Tark_IOLの机

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下書き置き場

主の御名を賛美します。

 そろそろ白い祭服に袖を通す時期だが、お元気だろうか。日中の陽射しは強くなったが、朝晩はまだ寒い。それでもドイツには及ばないだろうね。今はケルンにいるのだろうか、それともベルリンだろうか。

 信仰の保護の任を背負った我々としては、スターリングラードから届いた報せは衝撃だった。もしドイツが惨敗を期す事になれば、ポーランドの信者は大きな試練を受ける事になるだろう。

 このような状況において、ドイツにおける超常研究は活発化していることと思う。NSDAPの来歴1より、超常研究の専門家が重用される事は否定出来ないだろうし、イタリア王国のRIDIA2、或いはIJAMEA3や蒐集院といった大日本帝国の超常機関・団体の研究結果がドイツに伝えられたかもしれない。
 此等、異端は即刻破却すべきであるし、それが不可能であっても将来対峙する時に備えなければならない。

 コンコルダート4に違反する行動を続けるドイツ首脳部との関係上、信徒保護のため軋轢を深める事はできない。
 万が一の際の保護は約束できないが、君に最大限の支援が出来るよう、私は努力する。

主にあって。

1943年3月 ローマ


主の御名を賛美します。

 ローマでは半袖を着ている人が多くなった頃でしょうか。北ドイツは南欧出身の私にはまだまだ肌寒く、日中の陽射しは有り難い限りです。

 暫く手紙を送れなかったことをお許しください。詳細な報告書は無事ケルン、もしくはベルリンに帰ることができれば追って届けますので、報告書には載せることのできない雑感と共に手短に報告させていただきます。

 私は敬虔な信者を複数人、協力者として獲得し、彼らから受け取った情報を元に国内を移動しました。多くの場合は、ただの新兵器や超常技術を使って便利にしただけの代物ばかりでしたが、私はその中で1つの名前を掴みました。

 "オブスクラ軍団"です。掴むまではそれこそ、暗室の中で彷徨うような状況でした。アーネンエルベの一組織であるオブスクラは占領地域や国内にてアノマリーの蒐集や、研究を行う研究機関です。ドイツ国内には超常研究を行う小機関が複数ある事を確認しましたが(報告書に一覧があります)、オブスクラはSSの中でも知る人には特に恐れられるものだそうです。

 オブスクラは日本帝国に存在するIJAMEAや陸軍に設置されている超常研究を行う特別部隊とも情報の交換があり、強化人間等の語が含まれた日本語の資料を確認できましたので、資料の到着後翻訳してください。また、吸血鬼や魔女に関する資料も送ります。

 その後、それらの資料から関連性が高いと思われる収容所を調べました。その後私は1つの収容所に行き着き、そこに潜入したのです。

 その際、強化人間の脱走に巻き込まれました。夜のことです。
 敷地はずれの施設を調査中、ひしゃげた鋼鉄製の扉を見つけ、後方からは足音が近づいてきました。白い光が私を捉え、私は逃走を余儀なくされました。

 予想外にも強化人間の足は遅く、彼を途中で追越しました。でも振り返って見た彼の姿は忘れられません。
 曲がった背骨に歪んだ胸郭、それに肥大した右腕。頬こけて、継ぎ接ぎの顔。私を見据えた突出した眼球。私は怯えました。

 しかし、彼は私を見つけると、悪びれた目とくぐもった声を向けました。それは確かに「巻き込んですまない」と聞き取れたのです。
 私の心はその言葉によって落ち着きを取り戻し、内ポケットからP38を引き抜き、銃口を監視兵に向けました。
 彼の身体に隠れるようにして収容所の外壁まで到達し、彼が穿った穴から脱出しました。

 その時、私の心は彼を異端として殺害するか、見捨てるか(既に十分弱っておりどちらの選択肢も容易に選べた)、若しくはそのまま付いていくかで分かれていました。
 結果的に私は後者を選ぶことにしました。1つに、巻き込まれたとはいえ命の恩人に弓を引くことは耐え難い選択であること、2つに彼は教義に反する存在でありながら、犠牲者であることです。
 彼はその逃避行の最中、家族や親しい友人の話、そして犠牲者でありながら私に告解を行ってくれました。
 しかし残念ながら、彼の強靭な肉体は、約一週間後恐らく破傷風に倒れました。私は彼の身体を清め、森に埋葬しました。

 彼は確かに人間でした。新たな犠牲を増やさぬ為にも、ドイツによる残虐行為、反教的行為を今すぐにでも断ち切らなければなりません。

 現在、私は何らかの拍子で秘密警察に捕らえられるかもしれません。しかし、任務だけは果たします。

 最後に先生、またウァティカヌスの丘でお会いしましょう。

主の名にあって。

1943年7月 シュチェチン


総番号: ██████
1943年8月3日 17時 52分 ドイツ・ベルリン発
1943年8月4日 xx時 xx分 本省着

国務省長官 ████・████████枢機卿 殿

第█████号 極秘

1943年6月に████強制収容所で起こった囚人の脱走事件に、貴国の外交官█████・█████が関わっていた容疑がかかっている。諜報活動も行ったと類推できる所持品も携帯していた。
現在、彼は死亡しているが、これは確保する際銃撃戦に発展し、また、彼が外交旅券を提示せず外交官特権を確認できなかった為である。

これが真実であるならば、貴国と本邦との友好関係に多大な悪影響を与える事だろう。この件については新たな疑問が浮かび上がり次第、送信させて頂く。

この件に対しての弁明を求める。

署名 大ドイツ国 外務大臣 ヨアヒム・フォン・リッベントロップ

総番号: █████
1943年8月5日 09時 43分 本省発
1943年8月4日 xx時 xx分 在ベルリン大使館着
外務大臣 ヨアヒム・フォン・リッベントロップ 殿

第████号 極秘

8月3日に送信された文書の内容に対して、そのような事実は一切ないことをお約束しよう。以前からお伝えしている通り、聖庁には諜報活動を行える下地こそあれど、組織的な諜報活動は行っていない。
諜報活動が実際にあったとすれば、聖庁と貴国の外交関係を破壊しようとする謀略、または個人的正義感に動かされた結果の行為と考えられる。
聖座としては、貴国に引き続きのコンコルダートの遵守と、友好関係の維持がなされる事を切に期待する。

署名 国務省長官 ████・████████枢機卿

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