図書館を出て、僕はサイト-L7の外縁を歩いていた。
これから次の職員がいる研究所まで行かないといけないが、問題は時間。ここからF4サイトへは連絡トンネルで行くことができるが、基本的に車両用の道路だから、徒歩だと数時間はかかる。僕は職員1人いない歩道の上を放浪しながら、仕方無いから誰かに自動車で送ってもらおうかと考えていた。
その時、後ろから妙に高い響きの声が聞こえてきた。
『あ、波戸崎さーん?いたいたー』
誰だろうと思いながら背後の道を見ていると、1台の自動車が走ってきた。それは黒いスポーツカーだった。そのクルマはスピードを落として道の脇に寄ると、僕を少し通り越した辺りで停まった。
気のせいか、今運転手が乗ってなかったような……
傍に近寄ってクルマを見てみる。光沢を放つテールには、モデルの名が刻まれている。
P O R S C H E
911 Carrera 4S
「へぇ、このクルマ、ポルシェなんだ」
財団の中で生活をしていると、スポーツカーのような維持に手間が掛かる嗜好品を見る機会は滅多に無い。物珍しさから光沢の輝くボディをそっと指でなぞっていると、また声が聞こえた。
『ぐぅ……くすぐったいです』
「えっ!?」
驚いてもう一度運転席を覗いてみたが、車内には小物が散らばっているばかりで、どう見ても運転手は乗っていない。今の声の主が誰なのか戸惑っていると、またまたその声がした。
『あ、驚いちゃいました?ってことは、僕のこと知りません?』
「こ、この声……誰が喋って……」
『僕ですよ、僕。ええと……詰まるところ、アナタの目の前にあるポルシェが、"僕"です』
その言葉で、僕はようやくそれがクルマのスピーカーから出ている声だと気付いた。どうやらカーナビ音声らしいが、妙に抑揚が効いている。ヒトの声ではないが、"神州"のようなAIとも違う。
「自動車が、喋ってる?」
『そういうこと。僕は静神ロロって言います。こんな姿ですけど、一応エージェントです』
「エ、エージェント?これが……いや、その、貴方が?」
『……貴方も、僕をモノ扱いするんですか?折角こっちから来たのに』
「いや、モノというか、ひょっとしたらロボットなのかと思いまして……」
僕としては至極当然の反応をしただけなのだが、この反応によって、そのポルシェが放つ声は明らかに不愉快を示すものへと変化した。機械っぽい声なのに、そこには人間以上に感情が露骨に表れている。が、その声は次の瞬間、再び先ほどまでの呑気な高い声へと戻った。
『まぁ、いつものことだからいっか。それより、早く乗って下さい』
ポルシェがそう言うと、助手席側のドアがひとりでに開いた。
「乗る?どうしてですか?」
『竹内研究員の頼みで波戸崎さんを迎えに来たんですよ。挨拶回り、歩きじゃ来れないでしょ?』
「あ、あぁ……なるほど、そういうことなら、失礼します」
僕は状況を掴み切れなかったが、促されるがままポルシェに乗り込んだ。
『シートベルトを締めて下さい。では、F4サイトに出発!』
…
淡々としたトーンでポルシェがそう言うと、運転席側と助手席側のドアが開いた。僕は運転席の方に乗り込む。内装は流石ポルシェといったところで、本革のシートやインパネの装備も充実している。
それだけでなく車内に雑多に置かれた奇妙な品の数々。ダッシュボードの上に置かれたネコの置物、少女のセルロイド人形、ブリキのロボット。そしてシート裏とリアウィンドウの間に敷き詰められた、大量のクマやウサギなんかのぬいぐるみ……しかも総じてボロッボロだ。アンティーク集めが趣味なのだろうか……まともな物らしいのは、カップホルダーに挿された小さな花瓶だけ。
「そういえば、貴方の名前は……」
『挨拶が遅れてごめんなさい。僕は静神ロロ。こんな姿ですが、一応エージェントです』
つまり職員?でも、いくら何でもポルシェがエージェントなんて……
僕は反射的にそう呟きそうになったが、その時、ルーフから吊り下げられたある物に目が留まった。
それは勲章だった。やたら雑に引っ掛けられてはいるが、それは確かに優秀な功績を持つ職員に授与される勲章。最高位のものではないが、それでも中々貰える物ではない。
『……いくら何でもポルシェがエージェントなんて、変、ですよね』
「え!?いや、その……」
『いいんですよ、いつも言われることですから……運転は僕がしましょうか?』
「あ、はい、じゃあお願いします」
『ではシートベルトを』
……
ウィンドウに表示された人事ファイルを見たことで、僕の疑念は大方解けた。
ポルシェの姿をしたエージェント、静神ロロ。諜報員であると同時に、その手の職務上有用な機能を数多く備えた特殊車両でもある。だから彼は、"職員"であると同時に"備品"としても扱われる。ハッキングや解析を行う機能の他、なんと現実改変耐性さえ備えているらしい。
「インパネやハンドルに色々ボタンが付いてますよね。シフトレバーのギアも何か多いし……このテンキーとかは何に使うんですか?もしかしてタイムトラベルとか?」
『それができたら中々素敵ですが……まぁ、入力した番号に応じて色々と。例えば"9-1-1"と入れれば最寄のサイトに通報できます。後は"4-6-6"と入れてクラクションを鳴らすと……』
「鳴らすと?」
『あっという間に自爆します』
「えぇ!?今2桁目まで打ち込んでたんですけど……というか、何でそんな危険な機能が」
『竹内さんの上司の神橋博士です。いざという時は僕のストッパーとして使うとか』
「……それ、ロロさん的には大丈夫なんですか?」
『別に?その時は竹内さんも乗せて、博士のオフィスに突っ込むのみです』
「は、はあ……」
彼は声こそ女性の機械音声だが、中身は完全に男性……というか少年だ。自分より若いんじゃないのかと疑ってしまう言動すら取る。実際そうなのかもしれない。
今、彼が話す言葉はやたらそっけないばかりなのに、その言葉を聞いても何故か不愉快な気分にはなれない。彼の言動、そしてこの車内の空気に、やはりどこか懐かしさを感じてしまう。僕は多分、この"喋るポルシェ"に一度会っている。
『F4サイト群までもう少し時間が掛かります。お疲れでしょうから、少し休んで下さい』
「あ、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えます」
シートはひとりでにゆっくりと傾いた。挨拶回りで僕は小さく溜息をして目を細めた。綿の様に寄り集まった白く小さな花が、花瓶の中で揺れている。
「この花……そうか」
アイテム番号: SCP-xxx-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-xxx-JPの周囲は有刺鉄線付きの金網で封鎖して下さい。各SCP-xxx-JPを含む区画の送電設備の保守点検は財団のフロント企業が担当します。
各SCP-xxxx-JP付近には同フロント企業が所有する施設が設置されています。想定外の事態によりSCP-xxx-JP-1が出現した場合、当施設に配備されているcpSRA搭載ドローンを使用してSCP-xxx-JP-1の固有ヒューム値を0.7~0.8Hmまで希釈し、対象を消去して下さい。SCP-xxx-JPによる事象が民間人に目撃された場合、必要に応じてクラスA記憶処理または適当なカバーストーリーの流布を行って下さい。
説明: SCP-xxx-JPは全国4箇所に存在する高圧送電線用の鉄塔です。各個体がSCP-xxx-JP-a~dに指定されており、構造や立地に共通点は見られません。すべてのSCP-xxx-JPは、鉄骨や支柱の表面に1匹のスジベニコケガ(Barsine striata striata)が貼り付いています。この蛾は全く動かない上に引き剥がすこともできず、水分や栄養を摂取する様子は一切確認できないにも関わらず、財団がSCP-xxx-JPを収容した20██年から5年以上生存し続けています。
アイテム番号: SCP-xxxx-JP
オブジェクトクラス: Euclid (仮分類)
特別収容プロトコル: SCP-xxxx-JP-AはF4サイト-804の低危険性物体収容ロッカーに保管されます。
現在、前述の手順を履行する事が困難な為、一時的に財団フロント企業のオフィスビルにて、SCP-xxxxx-JPは施錠ベルトを用いて表紙が開かない状態にされ、臨時収容ボックスに保管されています。
説明: SCP-xxxx-JPは経年劣化が見られるA5サイズのノートです。元は故██研究員が備忘録として使用していたものです。
SCP-xxxx-JPの特異性は、██ページに記されている手書きの文字列(以下SCP-xxxx-JP-L)が特異なミームを含有している点にあります。SCP-xxxx-JP-Lの内容を認識した人物(以下被験者)は、即座に激しい感情の変化を示します。その際、被験者は大声で笑う・泣く・怒る等の多様な反応を見せる為、SCP-xxxx-JP-Lが実際にどの様な内容であるのかは推定されていません。
上記の反応を示して約3秒後、被験者は突然の心臓発作を起こし
ああ くだらねえ
クソがクソが糞糞糞糞
いつまでこんなロボットじみた文章書かせる気だよ連中は ふざけんな
もう少し人間らしい仕事のひとつもさせてくれ
もう知るか 何を書こうが どうせ誰も検閲する奴はいない いたって俺に構うもんか
神橋の野郎が突然の報告書作成を命じて 俺をこの部屋に閉じ込めてから もう4時間は経った
まあ報告書なんて実際どうでも良かったんだ
大規模収容違反中の処理で厄介事を起こさないよう 俺を隔離したに決まってる
手元にあるのは 俺が持ってきた弁当のサンドイッチと飲み物
それに例のノートが入ったボックス そして仮報告書
その後 騒ぎ声と慌ただしい足音が聞こえるが ドアは開く気配も無い パワハラってやつだ
あっちがその気なら 俺も書きたいこと全部書いてやる
大体こんなん書き上げたところで どうせ連中は文句ばっかなんだよ 文法がどうだ主観的語調を使うなだの ここが読み取りづらいだの うんざりするね 不愉快だ
何のために俺がここにいると思ってるのかな?
どいつもこいつも 規則と業務で頭が凝り固まった連中だ 手順書が無きゃ何もできない
「稚拙」な研究員の俺だって 外を見れば 今何が起きてるかくらい分かる
なんなら ここに書いてやろうか?
俺の目から見える 世界の終わりを?
アラートからたった4時間で 街はこのザマだ
そして俺の持ってるノートは 外で怒ってる混乱と何の関係も無い
ここは蚊帳の外だ
[公式文書検閲アルゴリズムにより、本文書は報告書として相応しくない表現を多数使用しているか、または構文に誤りがあると判定されました。修正を行うか、システムの誤認の場合はその旨をライブラリ管理部に報告して下さい。正しい修正がされないまま3回送信が行われた場合、本文書は自動的に消去されます。]
どうした? 早く修正を入れろよ 見れるんだろ?
機械に何言われようと 俺はただ書き散らすだけだぞ
クビにしたきゃするがいい
ああクソ 連中の足音が聞こえなくなった
俺を置いて逃げやがったのか? 冗談じゃない!
警察も消防署も繋がらない どうしろってんだ
クソどもめ 選民主義者め ここで死んでたまるか
窓が割れない われないわれない
頼む こんなところで終わりたくない
俺はまだ 何もしてないのに 何も知らない のに
こんなところで終わりたくない
底辺職員のまま 最期を共にするのが こんなボロくてダサいノート?
エージェントが届けた仮報告書の概要をザックリ要約してやろうか? こうだ
どこかの酔っ払ったアル中劇作家が どっかのバーで酔って 思い付きで書き走った文字列
ところがそれは 驚くべきことに たまたま読んだら死ぬ文字列だったのだ ああ恐ろしい!
たったこれだけ 世界のひとつも滅ぼせないゴミだ 即燃やせばいい
見た瞬間死ぬんだぞ? ミーム拡散だって起こり得ない
だが神橋の野郎は これでも収容する意義はある 報告書を書けと言った
このボロノートでも いつか社会を混沌に陥れる代物になり得るかもしれない
その日のために我々は使命を果たすんだと
正気じゃない ここには馬鹿しかいない 馬鹿すぎて比較対象がいないから 自分は他人と比べ物にならないくらい頭がいいと そう思い込んでる恥知らずで溢れ返ってるんだ
外を見てみろよ
常識が無くて 惨劇と恐怖に満ち満ちて ヒトが阿鼻叫喚する 言葉にならない光景が
世界を救いたいと思った 俺が待ち望んだ光景が
窓の外にあるのに ビルの外にあるのに
行けない
ああ あそこへ行きたい
死ぬならあそこがいい ここは嫌だ
誰も見てない
寒いのはどうだっていい 慣れてるから
ここって天井が低いんだ 壁が近いんだ 狭いんだ 換気も最悪だ
ここから抜け出したいんだ 頼むよ
[公式文書検閲アルゴリズムにより、本文書は報告書として相応しくない表現を多数使用しているか、または構文に誤りがあると判定されました。修正を行うか、システムの誤認の場合はその旨をライブラリ管理部に報告して下さい。正しい修正がされないまま3回送信が行われた場合、本文書は自動的に消去されます。]
さっきメールが届いた
恋人からだ 愛してるって
HAHAHAHAHAウソだよ 自分宛で送ったんだよ
どうやら電波は飛んでるらしいな まだ望みはありそうだ
ボックスを開けたらパスコードの紙を見つけた 打ち込んだらベルトが開いた
これでノートの中を見れる
ノートの中は 見ないぞ 見るもんか
この程度で 俺が死にたくなると思うか? そんなわけない
死ねるほど割り切れると思うか?
目覚めたら すごい
ビルの外が真っ白だ 何も無い
美しい
なんだ 世界が滅ぶのも 悪くない
にしても なんで俺だけ残ったんだろ
俺以外皆いなくなったんなら 案外 俺が事の原因なのかもしれないな
それなら最高だ そう考えることにしよう
寝よう
[規定に違反する送信が3回確認されました。本文書は{n/a}時間後、自動的に消去されます。]
せめて これを読む人が残っていれば
アイテム番号: SCP-xxxx-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-xxxx-JPはI5サイト-8140の低危険度物体収容ユニットに収容されます。SCP-xxxx-JPはハッチの蓋が上を向く状態で床に固定し、通常時はストッパーを用いて施錠して下さい。
回収された全てのSCP-xxxx-JP-2は、各個体ごとに低危険度物体収容ロッカーに収容して下さい。ロッカー内には緩衝材を敷き、衝撃で対象が破損しない様に配慮して下さい。実験に参加するDクラス職員を除く全ての職員は、SCP-xxxx-JP-2との直接的な物理接触を禁止されています。SCP-xxxx-JP-2が崩壊した場合、破片及び内容液を回収し、低危険度物品保管庫にて保管して下さい。
説明: SCP-xxxx-JPは直径0.60mのハッチが付属した鋼板です。SCP-xxxx-JPには灰色の塗装が施されているものの、全体的に大きな腐食が見られます。SCP-xxxx-JPは19世紀後半のイギリスに於いて製造された下水道用ハッチと特徴が一致していますが、実際に使用されたものであるかは不明です。
SCP-xxxx-JPを蓋が上を向く状態で任意の床や地面に設置してハッチを開くと、ハッチの下には本来存在しない縦穴状の空間と、鉄製の梯子が出現します。縦穴を約20m下ると、下水道に似た直径2.5mの円筒状の空間(以下SCP-xxxx-JP-1)に到達します。SCP-xxxx-JP-1の壁面はレンガ・セメントから構成され、一部老朽化が見られます。SCP-xxxx-JP-1の全長は不明であり、分岐や果ては確認されていません。
SCP-xxxx-JP-1内上部には天井吊下式のコンベアが引かれており、これが無数のSCP-xxxx-JP-2と指定される実体を一定の方向へと継続的に運搬し続けています。SCP-xxxx-JP-1の底部には僅かに赤く濁った淡水が溜まり、コンベアとは逆方向に流れて続けています。この水流は、しばしばSCP-xxxx-JP-2の残骸と思われるガラスの破片を運んでくることがあります。コンベアに吊られたSCP-xxxx-JP-2や水流が、何処から発生し、何処へ向けて移動しているのかは不明です。
SCP-xxxx-JP-2は女性の体格・容姿を象ったガラス細工です。大きさは成人女性と同程度ですが、体格や服装は個体ごとに差異が見られます。SCP-xxxx-JP-2の内部は空洞になっており、この中は淡水で満たされています。SCP-xxxx-JP-2には振袖や和風の諸装飾品が着せられ、その外見は江戸・明治時代に見られた遊女を模していると考えられます。SCP-xxxx-JP-2は膝を抱えてうずくまる姿勢をしています。なお、現在の一般的な加工技術でSCP-xxxx-JP-2の様な形状の細工を製造する事は不可能と考えられます。
SCP-xxxx-JP-2
~ 硝子遊女のお取り扱い ~
硝子遊女は貴方の要らないものを洗い流してくれる遊女です。
- 硝子遊女は最初の内は無口で無愛想ですが、すぐに懐くようになります。
- 貴方の心や記憶に洗い流したいものが有るなら、それを硝子遊女に告げ、硝子遊女と触れ合ってみて下さい。それは硝子遊女へと溶け出していくでしょう。
- 硝子遊女の相手は男性だけではありません。女性もお愉しみ頂けます。
- 硝子遊女は幾ら壊されても、汚されても、文句を呟くことは有りません。
- 硝子遊女は貴方と触れ合う内に紅く色づいていきます。美しいですか?
- 貴方が洗い流したものを代わりに硝子遊女が獲得した場合、直ちに硝子遊女を破壊し、只のガラスにして下さい。破片は浄閑井に捨てて下さい。
- 硝子遊女は沢山御用意しております。安心してお愉しみ下さい。
~ 警告 ~
生産ラインへの立入は固く禁じております。十分に御注意下さい。
竹内研究員: それでは、インタビューを始めます。質問に答えて下さい。貴方があの場所で発見される以前の経緯についてお聞きしたいのですが、貴方は何処からあそこへ?
██氏: ……ジョウカンノイから。
竹内研究員: その「ジョウカンノイ」とは、何ですか?
██氏: 2年前、彼女を受け取った場所です。
竹内研究員: 彼女というのは、ガラスの……
██氏: そうです。
竹内研究員: その「ジョウカンノイ」は、何処にあるのですか?
太古の人種が"空"と呼んだ領域。そこから堕ちた、1人の"天使"がいる。
それは、"崇高なる神"に見棄てられた、まだ幼き少女。
二度と飛ぶことは許されない。
事案概要: 20██/██/██、██████にて、大学の同じサークルに属する青年3名が、同日に別々の場所で類似した傷害を受ける事件が発生。金銭が窃盗された痕跡、及び人間関係上の特筆すべきトラブル等は確認できず、犯行動機は不明。
被害者3名に対する医療検査の結果、3名全員の脳内から火傷に似た特異な損傷が検出された。損傷は大脳辺縁系、特に海馬に集中。命に別状は無いものの、全員に深刻な記憶障害が確認された。この損傷は人為的なものと考えられるが、その科学的な発生プロセスは不明。被害者への事情聴取は困難であり、犯人の特定は難航している。
本事件を財団が感知した後、これらの被害者がSCP-███-JPの回収時に同時拘束され、後に解放されている[削除済]と同一であると発覚。現在詳細を調査中。
数年前、財団が制圧したカオス・インサージェンシーの基地から、人体実験の被験体と見られる身元不明の遺体が複数見つかった。その中に、件の被害者と良く似た損傷が確認された遺体がいくつかある。憶測として、当GoIが記憶処理によって消去された記憶の修復装置を開発・試験運用していたのではないかという説が囁かれているが、もし本当なら、その装置が使用された可能性がある。 ‐ ██博士
地上に堕ちて、数十年経つ。
少女は、成長することも、姿が老いることも無いまま、小さな森に佇む古い孤児院で暮らしていた。
少女はここを初めて訪れた時から、一度たりとも自分の素性を他人に晒さず、ヒトと関わることを避け続けてきた。他の子供達と遊びに興じることは決して無く、大人達に何か指示や小言を浴びせられれば、ただただ黙って頷いた。そんな風に過ごしているから、彼女はいつまでも孤独だった。
晩秋の寒い朝、少女は孤児院の傍らにある小さな礼拝堂の中にいた。彼女は使い古しの子供用ダウンジャケットに身を包みながら、その胸元に下げた十字架のネックレスを握り締め、聖壇の前で跪き、祈りを捧げた。かつて自分のいた、あの"神"の下へと帰れるよう願って。
少女は祈りを終えて瞼を開くと、ジャケットとシャツを脱ぎ、その下に隠した1対の翼を顕にした。小さく跳ね、それを羽ばたかせてみる。しかし羽は空気を捉えることができず、舞い上がった彼女の身体はそのまま床に打ち付けられた。
少女は自分の涙が床板に滲んでいるのに気付いた。それを袖で拭い、身体の埃を払いジャケットを着直すと、彼女は礼拝堂を後にした。
サイト-8141のゲートトンネルを通過した1台の護送車が、猛スピードで検問へと突き進んでくる。
「おい、スピードを落とせ!聞こえてるのか!?クソッ」
護送車は減速する様子すら無く、そのまま検問のバーを粉砕して突き抜けた。護送車は収容所のエントランスへと繋がるカーブを直進し、コンクリートの壁に激突した。爆音が鳴ると同時に壁は砕け、運転席付近からは炎が上がった。
検問は騒然とした。消火活動が行われる中、守衛と検査官が車へと近付く。守衛は窓から運転席の様子を伺った。
「これは……」
守衛は、運転手のこめかみに小さな穴が空き、そこから赤い筋が下へと引かれていることに気が付いた。
「おい!こっちにも来てくれ!」
検査官に呼ばれ、守衛は後ろのコンテナ内を覗く。
中は凄惨だった。コンテナに乗っていた8人のDクラス、そして見張り役の機動部隊員は全員が倒れ、そして動かなくなっていた。どの人物も顔は変色し、苦悶の表情を浮かべている。
「これは、毒ガス?」
守衛はコンテナから後退る。検査官は頷いた。
「運転手も、彼らも、殺されたんだ。トンネルに入ってから、検問に辿り着くまでの間に」
検査官はタオルを鼻と口に押し当ててコンテナの中へと入る。彼は座ったまま死んだDクラスの身体をどかすと、その下にある箱形の座席を開いた。中には本来非常用の備品が詰まっているはずだが、何故か空になっている。
「ヒト1人が入るには、十分な大きさだろ」
守衛は青ざめた。
「それは、つまり」
「サイト管理者に連絡しろ。何者かが侵入した可能性がある。財団の警備体制を良く知り、その上非常に危険な人物が」
ある日、家が少女を狙うGOCに襲撃された。
男は必死に戦いそれらを追い払い、ほとんどを殺したが、
男の妻は死んでしまった。
男は哀しみのあまり泣け叫び狂ったが、少女の姿を見ると我に返り、
彼女を命を掛けて守り抜くと誓った。
その夜、月明かりの差す寝室。
少女はリュックに詰められるだけの荷物を詰めた。
彼女は首に掛けた十字架を取り、それを見つめた。
やがて決意すると、少女は十字架を男の枕元に静かに置いた。
ふと、寝室に差す月の光が陰った。
少女はリュックを背負うと、その場を去った。
護送車を迎える守衛が近付くと、中から男が現れた。
何が起こったのかも分からぬまま、守衛は頭を撃ち抜かれた。
守衛の心拍が止まると同時に、警報が鳴り響く。
間も無く、機動部隊がやってくる。
男は壁際に隠れ、獲物が向かってくるのを待った。
背後から声が聞こえる?
「男は何処だ!探せ!」
男は機動部隊員を次々と狙撃。
最後には奇妙な手榴弾を投げ込み、全滅。
> « concealed connection »
>
> Dr. Evans: 機動部隊によるブラックボックスの回収が完了した。
>
> ████: 回収できた数は?
>
> Dr. Evans: 14と聞いている。
>
> ████: 予想よりずっと多いな。それはつまり、
>
> Dr. Evans: この10年間、少なくとも14の近似平行宇宙で人類文明が崩壊したことになる。
>
> « interrupted »
財団の施設では珍しい、天窓の付いた明るい会議室。
早朝の桃色がかった青白い光が差し込むその部屋で、私は1人、温かい缶コーヒーを啜っていた。
後ろのドアが静かに開き、誰かが入ってきた。
「竹内君、おはよう。ここにいたんだね。失礼していいかい?」
「神鳥博士、どうぞ」
横に博士が腰掛ける。
「懐かしいね、この部屋は確か」
「私が研究員になった日、初めてオリエンテーションを受けた部屋です」
「そうだったね。あの日、私は確かあそこの隅に立っていたかな」
博士は部屋の右端を指さす。
「あの時、博士はただ立っているだけでしたね」
博士は笑う。
「いや……言うべきことは、すべて研究室長に言われてしまったからね。でも、あの時のことは私も良く憶えているよ」
研究室長。財団の中でも特に財団らしい、冷たい完璧さを湛えた人物だった。
「思い出してみれば、君はあの時と変わらないね。いつまでも優しく、凛々しい」
「褒めるのがお上手ですね」
「本当だよ。あの時この部屋にいた、20人の生気溢れる研究員の卵たち。その殆どが、今では疲れ切って、老いてしまったような顔をしている。過酷な職務を全うしてきたんだ。無理も無いが。」
博士は遠い目をしている。私は言う。
「確かにそうですね……でも私は、信じていますから。私の仕事はきっと、回り回って……」
「人類の為になると?」
心無しか、博士は少し真剣な顔付きになった。私は答える。
「はい」
博士の顔は解け、再び微笑んだ。博士は気持ちの良さそうな顔をした。
「素晴らしいよ、君は。この世界で、そこまで信念を持ち続けられるのは容易ではない」
「博士もそうじゃありませんか?」
「私はもう生物学的に"老いぼれ"だからね。この歳になると、何事にも開き直ってしまう」
天窓から差す光の色が、黄色がかった水色へと変わる。神鳥博士は席を立った。
「さて、私はそろそろ仕事だから、失礼するよ。最後にこれを」
博士は私に書類を束ねたクリップボードを差し出した。
「花束でなくて申し訳無い」
「これは?」
「またアノマリーへの聴取だよ。今回は君の担当だ」
> « concealed connection »
>
> ████: 開封作業は?
>
> Dr. Evans: あまり順調とは言えない。
>
> ████: 何故?
>
> Dr. Evans: どういう訳か、ブラックボックスが起動していないんだ。
>
> ████: どういう意味だ?回収元の宇宙ではK-クラスシナリオが発生しているのだろう?ならばブラックボックスが起動していなければおかしい。
>
> Dr. Evans: XACTSの不調かもしれない。まあ、無理矢理開封してデータを抜き出せば問題無い。
>
> « interrupted »
「喋ることが、50年以上前のことばかり?」
私はマジックミラー越しに"インタビュー"の対象を覗く。
12歳くらいの男の子。身元は不明。
服はデザインの意味でも、見た目の使用年数の意味でも古い。おまけに、かなり痩せ気味だ。
その子は、机に出されて冷め切ったココアを、顔を強張らせながら啜っている。
「ミーム汚染を受けていて……その上で古い格好をしている、というのはあり得ないかしら」
「いや、それは無い」
私の同僚が資料をめくりながら答える。
「どうしてそう言い切れる?」
「その子が保護されたのは森の中だが、つい先程、その近くで時空間異常が発見された」
時空間異常。私も準上席研究員となってからは、職務上、機密事項に触れる回数が増えた。とは言え、それでもその単語を耳にするのは、あまり日常的なことでは無い。
「時空間異常……つまり、彼は平行宇宙から?」
「そうらしい」
「でも、変ね。時空間異常が他の平行宇宙と接続する場合……」
「普通は、同じ時間のライン上で繋がるはずだ」
「じゃあその時空間異常は、平行宇宙の、しかも過去の時間に繋がっているってこと?」
少なくとも財団が研究から把握している限りでは、基底宇宙と他の平行宇宙が接合することがあったとしても、それは基本的に"現在"同士でしかリンクし得ない。
もちろん、SCiPなどの特異性から、タイムトラベルやタイムリープのような現象が起こるのは、あり得ない話では無い。しかし、平行宇宙同士が別々の時間同士で繋がるというのは、酷く稀だ。
「それに、平行宇宙だから不思議な話ではないが、対象の知識と、こちらの世界での史実との間には齟齬もある。詳しくはお前が聞き出してくれ。それが仕事だ」
「そうね」
> « concealed connection »
>
> ████: 解析にどれくらい掛かる?
>
> Dr. Evans: 分からない。本来なら、K-クラスシナリオの発生プロセスをブラックボックスが要約化してくれる。しかし起動していない以上は、データを元にこっちが全ての作業を代行しないといけない。
>
> ████: こちらから送った設備を使えば、可能なんだろう?
>
> Dr. Evans: ああ。だが、この機械は何なんだ?コンピュータですらない。
>
> ████: さてね。それを知っていた職員は、皆記憶処理室行きだ。
>
> Dr. Evans: 勘弁してくれ。
>
> « interrupted »
聴取室に入り、男の子を前にして座る。男の子は不思議そうな顔でこちらを見つめている。
レコーダーのスイッチが叩かれる。
「では、インタビューを始めます。質問に答えて下さい」
自分の中で何とは無しに決めている決まり文句から入る。
「ここに来るまでのことを憶えていますか?」
「お巡りさんに助けられて……その後、黒いおじさん達に……」
緊張しているようだが、こちらのことを恐れてはいないように見える。
「ええ、そうね。でも私が聞きたいのは、その前のこと。ここは、貴方が知っている場所とは大部違うでしょう?だから、貴方が元々いた場所のことを、なるべく多く教えて欲しいの」
「元々いた……?」
「そう、良く分からないなら、貴方が住んでいた家のことだけでも」
私がそう言うと、男の子は下を向いて呟いた。
「家……」
「思い出せないんですか?」
「ううん、ただ……」
「ただ?」
男の子は言う。
「分かんない」
「何?」
「何があったのか、分かんない」
彼はそれだけ言うと、俯いて喋らなくなった。
アイテム番号: SCP-xxxx-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-xxxx-JPが存在する施設は、元の所有者である民間団体が深刻な規制違反を犯したとするカバーストーリーの下で封鎖され、現在は既に本来の用途では利用されていません。収容区画を除く全ての施設は廃墟となっています。
SCP-xxxx-JPへの接触はDクラス以外の職員には許可されません。SCP-xxxx-JPには強化ガラスカバーを取り付け、実験実施時以外はこれを被せて施錠して下さい。
説明: SCP-xxxx-JPは直径7.8cmの円柱状の突起に埋め込まれた小さなボタンです。内部に機械的機構は組み込まれていません。通常のヒトがSCP-xxxx-JPを押した時には何も起こりませんが、過去に殺人、あるいは何か直接的に他者が死亡する要因を生み出した経験のあるヒト(以下被験者)がSCP-xxxx-JPを手で直接押すと、被験者はその地点から消失します。この時、第三者や記録機器からは被験者が瞬間的に消滅する様子が観測されますが、被験者自身は徐々に視界が暗くなっていき、身体全体が冷えていく感覚を覚えるようです。
消失した被験者は目を覚ました時、SCP-xxxx-JP-1と呼称される空間に転移しています。被験者の後方には分岐の無い道や通路、またはそれに類するものが遥か遠方まで続き、前方は壁や障碍で行き止まりになっています。SCP-xxxx-JP-1の様相は一定でなく、何らかの「道」になっている事を除けば被験者によって様々です。また何れの場合も、道の脇は壁や土手等に阻まれており、外側へ出る事はできません。
行き止まりになっている前方の壁には、印字が"PRESS"でなく"ESCAPE"である点を除けばSCP-xxxx-JPと全く同じ外観のボタンが取り付けられています。便宜上、このボタンもSCP-xxxx-JPと呼称されます。
転移から3, 4分経過すると、後方から未知のヒト型実体(以下SCP-xxxx-JP-2)がゆっくりと接近してくる様子が確認されます。SCP-xxxx-JP-2は全身を塗り潰したかの様に黒色で光沢が無く、輪郭以外の外見は特定できません。SCP-xxxx-JP-2の輪郭から分かる容姿は、被験者にとって関係の深い何らかの人物を想起させます。少なくとも7回目の実験に至るまで、全ての被験者が最終的にはその人物が誰であるかに気付き、そして殆どの場合に於いて、過去に当該人物は被験者によって殺害されています。これに気付いた殆どの被験者は恐慌や強迫観念を覚え、SCP-xxxx-JP-2との接触に対して拒絶的な反応を示します。
SCP-xxxx-JP-2が接近してきている時に被験者がSCP-xxxx-JPを押すと、1回押す度にSCP-xxxx-JP-2の身体は崩壊していきます。崩壊する様子は脆い固形物が砕ける様で、しばしば黒い液体が対象の身体から少量飛散する様子が確認されますが、ヒトの血液の様に継続的に流れ出る事はありません。これに対してSCP-xxxx-JP-2はあまり大きな反応を示さないものの、時折痛みを感じている様な振る舞いは確認されます。SCP-xxxx-JP-2は自身が崩壊してもなお被験者への接近を続けますが、SCP-xxxx-JPが何度も押し続けられれば、最終的にSCP-xxxx-JP-2は完全に破壊され、活動を停止します。SCP-xxxx-JP-2が完全に破壊されると、被験者は数秒後に転移し、通常空間に於けるSCP-xxxx-JPの前に帰還します。
SCP-xxxx-JP-2と被験者が接触した際、何が起こるのかは不明です。SCP-xxxx-JP-2と接触した被験者が帰還した事例は現在までありません。
補遺: 19██/██/██、SCP-xxxx-JPは██県██市██████内にある、当時既に使われていなかった古い地下機械室にて発見されました。設置された時期や意図は不明です。SCP-xxxx-JPは、この機械室の清掃に入った従業員の1人が、部屋から出ないまま原因不明の失踪を遂げた事件を契機に発見されました。この従業員はSCP-xxxx-JPを押した結果消失したものと思われますが、対象が過去にどの様な形で殺人、またはそれに類する行為を行ったのかは不明です。
当該施設の元従業員らへ聴取を行ったところ、
以下、実験記録一覧です。重要性が低いと思われる実験記録は、ここでは省略されています。
被験者: D-50628
— 40代男性。反抗的ですが、身体・精神面に特筆すべき異常は見られません。
実施方法: D-50628に無線ストリームカメラ・長距離用通信機・GPS受信機を装備させた上で、SCP-xxxx-JPを押させる。
結果: D-50628は消失。この瞬間、D-50628が装備した各種通信機器との接続も途絶。██分後、カメラからの映像・音声受信のみが再開。D-50628はSCP-xxxx-JP-1へ転移。SCP-xxxx-JP-1は古い家屋内の廊下の様に見えますが、少なくとも2km以上の長さがあり、ドアや襖の類は見当たりません。廊下内に照明は一切ありませんが、壁に疎らに存在するガラスの格子窓から青い薄明かりが差し込んでいます。窓の表面には水滴が滴っており、外では雨が降っている様に見えます。窓は開きませんでした。
出現したSCP-xxxx-JP-2は成人女性に似たシルエットで、これを見たD-50628は強い恐慌を示し始めました。D-50628はSCP-xxxx-JPを押せば対象を破壊できる事に既に気付きましたが、基本的には押すことに消極的な様子を見せました。また、D-50628は接近してくるSCP-xxxx-JP-2に対して謝罪の言葉を発し続けました。しかし、SCP-xxxx-JP-2が数mの所まで接近したところでD-50628はパニックに陥り、悲鳴や罵声を発しながらSCP-xxxx-JPを連打。SCP-xxxx-JP-2は脚から全身にかけて徐々に崩壊してゆき、最後は這いつくばった状態で完全に破砕しました。
帰還したD-50628は恒久的にパニック状態が継続しています。対象に聴取を行ったところ、幾つか支離滅裂な発言をしつつも、SCP-xxxx-JP-2について「直感的に自身が殺したはずの██だと判別できた」という趣旨の証言を行い、「帰還する数秒前に何処か遠い所から無数の笑い声のような音が聞こえた」とも述べました。
付記: この実験結果は他実験の多くと共通しており、以降の実験実施計画に於ける基準となりました。D-50628が証言した「笑い声」は、6, 8回目の実験を除く今後の全ての実験に於いて、カメラの音声または被験者の証言から確認されています。
被験者: D-36956
— 30代男性。やや精神病質的傾向が見られます。
実施方法: D-36956に無線ストリームカメラを装備させ、SCP-xxxx-JPを押させる。SCP-xxxx-JP-1に転移後、SCP-xxxx-JPを押さないようにD-36956に指示。
結果: D-36956は消失してSCP-xxxx-JP-1へ転移。SCP-xxxx-JP-1は金属のパネルに囲われた非常に狭い空間で、排気ダクトの内部に似ています。D-36956の前方数mの所にはSCP-xxxx-JPがあるのが確認できますが、方向転換ができない為に後方の様子は確認できません。
D-36956は這いつくばった状態で、暫く身動きが取れないままでした。3分後、背後から何かが這ってくる音が確認されます。これはSCP-xxxx-JP-2の接近音と思われますが、1体ではなく複数の存在が動いている様に聞き取れます。D-36956は激しく動揺し、指示に逆らってSCP-xxxx-JPを押そうと前方に這い始めたものの、ビスや金属の溶接部等が身体に食い込んだらしく、殆ど前進できませんでした。
D-36956はSCP-xxxx-JPに到達する寸前で後方に強く引っ張られ、カメラからもSCP-xxxx-JPが遠ざかる様子とD-36956の悲鳴が一瞬確認されたところで映像は途絶しました。直後、カメラのマイクはヒトの笑い声に似た小さな音を一瞬捉えましたが、間も無くそれも途絶えました。以降、現在に至るまでD-36956は帰還していません。
付記: D-36956は過去に██名の人物を殺害しています。それらの遺体は発見時、常に排気口・排水口・浄水槽等にばらけた状態で投棄されていたと報告されています。
被験者: D-12820
— 30代女性。軽症うつ病と診断されています。
実施方法: D-12820に無線ストリームカメラを装備させ、SCP-xxxx-JPを押させる。
結果: D-12820は消失してSCP-xxxx-JP-1へ転移。SCP-xxxx-JP-1は全体が薄暗い上、壁や床は一面湿気て赤黒く、何かの肉の様にも見えます。最初、D-12820は動揺して周辺に救助を求めて叫んだ他、数回だけSCP-xxxx-JPを押しました。
映像に於けるSCP-xxxx-JP-2の姿は不明瞭でしたが、それは身長0.5mにも満たない幼児のシルエットに見えました。どういう訳か、SCP-xxxx-JP-2の姿を目撃した瞬間、D-12820は一瞬驚愕する様子を見せさえしたものの、対象に対して恐怖や被害妄想を示す様子は一切ありませんでした。D-12820はそれ以上SCP-xxxx-JPを押す事をやめ、ゆっくりと対象に接近してゆきました。その際、D-12820は何度か「コウキ」という言葉を口にしていました。
D-12820はSCP-xxxx-JP-2の左腕が失くなっている事に気付き、その部位に手を伸ばしました。その後、D-12820の手がSCP-xxxx-JP-2に触れた部位から黒く変色してゆく様子が一瞬確認され、間も無く映像・音声は途絶しました。以降、現在に至るまでD-12820は帰還していません。
付記: 被験者がSCP-xxxx-JP-2に対してこの様な反応を示したのは初めての事例です。SCP-xxxx-JP-2に一致する故人が存在するかどうかは、D-12820の個人データを基に調査が進められています。「コウキ」という名前の関連人物は見つかっていません。
被験者: エージェント・小路
— 20代男性。個人データを基にした事前調査により、過去に如何なる形でもヒトが死亡する要因に直接関わっていない人物として選出されました。これは特例です。通常、Dクラスでない職員がSCP-xxxx-JPに接触する事は許可されません。
実施方法: エージェント・小路に無線ストリームカメラを所持させ、SCP-xxxx-JPを押させる。SCP-xxxx-JP-2に接近された場合、速やかにSCP-xxxx-JPを押して対象を破壊するように指示。
結果: エージェント・小路は消失してSCP-xxxx-JP-1へ転移。SCP-xxxx-JP-1は白く霧がかり、何処かの森の中に見えます。地面には1本の線路が引かれ、周囲は土手に囲まれています。この実験に於いて、エージェントの前方にも後方にも壁は見られず、従ってSCP-xxxx-JPも存在しませんでした。
エージェント・小路は1時間近く待機したものの、SCP-xxxx-JP-2は現れず、他にも変化は見られませんでした。これ以上待機していても埒が明かないと判断したエージェントは、SCP-xxxx-JP-1の奥へと前進し始めました。
歩き始めて14分後、エージェントの前にSCP-xxxx-JP-2が現れました。SCP-xxxx-JP-2は成人男性に似たシルエットで、不可解な事にそれは財団エージェントの標準装備と形状が酷似した何かを着用している様に見えます。しかし対象はエージェントに対して反応する様子は無く、身体を揺らがせながら直立しているだけでした。エージェントがSCP-xxxx-JP-2に近寄っていくと、対象は彼と反対の方向へと歩き始めます。エージェントは警戒しつつも、その後に付いて行きます。奥へ進む程に、周囲の霧が白色からグラデーションを経て暗赤色へと変化していきます。
その後歩いて20分後、周囲が完全に赤黒い霧で覆われてくる頃、両者は道と線路が途中で陥没して途切れている場所に辿り着き、SCP-xxxx-JP-2は立ち止まりました。エージェントはSCP-xxxx-JP-2を尻目に、ゆっくりと道の先端に近寄っていきます。
途切れた道の向こうを見下ろすと、黒色の液体で満たされた湖が広がっており、風が無いのにも関わらず水面は不自然に流動しています。カメラが湖の中央に向けられると、絶えず何かが上空から落下し、湖に沈んでいく様子が捉えられました。エージェントがカメラを上に向けて焦点を合わせると、上空の霧の向こうからSCP-xxxx-JP-2の別個体と考えられる無数の黒いヒト型実体が落下してくる様子が確認できました。
エージェントが背後を振り返ると、最初に確認されたSCP-xxxx-JP-2の姿は既に無く、代わりに線路の上には1台の汚れたカメラが置かれていました。エージェントがそれを拾い上げようとカメラに触れると映像が乱れ、間も無く途絶しました。直後、エージェントは無事通常空間に転移、帰還してきました。エージェントの付近には彼が発見したカメラも転がっていました。
付記: 今回の実験結果は異例のものでしたが、特筆すべき事項としてはSCP-xxxx-JP-1から回収されたカメラの記録映像が挙げられます。このカメラは6回目の実験で使用された物と同一である事がナンバーから特定されました。
このカメラの記録映像には実験実施時のものとは異なる、細切れにされた数秒単位の映像が記録されていました。撮影者がD-12820であるか否かは不明です。記録日時のデータはありませんでした。映像は最後を除いて音声が全く入っていません。
以下、記録映像の概要です。
<クリップA>
何処かのアパートの一室が写る。部屋の中は服や食品で散乱し、窓ガラスの一部も割れている。カメラが下を向くと、撮影者のものと思われる腹部が膨らんでいる。
<ノイズ>
<クリップB>
閑散とした走行中の電車内の映像。車内は夕陽で橙色に照らされている。撮影者の前にはリュックとキャリーバッグが置かれている。
<クリップC>
被験者のものと思われる両腕が、新生児を抱きかかえている。
<クリップD>
撮影者がベビーカーを抱えて駅の構内と見られる階段を登っている。数秒後、近くから寄ってきた20代近い男性が撮影者に何か声を掛け、手伝い始める。
<クリップE>
一般的な家宅のリビングの様に見える部屋の中で男児が走り回っている。カメラが横を向くとソファの上にクリップDと同一に見える男性が座っており、笑いながら撮影者に何か話しかけている。
<クリップF>
白いシーツに血液と見られる赤い液体が染み込み、広がっていく。
<ノイズ>
<クリップG>
撮影者と男児が食卓を囲んでいる。男児は5歳に差し掛かっている様に見える。テーブルの中央には蝋燭のささったケーキが置かれている。男性は奥で椅子に腰掛けているが背部しか見えない。
<クリップH>
どこかの部屋の隅が写されている。部屋の中は暗く、写っているドアの隙間から光が差し込んでいる。その隙間から男性が撮影者を凝視している様子が伺える。
<クリップI>
家の中と思われる階段の下に男性がうつ伏せで転がっている。その付近で10代前半に見える少年が恐慌した様子でうずくまっている。
<クリップJ>
少年が撮影者に向かって何かを叫び、泣いている。
<クリップK>
クリップJから続いている。少年はまだ泣いている。撮影者のものと思われる手が壁に掛けられた包丁に伸びている。
<ノイズ>
<クリップL>
クリップKから続いている。撮影者の手の先に先程まで掛けられていた包丁は無く、代わりにSCP-xxxx-JPに見えるボタンが壁に取り付けられている。撮影者はそのままボタンを押す。視点が向き直ると、少年は涙痕を残したまま撮影者を見つめている。直後、何者かの笑い声が反響する。少年の頭部が静かに潰れる。
映像はここで終わっています。
追記: 今回の実験(8回目)の被験者であるエージェント・小路は、今回の実験で確認された成人男性型のSCP-xxxx-JP-2について、特に心当たりが無いと証言しています。
なお、改めて行われた調査によると、D-12820に子供やその他家族は無く、少なくともクリップC以降の映像はD-12820の個人経歴と合致していません。映像中に現れる男性と幼児(少年)も、恐らく現実には存在していないと考えられます。
ある時、僕らはクルマに1人の男の子を乗せた。
「ねえ、どこに行くの?」
『安全な場所だよ』
ポルシェは走り出す。決められた場所に向かって。そうしなければならない気がした。
道の途中には誰もいない。街の中は死んでしまったかのように、とても静かだった。
道路には乗り捨てられた乗用車や、不自然に置かれたポールやコーンが散在していた。
彼らだけが、何か1つの世界に捨て置かれてしまったように、彼は感じた。
走っている途中、男の子は言った。
「お母さんは?お父さんは?どこにいるの?なんでいなくなっちゃったの?」
ポルシェは言った。
『そこの青いボタンを押して。そしたら教えてあげる』
男の子はボタンを押した。
換気口から青い煙がクルマの中に溢れた。男の子は煙を吸うと、眠りに落ちた。
ごめんね
ある日ポルシェは、とある白い建物の前で、1人の女の子を乗せた。
「どこへ行くの?」
『安全な場所だよ』
ポルシェは走り出す。目的地に向かって、言われた通りに。この日も辺りは静かだった。
走っている途中、女の子は言った。
「この腕輪は何?この白い服は何?私の脚、どこにいっちゃったの?」
ポルシェは言った。
『青いボタンを押して。そしたら教えてあげる』
女の子はボタンを押した。
換気口から青い煙がクルマの中に溢れた。女の子は煙を吸うと、眠りに落ちた。
ごめんね
ある日ポルシェは、荒れ果てた街で、1人の男の子か女の子かも分からない"何か"を乗せた。
「どこ……?どこ……?」
『安全な場所』
ポルシェは走り出す。目的地に向かって、言われた通りに。辺りは静かだった。
走っている途中、"何か"は言った。
「なんでカラダが熱いの?なんであちこち痛むの?なんで肌がガサガサしてるの?なんで……」
ポルシェは言った。
『ボタンを押して。そしたら教えてあげる』
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
『ボタンを』
"何か"は手元を探り、ボタンを押した。
換気口から青い煙がクルマの中に溢れた。"何か"は煙を吸うと、眠りに落ちた。
ごめんね
彼は夢を見た。
今の彼は、"ポルシェ"ではない。彼は、ポルシェを運転する、1人の少年になっていた。
ポルシェは、どこまでも続く、白い霧に包まれた道を走っていた。
クルマがぐらつく。サスペンションが効いていない。ミシミシと軋む音がするが、クルマからではかった。音は、その下でクルマに縋って潰されている、大勢の……
うめき声が聞こえた。彼は耳を塞いだ。
— 僕だって、こんなことしたくない。
— 僕だって、彼らと同じ気持ちだ。ヒトでいたかった。ヒトとして、いつまでも……
— これは僕のしたことじゃない。あいつらが……
— 僕はただ、"エージェント"でいるだけ……
ある日ポルシェは、とある小さな家の前で、1人の少女を乗せた。
「ねえ、どこに行くの?」
『…………』
ポルシェは走り出す。目的地に向かって、言われた通りに。辺りは静かだった。
走っている途中、少女は言った。
「ねえ」
『…………』
「私、お母さんを殺しちゃった」
『…………』
「私の中の何かが、お父さんを殺しちゃった。お姉ちゃんも、弟も殺しちゃった」
『…………』
「私、怖い。私、何なの」
『…………』
「私、どうしたらいいのかな」
ポルシェは言った。
『海でも、見に行こう』
ポルシェは道を反れた。それは、言われていないことだった。
「海?」
『……水浴びでもしよう。そしたらきっと、嫌なこと忘れられる』
「そうかな」
『そうさ』
ポルシェは道を反れて走り続けた。
少女は、外をぼんやりと眺めていた。少女は、ポルシェの言葉を理解していた。
「ねえ」
『なに?』
「ありがとう」
『……ううん』
ポルシェも少女も、一瞬だけ微笑みを見せた。ポルシェは海へと向かっていた。
突然、ポルシェの前にヒトが飛び出してきた。
『え?』
ポルシェは慌ててブレーキを掛けて止まった。
それは、1人の男だった。男は、ポルシェに少しぶつかってしまったのか、オレンジ色の服に血を滲ませていたが、何とか立ち上がると、必死な様子でこちらに駆け寄ってきた。
『あのヒトは……』
少女には異変が現れ始めていた。顔から表情が消え失せ、彼女は男の方を凝視したまま硬直していた。赤黒かった瞳からは光が消えた。眼から、涙以外の何かが溢れ出そうとしている。
それに気付いたポルシェは叫んだ。
『やめて……あの男のヒトを見ないで!』
男はドアを急いでこじ開け、口に手を当てながら青いボタンを押した。
少女は煙を吸うと、眠りに落ちた。彼女の眼から溢れようとしていた何かは、気配を消した。
ごめんね
ごめんね
ごめんなさい
ごめんなさい
「今日は疲れたな」
男はサイトの片隅にいた。彼は"D-2930"と刻まれた服を脱ぎ、愛用の傷んだジャンパーを羽織った。彼はポルシェのボンネットに腰掛け、夕陽の照るオレンジ色の海を眺めていた。
ポルシェはずっと黙ったままでいた。ポルシェは顔も眼も持たない。ヒトと違ってクルマは、ただそこにあるだけの存在になれる。黙る限り、心はそれ以上傷つかない。暴かれない。変化しない。
男はジャンパーのポケットから小箱を取り出し、煙草を1本取って火を付け、すするように吸った。
「すまなかったな」
彼は煙を一吹きすると言った。
「余計な真似した」
『いえ……』
ポルシェは何か言葉を返さなければと考えたが、それ以上言葉は出なかった。
「今までずっと、お前の任務を裏でサポートしてきたが、今日が最後だ」
男はそう言うと、立ち上がって煙草を靴で潰した。
『2930さん、それって……』
「じゃあ、後はしっかりな」
男は歩き出し、同時にこれまで続けてきた任務のことを思い起こした。
男はポルシェと任務に出向く時、いつも運転席に1人のやつれた少年の影を見たような気がした。
それは、今回の任務に於いても、ポルシェが海に向かおうとしているのを見た時にも。
男は深い溜め息をついた。
歩く男の後を、ポルシェが追ってきた。ポルシェはついに、男に声を掛けた。
『2930さん』
男は驚いた様子で振り向いた。ポルシェは精一杯言葉を振り絞った。
『本当に、本当に申し訳ありませんでした』
「お前」
男はポルシェに歩み寄ってしゃがむと、ヘッドライトを優しく撫でた。
「いいんだ」
ポルシェは、男に問い掛けた。
『あの子は……あの子たちは、どうなっていくのでしょうか』
「さて、ね。何らかのきっかけで特異性が消えるか、このまま収容房で一生を終えるか……」
後者の方が遥かに現実的な可能性であることは、2人とも知っていた。ヒトでなく、ヒトを混沌に陥れる側の存在になってしまった彼らが、再び直接ヒトと触れ合うことは、もう到底許されないであろうことも。
だが、ポルシェは続けた。
『それで、財団から出られたところで、どうなるって言うんですか』
ポルシェは責めるような口調で言った。
『彼女らは、誰も待つヒトのいないあの子たちは……こんな世界に戻ってこれたところで』
ポルシェはそう言うと、また黙り込んだ。
「耳が痛いね」
D-2930は自分の耳をつつきながら言った。
「シャバに戻って待つヒトがいないって、それ俺のことだろ?」
D-2930は意地悪そうなにやけ顔をした。ロロは唖然とした。
「それに他ならぬお前が、あの子らのことを考えてる。彼らの苦悩を知ってやってるんじゃないのか」
ロロはD-2930から出た意外な言葉に、何も返せなかった。男はまた歩き出す。
「そして、お前の話を聞いた俺も、あの子らのことを知ってる」
『2930さん』
「それは、お前自身だって同じさ。俺も、あの子らも、お前を知ってるんだから」
『2930』
「お前がヒトでなくなる日が来ても、お前がヒトだったことを、俺らは知ってる。ずっと」
その後、ポルシェはある噂を1人の研究員から聞いた。
あの男、D-2930が回収任務での職務逸脱を理由に、懲罰房へと送られることになった、と。
ポルシェは、男が彼を庇って、あの時自分が犯した失態を隠したのだと気付いた。その代わりとして、男自身が失態を犯したということに、なってしまっていたのだと。普通なら終了措置さえあり得る。
「大丈夫、彼は解雇にならない。彼は財団にとって優秀な財産だもの。私も審議に参加する」
研究員はそう言うと、行ってしまった。ポルシェは、ただ祈るしかなかった。
ポルシェはガレージの片隅から海を眺めた。
助手席の上。そこでは、まだあの少女の言葉が反響していた。
「ありがとう」
SCP-xxxx-JP-1の中心部に設置されている街路照明
アイテム番号: SCP-xxxx-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-xxxx-JPの収容は、機動部隊ぬ-9("夜間工事")と、東京湾周辺で活動するエージェントが必要に応じて連携して行います。
SCP-xxxx-JP-1周辺は、一般には工事中であるとのカバーストーリーを流布して封鎖された上で常時監視されます。一般人の侵入が確認された場合には、駐在する担当警備が対象を外部へ追い出します。通常時にSCP-xxxx-JP-1内への進入が許可されるのは実験に参加するDクラス職員のみです。
SCP-xxxx-JP-1の転移が確認された場合、直ちにエージェントによって転移先が捜索されます。新しいSCP-xxxx-JP-1が発見され次第、前述と同様の収容体制が敷かれます。
説明: SCP-xxxx-JPは東京湾湾岸部の歩道上で発生する異常現象です。SCP-xxxx-JPの影響を受ける区画(以下SCP-xxxx-JP-1)は常に1箇所に限定されますが、位置は不定期的に転移します。SCP-xxxx-JP-1になる歩道区画には以下の規則性が有ります。
- 一般人が通行できる。(主に公道)
- 正常に機能する街路照明が1つ以上設置されている。
- 湾に面している、または湾のすぐ近くに位置する。
- 湾との間に、大きな障害物が無い。
- 人通りが少ない。(厳密な基準は不明)
SCP-xxxx-JP-1内の街路照明の1つは照度が低下し、光が淡い赤色に変化します。この光は目視するヒトに対して特殊な誘引効果を及ぼしますが、強制力は有りません。この照明を中心として約7.2m以内の歩道がSCP-xxxx-JP-1の具体的な範囲となります。
日没から日の出までの時間帯、周囲に他の誰もいない状況で、ヒト(以下被験者)がSCP-xxxx-JP-1に進入すると、進入した反対側からレベルI霊的ヒト型実体(以下SCP-xxxx-JP-2)が出現します。
SCP-xxxx-JP-2は、生前に被験者と親しかった故人の誰かと同じ体格・容貌であり、被験者は対象に対して深い親しみや懐古の念を覚えます。SCP-xxxx-JP-2はしばしば被験者に反応して表情を変化させますが、被験者に接触しようとしたり、発声する事は有りません。
被験者にその様な故人が一切いない場合、SCP-xxxx-JP-1に進入しても何も起こりません。
SCP-xxxx-JP-2は出現後、湾岸へと歩いて移動した後、水中へと身を投げます。それを目撃した被験者は、対象の後を追って救出しようとするか、自身も入水しようとします。
被験者が水中に入り、SCP-xxxx-JP-2と接触した場合、被験者は対象と共に消失します。被験者が対象に接触できなかった場合、対象のみがそのまま消失します。この時点で被験者が所持するGPSの信号・被験者と外部との通信は途絶えます。
補遺1: 20██/██/██、SCP-xxxx-JP-1の転移直後、SCP-xxxx-JPの影響で一般人の20代男性が東京湾に入ろうとしていたところを、偶然自動車で通り掛かった他の一般人2名が阻止しました。その後、男性は警察を経由して財団に保護されました。SCP-xxxx-JPの性質上、この様な事例は稀です。
以下、後日その男性に対して行われたインタビューです。
インタビューログxxxx-JP-A - 日付20██/██/██
<録音開始>
竹内研究員: 落ち着きましたか?
██ ██: ええ……大丈夫です。その、迷惑をお掛けして済みません。
竹内研究員: 気にしないで下さい。ただ宜しければ、何が有ったのか、再度詳しく教えて頂けませんか?
██ ██: ……昨日の夜、海沿いの遊歩道を散歩していた時、街灯の1本の光が変な色をしているのを見つけました。何かと思って見ていると……[思案中]どう言えばいいのか分かりませんが、何かに呼ばれている様な気がして、引き寄せられるみたいに、ふらふらとそちらへ歩いていって……
すると、道の反対側から、彼女が現れたんです。彼女の体の輪郭はふわふわと揺らいでいて、目元は良く見えませんでした。でもそれは、間違い無く彼女でした。
竹内研究員: "彼女"とは、貴方の婚約者だった██さんの事ですね?
██ ██: ええ……██は1週間前、交通事故で死んだばかりで……僕は██が帰ってきたんだと思いました。一瞬、怖くも思いました。でも、それ以上に嬉しかったです。たった1週間でも、寂しくて、ずっと胸が潰れそうだったから……僕は泣きそうになりました。
私は早く彼女に触れたいと思って、"会いたかった"と伝えたくて、彼女に近付こうとしました。でも、体が動きませんでした。怖くはありませんでした。例え幽霊であっても、彼女は彼女。でも、動揺していたんです。彼女はそんな僕の顔を見て、声も出さずに静かに微笑みました。
僕は、何か彼女に言わなきゃと思いましたが、次の瞬間には……
竹内研究員: 彼女は堤防を越え、水の中へ落ちていった。そうですね?
██ ██: そうです。その時やっと声が出て、僕は彼女の名を叫びました。僕は堤防に駆け寄って、水中に沈んでいく彼女を見ました。彼女は眼を開いて、堤防の上の私を見ました。暗い水の中なのに、はっきりと僕を見つめるのが見えて、やっぱり彼女は生き返ってなかったんだって、僕は知りました。
彼女は、僕にお別れを言いに来てくれたんだと、そう思います。沈んでいきながら、彼女は静かに何かを呟きました。……何と言ったのかは分かりませんでした。
僕は、逃げ出していましたくて、でも同時に彼女から離れたくなくて、どうしようも無いまま立ち尽くしていました。
そして、ある考えが頭に浮かびました。僕も溺れてしまおうか、と。そして……
竹内研究員: そして?
██ ██: そう考えた瞬間、目の前が暗くなって……そこからは、良く憶えてないんです。気付いた時には、僕は2人の男性に水中から引っ張り上げられていました。僕は彼等に何が有ったのか聞くと、"お前は堤防から身を投げて、溺れかけていた"と。彼等には感謝してもしきれません。
その後、僕は病院で警察に話を聴かれてから、ここへ送られました。……昨日の夜に起こった事は、それで全てです。
竹内研究員: お話し頂き、ありがとうございます。ご自宅へお送りしましょう。
██ ██: ……すみません、最後に1つ、聞いてもいいでしょうか?
竹内研究員: お話しできる事であれば。
██ ██: 僕の見た彼女……あれは何だったのでしょう?
竹内研究員: それは、どういう意味ですか?
██ ██: いや、ただ……今になって考えてみれば……顔も良く分からなかったし、微笑んだ時も何だか、むしろ声を上げそうなくらい笑ってたような……貴方なら、何か知ってるんじゃないかと。
竹内研究員: 実際の所、私達にも分かりません。しかし……私個人の見解で言えば、彼女は貴方に別れを告げに来てくれたのだと、貴方がそう思うのであれば、そうなのだと思います。それでいいのではありませんか?
██ ██: そう……そうですよね。ありがとうございます。
<録音終了>
このインタビューの後、男性はクラスAの記憶処理を受けた上で解放されました。
補遺2: 20██/██/██、東京湾千葉県██市沖に於いて、民間の漁業者によって海底に直径約4m、深さ約14mの大きな縦穴が発見されました。重機が使用された痕跡は見られず、人工的に作られたものではないと推測されます。
穴の内部からは、██体のヒトの遺体が発見され、多くは既に白骨化していました。分析の結果、これらの遺体は全て、20██年より以前にSCP-xxxx-JPの特異性によって消失したとされる人物のものであると判明しました。その中には財団による実験で消費されたDクラス職員も確認されました。
肉体の一部が残っている比較的新しい遺体には、何かに食い千切られた様な痕跡が多数見られました。この痕跡は特に頭部に集中しており、逆に腹部等の脂肪が集中する部位には見られない事から、捕食を目的に食い千切られた可能性は低いと推測されます。検出された歯型は、現在までに確認されている生物とは合致しない類型のものでした。
また、これらの遺体には全身に手形の痣が見られました。手形は全て同一のものであり、ヒトの手に近い形状をしていますが、指は異様に長く、痣は通常のヒトが発揮できる握力を上回る力で形成されたものであると判明しています。
上記案件の発覚後、研究室ではSCP-xxxx-JPの特異性についての見直しが進んでおり、SCP-xxxx-JPの特異性を主体的に発生させている存在(以下SCP-xxxx-JP-3と仮称)が、別にいるのではないかとの仮説が立てられました。これが正しい場合、20██年以降の被験者の死骸は未発見である事から、SCP-xxxx-JP-3が被験者の死骸を投棄している場所が別に存在すると推測されます。
補遺3: 20██/██/██、"水質調査"のカバーストーリーの元で、SCP-xxxx-JP-3と死骸の新たな投棄地点の捜索を進めていた調査チーム4名が東京湾の船上から失踪する事案が発生しました。SCP-xxxx-JPとの関連は不明ですが、リスクを考慮して有人捜索は一切打ち切られました。現在の捜索は全て無人探査機によるものへと移行しています。また、SCP-xxxx-JP-3による民間への被害拡大の懸念も増大しており、注意喚起・対策が急がれています。
本事案の発覚後、SCP-xxxx-JPのオブジェクトクラスのKeterへの格上げが検討されましたが、情報不足と混乱発生への懸念の為に見送られています。
SCP-xxxx-JP-3が実在するのかどうかは、依然として不明のままです。