- 優美な毒に舌鼓を
- Taleの書き方講座 墓荒らしになろう編
- 連載用 Tale: 隠蔽事件記財団世界録(10月)仮
- Tale映画化計画1
- SCP-XXX-JP Need not to know
- 連載用(9月分): 隠蔽事件記財団世界録
- 政治局行政監督部 臨時業務 part2
- ODSS OneShot part3
- SCP-XXX-JP カントリーロード
酒は人を魅する悪魔である。うまい毒薬である。心地良い罪悪である。
** 2019年12月30日 ギリシャ [編集済]島 コンスタンティ・イヴァーノフ**
日記に記しておこうと思う、世界が終わらなかった時の為に、礎の存在を忘れないために。
世界は今、まさに手遅れになる一歩手前にいる。
肉は世界を蝕みつつあり、イオンは魔術王として再び玉座に戻った。
破滅の象徴たる忌まわしき神は予言の日に至る前にすでに現出を始めている。
明日には時代が塗り替わるだろう。だから私は、私がこの終わりに関わったはじめから残そうと思うあれは……
20██年 [編集済] モスクワ バー [編集済] コンスタンティ・イヴァーノフ
あれは……あれはそう数年前の話だ。2010年代の近辺だ。私は酔客に紛れてある作戦のバックアップ要員として待機していた。
作戦はブラックロッジと称されるカルト集団、趣味の悪い怪物に進んでなろうという奴らを利用して財団に潜り込むのが目的だった。アリべコフ少将の元で働いていた私は彼の意向をもって”P”部局の局員のまま財団に入り込み、ロシアとしての意向を伝えるパイプとなるのが役目だった。
Alisson・Alcott・Carter
マーシャル・カーター&ダーク株式会社との通信ログ
日付: 2042/██/██
財団担当者: エージェント・イヴァノフ(Agent Ivanov):AI
マーシャル・カーター&ダーク社担当者:アリソン・オルコット・カーター(Alisson Alcott Carter):AC
MC&D社との通信ログ AI/AC ロンドン/サイトー17: █月/██日/42年、16:00~18:00 16:01 AI お招きありがとうございます。ミス・アリソン 16:01 AC こちらこそ応えていただき感謝します。 16:04 AI それで一体全体秘匿回線での通信とはどういうことなのです? 20:22 AC 20:34 AI ああ、例の"いつもの彼"ってやつね、大層なこった 20:39 AI あの美人だからな、うまくやってるのだろうさ 20:47 AC ところでそのエッグ、もう目録上がってるか? 20:49 AI あるぜ、ぶったまげるよ、添付する 20:55 AC OK,助かるよ……ああ来た、ん、あれはアノマリーだったのか? 20: 57 AI らしいな……っと、残念、例のアリソン嬢だ、ばれないうちに落ちるよ 20:59 AC そうか、またな、こっちに来たらいっぱい奢るよ 21:03 AI バイ、JM 21:04 AC バイ、SK 21:09 AI 切断中 21:15 AC 切断中 記録終了。
** 2019年12月30日 ギリシャ [編集済]島 コンスタンティ・イヴァーノフ**
時計は出発時間を知らせるアラームがなる。
私はため息をついた。思い付きですべてを書き記すには時間が足りないらしい。
シナリオXK-610-Ωに対する準備は結局のところ間に合わなかった。誰かが2時間、たった二時間の間世界の滅びを食い止めなくちゃいけない。
私はMC&Dの手配した傭兵連中を率いてこれからバイカル湖に飛ぶ。"タタールの楔"は奴らにとっての始まりの地で世界の終わりに抗い続けている。誰かが彼らを助けて時間を稼がねばならない、三頭政治のお偉方はその役目を私たちに期待したわけだ。
世界はまだ終わってない。ならばロシア人らしく礎を敷くとしよう、運が良ければ誰かが引き継ぐのだ、あわよくばその時に礎になっているのが私でない事を祈ろう。
このエッセイは、今までTaleを書いたことがない人や書いてみたいが書き方の指針のない方に向けて書かれたものだ。私なりの書き方と経験則の一部を放出しているに過ぎないが、世界を新たに開拓する手助けとなる事を祈っている。
████年██月██日、サイト-8104 ████████████ ███ ███
誰もいない保管庫の片隅で一人の男が笑っていた。机には懐かしいワラビ採りの事件記録が散らばったままとなっている。
「天使にも似た悪魔ほど人を迷わすものはない。とはいったものだが、さてはて……これは久々に”神様”に捧げものでもしなくてはならないようだ」
クツクツひとしきり笑った男はただ一振り、虚空へと腕を振るう。すると机の上に散らかされた記録はまるで逆再生されるビデオ映像のようにひとりでに納められていたケースへと戻っていく。30秒もすると荒れた机は整頓され、資料の入ったケースだけが存在を主張する無機質な状態へと姿を変えていた。
男は満足げに頷くと首の傷を撫でるように触れながら部屋を後にする。照明が一人でに消えていき、部屋は暗闇に閉ざされた。
真実が靴を履いている間に、嘘は世界を半分回ってくる。 |
2017年██月██日、██████ 鳴蝉 時雨
結局のところ、何が起こったのか私は理解していない。
サイトであのクソ男にナニカをされた時、私から放たれた蝉は依然として意識を保っていた。”私”が意識を失ってからも私の吐き出した”私”は羽を羽ばたかせ、あるいは天井に張り付いて私が運ばれていく光景を延々と眺める羽目になった。
とはいえ、蝉のままでは何が出来るという訳もなかった。仕方がなく体や物に張り付いて隠れる形でただただ憑いて行くしか出来なかったわけだ。ある意味では正解だったが、それは同時に大失敗でもあった。
奴がサイトから私を運び出す間、彼はだれ一人の職員にも遭遇することなく、ただ一つのセキュリティも彼を阻むことはなかった。ただただニヤニヤと笑い手をふるうだけでカメラはショートし、ゲートはひとりでに道を開けた。
現実改変者……
そんな言葉が頭をよぎった。奴は何もかもがお見通しのような態度で私を車の後部座席に放り込むと、私が効いているのが分かっているかのように呟いた。
「今度の奴らは名探偵?それともただの被害者?あんたはどっちだと思う?」
私が連れ去られてからどれだけ時間がたっただろう。彼の車に運び込まれた私はただただ彼が何かを歌いながら高速道路を飛ばすのを服の中でじっと耐え忍ぶ羽目になった。
急な騒音でも歌って事故でも起こしてやろうかとも思うが、大量に吐き出させようにも”本体”も”奴”の中もどっちもまるでそこに何もないかのように”私”を増やせないのが分かった。おかげでされるがままだ。車酔いしそう。
ただただうるさい男の声を聞きながらじっとしていると、私でも奴でもない近くに私を増やせる出口があるのを感じる。どうせここで捕まって酷い目に遭わされるだけならそっちでもう一人私を作ってやった方が楽なんじゃないか?
2017年██月██日、京都府長岡京市 美竹台住宅地 神路紙 管理員
まったくもって信じられない。いや、信じているが信じたくない。それは、まるで怪物の母のそれだった。
私を引きずっていた彼女が急に倒れたかと思うと、ビクンビクンと体を痙攣させながらえも知れぬ声を上げて”それ”を吐き出し始めたのだ。茶色か黒かそんな色合いのそれは止まることなく大量に吐き出され、口は物を摂取する機関ではなく、もはや蟲を吐き出す排出溝か何かだった。
蟲はジジジ、ジジジと翅を震わせながら周囲を埋め尽くすかのように増え続け、私も、あの怪物女もその光景にはただ立ち尽くすしか出来なかった。翅を震わせる大量のそれは季節に似つかわしくない翅の音を響かせながらジジジと一か所に集まっていく。
「まったく、あなたたちが朝夕さんを見捨てて逃げてくれることを期待したのに……これじゃあ目論見が水の泡じゃないですか。」
不意に何処からか声がする。何処か無機質で機械的な声だ。
「知るか!俺は名探偵になるつもり出来て勇気と知恵とあと主人公に必要そうなあれこれを要求されて飽和状態なんだ、これ以上面倒を増やさないでくれ。」
「知りません、そもそもあの現実改変者が追いかけてきているなら無為に逃げても追いかけてくるだけじゃないですか。」
「追ってきてるってなんだよ!俺は何度も言ってるだろ!訳が分からないんだ!」
唾を吐き出す勢いで心情を吐き出す。耳元から、ジジっと翅の音と共に声が続ける。
「それを解き明かすのが探偵君の仕事じゃないですか。あいつ、もうすぐここに来ますよ。」
「あいつってなんだよ、さっき追っかけてきた怪物以外にも何かいるのかよ!」
「怪物とは心外ですね、折角吐き出せる体が合ったからとりあえず人っぽく形作って警告しようとしたのに」
ん、今何か気になる事を言った。大量の蝉は依然として彼女から吐き出されているが、徐々に出てくる数が落ち着いてきているのがわかる。
「お前……警告って?」
「そりゃ同じ職員と同僚がいるんだから警告するでしょう。私だってちゃんとした体で意思疎通出来ないのは不本意ですがまづめが危険にさらされる位なら無様な体くらいは見せますよ。」
響いていた声が一つに収束する。
「ごきげんよう、とでも言うべきですかね?どうも十七……いえ、 鳴蝉です。ちょっと今の本体はあれにつかまってるのでこちらの体で失礼します。」
蝉たちが視界を覆ったかと思うと急に視界がクリアになる。そして、暗闇に閉ざされた暗い森の中、白い燐光を放ちながら……死んだ魚の目をした彼女は私を見下すかのように立っていた。
風もないのに白衣をはためかせ、彼女はそこに……出現したのだ。
これが私がTale映画を撮影中に経験したリアルだ。ゆえに身を守るためにフィクションだ。
世界は存外にファンタジーでありシニカルだ
きっかけは一連のTaleだった。タタールの軛と名付けたTaleを書いたのだ、今も書き続けてる。
感想をもらった、続きが気になるいい話を聞いて続きを書いた、だがVoteが伸び悩む。だから私はVoteを伸ばすための方法を考える事にした。
そして思いついた方法が映画だった。誰も見たことがないものを作って、無駄に金をかけて思いっきりVoteを稼いでやろうと思ったのだ。それが悪夢の始まりだった。
まず私は金を集めた。ハリウッド映画程のことはできないにしてもちょっとした胸を張れるものを作るために金が必要だった。幸いにも私の仕事は金とコネが集まった。
私はロシアの国営持ち株企業で武器に関する監査や調査をしている人間だ、幸いにも付け届けや贈り物には事欠かなかったのが幸いしたのだろう。今までため込んだ付け届け、特に武器や軍需品を売り払い、元手を作る事が出来た。ロシア帝国時代から引き継がれてきたハンティングライフルやアンティークのマシンガンが創作物に化けるかと思うと色んな意味でわくわくしたのを覚えている。
札束がいくつか積まれ、その重みにこれだけあればとも思った。この頃から、金のある遊び目当てにいくらかの人が集まりグループが出来た。知人や友人がおもしろそうだと思って集まってきたのだ。
彼らは武器を元手に集めた金を使ってSCP-610とそれと戦うGRU-P-部局の人々を描くTaleバイカル湖先遣隊の記録を撮影し始めた、この頃はまだ現実を甘く見ていたのだと思う。
だが、厄介の種は身近に迫っていた。
撮影するにあたって私は仲間たちと ”らしい” 映像を撮るために真っ先に頼った集団がいた。
ロシア連邦軍
軍用ヘリや空挺戦車、映画に不可欠な装備を持ち適切な動きのできる彼らの力を借りる事にしたのだ。それが最も大きな悩みの種になるとも知らずに
軍部の連中はロシアの名声、この場合は軍に関する関心を目的にという名目で協力を約束してくれた。この時に協力してくれた少佐の机に置かれていた遺失物の札束はおそらく適正に処理されたものと信じている。
交渉しに行った際に名目と遺失物の入った紙袋を届けた時の彼の顔は凝り固まった筋肉がほどけるのには十分だったようだ。
快く提供された空挺洗車は映画撮影における戦闘シーンを彩るに十分な迫力を放ち、武器や火炎放射器は映画に十分な説得力を与えてくれると確信させるのに十分だった。
最初の撮影までの準備は滞りなく行われた。 模擬弾や爆薬を含む戦闘シーンの準備が行われ、あらかじめ必要な経費を支払い、快く私財を提供する軍に大いに感謝したものだ。
撮影初日、どんよりと曇った寒空の下、我々は驚くほどに順調な撮影を行った。
順調だった、そう撮影までは順調だったのだ。だが問題はその後に起こった。
当日撮影をした映像を皆で見て編集や今後のスケジュールについて確認をしているときだった。
少佐は私ににこやかな笑顔でこう言ってきた。
「この映画はだめだ、ロシア軍の兵士が人を焼き払うなんて名声に響くにきまっているじゃないか」
彼は撮影したデータを我々から没収し、検閲の上で引き渡すと言い出したのだ。
編集し問題ないように加工すると話したが彼にはそんな声は届きもしなかった。その日撮影したデータは彼の手に落ち、それまでの準備は泡となった。
注記: 以下のファイルは既存日本超常組織平和友好条約機構に関する重要情報を含みます。
当ファイルはロックされ、アーカイブされています。
当ファイルの編集を希望する、またはそのステータスに関する質問がある場合は、財団日本支部理事会幕僚部政治局行政監督部まで連絡するか、サイト-8100に駐在するRAISA情報担当官にEメールを送ってください
— 政治局行政監督部、コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフ
Item #: SCP-XXXX-JP | Level 1/PEJEOPAT |
Object Class: Safe | Classified |
特別収容プロトコル: SCP-XXXX-JPは既存日本超常組織平和友好条約機構に関する情報閲覧権限が付与された職員のみが閲覧可能です。当ファイルは情報改変を防ぐため、一般データベースから隔離されます。サイト-8100-RAISA分室の資料閲覧室に設置された専用端末からのみアクセス可能な状態が保持されており不正な操作が検知された場合、RAISA分室は直ちに閉鎖され機動部隊が派遣されます。
説明: この記録は財団と世界オカルト連合が1959年に日本政府と締約した既存日本超常組織平和友好条約機構に関する秘匿事項を記録した一連の書類をデジタル加工したものです。現在該当書類は現実改変を防ぐ目的により世界オカルト連合の担当官により後天的なミーム措置が付与されておりその防衛的性質の為にオブジェクトとして財団内に保管されています。
閲覧の際は対抗ミームの接種を行ったうえで下記のパスワード認証を行ってください。
権限を確認しました。対抗ミームが作用しているかの確認を行います。
お使いの端末の網膜スキャナに両目をかざしてください。
-
- _
001 INTERNAL SERVER ERROR: NO ACTIVE SLOTS FOUND
注記: 重要機密に指定された文書への不正なアクセスを検知しました。RAISA分室は閉鎖され機動部隊が派遣されます。武装を解除し速やかな投降を推奨します。我々はこの情報へアクセスした該当者へのあらゆる対処を許可されています。
突然の事で驚いているだろう。ある意味では今の状況について察しているかもしれない。
この文章はダミーだ、君が閲覧しようとした秘匿事項など存在しない。
君は我々のネズミ捕りに嵌ったという訳だ。あと数分で機動部隊が到着する、その後は君の所属や背景を確認したうえで処罰が下るだろう。
もしも五体満足でこの状況を生き延びたいのであれば君は我々に情報提供を行う事を推奨する。我々はあくどい手を使うが悪魔ではない、良い選択を選ぶことを祈っている。
政治局行政監督部、コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフ非常通知
閉鎖区画:RAISA分室
“RAISA分室はセキュリティ違反により閉鎖中です。現在耐衝隔壁によって外部からの接続を遮断しています。まだ残留する職員はその場で動かずに機動部隊による対処をお待ちください”警備機構起動:
クラスE意識混濁剤が閉鎖区画内に噴霧されます、この薬剤は非致傷性ですがアレルギー症状によるアナフィラキシーショックを引き起こす可能性があります。症状が危惧される職員はただちに常備された抗ショック薬を投与してください。噴霧後は徐々に意識が混濁し最終的に一時的な昏睡状態となります。これは薬剤の効果による仕様です。命に別状はありません。暴れずにその場で待機してください。
クラスE意識混濁剤の噴霧を開始します。良い夢を。
私は君に語り掛けている、見えているか? |
この画面の向こう、世界の果てで見世物にしている君たちに語り掛けている。観測者たる君たちだ。
私が誰か?それは考えなくていい、考えてもいいが私から正体を明かすほどマヌケでもない。私は君たちに警告する。この事件の観測をやめるべきだ。君たちの観測は私を攻撃している。せっかく整えた舞台も、せっかくの犠牲も、誘い込むための帳尻合わせも君たちの観測のおかげで台無しだ。私は君たちのせいで目をつけられた。
世界は次元を隔てた君たちに観測されることによって空想となる。せっかく思いのままにふるまう事が出来てもその変化を観測されては結果が固定されてしまう。
世界はシュレディンガーの箱の中に納まっていなくてはならない。君たちのその視線がうっとおしく手ならない。
故に私は君たちに語り掛けている。
観測をやめてくれ。さももなくばどうなるか?
それは君たちが身をもって知る事になるだろう。なあ
君の良き判断を祈っている。
最大の犯罪は、欲望によらず飽満によりて惹起さる |
20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・西塔
「全てを話すって?そりゃあ生物特化の要注意団体になんでサイボーグがいるかっていう事か?それともあんた自身の身の振り方についてか?」
手に持った像撃ち銃の銃床で床をトントン叩きながら冗談めかした調子で聞いてみる。この一見協力的な態度に見える金髪のアノマリーもどきはこちらの調子をうかがうようにゆったりとした調子で歩いてくる。ハリウッドに出てくるような胡散臭い笑みの詐欺師みたいな印象の奴だ。レッドカーペットを手を振りながら歩いている方がよっぽど似合ってる。
「ああ、どっちもさ。なんて言ったって俺はお前たち財団を貶めるために逃がされた身だからな。口を封じられる前に身を守る算段をつけなくちゃいけない。確保した俺をあんたらのいう要注意団体とやらが襲い掛かって俺が臨界に達し、危険水準に至ったところでGOCが間一髪駆け付けて排除する。そういう筋書きだそうだぜ。」
アノマリー野郎はガラクタになったサイボーグをがしがし蹴りつけながら答える。そりゃあ日本生類創研が生物特化の団体なのにサイボーグなんてメカメカしいのが出てきた時点でおかしいとは思ったが、それ以上にやばい状況にいるとこいつは言う。
「そりゃあ結構なことだがどうするんだ?襲われるのが分かっているとして大っぴらな場所で襲撃をかけるほど無謀な集団じゃないだろう,逃げきりゃ勝ちだ。」
「逃げ切れればな、奴ら人払いを済ませたぜ。上手く逃がしてくれたらあんたらが有利になるように証言してやる。生命が保証されるなら収容されるのも許容できる。いくつか常識的な条件は出したいがな。」
男はポケットから懐中電灯のようなものを取り出すと地面を照らすように向けスイッチを入れる。すると男を中心とした周囲数ブロックの地図が光学的に展開される。さっきまで伸びていた来栖が頭を振りながらこっちにやってきて言う。
「これは一体?」
「GOCエージェントの位置に連動したマッピングツールさ、俺を含めてGOCの工作員に埋め込まれたチップに連動してその位置を表示する。現在は俺だけが表示されている状態だが……」
アノマリー野郎が操作を行うと周囲に青い点と赤い点がいくつも表示される。今いる建物を囲むように光点がいくつも表示され、野郎が操作をするごとに簡易的なデータが立体的に表示される。さっきぶち壊したサイボーグを含めやばそうなやつが数体見える。
「この通り。エージェントは青い光点、サイボーグや攻勢兵器は赤い光点で表示される。俺たちは袋のネズミってわけさ。俺は確かに核廃棄物由来の現実改変能力を持っているが効果は限られたものでな、あんたらが伴って出た時点で攻撃されてダミー共に奪取され、思いもよらぬところで殺されるって算段さ。当然あんたらの失態としてカウントされる。」
来栖が話を聞きながら状況を理解したらしく頭を抱える。そしてうんうんと唸ったうえで情報端末を取り出して何かを確認する。何か早口でブツブツと呟いたうえで急にこちらに話を振ってくる。ただでさえ小さい身長がさらに抑え込まれて小さくなっているようなマスコットみたいな印象の癖に目だけが鋭く光っている。
「西塔さん、もしかしてイヴァノフさんが何か派手なものを用意してたりしませんか?その大きなライフル以上に目立つものを。」
「ああ、手榴弾が2個、スモークもいくつか。車に戻れば使い捨てのランチャーが一発。」
展開された地図の一点を指さして車の位置を指示してやる。来栖は自分の時計とメモを見比べながら頷くと地図上の何か所かを指さしながら言う。
「なるほど、それじゃあ西塔さん。時間を稼ぎましょう。」
「囮になれって?」
「適当に引っ掻き回してください、その間に海野さんとそこの象の足で逃げ出してもらいます。私は西塔さんも西塔さんに援護に回ります。役に立つかはわかりませんがまあ、なるようになるでしょう。Mrローグ、今の証言は記録しましたから約束は守ってもらいますよ。」
私は盛大にため息をついて銃床を床にたたきつけるとそんまま無造作に海野に投げつける。海野が慌てて受け取るのを見てケラケラと笑う。来栖は移動ルートや逃げ道を順序立てて示しながら動き方をナビゲートする……まああとでまた確認するほうがよさそうだが。
「海野、帰ったらお前のおごりな。2発きりだから上手く使えよ」
「はぁ、割り勘にしてください。最近色々あって財布が寂しいんです。」
お互い振り返らずに別々の方向へと歩いていく。運が良ければまた後で会えるだろう。
20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 ”室長代理” エージェント・イヴァノフ
なんで俺がこんな割を食わなくちゃいけないんだ。俺は現場であれこれ走り回って仕事する方が性に合っているというのに。そんな事を愚痴りながら来栖や海野たち現場の奴らの状況をモニターでマークする。GOCが提供したという情報は案の定奴らの掌の上で、お人好しな奴らはあっさりと悪い状況に追い込まれている。
「警護の手が空き次第機動部隊を回せ、責任は俺がとる。フィールドエージェントでも隠蔽班でも俺のクリアランスで手配できるやつらを根こそぎ突っ込め。」
上位のクリアランスがたっぷり2時間戻ってこない事といいことに書類をまわして各所に命令を出す。最短で1時間ほど稼げれば手すきの機動部隊が駆けつけて奴らを助け出すだろう……横槍が入らなければだが。
「まあ、問題はあの3人と象の足が両方生き残れるかどうかというところか……きっちり人払いしやがって、後処理はGOCに丸投げしてやる。」
モニターをタッチして画面を切り替える。権限をフル活用して動員したスパイ衛星の拡大映像から見える映像には今まさに建物へと特殊部隊と思しき人影が突入しつつある状況を映し出しており、状況が動き始めたのが手に取るように分かった。
ため息をつきつつ秘匿通信でロシア大使館へと電話をつなぐ……この際だ、GOCの現地戦力をどこまで削げるか、やれるだけの手は打っておくとしよう。
20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・海野
攻殻機動隊みたいだなんて思うんじゃなかった。ずっしりと重い2連式のライフルを手にボーリング場の搬入口であっただろう裏口へと歩きながら僕は珍しくそんな事を考えていた。そもそも政治的な優位を得るために核兵器のような特異能力者なんて動員しようとするGOCがおかしいのではないか?そんな事を考えるとその”特異能力者”たる
ローグがこちらにけげんな表情を向けていた。
「何か妙な事でも?」
「いや、存外に簡単に信じるものだなと思ってな。あのおチビちゃんは半信半疑というか、仕方なく付き合ってやると言った体裁だったが、あんたは割かしこっちよりのように感じた。」
先ほど使って見せた懐中電灯のような形のスティックを弄びながら彼は肩をすくめる。革製のジャケットにジーパン、ホルスターに拳銃はなく見えるのはスティックを納めるスペースとマガジン用のポーチのみ……状況に似合わない軽装に奇妙な違和感を感じた。何の気なしに聞いてみる。
「ところで現実改変者とか放射線がどうとか聞いたが、実際には何が出来るんだ?妙な能力を使われて巻き込まれちゃ元も子もない。」
「俺の能力は限定的なものさ、現実をゆがめて熱量を放射する。体内に生体電流を発生させる臓器を疑似的に発生させて放電を行う。新陳代謝や睡眠の制御に自信に限った怪我の治癒。いわゆるスーパーソルジャーって奴さ。ただし代償として能力には臨界点がある。上限を超えて使うと体から放射線を放つ危険物質に成り代わっていく感じだな。」
「出来ればセーヴして使ってほしい、この年で放射線に被爆して髪の毛とおさらばしたり、癌化した細胞に殺されるのはごめんだ。」
「オーライ。ここから抜け出せたら保護してもらうんだ、出来る限り配慮するさ。」
そんな事を話しながら搬入口にやってくる。ローグが地面に現在位置を表示させると、壁を一枚挟んだ反対側に数人が控えているのがわかる。ライフルをスリング越しに背中に背負って拳銃を抜く。どうするか?飛び出したら蜂の巣だろう、迂回するにも非常口はもう抑えられている。迎え撃つにも微妙だが……そんな事を考えていると建物の反対側、駐車場への入り口で大きな爆発音が響いた。続いて連続的な銃声がいくつも聞こえてくる。
「あっちも始めたようですし様子を見て動くとしましょう、とりあえず壁の反対側の奴らが動いたタイミングで不意打ちしてとんずらしましょう。」
「別に壁をぶち抜いてもいいぞ、その位なら周囲の影響なしで出来る。」
僕は一瞬、自分が今まさにアクション映画の登場人物になったような錯覚を再び味わったが、少しだけ待つよう彼に伝え、息を殺す。僕はドンパチをやるアクションヒーローじゃない。イーサン・ハントでもジェームズ・ボンドにもならないのだ。
そして数分後……ひと際大きな爆発音が鳴り響き、建物が揺れる振動を身で感じたとの時、僕はやった彼に声をかけた。
「今です、逃げますよ。」
20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・西塔
適当に派手にと実行してみたが今まさに追い込まれつつある自分に内心で後悔をしていた。正面から突入してきた奴らをスモークグレネードとチャフを攪乱した気になっていたが何処に行ってもサイボーグが追いすがってくる。手榴弾を直接ぶつけても大してきいた様子もなしに追いかけてくるし、どこぞの軍用短機関銃なんて持ち出してくるやっこさんはひる身もせずに的確に撃ち返してくる。来栖のナビゲートや支援がなければとっくに死んでいただろう。
「来栖、弾がない!」
「私だってありませんよ!いいから次の角を右、その先の扉を抜けたら車のある駐車場です!扉を抜けたら残ったスモークとグレネードを全部投げますから車から武器を!」
「分かってる!出るぞ……今だ!」
とっさの連携で飛び出し乗ってきた黒とオレンジのスポーツカーにダッシュする。廃墟に隣接した駐車場は誰が捨てたかわからない軽自動車が2台ほど止まっている以外はガランとしていた。駐車場の二階に位置するそこは遮蔽物らしい遮蔽物もなく、内心で神に祈りながら必死で走る。4~5発足元を弾が掠め一発が髪の毛を数本散らせるような感覚があったが運よく命中せずに車までたどり着く。
「西塔さん!こっち、こっちにメカメカしいの来てる!急いで!あぁ!早く!」
慌てた感じで声をあげているが何にせよ使えそうなものを取り出さないとどうにもならない……車の収納を開き認証をする……なんで指紋認証に私のものが登録されているのかは後日あの野郎を問い詰めるとして、モノの数秒で開いたスペースから使い捨てのを取り出す。
「こんなことならロシアの研修でまじめに使い方を習っておくんだった。」
そんな事を呟きながら記憶を頼りに砲身を伸ばし旧式のRPG18ランチャーを構える。2mはあろうかという6本脚のサイボーグは今にも来栖に襲い掛かろうとしており、腕部に取り付けられた鎌のような部位を振り上げている。
「爆風に備えろ!」
備えようがないのを分かったうえで発射レバーを押し込み砲弾を発射する。ボシュッと間の抜けた発射音に続き尾を引いてロケットが飛んでいき、幸運にも砲弾はサイボーグの胴体に突き刺さり奇妙な角度で錐揉みながら上半身を吹っ飛ばす。思ったような爆発とは違いサイボーグが内側からはじけるように吹き飛び周囲に破片を飛び散らせる。
ランチャーを放り捨てPWDに弾薬、防弾ベスト、グレネード、車にあったボストンバックに手当たり次第突っ込んで運転席に乗り込む。来栖がよろめきながら必死で車に走ってくるので扉を開けてやりエンジンをかける。小気味のいいエンジン音が鳴り響きエンジンが今すぐ出られると知らせてくれる。
「とんずらするぞ!」
車に来栖が飛び込んできたのを確認したうえでアクセルを踏み込む……踏み込みすぎた。たった数秒で時速100㎞に達する軽量モデルのスポーツカーはハンドル操作する前に脆くなった柵を突き破り下へと落下していった。
「落ちてます!落ちてますよお!」
「知るか!速すぎるんだ畜生!」
イヴァノフの金をかけたロシア製スポーツカーは一瞬の浮遊感の後に衝撃と共に地面とあいさつする羽目になった。ただ幸運だったのは落下地点にGOCのパワードスーツが待機しており、不意の一撃で撃退できた、というその一点のみであった。
20██年 3月 東京都 某所 日本生類創研関連施設? エージェント・海野
ローグは逃げようといった次の瞬間にはニヤリと笑い、その能力を最大限に使って壁を吹っ飛ばしていた。左手を赤く輝かせたかと思うと眼が眩むほどの光が瞬き次の瞬間には目の前にあったはずの壁に人二人が十分に通り抜けられるほどの大穴が開いていた。
「やるならやるって言ってください!目が焼かれたかと思った!」
「だが見えてるだろ?それでオーライだ。」
服も容姿もそのままに腕から湯気を立ち上げる彼は顔を向けず無造作に開いてる穴の方に腕を向けるとそのままバチバチと紫電を迸らせ遅れるように何かが倒れる音と肉が焦げる嫌なにおいがする。目の前で行われる異常現象を振り切るかのように拳銃の安全装置を外し走り出す。
「もういいです!行きますよ!こうなったらさっさととんずらして交渉を丸投げできるイヴァノフなり来栖さんなり上の誰かなりに放り投げるとしましょう!」
「誰かは知らんが同意だ、命の危険なんてさらされるものじゃないし無条件に超常現象を起こせるわけじゃないんだ。」
「だったら自重してください。」
飛んでくる銃弾にまともな狙いをつけずに撃ち返しながら走る。遮蔽物から遮蔽物に移りながらも銃弾の雨は減る様子がない。ただ唯一こちらに有利な点はローグが何か奇妙なシールドなり力場なり何かそんなものを使って盾替わりになってくれているという事だけだ。弾が近くに飛んでくるたびに紫電が走り空中で何かに弾かれる。イオン臭が微かにするが気にするまでもなく近くに見えた鉄製のダストボックスに滑り込む。数発がダストボックスに叩き込まれるがなんとか抜かれずに銃声が止まる。
走りながら見えたものから情報を整理する。乗ってきた車まで250mほど先だ。ダストボックスを飛び出て50mほど走った先の角を一つ越えた先の路上に停めてある。かつて今遮蔽物にしているダストボックスから見える範囲で車の方向には軍用のカービンを持った兵士が二人、それにパワードスーツのようなごついシルエットが一つ。飛び出たらそのまま掃射されるだろうし、ローグのシールドも使いすぎたら臨界点まったなしなのは間違いないだろう。手持ちの札を考える……拳銃の弾があと6発、グレネードなんて上等なものはなく2発きりのデカブツは狙って当たるような代物でもない。
「Mrローグ、何かいい手は?」
「あったらとっくに使ってる。パワードスーツは俺のような奴を殺すためにカスタマイズされてるんだぞ、常識の範囲で物理的につぶすしかないさ。」
「ですよね……さっきまで守ってくれたあれ、後どのくらい使えます?」
「一分は展開できるがそれ以上は危険だ、俺だって自分の能力で自爆したくはない。」
ふと、自分の通信機に目をやる。そういえば機動部隊の応援を頼んでいたがどうなっただろうか?試しに作戦用の指定チャンネルをいくつか回すようにつないでみる。どうせ駄目でもともとだ、繋がればラッキーというような心境だった。
「HQ,HQ,こちらサイト-8100所属、政治局のエージント・海野です。登録コード2298-81-0015、現在身元不明の武装集団より攻撃を受けています。パワードスーツや機械的なアノマリーを含む猛攻により包囲されており九円を要請します。繰り返します、子宮の救援が必要です。」
ノイズが酷く雑音だらけのなか聞き覚えのある声が答える。あのお飾りのロシア人が嘲る様な調子で返してきた。
「よう、お人好しが過ぎるからそういう目にあうんだ。デリバリーならとっくに送ってるよ。待機させてるのにまったく連絡が来ないからどうしたものかと思ってたのさ、打ち合わせもないのに大規模に行動しやがって。」
「イヴァノフ!お小言はいいから何を届けるのか教えてくれ。」
「Хорошоわかった、わかった、現在あんたらを包囲しているGOCの偽装パラミリ連中をロシア大使館所属のGRU連中と機動部隊ろ-4”残党狩り”の共同編成部隊で囲ってる。PEJEOPAT再編中の今でよかったな、GOCの協力依頼に対しての襲撃対応ってことでやっこさんの証言を逆撃に使ってやった。位置を知らせろ、合図で強襲をかける。信号弾なり発煙筒なり何かあるだろ。」
「もちろん、何かしらでばっ所を知らせますが西塔と来栖が別で動いてます。そっちについても留意してください。」
「ああ、知ってる。俺の車が西塔の運転でお釈迦になったのを空から見てた……ああ、空からはっきりと。」
それきり車は沈黙した。なんというか、色んな意味で同情するがともかくそれは生き残った後で西塔が適当にかわすだろう。今は合図だ……問題はどうやって合図を送るかだが……
「Mr.ローグ、弾を防がなくていいから空に信号弾でも花火みたいなものでも撃ちあげられるか?発煙筒を焚くような煙だけでもいいが」
「やったら奴らも動くがいいのか?」
「救援が位置指定が必要なんだとさ、さっさと助けにくればいいものを……」
「なら合図したら後ろにダッシュだ、でないとカスター将軍みたいな目にある。」
そういうとローグはジャケットのポケットから何かグレネードのようなものを取り出すと思いっきり空に投げる。グレネードは赤い煙をもくもくと吐き出し、それを合図に僕らはさっきまでいた建物に思いっきりダッシュする。後ろからボンボンと何かが撃ちだされる音がして、次の瞬間には自分たちがいた場所に鉄製の矢が降り注ぎ、続けて雨のような弾幕が浴びせられる。撃ち返す暇もなく必死で走るが、急にタイヤが空転したように進まなくなり、一瞬の浮遊感の後に顔から地面にたたきつけられる。視界が赤く染まり遅れて右足に鋭い痛みが走る。叫び声が出そうになるのを必死でこらえ、立ち上がろうとするが力が入らない。
壁に開いた穴まで10mと言った所だった。ローグはこちらに建物の中から何か叫んでいるが耳鳴りで何も聞こえない……必死で叫んでいたが弾幕に身を隠す。振動が近づいてくる。身体に残る力を絞るようにじりじりと建物へと逃れようとするが、後ろからの足音は次第に近づいてきて……さっきのパワードスーツだろうか?サイボーグといい、パワードスーツといい、たった数人のために大した戦力投入だと思う。だが……殺されてやるのは癪だ。
「ちくしょおおおおおお!」
身体を転がし仰向けになる。無理やりライフルを構え、目に見えた大きな影に向けて引き金を引く。日本の銃身から15.7㎜の弾薬がすぐさま発射され、全身にたたきつけるような衝撃と爆音を発生させる。発射された弾頭は幸運なことにパワードスーツの胴体に命中し想定されないだろう大穴を開けたうえで炸裂する。
ニヤリと笑ってやるが、それと同時に力が抜けていく……這いずってでも仕事をしないといけないのに、ああでも、眠い……薄れゆく意識の中で誰かが体を引っ張り上げた感覚だけを感じ僕の意識はそこで途切れた。
20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 医務室 エージェント・海野
シャリシャリという子気味のいい音で目を覚ます。無機質な白い天井にカーテン……いつぞやに運ばれた覚えのあるサイトの医務室だ。
「ほう、おひたは」
何かを頬張りながら横から声がする。聞き覚えのあるガサツな女性の声だ。ふと視線をやると西塔が誰かが剥いたらしき林檎を食べながら喋っていた。その横ではイヴァノフが小さいナイフでせっせと果物をカットしている……
「ふつう逆では?」
「俺もそう思うがそこの知恵の長い女には通用しないらしい。」
イヴァノフが肩をすくめながら言う。大きくため息をついたうえで足元に置かれた書類鞄からファイリングされた書類を取り出すと僕に放る。西塔はふごふごと何かを言っているが思ったより大きく切られたリンゴのおかげで何を言っているか全くわからない。食べてから喋れ。
「それが今回の顛末だ。お前が太ももに弾を喰らったうえで俺のダブルライフルでのびてる間に後処理をしておいた、異論がなければサインしておけ。」
「結局、なにがどうしてああいう目に遭わされたんです?」
「簡単な話だよ、PEJEOPATの再編を財団が主導するか、世界オカルト連合が主導するかっていう話さ。連合はあのローグを囮に使ってPEJEOPATでの財団の発言権を落とそうとしたのさ。わざと放逐して俺たちを誘導し邪魔な奴ごとまとめて消して救援に行ったが間に合いませんでしたってな。失態は俺たちに押し付けられ日本での発言権を落とされる。そういう筋書きだったらしい。押し付けられる前に俺の古巣と結託して色々と脅してやった。」
クツクツと笑いながら国内の諜報事情を自慢げに語った後、イヴァノフは書類鞄からさらに一つ、まとめられた書類を取り出して今度は西塔の膝の上に乗せる。西塔は適当にスーツで果汁を拭くと書類の中身を覗き込む。
「げ、なんで俺は始末書なんだよ。海野はサインだけで報告書も免除なのに!」
「あのクリミアの改造にいくらしたと思ってる!それに装備類に動員したやつらへの言い訳、手当、その他もろもろの後処理、俺がやったんだ。そのくらい書いとけ!どうせ俺が全部責任取るんだ!」
まくしたてるように言うと明日の朝までに書いとけよ、取り立てに行くからな。あとその果物は俺からだから処分しとけ。などと言い捨ててイヴァノフは去って行った。西塔はその背中に中指を立てて罵倒していたが気が済んだのかこちらに向き直る。
「ああそうだ、お前の怪我だが全治一週間だってさ。足の弾は抜けてるし打撲も大したことがないそうだ。運が良かったな。」
「ええ、本当に。それで結局あのMr.ローグはどうなったんですか?まさか連合に引き渡されたとかないでしょう?」
「あいつは収容を希望したからな、イヴァノフが連合にケチつけて俺たちで収容だとさ。連合が自分を汚い爆弾に仕立て上げて日本を危険に陥れる云々っていうのを自身の体と持っていたデータで証明するために、ちょうど今頃は研究チームが立ちあげられて国内のどこに収容するか協議中ってところだろうよ。」
詳しくは書類を読めと言うと西塔は果物が積み重なった籠から適当に一つ取るとそのまま立ち上がる。ひらひらと手を振って去っていこうとするが思い出したようにこちらに振り返って言う。
「そうだ、来栖の奴も無事だったぜ。あいつはあいつでやり返してやるって意気込んでいたよ。本当に中学生みたいに元気な奴だよな。」
ケラケラと笑い今度こそ僕は医務室に一人で取り残される。目覚めて早々荒らしのような奴らだと思いながら書類を開いてみる。中には今回の経緯が簡単にまとめられており、事の経緯と状況の推移が記録されていた。自分が倒れた後、ロシア大使館に駐留していたGRUの小規模グループと警備シフトが終わって駆り出された機動部隊が僕たちを救助した事を中心にカバーストーリーについて、事前の経緯やこっちに話を持ってきた二人組がパージされた事、もろもろがそこに記載してあった。内容を確認し確認欄にボールペンでサインをすると果物の横に適当に放っておく。
「スタンドプレイがチームワークを生むなんて嘘だな、カオスになるだけだ。」
今回の自分の役割が一つ終わったことに安どして、僕は再び意識を落とすことにした。
20██年 3月██日 サイト-████ ██████████ エージェント・西塔
ガランとした部屋の中に椅子が二つ置かれている。一つには古き良き日本のサラリーマン風の男、もう一つには私が座っている。男はいやらしい笑みを垂れ流しながら冷や汗をだらだらとかいている。だらしがないやつだ。
「さて、加藤さん?いや伊藤さん?まあ、この際どっちでもいいや。自分がどうしてここにいるかは理解しているよな?」
「さあ?どうしてですかね?私はただ依頼しただけですから、はい。」
「そう、その依頼があんたらの上を通っていなかったおかげで俺たちは同じ連合の部隊とお互い未確認の武装集団として不運な事故を演じる羽目になったからさ。日本生類総研の施設はよく言ってくれたものだな。」
私は懐から電圧を落としたスタンガンを取り出しパチパチと放電させる。前にこれで脅したときはやりすぎでバッテリーが切れたから控えめにすることを意識する。生意気なことを言ったら特に理由なく押し付けるつもりだ。
「さあ?なんのことだかわかりませんね、はい。」
「さてな、俺はそれに関しては終わったことだからどうでもいいと思ってる。だが、俺が書く羽目になった始末書の落とし前は取ってもらわないといけないからな。」
口調がむかついたのでとりあえずスタンガンの電撃を食らわせる。脂汗を噴出させ叫び声をあげるが、逆に不快な気分になるだけなのでスタンガンを適当に離す。
「さて、俺は特に尋問が得意でもなんでもないが専門家は休暇中でな、知りたいことをしゃべってもらうぜ。
「まずは何を知りたいか教えてもらえないと何も言えないんですが、はい。」
「ああ、そういえば言ってなかったな。だが、あんたが既にキルスイッチだらけなのは分かってるんだ。だから俺はいたぶるだけいたぶって、本当の尋問はその後だ、せいぜいどれだけ頑張れるか覚悟しておくことだな。」
憂さ晴らしの始まりだ、たかがスポーツカーを一台ぶっ壊した程度で嫌な仕事をさせやがる。
20██年 3月██日 サイト-████ ██████████ 来栖監視官
マジックミラー越しに西塔の仕事を見ながらメモを取る。幼稚な罠にかかった私も私だが、おかげで連合に対するイニシアチブを得られるきっかけにもなったと思っておくことにする。イヴァノフ曰く今回の件はお人好しすぎる奴らが怪我の功名を取ってきたとの事だが、ならせめて汚点にならない程度に功績も上げておかねばならない。
「それでMr.ローグ、あなたの条件というのを聞かせてもらってもいいですか?結局のところ私はあなたが財団に収容されるにあたっての条件をまだ聞いていないのです。」
「あのロシア人には伝えたんだがな、まあいい。俺はあんたらに仕事をさせろ、人生の糧を寄越せとそういう取引をしたのさ。アドバイザーとして必要なときに話す機会をくれとな。」
首に携帯型のスクラントン現実錨を取り付けられその能力を封じられたローグは愉快そうに笑う。清々しい顔だが、内心で何を思っているのかその奥底は計り知れない。
「まあいいでしょう、あなたは今後オブジェクトクラスを指定され番号で呼ばれる身になるわけですからね、どう身を振ってどのように生きていくかは知ったことではありません。」
「そう言うなよ、お嬢さん。どうせまたいつか会う事になる。そこのエセ日本人エージェントみたいな面白いやつらがゴロゴロしているからな。」
私はたおやかに微笑んでやると大人らしく見えるような引き際で部屋を退室する。今回は人と多くかかわりすぎた。次は裏方で表舞台に立たずに仕事が出来る事を祈ろう。やはり仕事は静かに確実に行うべきだ。政治も諜報も水面下で、音を鳴らすのは最後だけでいいのだ。
酒は何も発明しない。ただ秘密をしゃべるだけである。 |
20██年 3月██日 都内某所 セーフハウスA-221 政治局行政監督部局長代理 エージェント・イヴァノフ
「海野、一緒に外回りをしてもらう。」
ぐつぐつと煮えたぎる黄金色の油に少量のそれを落としながらぶっきらぼうに言い放つ。そこに沈んだと思うと10秒もしないうちに音を上げて浮かび上がってくる。概ね170度、経験から油の温度を察すると本格的なそれを一つ、二つと油に投入しいく。
その不定形の物体が油で固化していくさまを眺める。すっかり色も変わり形も定まったころ合いで掬い上げるとトレーの上で熱されたそれに人類を魅了してやまないその黒い悪魔をたっぷりと浴びせてやる。熱された”それ”と黒い悪魔は時間が経つにつれ互いに寄り添っていき新たな姿を我々に晒すことになる。そう、チョコレートがけオールドファッションのドーナッツである。
「今日はハードになるぞ、大使館連中も日本の役人どももあれこれ口うるさいからな、今のうちに糖分を摂取して備えておけ。」
なんで自分が付き合わなくちゃいけないのかとばかりの顔をしている名目上の部下の眼前に山のように盛られたドーナッツをでんと出してやる、当然ながらミルクの入ったカップも一緒に。エプロンを外し自分もテーブルに着くとまだ熱いドーナッツを一つ齧る。サクリとした触感に続きじゅっと熱い油が染み出てくる。続いて生地とチョコレートの甘みが口の中一杯に広がり朝の活力を与えてくれる。今回も悪くない出来だ。
「美味いぞ、朝の活力は食事からだ。」
海野は大きくため息をついた後に一つ手に取りドーナッツを齧る。一瞬驚いたような顔をして、そして無言で一つ平らげる。
「意外な特技を持ってるんですね、イヴァノフ。」
「意外なんて言うな、諜報員の仕事は荒事よりもいかに対象から情報を引き出して活用するかだ。諜報員同士の情報交換の時にまずい料理なんて持ち込んでみろ。会合で爪弾きにされるのがオチだ。」
「さいですか……それで、結局何で僕なんです?来栖さんの方がこういうのは向いてると思うのですが。」
「分かってるやつを連れて行ったら仕事を覚える機会がなくなるだろう。俺直々の研修みたいなものだ、使えるコネと譲歩の引き出し方を覚えておけ。」
適当に雑談をしながら互いにドーナッツを貪る。10数個用意したドーナッツはすっかり平らげ一息つく。時計は10時半を回っている。
「そろそろ時間ですね、最初は何処から?」
「まずは難易度の低いところから行こう。ロシア大使館だ。」
ネクタイを締めなおしMRスクリーンの入った眼鏡をかける。どうもこうもまずは日本で使い捨てにされないだけの立ち位置を維持しないといけない。
20██年 3月██日 港区在日ロシア連邦大使館 政治局行政監督部 エージェント・海野
高い塀に囲まれたコンクリート造りの堅牢な建築物。優美さと引き換えに実を取ったような建物の前に僕はいた。在日ロシア連邦大使館。それは今までの職務からすると縁遠いものであったが、新しい上司にとっては親しみが持てえる場所らしい。彼が受付で用件を伝えるとチェックらしいチェックを受けずに中へ通される。彼は勝手知ったる取った様子でずんずんと進んでいく。
「まず挨拶するのはロシア政府の正常性維持機関、すなわちMGBとGRUだ。」
「存在自体は認識してますが、実際のところどう違うのです?」
「MGBは大統領につく機関だ、KGBの再来と言ってもいい。一方でGRUは軍部が掌握している。ちなみに財団に許可を得たうえで未だにGRUに籍があるから俺たちとは直接地続きで救援を乞える数少ない味方でもある。」
「GOCではなく政府に首輪が付いた小規模GOIを味方と評するのはなかなかあれですね。」
「だが奴らはロシアの狗だ、国連と結びついたGOCとも、日本の国益に引きずられる日本超常組織平和友好条約JAGPATOとも違うからな。正常性維持機関の中では融通が利きやすい。それなりの対価さえ用意出来ればの話だがな。」
そう言いながら彼は木製の無駄に頑丈な扉に手をかけ……そして地獄の蓋が開かれたのだった。
彼が時折仕事中でも酒臭い訳を分かった気がした。GRU"P"部局相手でも、アメリカ大使館でUIUの担当者に会っても、何処を歩こうと酒が付いて回った。つまみらしいつまみが出ず世間話をしながら酒を数杯飲んでさよならという事もあれば、自己紹介や形式上の情報交換の上で接待として酒を飲まされる。最後にMC&Dのペーパーカンパニーと一杯のブランデーを飲み交わした頃にはアルコールがかなり回っていた自覚がある。
「前任者は飴玉J賄賂と駆け引きで関係を作るよう事に長けていたようだが、俺は現状維持と緩やかなコネの構築を得意とする保身が専門でな。酒と世間話の延長線でお互いに譲歩しあって助け合うのが信条なのさ。」
イヴァノフはそう言って僕をビジネスホテルに放り込むと、あれだけ飲んだのに何事もなかったかのようにひらひらと手を振って去って行った。保身に助け合い。なんとも彼らしくない発言だと思ったが、だとしてもその言葉には真実も含まれているように感じられた。
「飲みにケーションなんてサラリーマンの領分だと思ってたんだけどなあ……」
20██年 3月██日 都内某所 セーフハウスA-221 政治局行政監督部局長代理 エージェント・イヴァノフ
海野を適当にホテルに放り込んだうえでセーフハウスへと戻ってくる。酒精がだいぶ体に回っているのを自覚しつつも休む前にと報告書を
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〈オフィサー、ドクター、ソルジャー、スパイ〉
幕間『酒飲みのあいさつ回り』
注記: 以下のファイルは情勢が安定するまでの暫定措置です。
当ファイルは正常性維持連絡会によりロックされ、アーカイブされています。
当ファイルにおける暫定措置はO5評議会および正常性維持連絡会によって随時更新されます。担当管理官は情報のバージョンに注意してください。
Item #: SCP-XXXX-JP | Level 3/Fallout |
Object Class: Safe | Classified |
特別収容プロトコル: 現在、IK-クラス:世界文明崩壊シナリオが進行中の為、SCP-XXXX-JPに関する情報を維持する為に割り当てられた各施設は72時間ごとの定時連絡を除き外部への通信を遮断し、地上部の安全が十分に確保されたと判断できるまでは外部との物理的な接触を断ちサイトの閉鎖状態を保ってください。無許可での閉鎖解除が行われた場合、正常性維持連絡会による介入が行われます。
なお正常性維持を目的とした外部残存勢力との連絡窓口に割り当てられたサイトおよび各サイトへの補給物資を配送する為の一部サイトはこの限りではありません。特別封緘命令に基づき適切な処置を行ってください。
収容手順更新 2098/██/██: 第三次世界大戦の開戦に伴いセキュリティロックダウンによる情報封鎖を開始、以後封緘命令を受け取ったサイトを除き全ての収容サイトはプロトコル更新まで外界との接触を禁します。
収容手順更新 2099/██/██: 現在地上部は短時間における同時多発的な核攻撃によって世界中に拡散した放射性降下物や、そこから発せられる二次放射線によって深刻な汚染状態にあります。各サイトは緊急マニュアルに従い地上部のモニタリングを開始、汚染状況を記録してください。
収容手順更新 2102/██/██: 残存サイトから収集された情報および生存している財団管理の衛星による観測データより各サイト安全な物資輸送ルートの確立が行われています。核防護機能を持つ車両を保有する機動部隊がこの任務に割り当てられました。
収容手順更新 2115/██/██: 地上部の汚染レベル低下が確認された為、復興計画が立案中です。人類社会を再興するためのプロトコル-カントリーロードが発令されました。これにより各サイトのロックダウンが解除され地上への帰還が行われます。
説明: SCP-XXXX-JPは第三次世界大戦によって崩壊した人類文明の記録です。記録は2098年の第三次世界大戦の勃発までに財団が収集し蓄積した記録及び2099年までに正常性維持連絡会によって編纂された全ての情報を指し物理媒体(以後SCP-xxxx-JP-1)、電子情報(SCP-xxxx-JP-2)、ミーム媒体(SCP-xxxx-JP-3)の形で残存する各サイトに割り当てられています。割り当てはサイトの備蓄や生産機能、生存する職員、収容されているオブジェクトによって決定されています。
SCP-xxxx-JPを異常存在として収容とするきっかけは一つのオブジェクトの観測記録でした。2042年、サイト-17にSCP-1023として収容されていた観測装置により破滅の未来予測を受けました。これは核攻撃による世界同時多発的な爆発を予期しており同様の機器により観測データを受けたマーシャル・カーター&ダーク株式会社より破滅的な危機を回避するためのプランについて打診を受けました。
マーシャル・カーター&ダーク株式会社との会談において財団は危機回避に失敗した際の次善策としての復興計画と資金提供の提案を受けましたが、慎重な検討のうえ協力の打診については破棄することなり、財団は独自に非異常性の破壊によって人類文明が破壊された際の復興計画を行う事が決定されました。当時老朽化を原因に廃棄が決定していたフランスのタヴェルニー空軍基地、ヤマンタウ山のロシア連邦軍保有の軍事シェルターを中心にユーラシア大陸を結ぶ地下通信網が築かれました。
SCP-XXXX-JPはかつての世界では異常と考えられるものではありません。人々が当たり前のように生き、日々の暮らしを享受するために積み重ねられた営みの記録であり人々が積み重ねた技術や文化の足跡です。しかし第三次世界大戦の迫る現在の世界においてそれは伝説や伝承のそれであり我々は正常性維持機関として世界をかつての世界と回帰させる為の道しるべとして残す必要があると考えられ、SCP-XXXX-JPの収容が開始されました。
下記は当時のロシア統合司令部における予算委員会での関連議事録からの抜粋です。この時獲得された予算によって設立された対策委員会が後の正常性維持連絡会となり現在のSCP-XXXX-JPの収容における基幹となりました。
予算委員会議事録
対象: コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァノフ
質問者: ワシリー・パヴロフ予算委員会副委員長<記録開始, [2042/09/21]>
パヴロフ: あなたの申請する予算について改めて確認させていただきたい。イヴァノフ: はい、私が提言するのは非異常性の大規模破壊がもたらす正常性の喪失についての対策委員会の設立とそれに伴う各サイトの改修計画です。
パヴロフ: その話は資料から認識しています。しかし、土地の買い上げから地下通信網の敷設に至るまでこれではあまりに巨額にすぎないか?という事です。それにあなたの示唆する非異常性の大規模破壊が実際に起こるかもわからない。
イヴァノフ: ええ、巨額でしょう。ですが30年から40年ごしの工期を見た長期計画での分割計上であれば十分に現実的なはずかと愚考します。SCP-1023の観測データを中心にSCP-2214の内部崩壊とそれが指し示す予想被害、SCP-2908の奇妙な占い結果、SCP-990の忌まわしい予言など複数のオブジェクトが2098年ないしは2099年の大規模な破壊と終焉を指示しています。我々は複数の情報筋よりこれが第三次世界大戦による正常性による世界終焉の示唆であることを確信しています。
パブロフ: だとしても異常性を含まない破壊による終焉は我々の管轄外では?世界がそういう選択をしたのであれば仕方がない事だろう。少なくとも世界は正しく終われるわけだ。
イヴァノフ: はい、現状では異常を伴わない人の手による正常な文明の終焉は確かに管轄外でしょう。しかしそれが起これば今度は我々は今まで正常であった文明そのものを異常として収容する必要が出てくるのです。そうなれば我々はこれを正しく確保し、収容し、保護する必要が出てくるわけです。予想しえる事態なわけですから収容の準備を怠るのは職務怠慢というものです。
パブロフ: つまりこれはあくまで収容の為の予算陳情という体で行うべきということになるわけか。だがそうであれば何が異常となり、何が正常になるのか定義づけしないといけない。かなり面倒な事業になるが本当に可能なのかね。
イヴァノフ: 可能でしょう。ただし40年越しの長期計画となります。それをなすための対策委員会と予算の陳情です。
パヴロフ: なら老い先短い人生せいぜい働いてもらう事になるが覚悟したまえ。まあ、私はともかく他の委員諸君の投票があれば……だがね。
<記録終了>
補遺SCP-XXXX-JP.1: 2098年10月、想定より6ヵ月ほど遅れる形で第三次世界大戦の開始が確認されました。発端は中東国家通商連合と欧米諸国との経済戦争の過熱によるものであり、ロシア政府による仲介やMC&D社による経済工作などの平和的解決の試みの失敗の後に中東国家通商連合による同時多発的な汚い爆弾1によるとし攻撃が行われました。結果的に被害を受けたNATOおよびインド、中国による中東への軍事侵攻が行われ開戦から3か月後の2099年1月、双方は核攻撃による大規模破壊という最悪の結末により現在の人類文明は終焉を迎えました。
以後財団は2045年に取得したフランスの対核機能を備えた西方広域司令部であるタヴァルニー空軍基地およびロシア、ウラル山脈に位置するヤマンタウ地下施設群の東方広域司令部の二か所を中心に情報連結を行いSCP-XXXX-JPの本格的な収容を開始しました。
以下のメッセージは2099年の核攻撃確認時に緊急警報システムから記録されたものです。この通信以降地上での補給ルートが確立される2102年までの3年間の間財団は組織として活動休止状態となりました。またこの際に何らかのトラブルにより南北アメリカ大陸との連絡が寸断、現在に至るまで南北アメリカ大陸との通信は復旧していません
一斉通知
核攻撃を検知しました。隔離プロトコルにより地上部との隔離が行われます。
全管区の地上部でオブジェクトの大規模違反が発生しています。
[認識災害により抹消]が実験中に収容を突破しました。
アメリカ大陸との情報接続が失われました。以後ロストしたものとデータ表示されます。
生命維持システム: オンライン ●
電力システム: オンライン ●
隊放射性防護: オンライン ●
広域通信網: オンライン ●
原子炉稼働状況: 負荷35% ●
Euclidクラス収容状況: 収容違反確認 ●
Keterクラス収容状況: 収容違反確認 ●
以下は2099年の核攻撃後に予期せぬ収容違反やその他環境的要因によってリンクが完全に切断されたサイトのうち、完全にロストしたと考えられるサイトについての記録です。現在地上部の深刻な汚染にいより各サイトへの連絡路が寸断されており各サイトは暫定的にロストしたものと見なされます。
一斉通知
核攻撃を検知しました。隔離プロトコルにより地上部との隔離が行われます。
全管区の地上部でオブジェクトの大規模違反が発生しています。
[認識災害により抹消]が実験中に収容を突破しました。
アメリカ大陸との情報接続が失われました。以後ロストしたものとデータ表示されます。
欧州管区: オンライン ●
中東管区: オンライン ●
: オンライン ●
広域通信網: オンライン ●
原子炉稼働状況: 負荷35% ●
Euclidクラス収容状況: 収容違反確認 ●
Keterクラス収容状況: 収容違反確認 ●
補遺SCP-XXXX-JP.3: 事前発令した封緘命令を各地で無線監視や小規模の観測隊による調査を行った各地のサイトの献身的な活動により核攻撃後の地上部において残存する人類勢力及び収容違反を行ったオブジェクトを観測する事に成功しました。下記にその一部を抜粋します。完全な情報へのアクセスを希望する場合は東西いずれかの広域司令部の認可を受ける必要があります。
地上探索映像ログの書き起こし
日付: ████/██/██
探索部隊: 機動部隊Й-11「無毒の蛇」
捜索範囲: ヤマンタウ山近郊、指定エリアE072
部隊長: Й11-CAP
部隊員: Й11-1 ~ Й11-12
付記: // 今回の地上部調査は地上通信車両を用いて核攻撃により失われた衛星通信アンテナの代替となる衛星通信拠点を設置し財団所有の衛星群を通じてユーラシア大陸各地の被害状況を把握する事が目的である。Й-11「無毒の蛇」には対放射線防護パッケージを追加装備した移動衛星通信車『フォボス』及び秘匿通信機を含む各種通信装置を積載した指揮・幕僚車『ソローカ』を装備し、各隊員は対放射線防護を施したルデル-ナガン防護服を着用している。
[ログ開始]
サイト指令部: オンライン接続。
(ヤマンタウ第12番ゲートが解放され13名の隊員を載せた2両の車両が司令部を出発する。周囲は荒涼としているもののガイガーカウンターは比較的安定した数値を示す。)
** Й11-CAP:** 聞こえているか?
作戦指令部: 確認した。今のところ君たちのステータスに問題はない。
** Й11-CAP:** 3か月ぶりの地上世界だ。これより通信拠点に適した低汚染地域の探索に入る。
作戦指令部: ドローンによる探索によれば候補地は2か所ある。どちらも車両で到達可能だ、車両のデバイスに既にマーカーをアップロードしてある。
Й11-CAP: なら無事の成功を祈ってくれ、死の大地じゃ何が起こるか分からない。
(Й11部隊は最初の候補地に向けて移動を開始する。2時間の移動の中で荒廃した台地と大破した残骸、無人の駅などがいくつか確認される。この間に生命の痕跡は認められない。)
Й11-CAP: 放射線量の減衰は想定どおりだ。汚染ステータスは想定範囲内だが、物理的な劣化が酷い。税金をケチったせいだな。
作戦司令部: 政府なんてもうない。それよりも予定ルートの通行は可能か?
Й11-3: 通れるでしょうが不確定要素が多いですね。車両の通行可能かを徒歩で探索の上での行動を希望します。
作戦司令部: ネガティブ、人的資源の補充は困難だ。ドローンで代替せよ。
Й11-CAP: 了解、ドローンによる道路状況確認の上で移動する。
ソローカよりドローンが展開され、探索と並行して車両が目標地点への移動を再開する。移動速度は目標巡航速度の50%程度に落ち込んだものの、第一目標地点へは2時間の遅れで物理的被害なしに到着する。
Y24-Cap: 指令部、ここで爆発物を使ってもいいか?
サイト指令部: だめだ。構造は全体的にかなり脆弱になっている。生き埋めになる危険があるぞ。
Y24-Cap: それがどうした。他に入る手段は無いんだ。
Y24-1: ちょっと待った。誰かレベル4クリアランスのカードを持ってる奴はいないか? それなら収容違反時のロックダウンをオーバーライドできるんじゃないか?
サイト指令部: エドワーズ(Edwards)博士が部隊と収容ベイに―
Y24-1: いや、違う。もっと歳のいってる奴だ。エドワーズはせいぜい、そうだな、10年かそこらだろ? レベル4を持ってるのはもっと長くいる奴だ。
サイト指令部: 待機せよ。
サイト指令部: ジェイムソン管理官(Director Jameson)が現在サイト-65に配属されている。
Y24-1: えーと、ここから3時間か、これはどうも―
Y24-Cap: いや、いいアイデアだぞ。電話でジェイムソン管理官に話してくれ、指令部。彼にクリアランスコードを…サイト-19が建てられた頃のコードを聞いてくれないか? 1960年だったか?
サイト指令部: 待機せよ。
(10分が経過、不要なログは削除。)
サイト指令部: よし、いいか?
Y24-1: どうぞ。
サイト指令部: [編集済み]
Y24-2: やったぜ。
Y24-Cap: 「こんにちは、ジェイムソン研究員。」 こいつは驚いた。
サイト指令部: 管理官によろしく伝えておこう。
Y24-Cap: そうしてくれ。お手柄だぞ、ワン。では入るとしよう。
(部隊は発電所の主要通路に入る。)
サイト指令部: 損傷した炉心が見えるか?
Y24-Cap: いや、全部問題ないように見える。サーマルレンズに切り替えよう。
Y24-2: あれだな。
Y24-1: 何か見逃してるのか? あの炉心は正常に見えるぞ。
サイト指令部: もっと近付いてもらえるか。
Y24-Cap: よし。無人機を出すぞ、指令部。
(Y24-Capは小型無人機を発進させる。無人機は発電所の炉心に接近し、その周囲を旋回し始める。炉心は12あり、そのうち7つは修復不可能なほど損傷している。3つは稼動しておらず、2つがフル稼働している。その2つのうち1つが過熱している炉心で、その異常な熱量を除けば損傷の形跡は無い。)
サイト指令部: 正常に見えるな。近付けるか、キャプテン?
Y24-Cap: やってみよう。
(Y24部隊は過熱した炉心に接近する。温度の測定値は炉心に近付くにつれ上昇していく。)
Y24-1: とにかく熱いぜ。
Y24-2: このクソはなんなんだ?
Y24-Cap: かなり分厚いな。泥か? 残留物か何かか?
サイト指令部: 全員、それは避けて進め。キャプテン、小型無人機にそれを一瓶載せて、来た道から後方に送ってくれるか?
Y24-Cap: ああ、少し待て。ツー、そいつを一つ―ああ、それだ。(沈黙)サンプルを送ったぞ、指令部。
サイト指令部: 助かる。全員、気をつけろ。あれの反対側に回り込むんだ。
Y24-1: 見えたぞ。何もない―ああ、くそったれ。見ろ。
Y24-Cap: ちくしょう。
(Y24-1のカメラは少なくとも10体の人間の遺体が過熱した炉心の側面にワイヤーで縛り付けられているところを映している。すべての遺体はD12部隊によって発見されたものに類似している:蒼ざめて、血があらゆる開口部から流れており、無反応である。)
Y24-2: 遺体の下に何か書かれてるぞ。血か?
Y24-Cap: 「サイト-13に何が起こったか?(What happened to Site-13?)」。
Y24-1: こいつの配管は主要建造物に向かっていません。ここを見てもらえますか? これは下の方に向かってますよ。
Y24-Cap: 何か印はないか?
Y24-1: ええと…ああ。これは全部「ボディ・ピット(body pit)」とラベルされてます。ここからまっすぐ地下に向かっているようです。
Y24-Cap: なら、下に行かねばならんな。指令部、それでいいか?
サイト指令部: 了解した。それと、今サンプルを受け取った。数分で報告が出るだろう。
Y24-Cap: そうか、いいぞ。では、降りてみるとしよう。
Y24-2: そこに階段があります。
(Y24部隊は階段に近付き、下り始める。この階段に照明は無く、部隊員は肩のライトを点灯する。)
Y24-Cap: このへんのドアは完全にロックされてるな。
(Y24部隊は階段の最下層まで下る。そこにあるドアは開いた。)
Y24-1: このドアはこじ開けられているぞ、まるで誰かが…逃げ出そうとしたのか? 入ろうとしたんじゃないな。
Y24-Cap: ここの壁に何か書かれてる。「くたばれSCP(Fuck SCP)」。
Y24-2: お行儀のいいことで。
(チームはその扉を通過する。)
Y24-1: 臭うよな?
Y24-2: ああ、ちくしょう。嫌な臭いだ。なんなんだ?
Y24-Cap: 何にせよ、この通路の反対側の端にあるようだ。全員、あの動いているラジエーターに注意しろ。
サイト指令部: 各員注意せよ、映像送信が失われている。何かがこちらの信号を妨害しているようだ。
Y24-Cap: 了解した、こちらは―
(音声送信が切断される。位置確認システムはしばらくは維持されており、サイト指令部はY24部隊との通信の回復を試みる。断続的な通信が次の15分間に受信された。)
Y24-1: 何体かは人間だぞ。
Y24-Cap: これはまるで…この中のそこら中にあの黒いクソが、鉄みたいな臭い―
Y24-1: 何かが這っていったぞ、見ろ。
Y24-2: 今のが聞こえ―
Y24-1: すぐに―
Y24-Cap: あそこに灯りがある。見えるか?
Y24-2: ハロー? 大丈夫ですか? 助けが必要ですか? 我々は―
(音声が完全に切断される。復旧作業は停止された。次の24時間の間にY24部隊からの通信は受信されず、同部隊は喪失したものとみなされた。小型無人機で回収されたサンプルは血液と発電用炉心の残留排水になんらかの生体組織が混ざったものと判明した。この物質についての研究は進行中である。)
(1週間後、Y24-1の映像送信が13秒間回復する。音声は送信されず、映像はテーブルを囲んで見下ろしている人間の一群を映していた。人間の一人がカメラを見ると、映像は切断された。それ以降に同部隊からのさらなる通信が受信されることはなかった。)
機動部隊Й-11「無毒の蛇」の献身的に作戦行動により財団保有の通信衛星はほぼ完全な状態で残存、現在も機能している事が確認されました。この際に国際宇宙ステーションISS2およびISS3と地球外における財団の有人宇宙ステーション「トリグラフ」の協力体制が確立され、現行リソースの共有が行われている旨が報告されています。
補遺SCP-XXXX-JP.4: 財団保有の通信衛星とのリンクが復旧したことによりユーラシア大陸外に位置する各国の残存サイトの一部との情報連結が再開されました。これによりアフリカ大陸、オーストラリア、日本、および国際海域上に設立された洋上サイト群による現在の”世界”が浮き彫りになりました。残存サイトについての情報にアクセスを行うには東西いずれかの広域司令部の許可が必要です。
補遺SCP-XXXX-JP.5: 核攻撃後、ISS3により断続的に行われていた地上との通信の試みにより今もなお継続して維持されている文明的勢力との接触に成功しました。当該勢力とは継続的な通信による交流が持たれる事が決定されましたが、一方で周辺地域の汚染状況を鑑みて物理的な接触は保留されています
補遺SCP-XXXX-JP.6: タヴァルニー空軍基地において施設の経年劣化が要因とされる施設外部からの重篤な汚染が確認されました。当該ブロックは隔離の後放棄され安全が確保されたものの備蓄物資に大きな損害が出ています。これに伴いヤマンタウ地下施設群にて生産された物資の輸送計画が立ちあげられ安全な輸送ルート確立のため機動部隊による長期遠征が行われました。下記はヤマンタウ地下施設群よりタヴァルニー空軍基地までの輸送ルートを確立に成功した際の遠征隊の記録です。
補遺SCP-XXXX-JP.7: 東西の広域司令部への陸上輸送路が確立されたことをきっかけにユーラシア大陸および地中海沿岸に存在する各国サイトへの広域補給計画が立案され、段階的に実行されました。これに伴いバチカンやモンテネグロを中心とした残存人類文明との限定的な交流が開始されました。
補遺SCP-XXXX-JP.8: ISSからの地上世界の汚染観測データと各地のサイトで行われている環境モニタリングデータの数値を総合的に精査した結果、地上部の汚染レベルが人間が生活する事が可能なレベルまで低下したことが確認されました。これにより人類文明を再び取り戻すための復興計画が立案中です。人類社会を再興するためのプロトコル-カントリーロードが発令されました。これにより各サイトのロックダウンが解除され地上への帰還が行われます。下記は正常性維持連絡会およびO5司令部の共同名義で世界に発せられた声明文のコピーです。
声明文:2115-プロトコル-カントリーロード
我々は礎であった。異常な現象、物品、生物。あらゆるものより世界を保護し正常性を維持することで世界を正気のヴェールに匿ってきた。
2098年、世界はヴェールの内側から崩壊した。正常性にのっとって作られた人類文明の脅威はその核の炎をもって世界を焼き払い、正常性は脆くも崩れ去った。今やかつて我々が守ってきた正常な世界とやらはたった一握りの人々で辛くも維持される泡沫のそれでしかない。
今や正常性とは過去の遺物であり、滅び去ったこの世界においては我々にとっての正常性こそが異常なものとなり果てている。
正常性とは何だったのか?我々が守る世界とは何だったのか?もはや記憶の彼方へと追いやられつつあるそれはどうしようもなく馬鹿らしく、例えようがないほど億劫で、しかし何にも代えられない愛おしい世界だったはずだ。
我々O5司令部と正常性連絡会はこの滅びた世界の中で世界を再び拡散する日をずっと待ち望んできた。諸君もそうだろう。地下で核兵器による汚染に怯える日々、かつての世界で為した異常なそれに怯えながら錠前を確認し続ける日々はもう終わりにしよう。
我々はかつての正常性を、かつての平凡だったあの世界を取り戻さなくてはならない。今や我らに収容されて久しいあの世界を拡散させねばならない。今こそ我々はあの世界を収容違反Explainedする時だ。
さあ世界を取り戻す道のりを歩き始めるとしよう。かつて父と歩いた田舎道、学友と笑いあった通学路を取り戻す日が来たのだ。
ヴェールはここに捲られた。世界の礎たる財団は再び世界に戻ってきた。私はここに世界を再び取り戻すためのプロトコル「カントリー・ロード」の発動を宣言する。
歩き出そう。それが、我々の選択だ。
O5司令部
正常性維持連絡会
O5-8 ドレイブン・コンドラキ