Tark_IOLの机

ライフデザイン


プリチャード学院は幼稚園から大学までの長大なエスカレーターを持つ私立の学校だ。

設備自体はなかなかいい学校なのだが、どこの学舎も妙に市の中心部から離れているらしく、僕の高等科時代の朝は、最寄の私鉄駅から出るシャトルバスに乗って車窓を眺めることの繰り返しだった。幼馴染が行った進学校もよく似たものだったようだが、プリチャードは別段進学校というわけではなかった。

中の下から下は地元の高校へ、それより上は30分圏内の有名大付属を目指す。そんな有様だったので、シングルマザーである母親は気を遣って、僕にプリチャードを勧めたのだろう。

大学生協のエプロンをハンガーにかけ、スチールロッカーに戻す。部屋の奥から聞こえてくる黄色い声を避ける様に背を向けると、通用口から外に出た。

もうそろそろ冬至を迎える空は、既に闇に沈みつつあり、大学裏のバス停に伸びる道は妙な感じだった。特に、裏口の前には新興宗教の勧誘員と見られる中年女性が2人立っている。1人がマンダラっぽい文様が刺繍された布をプラカードの様に掲げていて、それが少し離れていても酷く目に付いた。


「改めてお名前を」
「パラグラフィックデザイン科の3年、佐藤真一です」
ここは、学生支援事務室にあてがわれた一室。1人の事務員の前には、テーブルを挟んで1人の学生と彼を担当する講師が座っていた。
「一応、対抗ミームは摂取していますよね、エージェント角尾?」
もちろん、と彼が頷くと目の前に、一枚のチラシが差し出された。

「このマンダラっぽいのがそれですか?」
教義の説明などが細々と書かれているチラシに、カラフルで幾何学的な模様の画像が紙面の半分を占めている。
「はい、よくあるパラグラフィックですね。これに暴露するとどうも判断力が低下したり、他人の言うことを簡単に信じやすくなってしまいます。」
彼は一呼吸置く。
「ただ、別段効果が高いという訳ではなく、型を組み合わせて作った様な代物で、ちぐはぐで、うまく噛み合ってないようで」
「つまり?」
「恐らく、学生が作ったと考えられます」
「貴方も同じ様な見解で?」
「はい」講師は頷く。
「こちらがこのマンダラについてまとめた資料になります」と講師は続けて、紙の束とUSBメモリを卓上に置いた。

エージェント角尾は紙を暫くめくる。
「ううん、これは上の方に送っておきます。ところで、これはどこで」
「向こうのキャンパスの文学部、2年の、笠見光洋くんから。」
「関係と経緯を」
「彼とは高等科からの付き合いです。彼はその、クラス内にあまり友人がいるような奴じゃなかったんですが、部活内にはそこそこ話せる面々がいて、その一人が僕だったんです」
「そのよしみで今も時々気にかけていた…ということですね」
「はい。そして、1週間ほど前、新しい友人ができたので紹介すると電話が来たので、珍しいもの見たさにファミレスに行ったんですよ。結果、その新しい友人って奴と一緒になって、怪しげな宗教団体に勧誘されたんです。直前に受けた実習で摂取した対抗ミームがまだ効いていたことは幸いでした。お陰で家に帰った後にチラシに気づいて、教授に翌日相談することができたんです」
「ふむ、じゃあいくつか質問を。」


From: 渉外 ████
To: -
Title: █████号事件に関して


特事課の協力を取り付けられたので、1ヶ月程で当該団体には適当な容疑で捜索が入る予定です。報告のあった学生の保護に関してはまもなく人事から詳細な指令が届くと思われるので、角尾さんの方でも準備を進めておいてください。…

〈削除しますか?〉

『霊感商法で被害二千万円 ███市の宗教団体摘発される』
駅に壁に掲示された地方ニュースが目に止まったエージェント角尾は、思い出したかのように渉外からのメールを完全消去した。そこで、画面左上の時間表示に気づいた彼は、アルミ缶をゴミ箱に放り投げると、ロータリーに向けて走り出した。


「そのまえに、佐藤君、笠見君とはあの後なにかありましたか?」
エージェント角尾は、就業する部署についての面談に取り掛かる前に、彼の近況を聞く。
「感謝してくれました。向こうのお父さんが電話口に出てきて、すまないすまない、と。一昨日、光洋と一緒に焼肉屋に行ったんですけど、食べ放題の料金を奢ってくれました」
彼は"人のお金で食べる焼肉は美味しいですよね"と笑って答えた。

「それは良かった。よし、では本題に入るのだが、希望はアナート系のデザインの部門…で良いですかね」
「はい。出来れば、研究とか開発、要は制作の方がいいです。人の精神に干渉するというパラグラフィックを社会の為に使うことは、財団でしか出来ないことですし」
「ううん…これは最終的には君の自由意志になることを前提に置いておくのですが。非常に申し訳ないだが、人事局はどうも、先の事案での協力を鑑みて、分析の方に推薦したいらしい。制作だけでなく、分析や批評の成績は悪くないから…と。」
「…。割と、予想はできましたが…」
「弁明させてもらうと、報告書には尚書きとして君の希望も混ぜておいたんだが…。人事局曰く、"人格についての記述を見て現場のリーダーが食いついた"らしい。その、アレばかりなので普通のヤツが欲しいと」


From ████
To -
Title █████号事件に関する子女ファイル改定業務完了の報告


・福利厚生に関する協定に基づく支援の終了につき移動
笠見光洋
梶原翼

・人材利用性の下方修正
西風義明
六鹿翔
酢田重吉

以上、担当分完了しました。

業務ログ 200█年3月28日15時36分
作成報告。佐藤真一分析官の人事ファイル。