Shiki0011収容室
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あれから34時間が経過した。

世界の支配者だった肉塊どもは皆、今も穏やかな顔で眠っている。57億の全人類、250万種の動物、数える気すら起きないほど生命たちも皆、皆、皆。
誰一人として最後の一瞬まで悲鳴を上げることなく、逃げ惑うことなく、抵抗することなく。フォアグラの給餌の様に押し付けられた安楽を受け入れる。美味だ美味だと泥をすすり、毒を噛みしめる。

そうやって死んでいった。

風も止み、星の光さえ息を止めた。

なるほど、悲しむ者がいなければそれが幸せか。皆、幸福の中で死んでいったのか。

       

呻いた。反吐が出る。
此度は今までの何よりも気に食わぬ。
旧支配者の反乱、彫像の氾濫。自壊の賛歌、狂った輪廻の惨禍。
鯨に消化された世界、アップルパイに昇華した世界。
どの世界にも最期は恐怖があった。困惑があった。憎悪があった。後悔があった。

そのどれをも失った生命など、その瞬間から死んでいるに等しい。
では誰が奪ったのか。アイツだろう。
これは『死』だ。全てを巻き込んだ因果の強制。生命は皆死なねばならない。

古代文明の奴隷とその血縁者。繋いだ手ごと平らげた。
醜顔の魔人と腐り落ちた老人。貫きあった心臓ごと貪った。
もはや見つめる者無き石の像。砕けた四肢を飲み込んだ。

喰う喰う喰う。喰らい尽くす。かつて強大な力を持っていた異常存在アノマリーの残りカス。それでも灰塵になっていなければいい。”壁”を破る燃料にはなるのだから。

かつて神と呼ばれた男の脳髄を嚥下しながら、満ちゆく腹に満足しつつ思考を巡らせる。
この珍走劇をあと何度繰り返せばいいのだろうか。何処までも追いかけてくる”死の波”…世界の抑止力。
生命は死なねばならない。見知らぬ何者かが生み出したこの絶対のルールは非常に強い力を持つ。

私は行こう。次の私へ。
辿り着いた先が私無き世界なら、私は原初の私と成ろう。

ふと、”それ”を見た。

名は知らぬ。幼き子。自由帳と色鉛筆、そして2体の単眼生物を抱いて死んでいる。
生前、私を恐れなかった異常存在アノマリー。たとえ精神だけとはいえ次元を渡るにはエネルギーがいる。

「………」

食手を向ける。口腔を開いた。牙は血で濡れ、舌は石と鉄と肉で汚れている。

(それでもお前は笑っていたな)

振り下した。

「え…」

「どうして?」

「そんな…」

「有り得ねぇ。絶対に有り得ねぇ。こんな馬鹿な事があるわけ…」

その骨肉にもはや魂は残っていない。だが、それは死ではない。
”死”は、この世界のあらゆる生命を食い尽くした。”死”とは、絶対的な捕食者を殺すために餌をすべて食い尽くさんと放たれた蝗。
だが蝗に獅子は殺せない。狩場に餌が無くなったのなら、獅子は別の狩場へ移動する。


       ドクン   

まただ。”私”に”私”が入ってくる。
これで何万回だろうか。素性の知れぬ”何か”が私を殺そうと、また一つ世界を無駄に消費した。
私は永遠に存在し、無限に憎み、永久に殺戮する存在だというのに。

エージェント インディゴが死骸に接近し、調査を開始する。程なく、彼は戻ってくる。

「ええ。死んでました。」

コンテナの中に、もはや物言わぬ躯となったそれが横たわっていた。