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財団大相撲~悪霊場所~
 エージェント・浜寺が呼び出されたのは彼が昼食にちゃんこ鍋とカレーを平らげた直後だった。

「アナウンス聞いて来ました。浜寺です。」

「ああ、どうぞ。ここに座って。」

 部屋に入った浜寺を歓迎したのは前原博士だ。
 浜松はふと前原博士が自分の体を興味深そうに見つめていることに気が付いた。

「あの…私の体に何か?」

「ああ、ちょっとね。財団に来る前は相撲やってたって聞いてたから、今はどうなんだろうかなって。」

 三十路が近いとはいえエージェント・浜松の肉体はいまだに現役当時のままだった。加齢によって歪み始める肉体を虐め、毎日鍛錬を行っている。何故かと聞かれたならば浜松は「それが自分の財団に在籍している理由だからだ」と答える。エージェントだけでなく、財団に所属する人間は何かしらの個性を持っていなくてはならない。特定の分野への才能、高い身体能力、異常特性。個性は違えど皆、異常存在を確保、収容、保護することに関して高い能力を持つ人材ばかりだ。浜松の個性、それは関取の経験を持ち、今もなおその関取としての実力を持つという点だ。何故そんなことがここでの個性になるのか。財団に入った当初は訳が分からなかった。だが今ではそれが納得でき、エージェントとして関取の経験を持つ事を誇りであるとまで言えるようになっていた。

「…というと今回も相撲が関係しているんですか?」

「飲み込みが早くて嬉しいわ、浜松君。そうね。今回はSCP-788-JPの内部に侵入して欲しいのよ。」

 そう言って前原博士は浜松に資料を手渡した。SCP-788-JP—―非公式名称「死霊の縄張り」。御大層なあだ名がつけられているが結論、数多くあるSkipの中でこれは愉快な部類に入るのだろう。

「…その、この報告書を閲覧した限りでは、私が調査することは不可能だと思うんですが」
 報告書を確認した浜松は、湧き出た疑問を前原博士にぶつけた。

 SCP-788-JPに侵入した人間が約10kN・s前後の衝撃ーーおおよそ相撲の張り手の威力と同じであるーーを受ける。さらにSCP-788‐JPに侵入している限り、衝撃が襲い続けるのだ。エージェント・浜松が関取としての経験を持っていたとしても、何度も、しかも繰り返す度に強くなっていく衝撃には耐えきれないだろう。

「確か、ここにあったはずで、ええと。」

 前原博士は浜松の疑問には答えず、自分のデスクに積まれた書類の束やファイルを確認していた。

 


 遥か昔、一人の男が一生を終えようとしていた。
 不治の病に犯されたその体はやせ細り、風が吹けば飛んでいきそうなほどに衰弱していた。かつてこの男が甲冑を纏い、鬼や土蜘蛛と殺し合いを繰り広げた男だと言われても、この枯れ木のような姿では信じる人間などいないだろう。周りには危篤の報を聞いてきて、大将、同僚達、家族が取り囲んでいる。

 最後になにか欲しいものは無いか。大将がそう男に言った。

 欲しいものは無い。もうこの世に欲しいと思うものは何もない。未練がないわけではないが、きっと今望んだとしても誰も叶えてはくれないだろう。男はそう返した。

 その男は幼少の頃、山姥に育てられていた。山姥は山に住んでいる妖怪である。そのため彼は山に住み、人間など自分しかいないので、その山に生息している動物たちと日々相撲を取って遊んでいた。
 転機が来たのは親代わりの山姥が、大将に倒された時だった。親代わりの山姥は人間を食らう妖怪だったのだ。棟梁が家を調べた時に出てきた、夥しい量の人骨がそれを物語っていた。何年も一緒に生活し、機会もあったはずなのに何故、男は食べられなかったのか。それはあの山姥にしか分かりえない。
 結局のところ、男は大将に引き取られることになった。山の友人たちに別れを告げることもできずに、その日のうちに下山した。
 それからは実に誉のある人生だった。男は大将に怨みなど抱いたことは無かった。人喰い山姥に育てられたにも関わらず親のように接し、部下として信頼してくれる大将に感謝していた。ただ、だからこそ幼少の頃の未練がこんなにも私の心を揺さぶるのだろうということも理解していた。

 あの山の友人達は今も元気だろうか。突然、挨拶すらなく消えたのだからきっと恨んでいるだろう。それでも、また会いたい。また会って、相撲がしたい。だが、もう叶わないことだ。この体では立ち上がることすら不可能なのだ。

 目がかすみ始める。周囲の人間達が男の名を叫ぶ。最後に息を深く吸うと、男はもう二度と吐き出すことは無かった。これが男の人間としての最期である。


 201█年8月某日、██県██群旧██村。限界集落を超え、もはや歴史に埋もれるのみとなった村を目指す車があった。道路と呼ぶにも憚れるような道を進み、辿り着いた場所は、廃村した村の施設とは思えない近代的な施設だった。侵入者を阻む100m四方のフェンス、内部には監視カメラが2台。周囲が緑に囲まれているのも相まって、銀の壁がそびえる様は対峙した者に威圧感を与えていた。