toki_amo

ようやく砂箱移動しました

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 長い長い、サイト-81██の通路。
 その途中に一人の男性が立っていた。その後ろ姿は知っている。

「星原さん?」

 渉外部門人事課所属のエージェント、星原時浩。財団に入る時にお世話になった方だ。
 しかし声をかけても気付く様子はなく、通路の廊下から歩いてくる橙のつなぎの女性と、男性研究員を見つめていた。
 男性研究員は知らない方だったが、Dクラスの女性は知っている。確か先日Dクラスとして雇用された人だ。死刑になったその罪状は連続殺人だったはず。
 星原さん、ともう一度近付いて僕が声をかけると、彼はようやく振り返ってくれた。

「……ああ、波戸崎君か」
「どうしたんですか? あの研究員の方に何か用でも」
「いや、違うんだ。ねえ、あのDクラスの女性は……」
「え? あれは先日死刑判決が下った連続殺人犯の女性では?」
「そう、だよね……そうか」

 僕たちとその二人がすれ違った時、女性も僕達の視線に気付き、星原さんを見て驚きのあまり信じられない、といった様な顔をする。
 星原さんもすれ違う時、少し驚いた表情をしていた。
 この二人の間に漂う空気はまるで、昔の同級生に街で再会した時と同じように思えなくもない。

「早く歩け」

 しかし研究員が女性の背中を小突き、彼女は再び通路を歩き始める。
 それでも星原さんは、通路の向こうへ歩いていくその背中を目で追い続けていた。

「あの、星原さんってもしかして」
「……彼女は中学校の同級生なんだ。仲は良かった、と思う。……それと」

 一度星原さんは深く俯き、息を吐いて、再びその顔を上げる。
 そして本当に何でもないことのように、無表情でただ一言、

「僕の初恋の人だった」

 予想だにしない言葉に、思わず変な声が喉から漏れ出そうになり、慌てて口を手で抑える。
 そんな僕を見て、星原さんもびっくりしただろう?とどこか自虐気味に笑ってみせた。

「……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、ここがどんな場所か忘れていない。……彼女はどの任務に就くんだろうね」
「それについては他の方でないと……危険が少ない任務であればいいんですけど」
「一ヵ月後にまた会えるだろうか」

 とてもじゃないが、軽々しく会えるとは言えなかった。
 この場所において、橙のつなぎを身に纏う人々がどのような扱いを受けるのか、そんなこと誰でも知っている。

「……ごめん波戸崎君、用事を思い出したのでちょっと失礼する」

 それだけ言うと、星原さんは僕の返答も待たずに、通路を小走りで駆け出していく。
 その時星原さんの左手は、何故か彼の目元にあてられていたのを、僕は見てしまった。