シスタールコのセキュリティボックス

173/瞠目の呪い


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████/██/██ ██:██

 ……このアーティファクトが正式に確認されるまでの経緯を追えるのは、惑星テラのサントメ島軌道エレベータで、貨物登録された時までだ。貨物登録者の情報は偽装されており、これ以上、データベースから追っても得られる実は無いだろう。軌道エレベータの職員の証言では、サントメ島に持ち込まれた時から、身体改造者による監視が常に行われていたとみられる。このアーティファクトの特性上、改造を受けていない者には監視できなかったのだろう。 監視を行っていた身体改造者も、検死の結果、義眼を使用した最小限のサイバネティックスが行われているに過ぎず、よほど近くなければ、回りにいるような始源主義者と見分けはつかなかったはずだ。
 サントメ島唯一の空港である、ポルトアレグレ空港を降りた私は、その周囲にのさばる浮浪者と、難民と――もはや違いはさしてわからないが――その人混みを掻き分けて目的地へと進んだ。いや、掻き分けるという表現は正しくない。彼らは私の姿を見るや、何を乞うでもなく自ずと道を空けたし、空港の職員は私の顔と、体と、足からセンサーの先までをまじまじと見てからでないと、口を開かなかったからだ。
 私はそのことには今更何の不快も抱かないし、むしろ観光に来たような快い新鮮味さえ感じられた。それでいい。彼らは、私を知らないのだ。視界に浮かぶ金属探知機の結果も、テキストチャットの符丁も、彼らは知らない。だが私は彼らを不便や無能といったようには思わない。この空港からも、どの空を見ても視界に入る摩天楼、軌道エレベーターの彼方には、それすら認め、受容する世界があるのだから。
 ロビーから、空が見える場所まで出てきた頃には、土気色の雲が空を覆い、軌道エレベーターを隠していた。

████/██/██ ██:██

 ぎょうさんお持ちになって、重くあらしまへんか。と、彼女が言ったことがやけに印象深く感じられた。
 何かを聞き返すことはしない代わりに、私は着ていたコートを彼女に手渡した。彼女はそれを軽く畳むと、メ=ゾシ市のデータセンターへ向かうよう運転手に指示をした。彼女のフラ・カタル訛りの強い英語に運転手は困惑したようだったが、私が言い直すと運転手は安心したようだった。
 アンナ・アンネマリー・アントワーヌと書かれた名刺を差し出すと、彼女は私のサントメ島までの移動を労った。しかし、単純な移動距離で言えば彼女の比ではない。私がこの惑星の地表を音速も超えない速度で移動していた間、彼女は再構成航路を用いて光速の12倍近い速度でテラまで来ていたのだ。
 つまりはそうまでして彼女はテラまでやってくる必要があるわけで、その出迎えとして私がここにいるわけだ。フラ・カタル連盟政府において『サントメ島のアーティファクト』と呼ばれたそれは第一報で放たれた情報から政府高官たちの興味を誘い、官僚組織らしからぬスピード感を持って現地まで指示が下されたのだ。
 やがて車は穏やかに止まり、アンナと運転手の間で二言、三言と交わされた後、車内を3発の銃弾が跳ね、そのうち1発が私の身体を掠めた。
 降りとくれやす。と私の側のドアが開けられたのは、そのすぐ後のことだった。

████/██/██ ██:██

 私達が彼女のいる部屋に入った頃には、彼女は既に疲れた顔をしていた。
 遠くを見て少し虚ろな目をしていたが、ふっ、と目の焦点が合うと、すまんな、薬がまだ抜けておらん。と、よく通る声でつぶやいた。
 それを否定し、無理を言って面会させたのはこちらであることを詫びると、革の手帳を見せ、自らがフラ・カタル連盟警察機構の捜査担当警部であることを告げた。彼女は、『サントメ島のアーティファクト』が暴走し、通商輸送業者の職員47名を殺害し、通商護衛艦を含む4隻の輸送船を遭難させることになったこの事件の、数少ない生存者だ。
 怪我の様子は如何ですか、と聞くと、見ての通りだ、返された。病院の発表では、脊髄を含む全身の複数個所の骨折だったという。最近まで生死の境を彷徨っていたろうが、その後も通常であれば義体の導入も選択肢に入るほどだ。彼女はそれを望まず、外科手術と生体ウーズ浸透法による保存治療を選択した。
 それに私は、彼女が私の姿を見て何の特別な反応を示さないことに少なからず驚いた。彼女は古典的な始原主義者であり、保守的な貴族階級の産まれであることは調べていたからだ。高額な保存治療を選択したのもそのためで、始原主義とは人の形であることにアイデンティティを持つ。義体化した身体とは相容れない。
 それで、と私は切り出した。

████/██/██ ██:██

[音声ファイル再生しています…]

「貴方が、あれに襲われたときの状況を教えて下さい」
「何度目だと思ってる。お前たち以外にも散々話したことだ。そいつらに聞け」
「何度も聞くことで、わかることもあるんですよ」
「じゃあ話すよ。私が██時に艦橋で襲われたとき、私の周りに3人の乗員がいた。副官のレッデと、水夫のジョアンが2人。おい。メモは取らないのか?」
「失礼。録音してますので」
「そうか。レッデはマーズの生まれで、ジョアンは私と同じテラのイタリアだ。だから、三人共始源主義者と言っても差し支えない。これがお前たちの欲しい情報だろ?」
「随分と、偏った情報だ。もう少し詳しく聞きたいです」
「あれはな、私達しかいないあの状況で、瞬きの瞬間だけ動いて私達を殺しに来た」
「らしいですね」
「最初にジョアンの首を折り、レッデの肩が2つに折られて、もう一人のジョアンも、ああ、気分が悪い」
「無理はなさらずともいいですよ」
「なんにせよ、あれは私が見てる間は何もしなかった。ただ、私が通信機を手に取るまでの間に、3人はあれに殺されて、悲鳴が聞こえたと思ったら、私もあれにハグされていた。すぐに異常を知ったロラが入ってこなければ、私もああなってたろうな」
「なるほど。ロラというのは、どういう方ですか?」
「あいつは全身を義体化してる。だから襲われなかったんだろう。お前たちが知りたいのは、そういうことだろ」
「どういうことです?」
「フラ・カタル連盟の偉い方は、あれをどうにか使えないかと思ってる。そうだろ?」
「私はただの警部です。あくまで事故の詳細を調べるに留まります。あまり私達で遊ばないで下さい」
「悪かったよ」
「ところで、貴方の船には、何人の始源主義者が乗っていたのですか?」
「知らん。お前の所は、人を雇うのに政治の主義主張を聞くのか?」
「聞かれませんよ。調査はされますがね」
「フラ・カタルじゃそれが常識か」
「そうなのでしょうね」

[音声ファイル再生を終了しました]

 
 

 # この資料はSCP-173収容時にアーカイブされました。
 # オブジェクト確保時の貴重な資料ですが、回収時に記憶パーミッションがオンライン化されていたことから、
 # フラ・カタル連盟政府の警察機関も同じ資料を保管しているものと推測されます。
 # 連盟政府への干渉は続けて行います。引き続き、散逸したオブジェクトの捜索を続けてください。
 # 我々は忘れていません。


下書きおわり


※以下は記事の下書きではなく、私のヘッドカノン「Space C███ Princess」の設定集です。チラシの裏です。

Space C███ Princesspedia

We forgot.

 全ては海溝に沈んだと言われた。
 それが全てを清算したのかどうかは、もはや誰も知る由も無いが、ともあれ『人類史の記録機』が本来の人類史を歪に再現し、その歪みが捻じれた均衡を手にしたまでの間に、多くが失われたことだけは理解するしかない。
 なにせ、人類は地球という枠組みを超越しつつあり、星々の数多の生物と融和し、それでも尚、己の始原にすがっているのだから。


 歪な人類史が、果たして正しかったのかどうかはさしたる問題ではない。その証拠として、リブートされた人類は立派に成長し、地球という揺りかごを既に脱しているのだ。千差万別の理由を持って揺りかごを放棄した人類は、新たな世界への旅立ちを、類稀な勇気と必要な分だけの寛容さ、有り余るほどの狡猾さを用いて成功を収めた。
 揺りかごを捨てた理由など、何故いまさら説明するのだろう?
 赤子が四つん這いから己の足で立つように、それはごく自然な流れだった。あらゆる国のあらゆる事情を鍋にぶち込んで火にかけたとしよう。そんな広い視点で見れば、そうであることのデメリットが勝ったためだ。人類には必要だった。手が不潔な地面から離れて指を用いて、より高い視点で物事を見下ろすように、穢れた大地から足を離し、より危険なものたちを見下ろせるようになることが。


 

 人類は宇宙に進出して数千年、発展を続けてきたが、

 その過程で複数の思想が発生し政治的な対立を産み出すことになった。

 

 「宇宙に出るものは皆、自分が自分が、と己の話ばかりだ。少しは己を省みないのか」

 「宇宙空間に、客観的な位置情報は存在しないでありますからなぁ」


 

 星と国を区別する境界は既に曖昧なものとなった。

 人類が抱えた問題は、土地で区切って解決するにはもはや大きくなりすぎた。


 

 まるでSFのようだ、と人は言い続けた。

 だから、きっと未来はSFのようになる。これからも。今までも。


 

 宇宙へ出た人間にとって、好奇心が人を殺すことは日常だった。

 あれは何? 触っていいの? どう使おう? 理念は、歪んだなりに再現された。