⓪
君は机上の滑らかな石の表面を数回指で叩く。銀と真鍮の輪を冷たく淋しい光に照らしながら。先刻君が為していたことは大切なことだが、しかしそれは君の使命よりも重要だろうか?ふむ、恐らくだが、それは火急ではないのだろう。他の終着点に向き合いたまえ。
スクリーンはゆっくりと命をちらつかせる。テキスト線が前に傾くように素早くスクロールすることによって。コンピュータはそれ自体魔術の一種である。そこでは複雑なプロセスが互いに重なり、連結し、摩訶不思議な結果が生み出される。やはり魔法に似て、それらの失敗はしばしば壮観である。有難いことに、今日ではその心配はない。パスコードの激流を制せば即座にログイン画面が現れる。
一旦目を休ませる 〔訳注:クリックすると➀へジャンプします〕
ログイン 〔訳注:クリックすると➁へジャンプします〕
➀
君のオフィスはどの記録にも存在しないビルの中の、殺風景な廊下の突き当たりにある、殺風景な部屋だ。君はかつて洞窟や地下室での任に就いてきたし、裏路地や地下道での業務を指揮してきた。君は以前にもオフィスを持っていた。今より小さいが設備は良かった。しかし君は権威の梯子を登りつめた時にその部屋を手放した。君がどう想像していたのかははっきりしなかったが、それきり君は管理者を揺るがし、彼らの力を評議会の手中に集めたというのに。
他のオフィスはいつも人の接触に溢れている。彼らはかつて訪れた土地の写真や、子供達の作品、ペンで一杯のお気に入りのマグカップのような日用品を持っている。秘密屋だった管理者でさえ、数点の身の回り品を傍らに置いていた。
そこにあるのは白い壁、白い床。全てが白い光を浴びている。そこにあるのは流水の遠いさらさらというせせらぎとエアコンのブーンという駆動音。そこにあるのは三たび再利用される空気の淀んだ臭い。
多分、君に必要なのはこれが全て。
業務開始 〔訳注:クリックすると➁へジャンプします〕
➁
財団身分証明番号:000006
生体認証:確認済
声紋認証:確認済
第1パスワード:●●●●●●●●●●●●●●●●
第2パスワード:●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
第3パスワード:●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
ふむ、君は君のままでいるね。かつては意味のないものだった筈の観察ではあるが、君が120年目を過ごすにしたがって、この観察はよりいっそう歓迎されるのだ。当然ながら、人々は変わる。しかし人々の新たな形態もまた常にヒトビトであると、誰が言えるだろう?君を目の当たりにして意見を違える者もいるだろう。確実に。
システムアクセス 〔訳注:クリックすると③へジャンプします〕
③
//おはようございます、監督官-6。
ただいま、2056年10月19日、東部標準時10時12分です。本日の天気予報は曇り、また高確率で雷雨となります。最終ログインからは6時間経過しました。
現在、全世界で298の事象が超常現象の可能性ありとみられており、43の機動部隊が展開され、3つのアノマリーが予備文書化中です。65の新規インシデント記録がファイリングされ、6つの重要実験が実施され、財団職員間での141のメッセージがより厳密な再調査のために記録されました。
8つのアイテムに大至急対処してください。//
君はきっと、新たな災厄が彼らの頭をもたげさせるまで、幾許もやり過ごせなさそうだろう。当然ながら。かつては、君たち13人が会議場の各位をみな説き伏せ、君の一見不可能に見える決断に対する集合的信念を破壊した。その都度、君は君の集合的な人間性でできたガラクタをも捨て去ることや、運ぶ必要などまるでない重荷を負うことををよしとした。
この頃はそんなこともない。不条理は普通となった。君には捧げられる人間性がもう残っていないのだ。
- 進行中のSCP-5554頂点出現イベント 〔訳注:クリックすると④へジャンプします〕
- ミシガン州ヘル周辺の現実性の完全崩壊 〔訳注:クリックすると⑥へジャンプします〕
- オータム社による異常オブジェクトのオークション
- 核兵器保管集合思念体の統一
- 財団内ドキュメントの公開
- カナダ人口の0.05%における個性の全損
- ユーラシア大陸に広がる高伝染性のカルト行為
- SCP-6510の収容違反
④
//インシデント:511901
日時:2056年10月19日 東部標準時8時10分
地点:北緯36度11分、西経112度11分
初期記録:グランドキャニオンの幅がこの1時間でおよそ20メートル拡大し、頂点出現イベントとされる臨界点を突破しました。当イベントの開始以後、中程度の地震活動(マグニチュード3〜5)が周期的に検出され、グランドキャニオンの縁に沿って正体不明の黒色岩の6.0隆起が不定間隔で急発生しました。グランドキャニオンを流れるコロラド川流域は濁り、変色しました。
野生生物たちはその地域を広く放棄しましたが、概してその過程では通常の捕食/被食行動を無視しました。生残者たちは最大レベルの心理的不安を報告しています。26名の職員が安全の目的で拘束されています。
初動としてエリア・ディナイアル(領域拒否)がマイクロサイト-910のセキュリティによって創出されました。頂点浮揚イベントが70分以内に発生すると見積もられています。//
この事態、少なくともあと50年だ、とは君は思っていなかったね。 〔訳注:クリックすると⑤へジャンプします〕
⑤
最高建築の監獄さえも最後には必ず崩れ去る。君のもののことを言っているんじゃないがね、無論。君の最も遠い祖先の業でさえそうではないのだろうし。とは言え、君は錆びついた檻の縦棒やまた新たに崩れゆく外壁を包囲するべく残されたわずかな1人なのだ。こういう偉業は普通、魔術エキスパート10人分の奮闘を要するものなのだが。その10人各々が古今の教えを備え、彼ら自身の全てを注ぎ込んでも最短で1週間はかかろう。
君は数分もかけていられない。
君は自らの手を見下ろす。銀と真鍮の武装。そして君は拳を固める。君を取り巻く白い壁は消失し、意識と感覚なき潮流へと置き換わり、無限のエーテルを生成する。君は再び手を開く。そして赤岩の広がる大地の遥か上空に居ることに気づく。
君がゆっくりと舞い降りる間、地下に走る広大な切り傷は唸る。獣の如きぎざぎざの黒い歯をむき出しにして。君には耳の中全体を滅茶苦茶にする音の爪に感じられる。その爪は絶望と共に君の心の最も隙のある部分を狩り、囚人たちの恐怖と痛みを幾分、分け与えようとする。君でさえ、君という存在でさえ、原初的な反応を感ずるのだ。底知れぬ苦痛への戦慄ける接触には。
感ずるが、それがどうしたというんだ?ありとあらゆるものへ向けられた滲み出る悪意への接触を君が感じたのは、全くもってこれが初めてではない。君は指環をはめた手を素っ気なく叩く。この種の呪文は普通なら小規模の呪いでさえ準備に何時間もの慎重な作業を要するものなのだが、遠大なる君にとって詠唱はもはや1人で充分だ。君の遥か頭上で、太陽が霞み、揺らぎ、消えた。
一度きり君が創り上げた解き放たれし空間の中で、君は世界に君の意志を自由に課す。君は偶然性の鎖を君の眼下で激しく泡立つ悪意へかけて放り込み、海が渇ききり月がもはや無くなるまでの間、悪意を縛って大地とする。君は悪意に自由を約束する。ただし、最後の鳥が鳴き最後の蛇が死んだ後の話だ。君は悪意に再び太陽を見られることを保証する。ただし、悪意が死ぬ直前の一瞬の話だ。この鎖は君が居なくなった後も永く持続するだろう。
かつて、君は大陸の心臓部で、哀れなモノの如き魂の躍動を見たかもしれない。君の働きのお陰でそれはそれの同志を決して知ることはない。それぞれの躍動はまさしく確固とし、遂には世界中を巡るような。斯様な孤独の存在は君の心臓を痛めるのだろうが。今、その痛みが根付く場所はない。
君は指環をはめた手を再び握り、オフィスの椅子に腰掛ける。別の微かな災厄が避けていった。
監督官-6、残りのアイテムに対処してください。〔訳注:クリックすると③に戻りますが、アイテムが7つに減っています〕
⑥
//インシデント:512006
日時:2056年10月19日 東部標準時8時32分
地点:北緯42度435分、西経83度985分
初期記録:ミシガン州ヘル郡区25キロメートル圏内の従来的現実性はほぼ完全崩壊を被りました。影響地域の境界は可変的な灰色の地面で構成されています。実験目的でこの地面のサンプルを回収しようとする試みは失敗することが判っています。平均50デシベルの音が影響地域の外周から絶えず発せられています。予行分析によると音の波長パターンはBalaenoptera musculus(シロナガスクジラ)の鳴き声に類似していることが示唆されています。
ドローン偵察により、主要地勢と物体全般の再構築が起きていることが明らかになりました。影響地域内の地表面は周囲よりもおよそ2キロメートル下がり、ほほ全域がガラスの小球体に置換されたようです。円柱状のホルムアルデヒドの流れが地表から絶えず現れては上空へ移動しています。各円柱内には多種多様なオセアニアの動物達が諸々の腐敗状態で取り込まれています。大気は等しい割合の二酸化炭素と窒素の混合物で構成されています。//
青き収容室の仕業だ。〔訳注:クリックすると⑦へジャンプします〕
⑦
君が住まいに帰ってから久しい。ヘルには帰りゆくに足るものは何もなかった、全くもって。かつては君にとって終わりなき驚異の地だった。下級魔導士や郡区の一握りの道の地下に広がる広大なカタコンベを見抜くのをアテにしていたトレジャーハンターたちのほぼ終わりなき奔流の開催地だった。
以上までで力尽きました。
どうかよろしくお願いします。