別れの言葉というものが、どうにも苦手だ。愛らしきクソガキだった頃から今に至るまで、ずっと治らない。
塚原さんと最初に会ったのはおよそ二年前のことだった。自分が財団のエージェントになったごく初期、初めて出動した緊急事態の時に出会った人だ。財団での知り合いの中では最も付き合いが長い人の一人とも言える。とはいえ、これで記録の更新も停止になるのだ。別れを経験するのは今に始まったことではないし、お別れが言えるだけ恵まれていると言えよう。
「失礼します。桜庭です」
「どうぞ」
しかも、今回は返事が返ってくるのである。扉の向こうは荷造りの真っ最中だった。幾つものダンボール箱に私物が詰められていく。積み上げられた荷物の量を見るに、まだまだ先は長そうだ。明後日出立と聞いていた気もするが。彼の手際の良さを見るに、捗ってなおこの有様というわけだ。そうなる理由は簡単である。
「相変わらず物が多いですね」
「これでも大分減らしてるんですけどね。あなたも何か持って行きます?」
部屋の主、塚原上級研究員は几帳面に棚の上に並べられた品々を片手で示した。ちょっとした小物から実用的なものまで、細々と揃えられている。しかし、それらの私物に統一感というものはない。殆どが土産と貰い物だからだ。そして、塚原さんは比較的物を大事に取っておく人で、飾っておく人でもあった。曰く、多くのフィールドエージェントに懐かれる人間にはこういう物品の集合がよく発生するらしい。その結果がこのごった煮という訳だ。
「いや、これ塚原さんにって貰ったものじゃないんですか」
「その通りだし、全部持っていきたかったんですけどね。業務と関係しないものは控えろって釘を刺されちゃって」
「……まあ、塚原さんだったら移動先でも物増やしてそうですしね」
「否定は出来ませんけど。そういう訳なんで、大半は残念ながらここに残していく事になりそうです」
処分するのも忍びないから、形見分けを兼ねてこのサイトの職員たちに欲しいものを持っていってもらっている、とのことだった。道理で最近この部屋の前が賑やかなわけだ。別れを惜しむ職員が集まっているにしてはどうも表情が明るいと思った。それでいいんだろうか、と思いながらも促されるままに一本のボールペンを手に取る。裏返してみると、ノベルティの類だったらしく、見慣れたロゴが記されていた。財団内で見慣れた、という意味であり、つまりろくでもない企業だという意味でもある。
「ニッソのフロント企業じゃないですか」
「そうそう、日本生類創研に潜入した人が生還の記念にって。異常性はないですよ」
「そうでしょうけど。じゃ、これ貰っておきます」
「それだけでいいんだ? 松岡君とかはすごい量を抱えて行きましたけど」
同期の名前を出されて、桜庭は顔を顰めた。エージェントとしては尊敬しているし、人間としても決して嫌いではないが、ここで同列にされるには少し嫌な相手だ。共に不条理と戦うという時にあの不真面目さはいただけない。少々露骨に表情に出ていたのだろう、塚原さんは不思議そうにこちらを見た。「いいやつなんですけどね。ふざけたやつですが」と付け加えておく。
「業務中に平気で下ネタ飛ばしてきますからね、あいつ。仕方なしに乗ったらめちゃくちゃ蔑んだ目で見てくるし」
「一体何を言ったんです」
「やだぁ、まだ昼間ですよ塚原さん」
正直に言えば、男にゴミを見るような目で見られてもあまり嬉しくない。というか、女性であっても塚原さんのような人に軽蔑されるのは普通につらい。ありがたい事に、彼はそれ以上追及してこなかった。まあ、向こうも忙しいのだろう。そう思ったところで、彼が手を止めてじっと手元を見ている事に気付いた。ここまで会話していてもずっと手を止めずにいたから、少し興味が湧いて身を乗り出す。彼はこちらの様子にも気づいていないようだった。これも珍しいことだ。
「掘り出し物か何かです?」
「ん? ああ、個人的にね」
塚原さんは手にしていたものを机の上に置いた。小さな木箱で、蓋には小さく「SCP-932-JP 炭化した体組織の一部(異常性は確認されず)」と書かれていた。桜庭は932-JP、と小声で繰り返す。聞き覚えがあると強く思ったのだ。だが、番号だけで思い出せるほどまだ彼は修練を積んでいる訳ではない。
「藁で出来た小さいフクロウです。かなり賢くて、人にも懐く」
「……ああ。あの時の」
赤い閃光が閃くように記憶が蘇った。エージェントとして初めて体験した緊急異常事態。サイト-81██で発生した要注意団体の潜入。鳴り響く警報と、燃え尽きた小さな煤の塊。思い出した。SCP-932-JP、同僚たちには簡単にワラフクロウ、と呼んでいたオブジェクトだ。そいつが身を挺して外敵に特攻したおかげで自分たちが間に合い、財団の機密と一人の担当職員が守られたのだ。その職員こそが塚原さんだった。そうか、あの時の煤を彼は持っていたのか。
「あれ、知ってるんですか?」
「はい。あの時駆けつけた中にいたんですよ、俺」
「あの時の! すみません、覚えてなかった。その時はお世話になりました」
「いえ、仕方ないですよ。ペーペーで全然役に立ってなかったし」
自分だって記憶は大分曖昧になっている。実際オブジェクトの詳細も番号だけでは思い出せなかった。試しに記憶を辿ってみて、欠落の多さに時の流れを改めて突きつけられる。財団での2年は長い。その間に多くのものを得て、多くのものを失った。あの時あの場所に居合わせた職員で今もこのサイトに残っているのは自分と塚原さんくらいだ。このサイトはそれなりに人の出入りが多い事を考えても、残酷な時の流れだと思う。
「そうか、あの時の新米さんが頼もしくなって」
「親ですかあんたは」
反射的な突っ込みを入れる。ああまた締まらない空気にしてしまうな、と思った。まあ向こうも一応は笑っているから及第点といった所か。ふと、この顔はあの時にも見たなと思い出した。安全が確認された直後、床に散らばった燃えかすを拾い集めているときだ。この日とはこういう笑い方をしていた。一体どういう別れの言葉を口にしていたのだろう。騒動の最中でそれどころではなく、新米には当然聞き取ることも出来なかったのだ。今になってその事が急に残念に思われた。
あの時の台詞がわかれば、今何を言うべきかもわかるだろう。「親かよ」だとか下ネタを振ってくる先輩の話しだとか、そういうのじゃない、ちゃんとした相応しい言葉が。それは確信に近い直感だった。
「……何か?」
「ああ、いえ。大した事でもないんですが」
ただ、それをこの場で聞くことに躊躇するかどうかとは別問題だ。
アイテム番号: SCP-XXXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-915-JPは低危険度物品収容室に保管されます。
説明: SCP-915-JPは███社製の医療用ベッドです。他の同型製品に異常性は見られません。
SCP-915-JPの異常性は、SCP-915-JPの上に人間が一人のみ横になっており、かつ第三者がその人間(以下、対象)に対して「おやすみなさい」と発声した時に発現します。異常性が発現した場合、対象は不自然な心臓の拍動および呼吸の停止によって死亡します。その後、対象からは一切の生体反応が見られないにも関わらず、夢遊病の特徴に似た症状に似た動作を行います。その後40分前後が経過すると対象は動作を停止し、以後対象は異常性を見せません。
SCP-915-JPは神奈川県川崎市に存在する、████病院にてSCP-915-JPを使用していた患者が不自然に急死するという事件が発生し、それが財団の注目の対象となり、収容に至りました。当時の調査の結果、SCP-915-JPは収容以前、████氏により使用されており、家族の同意の元で█████医師によって延命治療の停止による安楽死が行われていた事が判明しています。これはSCP-915-JPとの関連性が疑われており、現在████氏の家族および█████医師に関してのインタビューが予定されています。
実験記録-XXX-JP
異常性の発現時、対象に対して荒魂表象投影機を用いて観測した結果、対象の死亡以前の記憶の連続している意識体、及び意識体の存在する空間(SCP-915-JP-1に分類)が確認されました。
Azalea-000様
アイテム番号: SCP-XXXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-915-JPは低危険度物品収容室に保管されます。
説明: SCP-915-JPは███社製の医療用ベッドです。他の同型製品に異常性は見られません。
SCP-915-JPの異常性は、SCP-915-JPの上に人間が一人のみ横になっており、かつ第三者がその人間(以下、対象)に対して「おやすみなさい」と発声した時に発現します。異常性が発現した場合、対象は不自然な心臓の拍動および呼吸の停止によって死亡します。その後、対象からは一切の生体反応が見られないにも関わらず、夢遊病の特徴に似た症状に似た動作を行います。その後40分前後が経過すると対象は動作を停止し、以後対象は異常性を見せません。
SCP-915-JPは神奈川県川崎市に存在する、████病院にてSCP-915-JPを使用していた患者が不自然に急死するという事件が発生し、それが財団の注目の対象となり、収容に至りました。当時の調査の結果、SCP-915-JPは収容以前、████氏により使用されており、家族の同意の元で█████医師によって延命治療の停止による安楽死が行われていた事が判明しています。これはSCP-915-JPとの関連性が疑われており、現在████氏の家族および█████医師に関してのインタビューが予定されています。
実験記録-XXX-JP
異常性の発現時、対象に対して荒魂表象投影機を用いて観測した結果、対象の死亡以前の記憶の連続している意識体、及び意識体の存在する空間(SCP-915-JP-1に分類)が確認されました。
観測対象: D-1998
<記録開始>
[00:00] D-1998: 着いたぞ、ここは…海岸か?夕暮れ時の海岸に見えるな、俺以外に人っぽいのは見えない。あー、本当に死んだのかね、俺は。何だかそういう実感が湧かねぇな。まあ、別に失くすもんなんてねぇから構わないんだが。[対象が海岸に向かって前進する]
[00:54] D-1998: んー、何処行きゃ良いのかねこれ、とりあえず海岸への道しか見つかんないからそこを進んでるが、特に目立った物とかはねぇな。普通の景色だ。とりあえず、もう少し進んで見るか。
[01:15] D-1998: [対象は歩行を停止する]何だあれ、何か見える。なんか…なんて言うんだ、スクリーン?みたいなのが宙に浮いてる。映像らしいもんが見えるが、ここからじゃよく見えないな、もう少し近付いて見る。[歩行を再開する]
[01:48] D-1998: 何だこれ…赤ん坊?赤ん坊が映ってる。一体これ…おいおい、待ってくれ、これ、俺か?俺なのか?
[02:03] D-1998: [沈黙]これ…俺だよ。俺のお袋…が映ってる。赤ん坊の時の俺を抱えてやがんだ…。[沈黙]ああ、待ってくれ、向こうに新しいスクリーンが見える。
[02:21] D-1998: これは…また俺だ。小学校の入学式の俺だよ。そうだ、こんなだったな。一体何なんだ、俺の思い出でも映ってるのかね。
[03:04] D-1998: またスクリーンだ。あー、覚えてるな。俺とあいつが喧嘩してる所だ。しょうもない理由で喧嘩して、1週間くらいお互い意地張って口聞かなかったんだっけか。まあその内忘れてまた遊ぶようになったんだっけな。懐かしいな。
[同様のパターンでD-1998に関する映像記録が映し出される。]
[16:47] D-1998: こりゃ高校の卒業式だな。あー、これが一番よく覚えてる。そうだった、この時初めて人前で大泣きしたんだっけ。そうだな、こんな事もあったんだよな。
[17:28] D-1998: 今度のは何だ?[対象は沈黙する]
[17:55] D-1998: 俺?おい、何やってるんだよ俺…。お、俺がお袋を怒鳴りつけて…それで…俺が出て行って…。[沈黙]待ってくれ、こんなの覚えてねぇよ。何だよこれ、こんなの、悪いの俺じゃねぇかよ!ただの八つ当たりじゃんか!こんなしょうがねぇ理由でか!?なんで俺は覚えてねぇんだよ畜生!俺は、俺は…まだ謝ってねぇぞ!お袋はたった一人で、俺を育ててくれたってのに、それなのに、俺はこんな事しちまったって言うのかよ![対象は酷く嗚咽する]
[23:09] D-1998: あぁ、何で俺は1個も覚えて無いんだ…。お袋は、あの時死んだんじゃねぇのかよ…。まだ、生きてるのか?[沈黙]俺が知ってる事は、何なんだよ?お袋は俺の目の前で…なぁ、神様、聞こえてるんだろ。お願いだ、一瞬で良いんだよ。5分で良いんだ、お袋に会わせてくれよ…お願いします、そうじゃなきゃ俺…。
[対象は来た道を走って戻るが、一切の変化は無い]
[29:43] D-1998: もう、帰れないんだな。あぁ、全く……何やってるんだよ、俺は。
[34:51] D-1998: これが最後のスクリーン、らしい。何となくだけど、そんな風に感じる。それに、もう足元は海に浸かってる。
[35:24] D-1998: 俺、だな。あぁ……俺が財団に連れて来られた時の奴だ。そうだ、何となく、ぼんやりだけど、そんな感じの事があった様な気がする。ピントの合って無い物見てる感じだけど。
[36:02] D-1998: あぁ、この辺、覚えてる。この実験に同意したんだ。もう身寄りも皆死んじまって、俺もやりたい事なんて無いんだって、その筈だったんだ。そう思ってたんだ。そうだ、そうだよ。だからここに居るんだもんな。
[37:54] D-1998: [対象がスクリーンに触れる]
[38:02] D-1998: 何だったんだろうな、俺の人生って。[対象が突如海に沈む]
<記録終了>
分析: SCP-915-JP-1内において表示される、対象に関するスクリーン映像には、対象への記憶処理によって改竄される以前の記憶が映し出されていました。これより、スクリーン映像の内容は対象の保有する記憶に依存しないものであると推察されています。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid(注:悩み中)
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JP-Aはサイト-81KAの標準人型オブジェクト収容セルに収容されています。収容セルの外側に常に最低2名のDクラス職員を待機させ、SCP-XXX-JP-Aの死亡が予期される状況では待機人数を増やしてください。SCP-XXX-JP-Aの死亡が確認された場合にはただちに新しくSCP-XXX-JP-Aとなった人物を特定し収容措置を取ってください。
SCP-XXX-JP-Aには通常のヒト収容プロトコルに加えて週に2度標準的なカウンセリングを実施します。SCP-XXX-JP-Aの供述ならびに発生した改変事象の記録はSCP-XXX-JP-Aの視野外で行い、コピーを財団データベースに保管してください。
説明: SCP-XXX-JPは長期的な影響を及ぼさない局所的な現実改変現象です。SCP-XXX-JPは特定の人物(以下、SCP-XXX-JP-A)を中心として発生します。SCP-XXX-JPがSCP-XXX-JP-Aの視野外に影響を与えることはありません。改変内容はSCP-XXX-JP-Aの心理状況と関連していますが、SCP-XXX-JP-Aがその内容を制御することはほぼ不可能です。また、特筆すべき事としてSCP-XXX-JP-Aは空間の現実強度と一切の相互作用を持ちません。そのため、通常の現実改変に対する手法でSCP-XXX-JP-Aの手法を検知あるいは抑制する事は出来ません。
増える南京錠
異常性: 南京錠が増えていく橋。南京錠には人間の名前と日付が書かれている。増える速度が急に増え、そして名前は日本人以外の名前が増えていく(たまに謎言語とかがある)。その後増加速度が減ったのち、橋に未知物質のオブジェがぶらさがり、それを最後に異常性は消失する。
オチ: 平行世界の墓碑銘である。
アピールポイント: 左のタブにある二文だけ書いてあるやつです。ミスリードは仕込みやすそうかと思ってます。あとわりと壮大には出来る。
無限起床チャレンジ(仮)
異常性: 能力をまるで制御できない現実改変者。現実改変は視野内に限られるので密室に入れておくのが基本。時々ビクっとして「夢か」と呟いたり呟かなかったりする。どうしたのか聞かれると夢から覚めたところだと主張し、情動反応とか脳波の測定結果はそれを裏付けているが、この人間は眠らない。正確には、眠っている所を誰も見た事がない。寝そうになった瞬間すぐに飛び起きて「夢を見た」と言う。死ぬと異常性は別の人間に転移し、そいつが飛び起きて「死ぬ夢を見た」と呟く。
オチ: この世界がその人の夢。視野内で色々起きているのはそれが夢の中だから。そいつが眠らないのは夢の中では眠れないため。また、そいつが起きている間は世界はずっと静止しているため観測不可能である。さて、みなさまは続きものの夢をどれほど見た事があるだろうか。この人は次も同じ夢を見てくれるだろうか?
アピールポイント: 作りこみが甘いのでぐちゃっとなってるけど整合性がきれいにつけられたら結構破壊力あるんじゃないかと思っている。
あとはパーツ程度にはなるかもしれないもの
・局所的反ミーム効果を持つ存在。影に巣食って成長し、やがては宿主を自殺させる。自殺した死体は何かが欠けているが誰もそれが何かはわからない。周囲の人間は(条件が揃えば)それに気づくことが可能だが、当人に伝えても警告しても5秒後には忘れ去られてしまう。そして、自分に取りついた場合は認識することができない。