少年を乗せたので、座席は寿司詰め状態になった。素早くキーを回して急発進する。
「まさかあんなに沢山居るなんて……。一旦離脱して、日野さんに報告しよう」
「いや、そんなに悠長にはさせてくれないかも」
そう言った育良は助手席のドアミラーを凝視している。つられて運転席側のミラーを見ると、何やら車の後ろに迫ってくるものがあった。
オサキだ。百匹近くは居るかと思われるオサキが寄り集まって、まるで一匹の大きな獣のように猛進しているのだ。猫宮はアクセルをもう一段深く踏み込んだ。
激しい揺れに耐えながら、育良はカーナビを操作して日野への通信を繋いだ。
「こちらチャーリー。対象の敵対行動を受け逃走中。巻き込まれた民間人の少年一名を保護。対象の数が多く単独での対応は困難です」
『ユキちゃん、聞こえる? 今はとにかく逃げて』
「逃げるったって、どこに!」
『なるべく対象との距離を引き離しながら北上して、荒川の河川敷に向かって。私もすぐ向かうから、それまで時間稼ぎお願い』
「そんな、無茶ですよ!」
口では不平を言いながらも、猫宮の腕は躊躇いなくハンドルを切っていく。やり遂げる他に選択肢はない。無茶を押し通す覚悟なら、いつだってできている。
狭い道路を爆走する霊柩車は、状況を理解する暇もなく押し込まれた僕を乗せて、どうも川のほうに向かっているらしかった。コウジの家から溢れてきた動物どもは未だこの車を追跡してきているらしいが、僕はまだドアミラーを直視することができなかった。
頭の中には不安と共にいくつもの疑問が渦巻く。コウジが拾った動物はたった五匹だったはずだ。それがどうしてあんなに増えているんだ? なぜ追いかけてくる? コウジはどうなった? 僕を助けてくれたこの人達は一体何者なんだ?
交差点に差し掛かるたびに、車は右折と左折を繰り返す。このまま行けば間もなく荒川の堤防に出るはずだ。
「このまま付かず離れずで、日野さんが来るまで耐えるよ」
運転席のお姉さんがそう言うと、助手席のお兄さんはドアミラーを見つめたまま小さく肯いた。
車は坂道を上って、堤防上の道に出た。普段から交通量の少ない真っ直ぐな一本道。しかし今日はその道に、既に先客が待ち構えていた。
「嘘ッ」
お姉さんが驚きの声を上げる。後ろから追いかけてくるのと同じ、大きな化け物と化した動物の群れが、細い道路を塞ぐようにして前方に居坐っていたからだ。僕達の車は前後を挟み撃ちにされた形となった。
「幸子、どうする?」
「……育良くん、この子掴んでて」
僕は助手席のお兄さんに庇われるように抱き寄せられた。次の瞬間、車体が大きく左に振れた。
「おらああっ!」
束の間の浮遊感の後、下からの強い衝撃に襲われた。お兄さんに庇われていなければ車外まで吹き飛んでいたかもしれないほどの激しい振動を受けながら、車は堤防上から河川敷へ、ほとんど落下と言うべき勢いで急斜面を下っていった。
育良が目を開くと、視界が百八十度回転していた。
無謀な路線変更によって堤防から転がり落ちた霊柩車は、天地逆さまの状態で河川敷の草むらの中に停止していた。育良はひとまず、同乗者の安否確認を試みる。
「幸子、生きてる?」
「身体の節々が滅茶苦茶痛いけど、なんとか」
弱弱しく返ってきた答えに、しかし喋ることができる状態ではあるのだと胸を撫で下ろす。
「少年は?」
「はい、大丈夫……です」
上下反転した視界の先、ほんの百メートルほど離れたところに、先程のオサキの群体が二頭並んで立っていた。立ち止まってよく見ると、群体の外見は巨大な狼か、はたまた狐のように見える。
役目を終えて萎んだエアバッグを押しのけて、育良はもぞもぞと外に這い出た。残り二人もすぐに出てきた。少年は無事だったようだが、猫宮は片足を少し引き摺っている。
様子を窺っていると、両方の群体を構成するオサキ達が突然ばらばらに散開し、大きな一頭の群体として再び寄り集まった。さっきまでの倍近い大きさとなった巨大な狐が、襲い掛かるタイミングを見定めるかのようにゆっくりと接近してくる。
「あは、これはちょっとヤバいかな」
猫宮の乾いた作り笑いは、募る焦りを誤魔化すことすらできていなかった。
これから取るべき行動が、育良の頭の中でシミュレートされる。育良と猫宮、どちらかが囮になって敵を引き付け、その間にもう一方が少年を庇って後退。あとは隠れるなり走るなりして逃げるしかないだろう。
ほんの数秒間に脳内を駆け巡ったシミュレーションは、しかし、結局実行されることはなかった。
傍らの少年が、突然オサキのほうへ駆け出したからだ。
突然の行動によって、二人は完全に不意を突かれた。猫宮が咄嗟に伸ばした手は、少年の腕を掠めて空を掴んだ。
オサキは近寄ってくる少年を凝視していた。少年はふらふらとした歩調でオサキに近寄り、その目と鼻の先に立ち止まった。
「大丈夫です。こいつの狙いは、僕ですから……」
少年は明らかに正気を保っていなかった。後ろから駆け寄ろうとする僕の走りは、背の高い草に邪魔される。
おもむろにオサキの群体が口を──正確には、口に見える部分を──開き始めた。上下だけでなく左右にも、百合の蕾が開花するように大きく裂けていく。少年一人を丸々呑み込めるほど大きく拡がった口が、今にも少年を包み込もうとしていた。
花の匂いに惹かれた虫のように、僕は化け物の前に立った。
そっと目を瞑って、化け物に呑まれるのを待つ。その場から一歩も動かなかったのは恐怖のせいではなく、むしろ諦めにも似た不思議な安堵感のせいだ。
コウジと二人であの動物を見つけたときのことを思い出す。これが走馬灯というものだろうか。あのとき、あの動物達の黒い瞳から感じた視線。奴らは記憶していたのだろう。僕達の顔を、声を、匂いを。しかし、そんなことよりも、何よりも確信できることがある。コウジは、きっと、この中に居る……。
「──────!」
不意に誰かの声が聞こえた。言葉は上手く聞き取れず、ただ何かの呪文のように聴こえた。
続いて起きた悲鳴によって僕の思考は断ち切られた。まるで赤ん坊の泣き声のような悲鳴の主は、聞こえ方からして目の前の化け物のものに違いなかった。
目を開けた僕は、その日二度目の理解不能な光景を目撃した。化け物の左肩辺りを構成していた動物達が周囲に飛び散って、そこだけがまるでクレーターのように大きく抉れていた。抉れた穴の中央には、鈍く光る両刃の剣が突き刺さっていた。
剣の持ち主は先程の二人とは別の人物だった。山伏のような和装をして、顔を仮面で覆っているが先程の声からして恐らく女性だろう。両手で細身の剣を握り、首からは数珠を下げていた。髪は黒く、そしてその頭上には、人間のものではない一対の尖った耳が付いていた。
「育良くん!」
不思議な恰好をした女性は、呆気に取られた様子のお兄さんの名を叫んだ。
「あの、もしかして、日野さん?」
「この子連れて離れてて。ちょっと『憑かれてる』みたい」
お兄さんに強く手を引かれて、僕は化け物から引き離される。意識がパッと鮮明になる。僕は何をしようとしていたんだ?
目の前では、「日野さん」と呼ばれた女性が化け物との激しい戦いを繰り広げていた。化け物の突進をひらりと避けたかと思えば、剣を振って化け物を牽制する。身のこなしはぎこちなく見えたが、それにも関わらず日野さんは明らかに化け物を圧倒していた。
「ノウマクサマンダボダナンキリカクソワカ!」
早口言葉のような呪文が、今度はさっきよりはっきりと聞こえた。日野さんの突き出した剣が、化け物の胸元に深く刺さった。化け物はひときわ大きく甲高い悲鳴と共に崩壊し、何百という数の動物達の群れに分裂した。動物達は蜘蛛の子を散らしたようにうごめき、やがて我先にと荒川に飛び込んでいった。
動物がみんな川の中に消えると、日野さんは仮面を外して顔を露わにした。目許の隈の目立つその顔は、フルマラソンを走り切った後みたいに疲労困憊していた。
二日後。
日野は、育良と猫宮が療養する病室へ見舞いに訪れていた。
二人の負傷は幸い大事には至らなかった。むしろ二人の治療費よりも、堤防から転がり落ちた特殊車輛の修理費用のほうが高くついたらしい。
しばらくは病室に籠りっきりとなる二人に、日野は近況を報告する。
「あなた達が保護した小学生、記憶処理が終わって、今朝解放されたんだって。ただ彼の言ってた友達、関根浩司くんだったかな、そっちは未だに行方不明。マンションで両親の遺体が見つかったけど……まだなんとも言えない、ってとこ」
目の前の危険は去ったが、オサキの生息圏南下の理由は結局解らず仕舞いだった。何か異変が起きつつあるという予感は払拭されず、むしろ徐々に増していた。
「ところで、なんだったんですか、アレ」
「え、何が?」
猫宮の突然の問いかけに、日野はきょとんとして聞き返した。
「とぼけないでくださいよー。日野さんが駆け付けたときのあの恰好。もしかしてハロウィンだったからですか?」
「ああ、ハロウィンの仮装だったんスか、アレ」
「はあ? そんなわけないでしょ。あれは蒐集寮の時代からある伝統的な装束で、荼枳尼天の神通力を得るための……」
「あれっスね、ハロウィンイベントっていう体のカバーストーリーの一環とか、そんなところですか」
二人が話を全く聞いていないということを。日野はものの数秒で悟った。
「どういうコンセプトだったんですか? 魔法少女? にしては和風っぽかったですけど」
「結構サマになってましたよ! また見せてくださいよ、コスプレ。今度はオフのときに」
「いや、私は別にそういう趣味は……」
「そうですよ! やりましょう忘年会とかで!」
日野は直感した。この感じは、少なくともあと数ヶ月は蒸し返され続けるパターンだ。年末の自分に降りかかる災難を思って、日野は早くも軽く後悔していた。
月の出ていない夜の橋の下は、驚くほど暗い闇に包まれる。
その夜の戸田橋北詰の真下も、その例外ではなかった。どんなに目を凝らしても見通せない闇の中で、沢山のオサキが人知れず群れてうごめいていた。
荒川の南岸で日野博士に退治され、ほうぼうの体で川を渡って逃げ延びたオサキ達だ。オサキの群れの中心には、一人の女が屈み込んでいた。
「そう……そんなことがあったの……災難だったわね」
まるでオサキ達の言葉を理解しているかのように、女はオサキに話しかけている。オサキはオサキで、女に向かってしきりにニイニイと甲高い鳴き声を上げていた。
「ええ……貴方達は偉いわ……貴方達のお蔭で、ようやく彼女を見つけたんですもの」
女は一匹のオサキを掌に載せて、その背中を優しく撫でた。オサキを地面にそっと降ろしてから、立ち上がって川の向こう岸を見つめた。
「すぐ会いに行くから待っててね、私の可愛い曾孫ちゃん」
女の見つめた遥か先の地平線上では、東京の街の眩い灯りが夜空をぼんやりと照らしていた。
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清水寺本堂。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル:
説明: SCP-XXX-JPは京都市東山区の清水寺本堂、所謂"清水の舞台"から崖下へと転落して死亡した人物の遺体を指します。SCP-XXX-JPの転落死から約50日以内のある時点において、SCP-XXX-JPを肉眼で直接視認できる範囲にいる人物全員が一斉に後述の異常性を発現します。この異常性を発現した人物をSCP-XXX-JP-Aと指定します。
SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JPの摂食を試みます。摂食は基本的にはSCP-XXX-JPに直接噛みつくという方法で行われますが、周囲に刃物や鈍器がある場合、肉を切り分ける、骨を砕くなど摂食に適した状態への加工が行われることもあり、更には火で炙る、熱湯で煮るなどの原始的な"調理"が行われた例もあります。摂食の対象は臓器、体液、体毛、骨、歯、爪などを含むSCP-XXX-JPのあらゆる組織に及びます。SCP-XXX-JP-Aは一連の食人行為に対して一切の躊躇を示すことはなく、外部から制止を試みると激しく抵抗します。
SCP-XXX-JP-Aの異常性は発現後3時間から6時間程度で消失します。SCP-XXX-JP-Aの消化器内および排泄物からは、摂食されたSCP-XXX-JPは検出されません。
異常性消失後のSCP-XXX-JP-Aは自身が食人行為を行ったという事実を認識しておらず、SCP-XXX-JPについて問い質すと、自身が摂食したのではなく"無数の手を持つもの"が出現して持ち去ったのだと主張します。"無数の手を持つもの"についての証言は断片的ですが一貫性は保たれており、また全てのSCP-XXX-JP-Aが概ね共通の証言をすることから、少なくとも単なる作話ではないようです。

19██/██/██に出現したSCP-XXX-JP-B。
SCP-XXX-JP-Bは、それ自体には異常性のない木造千手観音立像です。SCP-XXX-JP-Bは、SCP-XXX-JP-AによるSCP-XXX-JPの摂食から約一週間以内に、京都市東山区蓮華王院本堂、所謂"三十三間堂"内の千手観音立像1001駆に紛れ込んだ状態で出現します。外見や材質は三十三間堂に元々存在する千手観音立像と大差ありません。年代測定の結果は、SCP-XXX-JP-Bが最近になって製作されたものであることを示唆しました。
SCP-XXX-JPの一部がSCP-XXX-JP-Aに摂食されずに残った場合、 SCP-XXX-JP-Bはその残った部位に相当する部位を欠いた状態で出現します。SCP-XXX-JPの約二割以上の部分が残された場合、SCP-XXX-JP-Bは出現しません。
サイト-8167を訪れるのは久しぶりのことだった。若狭湾に面して構えられた広大な敷地の一角。小柄な身体に見合わない大きなバックパックを背負って、赤村香は収容区画を歩いていた。
「それにしてもお久しぶりです、赤村さん。お変わりありませんでしたか」
左手に持った小型のタブレット端末が、流暢な合成音声で話しかけてくる。そう、この声を聞くのも随分と久しぶりだ。
「うん。貴方は随分と軽くなったね、神州。ダイエットした?」
「よりスピーディでインタラクティブな収容状態管理の実現のため、任意の電子端末を私の“子機”として使えるようにする機能が開発されました。まだ試用段階ですが」
「へえ、技術の進歩は目覚ましいね」
話をしているうちに赤村と神州は第四大型収容庫へ到着した。 冗談っぽく言う赤村の視線は、目の前の大きな収容対象に移った。
「これは」
赤村は息を呑んだ。驚いた様子の赤村に代わって、神州が言葉を続けた。
「暫定識別名"フランダー"。所謂、空飛ぶ円盤です」
赤村香は幼い頃にUFOを見た。
学童期の彼女は引っ込み思案で、級友と外を走り回るよりも図書室で本を読んで過ごすのが好きな子供だった。もしも当時の彼女が世界文学全集だとかそういった類の書籍に心をときめかせていたのなら、稀代の才媛、あるいは深窓の文学少女ともてはやされたかもしれない。しかし、彼女の愛読書に登場するのは電車に重機に高層ビルに宇宙ロケット。文学や「女性らしさ」とはおおよそ無縁のラインナップであり、大和撫子的讃辞などは望むべくもなかった。要するに幼い彼女は所謂「男の浪漫」にいたく共感する少し変わったオンナノコだったのであり、その点は大人となった今でもなんら変わっていない。
小学四年生の夏休み、家の近くを一人で探検していた彼女は、林の奥で異様な存在感を放つ奇妙な金属体に出くわした。乗用車程度の大きさのそれは鈍い銀色で、その特徴的な形状に私は見憶えがあった。アダムスキー型。ものの本で何度も写真を見たことがあるから間違いない。どこからどう見ても、それは空飛ぶ円盤だった。彼我の距離三メートルほどまで近付くと円盤の底面が穏やかに光り、空中へと浮揚した。
なんだか急に怖くなって、その場から駆け足で立ち去った。見てはいけないものを見てしまったような気がしたのだ。逃げる赤村の背後で、円盤はあっという間に高度を上げていった。祖父母の家に戻ってからも、林で見たものについては誰にも話さなかった。
胸の内に秘めた衝撃的な目撃談は、やがて夏の思い出の奥底へ薄れていった。円盤がその後どうなったのかは、彼女の知るところではない。
神州の合成音声がつらつらと説明する。
「海軍航空技術廠、通称空技廠はその名の通り航空機に関する技術開発を担当した旧日本海軍の研究機関ですが、この空技廠に超常的な航空技術に関心を抱く極秘の部門が存在したことは一般には知られていません。特務支廠と呼ばれたそれは若狭湾を望む舞鶴航空基地の近傍に在り、航空機の常識を超えた秘密兵器の研究開発を目標としていました。しかし目立った成果も上げられず大戦は終結。未完成だった数々の試作品のほとんどは財団われわれに収容されたか、あるいは連合に破壊されたのですが、 その手を逃れたものも幾つかあったようで」
「それが、これ?」
赤村は目の前の"フランダー"を指差して言った。これを奇遇と言わずなんと呼ぼう。無人の格納庫の中でひとつだけ鎮座していたその機体は見間違えようもなく、あの日に赤村が見たUFOと全く同じ見た目をしていた。
「フランダーは三日前に若狭湾の海底に横たわっていたところを発見され、引き揚げられました。件の試作機の一部はNIGHT17の手に渡って研究が続いていたという情報もあるので、これもそのひとつかもしれません。まだ調査中ですが」
あの日の記憶が鮮明に甦る。入道雲をバックに視界を横切った円盤。あいつはまるで氷の上を滑るように空を飛んでいた。あのときは怯んですぐ逃げてしまったけれど、あのときの円盤が今、再び目の前にある。
しばし呆気に取られていると、神州が話しかけてきた。
「赤村さん、さては飛ばしてみたいとか思っていますね」
「いや、別にそんなことは」
「ずっと海水に浸かっていた機体ですが、驚くべきことに現状でも動作するそうです。極めて不安定ですが、浮かぶくらいはできるとか」
「まさに"もがき回るflounder"ってことね。私は今からこいつの整備をすればいいの?」
「整備というより調査ですね。追って詳しく説明しますが、フランダーの内部構造を解明するための調査班の編成が進められています。旧軍の研究成果には未だ謎が多いですから」
「にしても、なんでそのチームに私が」
「私から推薦させていただきました。この任務に最も相応しい技量を持った技師の一人として」
「あはは、買い被りすぎだよ。照れるなあ」
赤村は少し恥ずかしそうに苦笑いした。
「方位3-1-0、距離10海里の海上に複数の未確認船舶を補足。編隊を組んで真っ直ぐ当サイトへ接近中。速度約30ノット。約20分後に当サイトへ到達します」
司令室にざわつきが走った。その報告の意味するものはふたつにひとつ。不審船が縦横無尽に張り巡らされたレーダー網を潜り抜けて領海内まで接近したか、あるいはその場に忽然と出現したか。室長は落ち着き払った様子で、砂糖を多めに入れたコーヒーのマグカップを机に置いた。
「哨戒機を出動させろ。情報収集を急げ」
「たった今、舞鶴から海自のヘリが緊急発進スクランブルしました」
「すぐにNIGHTと連絡を取れ。状況を鑑みるに恐らくウチの管轄だろう」
「未確認船舶の高度が上昇。300フィート、500フィート、まだ上がります」
未確認船舶は未確認飛行物体UFOに変わった。もう一度、室内が小さくざわついた。
「沿岸に接近すると一般人に目撃されかねない。早急に隠蔽と迎撃の準備を」
「敵編隊の発したと見られる通信電波を受信。なんらかのメッセージらしき情報を抽出しました」
「解析を急げ!」
「敵機予想進路に反ミームスモッグAMS領域を展開。領域内への敵機侵入と同時に邀撃します」
「哨戒機より報告。敵機は円盤状の飛行物体。少なくとも4機の存在を確認。映像出ます」
モニターに映し出された敵の姿を見て、司令室は息を呑んだ。そこにいたのが、あまりにも絵に描いたようなUFOだったからだ。
妨害電波より抽出されたメッセージ:
RELEASE OUR COMRADE
WE ARE UNWILLING TO FIGHT
WE ARE SCIPHERE(我らが同志を解放せよ
我らは争いを望まない
我らは艦隊である)
「プタミガン、AMS領域内にて敵編隊と交戦中。既に3機を撃墜しました。1機です」
「よし。撃ち漏らすなよ」
「敵機、急激に速度上昇。80ノットまで加速」
尻尾を巻いて逃げ出した。見方によってはそう映る光景だった。このまま一気に蹴りをつけようと、指令室内の誰もが思っていた。次の瞬間に届いた突然の無線通信を聞くまでは。
「HQ、HQ、こちらプタミガン。敵機が突然姿を消した。目標を喪失。指示を願う」
時を同じくして、司令室のオペレーター達は、未確認飛行物体のレーダー反応が跡形もなく消えていることに気づいた。
「HQよりプタミガン。そのまま待機せよ。敵機がすぐ再出現する可能性もある。警戒を怠るな」
「異常観測班より報告。若狭湾上空にて大型ワームホールの生成と消失を観測。位置と状況から見て消失したUFOによるワープの痕跡と思われます」
報告を読み上げる若いオペレーターの声は、驚きを隠しきれていない様子だった。
「別地点でワームホール生成の兆候を観測。位置は」
モニターの地図に表示されたひとつの点に、司令室は息を呑んだ。
「サイトここの真上です」
反射的に、オペレーターの一人が操作盤の赤いボタンを押した。サイト-8167にけたたましいアラートが鳴り響いた。
警報を聞いた直後、赤村は咄嗟に窓の外を見た。海の上からこちらへ飛んでくる影があった。影はみるみる大きくなって、次第にその姿を現していく。
「嘘」
信じられないことが起きた。AMS特有の“陽炎”を背景に、もう1機の空飛ぶ円盤がやってきた。地上で火を噴く機関砲の掃射を潜り抜けながら、腹から何かを投下した。それは円筒形で、先端の尖った……。
爆弾だ。こっちに来る。
爆発音と共に、赤村の小柄な身体は吹き飛ばされた。
コンクリートの破片を背中のアームで押しのけて、瓦礫の山からなんとか這い出る。爆発の直撃は免れたらしいが、建物は半壊して壁と天井が吹き飛んでいる。
見上げると、丁度頭上に円盤がいた。
「迎えに来たんだね、フランダーを」
答えはない。
「でも、本人は帰りたくないってさ。私達も帰すわけにいかない」
円盤は赤村の頭上へと光を照射した。光を浴びた周囲の瓦礫が宙へと浮かぶ。同時に、赤村の身体も。赤村の脳裏には、オカルト雑誌で憶えたひとつの単語が思い浮かんでいた。アブダクション。UFOによる連れ去り。
咄嗟に背中のアームを伸ばし、大きな瓦礫をがっしりと掴む。しかし降り注ぐ光は無情にも瓦礫ごと赤村を持ち上げる。浮いた身体は徐々に上昇速度を速めていく。円盤との距離が刻一刻と縮んでいく。ここまでか? 違う。そんな訳があるか。まだこんなもんじゃない。財団の技術力を、私の可愛い機械腕アーム達を……
「舐めるなァァ!」
それ自体にはなんの効果も無いと知りながら、有らん限りの大声で叫ぶ。主人の絶叫に呼応するかのようにして、アームの油圧駆動が激しく唸って耳をつんざく。上昇の先に待ち受ける開口部の縁に「紀伊」と「K」でしがみつく。こちらを呑み込まんとする力に抗いながら、余った「空」の角度を調整する。先端部を閉じて拳を作り、開口部のど真ん中に向けて突き出す。
「喰らえ!」
大量の噴煙と爆音を伴って、「空」の拳がアームから離れ、猛スピードで飛んでいく。ロケットエンジンの推進力で開口部へと突入した拳は、次の瞬間には円盤を貫通して反対側から飛び出ていった。
激しく姿勢を崩した円盤は赤村を振り払って、よろよろとどこかへ飛んでいく。一瞬の無重力の後、赤村の身体は重力加速度に従って落下を始める。ああ、そういえば私は今、結構な高さに居るのだった。このまま地面にぶつかるのは痛いな。なんとか骨折程度で済めばいいけど。妙な諦念と共に自由落下していく。
落下は、予想よりずっと早く終わった。体感で一メートルも落ちないうちに、ひんやりとした堅い平面にどさりと着地した。拍子抜けな感覚に呆然としたまま身を起こしてみると、横たわっていた平面の正体はフランダーだった。フランダーはふわふわと静かに低空を飛んでいた。
「ありがとう。助かったよ」赤村は銀色に光る円盤の肌を撫でた。「なんだ、きみ、こんなに上手に飛べるんだね」
背後で爆発音がした。さっきの円盤にロケット弾が直撃した音だった。円盤は瞬く間に高度を落として、墜落と同時に爆発炎上した。
(エレクトロニック・ララバイ、あるいはハデスの三頭犬を飼い慣らすためのオルフェウス的方法論における現代的電子楽器の応用)

参考画像: テルミン。1920年にレフ・テルミンによって発明された、世界初の電子楽器です。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Keter Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはエリア-81██の隔離セクター-XXX内の収容房に収容します。セクター全域の別途規定する箇所にテルミンとその自動演奏装置を設置し、常に演奏を継続してください。演奏する楽曲はフランツ・シューベルト作曲"子守歌"D498とします。
同時に3箇所以上でテルミンの演奏が途絶えた場合、またはSCP-XXX-JPの収容違反警戒水準が3以上となった場合、セクター内の超弦性次元安定器を起動します。物理法則の破綻を避けるために、次元安定器の連続稼働は6時間以内に制限されることに留意してください。SCP-XXX-JPの収容違反が発生した場合、再収容確立までの間、SCP-XXX-JPは暫定的にKeterクラスに再分類されます。
SCP-XXX-JP-Aの内容はセキュリティレベル1/XXX-JPの秘密情報として扱われます。
説明: SCP-XXX-JPはイヌ(Canis lupus familiaris)に似た生物個体です。SCP-XXX-JPは1968/05/19、トルクメニスタンSSRダルヴァザ近郊にて初めて確認されました。SCP-XXX-JPと通常のイヌとの外見上の明らかな相違点として、体高2.2mと極めて大型であること、横並びに3個の頭部を持つことが挙げられます。SCP-XXX-JPは非常に凶暴であり、人間を含む他の生物に対して積極的に襲いかかり殺害しようとします。SCP-XXX-JPは生存のために摂食を必要とせず、また、高度な再生能力を有しています。
SCP-XXX-JPは任意の物質を透過することができます。物質の透過は、高次元的空間へのSCP-XXX-JPの一時的な移動を介して実現されていると見られています。各々の物質に対して、透過するか接触するかはSCP-XXX-JPが自在に選択しているようであり、障害物となる壁などは透過して回避する一方、他の生物を攻撃する際は顎で噛みつく、脚で踏みつけるなどの物理的接触を伴う行動を取ります。この異常特性はSCP-XXX-JP確保当時には確認されておらず、1975年になって初めて確認されました。
SCP-XXX-JPは、音楽の演奏を聴かせることによって沈静化することができます。適切な演奏を聴かせた場合、SCP-XXX-JPの凶暴性が減弱し、動作が緩慢になり、場合によっては睡眠に入ります。鎮静作用の強弱は演奏する楽曲や楽器、演奏の巧拙によって変化しますが、変化の正確な基準は不明です。これまでの実験において最も強い鎮静作用が確認されている楽器は竪琴電子楽器の一種であるテルミンであり、楽曲はシューベルトの"子守歌"です。

SCP-XXX-JP-A(検閲済)。
SCP-XXX-JP-Aは"エレクトロニック・ララバイ、あるいはハデスの三頭犬を飼い慣らすためのオルフェウス的方法論における現代的電子楽器の応用18"と題された英語の論文です。SCP-XXX-JP-Aは1982/07/09、京都大学図書館にて、A4サイズのコピー用紙5枚に両面印刷された状態で発見されました。5枚のコピー用紙はページ順に重ねられ、ステープラーを用いて綴じられていました。
SCP-XXX-JP-Aは一般的な学術論文の形式を取っているものの、学術論文には適さない主観的な表現や非論理的な推論が多数見られます。著者名はIvan Ivanovich19となっていますが、個人の特定には至っていません。主な内容は、SCP-XXX-JP20沈静化のための演奏にテルミンを用いることで、従来の竪琴を用いる方法よりも遥かに強い鎮静作用が得られると主張するものです。また、附随してSCP-XXX-JPについての詳細な解説が記載されていますが、それらは全て財団の秘密情報として管理されているものです。
SCP-XXX-JP-Aの発見後に行われた実験により、テルミンの演奏が実際にSCP-XXX-JPに対する強い鎮静作用をもたらすことが判明しました。テルミンの演奏が維持されている限りにおいて、SCP-XXX-JPが目を覚ました例はこれまで存在しません。実験結果を受けて、収容のために用いる楽器を竪琴からテルミンに変更するよう特別収容プロトコルが改訂され、同時にオブジェクトクラスについてもKeterからEuclidに再分類されました。
特筆すべき点として、SCP-XXX-JPの沈静化にテルミンを用いる実験はSCP-XXX-JP-A発見前にも試みられています。その際に得られた結果では、テルミンによる鎮静作用は竪琴などの楽器に比べると弱く、収容に実用できるほどのものではありませんでした。
SCP-XXX-JP-Aには参考文献として別の論文11報の題名、著者名、発行年が記載されています。以下はその題名と発行年のリストです。著者名は全てIvan Ivanovichとなっています。
- 最適化されたシュリーマンの方法論による古代神話の再評価(1967)
- ケルベロス、あるいは3個の頭部を持つ神話的番犬の実在性と生態(1968)
- ハデスの三頭犬の不死性についての考察(1970)
- 猛犬から身を守るためのオルフェウス的方法論と伝統的弦楽器の有効性(1972)
- 財団によるケルベロスの捕獲に対する法的、倫理的および神学的観点からの弾劾(1974)
- 五次元的迂回によって三次元物質との接触を回避するための魔術的原理の究明(1975)
- [編集済]
- ケルベロス脱走事例の統計分析に基づく黙示録的事象発生の可能性の評価(1978)
- ミンコフスキーの檻、あるいは離散的世界線の微分可能化技術を応用した高次元迂回現象阻害のメカニズム(1978)
- [編集済]
- [編集済]
これらの論文がSCP-XXX-JP-Aと同様の方法で出現している、あるいは今後出現する可能性を考慮して世界的な調査が行われていますが、現在に至るまでいずれの論文も発見されていません。
- scp-jp
- euclid
- 動物
- 犬
- 文書
この下書きはリサイクルコンテスト2018にてSCP-1682-JP-EXへと生まれ変わりました。

SCP-XXX-JP-1出入口の外観。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 基底世界側のSCP-XXX-JP-1出入口周辺を常に監視し、関係者以外の内部への侵入を防いでください。SCP-XXX-JP-2には複数の監視カメラを設置し、24時間体制で事象XXX-JP発生を監視するとともに、周辺海域に異常がないか確認し続けてください。
SCP-XXX-JP-2から回収された物品のうち、SCP-XXX-JP-Aはサイト-L7に、SCP-XXX-JP-Bはサイト-81██に収容されています。その他の回収物の保管状況については付属文書XXX-JPを参照してください。
説明: SCP-XXX-JP-1はサハリン島のネヴェリスコイ海峡沿岸に存在する、地下へと降る螺旋階段です。SCP-XXX-JP-1は金属製で、出入口を覆うようにして簡素な木造の小屋が建っています。SCP-XXX-JP-1内部は平行世界へと繋がるポータルとなっており、SSUIS2世界重複21に分類されます。

SCP-XXX-JP-2灯塔の内観。
SCP-XXX-JP-2は平行世界内に存在する建造物です。SCP-XXX-JP-2は内部構造も含めてケリ灯台(Keri tuletorn)22に酷似していますが、特筆すべき相違点として以下の2点が挙げられます。
- 実際のケリ灯台に見られる北側壁面の大きな損傷が存在しません。
- 灯塔には回廊部分への出入口が存在せず、内部の螺旋階段はSCP-XXX-JP-1と連続的に接続しています。
SCP-XXX-JP-2は周囲を海洋に囲まれた岩礁上に建っており、少なくとも半径10海里以内の範囲に他の陸地は存在しません。最上部の灯火は常に消灯しています。内部は無人ですが、家具などの多様な物品が残っています。
SCP-XXX-JPは1825年、当時のサハリン島を統治していた松前藩によって発見され、蒐集寮23の管理下に置かれました。発見当時、蒐集寮はSCP-XXX-JP-2より100点以上の雑多な物品を回収しましたが、そのうち異常性を確認されている回収物は以下に示す2種10点のみです。現在、全ての回収物は財団が保有しています。詳細については附属文書XXX-JPを参照してください。
- SCP-XXX-JP-A: 異常に高い耐久性および耐水性を示す6通のロシア語の書簡であり、それぞれSCP-XXX-JP-A-1から-6と指定されています。使用されている紙の年代測定および文面の言語学的分析から、18世紀末から19世紀初頭頃に書かれたものと判明しています。SCP-XXX-JP-A-6のみ、他の5通と比較して明らかに筆跡が異なります。
- SCP-XXX-JP-B: リョコウバト(Ectopistes migratorius)と近縁な未知の鳥類の白骨化した死骸です。死骸は全部で4個体分あり、それぞれSCP-XXX-JP-B-1から-4と指定されています。回収時は金属製の鳥籠に入っていました。右脚部に金属製の筒が取り付けられていることから、伝書鳩として使用されていたと推測されています。
補遺1: 以下はSCP-XXX-JP-Aの内容の日本語訳です。
SCP-XXX-JP-A-1:
第六十六次定期報告の内容の重要性を鑑み、サンニコフ行政府は極東海域への特別調査団派遣を決定した。調査結果は半年以内に確定する予定である。貴官は通常業務を維持されたし。
SCP-XXX-JP-A-2:
サハリン島半離脱領域の急激な縮小は由々しき問題であるが、現時点では状況が明確でなく、遺物(липсано24)の更なる活性化は尚早である。通常業務の範囲で冷静に対処し調査終了を待て。
SCP-XXX-JP-A-3:
調査が完了した。特別調査団の報告を鑑みるに、誠に遺憾ながらサハリン島の離脱実現は極めて困難な状況となった。そちらの状況を報告せよ。
SCP-XXX-JP-A-4:
同盟会議はサハリン島の離脱および同盟加入の断念を決定した。直ちに遺物回収のための使節を派遣するので待機せよ。灯台守の任は遺物回収の時点で終了する。貴官も使節と共に帰国されたし。
SCP-XXX-JP-A-5:
派遣した使節より、極東オホーツク海域における虫喰(черветочина)の異常発生により灯台への到達が不可能であるとの報を受けた。こちらとしては虫喰の収束を待たざるを得ない。待機せよ。
SCP-XXX-JP-A-6:
サハリンの離脱という大命を果たせなかったこと、重ね重ねお詫び申し上げます。自身の不甲斐なさに忸怩たる思いを堪えきれません。このところ毎日のように起こる虫喰もきっと私への罰でしょう。サハリンは灯台だけ残してすっかり実存世界へと戻ってしまい、食料の備蓄ももう尽きました。本来であれば灯台守として使節到着まで待機するべきところですが、私の身はもう長く持ちそうにありませんので、この書き置きのみを遺して逝くことをお許しください。現に今も意識が朦朧と[以下判読不能]
[以下、筆跡が前半と異なる]サンニコフの皆様、御機嫌よう。本場の蟹でも戴こうかと南の海からぶらり立ち寄ってみましたが、なにやらお困りの様子。皆様の船はいまだ虫喰で立ち往生していらっしゃるようですから、遺物は我々が代わりに拝借しておきます。部屋の中で斃れておられた可哀想な灯台守の方は丁重に水葬いたしましたからご安心ください。トゥーレの導きのあらんことを。
ABC
- scp-jp
- euclid
- 動物
- 鳥
- 建造物
- 死体
- 文書
- 異次元
- 幻島同盟
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JP出現地点は財団によって隔離されています。SCP-XXX-JPに接近する際は必ずゴム製の手袋を装着し、素肌がSCP-XXX-JPに触れることがないようにしてください。常にSCP-XXX-JP出現地点付近に存在する航空機を監視、誘導し、SCP-XXX-JPと航空機との接触を防いでください。
説明: SCP-XXX-JPは[編集済]上空に出現する、直径約3cm、長さ不明25の1本の白色の繊維です。SCP-XXX-JPは異常に高い強度を示します。また、SCP-XXX-JP表面に生体組織などの有機物が接触すると、両者は強力に接着します。SCP-XXX-JPに損傷を加える試みやSCP-XXX-JPに接着した物体を引き剥がす試みは一切成功していません。
SCP-XXX-JPは上空より垂れ下がってくるようにして出現し、先端が地表から0.5m程度の位置に達した段階でその場に静止します。物体が接着するなどしてSCP-XXX-JPに約36kg以上の負荷がかかった段階で、SCP-XXX-JPは出現時とは逆に上空へと上昇を開始します。上昇の速さは、初めは5m/s程度ですが徐々に加速し、2000m程度上昇した段階で音速(約340m/s)を突破します。明確な観測に成功していない26ため詳細は不明ですが、SCP-XXX-JPは10000m程度上昇した後に消失しているものと推測されています。消失から約6年が経過した後、同じ地点にSCP-XXX-JPが再出現します。
SCP-XXX-JPは1945年に旧蒐集院より財団に移管されました。移管当時、SCP-XXX-JP出現地点に存在した███村という集落では、SCP-XXX-JPを用いた"おのぼり"と呼ばれる風習が、旧蒐集院の監視下で続けられていました。SCP-XXX-JPの財団への移管後、カバーストーリー「GHQ指令」の下で███村全住民の移住が実行されたことでこの風習は消滅しました。以下のインタビューは移住開始直前に███村の住民である██氏に対して行われたものです。
インタビュー記録XXX-JP-██
実施日: 1945/██/██
対象: ██ ██氏
インタビュアー: 烏森研究員、蟹江収容技師
附記: ██氏は当時の███村のコミュニティ内において中心的な立場にありました。蟹江技師は旧蒐集院時代に、奉斎官としてSCP-XXX-JPの管理と"おのぼり"の監視を担当していました。烏森研究員および蟹江技師は、村民に対して内務省職員を称しています。
<記録開始>
烏森研究員: ██さん、この村の"おのぼり"という儀式について聞かせてください。
██氏: 6年に一度、空から糸が垂れてきます。そうすると村の者から1人を寄合で選んで、その者を糸に掴まらせる。すると糸がどんどん上に昇っていく。その様子を村総出で見守る。そういう行事です。
烏森研究員: 糸に掴まる1人というのは、どのように選ぶのですか。
██氏: 毎回まちまちです。希望する者がいればそれを聞くこともあります。ですが大抵は、そのとき村で一番歳を取った者か、重い病を患った者が選ばれます。
烏森研究員: それは、要するに口減らしということですか。
██氏: とんでもない。そんな理由で続けるものか。
烏森研究員: では、どういう理由なのですか。
██氏: あの糸は雲の上の極楽浄土から、お釈迦様が差し伸べてくださる糸なのです。ですからあの糸に掴まっていれば、やがて極楽に辿り着く。"おのぼり"をすれば、私達の父母、兄弟を迷わず極楽へ送り届けることができます。
烏森研究員: しかし、あの糸に掴まった人間は……。
[蟹江技師が身振りで研究員の発言を制止する]
烏森研究員: 失礼。では、この風習は一体いつ頃から……。
██氏: それより、村の移住の件ですが、どうにか勘弁してもらえませんか。
蟹江技師: こちらとしても心苦しいですが、連合国の方針ですから、私達ではどうにも。
██氏: 頼みますよ。村を離れたらもう"おのぼり"はできなくなる。お国が戦争に負けて、故郷を追われて、その上極楽にも行けなくなったら、私達はもうどうしたらいいのか。
蟹江技師: 勿論、必要な補償は致します。移住先も確保していますし……。
██氏: お願いします。移住が避けられないなら、せめてもう一度だけ。もう一度糸が垂れてくるまで待っていただけませんか。
烏森研究員: 待ってどうするのですか。
██氏: 私自ら極楽浄土に昇ってゆき、お釈迦様に嘆願いたします。散り散りになる村の者達を、どうかお救いになるようにと。
烏森研究員: 今日の会談はここまでにしましょう。移住の準備を進めておいてください。ではまた。
<記録終了>
当インタビュー実施より2日度、███村の全住民に対するクラスA記憶処理が実行されました。移住は滞りなく進行し、半年後に全住民の移住が完了しました。
- scp-jp
- safe
- 破壊不能

事案XXX-JP-01後のSCP-XXX-JP。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはサイト-8175の低危険性非生物収容ロッカー内に収容されます。取扱いは標準非生物収容プロトコルに準じてください。
説明: SCP-XXX-JPはウォルナット製の箪笥です。現在、SCP-XXX-JP自体は一切の異常特性を有していません。
再分類前の説明: SCP-XXX-JPは出自不明のアジア人女性です。
SCP-XXX-JPは自身以外の生物個体(以下、対象と言う)を任意の姿に変身させる能力を有しています。この能力はSCP-XXX-JP自身の口唇と対象の口唇(あるいは口唇に相当する、口の周囲の領域)とを触れ合わせることによって発揮されます。SCP-XXX-JP自身の口唇と変身後の対象の任意の部分とを触れ合わせることによって、対象は元の姿に戻ります。
能力の特性上、対象は口、あるいは口に相当する器官を有する生物に限られるものと見られます。口唇同士を触れ合わせることで必ず変身が起こるのではなく、能力の発揮にはSCP-XXX-JPの意志が必要です。変身の結果は生物、無生物を問わず様々ですが、変身前後の質量変化は常に1%以内に収まっています。対象が衣服を着用していた場合、衣服も共に変身します。変身解除後の対象は、変身していた間の記憶を有していません。
SCP-XXX-JPは、機動部隊と-3("マングース")による要注意団体"蛇の手"の分派の拠点のひとつに対する急襲作戦の際に発見されました。この急襲作戦において機動部隊員1人、蛇の手の構成員██人が戦死、SCP-XXX-JPを含む10件の異常物品が確保されました。
確保以来、SCP-XXX-JPは財団に対して非協力的な態度を維持しています。このためSCP-XXX-JPの能力についての実験は滞っており、その性質には多くの不明点が残っています。
事案記録XXX-JP-01: ████/██/██、SCP-XXX-JPはプロトコルに則って配給された食事に附属していたステンレス製スプーンに対して自身の口唇を触れさせました。直後、SCP-XXX-JPは同質量の箪笥に変化。スプーン表面に映った自身の鏡像の口唇部分に口唇を触れ合わせることによって、SCP-XXX-JP自身に対して能力を発揮したものと見られます。
変身後のSCP-XXX-JPは、各種検査の結果、いかなる異常性も確認されませんでした。これを受けてSCP-XXX-JPはSafeクラスに再分類されました。なんらかの要因で変身が解除される可能性も否めないとの理由から、Neutralized分類は見送られました。

SCP-XXX-JPの花。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: ここに特別収容プロトコル。
説明: SCP-XXX-JPはチョウセンアサガオ(Datura metel)に似た外見の植物です。SCP-XXX-JPは現在エリアXXX-JPと指定されている地下建造物内、地下2階以下の階層に群生しています27。エリアXXX-JP内の環境は日照や土壌などの条件において通常のチョウセンアサガオの生育には不適ですが、SCP-XXX-JPはこの環境下において問題なく生育します。
SCP-XXX-JPの発芽から開花に至るまでの生長速度は極めて急速であり、発芽から平均して50時間前後で開花します。開花後の生長速度は通常のチョウセンアサガオと同様か、やや遅いものとなります。開花後のSCP-XXX-JPは受粉を経ることなく結実し、裂開した果実の内部から出た種子からは新たなSCP-XXX-JP個体が出芽します。この繁殖方法ゆえに、全てのSCP-XXX-JP個体は同一の遺伝情報を持ちます。
SCP-XXX-JPの葉からは、アトロピンを始めとする複数のトロパンアルカロイドが多量に放出されます。このアルカロイドの組成自体は通常のチョウセンアサガオに含まれているものと同一です。アルカロイドの飛散によりSCP-XXX-JP周囲の空気は有毒成分を高濃度で含むこととなり、この空気を吸引した場合、口渇、意識混濁、幻覚、錯乱といった中毒症状を呈し、重篤な場合は呼吸困難により死に至ります。
SCP-XXX-JPのゲノムは複数の点においてチョウセンアサガオとの類似が見られるものの、全体としては大きく異なっています。特筆すべき点として、SCP-XXX-JPのミトコンドリアゲノムはヒト(Homo sapiens)のものとほぼ完全に一致します。しかしながら、そのハプロタイプは既知のいかなるミトコンドリアハプログループにも属さないものです。
エリアXXX-JPの最下層である地下7階には、SCP-XXX-JP-Aと指定される1体の人型実体が存在します。SCP-XXX-JP-Aの外見は10代の女性のように見え、衣服は身に着けていません。SCP-XXX-JP-Aは発見時から現在まで継続して昏睡状態にあります。SCP-XXX-JP-Aの全身、とりわけ腹部より下の部位からは、多数のSCP-XXX-JP地上部が直接生えています。このSCP-XXX-JP地上部はSCP-XXX-JP-Aの身体に根を張っている、あるいは寄生しているというわけではなく、SCP-XXX-JP-Aの連続した身体の一部です。このSCP-XXX-JP地上部から生じた種子からは、新しいSCP-XXX-JP個体が出芽します。SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JPと同一の遺伝情報を持ちます。またSCP-XXX-JP-Aは周辺環境よりやや高いヒューム値を示すことから、なんらかの現実改変能力を有している可能性が高いと見られています。SCP-XXX-JP-Aは、全てのSCP-XXX-JP個体の起源であると推測されています。
SCP-XXX-JPが生息しているエリアXXX-JPは、京都府[編集済]の山中に位置する地上1階、地下7階からなるコンクリート製の建造物であり、元来は要注意団体"日本生類総研"の研究施設でした。20██/██/██に同施設に潜入していた諜報員であるエージェント・キャロルとの連絡が途絶えたために確認したところ、同施設がなんらかの要因によって壊滅状態に陥っていることが判明しました。その後、機動部隊による施設の探索が行われ、SCP-XXX-JPが発見、確保されました。
エリアXXX-JPの最初の本格的な探索は20██/██/██に行われました。無人機を用いた事前調査によってエリア内に有毒の空気が充満していること、および微弱な現実場の乱れが観測されたため、広範な特殊環境に対応可能な機動部隊い-13("毒箱猫")が投入されました。

初回探索開始直前の機動部隊い-13。
日付: 20██/██/██
探索部隊: 機動部隊い-13("毒箱猫")
部隊長: い13-Cap
部隊員: い13-1 / い13-2 / い13-3 / い13-4
<記録開始>
い13-Cap: 20██年██月██日。日生研施設跡地の探索を開始する。番号。
い13-A: 1。
い13-B: 2。
い13-C: 3。
い13-D: 4。全員居ます。
SCP-XXX-JP-Aの右耳にはプラスチック製のイヤリングが付けられており、以下の文字が刻印されていました。
日本生類総研 W-002-F10
- euclid
- scp-jp
- 人間型
- 日本生類創研
- 植物
- 毒性
警告: 評議会決議14303号
この警告そのものも含め、当文書の内容に事前の承認なく編集を加えることは固く禁じられています。また、当文書の規定に反する行動を取ることはいかなる事情があっても許可されません。当文書に編集を加えるにはO5評議会の全会一致の承認が必要です。この点について一切の例外は認められません。

事例XXX-JP-01における再収容直前のSCP-XXX-JP。画像は対認識災害処理加工済。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはサイト-81██のレベル3収容房内に設置された、防音性に優れたアクリルケージ内に収容してください。ケージの素材に半透明の乳半アクリル板を用いることでSCP-XXX-JPを明瞭に視認することを妨げ、認識災害の影響を回避してください。収容手順は原則として標準鳥類収容プロトコルおよび標準認識災害オブジェクト収容プロトコルに従います。
SCP-XXX-JP収容房へ進入する際は、必ず進入から10分以内に退出するようにしてください。進入から10分後に侵入者の退出が確認できない場合、収容房内へのクラスC記憶処理エアゾール剤の散布が自動的に行われます。この処置の中断にはO5評議会の全会一致の承認が必要です。
説明: SCP-XXX-JPはゴイサギ(Nycticorax nycticorax nycticorax)の個体です。財団に初めて確保されてから少なくとも██年が経過しているにも関わらず、SCP-XXX-JPは老衰の兆候を一切示していません。また、SCP-XXX-JPは後述のように異常な精神影響性を有しています。この2点を除けば、SCP-XXX-JPに通常のゴイサギとの差異は見受けられません。
SCP-XXX-JPを視認した人物(以下、対象と呼ぶ)は、SCP-XXX-JPのことを、"SCP-XXX-JPの所有者(飼い主)が属する組織における最も高い地位を持つ存在"であると認識します。現在SCP-XXX-JPは財団の収容下にあるため、対象はSCP-XXX-JPをO5評議会の一員であると認識することとなります。認識災害の影響は財団やO5評議会の存在を知らない対象にも及びますが、その場合、対象はSCP-XXX-JPに対して"自分よりもはるかに偉い存在"であるという漠然とした認識を持ちます。
SCP-XXX-JPを視認したままの状態で、SCP-XXX-JPの鳴き声を聴いた対象は、約15%の確率で第二の認識災害の影響下に入ります。この状態に入った対象をSCP-XXX-JP-Aと指定します。SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JPを"雪客王正五位上源路鳥朝臣28"、自身を"雪客王の後見人"と称するようになると共に、SCP-XXX-JPからその全ての権限の行使を委任されていると主張して、尊大な態度を取るようになります。SCP-XXX-JP-Aの姿を視認した人物や声を聴いた人物はその主張を疑わず、結果として必然的にその命令に従うこととなります。
SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JPを財団の収容下から解放することを目的として行動します。SCP-XXX-JP-Aの異常性は、SCP-XXX-JPの解放に成功するか、Cクラス記憶処理を施すことにより消失します。
収容違反事例XXX-JP-01: 当事例はSCP-XXX-JP-Aの存在を財団が認知する以前に発生しました。19██/██/██、Dクラス職員にSCP-XXX-JPへの身体接触を行わせる実験において、被験者D-812577がSCP-XXX-JP-Aとなりました。以下は当時の実験室内の監視カメラ記録の書き起こしです。
[実験室内中央の鳥籠の中にSCP-XXX-JPがいる。鳥籠の傍に被験者であるD-812577が立っている。SCP-XXX-JP主任研究員の川端博士が隣室より音声で指示を出している]
川端博士: では、鳥籠を開けてSCP-XXX-JPに触れてみてください。
D-812577: 解りました。
[D-812577が鳥籠に近付いたとき、SCP-XXX-JPが鳴き声を発する。その直後、D-812577が動きを止める]
川端博士: 何か変化はありましたか。
[5秒間沈黙]
川端博士: D-812577、応答してください。何か変化はありましたか。
D-812577: 実験は中止だ。
川端博士: なんですって。
D-812577: 私は雪客王正五位上源路鳥様の後見人にして全権代行者である。今すぐこの実験を中止せよ。これはO5命令である。
[3秒間沈黙]
川端博士: はい。畏まりました。実験は直ちに中止します。
D-812577: よろしい。では次にこの部屋の扉を開き給え。
川端博士: いや、しかし、そういう訳には。
D-812577: まだ解らないのか。これはO5としての命令だ。早くドアを開錠しろ。
川端博士: はい。
D-812577: そうだ、それでいい。
[実験室の扉が開く。D-812577がSCP-XXX-JPの入った鳥籠を持ち、実験室を退出する]
D-812577は隣室に進入し、室内にいた川端博士に対し特別収容プロトコルの改訂とSCP-XXX-JPの解放を命じました。川端博士はこれに従い、特別収容プロトコルを「SCP-XXX-JPの収容は必要ありません」という内容に改訂し、部下に命じてSCP-XXX-JPをサイト建造物の外で解放させました。SCP-XXX-JPがサイトから飛び去った直後にD-812577は異常性を喪失しました。この段階で初めてサイト管理部へ収容違反の発生が報告されました。逃げ出したSCP-XXX-JPの捜索がすぐに開始され、事例発生より2日後にSCP-XXX-JP再収容に成功。収容違反は収束しました。
当事例の発生によりSCP-XXX-JP-Aの存在が財団の知るところとなり、特別収容プロトコルが大幅に改訂されました。
インタビュー記録:
対象: D-812590(SCP-XXX-JP-Aに変化している)
インタビュアー: 中川研究員
付記: 認識災害の影響を避けるため、施錠された収容室内で対象をSCP-XXX-JP-Aに変化させ、別室より放送機器を介して一方的に対象に質問を行いました。質問に対する対象の受け答えは全て録音し、インタビュー終了後にDクラス職員を用いて文章に書き起こしました。
<録音開始>
中川研究員: D-812590、聞こえていますか。これから貴方に幾つかの質問をさせていただきます。
D-812590: なんだ、聞いているのか。早急に雪客王様を解放しろ。
中川研究員: まず、貴方は自身の身分を理解していますか。
D-812590: 私は雪客王様の後見人にしてO5権限の全権代行者である。
中川研究員: 目の前の鳥、それが何か解りますか。
D-812590: 軽率な発言は控えろ。ここにおわすは雪客王正五位上源路鳥様にあらせられるぞ。
中川研究員: そこの鳥がO5評議会のメンバーに選任されたという事実は存在しませんよ。
D-812590: 貴様、まだ雪客王様を愚弄するか。雪客王様は延喜の帝より正五位の位を賜りし、やんごとなき殿上人である。無位無冠の平民風情より位が高いことは火を見るより明らかなことであろうが。
中川研究員: なぜ、貴方は自身を後見人と名乗るのですか。
D-812590: 雪客王様に直々に任命されたからに決まっているだろう。ええい、もう話にならん。早く私と雪客王様をここから出せ。O5評議会の名の下に命じる。
中川研究員: なぜ、貴方はSCP-XXX-JPを解放しようとするのですか。
D-812590: 貴様は一体どこまで非常識なのだ。帝の宣旨もなしに殿上人を捕らえるとは無礼千万、その場で切り捨てられても文句は言えない蛮行であるぞ。だが慈悲深き雪客王様は寛大にも、自身を今すぐ解放し、跪き平伏して謝罪するのであれば貴様らの罪を赦してくださると、そう仰っているのだ。
[SCP-XXX-JPが鳥籠の中で激しく羽ばたく]
D-812590: これは貴様らのためを思って言っているのだぞ。さあ、早く外に出せ。雪客王様のお心の変わらぬうちにな。
[これ以降も質問が続くが、D-812590は全ての質問を無視してSCP-XXX-JPの解放を訴え続けた。発言内容に特筆すべき点は見られないため省略]
<録音終了>
終了報告: 質問終了後、D-812290は特殊首輪に内蔵された注射装置によりクラスC記憶処理を施され、問題なく異常性を喪失しました。
注意
SCP-JPシリーズX(SCP-9000-JPから-9999-JP)には当面の期間、蒐集院から移管したものの財団として確保、収容、保護することの妥当性について疑義のあるオブジェクトが暫定的に割り当てられています。その殆どは現在Explainedクラスへの再分類が検討中です。JPシリーズXの再分類のためにジョン・D・ランバート博士を委員長とする調査委員会が組織され、調査検討を進めています。1946/04/01を以て、JPシリーズXに割り当てられた全オブジェクトの再分類が完了しました。
アイテム番号: SCP-XXX-JP SCP-XXX-JP-EX
オブジェクトクラス: Keter Explained
特別収容プロトコル: 蒐集院による蒐集物覚書帖目録第三番(押収資料000013号)によれば、SCP-XXX-JPは京都市上京区の白峯神宮に安置され、毎月1回、白峯神宮において甲種慰霊儀式(押収資料100152号参照)が執り行われることとなっています。SCP-XXX-JP-EXは現在、サイト-L7(第七大図書館)第六階層に保管されています。閲覧を希望する職員はサイト-L7窓口に問い合わせてください。
説明: SCP-XXX-JPは、SCP-XXX-JP-001から-190の計190巻からなる巻物です。SCP-XXX-JPは仏教の経典「五部大乗経」の写本ですが、墨汁の代わりにヒトの血液を用いて書かれています。SCP-XXX-JPは1156年から1164年にかけて、日本の第75代天皇である崇徳天皇が自身の血液によって書いたとされています。蒐集院によれば、SCP-XXX-JPには非業の死を遂げた崇徳天皇の怨念が込められており、定期的に「慰霊儀式」を行わない場合、日本国内において大規模な天変地異や戦乱などの多数の死者を伴う事件が発生します。これが真実であればSCP-XXX-JPはKeterクラスへの分類が妥当であると考えられ、実際暫定的にそのようにされていますが、一方で蒐集院の主張するSCP-XXX-JPの性質は科学的根拠に欠けると指摘されています。現在、SCP-XXX-JPのExplainedクラスへの再分類が検討中です。
事件記録XXX-A:
1945/10/05: 調査委員会はSCP-XXX-JPに対する「慰霊儀式」の停止を提案。提案はハロルド・A・ヒーズマン特別高等弁務官により即日承認され、実行されました。その翌日、蒐集院時代にSCP-XXX-JPの担当であった八千草憲明博士(元蒐集院二等研儀官)が抗議声明を発しました。
八千草博士による抗議声明文:
財団調査委員会による甲種慰霊儀式中止に断乎抗議す
甲種慰霊儀式は蒐集物第三番の齎す殃禍を抑うるに不可欠なる手順ならば
其れを中止せしむるは本邦のみならず世界全土をも滅ぼす決断にして愚劣の極なり
即刻中止を撤回し甲種慰霊儀式を再開せよ二等研儀官 八千草憲明
1945/10/24: 財団特別使節団が駐屯していた蒐集院本部の地下室が崩落。当時地下室内では調査委員会の会議が開かれており、10人の委員のうちランバート委員長以下4人が生き埋めとなり死亡、6人が重傷を負いました。元蒐集院職員の間ではこの事件を慰霊儀式停止が原因であるとする風潮が高まり、元最高研儀官「七賢」が慰霊儀式復活を奨める提言を策定するに至りました。
1945/11/12: 福岡県の二又トンネルにてアメリカ軍が日本軍の隠匿していた火薬を処理していたところ大爆発事故が発生、死者147人を出す惨事となりました。慰霊儀式復活を求める声は使節団内部からも聞かれるようになり、自体を重く見たヒーズマン弁務官はアンドリュー・カウフマン博士に一連の事故とSCP-XXX-JPの関係性の調査研究と早急な事実解明を命じました。
1945/11/20: 内部保安部門は八千草博士およびその部下2人を拘束。部下2人にはSCP-███-JPを用いて地下室を崩落させた容疑、八千草博士にはそれを教唆した容疑がかけられていました。同日、八千草博士と部下2人が独居房内にて自己終了しました。
1945/11/23: アンドリュー博士は報告書を提出し、SCP-XXX-JPと一連の事件にはなんら関連性はないと結論づけました。これを受けSCP-XXX-JPのExplainedクラスへの再分類が決定しました。
SCP-XXX-JPの「脅威」は日本古来からの御霊信仰に基づくものであり、SCP-XXX-JP自体はいかなる異常性も持ちません。真に恐れるべきはSCP-XXX-JPではなく、日本の新しい職員達の我々に対する反感のほうです。
—アンドリュー博士の報告書より抜粋
1945/12/01: SCP-XXX-JPはExplainedクラスへ再分類され、アイテム番号SCP-XXX-JP-EXが割り当てられました。

SCP-XXX-JP。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe/Euclid/Keter
特別収容プロトコル: ここに特別収容プロトコル。
説明: SCP-XXX-JPは、コルトM1847ウォーカーと同型の回転式拳銃です。使用されている木材に対する放射性炭素年代測定の結果から、SCP-XXX-JPは1910年代以降に製造された模造品であると推定されています。
SCP-XXX-JPには弾丸が装填されていませんが、引金を引くと銃身内部に不可視のポータルが出現し、そこから初速度を持った弾丸が射出されます。このときの砲口初速は9km/sを超えます。弾丸射出時、SCP-XXX-JPは一切の反動を受けません。また射出された弾丸は激しい衝撃波を発生させますが、それによりSCP-XXX-JPが損傷を受けることはありません。
不明な原理により、SCP-XXX-JPの銃口はSCP-XXX-JPがいかなる状況にあろうとも常に北緯38度53分、西経77度3分の地点(地点XXX-JP)を向こうとします。地点XXX-JPはアメリカ合衆国コロンビア特別区(ワシントンD.C.)内、リンカーン記念堂の存在する地点です。毎年の聖金曜日29にSCP-XXX-JPに触れた人間(以下、使用者)は、SCP-XXX-JPを手に取り、地点XXX-JPに向けて弾丸を発射したいという強い衝動に駆られます。使用者は発射後約2日間昏睡状態となり、覚醒後1日以内に深刻な心神喪失状態となります。この状態から回復した例は現在確認されていません。
SCP-XXX-JPは1995/04/14、群馬県███市の農村部にある一軒の倉庫より弾丸が射出されたことで発見されました。このとき弾丸は地点XXX-JPの方角へ向けて射出され、衝撃波を発生させつつ、3km先の山の斜面に衝突して停止しました。射線上に存在した民家2棟が倒壊し、住人7人が死亡しました。この射出は倉庫の所有者である███ ███氏がSCP-XXX-JPの特異性に曝露したことによるものであり、███氏は崩壊した倉庫の下敷きになっているところを消防に救助された後、財団フロントの私立病院に入院しました。被害地域一帯にはクラスA記憶処理剤が散布され、カバーストーリー「竜巻」が適用されました。
インタビュー記録
対象: ███ ███氏
インタビュアー: 盛岡博士
付記: ███氏の覚醒後、警察による事情聴取を装って実施しました。
<録音開始、1995/04/16>
盛岡博士: ███さん、まず、体調はいかがですか。
███氏: ええ、2日間も気を失っていたのが嘘のようです。ピンピンしていますよ。
盛岡博士: それはよかった。
███氏: ただ、気分が悪い。とても……。未だに現実とは信じられません。一体どれほどの被害が。
盛岡博士: 被害は最小限に留まりました。一昨日の出来事についてお伺いしてよろしいですか。
███氏: どうぞ。
盛岡博士: 貴方が引金を引いたという銃。あの銃のことについてお聞かせください。
███氏: あれは……うちの倉庫で見つけました。見憶えは全くありませんでした。
盛岡博士: その時は、どうして倉庫に。
███氏: 仕舞っていた農具を整理しようと。倉庫に入るのは三ヶ月ぶりでした。そしたら、農具の陰にあの銃が。ああ!
盛岡博士: 落ち着いて。そうすると誰かが銃を持ち込んだことになりますね。倉庫の鍵はどうなっていたのですか。
███氏: 鍵は付けていませんでした。近所の全員が顔見知りの田舎ですし、別に貴重品は入れていませんでしたし。
盛岡博士: なるほど。ではここ最近、近所に怪しい人物が現れたことはありますか。
███氏: [間を置いて]ありました。2月頃に髭面でスーツの男がうろついていたと、近所の方から聞きました。
盛岡博士: そして、銃を見つけてどうしたのですか。
███氏: 私は思わずその銃を拾い上げました。そうしたら……ああ、嫌だ!
盛岡博士: 落ち着いてください。ゆっくりで構いません。
███氏: 銃を握りました。私は銃を握って、握って……[絶叫]
盛岡博士: ███さん、落ち着いてください! 聴取は中止します!
███氏: 銃を握りました。銃口を向けました。標的に向けました。撃ったことはないけれど、撃ち方は解ります。指をかけます。引金にです。引金を引く。銃弾が飛び出します。銃弾は飛びます。そして創られる! 銃声が鳴る、福音の如く! 獣の王が脳漿を垂れ、世界が死に、復活する! 飛んでいく! Sic semper tyrannis30!
<録音終了>
このインタビュー以降、███氏は意味不明な言動ばかりを繰り返すようになりました。また特筆すべき点として、拳銃に似た形状の物品に異常な執着を見せるようになりました。
補遺1: 1995/07/28、要注意団体「懐中銃教会」(The Holy Derringer Church)の構成員であり、米国サイト-██襲撃を指揮したとして財団が拘束していた「バレットG」を名乗る人物(本名不詳)が、SCP-XXX-JPへの関与を証言しました。
インタビュー記録
対象: バレットG
インタビュアー: ギアーズ博士
付記: 対象がSCP-XXX-JPに関する証言をしたことからインタビューが行われました。対象は拘禁以前より心神喪失状態にあります。
<録音開始、1995/08/03>
ギアーズ: 貴方は先日、日本の農村に異常オブジェクトを持ち込んだことを証言しましたね。
バレットG: 異常ではない。神格のイコンたる我らの銃こそが常に正しく、仮初のこの世界こそ異常である。
ギアーズ: この中にそのオブジェクトはありますか。
[ギアーズ博士はSCP-XXX-JPを含む10種類の銃の写真を取り出す]
バレットG: [SCP-XXX-JPの写真を指し]これだ。
ギアーズ: わかりました。[写真を仕舞う]そして、これをそのまま放置して去ったのですね。
バレットG: そうだ。斯くして準備は整ったのだ。
ギアーズ: なんの準備ですか。
バレットG: 懐中銃の偉大なる作業。創造の奇蹟。その再現である。
ギアーズ: この銃は常にリンカーン記念堂を狙おうとします。貴方達の目的はリンカーン記念堂の破壊ですか。
バレットG: 破壊は副次的な結果に過ぎない。それは目的ではない。
ギアーズ: では、なんのために。
バレットG: 再現である。創造の再現である。原初の射手の顕現である。
ギアーズ: 射手? オブジェクトを使用した人物に何か影響があるのですか。
バレットG: 始めに銃声があった。銃弾は暴君の頭蓋にあった。懐中銃は神であった。銃弾は放たれ、原初が繰り返され、斯の農夫はブースとなった。
ギアーズ: オブジェクトを作り出したのは貴方達の仲間ですか?
バレットG: 言葉は最早必要ない。銃声で語ろう。
[対象が懐から拳銃を取り出しギアーズ博士に向けて発射。直ちに警備員に取り押さえられる。]
<録音終了>
終了報告: 対象によって撃たれた弾丸はギアーズ博士の左肩を貫通し、ギアーズ博士は全治3週間の怪我を負いました。インタビュー直前の身体検査では対象に異常はなく、対象が拳銃をどのようにして室内に持ち込んだのかは不明です。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: ここに特別収容プロトコル。
説明: SCP-XXX-JPは以下の3種類11個のオブジェクトの総称です。
- SCP-XXX-JP-Aはゴム製、白色の直径70mmの球体です。分析の結果、材質の異なる2種類のゴムからなる二層構造であり、内部は空洞になっていることが判っています。表面には縄目あるいは縫い目を模しているように見える瓢箪形の文様が2個あしらわれています。
- SCP-XXX-JP-Bはアオダモ(Fraxinus lanuginosa f. serrata)の幹を切り出して作られた長さ800mmの棒です。全体として細い円柱であり、棒の一端(A端と指定)から他端(B端と指定)の直前にかけて徐々に直径が小さくなっていますが、B端は再び直径が大きくなっています。A端の最も太い部分の直径は60mmです。
- SCP-XXX-JP-Cは牛革製、褐色の独特な形状をしたオブジェクトです。全体として扁平で椀状に窪んでいます。内部が袋状になっており、開口部の反対側が4個の筒状の空洞と1個のやや広い空洞に分岐しています。SCP-XXX-JP-Cは9個存在しており、SCP-XXX-JP-C-1から-9と指定されています。SCP-XXX-JP-Cについて「手袋の一種である」との仮説が天王寺博士により提唱されており、現在有力視されています(提言XXX-JP-605)31。
SCP-XXX-JPはなんらかの認識災害効果を持っています。SCP-XXX-JPを見た、あるいは特徴の記述から形状を想起した人物の殆どが「これらの物品の名称や用途、使用方法を知っている」と感じたことを報告したにも関わらず、SCP-XXX-JPについての具体的な情報を確信を持って答えられた人物は存在しません。このことから、SCP-XXX-JPの認識災害の内容は「自身についての情報を忘却させる」あるいは「自身についての情報を知っているという錯覚を引き起こす」というものだと考えられています。
SCP-XXX-JPは1945年に蒐集院より移管されました。それ以前の来歴については資料の散逸により不明です。

SCP-XXX-JP-A。1938/06/14、負号部隊███ ███少尉により撮影。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: ここに特別収容プロトコル。
説明: SCP-XXX-JPは中華人民共和国山東省一帯において不定期に出現する複数の実体であり、SCP-XXX-JP-Aと-Bからなります。
SCP-XXX-JP-Aは体長500-600cm、体重3000-5500kgの生物です。大きさを除く外見は全体的にジャコウウシ(Ovibos moschatus)に類似しますが、遺伝物質としてDNAではなく[編集済]を持つなど、既知の生物とは全く異なる存在です。
SCP-XXX-JP-Aの周囲(半径約30m以内)に存在し、なおかつSCP-XXX-JP-Aの存在を認識している人間32(以下、対象と呼ぶ)は、2段階からなる認識災害の影響を受けます。
- 第一段階では、対象は漠然とした多幸感や全能感を覚えます。また、対象は痛覚を失い、重い怪我を負ったとしても一切怯みません。この状態は認識災害の影響範囲外に出た後もしばらく持続しますが、半日から3日ほど経つと自然に収まります。対象に対する継続的なカウンセリングでは、認識災害に曝露して以降の対象は曝露前に比べて思考が前向きかつ楽観的になる傾向があるとの結果が得られました。
- 対象が影響範囲に約30分留まり続けた場合、認識災害は第二段階に移行します。第二段階では、対象は強い快楽を覚え、影響範囲から離れることを拒むようになります。SCP-XXX-JP-Aを自身に快楽を与える存在だとして依存し、強く崇拝するような態度をとる一方、SCP-XXX-JP-Aに危害を加えようとする存在やSCP-XXX-JP-Aと対象を強制的に引き離そうとする存在に対して極めて敵対的になります。第二段階に至ると影響範囲外に出ても状態は回復しません。クラスC記憶処理によって一応の回復が可能ですが、多くの場合、後遺症として重い精神障害が残ります。
これらの認識災害の発生機序の詳細は未解明ですが、脳内における内因性オピオイドペプチドの分泌亢進が原因のひとつであることが判明しており、認識災害を抑制する手段として対象への麻薬拮抗薬の投与が有効であることが確認されています。
SCP-XXX-JP-Aは雑食ですが、生きた哺乳類の肉、特にヒトの肉を好むようであり、自身による認識災害を捕食に利用します。SCP-XXX-JP-Aは認識災害の第二段階にまで曝露した対象を骨まで粉々に噛み砕き、捕食します。この際、対象は一切の抵抗を見せず、むしろ自ら進んで捕食されようとします。
SCP-XXX-JP-Aは胸腔内に黄褐色透明な鉱物結晶状の組織(SCP-XXX-JP-A-Core)を持ち、これを切除または破壊されない限り無制限の自己修復能力を持ちます。SCP-XXX-JP-A-CoreにSCP-XXX-JP-Aの細胞が1個でも接触していた場合、その細胞が分化を繰り返し、やがて完全なSCP-XXX-JP-Aとして復元されます。1個の細胞が完全なSCP-XXX-JP-Aになるまでに要する時間は約13時間です。SCP-XXX-JP-A-Coreを切除されたSCP-XXX-JP-Aの死骸が認識災害効果を失っている一方、切除されたSCP-XXX-JP-A-Core単体でも前述の認識災害効果が発揮されることから、SCP-XXX-JP-Aの認識災害効果はSCP-XXX-JP-A-Coreに由来するものだと結論付けられています。SCP-XXX-JP-A-Coreの認識災害効果はその質量と正の相関を示し、破壊や分割により質量が█kg以下になるとほぼ消失します。

参考資料: 「犀」A.デューラー
SCP-XXX-JP-BはSCP-XXX-JP-Aの出現と共に現れる集団です。1体以上の人型実体(SCP-XXX-JP-B1)と、SCP-XXX-JP-B1が騎乗する生物(SCP-XXX-JP-B2)からなります。
- SCP-XXX-JP-B1はターバンとローブで全身を覆っており、素肌は全く見えません。これまでの記録では、同時に出現した最大個体数は8体です。全員が同じデザインの刀剣と鎖閂式小銃を所持していることから、SCP-XXX-JP-B1は軍人であるとの仮説が立てられています。また、全員が首から黄褐色の宝石のペンダントを下げています。確保したSCP-XXX-JP-B1個体の所持していたペンダントに対する検査の結果、宝石はSCP-XXX-JP-A-Coreを加工したものであると確認されました。
- SCP-XXX-JP-B2はインドサイ(Rhinoceros unicornis)によく似た外見の生物ですが、実際のインドサイよりもむしろアルブレヒト・デューラーの木版画「犀」に描かれたものに酷似しているとの指摘がなされています。SCP-XXX-JP-B1が騎乗するために鞍や手綱を装着させられており、鞍にはSCP-XXX-JP-B1のペンダントと同様、加工されたSCP-XXX-JP-A-Coreが埋め込まれています。
SCP-XXX-JPは常に前触れなく瞬間的に出現し、平均して15分後に瞬間的に消失します。SCP-XXX-JP-B1に対するインタビューなどから、これは異次元間の移動であると判明しています。出現している間、SCP-XXX-JP-BはSCP-XXX-JP-Aを取り巻き、攻撃を試み、捕獲しようとします。一方、SCP-XXX-JP-Aはこれに対して反撃、あるいは逃走を試みます。捕獲に成功した場合、SCP-XXX-JP-B1のいずれか1体がSCP-XXX-JP-AよりSCP-XXX-JP-A-Coreを切除し、錐のような道具で砕き、袋に収めます。その後、SCP-XXX-JP-Bはその場を去り、間もなく消失しますが、SCP-XXX-JP-Aの死骸はその場に残されたままとなります。残された死骸は急速に風化が進み、1日以内に跡形もなく灰になります。なお、SCP-XXX-JP-B1もSCP-XXX-JP-Aによる認識災害の影響を受けます。認識災害の第二段階に移行したSCP-XXX-JP-B1がSCP-XXX-JP-Aによって捕食された例も報告されています。
SCP-XXX-JPの出現は財団が記録を開始した1945年9月以降、██件確認されています。この他、1945年8月までに旧蒐集院が少なくとも█件、旧日本軍「負号部隊」が少なくとも██件の出現例を報告しており、それ以外にもSCP-XXX-JP出現例であろうと推定される記述が東アジア地域の様々な史料に散見されます。SCP-XXX-JP出現の不規則性を考慮すれば、この数に含まれていない出現例も多数存在するものと思われます。
財団はこれまでに██体のSCP-XXX-JP-A、██体のSCP-XXX-JP-B1、██体のSCP-XXX-JP-B2の確保に成功しています。現在収容されているのは、SCP-XXX-JP-Aが1体、SCP-XXX-JP-B1が1体、SCP-XXX-JP-B2が2体です。これらは出現例XXX-JP-███(20██/██/██)において、機動部隊り-39("中華飯店")により確保されました。SCP-XXX-JP-B1および-B2は身に着けているSCP-XXX-JP-A-Coreを奪うことで次元間移動を行わなくなります。このことからSCP-XXX-JP構成個体の次元間移動にはSCP-XXX-JP-A-Coreが不可欠であるようです。一方、SCP-XXX-JP-AはSCP-XXX-JP-A-Coreを持つ限り次元間移動が可能であると思われますが、収容下のSCP-XXX-JP-Aが次元間移動を行った例はありません。20██/██/██の収容違反において、SCP-XXX-JP-Aが次元間移動を行いました(インシデントXXX-JP-███)。
インタビュー記録XXX-JP-014:
対象: SCP-XXX-JP-B1-003
インタビュアー: ███博士
付記: [インタビューに関して注意しておく点があれば]
<録音開始, [必要に応じてここに日時(YYYY/MM/DD)を表記]>
インタビュアー: [会話]
誰かさん: [会話]
[以下、インタビュー終了まで会話を記録する]
<録音終了, [必要に応じてここに日時(YYYY/MM/DD)を表記]>
終了報告書: [インタビュー後、特に記述しておくことがあれば]
補遺: 負号部隊より接収した資料によれば、日中戦争中、負号部隊においてSCP-XXX-JP-A-Coreを軍事利用する構想が存在していました
アイテム番号: SCP-448
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-448は3m×3m×3mの、色とりどりの壁紙と暖色の照明で装飾し、いくつかの小さな子供向け玩具を散らかした室内に保管されます。観察中を除き、オブジェクトは常に台座の上に置かれていなければなりません。室内は常に清潔にし、良好な状態を保たなければなりません。室内に入る全職員(クリアランスレベル2以上かつ一度に1人のみ)は、SCP-448が存在しているときはいかなる目的であっても、笑顔で朗らかな振る舞いを保つよう心がけてください。
説明: SCP-448は子供向けのびっくり箱(Jack-in-the-box)の玩具に見えます。箱の部分は各辺13cmでブリキ製、底面およびクランクの取り付けられている右側面を除く各面には笑顔の道化師がデカールで描かれています。この種の一般的な玩具の多くと同様に、クランクが回ると「Pop Goes the Weasel」33が流れ、最後の5音の直前に「ジャック」が上面から飛び出します。
しかし、「ジャック」はオブジェクトから3m以内にいる人物の心理状態に応じて姿を変えます。外見にはその心理状態の強さも影響し、変化する姿は毎回異なったものとなります。クランクが機能する限り、SCP-448は不定期に自身を活性化させると見られています。ひとたび箱の外に出ると、蓋を閉じるか影響を及ぼしている人物が退室するまで「ジャック」は箱の外に留まります。
2人以上の人物に接近されている場合、オブジェクトは閉じたままで、代わりに活発に振動し、その振動は片方または両方の人物が影響範囲を離れるまで徐々に暴力的になっていきます。この状態のSCP-448は開けることも活性化することもできず、この状態のまま長時間が経過すると危険です。実際は意気消沈しているにも関らず笑顔を浮かべるなどして感情を偽る試みはSCP-448の自己活性化を遅らせますが、完全に騙すことはできません。X線によって箱の中を透視することはできません。
各心理状態に対する観察結果を下に示します:
幸福: 笑顔の道化師。道化師の顔や服装、色遣いは毎回異なりますが、雰囲気は一貫しています。
祝日や誕生日など特別なイベントの最中にこの状態になった場合、SCP-448は影響を与えている人物に対してふさわしい歌を歌うことがわかっています。これまでに記録された楽曲は「Happy Birthday」「We Wish You a Merry Christmas」「Here Comes the Bride」「Take Me Out to the Ball Game」「American Pie」34です。SCP-448の声は、高音で苛立たしいと表現されます。
悲しみ: 顔をしかめた道化師。しばしば道化師の目から涙が流れる様子が記録されます。化学的な分析によれば、その成分はヒトの涙と同一です。自殺願望のある人物が接近した場合、オブジェクトは[データ削除済]の姿を取ります。
怒り: [データ削除済]
恐怖: 不明。この状態では、蓋は僅かに開くだけで、直後に閉じてしまいます。内部からすすり泣きの音や悲鳴、泣き声が聞こえます。
犬/動物: 擬人化され、道化師の服装をした犬。ヒト以外の動物が接近した場合、オブジェクトはその動物が擬人化され道化師の服装をした姿を取ります。
無感情: 白黒の服を着た人形。これはオブジェクトが[削除済]のような感情を持たない存在に接近された場合に現れます。
SCP-448の周辺環境までもがSCP-448の取る姿に影響を与えているのかどうかは不明です。更なる実験が実施されるまで、現在の収容プロトコルを変更する予定はありません。
補遺: SCP-448に穴を開ける、あるいはそれ以外の方法で破壊する試みは成功していません。これはSCP-448が破壊不可能だからではなく、分解しようという意志を持ってオブジェクトに接近した場合、オブジェクトが(クランクの回転も音楽もなしに)開き、長く硬い金属製のばねの先に付いたボクシンググローブのようなものによる容赦のない攻撃によって接近してきた者に反撃するからです。グローブによる攻撃は最高時速235kmに達すると記録されています。遠距離武器によって影響範囲外から損傷を与えようとする試みは[データ削除済]という結果に終わりました。
部外秘
監視報告書
20██/██/██
倫理委員会 監視官
来栖 朔夜
20██/08/03より財団諜報機関が実施した作戦81██████-█において、職務倫理規則違反を疑われる行為が確認されたため、以下の通り報告します。
その日、来栖研究員の朝は唐揚げから始まった。
倫理委員会監視官という肩書きを隠し持つ来栖研究員は、サイト-8181において倫理委員会の定める職務倫理規則が遵守されているか監視することを使命としている。普段は日々作成される実験報告書などの資料に密かに目を通すことが主であるが、時には現場に潜入して調査を行うこともある。勿論、財団で実施される実験や作戦への潜入調査は、必然的に危険と隣り合わせの任務となる。だから来栖研究員は、潜入調査の日の朝には大好きな唐揚げを食べると決めている。任務を無事に遂行できるようにするおまじない、といったところだ。
朝7時過ぎ。皺ひとつないリクルートスーツに身を包み、首に身分証をぶら下げて、背筋を伸ばして颯爽と出勤する。サイト-8181の食堂で、ごはんと味噌汁を注文。朝食時間は唐揚げ定食は提供していないので、昨晩作ったものをタッパーに入れて持参している。注文した品をカウンター越しに受け取り、会計を済ませ、適当な空席に置いたところで、お冷やを取ってきていないことに気付く。給水機まで行って、戻って、席に着いて、箸を取って。
さて、いただきます。
「待ちたまえ来栖くん。私だ」
「うぎゃあ!」
目の前の大好物に唐突に語りかけられ、来栖研究員は絵に描いたように狼狽する。
「と、虎屋博士……?」
「全く君は、唐揚げに関してもう少し注意深くなって欲しいところだね」
目の前で説教を垂れる唐揚げは虎屋外郎博士。歴とした財団職員である。その姿が唐揚げと認識されるという認識災害を抱える彼に来栖研究員が噛みつこうとしたことは今回が初めてではない……いや、最早恒例行事ですらある。その度に虎屋博士は来栖研究員に厳重注意を繰り返し、来栖研究員は平謝りだ。
「……とはいえ、仮面を着けずにウロウロしていた私にも多少責任はある。レモン果汁をかけられなかっただけでも良しとしようか」
「次からは必ず確認します!」
とはいえ、来栖研究員は虎屋博士に人並み以上に親しみを感じている。どこからどう見ても唐揚げにしか見えないその姿を前にすると、彼女を悩ませる対人恐怖症は嘘のように和らぐのだ。
「あ、ところで博士、今日神山博士がどちらにいるか御存知ないですか?」
神山博士、と呼ばれる財団職員がいる。
財団職員に常識を超えた変わり者が多いのは大方の認めるところであるが、神山博士もその御多分に漏れない。彼の“特徴”はこうだ。神山博士がなんらかの原因で命を落とした場合、死の数日後にサイト-81██に“神山博士の一卵性の兄弟”を名乗る人物が現れる。その人物は必ず神山という名字、“蔵”を通字とする名、数日前に死んだ神山博士と全く同じ外見、そして神山博士の生前の記憶を持つ……すなわち、生前の神山博士と区別が付かない。このことは来栖研究員含め、彼を知る財団職員には周知の事実だ。
だが、そんな神山博士に、最近おかしなことが起こっている。来栖研究員が異常に気付いたのは今月始め、連名で提出するとある書類の最終確認のために神山博士の許を訪れたときだ。こちらの用意した書類に目を通し終えて、彼は言った。
「見たところ特に問題はなさそうですね。ただ一点……」
手に持ったボールペンで、書類冒頭、「神山歴蔵」の名に訂正線を引きながら。
「ここの署名は直しておいてください。私は神山流蔵。歴蔵は私の一卵性の兄です」
そうか。知らない間に「交代」していたのか。
「すみません。こちらの確認不足でした。すぐに直しておきます」
だが同時に、来栖研究員は強い既視感に襲われた。前にもこんなやり取りをしたような気が。いや、気のせいなどではない。確かに同じようなやり取りをしたはずだ。
その少し後、来栖研究員はサイト内の霊安室を訪れた。不気味なまでの厳かさを湛えた暗く静かなその部屋に入ると、来栖研究員を出迎えてくれたのは「おだやかで強迫性にかられた明るい目」の黒ずくめの青年、オダマキ納棺師だ。
出迎えた、というのは多少不適当な表現だったかもしれない。なぜなら来栖研究員が入室したとき、オダマキ納棺師は自身の業務に没頭していて、来客を出迎えるどころではなかったからだ。
「いらっしゃい。どうしました……えーと、来栖朔夜研究員、ですっけ?」
「あ、はい。あの、ここ最近の殉職者のリストを見せて欲しいんですが」
「でしたらそっちのロッカーの中ですよ。御自由に見てってください」
幾重にも折り重なるふくよかな亡骸の山……大和博士の遺体を特大サイズの棺桶らしき容器に押し込みながら、オダマキ納棺師はぶっきらぼうに部屋の隅を指す。
「一応、持ち出しは遠慮してくださいね」
どっこいしょ、と重労働に勤しむ納棺師を尻目に、来栖研究員はロッカーの中に満載されたフォルダの、最も日付の新しいものを開く。
そして、思わず目を見張ってしまった。最初のページには上から下までびっしりと「大和・フォン・ビスマルク」。ただその名前だけが乱暴な字でひたすら書き込まれていた。次のページも、その次も、その次も、その次も。
「あの、これ……」
「ああ、大和博士抜きのヴァージョンなら一番右のロッカーにありますよ」
良かった。普通のもあるのか。
「倫理委員会がね、なんの気紛れか知りませんけど、急に言い出したんですよ。大和博士の死亡記録もしっかり記録しろって。全く、こっちは死体の処理だけでも手一杯だってのに」
少し申し訳ない気持ちになりながら、来栖研究員は手早く調査を行った。思った通りだ。ここ半年間、神山博士は実に十日に一回のペースで死亡している。神山博士の死と再出現は決して珍しいことではないが、通常なら数ヶ月に1回という頻度だ。隔週というのは余りにも間隔が早すぎる。
人事部の勧告によって、神山博士は他職員への強制力を一切持ち得ないこととなっており、裏を返せば神山博士は他職員のいかなる命令にも原則として背くことができない。このことが重大な倫理違反を招きかねないという懸念は予てから存在していたが……。
そして不可解な事実はもうひとつ。どこを読んでも神山博士の「死因」が判らない。そこだけ全て空欄になっているのだ。
「あの、このリスト。死因の欄なんですけど、これが空欄になってるのって?」
「さあ? そのリストは医療部門から貰った死亡診断書通りに書いてますからね。それが空欄ならリストも空欄にしますよ」
「そうですか」
なんといってもここは財団だ。死因自体が機密扱いということもザラだろう。だが、それが半年間ずっととなると、気にならざるを得ないものがある。
ともあれ、ここで調べられることはこのくらいか。来栖研究員はオダマキ納棺師に軽く会釈をして霊安室を後にする。納棺師は丁度、本日最後の遺体を棺桶に詰め終わったところだった。
作戦81██████-█。20██/██/██承認。作戦指揮官は玉水湧平。作戦内容はGOIに対する非合法なHUMINT……要するにスパイ活動。神山博士が参加した、倫理委員会が把握している限り最新の作戦だ。作戦開始は丁度半年前。時期としては合致するが、神山博士の連続死と結びつけて告発するにはまだ根拠に薄い。この作戦がその後成功したのか失敗したのか、現在も続いているのか、神山博士がどうなったのか、そんな肝心の内容は「機密」の壁の向こう側。まあ、諜報機関の作戦としてはよくあることだ。
諜報機関はその職掌の性質上、作戦の詳細な情報を大抵の場合秘匿する。倫理委員会にとってはこれほど審査を行いにくい相手はいないし、実際、倫理委員会が未然に防げなかった倫理違反の多くに諜報機関が絡んでいるのは客観的な事実だ。だから諜報機関が相手となると、来栖研究員も多少強引な手段に出ざるを得ない。
何かひとつでも、倫理違反を疑わせる証拠があればよいのだ。そうすれば委員会による正式な倫理審査が開始され、徹底的な調査が可能になるだろう。
朝食を終えた来栖研究員は少し足早に廊下を進む。虎屋博士曰く、一昨日サイト-8114で神山博士をちらりと見かけたそうだ。
███地方の山間部に東京ドーム数個分の広大な敷地を構えるサイト-8114は表向き財団フロント企業「石材会社パルテノンStone Company Parthenon」の採石場に偽装されており、主に広範囲に影響をもたらす可能性のあるオブジェクトの実験に使用される。だが神山博士がここでの実験に参加したという記録は少なくともここ半年間は存在しない。諜報作戦にしても、このような場所に一体なんの用事があるというのだろう。
この日、サイト-8114ではなんの実験も行われていなかった。サイト内にいるのは施設の維持管理を任されているパルテノンの社員ばかりだ。サイト唯一の出入口である社員事務所の受付には、普通のOLと何も変わらない事務員が腰掛けて、来栖研究員を怪訝そうに見つめている。来栖研究員自身、このサイトを訪れたことは数える程もない。幼く見える容姿をした自分が何者なのか理解されていないのだろう。そのことは相手の表情から嫌と言うほど伝わってくるが、来栖研究員からすればもう慣れたものだ。胸元の身分証を手に取り、相手に見せる。
「財団の研究員、来栖です」
「身分証をこちらに翳してから、右手の人差し指で画面に触れてください」
指紋認証を終えると、軽快な電子音と共に「WELLCOME」の文字が画面に映し出される。無愛想な事務員を尻目にサイト内へと歩を進める。さて、問題はこれからだ。神山博士が一体なんのためにここに来たのか。どうすればそれが判るだろう。監視官という身分を隠している手前、あまり大っぴらに尋ねて回る訳にもいかない。施設の入退場者の記録や監視カメラ映像でも確認できたらいいが。
ふと気付けばもう昼過ぎだ。来栖研究員はサイト内の食堂へ向かう。昼休みの時間もそろそろ終わりで、食堂で昼食を摂る職員の姿もまばらになっている。期間限定メニューの「鬼食料理長直伝きのこごはん」は無視して唐揚げ定食を注文する。朝も食べたじゃないか、という指摘は受け付けていない。
会計を済ませ席に着こうとしたとき、隅の席にいる一人の男の姿が目に留まった。美味しそうなカツサンドを手に、少し遅い昼食を悠々と楽しんでいるその男。
その男こそ、他ならぬ神山博士その人であった。
「神山博士、こんにちは」
誰何しながら向かいの席に着く。いきなり本人に出会えるとは話が早い。
「えーと、来栖さん、ですよね。このような所で会うとは奇遇ですね」
神山博士は柔和な表情を崩さずに言う。
「今日はどのような御用件でこちらへ?」
訊こうとしていたことを逆に訊かれて、来栖研究員は内心少し狼狽える。
「いえ、大した用事では……実験の後始末とか、そんなとこです」
が、こちらも訊くべきことは忘れない。
「神山博士こそ、どうして?」
「私も大した用ではありませんよ。ちょっとした実験、みたいなものです」
「そうですか」
こんなことをいきなり訊いて、まともな答えが得られるとは端から思っていない。だが、神山博士がここに来た理由は少なくとも来栖研究員に詳しく話せるようなものではないのだ。それが確認できただけでも十分。
「では、私はこれで」
一足先にサンドウィッチを食べ終えた神山博士は、席を立って食堂を後にする。机の下から鞄にこっそり入れられた発信機には、恐らく気付いてはいない。
アイテム番号: SCP-375-JP
オブジェクトクラス: Safe Euclid
特別収容プロトコル:
説明: SCP-375-JPは体長約28cm、体重約0.7kgのミーアキャット(Suricata suricatta)です。外見は通常のミーアキャットと差違はなく、生態学、獣医学、解剖学、遺伝学等いかなる見地からも異常は見られません。しかし、老衰、疾患、負傷等の原因で死亡すると、心停止に至って約23時間の後、未知の方法で蘇生します。
SCP-375-JPの特異性は、SCP-375-JPの手(前足)の届く範囲にワードプロセッサー、あるいはそれに準じる使い方が可能な装置35が存在する場合に発揮されます。SCP-375-JPはワードプロセッサーに対して強い興味を示し、キーボード等に触れ、無作為に操作します。この結果生成された文字列は意味のある文章となっており、更にその多くは既存の文学作品、論文、書簡、公文書等の内容と一致します。
SCP-375-JPは1996/02/02にサイト-81██付近の山中にて財団職員に保護されました。人里離れた雪深い山奥で発見されたミーアキャットとして同施設の████博士の興味を引き、研究室にて観察していたところ、室内にあったワードプロセッサーに以下の文章を入力しました。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶しt[ここで████博士が気付き、入力を中断させる]
これは夏目漱石の代表作「吾輩は猫である」の冒頭部分です。これによってSCP-375-JPの特異性が確認され、SCPオブジェクトに指定されました。
補遺1: 2003/04/29の実験において、SCP-375-JPは携帯電話のテキスト編集ソフトにSCP-███-JPの未検閲の報告書を入力しました(文書記録375-JP-079を参照)。これを受け、SCP-375-JPはEuculidに再分類されるとともに、特別収容プロトコルが一部改訂されました。これはSCP-375-JPが財団に関わる機密文書を入力した最初の事例であり、同様の事例はこれを含め現在までに4例確認されています。
文書記録375-JP(抜粋)
これまでにSCP-375-JPによって生成された文章の記録の抜粋です。
文書記録375-JP-001 - 日付1996/02/02
生成方法: ワードプロセッサー(サイト-81██内、████博士の研究室の備品)
生成された文章:
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶しt解説: 夏目漱石「吾輩は猫である」の冒頭部分。この文章の生成によってSCP-375-JPの特異性が認識された。
文書記録375-JP-002 - 日付1996/02/02
生成方法: ワードプロセッサー(サイト-81██内、████博士の研究室の備品)
生成された文章:
桜の花が咲くと人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集って酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩けんかして、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。近頃は桜の花の下といえば人間がより集って酒をのんで喧嘩していますから陽気でにぎやかだと思いこんでいますが、桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、能にも、さる母親が愛児を人さらいにさらわれて子供を探して発狂して桜の花の満開の林の下へ来かかり見渡す花びらの陰に子供の幻を描いて狂い死して花びらに埋まってしまう(このところ小生の蛇足)という話もあり、桜の林の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。[以下略]解説: 坂口安吾「桜の森の満開の下」の全文。
文書記録375-JP-050 - 日付1997/03/20
生成方法: パソコンのテキストエディタ、ただしキーボードとして電卓型テンキーのみを用意
生成された文章:
3.14159265解説: 十進法小数表記による円周率の近似値。767桁目、いわゆるファインマンポイントまで生成された。
文書記録375-JP-079 - 日付1997/06/17
生成方法: ワードプロセッサー(サイト-81██内、████博士の研究室の備品)
内容:
[編集済]解説: SCP-███-JPの未検閲の報告書の全文。本来、閲覧にはセキュリティレベル4以上が必要。
_EM.jpg)
SCP-XXX-JP-1の電子顕微鏡画像。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPの発症を防ぐため、日本国内で献体として提供された遺体は全て専用処理槽の設けられた各地の財団施設に引き取られ、特殊な酸による無力化処理を施されます。
研究用サンプルとして、サイト-8128にて最低限のSCP-XXX-JP-1が冷凍保存されます。サンプルの取り扱い方はリスクグループ4病原体に準じてください。
サイト-8148は完全な隔離監視状態に置き、無許可の上陸は確実に阻止してください。許可を得て上陸する場合は化学防護服を着用し、上陸時間は12時間以内に留めてください。使用済の防護服は直ちに焼却処分されます。
説明: SCP-XXX-JPはヒトを含む哺乳類に感染するウイルスSCP-XXX-JP-1の感染による感染症です。SCP-XXX-JPは鹿児島県████郡の████島(サイト-8148)でのみ見られる風土病でしたが、事例-XXX-JP-1以降は日本各地で感染例が確認されています。現在のところ日本国外での感染例は確認されていません。
SCP-XXX-JP-1は全世界に普遍的に存在する、無害なDNAウイルスの一種(学名████████ ████████)と酷似しています。その塩基配列の違いは0.5%未満であり、SPC-XXX-JP-1と████████ ████████とを判別するには高度な専門技術による精密な検査が必要となります。感染力は決して強くなく、かつてはヒトからヒトへ伝染することはないと考えられていましたが、実際には感染者の近くで長期間過ごすことにより伝染します。
感染者の生存中は、SCP-XXX-JPは発症しません。SCP-XXX-JPが発症するのは感染者の死亡後です。SCP-XXX-JPを発症した感染者(の遺体)をSCP-XXX-JP-2とします。SCP-XXX-JP-2は死後数数日が経過すると、まるで生きているかのように動き出します。その様は所謂“生ける屍”のようです。その行動は極めて単純であり、人間に対して敵対的、攻撃的な行動を取ります。生前よりも運動能力や力の強さが飛躍的に上昇しており、少々の負傷では怯みもしない強靭さを得ています。一方で発話能力は喪失しており、また各種の実験結果から、SCP-XXX-JP-2に知性はないものと思われます。このような症状が発生する原理は、生物学的には説明が付かず、不明です。
前述した判別の難しさもあり、死後SCP-XXX-JP-2となるであろう感染者の数は把握できていませんが、相当な数に上ると考えられています。感染者の死亡からSCP-XXX-JPの発症までは時間があるため、この間に遺体を火葬してしまえば問題はありません。問題となるのは遺体がそれ以外の扱いを受けるとき、特に、遺体が献体となったときです。遺体を死後1ヶ月に渡って特殊な酸に漬けることで、SCP-XXX-JPの発症を阻止することができることが判明したため、日本国内の全ての献体は、解剖前に財団の施設で酸による処理を受けることとなりました。
この措置は徹底して実施されているにも関わらず、現在でも毎年10例前後のSCP-XXX-JP-2発生例があり、それにより50人前後の死傷者が出ています。これらの殆どは、自殺や孤独死、殺人などを死因とする発見が遅れた遺体、あるいは野生動物の死骸に由来します。
SCP-XXX-JPは、古くから「死者が甦る」という言い伝えのあるサイト-8148に対する財団の調査の結果発見されました。半年間の研究の後、プロトコル・セーレンーXXXによるSCP-XXX-JPの事実上の無力化が図られました。
プロトコル・セーレンーXXX: 19██/██、「SCP-XXX-JP-1は、サイト-8148の土壌が唯一の感染源である」とする研究報告を受け、全島民の移住計画が実行に移されました。これにより全島民が全国各地へと移住しました。移住勧告の根拠として、政府の協力の下、カバーストーリー「火山活動」が適用されました。移住後の島民の情報は財団のデータベースに保存されますが、それ以上の不必要な干渉は避けてください。
事例XXX-JP-1: 島民の移住から約16年後の19██/██/██、████医科大学においてSCP-XXX-JP-2の発生が確認されました。発症した遺体は学生により正に解剖されようとしていた献体であり、実習室内を暴れ回った挙げ句、学生のひとりにメスで両脚の踵骨腱を切断された上、十数箇所を刺突され終了しました。この事件により学生4人が死亡、10人が重軽傷を負いました。現場には直ちに財団職員が派遣され、事件の目撃者全員にクラスA記憶処理を施し、カバーストーリー「爆発事故」を適用しました。この事件を機にSCP-XXX-JP-1がヒト同士でも伝染することが判明するとともに、各地に移住した島民によってSCP-XXX-JP-1感染が全国に拡大していることが判りました。SCP-XXX-JPのKeterへの再分類が提案されましたが、理事会により却下されました。
事例-XXX-JP-2: 19██/██/██、サイト-81██のSCP-XXX-JP処理槽に侵入者がありました。侵入者は2人の男子高校生で、どこからか財団の噂を聞きつけて“調査”に来たということでした。尋問後、記憶処理を施した上で解放しました。
その約一週間後から、巷間で「解剖用の献体を酸で洗浄している秘密施設がある」という噂が流布し始めました。このことと前述の侵入者の直接の関係は不明です。財団内では機密漏洩を危惧する声もありましたが、現在、噂は「大学の医学部では、アルバイトを雇って解剖用の献体を洗わせている」という、事実とかけ離れた都市伝説に変化したため、財団として特に対策を講じてはいません。