アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは、サイト81██内の特別収容庫に保存し、定期的にDクラス職員による収容状態の点検を行ってください。SCP-XXX-JPを用いた実験はレベル3以上の職員1名の許可を受けた場合に実施可能ですが、不用意な異常性曝露を防ぐ為にそれ以外の理由での持ち出しは許可されません。
説明: SCP-XXX-JPは20██年に████社によって刊行された数枚の新聞紙です。複数の穴や皺の存在、体液の付着などによる激しい劣化が見られますが、その形状や記載内容、重量などに特筆すべき点は見られません。
SCP-XXX-JPに人間が触れた場合、その人間に対し記憶障害を発生させます。その症状にはばらつきがあり、軽微な場合には物忘れ程度の軽い記憶の齟齬の発生で済みますが、重篤な場合には対象の記憶能力に深刻な変化が生じ、現在と過去の記憶の判別が難しく、或いは不可能になります。極端な例を挙げると、対象は数年前に摂った食事の記憶をついさっき摂った物として認識するようになりました。また、曝露した際の症状は多くの場合で後者に近しいものとなります。これらの症状は、「過去に起こった出来事を今起こったこととして認識する」という点において一貫しています。この症状は、一部を除いてクラスBの記憶処理により特定の記憶を処理することにより治療が可能です。補遺XXX-01を参照してください。
SCP-XXX-JPは██県██市██町で発生した家庭内での死体遺棄事件に於いて、「通報者や現場に駆け付けた警察官のほぼ全員が記憶に障害を持った」という情報が財団の注意を引きエージェントが急行し、特異性が発覚しました。その後収容部隊が曝露者を保護し、関係者にはカバーストーリー「集団ヒステリー」が流布されました。この時SCP-XXX-JPは身元不明の乳児(後ほど、生後8ヶ月程度の男児と推定された)を無造作にくるんだ状態で発見されました。腐敗の状態などから、乳児は3日程前に死亡していたものと思われます。収容部隊が現場に到着した時点で両親の姿はありませんでしたが、その後の調査により身元が特定され、確保されました。詳細はインタビュー記録XXX-02を参照してください。
インタビュー記録XXX-01
対象: D-22815
インタビュアー: █████博士
付記: D-22815は実験によりSCP-XXX-JPの異常性に曝露したが、症状は比較的整合性のある日常会話が出来る程度に軽かった事からインタビューが行われた。
<録音開始>
インタビュアー: それでは、インタビューを開始します。D-22185、SCP-XXX-JPに触れてから、何か変わったことはありますか?
誰かさん: あの臭くて汚ねえ紙クズか。何かアレに触ってから、頭が変になった様な感じがするな。何なんだアレは。
インタビュアー: 詳しく話してください。
誰かさん: さっきだってそうだ。この部屋の前に来て、あんたが扉を開けて。で、こう、まあ入るだろ?で、この椅子に座った。確かに座ったんだ。なのに、気が付いたら俺はまだ扉の前でぼうっとしてた。
インタビュアー: やはり記憶の齟齬が起きていますね。貴方の様な報告の事例は、症状の大小に差はあれど多くあります。何かを正確に思い出すのが困難になる、といったところでしょうか。
誰かさん: いや、うーん。思い出すのが難しい、っていうかなあ。なんとなく、本当になんとなくなんだが、なんか違うんだよ。こう、昔の記憶が、俺の今の記憶に無理やり割り込んでるような感じなんだ。俺の意志とかそういうのに関係なく、今まで普通に忘れてたような記憶が。
インタビュアー: それは、思い出すのが困難になるのとは、何か違うのでしょうか?
誰かさん: いや、うん、そうなんだけどな、そうなんだけど。思い出すのが困難、っていうんじゃないんだよ。むしろもっとたくさん思い出してはいる。今まで思い出さなかったようなこともな。だけど、それが。[10秒沈黙]うーん、なんかうまく言えねえな。
インタビュアー: 大丈夫ですよ。思った通りに言ってください。
誰かさん: ああ、うん。[8秒沈黙]思い出とか記憶とか、そういうのが意志を持って。「忘れるな」って、いや、「忘れられたくない」って、暴れまくってるような。そんな感じなんだ。もしそんなのが本当に感情を持ってるんだとしたら、忘れられるってのは要は殺される、死ぬってことだろ?何か、そういう感じがするんだ。
インタビュアー: 成程。参考にします。では、そろそろインタビューを終了しましょうか。暫くはその状態に慣れないと思いますが、こちらの研究が終わり次第、すぐに適切な処置を行いますので。
誰かさん: [30秒沈黙。その間、█████博士による呼びかけにも応じなかった]
インタビュアー: D-22185?どうかしましたか?
誰かさん: いやだ。[10秒沈黙]しにたくない。
インタビュアー: D-22185?
誰かさん: あ、えっ?すまん、何か言ってたか?忘れて、[首を傾げる]うん、忘れてくれ。
インタビュアー: [5秒沈黙]インタビューを終了します。
<録音終了>
終了報告書: 後日再度D-22185に対して聴取したところ、インタビュー中の不可解な言動について「何故かは分からないが、そう言わないといけない感じがした」と回答。精神鑑定を行ったが、SCP-XXX-JPの異常性曝露によるものと思しき軽度の混乱以外に特筆すべき点は見られなかった。
インタビュー記録XXX-02
対象: 沢渡 ████(23歳女性、遺棄されていた乳児の母親)
インタビュアー: ████研究員
<録音開始>
インタビュアー:** それでは、インタビューを始めます。まず、貴方は何故あのような状態で子供を放置し、死なせてしまったのでしょうか。
誰かさん: は?あのような状態って、そんなんいちいち覚えてないよ。てか何?死んでたの?
インタビュアー: [7秒沈黙]貴方の家から発見された子供は、新聞紙にくるまった状態で亡くなっていました。死亡したのは█月█日と推定されています。
誰かさん: ふーん。
インタビュアー: 調査した限りでは、貴方に子供がいるという情報は見つかりませんでした。どのような形で出産をされたのですか?然るべき場所への届出などは?
誰かさん: アイツとの間にガキが出来るとか、考えただけでキモいから。堕ろしたかったんだけど手術の金が勿体無いからとりあえず産んで、そっからどうにかしようってことにした。近所にあんまり人居ないし、出来るだけ静かにってことにして。家で産んだよ。風呂場で。痛いし、アイツが口ぐいぐい押さえつけてきて、ほんと死ねばいいって思った。
インタビュアー: そこから、その子供はどうなさったのですか?
誰かさん: えーっと。何か意外にすぐつるんって出て来て。泣かれると流石にやばいからって水張ったバケツ用意してたんだけど、もうすぐにでも入れられるようにってアイツが両手出して構えててさあ。[笑い声]まあ何かごぼごぼ言ってて、すぐには泣かなかったからやりやすかったらしいんだけど。で、その後にね、そうそう聞いてよ。私がさあ、仰向けで寝転んだままで、あーもう痛い痛い何なのほんとこんなクソガキ死ねよ思い出したくも無いーなんて言ってたの。そしたら、今までのすごい痛みが嘘みたいに消えて、何か、胎盤っていうの?血塗れの汚いのが全然痛みもなく出て来て。その後も子宮が痛むとかそういうのも全然なかったの。
インタビュアー: その状況について不可解に感じませんでしたか?
誰かさん: そりゃあね。何なんだろうって二人で話してたんだけど、でも今はそうも言ってらんないからってことで。血とかを掃除して、血のべったりついたタオルとかを外からは分かんないようにしながらゴミ袋に入れて、一息ついて。
インタビュアー: [会話]
誰かさん: [会話
<録音終了, [必要に応じてここに日時(YYYY/MM/DD)を表記]>
終了報告書:
補遺: [SCPオブジェクトに関する補足情報]
あのね。
僕はさあ。
いや、君たちがどう思うのかは分からないし。
僕にはそれが正しいのかどうかなんて全然知る由もないんだけれど。
僕は、凄く懐かしかったんだ。
僕はこうして人生の終わりが近付いていて、勿論それだけの時間を生きてきた。
そうしてるとさあ、なんというか。
思い出すのさ、時々。
僕の生まれた処はね、まあその時代は何処もそうだったんだけど、
今みたいに、こう、きちっとはしてなかったんだよ。
道路にも車なんて殆ど通ってなくてね、子供が普通に落書きなんてしててさ。遊び場だったんだね。
何処に行っても子供が居たよ。今みたいな、洒落て垢抜けた感じなんて全然無くて、
服も安っぽい、色褪せた生地のやつばっかりでさ。靴も履いてないようなのもいたんだよ。
そんなんだから、遊びもなんか乱暴でねえ。
これくらいの大きさの、白いような茶色いような石が転がっててね。
それを道路とかにがりがりってやるとね、こう、チョークみたいな塩梅で、削れていくのさ。
結構力が居るんだけどね。力加減なんて分からないからすぐ手に跡が残ってた。
僕らはオエカキイシなんて呼んでたけど。
何時間も遊んでたなあ。
今は中々無いよね、そういうのって。
僕もだけど、何というか、すぐ飽きるようになっちゃった。
小石一つとか、枝一本とか。
そんなので、あんなに汗だくになって遊んでいたんだね。
別に約束した訳じゃなくても、公園に行ったら皆が居てね。
毎日毎日毎日、飽きもせず。
何が面白くて、ああしてたんだろうね。
今はもう、その時の遊びも、一緒に遊んでた、友達の顔さえ。
分からないよ。
忘れちゃった。
でもね。あそこに行ったとき、思ったんだ。
嗚呼、懐かしい、って。
まあそもそも、僕はあそこに思い出なんか無いんだ。
僕が生まれた、その時の町なんだしね。
物心なんて勿論無いさ。
でも。わかるんだよ。なんとなく。
僕は この家のお母さんに抱っこされて、子守唄を聴いたんだ。
僕は この公園に沢山咲いてる芹で、冠を作ってもらったんだ。
僕は この駄菓子屋のお姉ちゃんと一緒に、お昼寝をしたんだ。
僕は この公園にある象の滑り台が怖いって、大泣きしたんだ。
何でだろうね。知らないけど、覚えてるんだ。
色も姿も匂いも、はっきりと、思い出せるよ。
少し掠れた優しい歌声も。
くすぐったい草の感触も。
縁側で鳴った風鈴の音も。
絵の具が剥げた象の目も。
見えるんだ。ああ、見えるよ。
ほら、あれは――――僕の家だ。
ぼうっと、薄惛ぐらく、照らされてる。
茜色の夕陽だね。
その下に。
門の処に、大きな猫が居るだろう。
いつからか住み着いていたんだね。
そういうの、あっただろう。
犬とか猫とか、動物なんかそこら中にいてさ。
なんか、近かったよね。そういうものとの、距離感っていうか。
それで門を通って踏締めるのも、でこぼこした石と、土でしょ。
庭なんて綺麗なもんじゃないよ。虫なんか一杯いたんだ。
団子虫とか、蟋蟀こおろぎとか、蟷螂かまきりとか。今は触れもしないけど。
僕は、小さかったからね。見るもの全部、そりゃあ大きいんだけど。
でも、なんか、近かったんだ。
全部のものが。
そして、光。
光がさあ。
今みたいに高層ビルとか中々無いから。
遮る物が無かったから、陽の光って。
家も人も、低いところに在ったけど、それは。
その遥か上に。
もう、何処までも、広がっててさ。
家も。人も。土も。
全部が、あの優しい橙オレンジで、包まれてるみたいに。
凄かったなあ。
凄かったよね。
温かくて、強くて、優しくて。
綺麗というより、うん。
優しかった。
優しくて。懐かしくて。
不思議な気持ちだったよ。あの頃は。それと―――。
あの場所は。
ねえ、先生。
私の見た、おばあちゃんはさあ。
あの、懐かしい、おばあちゃんは。
"ほんとう"じゃあ、なかったのかなあ。
いや、先生達みたいに頭の良い人たちに向かって言うことじゃないかもしれないけど。
ゆうれいとか、おばけとか。
いや、こういう言い方は好きじゃないなあ。
そういうんじゃあ、無いんだよ。多分。
僕は頭も悪いし、判ることも少ないんだけど。
そうじゃないんだよね。
あれは、ほんとうじゃあ、なかったけれど―――、
思い出、なんだよ。きっと。
いや、思い出なんてものはね、曖昧ですよ。実体もないし確証もない。
僕だってそうだし、まだ若い先生だってそうでしょう。
乾いて、霞んで、殆ど見えないんだよね。時間が経てば。
実体が無くて、視みえなくて、でも見えて。
ゆうれいではないけど。
幽かすかではあるんだろうかねえ。
ほら、今は、ゆうれいとか言っちゃうとさ。
恐ろしくて、怖いものじゃない。
でも、思い出は。視えないけど。幽かだけど。曖昧だけど。
優しいから。
ほら、先刻さっき言ったじゃない。近かったのさ。色んなものとの距離が。
何て言うかなあ。
自分とか、皆とか。
此岸しがんとか、彼岸とか。
人間とか――思い出とか。
包み込んでるっていうか、そんな感じなのさ。あの場所は。
そっと、優しく。安心できたなあ。
まあ、そんなこと言ったら、又怒られちゃうんだろうけどさ。
僕の思い出の中の、おばあちゃんに。
いや、勿論、分かってるよ。
なにか"こわいもの"――それこそ、ゆうれいみたいなものが化けてたのかもしれないさ。
思い出っていうのは、そんなに綺麗なものでは、無いのかもしれない。
でも。
ゆうれいでも、こわいものでも。
ひょっとしたら、思い出の、その中に生きている人たちは。
何かの気紛れに、優しくしてくれるかもしれないから。
あの頃の空を照らしてた、陽ひかりみたいに。
朦朧ぼんやりとだけど、温かい陽が。
包み込んでるみたいに。
だからさ。
違うのさ。きっと。
こわくても。
こわいものでも。
恐ろしくはない。
畏おそろしいものでは―――ない。
で、それはきっと―――
変わらない。
何って、僕たちにさ。
僕たちは、こうしている今も、どんどん死に近づいてる。
此岸と彼岸は、隣合せに在る。そう思うんだ。
だから、共いっしょに居る内に。思い出の隣で過ごしてる内に。
僕らもどんどんと、彼方側に。
思い出に、成かわっていくんだよ。
だから、変わらない。おそろしくない。
だから―――懐かしい。
そんなもんなのさ。
あそこに居た人だって。
きっと、本当は、なんにも変わらない。
―――何でこの話を先生にしたかって?
うん、何でだろうねえ。
僕にも分からないや、はは。
突然に――というより、うん。
何となく、思ったのさ。
思い出したのさ。それだけ。
でも――――何だろう。何か、
不安になったのかもしれない。上手く言えないけど。
もう、思い出せないんじゃないかって。
もう、二度と、会えないんじゃないかって。
――何でだろうね。
――見た時から、なのかなあ。
先生が持ってる、その注射器の針を。
いや、疑ってるとか、そういうんじゃなくて。
ああ、いやいや、違うんだよ。一寸ちょっと思っただけのことだから。
気を悪くしてしまったかなあ。申し訳ない。
そう?
そうかい。
なら良いんだけど。
え?
いえいえ、有難いですよ。
やっぱり疲れていたんだろうね、最近良く眠れてないんだ。
助かるよ。ありがとう。
うん、うん。大丈夫。
ああ、でも。もしかしたら。
思い出が。
会いに来てくれたのかもしれないねえ。
もう居亡ない誰かを、誰かとの思い出を、思い出すということは。
そのひとと、彼岸あっちの世界と、繋がることだと思うから。
だから、会いたい人に逢えない時でも。
思い出せば。
思い出の中で、遇あうことは、出来るのかもしれないね。
そうだといいなあ。
だから、僕はあの時。
あの、懐かしい家。
懐かしい街の中。
優しい茜色の。
夕陽の下で。
ちゃんと。
聞いて。
見て。
感じて。
思い出に。
あのひとに。
少しの間でも。
あの時だけでも。
僕の大好きな人に。
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
逢えていたのなら。
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
空白
嬉しいねえ。
そうだと良いなあ。
ああ、ごめんね。長々と話しちゃって。
こんな年寄りの話なんて、すぐ忘れちゃうだろうね。
僕?僕は―――そうだなあ。
昔のことなんて、箪笥の中に仕舞い込んだ葉書みたいに。
陽ひ焼けしちゃって、字なんかも滲んで殆ど見えなくて。
もう、何か、ぼろぼろになってるけど。
その全部を忘れることは、無いんじゃないかなあ。
僕の、思い出だからね。
誰かのじゃなくて。
僕の。
忘れないさ。
だって。
伝言も預かってるんだから。
空白
空白
空白
空白
ああ、そろそろ始めるかい?
腕?ああ、はいはい、袖を捲らなきゃね。
それじゃあ、
お願いします。