来栖研究員のファイルフォルダ
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 日本橋の某会館の1フロアを借り切ったハロウィン会場は、背の高いのっぺらぼうのスーツの紳士、ホッケーマスクを被った巨漢、人間の顔の皮を被りチェーンソーを持ったエプロン姿の男といったホラーの登場人物たちから、青い衣装に銀の甲冑を身にまとい長剣を構えた少女剣士、頭に金色のアクセサリをつけた巫女姿の女性、緑色のツインテールウィッグに灰色のノースリーブとミニスカート姿のアンドロイドといった、オタク系サブカルチャーのアイコンたちまで、多種多様な装いの人々で混雑していた。フロアの一面は鏡張りであり、彼らをきらびやかに映し出している。
 その人混みの中に、金色の刺繍をし、杖を手にした白いローブの女性がいた。フードを目深に被り、顔を半ば隠しているが、堀の深い顔立ちは日本人離れしている。
 彼女――エージェント・雛倉は横目を使い、黒いとんがり帽子に黒いマントの凛とした表情の女性――彼女の先輩、エージェント・立花を見つめる。彼女は完全に場に溶け込んでおり、目立つことなくその場に自然にあった。手にはクラッカーをぶら下げ、いかにもお祭り気分の仮装客という雰囲気だ。
『こちらアルファ。ブラボー状況はどう?』
 骨振動フォンから、立花の声が聞こえた。雛倉は囁く様に応える。
『現在のところ、目標A、Bともに確認できていません』
『それはこっちも同じ。引き続き目標の捜索を』
『了解』
 雛倉は通信を受け、改めて自身の装備を確認する。白いローブは防弾衣、杖は高周波ブレードの仕込み刀、それに加えてローブの下にはPDWと拳銃、スタングレネード、メススプレーという、エージェントがPoIに対するにはいささか過剰に思える装備だ。しかし雛倉は立花から『財団エージェントはどんなに重武装していても死ぬ時は死ぬ』と冷厳に継げられていた。
 自分を守るのは注意力と判断力と運、装備はその手助けでしかない――雛倉は気を引き締め、周囲に再び意識を戻した。
 周囲はうたかたまやかしの姿を身にまとい、まやかしの生に興じる人々だらけだ。興じた後は本来の姿に戻るのだろう。しかし雛倉は彼らと真逆だった。生まれたときから仮初めの生と立場を与えられ、ある日無残に崩されて、財団に救われた後も、常に仮初めの姿で動くエージェントという立場にあり、自分自身とは何なのか、時に疑問に思うことがある。
 相方の立花も程度とベクトルの違いはあれ、同じような経験をしたことがあると聞いた。共通点は、自身というものに対する確固たる信頼の不足。それはエージェントとして時に致命傷になりかねない。克服せねば――雛倉は再び自分が内側に意識を戻していたことに気づき、拳を握りしめる。
 その不安定な有様に気づかれたか、立花からの冗談めいた叱咤が入る。
『ブラボー、今からそんな調子でどうするの? ハロウィンはこれからが本番なんだからね! ジャック・オ・ランタンに連れて行かれないでよ?』
「すみません――でも、立花さんはその姿で大丈夫なんですか?」
 何かを察したように立花は少し間を置き。
『――人間は幾つもの顔を使い分けてようやく人間なの。本当の顔なんて、自分自身の中にも存在しないわ。だから、あなたが思い悩むことなんてないのよ』
 暖かみのこもった声でそう告げる。
「そう――そうですね、立花さん、ありがとうございます」
 雛倉は心の中で軽く頭を下げながら礼を言った。自分の心の重荷が、少し軽くなったような気がした。
 そんな雛倉を見て、立花は嘆息する。彼女の複雑な事情は初対面の時に知っているし、自分とて雛倉を導くにはいささか歪んでいるとは思っている。若い頃は奈落の悪鬼アイスヴァインなどと意気がっていた自分が誰かを諭すなど滑稽かもしれない。しかしバディ相手に全くフォローしないのもどうか、というのもあったし、何より立花は雛倉に対して深い同情と庇護感を覚えていた。だから、そんな言葉も出るのだが――。
「いけないわね……」
 立花は雛倉に向けていた感情を元に戻すため、両頬を平手で叩くと、作戦について再確認した。
 今回の作戦は「アニメキャラクターと結婚するための研究計画局」通称PAMWACのPoI-7532、岡島拓郎を確保し、彼の進める計画を阻止することにある。彼は米国の要注意団体、ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードからアノマリーを入手したらしいと、別口の件でPAMWACを調査していたエージェントから連絡があった。
 計画の全体像が見えていないのが難点だが、岡島がハロウィンの日に、アノマリーを用いて「何か」をするはずだというところまで絞り込めた以上、手遅れにならないうちに岡島とアノマリーをそれぞれ目標AとBとして確保すべきだと調査部門は判断し、立花と雛倉はその一員として目標A――すなわち岡島確保に出動したというのが今回の経緯だ。
 臨機応変といえば聞こえがいいが出たとこ勝負の、敵の数も能力も不明なままの作戦を行うにあたって、財団は人員を厳選したはずだ。なら何故自分たちのような訳ありのエージェントが選ばれたのかはわからないが――。
 そこまで考えを巡らせたところで、雛倉からの連絡が入った。
『目標Aが会場に入りました。護衛は5人ですが、素人同然です』
『不用心ね……罠かも』
『しかし今を逃してチャンスはありません。やらせて下さい』
 骨振動フォン越しからもわかる雛倉の焦りを感じつつも、立花は軽く頷いた。
「わかった。ブラボーは目標Aに人の流れに沿って接近、接触したらうまく人混みから引きずり出して無力化して」
『ブラボー了解。目標との接触に移ります』
 雛倉が動き出した。立花は雛倉と岡島を見失わないよう、ごく自然に接近していった。


 雛倉は岡島の近くまで接近し、立花が手にしていたクラッカーを盛大に鳴らしたのに周りが驚いて顔を向けた隙に、ローブ越しのPDWを突きつけながら耳元で囁いた。
「岡島さん、トリック・オア・トリートですよ?」
 声音こそ柔らかいが有無を言わせぬその口調に、岡島の顔はややこわばる。一瞬遅れて、岡島の護衛らしき仮装の男たちが向き直るが、岡島は彼らを手で制止し、雛倉の誘導に従ってパーティ会場の外に出る。護衛の動きを見ながら、立花も雛倉と合流した。
 パーティ会場の外、エントランスの陰に移動した3人――2人のエージェントと1人の捕虜は、向き直って相対した。
「まずは岡島さん、あなたが何を目論んでいるのか話してほしいんだけど」
 立花は冷ややかな声で問うが、岡島はこの窮地に平静を保ったままだ。
「何のことかな? 少なくともキミたち誘拐犯モドキに答えるようなことは何もないが」
「誘拐犯モドキ? 貴方こそ創造主モドキでしょう。手荒なことはしたくないですが、必要とあれば容赦はしませんよ?」
 雛倉が脅しても、岡島は平静を保ち続ける。
「『用務員』か『壊し屋』か知らないが、どうせ私の『計画』もある程度察知しているのだろう?」
「ノーコメントです」
 雛倉は毅然として言い放つ。すると岡島は不敵な笑みを浮かべて雛倉の顔を見た。
「残念ながら、ここまでか、しかし私だけでもやりとげてみせる」
「なんですって?」
 半ば驚き、半ば訝しむ立花に対し。
「ハロウィンの日、此岸と彼岸の通路は繋がる。我々はそれによって愛するベアトリーチェと相まみえることが出来る! 我らは心のなかにしかいないものを具現化する方法を手に入れたのだ!」
 岡島は一転、目をギラつかせてあらぬことを口走り、何かの呪文を唱えた。
「――もしや」
 立花は素早くメススプレーを岡島に浴びせ、昏倒させた後、後方で待機中の戦術対策チームに岡島の確保と会場突入を要請した。
「待って下さいアルファ、まだアノマリーの所在が不明です」
「それはこれから探す。岡島を確保するのが先よ」
 立花が厳しい表情を浮かべた時、状況は一転した。2人の持つカント計数計が異常数値を示す。めくるめく速さで現実性密度が下がっているのだ。
「アルファよりコマンドプライム――」
 後方の司令部に連絡を入れるが、戦術チームの応答はない。そうなるとるべき手段は1つしかなく。
「ブラボー、直ちに岡島を連れてここを脱出するわよ」
「了解です。機動部隊の出動が必要にならなければいいんですが」
 危機感を覚えつつそういい交わしながら、岡島を両脇から抱えて引きずっていく2人だったが、エントランスホール出入り口から外に出られない。透明な壁のようなものが張り巡らされているかのようだった。
「これは、現実断層ですね。下手に強行突破を図るとどうなるかわかりません」
「そうね――孤立したというわけか」
 雛倉と立花はそう言葉をかわす。ならば、自分たちが生き残るのに最適な手段を選ぶしかない――幸いこの会館は広く、対現実改変装備の機動部隊到着までPAMWACの脅威から身を隠し続けられるであろうと両者は判断したが、それは過ちだった。
 突如として、エントランスホームに張り巡らされた鏡から、自分達の影がにじみ出るように現実空間に現れる。立花と雛倉の写し身であるそれらは、2人に向かって名乗りを上げた。
「我が名は奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァイン! 我を捨て去りし愚か者よ、我の刀の錆となれ!」
「我はヨハンナ、王国の皇女なり。汝の堕ちたる姿、見るに忍びん。とく消え去れ!」
「なんであんたがここに出てくんのよっ!」
「どうして……」
 立花と雛倉は、かつての自身の黒い記憶が具現化したことに動揺する。その隙を逃さず、2つの影は襲い掛かってきた。


 アイスヴァインは立花を狙う。仮装の杖から抜き放った高周波ブレードが神速の速さで立花の首を狙う。立花はPDWをとっさに捨て、バックステップして自身も高周波ブレードを抜いた。
「ほう、天才的剣術を誇る我に対し、剣をもって相対するか。その愚かさ、とくと知れ!」
 高慢な表情を浮かべるアイスヴァインに対し。
「意気がってんじゃないわよ黒歴史のくせに! つか私の前から消え去れ! 豚の塩漬け!」
 立花は恥辱と怒りを露わにして罵倒する。
 次の瞬間、両者は地を蹴って交錯した。高周波ブレード同士がぶつかりあう悲鳴のような唸りが響き渡る。
「ほう、なかなか腕を上げたな、我が依代よ」
「14の時から止まってるあんたと、年季を踏んだあたしじゃ相手にならないわよ!」
「はは! 悪鬼には年など関係ない。貴様は年ふりて衰えが見えるぞ!」
 しのぎを削り合いながら言い交わし、再び飛び跳ねて距離を取る。立花は冷静さを取り戻すため、ジリジリと距離を取り、下段の構えで守りを固めつつ、アイスヴァインの正体を見定めようと思惑を巡らす。
(岡島は此岸と彼岸がつながるこの日を選んでアノマリーを起動したに違いない。現実性の希薄化はその証拠。そして――アノマリーの起動により現実性は希薄化するとともに、過去のトラウマが岡島の思惑とは別に具現化した。無意識による現実改変を手助けする、しかし悪意あるオブジェクトを、岡島は起動したんだわ)
 並列思考をこなすベテランエージェントに対し、アイスヴァインも容易に打ち掛かり得ない。しかし、気付きの瞬間、立花に隙ができた。アイスヴァインはそれを見落としはしなかった。
「コキュートスに震えて眠れ!」
 鋭い一閃が、再び立花の喉首を狙う。一瞬遅れて剣先をそらすが、その衝撃で立花は高周波ブレードを取り落とし、エントランスホールの床へと転がった。受身の姿勢を取るが、獲物を失った立花に勝ち目はない。アイスヴァインは自らの勝利を確信し――
 次の瞬間、バン、と重たい銃声とともに、立花の持つ大型拳銃に胸を撃ち抜かれていた。
「飛び道具とは、卑怯なり……」
「あいにくあたしは過去の亡霊に殺されてるわけにはいかないのよ。生きて、よくも悪しくも『世界』を受け入れていくつもり。特別や孤高を気取るのは、邪魔なの、それには」
「そうか……なれば今を生きるがいい。いつしかお前も死ぬ。第12地獄ヘルにての再開を心待ちにしているぞ……」
 アイスヴァインはそう言い残し、消失していった。
 一方、雛倉はヨハンナ相手に押され続けていた。
『私の人生には意味はなかった』
『私は愚かな犬』
 かつては意味を理解していなかった残酷な呪文が放たれるたびに、雛倉はそれを避けきれず、炎に包まれ、衝撃波に吹き飛ばされる。それでもなお生きているのは、仮装の下に着込んでいた環境追従迷彩防護服のおかげだ。
「どうしてっ、どうしてそんなことを言うのっ!」
 雛倉は半ば錯乱しつつも、PDWで応戦する。しかしそれも、防御魔法で弾かれる。肉薄しての高周波ブレードでの斬撃しかない――そう冷静な部分は判断しているが、ヨハンナの呟く呪文に心の傷をえぐられ続け、後手へ後手へと回ってしまい、防御一辺倒となってしまう。
「どうした。堕ちたる者よ。よもや正当な地位を取り戻したいとでも思ったか? なれば我がその望みを叶えてやろう。我のしもべとなりて、敵を撃て」
 ヨハンナはアイスヴァインと闘っている立花を指差す。雛倉はその残酷な問いに、正気を取り戻し、震えているがまっすぐに、否と応えた。
「――愚かなり、堕ちたる者よ。やはり汝は、我の手で倒さねばならぬ」
 ヨハンナは杖を掲げ、新たなる呪文を唱えようとした。それに対し、雛倉は高周波ブレードを抜いて構え、切り込む機会をうかがう。だが、切っ先は震えている。
『私はただの人間だ』
 ヨハンナが呪文を唱えた瞬間、ふと雛倉の迷いは消えた。そのまま跳んで、ヨハンナの胸元に鋭い突きを入れる。
「か、はっ」
 胸から吐息と血を吐き出し、ヨハンナは倒れた。雛倉はヨハンナを見下ろし、呟く。
「そう、私はただの人間。人間なら、たとえ他人に人生を壊されても、やり直すことが出来る。それは、過去の影である貴方には出来ないこと――」
「なにを、言っている? 皇女に、戻りたく、ないのか? 財団の犬の方を、選ぶというのか……」
 ヨハンナの断末魔に、雛倉は応える。
「皇女やエージェントはただの『立場』。わたしは、どういう立ち位置にいても私という人間だって、貴方の最後の呪文が気づかせてくれた」
「そうか……」
 何事かに気づいたかのように、満足な表情を浮かべて消えていくヨハンナを、雛倉は見送った。
 いつしか、カント計数計の数字は正常値に戻っていた。


 過去との決着を付けた2人は、戦術対策チームと合流した。その途中、岡島からアノマリーを奪い取り、彼が目を覚ましたので、あらましを説明し、岡島の目的を確認する。
「確かに、私は我々の心のなかにあるそれぞれの理想像を具現化するため、ハロウィンという日を選び、あのアノマリーを通じて意識と現実を一体化させようとした……しかし出てきたのは無意識下の怪物だったというわけか……」
 岡島は嘆息し、ひどく消沈していた。
「我がベアトリーチェ、最愛の虚構よ、今回も会うことは叶わなかった……」
「あんたの思惑を止められなかったのはこっちの責任だけど、起こしたのはあんただからもっと責任感を持ちなさいよ」
「そうです。岡島さん? 貴方も無意識下の怪物に殺されるかも知れなかったんですよ?」
 2人に咎められ、岡島は身を縮こまらせた。
 岡島は戦術対策チームに引き取られ、財団に収容された。立花と雛倉は傷の応急手当のあと、念のため財団フロントの病院へと運ばれ、入院することとなった。
 そして数日後。
 立花と雛倉は西日本統括サイト責任者、エージェント・カナヘビの水槽の前に立たされていた。
「PoIとアノマリーの確保には成功。被害もゼロ。PAMWACの関西支部は壊滅。上々な出来やな」
 ボーイソプラノが覚醒マイク越しに聞こえてくる。立花はカナヘビに遠慮なく質問した。
「何故、選抜されたのが私や雛倉だったんですか?」
 カナヘビはお気に入りの小枝に寝そべり、天井から降り注ぐ日光を浴びながら心地よげに応えた。
「それはな、アノマリーの性質からして出てくるものが予想がつきやすかったからやし、それを克服できとると考えたからやな。立花クンはニュートラライズドやし、雛倉クンはエクスプレインドやから、他のエージェントより確実性が高いと思うたねん。うちにはいろいろ闇を抱えとるエージェントもおるでな、消去法で選んだらそないなったゆうことや」
「おかげさまで10数年ぶりに黒歴史と再会させていただきましたが」
 怒気のこもった立花の声にカナヘビは「おおこわいこわい」と言った体を見せるが。
「私も……思い出したくなかったことですが、今回の件で完全に克服できたような気がします」
 と、雛倉が云ったときには「せやろ」と胸を張ってみせた。
「しかしアノマリーの性質についてお教えいただければ、今回の作戦はより迅速に遂行できたと思います。何故伏せて置かれたのですか?」
 するとカナヘビは目を細め。
「逆の意味での、必要値原則やな。君らには一辺、自分の影と闘ってもらうつもりやったねん。エージェントとして一回り大きくなってほしかったからやな。失敗はせえへん、なぜなら影は本体より弱いからや。そう踏んでのことなんやけど」
「あやうく死ぬところでしたよ?」
 立花の目に殺気が宿る。
「いやキミ、豚の塩漬けに殺されるなんて愉快な死に方するタマやあらへんやろ」
 カナヘビははぐらかすが、立花と雛倉には、カナヘビは自分たちが死んだら死んだなりで「使えなかった」と判断して書類をシュレッダーに掛けさせるつもりだったろうこと、自分たちが失敗しても大丈夫なニの手を打っていたであろうことは容易に推測が付いた。
 それを知ってか知らずか。
「西日本統括サイトは今日時期遅れのハロウィンや。仕事の疲れを癒やして、羽根を伸ばしてきいや」
 と、カナヘビは告げた。


 2人が立ち去った後、カナヘビは呟いた。
「『消えろ、消えろ、つかの間のともしび! 人生は歩きまわる影に過ぎぬ! あわれな役者だ! 舞台で大げさに騒いでも、劇が終われば消えてしまう。阿呆どもの語る物語だ』と、シェークスピアは書いたそうやけどね」
 そして遠い目をする。
「つかの間の灯火、阿呆どもの語る物語を守るのが財団や。たまには哀れな役者にも、舞台で大げさに騒ぐ機会を与えたいものやね」
 その視界には、窓の外で行われているハロウィンパーティーの様子が映し出されていた。その人混みの中に立花と雛倉の姿を見つけて、カナヘビは目を好々爺のように細めた。


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出現時のSCP-XXX-JP-1

アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル:
SCP-XXX-JPの外縁部から周囲20km範囲はカバーストーリー「軍の演習場」を用い一般人立入禁止にして下さい。立入禁止を確実にするため、フェンスを外周全てに貼り、戦術対策チーム4個小隊による定期巡回を実施します。また、SCP-XXX-JPの上空飛行も同様のカバーストーリーで、航空機、ドローンなどの飛行を禁止します。飛行禁止を確実にするため、常に戦術飛行ドローン1個小隊による哨戒飛行を行って下さい。なお、衛星による写真・地上データスキャンに対しては、それぞれの実施機関内部に潜入したエージェントによるデータ改竄を行って下さい。SCP-XXX-JP-1の出現時にはドローンによる探索を主とし、財団職員(Dクラス職員含む)による探索・実験はSCP-XXX-JP主任研究員の許可を取って下さい。

説明:
SCP-XXX-JPはアイルランドの████地方に存在する平原です。1年に1度、10月31日の1700より11月1日の2359までの期間、南北1.6km、東西2.4kmの中世様城郭都市(以下SCP-XXX-JP-1と呼称)が出現します。SCP-XXX-JP-1内部は多数の中世様建築と石畳の縱橫に張り巡らされた道によって構成されています。中央には南北50m、東西100mほどの敷地を持ち、南北25m、東西50mの規模の、中世様城館が存在します。
SCP-XXX-JP-1内部には正確には計測されていませんが、推定█万の人型実体(以下SCP-XXX-JP-2と呼称)が存在します。SCP-XXX-JP-12は例外なくハロウィンの仮装をしていますが、その様相はSCP-XXX-JP-2それぞれによって異なります。しかしながら、すべてのSCP-XXX-JP-2はケルト神話や伝承に基づいた仮装を行っており、中でもジャック・オ・ランタンの仮装をしたSCP-XXX-JP-2が最も多く、推定25%がジャック・オ・ランタンの仮装をしています。
SCP-XXX-JP-1に侵入した人間に対し、SCP-XXX-JP-2が接触すると、例外なくノイズ混じりの声で「トリック・オア・トリート」と問われます。トリックを選択した場合、選択者はSCP-XXX-JP-2に変異します。トリートを選択し、なおかつトリートとして与えられる物品1をSCP-XXX-JP-2に提供した場合、「トリック・オア・トリート」と問うてきたSCP-XXX-JP-2は消滅します。トリートを選択した場合でも、トリートに値する物品を提供しなかった場合、選択者はSCP-XXX-JP-2に変異します。また、選択を拒否した場合、5分以内にSCP-XXX-JP-2に変異します。SCP-XXX-JP-2は「トリック・オア・トリート」以外のコミュニケーションをSCP-XXX-JPに侵入した人物に取ることはありません。
SCP-XXX-JP-1は11月2日0000に消滅し、SCP-XXX-JP-2実体並びに侵入していたあらゆる人間、物体もそれに伴い消滅します。2

補遺:SCP-XXX-JP-2の発音にノイズが混じっていたことを鑑み、音声解析が為されました。その結果、SCP-XXX-JP-2の発するノイズは全て人間の悲鳴であることが解明されました。

画像出典:https://pixabay.com/ja/%E3%82%BF%E3%83%AF%E3%83%BC-%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC-%E3%83%9B%E3%83%A9-%E7%94%BA-%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88-%E7%A9%BA-%E5%8F%A4%E3%81%84-%E8%81%96%E4%BA%BA-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%82%B3-597020/

CC0:商用利用許可

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 日本橋の某会館の1フロアを借り切ったハロウィン会場は、背の高いのっぺらぼうのスーツの紳士、ホッケーマスクを被った巨漢、人間の顔の皮を被りチェーンソーを持ったエプロン姿の男といったホラーの登場人物たちから、青い衣装に銀の甲冑を身にまとい長剣を構えた少女剣士、頭に金色のアクセサリをつけた巫女姿の女性、緑色のツインテールウィッグに灰色のノースリーブとミニスカート姿のアンドロイドといった、オタク系サブカルチャーのアイコンたちまで、多種多様な装いの人々で混雑していた。
 その人混みの中に、金色の刺繍をし、杖を手にした白いローブの女性がいた。フードを目深に被り、顔を半ば隠しているが、堀の深い顔立ちは日本人離れしている。彼女――エージェント・雛倉は横目を使い、黒いとんがり帽子に黒いマントの凛とした表情の女性――彼女の先輩、エージェント・立花を見つめる。彼女は完全に場に溶け込んでおり、目立つことなくその場に自然にあった。
『こちらアルファ。ブラボー状況はどう?』
 骨振動フォンから、立花の声が聞こえた。雛倉は囁く様に応える。
『現在のところ、目標Aは確認できていません』
『それはこっちも確認しているわ。引き続き目標の捜索を』
『了解』
 雛倉は通信を受け、改めて自身の装備を確認する。白いローブは防弾衣、杖は超振動ブレードの仕込み刀、それに加えてローブの下にはPDWと拳銃、スタングレネード、メススプレーという、エージェントがPoIに対するにはいささか過剰に思える装備だ。しかし雛倉は立花から『財団エージェントはどんなに重武装していても死ぬ時は死ぬ』と冷厳に継げられていた。
 自分を守るのは注意力と判断力と運、装備はその手助けでしかない――雛倉は気を引き締め、周囲に再び意識を戻した。
 周囲はうたかた仮初めの姿を身にまとい仮初の生に興じる人々だらけだ。興じた後は本来の姿に戻るのだろう。しかし雛倉は彼らと真逆だった。生まれたときから仮初の生と立場を与えられ、ある日無残に崩されて、財団に救われた後も、常に仮初めの姿で動くエージェントという立場にあり、自分自身とは何なのか、時に疑問に思うことがある。
 相方の立花も程度とベクトルの違い晴れ、同じような経験をしたことがあると聞いた。共通点は、自身というものに対する確固たる信頼の不足。それはエージェントとして時に致命傷になりかねない。克服せねば――雛倉は再び自分が内側に意識を戻していたことに気づき、拳を握りしめる。
 その不安定な有様に気づかれたか、立花からの叱咤が入る。
『ブラボー、今からそんな調子でどうするの? 作戦開始はまだ、目標さえ捕捉できてないのよ?』
「すみません――でも、立花さんはその姿で大丈夫なんですか?」
 何かを察したように立花は少し間を置き。
『――人間は幾つもの顔を使い分けてようやく人間なの。本当の顔なんて、自分自身の中にも存在しないわ。だから、あなたが思い悩むことなんてないのよ』
 暖かみのこもった声でそう告げる。
「そう――そうですね、立花さん、ありがとうございます」
 雛倉は心の中で軽く頭を下げながら礼を言った。自分の心の重荷が、少し軽くなったような気がした。
 そんな雛倉を見て、立花は嘆息する。彼女の複雑な事情は初対面の時に知っているし、自分とて雛倉を導くにはいささか歪んでいるとは思っている。若い頃は漆黒の堕天使アイスヴァインなどと意気がっていた自分が誰かを諭すなど滑稽かもしれない。しかしバディ相手に、全くフォローしないのもどうか、というのもあったし、何より立花は雛倉に対して深い同情と庇護感を覚えていた。だから、そんな言葉も出るのだが――。
「いかんいかん、仕事に集中」
 立花は雛倉に向けていた感情を元に戻すため、作戦について再確認した。
 今回の作戦は「アニメキャラクターと結婚するための研究計画局」通称PAMWACのPoI-7532、岡島拓郎を確保し、彼の進める計画を阻止することにある。彼は米国の要注意団体、マーシャル・カーター&ダーク株式会社からアノマリーを入手したらしいと、別口の件でPAMWACを調査していたエージェントから連絡があった。
 計画の全体像が見えていないのが難点だが、岡島がハロウィンの日アノマリーを用いて「何か」をするはずだというところまで絞り込めた以上、手遅れにならないうちに岡島とアノマリーをそれぞれ目標AとBとして確保すべきだと調査部門は判断し、立花と雛倉はその一員として目標A――すなわち岡島確保に出動したというのが今回の経緯だ。
 臨機応変といえば聞こえがいいが出たとこ勝負の、敵の数も能力も不明なままの作戦を行うにあたって、財団は人員を厳選したはずだ。なら何故自分たちのような訳ありのエージェントが選ばれたのかはわからない。しかし、彼女らの上司であるエージェント・カナヘビは、決して不適任な人間を意味もなく投入し、作戦と人員を危険に晒す無能ではない。きっと何らかの意味があるはず――。
 そこまで考えを巡らせたところで、雛倉からの連絡が入った。
『目標Aが会場に入りました。護衛は5人ですが、素人同然です』
『不用心ね……罠かも』
『しかし今を逃してチャンスはありません。やらせて下さい』
 骨振動フォン越しからもわかる雛倉の焦りを感じつつも、立花は軽く頷いた。
「わかった。ブラボーは目標Aに人の流れに沿って接近、接触したらうまく人混みから引きずり出して無力化して」
『ブラボー了解。目標との接触に移ります』
 雛倉が動き出した。立花は雛倉と岡島を見失わないよう、ごく自然に2人に接近していった。

 一方、時間は少し遡る。
 目標B――岡島が入手したアノマリーを確保するため、エージェント・桜庭とエージェント・西塔のツーマンセルは会館の地下へと潜っていた。環境追従迷彩服に全身を覆い、多目的ゴーグルを掛け、PDWを構えたその姿はまるで特殊部隊員のようだ。しかし態度はらしからぬものであった。
『あー、立花さんと雛倉ちゃんはハロウィンパーティーにいるのに、僕らはジメジメした地下で危険なアノマリー探しですか、なんだかなぁこの差は』
『デルタ。無駄口は叩かない。すべて任務だ、危険度に変わりはない――はずだ』
 語尾が濁ったのは西塔なりの不安か。それを察して、桜庭は景気のいい軽口を叩く。
『了解チャーリー。さっさと仕事を終わらしてサイトのハロウィンパーティーに参加しましょうや』
『異存ない』
 西塔は手短に応え、やけに冷える地下点検路から会館の地下ホール――機械室などが密集する空間に入っていく。軍靴がグレーチングを踏む足音が、どうしても響く。気取られるのではないかと、西塔はやや不安に思った。
『ところで』
 桜庭から通信が入る。
『PAMWAC、というか岡島が動かせる手勢はせいぜい10人程度、しかも素人に毛が生えた程度って聞いてますけど、あれ確かなんすかね』
『情報将校はデタラメを言う、ましてや情報が少ない時はなおさらだ。エージェントなら知ってて当然だろう?』
 呆れたように西塔が返すと。
『いや、それにしたって手駒が低く見積もられすぎじゃないですかね? PAMWACの資金の筋は太いと、ぼく、育良さんから聞いてましたよ? よそから増援が来ててもおかしくない。大体マーシャル・カーター&ダークに大金積んでアノマリー買い込める資金力があるなら、そんなショボい護衛なわけないっすよ』
 トッポい口調で、鋭いところをついてくる桜庭。
『意図的な下算と? それは重大な懈怠あるいは反逆だろう』
 西塔は一理あると思いながらも否定するが。
『サボってんのか裏切ってんのか、それはないと思いますけど、PAMWACの捜査にわざわざ縁のありそうな雛倉ちゃんを抜擢したり、どうもカナヘビさん、ぼくらの知らない何かの思惑で動いてるんじゃないですかねえ』
 桜庭は推測を口にする。それは西塔にとって一定の説得力のあるものだった。
『一考の価値はあるか……だがカナヘビなら、ずさんな仕込みで作戦自体を失敗させるようなことはない。我々も捨て駒にはならないだろう』
 西塔は疑念を振り切ってそう言い切る。
『そうだといいんすけどねぇ……』
 桜庭は半ば不信感、半ば期待を持ってそう応えた。
 やがて、発電機やセントラルヒーティング用のボイラーなどの並ぶ機械室を抜けると、地下ホールの間近へとたどり着く。折れ曲がった通路を、そのまま曲がろうとしたところで、ふと西塔の足が止まった。
『デルタ、止まれ』
 西塔は桜庭にも静止を求める。
『なンすか? 敵すか?』
 依然としてトッポい口調で問いかける桜庭に対し。
『らしいな――地下ホール内に複数の人気がする。ホールのドアにも見張りが2名。どうも地下ホールがアノマリーの収容場所らしいな』
 西塔は自身の判断を伝える。
『排除してアノマリーを確保、とは行かなさそうですねぇ』
『同感だ。後方の戦術対策チームに救援を求めよう』
 西塔は上位戦術チャンネルに合わせて通信を試みるが。
『……ザザッ……ザ-ッ』
 激しいノイズが入るだけで連絡が取れなくなっている。そして多目的ゴーグルに収められたカント計数機は、周囲のヒューム値が急激に低下しているのを目まぐるしいカウントで示していた。
『これは、アノマリーの起動か! やむを得ん、一端アルファとブラボーと合流するぞ!』
『了解!』
 桜庭は走り出した西塔をカバーするように追い始める。
(立花さん、雛倉ちゃん、無事でいてくれよぉ……)
 そんなことを思いながら。


 ヒューム値の低下が始まるより少し前に時は遡る。
 雛倉は岡島の近くまで接近し、立花が盛大に鳴らしたクラッカーに周りが驚いて顔を向けた隙に、ローブ越しのPDWを突きつけながら耳元で囁いた。
「岡島さん、少しお話がしたいのですが?」
 有無を言わせぬその口調に、岡島の顔はややこわばる。一応護衛を用意していたのに、こんなに簡単にスニーキングされるとは、ハロウィンパーティとプロジェクトの成功に舞い上がっていたとはいえ迂闊すぎた。だが、自身の一時的窮地は彼の計画の計算に入っていた。
 一瞬遅れて、岡島の護衛らしき仮装の男たちが向き直るが、岡島は彼らを手で制止し、雛倉の誘導に従ってパーティ会場の外に出る。護衛の動きを見ながら、立花も雛倉と合流した。
 パーティ会場の外、エントランスの陰に移動した3人――2人のエージェントと1人の捕虜は、向き直って相対した。
「まずは岡島さん、あなたが何を目論んでいるのか話してほしいんだけど」
 立花は冷ややかな声で問うが、岡島はこの窮地に平静を保ったままだ。
「何のことかな? 少なくともキミたち誘拐犯モドキに応えるようなことは何もないが」
「私たちは『財団』です。貴方の存在を、そもそもなかった事にするのも容易ですよ?」
 『財団』と聞いても、岡島の態度は平静を保ち続ける。
「財団なら話は早い。どうせ私の計画もある程度察知しているのだろう?」
「貴方がマーシャル・カーター&ダーク社から購入したアノマリー物品と、貴方の『計画』を阻止することです」
 雛倉は毅然として言い放つ。すると岡島は不敵な笑みを浮かべて雛倉の顔を見た。
「ところで、君は我々が飼っていた子供の中のひとりだな」
 一転して、雛倉の顔がこわばった。心理的優勢を確立したかのように、岡島はまくし立てる。
「ああ、あの茶番劇は楽しかったぞ! 『私の人生には何の価値もない』と言いながらおもちゃのステッキを使って嘘の『魔法』を使ってみせる姿は特にな! 14年間、いつ真実を曝露して解き放とうかとときめいていたものだ!」
「――」
 雛倉の顔は青ざめ、白い肌が神のように白く、その表情は屈辱と苦悩に歪んでいる。岡島は更に言い募ろうとしたが、立花に頬を張り飛ばされて床へと転げ落ちた。更に立花は岡島の腹を蹴り飛ばし、虫のように這いつくばらせる。
「そんなことをして、他人の人生を弄んで、それが楽しいって大した悪趣味ね! その御蔭で、この子がどれだけ傷ついたか!」
 だが苦痛を受けてもなお、岡島は自棄的な笑いを隠さない。
「傷つけ、手折るからこそ美しい虚構の花だ! そしてそれは現実と表裏一体だ! 君らにはわかるまい、虚構をせせら笑いつつも、どこかでその虚構に憧れてならず、だからこそ壊してしまいたくなるアンビバレンツが! 二次元に愛を注ぎつつも、その愛が決して報われることがないと知って苦しみ汚そうとする我々の姿が!」
「だからって、やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
 立花は今度は岡島の顔を踏み潰す。鼻血が吹き出、折れた歯が口からこぼれ落ちる。
「あんたはアニメキャラに欲情する変態で、それをこじらせて現実の人間を傷つけたクソ野郎よ。それにふさわしい報いをさせてあげる」
「さて、できるかな?」
 岡島は血まみれの顔を拭い、不敵に笑った。その時、腕時計内蔵のカント計数機がビープ音を鳴らす。立花がモードチェンジして計数機の数値を見ると、周囲の現実性密度が急速に下がっていくのが判った。
 驚愕する立花に対し、岡島は勝ち誇ったように告げる。
「我々の勝ちだ、そして捻れと歪みを正す機会がついに訪れた! ハロウィンの日、此岸と彼岸の間の壁はなくなる。それを利用し、虚構と現実を一体化する。我々はついに、愛するベアトリーチェと相まみえることができる!」
 呆然とする2人。岡島が何を言っているのかわからない。岡島が何を企んでいるのかわからない。頭では理解できても全く感性が及ばない異常な論理の積み重ねと、現在起こっている異常事象で、パニック状態に陥る。
 すると、岡島は倒れ伏した姿勢のまま、忽然とどこかに消えた。情報の飽和に思考停止した彼女たちのところに、ようやく桜庭と西塔が駆けつけた。
「大丈夫ですか?」「大丈夫か?」
 桜庭と西塔の呼びかけに、幾分か正気を取り戻した立花と雛倉は、今までの経緯を訥々と語る。
「ふむ――現実性希薄領域の中で人間だけが正常なヒューム値を持っている場合、限定的だが現実改変能力を持つ現実改変者になりうる、ということかもしれないな」
「随分、落ち着いていますね?」
 立花は西塔を挑戦的に睨みつけ、西塔は立花の目を覗き込み返す。
「エージェントたるもの、常に冷静でなければならない。キミは今、冷静さを欠いている。そして財団は冷淡ではあるが冷酷であってはならない。君はその禁忌を、戦友のためとはいえ犯してしまった」
「くっ……」
 正論を前に絶句する立花だったが、自分の両頬を両手でパシリと叩き。
「ごめん、そうだったわね」
 と頭を下げる。が、西塔はそっけない。
「そう思うなら、行動と結果で応えて欲しい」
 そして、西塔はこれまで無言だった雛倉に向き直る。
「キミはどうだ? 冷静になれるか? 感情にとらわれて行動を誤ったりしないか?」
 問いに対し、雛倉は顔を上げ、瞳に強い決意を秘めて応えた。
「私は、財団のエージェント・雛倉です」
 西塔は少しだけ笑い。
「ならいい。今後の作戦要項を考えよう」と云った。



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アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Keter

特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはその性質から収容は不可能です。
財団は旧アメリカ連合国内のアメリカ連合国軍関係モニュメントとそれにまつわる社会的動向を常時監視し、過激派によるモニュメントの破壊企図がなされぬよう、ミーメティック誘導を旧アメリカ連合国所属各州内で展開して下さい。
万が一そのような事態になった場合は、機動部隊グザイ-18("テカムセ")が発生したSCP-XXX-JPを制圧します。その際起こる財団外の人的被害は、カヴァーストーリー「薬物中毒者による銃器乱射事件」によって隠蔽して下さい。

説明: SCP-XXX-JPは1863年当時のアメリカ連合国(以後南軍)の灰色を基調とした制服を着用し、南軍の主力武装であった1861年式エンフィールド銃で武装した人型実体です。3
SCP-XXX-JPはアメリカ合衆国のうちかつて南軍に参加していた諸州のいずれかで、南軍由来のモニュメントが撤去または破壊されそうになった時に出現し、その行動を戦闘により妨害しようとします。
SCP-XXX-JPが最初に発見されたのはヴァージニア州[編集済]市において、南軍の英雄リー将軍4の銅像が市議会によって撤去されようとしていた20██/██/██日です。
その日は撤去に講義する保守主義者や白人至上主義者によるデモ行進と、リベラル派によるカウンターデモ行進とが共に行われ、一触即発の状況を呈していたため、市警察が出動し現住な警戒態勢を敷いていました。SCP-XXX-JPは前者のデモ行進の中に紛れて出現し、先頭を南軍の軍旗を上げて行進しました。SCP-XXX-JPはデモ隊がカウンターデモ隊と衝突した段階でエンフィールド銃を一斉発射、しかるのち銃剣突撃を敢行しました。
この結果として、カウンターデモ隊██名が死傷しました。事態の急変に警察は直ちに対応、SCP-XXX-JPに対し発砲を行い██名を射殺しましたが、SCP-XXX-JPは被害に構わず銅像撤去地点まで躍進、撤去作業員██名を殺傷しました。最終的にSCP-XXX-JPは市警察SWATによって全員射殺されるまで抵抗を行い、警官██名に重軽傷を負わせました。
上記事件は当初、過激な南軍支持者が南軍兵士の格好をしてリー将軍像撤去に賛成する市民たちに対しテロ行為を行ったものとして認識され、報道されましたが、SCP-XXX-JPの遺体全てがアメリカ合衆国市民ではないことが確認されると、財団はアノマリー事案としてこれに対処、現地目撃者の記憶処理、報道の撤回並びに報道機関経由のミーメティック誘導による記憶の操作とカバーストーリー「薬物中毒者による銃器乱射事件」が適用され、財団はSCP-XXX-JPの調査に移りました。
しかし財団が事態を収拾する直前の20██/██/██、上記事件に刺激を受けた反白人至上主義者のデモ隊がノースカロライナ州[データ削除済]市で南軍無名兵士の像を破壊しようとし、再びSCP-XXX-JPが出現しました。この行動は財団の察知するところであり、SCP-XXX-JPの再出現の可能性を考慮して待機していた機動部隊グザイ-18(”テカムセ”)が出動しましたが、SCP-XXX-JPと交戦にいたり、SCP-XXX-JP███名を殺害しました。彼らはいかなる降伏勧告も受け入れず、最後の1実体になるまで機動部隊と激しい戦闘を繰り広げました。

彼らはまるで意志なきゾンビのように戦った。――機動部隊グザイ-18指揮官――

上記事件の隠蔽は速やかに行われ、SCP-XXX-JP全遺体は回収されました。また、SCP-XXX-JPの出現は、南軍由来モニュメントが破壊される事がトリガーとなっているとの仮説が立てられ、以下の実験が行われました。なお以下の実験は全て周辺住民への影響を鑑み「不発弾処理」「区画整理」「ガス管修理」などのカヴァーストーリーを用い、市民を立ち退かせてから行われました。また、モニュメントが破壊された場合カヴァーストーリー「一時的立入禁止」を用いて、モニュメントを修復し、社会に対する影響が最低限に収まるよう配慮がなされました。

現状、南軍に関係するモニュメントが破壊されることしか解っていないため、最低でも数回の実験を行う必要があるだろう。私見では、南北戦争は奴隷制を巡る戦いというより州権を巡る戦いだった。リー将軍は奴隷制のために戦ったのではなくヴァージニア人であるがゆえに南軍として戦った。5南軍はその州権の維持のために戦い、そして死んでいった。奴隷問題も実際には黒人をどの産業分野に用いたかったかの闘争だった。結果的に、奴隷解放宣言は何も解決しなかったではないか。
もしかすれば、あれらは南部の自由と独立の本分を守るため戦った人々の慰霊碑を守る亡霊ではないのかとすら思えないでもない……いや、今は調査に集中しよう――SCP-XXX-JP主任研究員シャーマン博士のメモ

実験記録1 - 日付20██/█/█

対象: SCP-XXX-JP

実施方法: 南部サウスカロライナ州[編集済]市において、南軍無名兵士の像(1920年建立)を破壊しようと試みる。

結果: SCP-XXX-JP██体が出現。破壊作業にあたっていたDクラス職員5名を殺害後、消失。

分析: 殺害された死体は残るがそうでない場合は消失する。どこからどのように出現し、どこへと消えていくのか、さらなる調査が必要だ。Dクラスの消耗を抑えるためにも、今後は完全自立型ドローンを使用する。――シャーマン博士

実験記録2 - 日付20██/█/██

対象: SCP-XXX-JP

実施方法: 南部ヴァージニア州[編集済]市で、南軍戦没者慰霊碑(1921年建立)を破壊しようと試みる。破壊には完全自立型ドローンを使用する。SCP-XXX-JPの出現を予期し、K-515型撮影機による周囲の連続撮影を実施する。

結果: SCP-XXX-JPが出現。ドローンを破壊後、消失する。K-515型撮影機には幽体は撮影されていない。

分析: 幽体の実体化ではなく、現実改変の可能性が高い。どこを起点としているのか、測る必要がある。また、完全自立型ドローンによる破壊工作でもSCP-XXX-JPの出現が見られることから、SCP-XXX-JPの出現要因は純粋にモニュメントの破壊阻止にあるようだ。――シャーマン博士

実験記録3 - 日付20██/██/█

対象: SCP-XXX-JP

実施方法: 南部ウェストバージニア州[編集済]市で、リー将軍像(1919年建立)を破壊しようと試みる。破壊には完全自立型ドローンを使用する。現実改変の可能性が考えられるため、カント計数機による周辺現実性を観測する。

結果: SCP-XXX-JP██体が出現。ドローンを破壊後消失。カント計数機の数値は、SCP-XXX-JPの出現時にリー将軍像に局所的高Hm空間が発生したことを示している。

分析: 幽体の実体化ではなく、現実改変であることがわかった。しかし現実改変者ではなく、モニュメント自体に異常が発生したというのは特筆に値する。全ての南北戦争関連モニュメントがこのような性質を持つなら、大変危険な事態だ。――シャーマン博士

実験記録4 - 日付20██/██/██

対象: SCP-XXX-JP

実施方法: ヴァージニア州アーリントン国立墓地で、南北戦争戦没者記念碑を破壊しようと試みる。破壊には完全自立型ドローンを使用する。南北戦争戦没者記念碑のHm値は有意に高く、SCP-XXX-JPの出現が予想される。

結果: SCP-XXX-JPは出現せず。南北戦争戦没者記念碑は破壊された。

分析: なんてこった! 己の罪深さに動揺を禁じ得ない。しかし、南北両軍の戦死者が合祀されている場所では異常が発生しないことが判明した。南軍兵士も合祀されていると言うのに。何故だ。引き続き調査を続ける。――シャーマン博士

この後、南軍所属各州のモニュメントと北軍所属各州のモニュメントの破壊実験を継続した結果、SCP-XXX-JPの発生は南北戦争の、主に1910年代後半以降に建てられたモニュメントの破壊を試みたときのみに限られると判明しました。6
これらモニュメントはD.W.グリフィス監督映画作品「國民の創生」による南軍ブームの後に建てられた物です。「國民の創生」は、映画としては優れた表現を取り入れたものでしたが、極めて人種差別的な内容であり、また、北部の傲慢の犠牲となった善良な南部人が立ち上がるというストーリー構成のため、南部白人至上主義者の思想の根源を作り出した映画でもあります。
このような背景のため、SCP-XXX-JPの現れるモニュメントは白人至上主義者の崇敬を受け、その周辺は白人至上主義団体のたまり場となっています。それに反発するリベラル、マイノリティ市民は少なくありません。また、彼らの崇敬がモニュメントにヒューム異常性とSCP-XXX-JP発生力を与えている可能性を、主任研究員のシャーマン博士は指摘しています。

リー将軍と南軍が奴隷制のためではなく州権と愛郷心のために戦ったという見解は変わりません。しかし白人至上主義者達は、そうした理解をしていません。「國民の創生」が引き起こした偉大な南部という幻想、白人至上主義という歪んだ価値観と歴史観、それらが異常性を発生させるなら確保・収容・保護すべきはむしろ彼らではないでしょうかーーシャーマン博士
物語られる過程で歴史は変質する。君の歴史観もまた然りだ。そして確保・収容・保護されるべきはアノマリーそのものであり間接的な発生源ではない。それは収容するには大きすぎる。重々留意すべきだろう――O5-7

補遺1: 現在アメリカ合衆国内での超保守派、白人至上主義団体の活動は活発化しており、それに反発するリベラル派、マイノリティ団体の抗議行動も盛んに行われています。今後もSCP-XXX-JPの発生が予見され、なおかつSCP-XXX-JPの行為がアメリカ合衆国社会にもたらす対立と分断の激化を避けるため、財団は相当の資源を世論操作と記憶処理に回さねばならなくなっています。

補遺2: 収容されたSCP-XXX-JPの死体を検分したところ、「國民の創生」に出演している南軍兵士やKKK団7を演ずる役者との骨相学的、体型的一致が多数見られました。また、同じ骨相学的、体格的特徴を持つSCP-XXX-JPが複数確認されています。

死者は物語れない。借り物の死者ではなおさら。彼らの物語を騙り行動するのは死者への冒涜だ。そして生者は常に自身の物語を生きるべきだ。――シャーマン博士


氏名:グレアム・マクリーン

セキュリティクリアランスレベル:4/Bクラス職員

職務:81地域ブロック内部監察部門副統括官

所在:サイト-8100

人物:19██/██/██生。スコットランド系米国人。身長172cm、体重65kg、白髪に緑色の目が印象的な人物。米国出身であり、CIAに長年勤務。ジーザス・アングルトンの再来と呼ばれた偏執狂的なモグラ狩りが原因となって失脚した後、財団に内部監察部門のオフィサーとしての能力を買われ招聘された。昨今SCPオブジェクトの増加が著しい81地域ブロックにおいて内部監察部門の人手が足りなくなったため、内部監察部門副統括官として着任。
彼の任務は81地域ブロックでの内部監察活動指揮並びに助言と、81地域ブロック幹部に対する内部監察である。特に後者が重要視されており、81地域ブロックサイト管理者全ての人事ファイルを把握している。写真記憶能力者であり、必要なファイルはすべて彼の脳内に保管されコピーは外部に存在しない。通称「ブラック・チェンバー」と呼ばれる内部監察部門SIGINT部隊を配下に置き、可能な限り多くの81地域ブロック幹部の情報を収集し、不審な点があれば財団法務部門に告発する。
彼が着任してから█年で██人の81地域ブロック幹部並びに一般職員が「解雇」され、このペースは他の地域ブロックより明らかに多い。過剰な取り締まりを行っているのではないかという批判も強いが、彼は自身の方針を貫いており、O5評議会、倫理委員会も彼の行動を是認している。