seafield13's sandbox

 
 


 
 

 午前七時。汗臭くなってきた布団の中で目を覚ます。睡眠周期を感知して優しい音楽を流してくれるアプリが、ぼくの睡眠を優しくせき止めた。一度固めた決意が腐らないうちに、ぼくは掛布団を脚で下へ追いやった。暖房を切っていたので寒い。
「………………」
 両足を順にベッドから滑り落とし、絨毯の柔らかい感触をよく確かめる。まだよく目が開かないが、秒速五センチメートルほどの速さで前進を始める。電子ポットに水を適当に入れてスイッチを押し、テレビをつけて女子アナウンサーのうるさい高音を脳に取り込む。
 机に座ると、背もたれが少し不気味な音を立てた。そろそろ買い替え時だが、はたしてどこで買ったものか、そもそも時間は、と出不精特有の言い訳探しをしているうちに、電子ポットが声高に湯が沸いたことを主張し始める。
「………………」
 ティーパックをカップへ適当に放り込み、角砂糖を四つほど落とす。コーヒーフレッシュを切らしていたことに気が付き、眉をしかめる。パックを上下に揺らしながら撹拌し、そのまま口に運ぶ。熱すぎて味がわからないが、だんだんと意識がはっきりしてくる。
 意識とともに、空腹感も形を帯びてくる。額に皺を寄せながら立ち上がり、冷蔵庫の中から結露した食パンの袋を取り出す。適当に二枚取って、オーブンの中へ置き去りにする。六分ぐらいにセットし、今度はマーガリンとつぶあんを取り出した。当然まだ焼けていないので、塗るために用意したスプーンをティーカップの中に突っ込んでかき回し始める。透明な砂糖の粒子が徐々に溶けて消え、満足したところでオーブンを止めに行く。
「……あむ」
 最近気が付いたが、歯ブラシはテーブルに置いておくとよい。歯磨きをするタイミングを早めれば早めるほど、歯を磨き忘れる確率が減る。歯に引っかかっていたつぶあんの皮を吐き捨てて、ぼくは昨日と同じネクタイを首に巻いた。
 チェスターコートのボタンが外れかかっていることに気が付き、どうするか数瞬思案して、結局どうもせずに仕事鞄を取り上げる。オートロックの玄関は指紋認証や静脈認証を必要とするため、両手首をどこかに置いてこない限り家から閉め出される心配はない。
 施錠を確認して、ぼくは振り返る。そこには灰色の壁が迫っており、似たような玄関のドアが延々と左右に続いていた。サイト-8181職員居住区第一エリアの東Aブロック九〇九号室。職場までは徒歩で一〇分ほどだが、途中で昼食を買うために遠回りをする必要がある。
 歩き出してから三分ほどで、忘れ物をしていることに気が付いた。あの唐揚げの姿をした博士から受け取った黒いお面は、施設内でのみ着用を許された名刺代わりの代物だった。あれが着けていれば、開かない目や剃り忘れた髭を隠し通せる優れものだ。ついでに通話やイントラネットへの接続もできる。
 くちばしのついたお面をかぶると、ようやくぼくの一日は始まる。腕時計を見て、次に足元を見た。壁と同じ色をしていたはずの床は、幾多の人間に踏みつけられたことによって黒く変色している。ぼくは走ることにした。昼食を買う時間を四分と仮定しても、歩いていては遅刻だった。