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Title: ワンクリックコピーツール
Author: 7happy7
Adviser: C-take
License: CC BY-SA 3.0
Title: サイドバー
Source: SCP-JPサンドボックスII
Author: UNKNOWN, SCP-JPwiki
License: CC BY-SA 3.0
今はもう山神置き場。
時刻はまもなく21時。
夕食も食べ損ねた筈なのに、不思議とそこまで空腹ではなかった私はサイトに併設されたカフェへと足を運んだ。
(珍しく空いてるなあ…)
いつもならこの時間でも結構な人がいるのだが…まあ年の瀬の影響なのだろう。
冷えた身体を暖めようと、私は温かい紅茶とアップルパイを注文した。
(ここ、ポットでサーブしてくれるから嬉しいんだよね)
品物を受け取ると、中庭の見えるカウンターテーブルの席についた。
落ち着いたジャズミュージックが流れる中でひとり、湯気のたつティーカップにそっと口をつける。
ふわりと、ベルガモットのやわらかな香りが鼻孔をくすぐった。
(はあ…生きかえるなあ……)
ほうっと一息をつき、パイを口に運ぼうとした──その時。
チリン、と軽やかな鈴の音が店内に響いた。
どうやら他に客が来たようで、ふと入り口に視線を移すと、見知った人物がそこに立っていた。
「…山月さん?」
「ん?って、げ、神恵さん!」
咄嗟に呼び掛けてしまった。
彼は山月龍介監視員。
物腰が柔らかく、人当たりの良い職員である。
しかし、彼は極度の異常恐怖症であり、オブジェクトは勿論、異常性のある職員に対しても何かしらの拒否反応が起きてしまうという不幸な体質の持ち主であり…
勿論、私も例外ではなく。
反射的に距離をとられてしまうのである。
「げ、ってなんですか。げって。失礼な。」
「す、すみません!いや、でもそれは神恵さんが悪いんですよ、いつもからかうじゃないですかー!」
「あは、だって山月さん面白いんですもん。ごめんね。」
そりゃそうだよなと、私は苦笑いをした。
毎度のこと彼を困らせたり、悪戯が過ぎて時には泣かせてしまったり。
いや、申し訳ないと思ってはいるのだ。
普通に接したいと思うのだが…ただ、バラエティー豊かな彼の反応が面白くて、もっと見たいと思ってしまうのだ。
そのやりとりが本当に、本当に楽しくて──
彼自身も知らない、彼の秘密を握った上で。
私はなんて性格の悪いやつなんだろう。
いつの間にか、中庭には雪がちらつき始めていた。
空になったティーカップに新たに紅茶を注ぐ。
しばらくして山月監視員も同じテーブルについた。
まあ、5席隣だったけれど。
「そんなに離れなくても良いじゃないですか。傷つきます。」
「うぐっ…良いじゃないですかー、十分近いです!」
「…冗談です、本当に山月さんはからかいがいがありますね。」
「神恵さんはいつも意地悪ですよー…全く…」
少し口を尖らせた彼を見て、自然と笑みが零れ出る。
山月監視員は優しい人だ。
こんなに意地の悪い私にでも(物理的に距離は置かれるけど)話し相手になってくれるし、週一の茶話会にもなんだかんだで参加をし、顔を見せてくれる。
(私がこの身体じゃなかったら、もっと近づけたのだろうか)
私は、この身体の異常性を受け入れている。
受け入れるしかなかった、という方が正しいのかもしれないけれど。
後悔はしていない。
私は自分で望んで、財団の手足となったのだから。
それでも。
それでも今は少しだけ、普通のひとが羨ましい。
最後の紅茶をティーカップに注ぐ。
目に留まった卓上のシュガーポットから角砂糖をひとつ取り出し、紅茶へ落とし溶かしてみた。
基本的にはストレートが好きなので滅多に入れることはないのだが…。
どうしてだろう、今日は入れてみたくなったのだ。
「…あれ、珍しいですね。今日はお砂糖入れるんですか?」
思いがけない彼の言葉に、はっと目を見開く。
どくんと胸が高鳴ったのを感じて、私は気づかれないように下を向いた。
だって、思いっきり頬が赤くなっていただろうから。
落ちついて…落ちついて、冷静に。いつも通りの自分で受け応えよう。
「…今日は、甘いものが飲みたい気分だったんですよ。」
──嗚呼、本当に彼は優しい人だ。
山月監視員は頭を抱えていた。
彼が睨んでいた相手は、SafeオブジェクトからNeutralized判定になったことを示唆する数枚の報告書。
その報告書に不備が見つかった為、研究室に赴き、担当者へ確認をとるだけのなんの変哲もない、ごくごく普通のありふれた仕事。
──その筈である。
「まいったなー。」
担当チームの欄に、見知った名前があった。
神恵凪雪研究員。
そう、これが彼の頭を悩ませていた。
異常性持ちの職員である彼女は、どちらかといえば苦手な部類の相手であった。
神恵研究員自体は明るく人当たりの良い人物なのだが…彼女は何故だか山月に対してからかい癖があり、そのお陰で彼は余計に苦手意識を持ってしまっていた。
別に彼女が嫌い、という訳ではないのだが。
(うーん…志文さんが居ればいいんだけどー…)
ふう、とため息を吐く。
…いや。これも立派な職務だ、頑張ろう。
彼は自身を鼓舞すると、ゆっくりと重い腰をあげ研究棟へと向かった。
(C-3、C-3…っと。)
コンコン、とノックを忘れずに。名乗りつつ入室をする。
「山月です。失礼しますー。」
C-3研究室。
ここには色鮮やかな花の数々や、馴染みの有る観葉植物が置かれている。
山月は何度も訪れてはいるのだが、この研究室は少し空気が違っているな、と来る度に思う。
どことなく澄んだ空気を感じるのは、これら緑のおかげなのだろうか。
しかし、肝心の人物の姿が見えない。
「あれ?誰もいないのかな……志文さーん、神恵さーん、どなたか居ませんかー?」
返事はない。…奥の書庫にいるのだろうか?
山月は奥へ進み、書庫の方を見た。
──ドアが開けっ放しになっている。
不審に思い、おそるおそる覗きこんだその時だった。
「…え!?ちょ、ちょっと!!神恵さん!?」
書庫の床に、神恵研究員が仰向けに倒れこんでいたのだ。
見るからに苦しそうに、浅い呼吸を繰り返している。
山月が慌てて大きな声をあげたので、彼女は弱々しく瞼を開けた。
「…さんげつ、さん?なぜここに…?」
「神恵さん!どうしたんですか、なにがあったんです!?」
「あは…ごめん、なさい……ちょっ…と眩暈、しただけ…で…」
彼女はそう言うと無理に上体を起こそうとしたので、山月は咄嗟にその身体を受け止めた。
顔は汗ばみ、かなり紅潮している。
全身が熱を帯びていて、それが直に伝わってくる。
額に手をあてなくてもわかる。かなりの高熱だろう。
「だっ、駄目です動いたら!今医療スタッフ呼びますから!しっかり!」
「……さ…げつ……、だ……」
山月はスマートフォンを取り出し、迅速に連絡を取る。
医療スタッフが駆けつけるまで、5分。
彼はぐてりとした彼女を抱えてその場で待っていた。
(あんなに熱かったのに…手、凄く冷たかった)
結局山月は、運ばれた彼女に付き添っていた。
運悪く志文研究助手は休暇中で、彼女は人手不足から連日の疲労が祟って体調を崩していたらしい。
食欲も落ち、ろくに食べていなかったのも悪化の原因の一つだと医療スタッフは話していた。
苦しそうに呼吸をする彼女を目の当たりにし、山月はまるで子供をあやすように、とんとん、と布団越しに繰り返す。
適切な処置を施された甲斐もあり、しばらくすると彼女の呼吸は落ちつきを取り戻しはじめたので、山月はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
──しかし、その時に緊張の糸が切れたのだろう。
急に冷静に、己の一連の行動を振り返った結果。
彼は泡を吹いて気絶したのだ。
物音に気づいた医療スタッフは、「二次災害かよ」と深いため息をつきながら彼の処置にあたるのだった。
そんなことがあったとは露知らず、神恵研究員が目を覚ましたのは、それから約3時間後のことだった。
──そして2日後。
すっかり体調の戻った神恵研究員は、事の顛末を聞き、一人悶絶していたという。
「神恵さんは何をお願いします?」
「ん、なにをです?」
ランチタイム。カフェテリアで相席をしていた彼女──氷菓監査官は、食後のカフェラテを飲みながら私に問いかけた。
「何って、七夕ですよ。七夕。明日じゃないですか。」
「明日は7日……あれ、まだ7月ですよね?」
「はい。その7月なので、です。」
いまいち話が噛み合わずに、二人は首をかしげる。
彼女も不思議そうに見つめる中、私は数秒後にそのズレに気づいた。
ああ、そうか。ここは違うのか。
「ああ、そっかそっか、そゆことでしたか。」
北の大地で産まれ育った私にとっては、8月7日が七夕なのである。
これについては諸説あるらしく、明確な起源はわからないのだが。
北海道では七夕祭りを旧暦7月7日──つまり8月7日に行うようにしたらしい。
「──という訳です。」
「なるほど、合点がいきました。」
「ですです。それで、話を戻しますけど…うーん、お願い事ですかあ…」
「三笠さんが笹を用意されたみたいで、それで皆さんに短冊用の紙を配ってらっしゃるようなんです。神恵さんの分も頂いてきましたから、ご一緒にどうかなと思いまして。」
渡されたのは青色の短冊。
「赤、青、黄、白、紫。五色の短冊、恋愛は青色だそうですよ。」
彼女はそう言って、ふわりと微笑む。
「…待ってください、いつ私が恋のお願いをすると?」
「おや、しないんですか?」
私は年甲斐もなく、むう、と頬を膨らませた。
今日の氷菓監査官は、なんだか少し意地悪である。
「そ、そんなこと言ってっ!氷菓さんはどうなんですか?」
「どうって、何がです?」
「鴉羽さん。」
ごふっ!
彼女は飲んでいたカフェラテを吹き出しかけたので、慌ててポケットからハンカチを取り出し口元を押さえた。
「なっ、なっ、な──!」
仕返しができた。
端正な顔が瞬く間に真っ赤になり、その取り乱した姿が可愛らしくて、思わずにやついてしまう。
「氷菓さんも勿論青色の短冊、書きますよね?」
「むむむ……仕方、ありませんね…」
ふうう、と彼女は長いため息を吐いた。
端から見ていてあの二人はもの凄くいじらしい。
(はやく、くっつけば良いのになあ。)
「なーに言ってんのよ。アンタも同類よ?」
「なっ、なっ、な──!」
「あーアタシにはわかるわぁ。アンタ今、氷菓チャンと全く同じ反応してる。」
この男は三笠靜俐。通称シズちゃん。
別棟に併設されたカフェのスタッフ兼カウンセラーで、夜な夜な職員のお悩み相談も受け付けており、その陽気で気さくな性格から多くの職員に親しまれている。
終業後に一息入れたかった私は、立ち寄ったついでに昼の話をしていたのだが。
私は今この厄介な男に、鋭利な刃物ですぱっと両断されていた。
「そんなことないですーう。」
「大の大人が不貞腐れるんじゃないわよ。アタシからしたら、アンタ達みんないじらしいわ。たぶん皆思ってる。早くくっついちゃいなさいな。」
「わ、私だって出来るならそうなりたい!けど…」
出来るならそうしたい。でもそう上手くはいかない。
でも私達は──
その理由はこの男だってわかっているんだ。
「はぁ。…それで、書いてきた?」
「…だってこんなのに書いたって、叶わないもん。」
私は下を向き、まだまっさらな青い短冊をきゅっと握りしめた。
例えばこんな紙切れに願ったとして。
そんな簡単に願いは叶ってくれない。
「アンタ馬鹿ね。そんなの叶うわけないじゃないの。」
予想外の返答に、私はぎょっとした。
「願掛けっていうのはね。ただの願い事じゃないのよ?私はこうなります、だから絶対叶えてみせます、っていう意思表示なの。…大体ねぇ、自分はなんの努力もしないで、叶えてくださいお願いしますー!なんて叶うわけないじゃない。どんだけ図々しいのよ、神様だって匙ブン投げてふて寝キメるわぁ。しゃらくさい。」
呆気に取られている私に、更に彼は言葉を続ける。
「要するにね、アンタの気持ち。覚悟を見せなさいってことよ。」
「私の、覚悟…」
「そ。あの人への気持ち、何一つ偽りがないんでしょ?大好きなのよね?」
私は瞳を閉じた。
目に浮かんでくるのは、あの人の姿。
何をしていても頭の片隅で考えてしまうのは。
あの人が特別で、大切で、誰よりも愛しいと感じるから。
「…うん、大好き。大好きだよ、とても。」
苦しくて息をするのも忘れてしまうぐらい、私の胸の中はあの人で埋め尽くされている。
「…アンタが頑張ってんのは、ちゃあんとわかってるのよ。だから、その気持ちを、その覚悟を貫き通しなさい。」
彼は屈んで目線を合わせ、そして私の頭をぽんぽんと叩く。
「大丈夫よ、アンタなら出来るわ。」
その瞬間、私の両目から大粒の涙が溢れ出した。
「う、うわぁぁああん!ジズぢゃあぁあん…!!」
「やぁねっ、情けない声出して泣かないのもうっ!ブスになるわよ!全く…可愛い顔が台無しじゃない。」
差し出されたティッシュケースを奪い取り、もはやここがカフェだということも忘れて勢い良く鼻をかむ。
そうしていると、横の方から軽やかな鈴の音が届いた。
「あら、山月チャンお疲れさま。」
はっとして、私は横を見る。
そこには今の今まで話題に上がっていた人物──山月さんの姿があった。
「あ──」
「かっ、神恵さん!?何で泣いてるんですか!?」
彼は慌ててこちらに駆け寄り、心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫ですか!?また具合悪くなったりしたんですか?」
「……ううん、ううん、大丈夫です。シズちゃんが…」
「えっ、三笠さんに泣かされたんですか!?ちょっと三笠さん、一体どういうことなんです?」
「あらヤダ。アタシはなーんにもしてないわよ?」
シズちゃんの言葉を聞いていたのかいないのか。
無意識なのだろうか。
彼は私の濡れた頬に手を伸ばして──そこで我にかえったのか、慌てて手を引っ込めた。
「うわわっ、すみませんっ!」
「いっ、いえ!だ、大丈夫ですっ…!」
私も、彼も、おそらく耳まで赤くなっていただろう。
彼はどうにか自分を落ち着かせると、私と同じテーブルについた。
──あれ、前にもこんなことがあったような気がする。
席は違うけど、このカフェで。
あれは確か──そうだ、去年の年の瀬。
あの時は5席隣だったっけ。
今日は……3席隣。
「……ふふっ」
「ど、どうしたんですー…?」
「いや、ちょっとだけ…嬉しいことがあったんです。」
彼はきょとんとして、首をかしげていた。
今はわからなくてもいい。私がわかっていれば大丈夫。
ひとつだけ確かなこと。
それは貴方が、私に少しずつ近づいて来てくれているということ。
だから私は──
私の命が止まるまで、貴方に寄り添って生きていこう。
七夕当日。
「よーし、これで全部飾り終わったわね。」
カフェの片隅に置かれた立派な七夕笹に、沢山の短冊が吊るされている。
五色の短冊には、それぞれ思い思いの願いが込められているのだろう。
三笠はその中の、ある部分を見つめながら呟いた。
「やーね。本当似てるわぁ、あの二人。」
三笠の視線の先に揺れていたもの。
それは重なるように寄り添った、二枚の青い短冊だった。
「──SCP-███-JP-1、言う通りにするんだ。良いね?」
なにをするの?
どうして私の目を塞ぐの?
どうして手枷なんかさせるの?
「簡単な実験さ。我々には、君の力を知る必要がある。それは我々の為でもあるが、なにより君の為にもなるんだ。」
…わたしのため?
「ああ、そうだ。これから君はあるものに触れる。君はそれを凍らせる。簡単だろう。」
それをすれば……解放してくれますか?
「悪いようにはしないと約束しよう。」
──誰かに腕を捕まれ、引っ張られる。
指先が何かに触れた。
これを凍らせる……大丈夫。ちゃんと出来る。
──え?
あれ。
ねえ待って。
まって、まって。まってよ。
やだ、こんなのきいてない。
ねえ、だって、だってこれは、ああ、そんな、いやだ、ねえいやだよ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
──こんなの。
こんなの、█████じゃない。
「────ッ!!」
勢い良く起き上がる。
息はあがり、心臓はどくどくと脈打ち、不快感を覚える程の大量の汗がまとわりつく。
(なに、今の夢)
酷く恐ろしい夢を見た。
まるで本当にあったかのような──
(ちがう、知らない。)
逃げ出すようにベッドから飛び出し、シャワールームへ駆け込んだ。
未だ乱れる呼吸のままハンドルをひねり、勢い良くシャワーを頭から浴びる。
霞がかかった頭が、ずきりと痛む。
味わったことのないような悪寒が背筋を走り、私は両腕を強く掴み、竦み上がった。
(大丈夫、大丈夫……私は知らない。だから、あんな夢怖くない。)
必死に自分に暗示をかけ、呼吸を落ち着かせる。
ゆっくり息を吸って、吐いて──また吸って、吐いて。
……私が落ち着きを取り戻したのは、身体がひどく冷えきった頃だった。
暖める気力さえなくて、乱雑にバスタオルを被ってシャワールームを後にする。
適当にパーカーを羽織るとそのままベッドに戻り、私は膝を抱えて蹲まった。
落ち着いた筈だったのに、また恐怖感が襲ってくる。
「怖い」
「怖いよ……」
「たすけて…山月さん…」
気づけば私は、彼の名を呼んでいた。
近くに置いてあったスマートフォンを手に取る。
真夜中の3時。
──こんな時間にかけたら絶対に迷惑だ。非常識にも程がある。
でも、もし繋がったら。
いますぐに声が聴けたら。
画面に表示されたのは、"山月監視員"の文字と電話番号。
私は、意を決して通話のボタンを押した。
…1コール。
…2コール。
…3コール。
…4コール。
(もう、やめよう…)
5コール目に切ろうとしたその時。
『……はい、山月ですー。』
「あ──」
聴こえてきたのは、彼の眠そうな低い声。
『…かもえさん?どうされました、こんな時間に…』
「あの…ご、ごめん…なさい……あの、私……」
『…ごめんだけじゃわかりませんよー、どうしたんです?』
息が、言葉が詰まる。
「……っ、あの……わた、し…っ………」
「ごめ、なさい…っ……」
『……かもえさん』
電話越しに聴こえたため息。
怒られる、そう思った。
それなのに──
『今から行きますから。もう少しだけ、待っててくださいね』
彼はそう告げて通話を切ると、本当に数分後に駆けつけてきたのだった。
扉のノックが聴こえ、慌てて解錠する。
そこには困った表情を浮かべた、山月さんの姿があった。
「はぁ……全く、困った人ですねー。」
「ごめんなさい……」
俯く私に対し、彼は優しく問いかける。
「中、お邪魔して良いですか?」
「……はい。」
薄暗い自室に彼を招き入れる。
そう言えば招いたこと自体初めてだった。
「電気つけましょうか?」
「……いえ、このほうが山月さん、私の花あまり見えなくて良いでしょう?」
「大分慣れてもきましたから、大丈夫ですよ。ここだけつけましょうかー。」
そう言って彼はサイドランプを点ける。
私達は一人分の間隔を空けて、ベッドに並んで腰掛けた。
「それで、一体どうしたんですかー?」
「……とても、とても怖い夢を、見ました。」
「怖い夢?」
「……私が、人を殺す夢です。」
沈黙が走る。
「…ただの夢ですよ。神恵さん。貴女は人を殺したりなんかしません。」
「…でも、でも!ここは財団です。私は異常性の塊です!!もしかしたら、もしかしたら私、本当に誰かを殺してしまって、記憶処理をされてるんじゃないかって…!」
「神恵さん…大丈──」
「だって本当に現実のようで!!この耳から離れないんですッ!…あの、あの断末魔が、耳に張り付いて!!」
「──凪雪さん!!」
私の名を呼ぶその声に、はっと我に還り彼の顔を見上げた。
「僕が見てきた貴女は、そんな人間じゃありません。その……何度も泣かされましたし、悪戯が過ぎることもありますがー……でも貴女はそんな人間じゃない。例えそうだったとしても僕は…今まで僕が見てきたたくさんの神恵さんが、今僕の目の前にいる貴女こそが、嘘偽りのない純粋な神恵さんだと思っていますから……」
彼の瞳は真っ直ぐに私を捉え、彼の言葉は私の心の奥底に触れた。
どうしてそこまで、信じてくれるの?
瞬間、押さえつけていた私の感情が、ダムが決壊したように次々と溢れ出てしまう。
「──っ、ひっく…うわぁぁあん!!!」
「怖かった……怖かったんです…!!私が私じゃなくなってしまいそうで…!だから私を、私を助けてほしいって、思ってしまったんです…!!」
尚も震えは止まらない。
「でも、山月さんを、あなたを傷つけてしまったらどうしようって…!!傷つけたくないっ……だって大好きなんです……大切なんです!!大好き、大好きなん──ッ!」
あまりにも唐突に。
私の言葉を遮るようにして、彼の唇が私の唇と重なった。
優しく、強くしっかりと私の身体を抱き寄せる。
それはまるで、大事なものを護るかのように。
──そして、名残惜しそうに唇を離した。
「…っ、僕だって貴女が大好きですよ!!こんなに近づいて触れられるのは、貴女だけなんだって気づいちゃったんですから…!!それに絶対に傷ついたりなんてしません。だから…だから、僕と一緒に居てくださいよ…」
「だって……!良いんですか!?私、こんなですよ?怖くありませんか!?」
「今さら何を言ってるんですかー。神恵さんじゃなきゃ、駄目なんですよ。貴女が居ない世界の方が何十倍も、何百倍も怖いです。」
「でも──でも、私、一緒にいて、良いんですか…?」
彼はただ黙って、私の髪をずっと撫でてくれていた。それがとても心地よくて、涙が溢れて止まらないのだ。
それから彼は、私の身体を優しく後ろへ押し倒した。彼の温かい手が頬に触れ、涙を拭い、また静かに唇を重ねる。
「…もう、怖い思いをしなくて良いんだよ。」
その言葉が嬉しくて、切なくて、
狂おしい程にあなたが愛おしくて、
きつく、つよくあなたを抱き締めた。
私達は互いの存在を確かめ合うように。
何度も、何度も身体を重ねあわせた。
私は、今日という日を一生忘れることはないだろう。
二人分の熱を刻みつけて、私達はこれから生きていくんだ。
「…ねえ、山月さん」
「うん?」
「…愛してます。あなたをずっと。」
その日は珍しく雪が降っていて。
故郷を離れてから久しぶりに雪を見たから、懐かしくてはしゃいでしまったんだと思う。
だから帰り道、いつもは通らない道を選んで歩いて。
振り返った先の自分の足跡にさえ心弾ませて、そして。
人気も無い薄暗い路地に迷い込んだ先で、私は出遭ってしまったんだ。
薄く積もった雪に散った朱に、漂う甘い香り。
ヒトだった何かを喰い散らかしながら咲き乱れる氷の花と、その蔦に絡め獲られた知らない誰か。
本能が叫んでいた。"逃げろ"って。
でも出来なかったの。
助けなきゃって、身体が先に飛び出していたから。
──もしかしたら私は、そのとき既に花に魅入られてしまっていたのかもしれない。
それは奇しくも私の生まれた日で。
こうして私は、二度目の生をうけたのです。