Kitsunejirushi
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ドラッグストアでクラッカーとミネラルウォーターを手にもってレジに並ぶ。おそらくアルバイトだろう、若そうな女性店員はニコニコしながら私に尋ねる。

「ポイントカードをお持ちでしょうか? 」

最近どんな店に入っても同じようなことを聞かれる気がする。財布のカード入れに目をやるとそれは見つかる。しかし私はそれを出さずにもう一度店員に目をやる。

「いえ、持ってないです」

何の意味もない嘘だ。無意味。しかし私は無意味なことを求めるようなそんな気持ちだった。


最後の鎖が破壊されたという報告があったのは今日の朝の8時頃だった。とりあえず担当職員には記憶処理を行い家に帰し、その後空間内に仕掛けてあった核爆弾を起動したそうだ(もちろんそんなことに意味はない)。そして我々は緊急ミーティングを開くということでサイト内の地下にある会議室に集められた。エレベーターに乗っている最中ふと、入会時に06がここは地球上でもっとも安全なところと言っていたのを思い出した。

12時を回っても議論は終わらなかった。もちろん議題は対抗策では無い(準備を進めていた時期もあったが結局のところどれも実現不可能だった)。問題となったのは職員にこのことを公表するかどうかという一点だった。こればかりはいつものように多数決で決めるわけにはいかなかった。賛成派の意見は、終わりが近づいているのに知らせないのは財団の仲間としてどうなのかというものであった。最後の日ぐらい家族と過ごさせてあげようとは思わないかと。反対派の意見は我々は忠実な職員を騙し続けてきたのだから最後までやり通すべきだというものだ。秘密を抱え込んだまま一秒でも長く職員に平穏な時間を提供するべきであると。私は賛成派だったが反対派の意見に有効な反論を思いつけなかった。絶対的に正しい意見というものは存在しない。だからいつも我々は多数決で決めていたのだ。

1時頃議論にやっと決着がついた。それまで沈黙を守っていた01が代替案をだしたのだった。これから何が起こるのかを職員に知らせず休暇を与えるというものだ。一応これなら両方の意見も尊重される。(もっとも全員に休暇が与えられるという裏の意味を財団職員が気づかないはずがないので実質的には賛成寄りの意見だが皆あえて黙っていたような気がした)会議が終わったのは嬉しかったがこの終わり方は私に若干の複雑な思いを抱かせた。

01は後のことは私が引き受けるので全員休暇を取るように言った。O5内には表面的にヒエラルキーは存在しないが暗黙の了解というものがあった。そして皆はそれを了承した。その後簡単な手続きを済ませ、別れの握手をし、軽いジョークを飛ばしあいながら財団を後にした。駐車場で06に食事に誘われが私は丁寧に断って車に乗り込んだ(彼は同じ家族がいない同士、シンパシーを感じたのか私にかなり良くしてくれた)。

私はそのまま飛行場まで車を走らせチケットを買った。故郷に帰ろうと思った。自家用機も持っていたが、その時は乗客が少ない小奇麗な飛行機よりもエコノミー席に座りたい気分だった。少し窮屈な椅子に腰かけ私は目をつぶる。赤ん坊が泣いている声が聞こえる。お菓子の袋を開ける音が聞こえる。

飛行機に乗っている最中、不思議なことに私は不安というものを感じなかった。会議中は死刑執行を待っているような気分だったが今はレストランで食事を待っているような落ち着いた気分だった。どうしてだろうか考えたがやがて私は睡魔に勝てず、それに吸い込まれるようにして眠ってしまった。

到着後私はタクシーを呼び、学生時代を過ごしたその街並みを窓の外から眺めた。当時よりかなり変化していたが寂しいというよりも町が発展して嬉しいという気持ちの方が強かった。手頃なところで停めてもらい運転手に料金を払った。そして私は何の目的もなく歩き始めた。いやそうではない。歩くことが目的だ。その後小腹が空いたので目に入ったドラッグストアに入り近くの公園のベンチで休憩をした。

日が暮れかかった頃私は一軒の店を発見した。古びたタバコ屋だ。看板は年月のせいかボロボロになっていた。学生時代コナン・ドイルの小説が大好きだった私はパイプタバコに強い憧れを持っていた。しかし世間のイメージや健康志向に流され、そのささやかな目標が達成されることは結局なかったのだった。私はしばらく考えてそのタバコ屋に入り目標のものを手に入れて店から出てきた。

私は携帯で近くのコーヒーショップを探してそこに入る。コーヒーを注文し、パイプにタバコを詰め始める。その後、恐る恐る小説や映画で登場人物たちがやってるようにそれに火をつける。しかし上手く火がつかない。どうしても途中で消えてしまう。何度もやっているうちに少し上手くいったと思ったら舌を火傷してしまった。

夜はウイスキーをたらふく飲んで死んでやろうと決めていたのにどうしようか。私は窓の外に目をやる。辺りはだんだんと暗くなり街灯には光が灯る。