- 死人の手札
- Perfect Rose
- 敬意の所在
- 緊急突発複合事例370-476-01:作戦名"陥穽"
- 稲妻
- 次元ヤマノテ線
- GOI狂騒曲
- 猫に九生あり、人に歴史あり
- 砂漠海
- タキサイキアの銃弾
- Tale
- 電話の主
- SCP-444-JP
- 神山博士の人事ファイル
アイテム番号: SCP-2344-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-2344-JPは固定状態にある各物品と共に中型静物収容室内に安置してください。SCP-2344-JPの右手首から先を電子錠付きの半球型鉄鋼カプセルで覆い、担当研究員4名以上と主任研究員の承認によって発行されるコードキー以外によって開錠できないようにしてください。
収容室は通常規格の警備体制で警備し、汎用マニュアルに従って収容を維持してください。
SCP-2344-JPが部分的に有する反認識的性質を継続させるための手順が定められています。117日毎に本手順に則った処置を実施してください。
現在の方針として、この反認識的性質の維持が採択されています。SCP-2344-JPに関しては本性質の保護を優先してください。
説明: SCP-2344-JPはメキシコ人と思われるメスティーソ男性の白骨遺体です。対象は1880年代の米国南部に於けるカウボーイスタイルのものと近似の衣服を着用した状態で、木製の椅子に座っています。
前方には木製の円卓が置かれ、対象の右手は5枚のトランプカードを把持した状態で円卓の上に乗せられています。
左掌部にスペードのAのトランプカードが張り付いており、一部が上着の袖部分に入り込んでいます。
頭骨の眉間部には直径約13mm程度の穿孔が認められ、頭蓋空洞内では45ロングコルト弾が頭骨内の空間中に静止しています。
これらの付属物は不明な方法でSCP-2344-JPに完全に固定されており、変形させることもできません。SCP-2344-JPとの相対距離も固定されていると考えられており、蒐集院より移管された時から変化していません。
また、SCP-2344-JP本体を構成する骨格も人体としての形状を保ったまま固定されており、関節部も可動させられません。
==本記述の閲覧は制限されています。閲覧事実によりデータベース上への本記述の出現、制限の解禁は証明されています==
TICr-Ω-α……
実行しますか?
[Y/N]
アイテム番号: SCP-2000-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-2000-JPは現在サイト-8120の地下60m地点に設けられたセクター71-TR内に安置されています。セクター71-TRへは原則として出入り口を設けず、防酸化処理済みの鉄鋼二層、耐圧コンクリート一層、防音空圧壁一層、絶縁体壁一層によって密閉してください。
SCP-2000-JPは真空状態設定の永久磁石カプセル内で安定を保った状態でセクター71-TRに収容し、内壁部の磁石によって常時浮遊させ、如何なる存在とも物理的接触を果たさないようにしてください。
セクター71-TRでは現在、双隊混成規模の機動部隊Z-α"Darwin"によって24時間体制の警備が行われています。警備は常時、二部隊以上の機動部隊によって構成してください。
また、動体感知装置を用いてセクター71-TRを中心とした120m圏内の動的存在を常に監視してください。
サイト-8120が何らかの緊急事態に陥り、最高レベルアラートが起動された場合、セクター71-TRは更に地下400m地点まで自動沈下します。このプロトコルは再回収を前提とした措置ではないため、起動以後は地表周辺の封鎖と警備を優先してください。
SCP-2000-JPの活用は現在禁止されています。必要があると判断されうる場合、O5議会による承認を得てください。
説明: SCP-2000-JPは██████博士が所有していた懐中時計です。所有者による手作り品であり、既存のメーカー品ではありません。
SCP-2000-JPには少なくともSCP-███の肋骨、SCP-███-JPの電子回路、SCP-████の部分的な構造の模倣が組み込まれており、複数の異常性が複合したオブジェクトとして見なされています。
██████博士は勾留中に自殺した為、異常性の全貌ないし目的は現在も調査中です。
SCP-2000-JPは何らかの物体に接触したとき、その物体の持ついずれかの性質を無作為に模倣し、記録する機能を有しています。性質の記録は最大で11個まで可能であり、短針の操作で文字盤の1〜11の数字それぞれに対応させて記録させられます。
いずれかの数字に短針が合わせられている状態でSCP-2000-JPが人間に接触したとき、数字に対応して記録された性質を対象の人間が1時間獲得します。
記録される性質の、どこまでを1個とするかはSCP-2000-JP独自の基準があると考えられていますが、同じ物品に対して複数回使用した場合でも、異なる性質が記録されたとの現象が観察されています。
数字に対応して記録された性質は一度人間の接触によって顕在化されると、1時間経過後に消失すると見られています。
以下は、実験によるSCP-2000-JPの暴露実験の抜粋です。
実験記録002
模倣対象: 桐製の洋服箪笥
被験者: D-2000-01
結果: 7に記録して実施し、被験者の下腹部が引き出し様に変化。開いたところ、内部は模倣対象であった空の桐製箪笥の引き出しと同様の構造と材質であった。損傷に対して被験者は苦痛を覚えず、生体反応も正常値を示していた。
実験記録03
模倣対象: 桐製の洋服箪笥 実験002で用いた物品と同一
被験者: D-2000-01
結果: 7に記録して実施し、被験者の左広背部が桐製に変化。鋭角化して模倣対象の左後方下部の角部分と同一の形状と材質、塗装、木目文様を獲得した。
実験記録05
模倣対象: 桐製の洋服箪笥 実験002、実験003で用いた物品と同一
被験者: D-2000-03
結果: 7に記録して実施し、全身が模倣対象と全く同一の形状へと変化。1時間経過するまで一切の動作とコミュニケーションが不可能になり生体反応も停止したが、被験者の証言によると感覚は有していたものと思われる。
実験記録09
模倣対象: トヨタ████████乗用車 実験08で用いた物品と同一
被験者: D-2000-02
結果: 7に記録して実施し、被験者は任意の部位から最大50A、30000V相当の電流が放電可能な体質となる。模倣対象の持つ性質を部分的に得ながらも、明らかに模倣対象が持つ元来の能力を超えた能力を具えていた。
実験による結果予測が困難であり、獲得される性質の幅によっては収容違反を誘発しかねないとされたため、SCP-2000-JPに関する実験は現在凍結されています。
補遺1: SCP-2000-JPの入手経路についての調査が完了しました。以下に最終報告書の部分的な抜粋を掲載します。
捕縛された██████博士の実子への尋問は尾白魏博士によるカウンセリングという中長期的な手段によって進展し、以前よりの仮説が証言に基づく調査によって裏付けされたものと確信している。
SCP-2000-JPを製作したのは██████博士であるが、実際に所持し、運用していたのは実の長女████である。第一回収部隊がSCP-2000-JP回収と██████博士拘留のために出動した際、氏は娘にSCP-2000-JPを所持させ、何らかの方法で本オブジェクトに記録させていた性質を用いて秘匿させたと思われる。
████の以後の行動から、蛇の手との接触は██████博士拘留後と思われ、████の当初の動機も父親の救出であったとの証言が得られている。中略
██████博士の違反的行動は何らかの組織だったものではなく、個人的な動機によるものである。蛇の手の動向から言っても██████博士と連携していたとは到底思われず、MC&D、日本生類創研、GOCを含んだ要注意団体の行動は全て████の行動の結果として誘引されたものに過ぎない。
████が蛇の手の助けを得ながら財団施設に不当に侵入し、SCP-2000-JPを用いた複数の機密違反を実行していたのは事実である。だが一時的な利害の一致による関係であり、両者は既に敵対状態にあると思われる。
情報の機密性は回復したものの、既に漏洩された情報は敵対的な組織が入手したものと見なくてはならない。一部の移管可能なオブジェクトについては情報系統樹を移し、他支部への移動も視野に入れる必要性がある。中略
証言によると████は[削除済]に於いて██████博士と再会したとのことである。当日に発生していた複数の警報の誤作動と機動部隊の出動記録から言って実現可能な事象であり、信憑性は高いと見られる。
その状況下で██████博士は救出を拒み、████は脱出。2日後に██████博士は自殺したため、当時の会話が自殺の原因と推察されるが、████の証言からは、ただ救出を頑なに拒否されたとの内容しか得られなかった。中略
████の動機と行動の不整合については複数のオブジェクトとの接触、もしくはSCP-2000-JPの乱用が原因と思われる。確認可能な範囲で16もの異常存在の性質を模倣し自身に顕在化させていたことで、精神状態に変調を来したものである。
証言では、これらの行為によってSCP-2000-JPが完成したとの旨を得られたが、顕著な幻覚症状と夢遊病を含んだ睡眠障害を考慮すると、客観的な調査なしに確信は持てないと結論せざるを得ないだろう。中略
SCP-2000-JPの製作に於ける計画データは██████博士が前もって処分したと見られていたが、回収されたデータを精査した結果、設計に必要と思われる容量が██████所有の機器にはそもそも存在しない点が判明。財団所有のスーパーコンピュータに痕跡や隠蔽措置も見られなかった点から、そもそもの設計データの存在に疑問が投げかけられる。
██████博士は設計を行わず、既存の設計に基づいた計画を立案したのみであると思われ、この事実は設計データを所持する第三者の存在を示唆している。
所持者であった████が起こした数々の違反を鑑みるに、この第三者を特定しない限り同様の事件が発生する可能性が常に存在すると指摘せざるを得ない。中略
████捕縛によるSCP-2000-JP確保と収容時の状況から、SCP-2000-JPには未発見である異常存在の性質が記録されているものと思われる。それらがSCP-2000-JP固有の異常性の一部である可能性は否定し切れないが、確実な"空き"の数字は7と10である。
████の遺体解剖が許可されなかったため、SCP-2000-JP固有の性質と████の身体に残留した影響の詳細な比較が困難である。
そのため断定的には判明していないが、SCP-2000-JPと人体には、一方的ではない相互影響が存在しているものと思われる。概して、████の証言そのものは信憑性を欠きはするものの、調査の指針を決定するには有効であり、調査の結果としての客観的事実のみを科学的に証明していくことで異常性の解明が可能である。
勾留中に死亡したためこれ以上の証言は得られないが、SCP-2000-JPの異常性の部分的解明が、残りの不明点の解明に貢献する可能性は非常に高い。
しかしながら、蛇の手を始めとした複数の要注意団体に存在が知れ渡り、有用性も証明されたオブジェクトであるため、高レベルの収容と防諜・警備体制を一刻も早く構築する必要がある。
補遺2: 緊急時自動開示情報
対象: Isha
インタビュアー: 尾白魏博士
付記: 対象は医療用寝台に拘束されている。この時点で複数の脳タンパク質の欠落が見られ、進行中である。
<記録開始>
尾白魏博士: あなたの痕跡は全く無い。戸籍もなければ口座も社会保障番号も国籍さえも無い。本当にCaesar博士の娘さんなんですか?
Isha: 先生、あなたは私の話を聞いてくれる。信頼関係を傷つけたくない。私はIshaで、パパはパパよ。
尾白魏博士: 日本支部にあなたが移されてから、もう2ヶ月です。その間どんなに調べても、あなたに訊ねる以外では見ることも聞くことも出来ないものばかりなんです。
Isha: パパか、それか他の連中の誰かが消したんでしょうね。記憶とか記録とか、アテにならないから。でも、世界は見てくれている。見えも聞こえも覚えもできないものが、ちゃんと見て聞いて覚えてくれるの。
尾白魏博士: 初めはCaesar博士の救出が目的だったんですよね?
Isha: ええ、でもパパに断られちゃって、逃げ帰って途方に暮れてたら、ポータルで協力してくれてた蛇の手の人にこう言われたの。「逃げることを望んでいないのなら、本当の望みを代わりに叶えてあげるべきだ」って。今にして思えば、私を引き入れようとしていたのよね。でも結果的に、私はパパの望みを叶えようと思ったわ。
尾白魏博士: それは何ですか?
Isha: 全異常の消滅よ。ママを死なせた異常を、パパはずっと憎んでた。
尾白魏博士: その達成のために、以降の271件もの機密違反を実行したんですか?
Isha: そういうことになるかなあ。そうなるとは思ってなかったんだけど。
尾白魏博士: どういう意味でしょうか?
Isha: パパの救出を、私は結局諦めきれなかったの。だから知りたかった、本当はいま何が起きているのかを。パパがどうして私を拒絶したのか、答えが欲しかった。
尾白魏博士: Caesar博士の死をいつ知りましたか?
Isha: 2週間後よ。蛇の手の奴ら、知ってて私に黙ってた。
尾白魏博士: あなたが最終的に投降したのは、それが理由でしょうか? 戦う理由をなくしたから?
Isha: 違う。
尾白魏博士: では何でしょう?
Isha: 知ったからよ、いま何が起きているのか。
<記録終了>
対象: Isha
インタビュアー: 尾白魏博士
付記: Ishaが活動の中でどの収容中のオブジェクトに暴露・遭遇したのかを特定する聞き取り調査である。
<記録開始>
尾白魏博士: サイト-8141は?
Isha: どうやってかはわからないけど、蛇の手が騒ぎを嗅ぎつけて「今ならどさくさに紛れて潜り込める」なんて言ってきたもんだから、ついその気になってポータルを通っちゃった。だから私が着いた頃にはもう壊滅してたのよ。
尾白魏博士: あなたの神経系の一部は、10回を超える記憶処理を受けた事実を示しています。それも全て当時サイト-8141にあった記憶処理システム規格の、です。あのサイトは新型記憶処理機材の導入が遅れていて、独特の痕跡が残る旧型を使用していました。
Isha: なら分かるわよね? 覚えてないわ。いくつか書類を見たり、誰かに追い回されたことなら覚えてるんだけど。
尾白魏博士: その時の状況をできるだけでいいので思い出せませんか?
Isha: 黒いスーツを着た、男だったわ。エージェントだったと思う。銃と、ぐしゃぐしゃの紙束を握りしめながら追いかけて来た。血走った目は縁から出血してて、すごく怖かった。そして私は、なんかの紙を持ってた。小さい、お手製の人形の写真が載ってて、それに助けられたような、朧げな記憶がある。覚えてるのはそれだけよ。
尾白魏博士: SCP-2000-JPを使用した記憶はありますか?
Isha: 使った覚えはないけど、使ってなかったら多分死んでたと思う。
<記録終了>
君がこれを読んでいるということは、既に全ての情報が緊急開示用の保護データベース上にアップロードされたのだろう。
いま何が起きているのかをこの私が知る術は無いが、スイッチはここに置かれている。
私は君にそれを伝えなくてはならない。それが、一体何のスイッチなのかを。始まりは、とある要注意団体が発見した石室だった。
そこには二つの異常存在が収められており、片方は開いている間見ている者の記憶を操作できる巻物。もう一つは、何かの図だった。
その要注意団体に所属する構成員の一人が仲間と共に裏切ったことで組織は滅び、我々はそれらの物品を手に入れることに成功した。
巻物は研究中に異常性を示さなくなったため廃棄したが、図は非常に難解かつ未知の数字と言語で表されていた。多くの学者と資料を集めてそれを読み解くためのチームを結成し、研究に従事させた。
そのチームのリーダーこそが、Caesar博士だった。彼は非常に熱心で、実力があり、強固な信念と忠誠心を持っていた。しかし、彼は裏切った。図を解明し、それが意味するものを理解したのだ。12の数字の意味を。
そして己が信念に従い、計画を実行した。我々なら行わなかったであろう計画を。SCP-2000-JPは触れた物体の性質をコピーして記憶する。
1〜12の数字全てが、その異常性を持っている。だが12だけが、明確な目的を持っている。
SCP-2000-JPに長時間触れ続けた者は、己の精神が、12の数字へと転写されていくのだ。
Ishaは眠る度に同じ夢を見ていた。自分の見知った街や家々が並んだ世界を徘徊する夢だ。その夢は見る度に現実味を増し、木々の葉は葉脈すら具え、猫の毛先にしがみつくノミすら現れ、くすんだ街並みは彩に溢れて陽の光と小鳥のさえずりまで感じられた。
それはまさに現実の世界であり、彼女が、彼女の父が望んだものだった。それは異常が存在しない世界。何もかもが通常で、完璧な世界だった。
12の数字はIshaの知識や認識、願望を利用してその世界をSCP-2000-JP内部に構築していたのだ。
母が死なず、父が狂わなかった世界を望む。娘がそうすることをCaesar博士は知っていた。彼女がそれを望む時、今やそれは必ず実現される。
Ishaは死亡してはいない。冷凍睡眠状態でセクター71-TRの永久磁石カプセル内で眠っている。SCP-2000-JPと一緒に。
夢は既に完成している。あとは彼女がSCP-2000-JPに触れるだけで、彼女は完璧な世界そのものとなる。
そうして、彼女の意思と願いに従い、あらゆる異常では無い存在が新たな楽園へと招かれるだろう。
Caesar博士よりも遅ればせながら図を解明した我々が得られた結論だ。そこで、重要な問いが二つ発せられる。
その問いこそ、我々がSCP-2000-JPを収容している理由であり、未だに人類が救われていない原因でもある。「財団は非異常かどうか?」
我々は、我々自身を正当に評価しているとは言い難い。
数多くの異常存在を収容し続け、活用し続け、かつてからはかけ離れた姿になった。
異常と相対するために力を求め、自らもその領域に踏み込んだ。それを後悔はしていない。
だが誰かに「化け物め」となじられた時、我々はただ俯いて背を向ける以外に無いだろう。
変化が必要だったからこそそうした。だが、変化は変化。多くの異常を取り込み、それに適応した姿であっても、真実に変わりはない。故に、SCP-2000-JPが発動した場合、我々はこの世界に取り残されるだろう。
守るべきものも理念も理由も失い、他のおぞましい怪物どものみがある場所に永遠に閉じ込められるのだ。
終わりなき生存に向けた無為の戦いか、自ら選び取る他ない死か。取り残された地には、その二つだけがあるだろう。
完璧な世界のための必要な犠牲、切り捨てられるもの。我々が、そうなるのだ。
実験用モルモットが如く。人々を守り、救うために立ち上がった。そう誓った。
だが自らの首に短刀を突き立てるにあたって躊躇しないのでは、いよいよ以って我々は人間でもましてや生物ですらない。
故に、SCP-2000-JPとIshaを同じ場所に収容し、彼女を眠らせているのだ。
いずれ世界の破滅が訪れた時、全O5の承認と同時にSCP-2000-JPが彼女の上に落とされるように。
そしてこの措置は、同時にもう一つの問いに対する妥協策でもある。「SCP-2000-JP設計図はどこから現れたのか?」
これは簡単な結論を得られた。
単純な話である。"覚えていた"からだ。
あの時計の"一つ前"の持ち主が、あの時計を覚えていたからだ。となれば、今この世界が一つの証明となる。
どんな完璧な家でも、時間が経てば歪み、軋み、傷み、シロアリが湧くものだ。
君ならこの言葉の意味が理解できると思っている。
結局のところ、完璧など存在し得ず、また我々も求めてはいないのだ。そして、私はこれらの話を全て、Ishaに話した。
彼女が最後に訪れたサイト-19で私は全てを打ち明けたのだ。
その末に、彼女は我々に身を委ねた。共に夢を見ると約束した。だからこそ、ここにスイッチを置いている。
押せば新たな世界が生まれ、君は古い世界に置いていかれる。
そうして、自分の頭に銃口を向けるその日まで、守るものなき永劫の戦いと理不尽の坩堝へと叩き込まれるだろう。「さらば」と言う準備は出来ている。
新たな世界が人類を待っている。君以外の、全人類を。
O5-1
プロトコルの起動を承認…
全セキュリティ解放…
クリアランス承認システムの無効化……完了
全権限が解放
『時計は進む』。彼女の夢を共に見よう。
Hello,Dr──
[Y/N]
アイテム番号: SCP-1360-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1360-JPは数字で鍵を開ける感じの箱に入れて、下から2番目、左から16番目の部屋の中に置いておく。誰も触らないように、効き目を試すようなことはしちゃいけないようになっている。
もう触っちゃった人はとりあえず閉じ込めておいて、薬でいつも寝ているようにする。
SCP-1360-JPの効き目が皆んなに移っちゃわないよう、もう映っちゃった人はこの建物から出さないようにする。
銃持ってすごい服着た人たちが建物のまわりで人が出ないようにしている。
まだ移っていない人とは、文字を書いて話すことにしている。
説明: SCP-1360-JPは一個のスマホと、そこに書かれたお話。これを読むとSCP-1360-JP-1になって、少しずつ敬語が言えなくなったり、言葉を選ぶチカラがなくなったりする。
SCP-1360-JP-1と5秒話をした人も新しいSCP-1360-JP-1になっちゃう。
SCP-1360-JP-1になっちゃった人はこういう順番で効き目が進む。
- すぐに、敬語を言ったり書いたりできなくなる。
- 一週間たったら、言葉を選ぶ力がなくなって、うまく言ったりすることができなくなって心がまずくなる。
- そこから10日たったら、自分の国の言葉じゃない言葉がわからなくなる。
- そこから3日たったら、書くのが多い字は読めるけど書けなくなる。機械にやってもらう事はできるけど、どれが合ってるのか選んだりはできない。コピペはできる。
言葉をうまく選べないだけで、頭の良さは変わらない。SCP-1360-JP-1が書いた言葉なら、読んでもうつらない。話すとうつる。機械を通していても話すと写る。その人の声をとっておいたものに話しかけてもうつる。聞くだけならうつらない。でも言葉じゃないやり方で返すとうつる。
コピペはできるけど、そのコピペが、言いたいことと合ってるかどうかわからないから、話すのには使えない。決まり切った場所に置くためだけに使える。
おぼえてることを消すやつで何とかしようとしたけど、今は上手くいっていない。
難しい言葉を読んだりはできるけど、書いたりはできなくなる。
「敬語」と「言葉」の文字だけは上手く言ったり書いたりできる。
補遺: スマホに別の文字が書かれていた。コピペして貼り付けることにした。
皆さまおはようございます。
旧習に於いては、敬語とは格別な言い回しであり、純然たる敬意を表する言葉として尊重されてきました。
然るに昨今では単なるコミュニケーションツールと堕し、敬意なき敬語が氾濫している有様に、胸を痛めるばかりであります。
本意を敬語で覆い、それを互いに良しとする風習はかえって人々に疑念を起こし、信ずるに値すべきを信じない巷に作り上げてしまいました。私はここに発起し、人々を本心からの交わりに誘うべく、拙くもここに一つの作品を発表させていただきました。
繕わぬ会話を為し、それを通して、敬語たるものの、敬意たるものの、まことの敬いを理解していただきたく存じます。
敬語は相手に対する機嫌取りではなく、己の意を心から相手に伝えようとするものであることを再び強く戒めようではありませんか。最後に、以下の句を以って挨拶の締めとさせていただきます。
"私どもはクールであったことでしょう?"
SCP-1360-JPは現在、サイト-81BBに対する情報収集と統括の途上であり、現在も調査が進行中です。
本報告書は、調査の二次完了後に伴う再編纂が終了し、新規報告書の用意が完了し次第破棄される予定です。
取得、統括、翻訳済みの情報は現在サイト-8121の仮設データベース上に一時保管されています。
蹲っていた茶色の巨体が力無げに立ち上がる。
気怠いような、諦めのような緩慢な動作は幾度となく繰り返されてきた現象の一部でしか無い。
喪失の痛みより78時間の後、巨体は己の本質のまま、トカゲのような口を開いた。再び、失うために。
巨体の喉が膨らみ、出産の喘ぎにも似た呻きとえづきが広々とした収容室に響き渡る。
巨体を振り回し、転げながら、僅かに喉の奥より顔を覗かせたのは、人間の子供。
生後数ヶ月といった所だろうか。まだおむつも取れない幼子は、なされるがままにいま再び産まれようとしていた。
そうして、産み落とされた子供は、巨体の腕に受け止められた。
あたかも我が子の如くに、優しく、愛おしく、繊細に。
親にとって、子とは全てが特別な生命である。しかしそれらの生殺与奪は全て親に委ねられている。
特別だからこそ、どう扱うのか? この光沢のある空色の皮膚を茶の長毛で覆った怪物は、泣き出した子供を抱えたまま、その泣き声に合わせるようにして細い吠え声を遠くに投げかけた。
繰り返されてきた、いつもの光景。
SCP-370-JP。子供攫いは、今日も無辜の命をその口に抱く。
誰もが、今やそれを特別視しなかった。非日常的な日常風景。数多の記録に埋もれる一つの観察記録と、将来に於いて確約されたボガート手順の実績記録。
この事象から生まれる結果は、誰にとっても、本来特筆に値しないことであった。
攫い、育て、奪い返す。ただそれだけの繰り返し。全ては繰り返し。
隣室より監視カメラにてこの様子を撮影し、観察していた研究員の一人が、子供の袖につけられたタグに気付いたのは2分後であった。
生まれて間もない赤子、しかももし未熟児であれば、一般の病院にてタグ付けされた子供であっても本来不思議はない。
だが、彼は幸いにも注意力に秀でていた。彼は気付いたのだ。タグに記されていた数字と文字の意味に。
『SCP-476-JP-2
個体番号: A-13』
赤子は泣いていた。
怪物は吠えていた。
収容壁が、立ち枯れた朽木の如く崩れた。
警報と共に、繰り返しの日々は終わりを告げる。
愛が、全てを繋ぐ時が来たのだ。
愛は、これより始まる。
「一体どうした!」
井戸技博士はサイト-8121の緊急司令室に駆け込みながら、何を確認する前にそう叫んだ。
会議室から急遽転用した緊急司令室は現在混乱にあり、機動隊員、エージェント、オペレーター、研究員が詰め込まれ、雑然とした室内で各々が作業と連絡に従事していた。
混乱の中にあり、それを収めようとする中枢に於いて井戸技博士の声にまともに応えられる者はいなかった。
ただ一人、部屋の中央にいた軍服姿の老齢の偉丈夫を除いて。
彼は井戸技博士に気づくと、床に置かれた機械類や張り巡らされた導線類を跨ぐように大股で近づき、右手を差し出した。
「機動部隊総括指揮官の黒堂だ。ボガート手順-SoCV責任者の井戸技 和直博士で間違いないか?」
「ああ、井戸技だ」
差し出された右手を軽く握り返す。今は時間が惜しいのだ。
彼はすぐさま、己の言うべきことを並べ立てた。
「ボガート手順-SoCV緊急項目の承認権限により、事象収束まで本サイト戦力の指揮権はボガート手順-SoCV責任者に委任されるものとする。今より、貴方は私の麾下に入る。ひとまず報告を!」
やや早口気味にそう言い切ると、眼前の黒堂は簡易的ながらも恭しく礼を済ませ「ひとまずこちらへ」と司令室の中央へ井戸技博士を案内した。
そして、前方の壁際に置かれたモニターを指差して報告を始めた。
「ある程度は報告済みだろうが順を追って説明する。SCP-476-JP-2 A-13が出生したのは6ヶ月前の5月11日。プラン:リサイズに基づく生育と教育と自動解放システムの中で生活していたが、昨日1638時に管理職員の目の前で消失。そして同時刻に於いてSCP-370-JPの喉頭内に出現した。状況から見て、SCP-370-JPの転移によって、SCP-476-JP-2がクロスしてしまったと判断された」
モニターに映っているのは、収容区画の廊下であった。
その廊下の奥から、SCP-370-JPがゆっくりと画面手前へと歩いてくる。
腕にしっかりと幼子を抱えたまま。
「転移後、1640時にSCP-370-JP収容壁の一部が崩壊。おそらくはSCP-476-JPによる何らかの改変の影響と思われる。現在は、SCP-370-JPとA-13は共に収容を違反している状態だ」
「鎮圧作戦は?」
「収容室より脱した時点で、ボガート手順-SoCV通常手順の達成は困難と見なさざるを得なかった。よって通常の鎮圧作戦を実行したが──」
黒堂が別のモニターにリモコンを向けて操作すると、画面が切り替わる。
そこに映っているのは、A-13を抱えたSCP-370-JPだった。
そこでは、怪物が廊下の十字路に差し掛かった瞬間に、三方より機動隊員が銃撃する様が展開されている。
怪物は大きく叫び、銃撃から赤子を庇うように背を向けてしっかりと抱え込むと、一瞬だけ銃撃が止んだ隙を突いて赤子を口の中に入れた。
まるで魚のように、子供を口の中に入れて守る。そうしながら、怪物は向き直り、走り出す。
そして、機動隊員の一人が紙くずのように軽々と跳ね飛ばされた所で映像は終了された。
「ボガート手順のような、最適化された戦略と施設と装備でなければそもそもSCP-370-JPには歯が立たない。それに加えて、今のあいつはSCP-476-JPによって守られている。そもそも殆ど弾がまともに当たらず、逸れるか弾かれるかだ。更に、銃撃が一瞬だけ止んだ部分では、全ての隊員の武装に同時に不備が発生している。戦力による制圧はあまりにも困難だ」
「370-JPは476-JPによる改変の影響下にあるってことか・・・」
顎に手を当てながら、井戸技博士は呟いた。
難題にぶつかり、それを解こうとしている時の彼の癖である。
ボガート手順-SoCVを作り上げた時も、何度もこの癖が表に出たものであった。
そう、ボガート手順である。特別な手順を以て対処が可能ということは、逆に言えばその手順以外での対処は至難であるということ。
SCP-370-JPはわかりやすいモンスターだ。力が強く、行動原理が単純で、頑健で、肉体的な痛みに耐性があり、執着が強い。
それが今、運命の赤い糸に結ばれた二人を出会わせるためならあらゆる手段を用いる樹によって、収容を違反している。
その目的は一つ。SCP-476-JPの目的は初めからたった一つなのだ。
「出会わせる気か。プラン:リサイズを待つまでもなく」
SCP-370-JPにA-13を連れ出させ、その片割れに出会わせる。
そのためにSCP-370-JPは利用されているのだと考えるのが妥当だろう。
もしかしたら、SCP-476-JP-2がSCP-370-JPの"標的"として転移されたのも、仕組まれたものであるのかもしれない。
で、あれば、このまま放置してしまえばとんでもない事態になる。
単なるプラン:リサイズの失敗にはとどまらない。財団の秘密が街中に歩き出て、当然のように彷徨えば、当然のように起こるべきことが起こってしまうのだ。
だが、どうやってそれを阻止するのか? ただでさえ厄介なSCP-370-JP。その行く道を阻むような行動にはSCP-476-JPによる確率改変が押し寄せる。
「それで、今はどういう対処をしてる?」
それでも立ち向かわなければならない。井戸技は黒堂に現状の方針を訊ねた。
「今は時間稼ぎに徹している。遠巻きに監視しながら、散発的に小規模な攻撃を加えて足止めと撤退の繰り返しだ。エレベーターも止めた。しかし隔壁は下ろしていない。隔壁を下ろして完全に閉じ込めてしまえば、確率の改変が激化すると判断したからだ。この司令室では、サイト-8144とも連絡を取っているが、プラン:リサイズの指揮系統や情報取得のための承認、機密事項が衝突して、この混乱だ。ただ、SCP-476-JPに何らかの異変が起これば、直ちに現場判断として連絡が来るようにはなっている。SCP-370-JPの現在位置はここだ」
黒堂が指したモニターにはサイト-8144の見取り図があり、線と線の間を光点が明滅しながら動いていた。
光点は現在地下2階の廊下を、非常階段に向かって進んでいるようであった。
「もっと時間が欲しいな・・・隔壁を一部だけ下ろして遠回りの道を作れないか? 曲がりくねらせて距離を稼ごう」
「わかった、やってみよう」
その場から離れ、部下たちと共にルート形成の検討を始める黒堂。
完全に出口を塞ぐことなく、遠回りの道さえ用意してしまえば問題無いことはプラン:リサイズが証明している。
オブジェクトが自らに課したルールを逆手に取る。単なる時間稼ぎでしかないとしても、その時間が今は重要なのだ。
「そうだ、"保育士"たちはどうした?」
近くのオペレーターに訊ねる。
"保育士"は日常業務に於いてボガート手順の実行を担当する機動部隊である。
定期的な実戦任務が確約されており、精鋭揃いのはずだ。
「再度の展開に備え、A班は居住区画エントランスホールに、B班は第3備品庫に待機中です」
「ボガート手順の実行能力はまだあるか?」
「はい、装備も人員も損傷ありません」
SCP-370-JPに対しては、最終的にボガート手順で対処するほか無い。
これは、危険性は従来より高まるものの、対象の視界を遮りつつ包囲可能な条件の立地さえ用意できれば可能である。
問題はSCP-476-JPだ。まずは改変能力をなんとかして無力化しなくてはならない。
しかしボガート手順の実行は、確実にSCP-476-JPによる改変の引き金となるだろう。
違う手を講じなければ──
「隔壁の部分閉鎖が完了した。対象が壁を無理矢理破ろうとさえしなければ、外に出るまであと2時間半程度かかるだろう。現状の見取り図だ」
報告と共に、黒堂が差し出したのは隔壁を下ろした後のサイト-8144の見取り図であった。
紙の見取り図には、対象が辿るであろう経路に赤のマーカーペンで線が引かれている。
一つの階層のほぼ全域をぐるぐると巡りながら、最終的には上階層への非常階段へと到着するルートだ。
同様の処置が地下1階にも施されているが、他のオブジェクトの収容室とルートが接触しないよう、巧みに構成されていた。
「外は街中だ、一歩でも出てしまえば機密違反になる。幸い連鎖的な収容違反は起きていないから、フェイルセーフとまではいかないだろうが、対処を誤ればその可能性も十分ありうる」
「ボガート手順の実行は見送りということか?」
「暫くは。ただ、いつでも実行できるようにはしておきたい。"保育士"には常に現在の状況を伝えておいてくれないか?」
「了解した」
無線機を手にして、再び黒堂がその場を離れる。
彼の頭脳は今、燃え盛る火炎のように熱く、同時に水を打った庭園のように晴れやかであった。
木々の葉をかき分け、岩を踏み越え、息せき切って斜面を駆け上がる様を見て、彼の年齢を言い当てられる人間はいないだろう。
深く刻まれた皺に覆われた顔の窪みに収まった両眼は、少年の如く爛々と輝き、口元にははっきりと喜悦の輪郭が浮かんでいる。
木々の枝葉による、衣服の解れや破れなど意にも介さず、彼の眼はただ前を、ただ上を向いていた。
彼の赤い衣の切れ端が、山の道ならぬ道に足跡のように点々と続いていた。
その後方から追随する追跡者たちの一団の存在すら、彼は眼中にないかのようであった。
この空間そのものが彼の夢であるかのように、彼はただ走っていた。
鍛えられた、屈強の精鋭たちですら追い付けないほどの速さが、彼の信念を通じて顕現していた。
彼はもう誰にも止められない。
財団も、GOCも、後に続くのみである。
「一体どうしたことだ?」
顔が黒い男は、部屋に入るなり驚きと不機嫌が入り混ざったような声色をぶつけた。
部屋の中には、既に紺色のスーツの男がおり、黒い男が入ってくると緊張した面持ちで椅子から立ち上がった。
「お、お初にお目にかかります。私世界オカルト連合極東支部第8精神部門使節課二員の此ノ木 文康と申します」
「財団日本支部北部機動補佐戦術部補佐の有明 民雄だ」
紺色スーツの男の胸には五芒星と地球をあしらったバッジ、顔の黒い男の左肩には二重丸と、その中心へ向けた3本の矢印をあしらった刺繍が施してあった。
有明と名乗った黒い男は、部屋に入るとすかさず、此之木と名乗った紺色スーツの男の前に腰を下ろした。
それを受けて此之木の慌てたように元の椅子へと腰を落とす。
部屋はまるで尋問室の様相を呈する簡素なもので、あるのは照明と、二人が座す椅子と、その間にある鼠色のデスクだけだった。
「それで、一体どうした? GOCの交渉役と会え、との緊急指令とは初めてのケースなんだ。何か、のっぴきならない事が起きたんだな?」
アイテム番号: SCP-201-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-201-JP発生区域である秋葉原駅は現在、01:00〜04:00の間に限定し財団の管理下に置かれ、機動部隊に-03"国境警備隊"による警備の下で出入国管理と情報管理措置用の検問所が開設されます。当検問所に於いては専用の管理と審査マニュアルが編纂されており、業務にあたる職員全員に対して、このマニュアルを基本とした14日間の研修が義務づけられています。
現在、それぞれの次元に対する調査行動は原則として慎むとの方針が策定されています。調査活動はあくまでSCP-201-JPに関連する事物を対象とし、他次元への組織的な干渉は禁じられています。
SCP-201-JP調査チームには広範な調査権限が与えられていますが、実地調査に於いて他次元に於ける何らかの存在との利害衝突が発生しうると判断される場合は、調査を中止しSCP-201-JPの正常な運行を優先してください。
SCP-201-JP-1による、不渉パスの第二機能の使用が確認された場合、当現象は機密違反事例3項に該当しています。具体的な対処法は機密違反事例3項の対処項目を参照してください。
不渉パスの第二機能の使用を可能な限り防ぐため、SCP-201-JP-1に対しては、1名につき最低でも8名規模の偽装エージェントによる監視と補助を行ってください。これらの措置はSCP-201-JP-1に気付かれないように行い、当該対象が帰還するまで継続してください。
実験や探査により確保された不渉パスは、当該オブジェクト研究サイトの特殊静物保管庫に保管してください。
説明: SCP-201-JPは毎日01:30〜03:00に、秋葉原駅山手線路線の2番線、3番線で発生する、4両編成の電車です。出現する電車の回数は日によって異なり、どちらの番線に出現するのかも不定期ですが、平均しておよそ11分間に一度の頻度で出現するようです。
電車の向きは、通常の山手線と同様、2番線に出現する車両は上野・池袋方面を向き、3番線に出現する車両は東京・目黒方面を向いています。
SCP-201-JPの外観と内部はE235系電車と同様のものですが、なんらかの企業広告等は現在まで確認されていません。車体構造については目立った異常は見られないものの、未調査の部分が多いため、調査チームによる実地調査と検証が一週間毎に行われています。
SCP-201-JP内部には不定数のSCP-201-JP-1が乗客として存在します。SCP-201-JPの出現後、3〜4秒で車両ドアが開放されると、一部のSCP-201-JP-1が降車します。その後SCP-201-JP-1は改札を通過し、秋葉原駅外まで移動しようとします。
SCP-201-JP-1は知性を有した実体の生命体です。個体によって姿形が大きく異なるものの、共通する点としては、基本的に理知的かつ友好的であり、日本現代語をコミュニケーションに使用する点が挙げられますが、生物学的あるいは化学的には生命ないし実体として見なすに困難な身体構造を持つ個体が多く、詳細な調査は難航しています。
SCP-201-JP-1は、SCP-201-JPに対する調査と探査により、4次元以上、あるいは3次元未満の次元に於ける知的生命体であると仮定されています。この仮定はSCP-201-JPへの探査実験の結果によって高い信憑性を得てはいますが、高次元の存在そのものが未検証の分野であるため、今後否定される可能性も残っていることに留意してください。
SCP-201-JPは車両ドアを閉鎖し発車ベルを鳴らすという通常の手順を踏んだ後に消失します。SCP-201-JP-1や探査任務参加者の証言によると、消失後は時間の感覚が希薄になり、一つ他次元の駅へと到着していると思われます。
SCP-201-JPには内回り路線と外回り路線があるという証言もあり、内回りに乗車した場合は高次元の世界へと進行し、外回りに乗車した場合は低次元の世界へと進行していくと言われています。これらの次元移動の上限は30で下限は1とされており、実際の山手線同様の円環構造の経路になっていると思われています。
SCP-201-JPに乗車して消失した乗客は、車両内で車掌とされるSCP-201-JP-1に不渉パスの所持を確認されます。この時不渉パスを提示しなかった場合は、その場で現金729円を支払って不渉パスを購入するよう要請されます。これを拒んだ乗客は自分が所属する次元の駅へと転移させられると思われます。
不渉パスは3次元世界に於いては紺色の木板であり直接的な異常を一切示しませんが、どの次元に於いても有効である二つの機能を有しています。第一機能は不渉パスを所持してSCP-201-JPから降車した場合に即座に現れ、乗客の姿形や身体的機能を当該次元に適応したものへ変異させます。他次元の統治機構との接触や交渉は全てこの機能を利用したものであり、この有用性から、SCP-201-JPの対する完全封鎖の実行は見送られています。
この第一機能は乗車中にも限定的な効果を発揮していると考えられており、車内でも問題なくSCP-201-JP-1とコミュニケーションが可能である理由であるとされています。
第二機能は乗客が他次元に滞在中、不渉パスの第二機能の使用を強く意識することで現れます。第二機能の活性時には、所持者を当該次元の存在から完全に遮断もしくは保護すると考えられています。この機能によってSCP-201-JP-1は財団による追跡や干渉から完全に脱してしまうため、SCP-201-JP-1の収容形態や調査態勢の完全性を欠く結果となっています。
第二機能の使用によって乗客は不渉パスの第一機能の影響からも脱してしまうため、第二機能の起動そのものが重大な機密違反を起こしうるとの観点から、現在はこの第二機能を使用されないよう、柔軟な監視と補助によって穏便に滞在を終えさせるという方針が取られています。
SCP-201-JP-1に対する調査記録:
分類名 | 概要 | 外見的特徴 | 3次元での外見的特徴 |
---|---|---|---|
SCP-201-JP-1a | SCP-201-JPの車掌。乗客の不渉パスの確認を行い、未所持者にはその場での購入を要請する。提示を拒んだり要請に応じなかった乗客を体内に飲み込むが、実験の結果から推察するに、そうした乗客は全て自身が本来所属する次元の駅のホームに転移させられていると思われる | 灰色に爛れたような、粘性の高いゲル状物質が人型をとったもの。常に上から下へ流れ落ちているが、尽きることはなく、床に広がることもない。3次元由来のJR東日本正式採用の制服を着用している | 不明 |
SCP-201-JP-1b | 6次元人。趣味としてSCP-201-JPには毎日乗車している。財団の調査に対して非常に協力的 | 厚みの無い稲妻型の模様が放射状に組み合わさり、中心部に黒色の球体が浮遊している | 褐色肌の日本人男性。40代中頃。やや肥満体型 |
SCP-201-JP-1c | 11次元人。交易のため13次元と2次元へ度々向かうと証言。不審には思ってるものの調査には概ね協力的 | 常に回転している4本のねじれた円柱。両端部から常に粘性の低い高透明度の液体を噴射しているが、着地前に消失している | 左目が義眼の日本人女性。20代前半。痩せ型でスーツを常用している |
SCP-201-JP-1d | 1次元人。調査のためにSCP-201-JPを利用している。財団に対しては非協力的だが遭遇頻度は高いため注意を要する | 存在せず | 不明 |
SCP-201-JP-1f | 4次元人。通勤のため毎日SCP-201-JPを利用していると証言。勤め先は3次元の███████だが証言と追跡調査に基づいて、財団フロント企業により買収済み | 全身が常に流動している、乳白色の人型をした液体。時折姿にノイズのようなものが発生する | 中肉中背の30代男性。しばしば異性より好意を持たれる容姿 |
SCP-201-JP-1g | 26次元人。3次元的な概念によって表現不可能な理由からSCP-201-JPを利用していると証言。調査に非協力的ではないが、自己と他者を区別しないため非常にコミュニケーションが困難である | 球形に集合した様々な色合いの光線。18秒毎に球形は崩れ、光線は空間中を這うようにうねった後に再び球形を形成するという運動をとっている | 常にヘッドホンを着用しているコーカソイド女性。60代。歩行補助用の杖を使用して歩行する |
SCP-201-JP-1k | 19次元人。技術研修のためSCP-201-JPを利用し、主に3次元と5次元と11次元と25次元へと移動している | それぞれ異なった幾何学模様の描かれた旗が4本刺さっている、豚肉に似た肉塊。技術研修の成果を応用した姿であると証言した | 長身の20代後半の日本人男性。右側頭部の頭髪が常に跳ね上がっている |
SCP-201-JP-1l群 | 8次元人。家族旅行で3次元に7日間滞在した。総勢19名 | 人型に組み合わさった18個の歯車と、頭部に位置する時計。歯車と時計の全てがそれぞれ意思を有した別個体であり、組み合わさりながらもそれぞれ独自に動作していた | 20代の日本人男性1名、20代の日本人女性3名、残りの15名は10代前半の男性9名と女性6名。どれも異なる容姿だったがDNAは近親者としての一致が確認された |
補遺1: SCP-201-JP乗車探査記録
探査者: エージェント・有角
対象: SCP-201-JPと各停車駅近辺
備考: SCP-201-JP消失後は通信が不可能になるため、探査者には記録用の機材を装備させてあらかじめ調査の概要を伝達した上で、個人の判断により記録を行ってもらう形式とした。また、逃亡の危険性が考慮されたためDクラス職員は探査の初期段階から使用されていない。本探査の目的はSCP-201-JP消失後の経過を調査することである。また、本探査が行われた時には、対象が規則的に高次元と低次元を移動しているとの知見は得られておらず、単に"異なる空間"とのみ認識されていた。
<記録開始>
SCP-201-JP車両内の様子が映し出される。平常時と変わったところは無いが、車両は運転中であるかのように運動しており、揺れや音も記録されている。窓から見える風景はひたすらトンネルの内部壁面のようなものが高速で流れていくだけである
エージェント・有角: よし、うまく映っているな。消失と同時に車両が動き出したようだ。静止時と同様変わったところは無いが、窓の外はずっとトンネルのようだ。
車両内を見渡すように映像が動く。カメラが車両の前方を向いた時、連結した車両が左へカーブしているかのような形で連なっているのが確認された
エージェント・有角: 乗客は、一人いるようだ。これまで、降車してきた数体の実体とのコミュニケーションに成功していたが、なんというか、車両の中では、やはり全く人間らしい姿はしていないらしい。
カメラがエージェント・有角から向かって右前方の座席付近で浮遊しているSCP-201-JP-1へと向けられる。外見的特徴から、この個体はSCP-201-JP-1bと同種だが別人の個体であると思われる
エージェント・有角: 今回は接触よりも、これまでの探査チームや乗客たちの証言にあった各停車駅の記録を優先させる。余計な動きは極力控えたく思う。車掌がきた。
車両後部方向より車掌であるSCP-201-JP-1aが出現し、不渉パスを提示するようエージェント・有角に指示した。既に他の被験者が以前の実験で購入していたものを見せたが「他人のは使えない」と言われたため、その場で729円を支払い新たに購入した
エージェント・有角: どうやら、我々にはわからないが、不渉パスにはそれぞれ明確な違いがあるらしい。持ち主を照会する仕組みがあるのかもしれないが、車掌は一瞬で見抜いた。どういうシステムなのか見当もつかない。
3分後、車両が減速し始めたような動きを見せる。窓の外の風景も単なるトンネルから、赤と青と黄色の模様が組み合わさったまま蠢いているかのような映像が一面に続いているかのようなものに移っている。車両は停車すると、ドアを開放し、SCP-201-JP-1fと外見上の類似が見られる個体が1名乗車してきた
エージェント・有角: どうやら停車したらしい。降りてみる。車両内から見た外は訳がわからないふうだったが、降りたら違うかもしれない。駅に降りる人員は俺が初めてのはずだ。
カメラがエージェント・有角に所持されたまま降車する。その直後、映像は赤と青と黄色の不明なパターンを画面上を埋め尽くすように連続させ始め、音声は途切れ途切れでまるで意味をなさないものとなった
[8分経過]
映像と音声が回復する。記録装置とエージェント・有角が既に車両内に戻っている様子が映る。エージェント・有角は興奮した様子であった
エージェント・有角: [呼吸音] すごかった、かなりとんでもない。降りてみたら、映像と音声が全く機能しなくなって、俺が見たり聞いたりしたものを正確に捉えられなくなった。だがとにかく、降りてみたら人がいた。今のこの、俺の、人間のような姿じゃなかったが、人間だと感じた。駅もよく見えた。本当に、あそこは駅だった。しかも見覚えがあった。あの構造もそうだったが、何より掲示板が見えた。俺はそれを読めたんだ。
車両内はエージェント・有角の他は無人である。この時点で、エージェント・有角は帰還用の車両に乗車していたのだと思われる
エージェント・有角: ここは御徒町だ。4次元世界にある御徒町駅なんだよ。
<記録終了>
現在の所感: エージェント・有角は21分間の探査実行の後、3番線側に出現した車両内で発見された。中枢神経全般に負荷がかかっており、記憶の混濁が見られたことから、不渉パスを長時間手放しての探査を独自に実行していたと思われる。回復措置と記憶処理によって当該職員は既に職務に復帰しているが、SCP-201-JPの担当からは異動された。本探査の成果とSCP-201-JP-1bの証言の裏付けにより、SCP-201-JPは複数次元を規則的に移動している異常存在であると結論づけられている。
補遺2: SCP-201-JP-1へのインタビュー記録抜粋
対象: SCP-201-JP-1b
インタビュアー: 後藤田博士
備考: インタビューはSCP-201-JP内で行われたものである。SCP-201-JP-1bは明確な降車駅を定めず、できうる限り長時間SCP-201-JPに乗車し続けようとするため、インタビューの対象として適正であると判断された。SCP-201-JP-1bに対しては、単なる好奇心から個人的にこの列車のことを教えて欲しい、という形で要請をしており、財団の存在については通告していない。
<記録開始>
後藤田博士: どうもテイネさん(SCP-201-JP-1bの呼称)、失礼ながらまたお話を聞かせていただきたく思いまして。
SCP-201-JP-1b: あーっ、どうも後藤田さん。ちょうど良かったですよ、今日はいい日和ですから、10次元のモンデキセンがすごく綺麗に映るんです。
後藤田博士: それはすごく楽しみですねえ。あっ、不渉パスを出しておかないと。
後藤田博士がザックから不渉パスを取り出し、まじまじと眺める素ぶりを見せる
後藤田博士: そういえばテイネさん、この不渉パスって、やっぱり次元毎に形が違うものなんでしょうか?
SCP-201-JP-1b: いえ、そういうわけではないですよ。うーん、どうやって3次元流に言えばいいかな。不渉パスは確かに形を持ちもしますけど、本質的には存在でしかなくって、それぞれの次元の法則の中で相応しいものになる、ということでしかないんですよ。特定の形を持たないもので、特定の形を持たないから、かえってどんな形でも問題無いんです。
後藤田博士: 難しい問題になっちゃいますね。この電車には絶対必要なものなのに、実際は"もの"ですらないってことですか?
SCP-201-JP-1b: この電車のことは子供の頃から大好きなんですけど、まだまだ私にもわからないことが沢山ありますねえ。運営も、実際にはどの次元なのかわからないんです。
後藤田博士: 電車を運営しているのが誰なのか、わかってないんですか?
SCP-201-JP-1b: 私の友達はどうせ30次元人だろうとか、4次元人の学者さんからは1次元人じゃないかって意見も出てるみたいですが、私はどうも、3次元に所縁のある誰かが運営しているんじゃないかって思うんですよ。
後藤田博士: 面白そうな話ですね。
SCP-201-JP-1b: 考えてみてくださいよ、この車内は3次元の法則を基本として造られてます。存在同士がコミュニケーションを取ったり、干渉し合うには3次元ぐらいに落とし込むのが効率的で都合もいいっていう理屈はわかりますけどね、車掌の格好まで3次元準拠じゃないですか。
後藤田博士: 3次元人の私から見れば、テイネさんは全く3次元人には見えませんが、それでも車内は3次元の法則で出来ているんですか? 今は3次元で降車したときのテイネさんとは別の存在に見えますよ。
SCP-201-JP-1b: そりゃあね。車内は3次元法則で私は6次元人ですから、3次元の法則に当てはまり切らない部分が世界や認識そのものに反映されない、言ってしまえば欠けた姿を後藤田さんは見ている訳ですよ。私の構成要素は6次元的なので、3次元の存在には認知し切れないんです。でも降車した時には、その構成要素がまるごとそこの次元に適するよう変換されるので、3次元人に見えるようになるんですよ。不渉パスの効果ですね。
後藤田博士: 車内は3次元法則だけど、乗客たちはその法則に完全には適応していない状態で乗っているということですか。危険じゃないんですかね?
SCP-201-JP-1b: んー、正直言って危険なはずなんですけど、事故が起きたって話は聞きませんね。ええと、何の話でしたっけね。
後藤田博士: 電車の運営陣が3次元人じゃないかっていう
SCP-201-JP-1b: ああ、そうだったそうだった。それで、まあ、私たちが今こうやって普通に話せているのも、法則をある程度は3次元で統一しているからですけども、別にここまで3次元で染め上げる必要は無いんですよ。3次元的に表現されきってないとはいえ、6次元的存在のままの私が車内に存在できている以上、車内に3次元以外の要素がもっとあっても本来問題無いと思うんです。
後藤田博士: 確かに、私に見えている光景がどの次元の皆さんにも同じように見えているのだとしたら、ちょっと3次元的な要素が多いように見えますね。
SCP-201-JP-1b: そうでしょうそうでしょう。だから、この事業を始めた誰かさんは、その雛形を作るにあたって3次元の要素を自然に多く取り入れた、つまり3次元に所縁のある人だと思うんです。まあ人じゃないかもしれないですけど。
後藤田博士: 面白いですねえ。調べる方法はないんでしょうか?
SCP-201-JP-1b: 運休とか、路線変更とか、いつもと違う何かをしてくれればそれを手掛かりにも出来るんですが、ダイヤの微調整はあっても、毎日確実に運行してますからね。確かめるのは難しいんじゃないかなあ。
後藤田博士: 残念ですね。
SCP-201-JP-1b: いいんです。私は大好きな電車に毎日乗れるってだけで十分ですから。
後藤田博士: そういえば、私の次元ではこの電車の存在はあまり知られていないんですが、他の次元ではどうなんでしょうね?
SCP-201-JP-1b: あー、1次元人の調査員をよく見かけますね。あとは風の噂程度ですけど、21次元と13次元ではこの電車と同型の移動手段が普及しているとか聞きましたね。あとはよくわからないなあ。少なくとも私の次元では結構ポピュラーな次元間移動手段ですよ。
後藤田博士: 6次元の方結構よく見かけますものね。
SCP-201-JP-1b: そうですねー。でもやっぱり、次元が違うとかなり価値観というか物の見方も違ってくるので、大きな移動が頻繁にあったりはしないみたいです。現に14次元は駅を閉鎖しちゃったみたいですし。
後藤田博士: 閉鎖されたと言っても、不渉パスの効果で閉鎖を抜けちゃったりは出来るんでしょう?
SCP-201-JP-1b: まあそうなんですけどね。不渉パスの第二機能って、使うとその度にお金に類する資源を取られるんですよ。だから使わずに済むなら、その方がいいですよね。
後藤田博士: へえ、それは知りませんでした。
SCP-201-JP-1b: まあ何にせよ、穏やかで平和にやっていきたいですよね。せっかく高次元とも繋がってるんですから。あっ、そろそろ10次元世界の駒込駅ですね。停車している間にモンデキセンを見に行ってきたいので、ここで一旦失礼しますね。
後藤田博士: いえいえ、遠慮なさらず。私もちょうど乗り換えるところですから。
SCP-201-JP-1b: あっ、それじゃあ今回はこのあたりで、どうも、お疲れ様でしたー。
後藤田博士: いえいえ、今日もありがとうございました。それでは。
<記録終了>
終了報告書: SCP-201-JP-1bが示唆したSCP-201-JPの由来について調査の必要性があります。発生の原因が3次元世界にあるならば、困難な状況にある収容実態の改善が可能かもしれません。しかしながら不渉パスに関係する所持者の心理に、消費という観点が加わっていることが判明した以上は、今の所はやはり現状の収容態勢の維持が必要であると言わざるを得ないでしょう。
SCP-201-JP-1bによる証言は有用であるとされていますが、SCP-201-JPが3次元に由来した存在であるとの見解は根拠不十分として調査の実施は見送られています。他次元の調査、あるいはSCP-201-JP-1からの多様なデータ採取は現在も進行中であり、段階的な調査と特別収容プロトコルの策定を優先させる他は無いとの結論が研究チームによって公開されました。
エドワードは192cmの巨躯を大袈裟に揺すりながら、威圧するような強い歩調で廊下を歩んでいた。
その目に秘められた憤懣の度量を察知できる人間は数少ないが、足取りの乱暴さと肩の揺らし方を見れば、彼が間違いなく不機嫌であることは理解するだろう。
気崩したジャケットと牛革の高級ズボンで包んだ頑強な肉体で思いのままに風を切る姿は、街のチンピラという風情であった。
しかし、彼はチンピラでは無い。もっと言えば、暴力を重要な手段とするような人間ですらない。
彼は「商人」なのだ。
「サイモン!」
エドワードは廊下の奥にある扉を開け放つのとほぼ同時に、声を張り上げた。
声が向いた先では、デスクにかける大柄な白人男性が、Yシャツの襟に汗染みをこさえながら書類仕事をしていたが、エドワードの声に反応すると、手を止めて上目遣いで彼を見た。
デスクの男の名はサイモン。業務上ではエドワードの上司、ではあるが、その実はビジネスパートナーのような関係である。
サイモンは、デスクの真ん前で腕を組んで鼻息荒く自身を見下ろすエドワードを見ると、やや震えた手つきで眼鏡を取りながら今度はしっかりと相棒の顔を見上げた。
「エド、本部からだ」
サイモンがそう告げて書類の内から一枚を押し出す。
エドは唇を真一文字に結んで小さく数度頷くと、敵と相対したガンマンのような厳かさで書類を手に取った。
しかし数秒も経つと、彼の眉間のシワは見る見る内に深くなり、それが最大の深さとなった頃に彼は堪らず「What's?」と漏らしてしまった。
「見ての通りだエド。もっと利益を上げろ」
サイモンの言葉には一種の諦観じみたものすらあった。
「おい、どういうことなんだ!? 俺たちは精一杯やってるだろ。これ以上なんざ無理だ!」
エドワードの抗議は、理不尽に体する怒りに満ちていたが故に、切実であった。
「顧客の新規開拓を──」
「そんなの無理だ! この日本って国は、俺たちの提供する『高尚な娯楽』なんて理解しやしないんだぞ! どいつもこいつも成金まがいの俗物だらけで、金の使い道なんざ家、女、酒、飯、あとはフロ。クソつまらん凡庸な『こどものころのゆめ』の常識じみた残骸塗れだ! そんな連中に話なんざ持ちかけるだけ無駄だ。密告されてヤバい目に遭うだけなんだぞ!?」
「じゃあ販路の拡大だ──」
「おいおい正気なはずだろサイモン、俺たちは完全に出遅れてるんだぞ!? そりゃあ本部はワンダーテインメントだのファクトリーだのと上手くやって縄張りを守りながら協調してるだろうさ。でもここはどうだ!? イカれた科学者の集団に、この国そのものみてえな引きこもりの鍛冶屋ども、どいつも好き勝手にやりたい放題で俺たちの話なんざ耳も貸さねえ。おまけに俺たちの仕入れと販売はずっと『博士』とかいうイカれ野郎の無茶苦茶に振り回されっぱなしだ! それもこれも本部の連中が40年前にカオス・インサージェンシーの連中と組んで南米の販路開拓なんぞに注力したからだ! その結果どうなった!? 財団の膝元でサカりのついた売女みてえに動いたせいであっつう間にバレちまっただろうが! もしあの時に日本進出に乗り出してくれてたら、少なくとも東弊のルートは俺たちで握れてたんだぜ! この市場に、俺たちが入り込む余地なんざ無いんだよ!」
エドワードが一気に捲し立てると、サイモンは机の上で手を組んだ。
彼の顔からは力が抜けており、発する雰囲気も暗く沈んでいた。
「本部の、命令だ」
サイモンの言葉に、エドワードは天を仰いで神の名を呼ばわった。
実際に神に祈りを捧げた訳では無い。ただの習慣からなる動作であり、呼ばった神の実在もこの職場では信じられていない。
「OKサイモン、本部の連中はイギリスとアメリカでのほほんと暮らしてる。俺もお前もアメリカから来た。アメリカはいくらでも人間がいて、クレイジーな金持ちも山ほどいた。財団の膝元ではあるが、伝統と実績のある俺たちを守る人間だって大勢いたし、隠れる場所だって常にどうにかなった」
エドワードは身を乗り出し、デスクに両手をつく。
そして、サイモンの顔を覗き込むようにしながら静かな調子で語ったが、突然、右拳をデスクに打ち付けた。
「どうしてだ!? そりゃあ、アメリカ大陸が、ヨーロッパがとんでもなくデケェからさ! それに引き換えオーストラリアのチ●コより小せえこの島国じゃあ狭すぎて、何やったって敵にバレちまうんだよ! そんな所で俺たちはこの拠点が潰れねぇようやって来たってのに、今更本部なんぞにガタガタ文句言われる筋合いなんざねぇだろうが!!」
エージェント・西成: 何をどう言ったものか、説明が難しい。しかし、とにかく間違いなく断言できることの一つは、あの場にいた誰もに非は無かっただろうという、それだけだ。
猫井博士: 作戦の結果として起きてしまった事実への責任をどうこうするつもりはありません。問題はただ一つ、何故あらゆる想定外があの時に起きてしまったのか。
エージェント・西成: 本人には訊いたのか?
猫井博士: あなたも知っているはずです。訊いたからこそ、私はあなたから話を聞かねばならないのです。
エージェント・西成: だから、難しいと言っている。本当に、とても難しいんだ。
猫井博士: では、事実そのものを再検討していきましょう。まずは、彼女、エージェント・猫宮の話からお願いします。
「潜入任務? あたしがですかあ?」
エージェント・猫宮幸子は意図せず素っ頓狂な声をあげた。
彼女の目の前では、スーツに身を包んだ中年の男が、デスク上のパソコンに向かってキーボードをタイプしている。
「はい、声大きいよー。一応秘密任務だからねー」
猫宮の方を見もせずに作業を続ける男の胸でプラスチック特有の鈍い光を反射させるネームカードには、「総務部 小曲 豹助」と書かれていた。
「わ、わたし諜報は補助しかやってないんですよ? 潜入なんて、訓練を受けたことも・・・」
「訓練は明日から11日間、午前9:00〜午後7:30までで手配しておいてるから。でも時間が無いからね、この後すぐに教官職員との『個人的交流』ってことで始めてもらうからね」
「えぇぇぇ」
「教官はいいの揃えてあるから大丈夫。保井 虎尾、海野 一三、西成 鉱太郎・・・彼は体術指導だね、作戦にも参加する予定だ。あとは、えーっと・・・那澤 和、アドバイザーとしてマオ、差前鼎蔵、監修が餅月 榴子。ほとんどドリームチームだ」
「ええええぇぇぇぇぇぇ」
「君の通常業務は相方の育良 啓一郎くんと、保井くんの相方のコールマンくんが引き受けてくれるから、心配せずこの任務に集中するといい。任務の詳細は訓練中に説明があるはずだからね」
「どうしてこんな──」
「レベル4以上の業務命令だからね。逆らうと、いいこと無いよ」
「えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
エージェント・海野: 少し不服そうではありましたけどね。でも、言うことはちゃんと聞いてくれてましたし、やっている間は、真剣に、集中しているようでしたよ。やはり、プロの財団エージェントだな、と。
猫井博士: 反抗的な態度、という程ではなかったと?
エージェント・海野: そんな素振りは、全く。ちょっと失礼かもしれませんが・・・「いい子だな」というのが、率直な感想でした。
猫井博士: 作戦内容について、あなたはどの程度把握していましたか?
エージェント・海野: そりゃあ、もちろん聞かされてましたよ。私と保井さんは潜入指導でしたから、潜入先の情報と作戦目的に沿って訓練内容を絞らないと、とても11日間では仕上げられませんから。
猫井博士: 潜入先については、どの程度まで知っていましたか?
エージェント・海野: 異常物品の裏取引ルートとの関連性が疑われる商社、ぐらいには聞かされていました。具体的な要注意団体名は出てきませんでしたし、作戦目的もそういった団体との関連の調査であったようで・・・
猫井博士: つまり、その段階では誰も、あの商社について詳しい情報は持っていなかったんですね?
エージェント・海野: 当然ですよ。だから調べるんですから。
「少し休憩するか」
西成はそう言って、マットの中央でノビている猫宮に背を向けた。
彼はそのまま訓練室の隅に置かれた丸椅子に腰掛けると、猫宮の組み技から逃れるために外した左手首と左肘の関節を入れ直す。
それから、丸椅子の傍に投げ置かれたザックから鎮痛剤を取り出して飲み込むまでの動作を淀みなく行い、まだノビたままの猫宮を見据えてため息すらついてみせた。
「ず、ずるい・・・」
息も絶え絶えに、ようやく絞り出された猫宮の声は掠れていた。
彼女のスポーツウェアは所々が擦り切れており、全身からは珠のような汗が止めどなく流れ出ている。
それは訓練の苛酷さというよりも、指導する者が本気であることをはっきりと感じさせた。
「何が?」
ドリンクの蓋を絞るように開けながら、西成は静かな声でそう応えた。
「だ、だって・・・じぶんで、関節外すなんて・・・どう、真似しろって・・・」
「真似しろなんて言った?」
「・・・ほぇ?」
間抜けな声と共に西成の方を向こうとした猫宮の額に、衝撃が走る。
強く打ち付けられたような衝撃と痛みに驚いて跳ね起きると、直ぐ傍を水筒が転がっていくのが見えた。
どうやら、西成が放り投げたもののようだった。
「いったー!」
更なる抗議の視線と、抗議の意思そのものである言葉を西成に投げ付ける。
しかし彼は猫のように平気な顔で自分の水筒を呷ると、猫宮の背後を寂しげに転がるもう一つの水筒を指差した。
それに気付くと、猫宮はまだむくれて見せながらも、水筒を拾い上げて中身を飲み始めた。
ともあれ、喉は渇いていたのだ。
「なあ猫宮、俺たちは異常アイテムを滅多に使わないよな?」
その隙に、西成は切り出した。
「それは、ある種の謙虚さからだ。俺たち人間が認識できている存在なんて、この大宇宙の中ではほんの一部だけ。ひたすらに理解が及ばないものは無数にある。だから使わない。何が起こるか分からない、その『分からない』という現実を知り、受け止めているからだ」
猫宮はむくれるのを止め、西成の言葉を聞いていた。
これが、彼のやり方だった。
「だが、連中は違う。奴らは、躊躇なく異常物品を使う。未知を使いこなせる、自分は選ばれた、このアイテムは大いなる目的のための取るに足らない道具の一つだ、と思っているからだ。しかも最悪な事に、奴らはその主義を365日一切休まずに実践し続けている。そんな連中が、お前を殺そうと決意したとき、関節を外す程度の常識外れで済ませると思う?」
「んむぐ・・・」
「体術指導、とは言ってるけどね。ここで鍛えるのは体じゃない、むしろ頭だよ。予定外の事態への対応力と、その速度、体を動かすための脳の指令が、素早く行き届きやすいようにする。異常な事が起きても、体が固まらないようにね。だから、これからもマトモな戦い方なんて絶対しないからね」
「うぐ」
水筒に口をつけたまま、眉をひそめて嫌そうな表情を見せる猫宮。
そんな彼女の様子を見て、西成は薄笑いを浮かべながら立ち上がった。
「ま、ひとまず休憩だ。吐いても大丈夫なモノでも、食べに行こうよ」
彼はそう言うと、左手でザックを掴み上げた。
猫井博士: 何故、潜入任務に関して経験の浅いエージェントがあの任務に抜擢されたのか知っていますか?
エージェント・餅月: うーん・・・人手不足だったとか?
猫井博士: ・・・質問を変えます。何故彼女が選ばれたと思いますか?
エージェント・餅月: 年齢で言っても容姿で言っても素の性格で言っても、潜入対象の環境に自然に溶け込めるからじゃないの? ていうか私に聞くんじゃなくて、あの子を選んだ人に聞きなよー
猫井博士: ・・・
エージェント・餅月: ・・・何かワケありなら、深くは言わないけどさ。ワケがあるんなら、わかるでしょ。私達には知る由も無かったんだよ。あの商社に運び込まれたものの正体なんて。
「それじゃ、大宮ちゃん。仕事はこの崎元さんから習ってね」
「はい!」
スーツに身を包み、満面の笑みを上司に返す猫宮。
いや、彼女はここでは「大宮 咲恵(おおみや さきえ)」という、ごく普通の一流大学卒の新人社員である。
11日間の訓練を終えて彼女が送り込まれた先は「日本クレメンス社」という商社であった。
創業からは10年弱、社員41人、主にガラスの原料を取り扱い、会社幹部たちは頻繁に海外を奔走している。一昨年脱税の疑いで税務署から抜き打ち調査をされているものの、財団にとって目につくような情報は何も無かった。
どこにでもあるような、ごく普通の会社で、ごく普通の問題と、ごく当たり前の人々を擁した組織であった。
「どうも〜崎元です。よろしくお願いね〜」
「あ、どうもー、大宮です。こちらこそよろしくお願いします!」
腰を低くしながら、にこやかな笑みを猫宮に向けたのは、小太りの中年女性であった。
若干たるんだ皮膚ではあるが、皺は見事な化粧で消されてある女性は「崎元 静香(さきもと しずか)」。
日本クレメンス社に以前より潜入していた、財団エージェントである。
「じゃ、あとは頼んだよ」
二人の自己紹介が済むと、上司は厄介ごとを押し付け終わったかのように、そそくさと自分のデスクへと戻っていった。
それを見届けてから、崎元は猫宮を担当のデスクへ案内するフリをし、そして、仕事を教えるフリをして、猫宮の耳元に顔を近付けた。
「異常は無いわ。作戦通りにね」
そしてそれだけ囁くと、大きな声で日本クレメンスの仕事の説明を始めた。
崎元は本来通常のフィールドエージェントとして、異常現象が起きていないか監視をする。つまりは「SCiP探し」のためのエージェントであり、日本クレメンス社は組織としてはほぼノーマークであった。
だが14日前、前触れ無く日本クレメンス社に大型の貨物が届けられた。
それも深夜に、こっそりと、10年間潜入し続けた崎元ですら顔を見た事も無い最小限の人員によって、それはコンテナごと地下倉庫へと運び込まれたのだ。
これまでノーマークだった組織の不審な動きについて、崎元は当然報告を欠かさなかった。指示を仰ぎ、指令を受け取り、簡易的な諜報と、応援の受け入れ態勢を整えた。
そのために、彼女と猫宮の耳には小型のイヤホンが装着され、先程から西成の指示を受け続けていた。
『猫宮、折りを見て一旦席を離れろ。人気の無い場所・・・そうだな、3階のトイレは今人がいない。そこへ行け。崎元はフォローに回れ』
猫宮も崎元も「了解」とは返さなかったが、指示は即座に行動に移した。
猫宮が「すみません、少しトイレに」と言うと、崎元は「あらーじゃあ3階のトイレ使うといいわよ。他は混みやすいのよね!」と、これまたスピーカーのように喋り立てる。
それに対して小さく苦笑いを返しながら、腰を低くしてそそくさと退出したならば、自然な「大声で捲し立てるマイペースな先輩から逃れようとする新入社員」の出来上がりである。
崎元はその後、猫宮のデスクに座って「大宮 咲恵」が戻ってくるのを待つフリをしながら、何者かがデスクに細工をしないようにブロックするのと同時に、猫宮の後を追おうとするものが無いかどうかを監視するのだ。
猫宮は、ゆっくりと、それでいて緊張の無いリズムを刻んで廊下を歩く。
この、廊下をただ歩くという動作一つをとっても、何度も何度も訓練を繰り返したものだ、と彼女は当時の様子を思い出していた。
エージェント・保井: 海野は対人のやり取りや観察といった情報収集方面、那澤は対人コミュニケーションでの誘導や揺さぶり、煽動を担当したが、俺があいつに教えたのは偽装だ。自分を相手にどう見せ、どう思わせるか、が担当だった。俺は元々そっちの畑だったからな。
猫井博士: どのようなことを彼女に教えましたか?
エージェント・保井: この手の訓練での最大の課題は歩き方だ。誰にも警戒心を抱かせず、堂々と歩く。ただそれだけの事だが、かなり難しい。自分が何をするためにここにいるのか、知ってしまっているからな。緊張や気負いは敵に感づかれる。その場の状況に応じた身体の反応、まるで訓練されていない素人であるかのように見せるための訓練が必要だ。
猫井博士: 彼女の成績はどうでしたか?
エージェント・保井: 要領は悪かった。器用ではなかったが、バカでも無かった。ハイヒールに慣れさせるために時間を食い過ぎて、及第点をやれる程には届かなかったが・・・他の要素で、なんとかカバー可能な程度にはしたつもりだ。
猫井博士: 作戦の結果については、どのように感じていますか?
エージェント・保井: ・・・
猫井博士: 保井さん?
エージェント・保井: まだ調査中だ。
「こちら猫宮、反定の設置完了しました」
3階女子トイレの個室で、小さな報告がイヤホンを通じて送られた。
『了解、起動する』
反定──反響定位構造観測装置の略称である。音波を発して、その反響で物体の位置や形状を調べる装置だが、特定の物質をあらかじめ設定しておくことで、その物質の持つ固有振動数のみに反応するようにもなる。
これを利用して、半径150m以内の構造物の構造を把握可能なのである。問題は、音波は何度も反響を繰り返した末に戻ってくるため、それらの解析に多少時間がかかることである。
『解析開始。完了まではあと3時間18分52秒。作戦に変更なし』
「了解、戻ります」
『了解』
それ故に、日があるうちに猫宮が潜入してこの装置を仕掛けなくてはならなかった。
本番は終業後、社員が全員帰宅した後の夜間である。
装置の仕掛けも、夜間の侵入も崎元だけで可能ではあったが、この後は装置が順調に作動しているかを終業までに何度か見ておかなくてはならない。そうなると同じ社員が一日に何度も同じトイレへ赴くことになり、不自然さが立つ。
更に、装置が誰かに発見されたり、撤去されそうになった時の対処やカバーの面で言っても、一人より二人で当たった方が遥かに事態の収拾は容易なのである。
ともあれ、作戦は順調に推移している。
あとはこの現場の空気に慣れている崎元が、終業まで猫宮をリードしていくだけだ。
本番は、夜間なのである。
エージェント・コールマン: どっこかに裏切りモンがいたァなァ、間違いねェと思んだよ俺ァ。
猫井博士: どういうことでしょうか?
エージェント・コールマン: おっとォ、俺じゃねェよ? 今回の件はァレベル4以上の指揮系統が絡んでっだろォ。つまり、だ! 人選も、作戦遂行の決定もした奴がいる。もしくは、そいつに"助言"が出来るよォーな奴だなァ。目星はついてんだろ?
猫井博士: レベル4以上の職員に今回の件を主導した人物がいると思いますか?
エージェント・コールマン: 主導はしてねェはずだ。俺の経験っからァ言うとな、あれに主導者は誰もいねェだろうよ。かなり昔っからの、相当に根の深い話ィだと思うぜ。
猫井博士: 日本生類創研の歴史的な問題が関係していると思っているわけですか?
エージェント・コールマン: そこまでの古い話ァ知らねェよ。財団には後から来たんだぜ俺ァよォ。
「敷地に侵入しました。誘導願います」
23時39分、猫宮は改めて日本クレメンス社の敷地に足を踏み入れた。今度は、西成を伴って。
反定の解析結果、謎の大型貨物が運び込まれた地下倉庫の一角に、見取り図にも設計図にも無い空間があることがわかった。
終業前に、崎元が地下倉庫に向かって確認したところ、特別なセキュリティが設けられている様子もなく、扉も棚を前に置いて隠してあるだけというものだった。
猫宮は、そこに向かう。とりあえずは、扉を開けに行く。可能であればその先も確認する。不審を感じたならば即座に撤退。正規の手順で、まずは向かう。
猫宮と西成の二人だけで侵入するのは、万が一警備員に発見されたり姿が映像に残ってしまった場合、それが崎元であれば今後の潜入がまたやり直しになってしまうからである。
『はいはい』
崎元の声が二人のイヤホンに送られるのと同時に、片目ゴーグルに経路の画像が表示される。この片目ゴーグルは瞬きの回数と間隔で操作が可能なもので、画像を表示していない間は光を透過する代物である。
経路を改めて確認すると、画像を閉じ、西成がハンドサインで進行方向と警戒対象を示した。
今は塀を乗り越え、社屋の裏側から敷地に入ったに過ぎない。ここから建物内部に入り、地下倉庫へと進まなければならないのだ。
侵入は二階のオフィス──猫宮と崎元がいた部署──の隣にある給湯室の窓から行う。昼のうちに、崎元が鍵のネジを緩め、磁石を仕込んだ窓である。強力な磁石を使って、ガラス越しに外から窓の鍵を回せるようにするためだ。
この社屋の窓ガラスに警報機などは取り付けられていないが、大きな音を立てれば警備員が気付く可能性がある。なので、二階までよじ登るのも、ワイヤーガンなどは使わない。ロッククライミングの要領であった。
まずは西成が素手でひょいひょいと事も無さげに窓まで登ると、真空吸着装置を外壁に取り付け、そこからワイヤーを垂らす。ワイヤーには根元近くにフックが二つ固定されており、一つは西成の腰部に装着された金具に噛み合わせて固定。もう一つは、ワイヤーを伝って登ってきた猫宮が背部の金具に固定した。
それから、猫宮は袖に固定された磁力銃を窓越しに鍵へ近づけ、角度を調整すると一瞬だけ肘にあるスイッチをONにしてから、即座にOFFに戻した。
その一瞬だけで、窓の鍵は開き、ワイヤーが微かに揺らめく。磁力銃の中に格納された強力な磁石の遮断を部分的に解除するだけのスイッチであるため、調節は非常に困難であった。
が、解錠には成功。二人は中に入って金具をワイヤーから外すと、真空吸着装置とワイヤーを回収し目的地へ向かう。
と、言っても、侵入さえしてしまえば後は易々たるものである。
内部は警備員が数名、特に緊張感もなく歩き回っているだけ。
監視カメラの位置や角度、切り替わる瞬間も把握している。そもそも監視カメラの配置は非常に杜撰であった。
埃と塵に塗れながら、男は掘建て小屋で作業をしていた。
いくつものコードが伸びたガラクタの塊のようなものを相手に、鼻歌混じりで、ドライバーとピンセットで以て手を加える。
その横には無造作に携帯電話が置かれていたが、それを遥かに超えて無造作に置かれているものが、男の後方に存在した。気を失った、機動服に身を包む二名の人間である。
「M・I・K・K・E・Y♪」
男の鼻歌のリズムに歌詞が混じる。つい、口を衝いて出てしまったようだった。
そしてその直後、鼻歌と同じメロディーの着信音が携帯電話から響く。
男はドライバーを右手の小指と薬指で保持しながらそれを取ると、耳に押し当てたまま首に挟んだ。そうして、両手は作業を再開する。
「はァいもしもし、コールマンだ」
男がおどけたような猫撫で声で電話に出ると、直後に、焦ったような声が返って来た。
『ちょ、コールサイン使ってくださいよ! 事前に決めたでしょ、傍受されたらどうするんですか!』
「でェじょうぶだァ。制圧は済んでるし、通信も『無波塔』を介してるからなァ」
『それでも使おうって言ったのはそっちなのに・・・』
「で、どうしたァ『Икра』」
会話しつつ、男は半田ごてと半田を手に取る。
『報告です。5分前に標的が最終ポイントを通過したとの事です』
「へへッ、内通者の情報は確かみてェだなァ」
『不破さんと琳谷さん、無事だと良いんですけど』
「奴らァ奴らでなんとかするさァ。よォし、準備出来たぜェ」
機械から両手を引き抜き上部にあるスイッチをひねると、機械の各所で、作動を示すランプが灯る。
『! じゃあ、切ります。また後で』
「おゥ、お手並み拝見させてェもらうぜェ」
男は携帯を切って上着のポケットに放り込むと、立ち上がって大きく伸びをする。
それから、壁際まで歩いていくと、窓にかけられていたカーテンを押しのけた。
その先に広がるのは、廃墟と化した街並の風景であった。
打ち捨てられ、砕かれたように瓦礫を散乱させる家々に人影は見当たらず、蔓や雑草に覆われた塀や庭には人の住処としての活気も無い。
無造作に撒き散らされた家具や紙くずは埃や土で汚れるに任されており、家々を縫うようにして敷設されている道路だけが、いやに真新しかった。
それは現代のゴーストタウンというよりは、人間がいた痕跡を人工的に作り出したかのような不自然さを覚えさせた。
しかし数秒もすると、男から見て右奥の道路から数台の装甲車の行列が現れた。
探るようにゆったりと行進を続ける装甲車は一定のペースを保ち、男の視界を横切る蟻の行列のようにも見えた。
その行列の中程に、一際目立つ車があった。実戦では役に立ちそうも無い、巨大なコンテナを積んだトラックである。
コンテナには大きく、二つの円と、それの中心に向かって伸びた三本の矢印のロゴマークが描かれていた。
「さァて、砂漠の剣作戦といくかねェ」
双眼鏡でその様子を観察していた男が口だけで笑みを作ると、背後にある機械のランプの色が切り替わり、同時に、行列の最前列を行進する装甲車が吹き飛んだ。
「行け行け行け行け行け行け!」
育良 啓一郎は叫びながら、いつものように塀の陰から飛び出した。
彼の後ろからは、彼と同様の市街地迷彩服を纏った数名の武装人員が続き、隣接する家屋からも複数名の武装人員が躍り出した。
育良を筆頭に、彼らは行列の装甲車に向かって、やたらめったらに叫びながら銃を乱射する。
先頭車両が突如爆散し、続いて武装した一隊が横っ腹から叫び声をあげて銃をぶっ放す。
幽霊のように静かだった街は途端に狂騒に包まれ、行列は混乱に陥り──はしなかった。
装甲車に搭乗する機動服の男たちは素早く、そして整然と装甲を盾に反撃の態勢を整えたのだ。
狼狽したような様子は微塵も無く、無防備な姿を曝す事も無く、反撃に専心する。
そうなると見る見るうちに形勢は傾き、育良たちの一隊は威勢良く飛び出したものの、結局はまた家々の陰へと引っ込まざるを得なくなった。
機動服の男たちは攻撃を掃射に切り替え、襲撃者たちが家々の陰から姿を現さないよう牽制し、釘付けにする。
そうした上で、装甲車に搭載された重機関銃、ロケット砲によって建物ごと撃滅する。
それが、彼らの基本的な戦術であった。隊列を乱さず、速やかに正面の敵を排除する。その後は、何事も無かったかのようにそのまま通り過ぎる。
この世界で、その手順は今や日常にすらなっていた。
だが、重機関銃の銃口が隊列から向かって右へと一斉に向けられた直後、行列最後列の装甲車と、コンテナトラックを前後に挟む装甲車二台が相次いで爆発した。
この爆発によって、彼らは今度こそ目を剥いて隊列の左側方向へと視線を移した。
その先にいるのは、早くも撤収しつつある、市街地迷彩服の男たち。彼らが家々の屋根から、ロケット砲を隊列の左腹に撃ち込んだのである。
最前列車両の爆発は、個人レベルでの動揺は引き起こさなかったものの、部隊間の連携には僅かな隙を生んでいたのである。それぞれが緊急的な個別迎撃にあたったため、周辺の警戒が遅れたのだ。
この爆発に合わせて、家々の陰に隠れていた育良たちの一隊が再び攻撃を始める。
しかし今回は、陽動目的の無謀な突撃ではなく、建築物で弱点をカバーしつつの射撃である。
機動服の男たちも残った戦力でなんとか応戦しようとするが、育良たちの一隊の再攻撃の一撃目が重機関銃の沈黙を狙った狙撃であったため、今や彼我の戦力差は単純に人数の差によって決まっていた。
そうなると、人数の差で劣る上、包囲までされている機動服の男たちに為す術は無く、次々と無惨な姿を綺麗な道路に曝していく。
そんな戦場の最中を、ショットガンを担いだまま悠然と歩む一人の人間がいた。
先程、掘建て小屋から行列を覗いていた、黒いスーツの男──コールマンである。
彼は鼻歌の続きを、今度は口笛で奏でながら、朝の散歩に繰り出しているかのような軽快な足取りで血だまりと空薬莢を踏み分け、進んでいた。
銃弾と手榴弾が飛び交う中で、彼はコンテナトラックに向かってただ歩く。
彼が歩む度、銃声と爆発音があがり、そして止む。
コールマンがトラックの傍に到着するまでそれは続き、彼が運転席のドアをショットガンで無理矢理撃ち破った時には、もう銃声も完全に止んでいた。
運転席のドアを破壊し、こじ開けると、彼は左手を運転席に差し入れ、機動服に身を包んだドライバーを道路へと引きずり出した。
そしてショットガンの銃口を相手の顔面に押し付けると、意地汚い笑みを頭上から浴びせかけながら、言い放った。
「"カオス・インサージェンシー"だ」
「でェ? どんな様子だァ?」
重ねた死体の上に座ってホットドッグを齧りながら、コールマンは眼前の育良にそう訊ねた。
育良はその様子に顔をしかめながらも、ヘルメットを外し報告を始める。
「ビンゴです。財団の人型収容対象移送コンテナで間違いありません」
「ほォ、中にはどんぐらいいそうだ?」
「ざっと・・・40人程度でしょうか」
報告に、鼻で笑って返すコールマン。
「んじゃ、ここで簡易検査するかァ。全員引っ張ってこい」
「はい」
そう指示すると、育良は自分の部下たちを引き連れてトラックの方へと向かう。
その様子を、コールマンはホットドッグを頬張りながら見届ける。
育良がトラックのコンテナの前に立ち、開口部の留め具を壊して開くと、部下たちが内部に銃口を向ける。
しかしそれが火を噴く事は無く、育良が数言、言葉をコンテナの内部へ投げかけると、十数秒の後に、ゾロゾロと人間の群れがコンテナの奥より現れ出た。
彼らは服装も年齢も性別もまるで統一性が無く、着の身着のままで運ばれている途中といった風体であった。多くは日本人であったが、中には「ヒト」とは思われぬ器官をその身に具えている者もいる。
だが、皆憔悴し、衰えているように見えた。彼らは反抗することもなく、ただ育良たちに誘導されるまま、トラックの横で一列に並ぶ。
そこで、コールマンが立ち上がった。
彼はホットドッグの最後の一欠片を口に押し込むと、彼らの方へと歩み寄る。
コールマンは彼らの前に立ち、ホットドッグを呑み込むまで待て、と右手の人差し指を立てることで伝え、それが済むと自分の胸を叩きながら彼らに向けて話し始めた。
「オレァ"コールマン"だ。ただのコールマンだ。だがおめェらの名前ァ、知らねェ」
彼ら全員が、コールマンを仰ぎ見た。
「何故か? それァ、その方がいい世の中だと思ってるからだ。情報が握られ、監視され、生活が脅かされる。なんのためか? 安全を守るたァめでも、誰かを助けッためでもねェ、支配してブチ殺す。ただそれだけのためだ。だァから俺はおめェらのこたァ知らねえ。隣人に売られて、誰かに体をいじくられて、モノみてェに売り飛ばされたこたァよく知ってる。そんなこたァ、今じゃアこの世界のどこででも起きてるこった。重要なのは、オレァてめェらの存在を出来ッだけ尊重してェと思ってるってェことだァ」
ひん曲がった訛りの日本語を、今の彼らがどれだけ理解出来るだろうか。
しかしお構いなしとばかりに、コールマンは更に単語を捻らせながら語り続けた。
「"財団"は、てめェらも知ってるだろう。"統治者"の言葉ァ、どこででも聞けっからなァ」
"財団"、"統治者"、その言葉を聞いた途端、幾人かが明らかに狼狽した様子で肩を小刻みに震わせ始めた。
そうなった者の殆どは、未成年であるように見えた。
「でェじょうぶだ。落ち着け、でェじょうぶさァ。オレらァなァ、その"財団"のレジスタンスみてェなもんさァ。てめェらの異常性の殆どがたァだのでっち上げだってェこたァよく知ってる。だから、てめェらの殆どはここで解放する。どこへでも行きゃあいい」
大勢をなだめるように両手を広げながら、幾分か柔らかい口調で語る。
だが次の瞬間には、ショットガンを敵の顔面に押し付けた時のような、意地の悪い笑みが現れた。
「異常性が無けりゃあな」
育良は頭を抱えた。
このような脅し文句をぶつけても、何の得にもならないからである。
新兵を鍛え上げるならまだしも、彼らの大半は、財団の報酬目当てで異常性をでっち上げられ、拘束された人々なのだ。
異常性の報告と確保の義務、そして義務に対する報酬は、実際の所は異常存在の確保のためではなく人民支配のために行われている。
相互監視と権力への依存は民衆をバラバラにし、団結力を奪い去る。それは完璧な秩序だ。力があり、序列があり、服従があり、安心があり、保護があり、恩恵があり、平和がある。
彼らはそのための犠牲だ。財団と世界が交わした約束の証明なのだ。それに於いて必要なのは真実ではなく事実。取り交わされ続ける、という事実によって修飾された証明である。
それ故に、彼らが本当に異常な存在なのかどうかを、財団は重視していない。民間の通報、告発によって確保される実体の殆どは贋作か誇張である。なのに誰も、差し出された者がその後どうなるのか気にかけて来なかった。
「彼らは我々ではない」
その想い一つで、殆どの者たちは大衆という顔の無い獣の指先に甘んじていた。
「まァ、心配すんなァ。異常性があったって、悪いようにゃアしねェよォ。ただ、嘘は止めてくれよなァ。てめェらを守るのが難しくなっちまうからよォ」
コールマンがそこまで言うと、部下の一人が彼に歩み寄り、無線機のような小さな機械を手渡した。
彼はそれを、全員から見えるように高く掲げる。
「こいつァ、ヒューム値ってェやつと、えーと後は何だ・・・指向イプシロン波反応だったか? まァとにかく、てめェらに異常な何かがあるかどうかを見分ける装置だ。だが万全じゃねェ。機械ってェのは、どうしても限界がある。だからオレがてめェらに適宜質問を飛ばして確認する事になるだろう。だからなァ、嘘は止めろ」
アイテム番号: SCP-339-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-339-JPは実弾を未装填にし、弾倉には合成樹脂製の薬莢型ダミーを装填してください。SCP-339-JPはその状態を維持したまま、銃火器保管用ロッカーに保管し、任意のレベル2収容室内に安置してください。ロッカーには暗証番号が設定され、研究チームが暗証番号の管理責任を負うものとします。
説明: SCP-339-JPは1980年に製造開始された、コルト パイソンの8インチ銃身モデルのリボルバー銃です。少なくとも10発発砲した痕跡があり、詳細な調査の結果、1986年の[編集済]、1990年の[編集済]、1995年の[編集済]、1997年の[編集済]に於いて使用された可能性が高いとの結論が得られています。
SCP-339-JPは、SCP-339-JPを用いた銃撃事件に於いて特異的な現象を発生させた事で、その異常性が財団に認められ収容されました。
SCP-339-JPは弾倉に装填された実弾を、有効な遮蔽物が無い状態で、生きている人間の致命部位に対し発射する事によって異常性が発揮されると見られています。回収前の事例と収容後の実験の比較により、発射可能でさえあれば、異常の発現に弾頭の種類は影響しないと思われます。
SCP-339-JPから発射された実弾は稀少な確率一定の条件により、標的に着弾する前に空中で燃焼し消失します。一定の条件については、標的となった人物の人格に起因する条件であるとの仮定の下、現在実験が進行しています。
SCP-339-JPは収容当初「発砲した弾頭が一定の確率で空中で焼失する拳銃」であると見られていましたが、Dクラス職員を使用した実験で唯一生存したD-339-10の証言と、回収前の事例群に於いて唯一生存した財団外部の人物██氏の証言に共通点が見られる事から異常性の見直しが検討され始めました。
SCP-339-JPの性質調査の一環として当初行った██氏へのインタビューではそのような証言は行われておらず、後ほど行った再調査でその理由を訊ねた所「危機的状況で脳が作り出した単なる幻覚としか思っていなかったので話さなかった」との回答が得られています。
以上の事を踏まえて、SCP-339-JPには以下のような性質が含まれている可能性が新たに浮上しています。
・発砲の瞬間、SCP-339-JPは標的の人物に対して非常に極端なタキサイキア現象をもたらします。
・タキサイキア現象によって伸長された体感的時間の中で、標的の人物は「男性とも女性とも老人とも若年とも判別し難い」という不明な声を聞きます。
・標的の人物はその不明な声を、SCP-339-JPから発射され、自分に向かってゆっくりと空中を進んでいる銃弾から発せられているものと認識しています。
・標的の人物は不明な声と会話を行い、その結果として「銃弾に助けられた」と認識します。生還した標的の人物に、SCP-339-JPから発砲された銃弾によって死亡した人物について訊ねると「彼らは会話に失敗したんだろう」という旨の回答が得られます。
以上の性質は全て未実証です。タキサイキア現象の発生は客観的な観測が困難である点、以上の性質は全て標的の人物の認識能力に依拠する点、タキサイキア現象自体に未解明な部分が存在する点等が原因ですが、現在はこれらの性質が事実であるとの仮定に基づく方針が支持されています。
補遺: SCP-339-JPの標的となった人物の中でも、銃弾の空中焼失によって生存した██氏とD-339-10の手で、両者がSCP-339-JPによるタキサイキア現象下で不明な声と交わした会話を筆記により記述させました。
これらは暫定的に会話記録として分類され、担当研究チームによって2006年11月16日時点で、本報告書に補遺という形での記載が承認されました。これらの記録はあくまで主観であり、客観的事実とは異なる可能性がある点に注意してください。
筆記者: ██氏
事例概要: 1995年██月██日の[削除済]事件に於いてSCP-339-JPが使用された。5発発砲された内の初弾のみに異常性が発現。██氏は全治1年6ヶ月の重傷を負うも命に別状は無かった。タキサイキア現象も初弾発射時にのみ現れ、後の4発が発砲された際には時間の感覚は平常であったという。██氏の証言では、初弾がそのまま進行していれば左眼部に命中していただろうとの事である。
備考: タキサイキア現象時の不明な声が、SCP-339-JPと具体的に関連しているという事実が未実証であるため、██氏の対話相手は「Unknown」と表記する。
筆記内容:
Unknown: ようようようよう。貧乏くじだな。██氏: なんだ、これは。どうなってるんだ。
Unknown: 大丈夫か?
██氏: こっちが訊きたい。どういう状況なんだ。
Unknown: あんたは死ぬのさ。
「失敗だ。大失敗だ。何故こうなったのか見当もつかん」
黒い椅子に座り、黒い円卓に肘をつきながら、黒い男がそう呟いた。
男の呟きに合わせ、男の顔面を覆うようにして貼られている、魔術的文様の描かれた紙が吐息にたなびく。
円卓を囲む他の黒い面々の沈痛な面持ちは、この黒い部屋で動くものがただ一つ男の顔面の紙のみという状況を作り出してしまうほどであった。
「誰か説明出来ないのか。何が起き、何が起き、そして何が起きたのか」
男の皮肉めいた責めが、誰に対してともつかぬ言葉が、部屋に虚しくこだまする。
その中で、黒い面々の内の一人が、身を乗り出してぎょろりと目玉を回転させた。
カメレオンのようなその目は、正確に男の顔面の紙に向けられていた。
「タキオン第二電子の硅素に対する可塑性が、計算外の挙動を引き起こしたと思われます」
目玉の奥から、そう言葉が放たれた。
それに対し男が深いため息をつくと、更に顔面の紙が揺れる。
男は落胆していた。それは、この場に居る全員に対する落胆であった。
「」
<日本の超常現象記録-██>
概要紹介:小学校のグラウンドで、授業中突然轟音と共に大きな穴が開きました。当時グラウンドで授業は行われていませんでしたが、グラウンドに出ていた教員二名が行方不明になりました。
発生日時:19██年██月██日13時15分
場所:大分県████市,██████小学校
追跡調査措置:財団の調査チームが現場を調べましたが、爆発物の痕跡は見つかりませんでした。また、穴の発生により生じる20トン相当の土砂も確認できませんでした。
書類の束を小脇に抱え、悠然たる歩みでサイト-81██第二休憩室の隅へと向かうは神山博士。
セキュリティクリアランス3と言えば財団内部でも要職と見なしても問題ない立場であるはずだが、彼には些か特殊な事情があった。そしてその特殊な事情に何者かを踏み込ませないためか、あるいは機密関係を持つ地位へと追いやる事で彼自身を孤立させるために、働きの割には高い地位へと置かれているというのが多くの職員の秘された見解であった。
そのことに対して彼自身が何事かを述べたというような事態は皆無である。だが、そのような噂や俗説を利用することを思いつくのは、彼にとってそう難しい事では無かった。
高いクリアランス、しかし通常時にはほぼ封じられている権限。隠蔽されている過去と、不可思議な現象。矛盾点と非矛盾点。そして財団組織自体がそれらを覆い隠しているかのような、諸々の事例。
それらは多くの感情を人々に喚起する。不安、警戒、畏怖、嫌悪、好奇。それらは、利用出来る。
第二休憩室の隅には、一つの黒電話が置かれた台と仕切りがある。台の前には丸椅子が据え付けられており、台自体には黒電話の両横に十分なスペースが用意されている。
ここは、彼専用の仕事場。オフィスすら持たない神山博士にとって、唯一常駐が慣例的に許されている場所だ。しかしそれも、サイト管理者が「NO」を叩き付ければあっという間に消し飛ぶ儚き仕事場である。なにせこれは元々職員用の共用電話なのである。それを、時代の移り変わりに伴う新システムの導入によって不要となったため、彼の要請によってこのような形で残される事となったのだ。
丸椅子に腰掛け、黒電話の横に書類をどさりと置く。仕事と言っても、これから行うのはある意味では非公式の仕事である。この業務がなんらかのファイルに記録される事は無い。強いて言えば通話記録に残るかもしれない。
だが彼は躊躇することなく、束になった書類の一番上の一枚を手に取り、記載された氏名とその横の電話番号を確認すると、電話の受話器を取った。
思わず、小さく笑みがこぼれる。自らを殆ど語らない彼ではあるが、黒電話特有の重みと、受話器を上げた時、ダイヤルを回す時の重厚感溢れる音は好きだった。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr がちゃり
「もしもし、朝比奈博士ですか? 私、神山 孝蔵と申します。早速ですがSCP-689-JP長期観察実験の際のなりた氏の管理──失礼、お世話についての要請が却下された事は既に聞き及んでいますか? はい・・・はい、そうです。メールの通りです。しかしよくご覧になって頂きたいのですが、人事部からの返答では『特異性の無い猫の管理のために人員に対して辞令を下す事は出来ない』となっていますよね? これは実際の所『辞令は下せない』という程度の意味しか無いわけでして・・・はい、そうです。実は個人的になりた氏の管──お世話を引き受けたいという方が人事部に二名いらっしゃいます。彼らはあまり公に他の職員と関わる事は出来ず、連絡も取りづらい立場にあるので、今回は私がこのように・・・そうです。その二名の方の連絡先をメールで送信しますので、後日面接してみられるとよろしいでしょう。一応、医師の立ち会いの下で行う事を推奨しておきます。ああ、大丈夫です。この件に関しては人事部全体も黙認されていますから。それでは失礼します」
がちゃこん
書類を手に取り「朝比奈 景綱」と書かれた欄の横にチェックマークを書き入れる。財団の規則、そしてそれに従うというのは難儀なものだ。しかし組織自体がその事をよく承知していれば、融通の利かせようはある。その融通のパイプとなるのは、大概の場合は立場というものから隔離された者である。
神山博士は懐から取り出した携帯端末を少しだけ操作してから、他の氏名と電話番号を書類で確認すると、再び受話器を手に取る。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrがちゃり
「もしもし、大和博士ですか? はい、そうです、事前連絡の通りです。この度の武装品目録改訂に伴う新装備の実装から、大和博士に対して使用可能な装備の変更が・・・はい? はい、そうです。今回は変更無しとのことで、はい、従来通りです。次の改訂は7ヶ月が予定されて・・・はい? はい。・・・いやあ、私にその権限はありませんので。それでは失礼します」
がちゃこん
書類にささっと書き込む。書き込む書類は名簿と、救急医療費支給制度に対する評価書である。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrがちゃり
「もしもし、エージェント・厚木ですか? はい、私神山と申します。そうですか、既にお聞き及びで・・・ええ、新型スーツの個人的な購入届けが受理された事をお知らせに。おめでとうございます。ただ一つ内密の条件がございまして。・・・いえ、大した事ではありませんよ。ただ、財団開発のスーツですので、情報機密の観点からサイト外部での着用は控えるように、と。・・・はい、はい、よろしくおねがいします。はい、それでは失礼します」
がちゃこん
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrがちゃり
「もしもし、天王寺博士ですか? 神山で・・・いえ、結構です。先週の謹慎処分の追加措置について・・・本当に、結構です。話を続けてもよろしいでしょうか? ダメですか? 申し訳ありませんが一日中電話の前に座っているわけには・・・あ、大丈夫ですか? 恐縮です・・・いえいえ、それ程でも。先週の謹慎処分の追加措置についてですが、審議の結果撤回されることが決定いたしました。正式な辞令はもちろん下されますが、天王寺博士が先週発現させたAnomalousアイテムの新特性の影響で、当該施設の中間管理人員の首から上が一時的にラマになっていまして・・・ひとまず、本人への通達だけでも早めに済ませておこう、ということで・・・はい、そうです。処分は謹慎のみという形で・・・はい、はい、それでは失礼します。くれぐれも謹慎を破る事の無いよう、お願いいたします」
がちゃこん
書類にチェックマークを書き入れ、小さくため息をつく。「あの人が素直に謹慎に従うはずが無い」と思いながら。そして彼は、内務調査課のエージェントに数行のメールを送信した。
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr ……… がちゃこん
「・・・・・・」 がちゃり
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prがちゃり
「もしもし。あ、鬼食料理長ですか? 私神山と申します。ええ、クラス3の、はい。そうです。はい。ええとですね、実は銀襟主任に少々お話がありまして、先程オフィスに連絡したのですが、お留守のようだったのでもしやそちらにお越しでないかと・・・良かった。もしよろしければ、変わって頂きたいのですが・・・はい、よろしくお願いします」
そう言いながら、書類の名簿に打ち消し線を3本引く。打ち消された部分には、銀襟 熊羆とだけ書かれていた。
「・・・はい。はい。あら、いませんでしたか? いえいえ大丈夫です、大した用事ではありませんので。はい? 試食ですか? そうですねえ・・・兄弟が心配するといけないので、辞退させて頂きましょう。はい、それでは失礼します。銀襟主任にくれぐれもよろしくとお伝えを・・・はい。はい、それでは」
がちゃこん
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrがちゃり
「もしもし、ええと、骨折教授ですか? 神山と申します。はい。実は少々申し上げにくい事ではあるのですが、セキュリティクリアランス引き下げに関する権限規定の項目に一部誤りがございまして・・・はい、そうです、そこの所です。『勤労』の部分が『禁篭』となってしまっているかと。はい、心配ありません。骨折教授を収容対象にするというような意図は全く・・・はい。通知の改訂版は、えーと・・・11分後に送付されるとの事ですので、一応ご確認の上で所定番号までご連絡を・・・まあまあ、そう言わずに。日頃の業績が評価されての3から2への引き下げは、個人的には妥当以上に温情的であるかと。・・・はい、はい。それでは失礼します。ご確認の程、よろしくお願いいたします」
がちゃこん
安堵のため息をつきつつ、名簿に斜線を引く。運悪く不利益を被る人間というのはどこにでもいる。しかし、その人に対して「あなたは運が悪かったですね」と告げるのは誠に誰もが嫌がる仕事である。
神山博士は携帯端末を素早く操作した後に、書類に視線を落として受話器を手に取った。
prrrrrrr prrrrがちゃり
「もしもし、虎屋博士ですか? 神山です。はい、その節はどうも・・・いえ、今回はその事ではなく、カバーストーリーの更新についてのご報告です。はい、そうです。これまで設定されていた海外勤務先の国家でクーデターが勃発してしまいましたので、変更の必要が・・・・・・いえ、大丈夫です。既にカバーストーリー"人質救出作戦"に基づいた偽装工作が進行しています。つきましては、奥様に対する口裏合わせということで、設定資料をそちらに送付しておきましたので、熟読の上で情報課の3番へ明日の午後4時までにご連絡をお願いいたします。はい、はい? ・・・・・・そうですね、偽装的傷痕を使用するのでれば、化学開発部へ早めにご連絡を。・・・いえ、皮膚の・・・薬品に少々成分の変更を加える必要があるかもしれませんので。はい。はい。ではそのように。失礼いたします。あんまりやり過ぎて、奥様を泣かせてしまわぬように」
がちゃこん
運が悪いのはたった一人とは限らない。誰か一人だけが、ということは意図したとしても中々起こらないものである。全員が、同じ泥を被る事もあるのだ。
「取りあえず、今回は機動部隊の面々に被って頂きましょうかね」
そう呟きながら、神山博士は偽装工作完遂目的の鎮圧任務の計画書の隅に用意された推薦欄に、自身と虎屋博士の名を書き入れた。
pがちゃり
「もしもし、エージェント速水ですか? 神山と申します。はい。ええ。そうです。はい。いえ、それは・・・はい。はい、はい。そうです。人事に影響、はい、いえ、はい、はい、そうです、はい。毬藻が、はい、はい、問題ありません。はい、それでは、はい、グッド・スピード・ラック」
がちゃこん
「さ、次行きましょう」
prrrrrrr prrrrrrr prrrrrrr prrrがちゃり
「もしもし、ええと、ハリマオ博士ですか? 神山と申します。はい、失礼しました。実は一昨日にハリボー博士が主催したTRPGセッション中に、参加者であった前原博士が酔いの勢いでカフェテリア中の職員のSAN値を壊滅せしめる行為に及んだ問題の件なのですが、はい、失礼しました。ええ、そうです、カフェテリア勤務職員が追い出し運動を・・・いえ、この件自体は既に落着しています。説得には大変に苦労しましたがTRPG禁止令には至っていません。しかし事情が事情ですし、カフェテリア職員の皆様方にご納得頂くための条件として1ヶ月間は休止をお願いしたく・・・はい、はい、ありがとうございます。前原博士へは、既に施設内での飲酒についての最後勧告が行われているはずですよ。はい、それでは・・・失礼します、針山博士」
がちゃこん
===警告:プロトコル"焚書"発動下に無い状況で本ページにアクセスすることは禁じられています===
"焚書"発動下にない状況でのアクセスは、即時の自動抹殺プログラムの発動に繋がります。確認が完了する前に速やかに退出してください。プロトコル"焚書"発動下でSCP-444-JPの大規模な事象に対応する職員はそのまま待機してください。
アクセス開始………………..
セキュリティが解除されました…
444-out break状況の発動を確認…
プロトコル"焚書"の発動を確認…
緊急開示用データベースにアクセス…完了
SCP-444-JP情報を表示します Thank you See you

SCP-444-JP被験者、元被験者、それらの手によって殺害された人物の血液が付着した紙媒体は全て、上記の報告書を含めSCP-444-JP-1へと分類されています。
全てのSCP-444-JP-1はサイト-8141を放棄せざるを得ない事例の発生後、セクター8137の地下130mにある特別収容カプセル内に格納されました。これらの移送、収容に関わったあらゆる人員に対してSCP-444-JPの情報は伏せられ、本ページへのアクセスはクリアランスレベル5レベルの職員であっても制限されることとなりました。
情報の機密性、そして分類自体の無意味さからオブジェクトクラスは割り当てられていません。これがSafeであろうがEuclidであろうがKeterであろうが、私達が為すべきことは何一つ変わりません。サイト-8141のナンバーは他の施設へと引き継がれ、上記の事象は徹底的に隠蔽されました。更にSCP-444-JPに関するあらゆる情報は完全に破壊されています。私が、それを実行するただ一人の職員でした。
これを書いている時、SCP-444-JPを知るのはこの世界でただ一人であり、間も無くただの零人となるでしょう。
そうして、SCP-444-JPに関するものは、本ページと緊急対処プロトコル"焚書"の、心を持たない二つのシステムだけとなるのです。
それで間に合った、と私は思いたい。
しかしこの記録が閲覧されているということは、既に全てが手遅れなのでしょう。もはや無駄な言葉や思考に割く時間は無いのでしょう。一刻の猶予もありません。
私達はSCP-444-JPが最終的に引き起こす事象を把握することが出来ませんでした。
だからあなた達がどのように追い詰められているのか、それに対して有効な方法を示せないかもしれません。
ただ、一つ絶対的に確かなことがあります。それは奴が『認識の鳥』であるということです。
奴は既に完全に活性化したか実体化したのでしょう。私達は、あなた達は、手遅れなのでしょう。上記の事象で既に奴は十分に拡大してしまっていた、ということなのでしょう。
しかし、手遅れならば手遅れなりに打つ手はあるはずです。
少なくとも、あなたは奴がまだ小さかった頃の原本の写しを手に入れたのですから。もう二度と、失敗を繰り返さないでください。SCP-444-JPに関しては、誰もが失敗してきました。
──[削除済]
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SCP-███-JPの曝露実験中の神山博士。撮影からおよそ2分後に[編集済] |
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名前: 神山 平蔵 尚蔵 啓蔵 政蔵 孝蔵
セキュリティレベル: 3(文書または施設へのアクセス時のみ有効)
職務: 実験の監督代行 各収容手順や実験手順への助言 実験結果への評価 オブジェクトクラス再分類議論への忠言 Anomalousアイテムの定期確認
所在: サイト-81██
人物: [データ削除済]から派遣され財団職員となる前の神山博士の経歴は機密として扱われています。閲覧は日本支部理事とO5のみが可能となっており、許可無く神山博士の前歴を調査することは叱責の対象となりえます。
全ての神山博士は主にグレーのスーツを好み、白衣を嫌う真面目で誠実な日本人男性です。年齢は自称31歳、身長は17█cm、体重は57.7kgをキープする痩躯です。普段は温和で紳士的な口調と穏やかな性格で他者に接しますが、明確な侮辱を受けた時、または不快な出来事に遭遇したときは慇懃無礼な態度と非常に回りくどい罵倒で臨みます。身体能力はごく平凡ですが、豊富かつ広範に渡る知識と経験を有しています。ほとんどが役に立ちませんが。
神山博士は、少なくとも4回の死亡が確認されています。しかし神山博士の死亡から█時間後に、必ず「神山博士の一卵性の兄弟」と名乗る人物がサイト-81██に現れます。「神山博士の兄弟」は名前以外の全てのデータが前任の神山博士と一致します。記憶、経験、知識、振る舞い、性格、身体的性質、全てが前任の神山博士と同一のものです。兄弟の事に言及しても、全ての神山博士は「ただの一卵生の兄弟ですよ。サンドイッチいります?」とはぐらかします。
「神山博士の兄弟」は「兄/弟の『いざとなったら仕事を引き継いで欲しい。仕事の内容はこうこうこうである』との遺言に従い、参りました」と理由を説明した後、完璧に前任の神山博士の業務を引き継ぎます。そのような遺言を探し出そうとした一部の有志職員の努力は徒労に終わり、それぞれ叱責を受けています。この遺言が情報の漏洩であるとの指摘は、遺言そのものが新たな神山博士の就任以外の現象を全く引き起こしておらず、その危険性も認められないとの論によって財団日本支部理事会が却下済みです。
俺は諦めんぞ。あんたが何者だろうと知ったこっちゃない。あんたは異常なんだよ。 ──エージェント・██
また、「神山博士の兄弟」がサイト-81██に姿を現してから20分後に、一部の有志職員が死体安置所にある前任の神山博士の遺体を確認した所、通常では考えられない速度で腐敗が進行していたことが報告され、それぞれが叱責を受けています。
諦めないと言ったはずだ。死体安置所の鍵を盗んだのも、やり過ぎだとは思わない。 ──エージェント・██
神山博士は健常な感受性を有していますが、こと自身の兄弟の死や自らの死には殆ど拘りを持っていないように感じられます。しかし、ケース███-██事故の際には情報の取得を焦ることなく実験中止を宣言したことから、人命そのものを軽視している訳では無い事は明らかです。
あんたに命を救われた事と、あんたが異常でも危険でもないって事の証明は、全く別の話だ。 ──エージェント・██
もうやめましょう、██さん。私は出来る限り懸命に働く。財団はそんな私を利用する。それでいいじゃありませんか。これまであなたへの咎めが叱責で済んでいたのは、あなたの詮索行為が単なる無駄以外の何ものでも無い事を上層部は知っているからです。なにせ、ただの兄弟ですもの。 ──神山博士
神山博士の業務に関する注意:
神山博士には、業務上独自の意思のみで何らかの強制力のある決定を下す事が許されていません。
神山博士に割り当てられている日常的業務はAnomalousアイテムの定期確認のみであり、他の業務に関してはそれぞれの責任者から依頼を受ける形で行われます。
神山博士が行える事は、徹底して助言、忠告、評価という強制力を持たない諸発言と、実験責任者から依頼があった時のみ行える実験代行または実験補助です。このうち実験代行のみが、「実験責任者の了解の下で監督権を一時委任される」という形で強制力のある決定が可能となります。
その他の業務が例外的に行われる場合でも、可能な限り他者に対して強制力を持つような権限を与えないようお願いします。彼の知識と経験と判断力──特筆すべきは危険な業務に於ける判断力の高さ──が適切に扱われる事を我々は望みます。サイト-81██人事部
人手不足の時には、とても助かってます。これで実験に対する承認権もあればありがたいんですけどね。 ──████博士
博士レベルの人材を臨時の実験助手として顎で使えるのは気持ちいいね。明確に彼を侮辱しなきゃいいんだ。 ──██研究補佐
俺は寧ろ罪悪感を覚えたぞ。不満もたれずに、格下職員からの命令をこなしてるのを見ちまうとなぁ・・・ エージェント・████
彼に不満は無いんだろうかね? 殆どの権限を封じられて、普段からやれるのはAnomalousアイテムの定期確認だけ。自分の能力を生かす業務を行うには依頼を待たねばならず、その業務の中でも誰かにこき使われたり身代わり同然にさせられたりだ。 ──██博士
ありませんよ。 ──神山博士
注意: 財団は神山博士を「無限の人的資源」とは考えていません。また、彼が不死身だとも考えていません。神山博士の「御兄弟」が有限である事は、常に考慮されるべきです。彼は、決して軽率な試みで死なせていいような人材では無いのです。彼に関する異常性は一切無いというのが財団の公式見解です。
私も私の兄弟達も別に気にしないのですが、規律の問題だというのならば、黙っておきましょう。 ──神山博士
関係したSCPオブジェクト一覧:
SCP-JP:
SCP-JP-J:
こいつはTales:
Tales-JP: