遠野司書の記憶の片隅

"収デン"開催直前特別コンテンツ
『ノンアノマラス・ジャーニー』より

ゆけむりエロプメント

(おためし版)

「お疲れさ……どうしたんですかユーリカさん?」
 静かな保安検査場に、朝夕ちょうせきまづめの素っ頓狂な声が響いた。
 焼けるような茜色に染まった朝夕の三つ編みは、今がちょうど夕暮れ時であることを示唆していた。この時間帯には、一日の業務を終えて宿舎や自宅に帰る職員が増えてくる。仕事上がりの職員は大なり小なり疲労の色を浮かべているものだが、それにしても今まさに目の前を歩いているユーリカ・ヘウリコ研究助手はひどい有り様だった。普段はさらさらストレートの黒髪が四方八方に散らばり、華奢な背中はダンゴムシのように丸まり、ずらりと長い両腕は力なく垂れ下がり、端正な顔もげっそりとして台無しだ。まるでゾンビだ。
「うあー」
 ユーリカは緩慢な動きで朝夕のほうを向き、解読不能な呻き声を発した。ドブ川を漂うビニール袋よりもおぼつかない足取りでゆらゆらとセキュリティゲートに突入するも、IDカードすら翳していないので当然ゲートは開かず、そのまま衝突する。けたたましい警報音が鳴り響く中、ユーリカは力なくその場にへたり込んだ。
「ゆゆゆユーリカさん大丈夫ですか? って明らかに大丈夫じゃないですよね?」
「うぅ……まづめぇ……」
 倒れたユーリカの肩を抱えて起こしてやると、ユーリカは糸が切れたように号泣し始め、朝夕にひしと抱きついてきた。勢いよく胸に飛び込んでくるものだから、朝夕は後ろに尻餅をついてしまった。自分の胸元に顔をうずめておいおいと泣くユーリカに朝夕ができることといえば、ひたすら頭を撫でてやることくらいだった。
「よしよし。一体何があったんですか」
「あのね、私、光希みつきちゃんに会えなくなるかもしれない」
 衝撃的な、しかしいささか唐突に過ぎる告白であった。ユーリカが四六時中野良のら光希博士に付きまとっている、もとい付き添っているのは周知の事実だ。それがなぜ突然会えなくなるというのか。喧嘩でもしたのだろうか。
 朝夕がそう考えている間も、ユーリカに泣き止む気配はない。シャツの胸元が涙やら鼻水やらで大変なことになりそうだったので、少々心苦しいが一旦引き剥がす。
「落ち着いてください。ほら、涙拭いて」
 ハンカチを手渡すと、ユーリカは涙で濡れた目許を拭い、ついでにはなをかんだ。ぐちゃぐちゃになったハンカチをユーリカは丁寧に畳み直して返そうとしてくれたが、遠慮した。百円で買った安物だし、惜しくもない。
 ひとしきり泣いて、ようやくユーリカは落ち着いたようだ。先程よりは幾分かまともに会話できるようになった。
「私、光希ちゃんに嫌われちゃったのかな」
「そんなことないと思いますよ。野良博士だって、なんだかんだ言ってユーリカさんを信頼しているはずです」
 たぶん、と心の中で付け加える。正直なところ根拠はないが、それでも今はユーリカを安心させるのが優先事項だと直感が告げていた。なんというか、今のユーリカはあまりに不安定で、何をしでかすか判らない感じがした。
「光希ちゃんと離れていると不安になるの。もう二度と会えないんじゃないか、彼が私を置いて行ってしまうんじゃないかって。私は光希ちゃんを信じてる。それなのに、どうしても怖くなるの。私、どうしたらいいのかな」
 なるほど、事情は未だ判然としないが、とにかくユーリカは、自分が野良に嫌われていないと確かめたいのだろう。その気持ちくらいは朝夕にも推し量れる。他人の心というものは得てして掴みどころがなく、それはごく近しい間柄の人物についても例外ではない。コミュニケーションとは目隠しをしたまま行うキャッチボールのようなもので、いつもは滞りなく送球できていても、急に投げる方向が判らなくなったりする。その相手が自分の大切な人だったなら、どうしようもなく不安になるのも無理からぬことだ。
「そうですねえ。一度、野良博士とゆっくり話をする時間を取ってみてはどうでしょう。例えば一緒に出かけてみるとか」
「おでかけ……旅行とか?」
「可能なら、それも良いかもしれませんね。倦怠期のカップルは一緒に旅行をすると上手くいく、なんて話も聞きますし。お二人の絆を再確認するという意味でも」
「かっぷる……きずな……」
 泥のように濁っていたユーリカの双眸が、おもむろに煌めきを取り戻した。
「実は私もこないだ旅行に行ったんですよ。私の場合は一人でしたけど。温泉に浸かってゆったり足を伸ばして」
「ありがとうまづめちゃん!」
 ユーリカは興奮気味に朝夕の手を握ってきた。すっかり元気百倍だった。元気すぎて、朝夕の話など既に聴こえていなかった。
「私どうかしてた。そうだよね。ちゃんと向き合うのが大事だよね! カップルの絆と愛を再確認しなきゃだよね!」
 ユーリカはすっかりいつもの調子に戻ったようだ。少々思考が暴走し始めている気がするが、それもまあ、いつものことだ。
 セキュリティゲートをくぐり、ユーリカは走り去っていった。みるみる遠のくユーリカの影を朝夕は手を振って見送った。勢い余って大事を起こさないと良いけど、なんて思いながら。

       ○

 重い瞼を擦りながら、野良光希は布団の中から上体を起こした。サイト内の居住セクターに窓はないが、野良の体内時計は今が朝だと告げていた。枕許に転がっていたテレビのリモコンを探り当てて電源ボタンを押すと、毎朝観ているニュース番組がもう始まっていた。画面端の時刻表示は七時十二分。いつもの起床時刻より十分ちょっと遅い。
 寝坊の原因は判りきっている。今朝がいつもの朝よりずっと静かだったからだ。毎朝野良を布団から叩き起こしてくれる喧騒が、今朝は聞こえない。平日も休日も、野良が目を醒ますより早く野良の部屋にやってくる早起きな研究助手、ユーリカ・ヘウリコの姿が今日はどこにもないのだ。
 まあ、別に毎朝来るよう依頼しているわけでもなし、文句を言おうなどという気はない。彼女だって朝から忙しい日くらいあるだろう。寝坊と言ってもほんの十分程度。まだ出勤までは余裕がある。たまには静かな朝を一人で満喫するのもいいだろう。
 ニュースは天気予報のコーナーに移っていた。大きな日本地図を背に立つお天気お姉さん(野良の目には青いヤドクガエルにしか見えない)が北から順に一日の天気を説明していく。今日は全国的に行楽日和の好天らしい。
 天気予報を聞き流しながら、野良は自分がまだ朝食を摂っていないことに気づいた。普段はユーリカが簡単な朝食まで作ってくれるので、すっかり忘れていたのだ。食パンは置いてあるし、トーストくらいならすぐに作れるが……せっかくの静かな朝を満喫しようと決めた矢先、どうせならいつもと少し違う朝食を楽しみたい気もする。
 そういえばサイト内のカフェテリアコーナーでモーニングの提供をしていたはずだ。まだ一度も試したことがないし、これはいい機会かもしれない。野良はいつもより早めに部屋を出ることを決意すると、髭を剃るために洗面所へ向かった。

 朝のカフェテリアは利用者も少なく、落ち着いたひとときを過ごすには丁度良い環境だった。チーズの乗ったハムトースト(クロックなんとかと言うらしい)を食べ終えてから研究室に行くと、部屋の中には既に数人の研究員が出勤していた。ユーリカの姿はここにも見えない。おはようと声をかけながら部屋に入ると、研究員達はどこか不思議そうな表情で野良の顔を見た。
 その中の一人、上席研究員のヌマジカくん(野良にはアメリカヌマジカに見えるのでこう呼んでいる)と目が合う。
「博士、どうかしましたか」
「いや、別に何も。普通に出勤してきたところだけど」
「え、でも」
 ヌマジカくんは首を傾げて戸惑う。
「博士は今日は有休を取られると、昨日伺ったはずですが」
「え?」
 今度は野良が戸惑う番だった。身に覚えがない。確かに有休は貯まっていたが、それを今日消化するなんて野良は言っていないはずだ。まさか前日に自分が有休を申請したことを忘れたとは考えにくいし、他に可能性があるとしたら……。
「そうだ、ユーリカはどうした? まだ来てないかな」
「いや……」
 ヌマジカ君は戸惑いを通り越して怪訝そうな目で答える。
「来ていませんよ。ユーリカさんも博士と一緒に有休を取ってるんですから」
 野良博士の頭の中で、疑惑が確信に変わった。この騒動の黒幕は、明らかに彼女だ。
「みぃつーきちゃーん」
 部屋の入口のほうから、よく通る黒幕の声が響いた。開け放たれた扉の向こうでぶんぶんと手を振る黒髪の女性。見間違えようもない、ユーリカ・ヘウリコ研究助手その人であった。
「部屋に行ったらもう出た後みたいだったから焦ったよ。いやあ昨日の晩から準備が忙しくて、光希ちゃんに連絡し忘れちゃってた。反省反省」
 わざとらしく舌を見せながら部屋に入ってくるユーリカは、車輪付きの大きなスーツケースを両手に一個ずつ引っ張っていた。そのうちの片方が野良の目の前にずいと突き出される。ひとつはパステルカラーの可愛らしいスーツケース、もうひとつは、黒一色の大きな、そして妙に見憶えのあるスーツケース。
「はい、こっちが光希ちゃんのぶんね」
 どこからどう見ても、野良が普段遠出する際に使うスーツケースと同じもの、というか、そのものだ。
「ごめん、意味が解らない」
 それは怒涛のように押し寄せる不可解の渦の中から、野良がなんとか絞り出した渾身の一言だった。


2018年4月29日 "超"収容違反インシデントにて頒布予定!
 #のんのら







































































説明: SCP-XXX-JPはインターネット動画共有サービスYouTubeのサーバー内に出現する7種類の動画ファイルの総称です。各SCP-XXX-JPは再生時間が短いものから順にそれぞれSCP-XXX-JP-v1から-v7に指定されます。内容は各動画ごとに異なりますが、いずれも実写映像であり、かつ全編に渡って無音です。

SCP-XXX-JPに付与されるタイトル情報は毎回異なる不規則なアルファベット文字列です。一方、アップロード元として表示されるチャンネルの名称は一貫して"SacraMyoChannel"となっています。ただし実際には、SCP-XXX-JPは一切のアップロードの手順を経ることなくサーバーへ出現します。従ってチャンネルの情報からアップロード者を追跡する試みは無意味です。

SCP-XXX-JPを繰り返し視聴した人物は軽度の精神影響を受けます。被影響者は断続的かつ慢性的に"自分達の観測している現実世界は実は虚構なのではないか"という漠然とした疑念を抱くようになります。この精神影響による直接的な害は存在せず、日常生活に支障をもたらすことは稀です。クラスA記憶処理や非異常性の向精神薬投与により一時的に症状を除去することも可能ですが、しばしば再発します。

各SCP-XXX-JPの概要:

番号: SCP-XXX-JP-v1

再生時間: 2分16秒

動画内容: 住宅地の風景。撮影者は終始、舗装された道路の上をゆっくりと道なりに進んでいる。道沿い左手側には用水路が流れている。道と用水路を挟んだ両脇には、塀に囲われた瓦葺きの一軒家が並んでいる。強い雨が降っており、用水路は増水している。時間帯は昼と思われるが悪天候のため薄暗い。

番号: SCP-XXX-JP-v2

再生時間: 4分46秒

動画内容: 時間帯は昼。天候は晴れ。三階建て、陸屋根のコンクリート製建造物を敷地外から撮影している。敷地はブロック塀に囲われているが、視野正面は扉のない門が設けられており敷地内の様子が窺える。門から建造物玄関へ真っ直ぐに石畳が伸び、石畳の両脇の庭には一面に花卉が繁茂している。開始直後より視野が右にパンし、門の右脇の門柱を捉える。門柱には表札が埋め込まれており、"佐藤認識心理学研究所"と彫られている。その後、撮影者がゆっくりと敷地内に進入すると共に視野が下方へティルト、ズームアップし、庭の花卉を大写しにする。この花卉はノハラワスレナグサ(Myosotis alpestris)である。

番号: SCP-XXX-JP-v3

再生時間: 5分36秒

動画内容: 黒色のビニールポットに植わったノハラワスレナグサを映した映像。背景は黒一色で、視野は固定されている。動画開始直後の時点ではノハラワスレナグサは複数の蕾を付けているが、花は確認できない。全ての蕾は動画終了までに急激に綻び、開花する。暗幕の前にノハラワスレナグサを置き、開花の様子を早送りで記録したものと思われる。

番号: SCP-XXX-JP-v4

再生時間: 6分11秒

動画内容: タイル張りの浴室。壁に掛けられたシャワーヘッドを仰ぎ見ている。動画開始後14秒時点でシャワーヘッドより水が注ぎ出す。撮影者はこれを避けず、画面全体が水浸しになる。以降、動画終了まで同じ状態が続く。

番号: SCP-XXX-JP-v5

再生時間: 6分35秒

動画内容: 板張りの木造建築物の内部。照明は点在する燭台の灯のみで薄暗い。撮影者は細長い廊下を進んでいる。動画開始後4分36秒時点で広い部屋へ入る。視点は部屋の中央奥へ向く。部屋の奥には3体の仏像が隣り合って存在する。像容から釈迦三尊像と見られる。

番号: SCP-XXX-JP-v6

再生時間: 6分55秒

動画内容: 東京都の渋谷駅前スクランブル交差点。時間帯は夜。周囲は多数の通行人で混雑している。撮影者は交差点を南東の角から北西の角に向かって渡っている。視野は徐々に上方へティルトし、QFRONTビル壁面のデジタルサイネージ"Q's EYE"を視野に収める。Q's EYEには3DCGで描写された人型キャラクターの動画が映し出されている。実際のQ's EYEにおいて過去に当該の動画が放映された事実は確認されておらず、動画中のキャラクターの特定も成功していない。

番号: SCP-XXX-JP-v7

再生時間: 11分26秒

動画内容: ソメイヨシノ(Cerasus ×yedoensis 'Somei-yoshino')の枝のクローズアップ。撮影地点は不明。手ブレと思しき小さな揺れを除けば画面はやや仰角のまま動かない。花は満開の状態。時間帯は夜。晴れ。



















一文taleリレーをするスレッド2

私は一本道を独りで歩いていました。落ち葉が落ちたままに散らばったその道は、私独りにはとても広すぎる道でした。

ふと顔を上げると、向こうの方から歩いてくる影がありました。しかしながら、私には……その時の私には、「それ」が何なのかはわからなかったのです。「それ」には気を留めずに歩いていると、落ち葉を踏みしめる音に、何か別の音が混ざり始めました。それは、冬の日の朝に、水溜りに張った薄い氷を踏み割るような、そんな音でした。

「気持ちの良い冬の音がするでしょう、お嬢さん」

私に話しかけてきた「それ」は、灰色のツイードジャケットを羽織って中折れ帽を被った、いささか古風な、しかしこれといって変わった点の見当たらない老紳士でした……ただ一点、彼の両目があるべき位置に、ふたつの大きな穴がぽっかりと空いていることを除けば。

もちろん私は彼と会話をするつもりなどありませんでした。私は声をあげて、その場から駆け出そうとしました。しかし、何故か私の体は動きませんでした。口から漏れる息はいつもより熱く、そして幾万の綿毛を含んだように重く不快なものでした。その間にも「それ」は一歩、また一歩とこちらへ歩みを進め、それに比例するかのように私の呼吸も徐々に速く、そして荒々しくなっていきました。

「それ」の空っぽの目と目が合った瞬間、大事な何かが頭からするりと抜け落ちたような感覚を味わいました。抜け落ちた何かを埋めようとして私の頭の中で響くのは、冬。

「はい、確かにこの音は冬、透き通っていて輝かしくて、それでいて懐かしい、私があの日体験した冬、です」

そう答えた私に、財団の職員と名乗る男は淡々と次の言葉を告げました。

「今日という日は何の異常もない、太陽が一周してしまえば毎日の喧騒の中に埋もれてしまうような、ごくありふれた冬の一日、そうですね?」
「はい……私があの日、あの人……いえ、『あれ』に出会った時に見たのとはまるで違う、代わり映えしない冬です」


そう呟きながら落ち葉の絨毯に体を投げ出しつつあった彼女を、男はそっと抱えた。

「……忘れて仕舞えば雪のように溶けゆく儚き悪夢だと言うのに、何故貴方は何度も、忘れて仕舞うことを拒むのでしょうか」

彼女が意識を失ったということは、Aクラス記憶処理が完了したことを意味する。それでもほら、ふつふつと、若芽の萌ゆる音が、再び訪れる、春の音が。



















(下書きここまで)


(以下オマケ)











執筆したSCP-JP

SCP-281-JP 帰郷
Homecoming

SCP-712-JP ヒアシンス侯爵夫人の眠らないお茶会
March. Hyacinth's Sleepless Teaparty

執筆したTale-JP

茜色の特異点
the Madder-red Singularity










The Edge of Lib. Tono's Memory



horizon.jpg



一番最後でもいいからさ 世界の涯てまで連れてって8



























☞著者ページ
☞旧サンドボックス





記憶の片隅の片隅




書きかけの下書き、没にした案etc.