錨尾研究員の新人研修ノート

「なあ、遊園地に行こうぜ!」
 蓮が声高に叫ぶ。
「遊園地?そういえば、数駅先にあるってさっき小学生が言ってたわね」
 美和が風で飛ばされた髪を押さえながら、相槌をうつ。
「まだ昼過ぎだし、今日はもう残りは自由時間だよな?行こうぜ!」
 そう、俺たちは昨日から、修学旅行でヨーロッパに来ていた。
 俺はともかく、蓮と美和は初海外だ。めちゃくちゃテンションが高い。
 修学旅行には付き物の勉強という名の見学ツアーで戦争の悲惨さを目の当たりにし、少し気分が落ち込んでいた俺たちは、蓮の提案にあっさりと乗った。
 
 遊園地はいろいろな髪の色の人間で溢れかえっていた。
 日本にいると、たいてい黒か茶か金だけれど、ピンクや緑や青や・・・・・・すごい色だ。
「すご~い!東京のディズニーランドとは違って、外人さんがいっぱいね!」
「東京じゃなくて千葉な、ディズニーがあるのは」
「知ってるわよ!でも頭に東京って文字がつくからいいのよ!」
 蓮と美和が、遊園地のエントランスで立ち止まり、デジカメを出してはしゃぎ始める。
「記念撮影はひとの邪魔になるからもうちょっと中に入ってからやろう」
 はしゃぐ蓮と美和をひっぱりながら、俺はエントランスをぐるりと見渡す。
 ・・・特に日本の遊園地と変わらないんだなあ・・・・・・。ちょっとがっかり。
「髪の色すっげえ~・・・俺も大学生になったら青にしたいぜ・・・黒髪だし、俺たち目立つかな?」
「黒髪でっていうより学ランだし、そっちで目立ちそう。日本人ってことはすぐバレるかも。財布スられないように気をつけとこうか。…というか蓮のケツの財布なんか、如何にも獲物って感じだぞ、仕舞っとけ」
 俺は蓮のケツポケットに入っていた長財布を抜き、渡す。
 蓮は「わぁったよ~」と言いながら、素直に鞄に財布を仕舞った。
 
 エントランスを抜けると、もうそれはアトラクションの山、山、山!
 エントランスだけがチャチかっただけで、日本とは比べ物にならない広大な敷地の中に、膨大な数のアトラクションが犇(ひしめ)いていた。
「うわーっすっげ!どれから乗る!?」
「あれ!あれ!まずはジェットコースターからでしょ!てか全部乗る!」
「待って待ってマップ見せて、これじゃアトラクションの乗り場すらわからないよ」
 俺はエントランスで配布されていたマップを開き、美和が指さしていたアトラクションを探す。
「えーっと今ここだから・・・」
「これじゃない?『"スリラー・チラー"ジェットコースター』…?で読み方あってるかしら」
「読み方なんてなんでもいいから行こうぜ!ジェットコースターは全部制覇だ!」
 蓮がさすが陸上部、と感動する速さで駆けていく。
「ちょ、待ってよ!」
「追いかけよう」
 美和と俺は慌てて蓮の後を追った。
 
 『"スリラー・チラー"ジェットコースター』は2人で並んで8列、計16人が一緒に楽しめるジェットコースターだった。
 俺たちは3人だったからジャンケンをして、俺と美和、後ろに蓮、という形でジェットコースターを楽しんだ。
 
 『愛のトンネル』は室内型のダークライドで、これも2人で並んで数列。ジャンケンをして、俺と蓮、後ろに美和。
 「愛のトンネルなのに男同士~!」と美和が腹をかかえてケラケラ笑っていた。
 
 この遊園地のマスコットキャラクターの一人、『ハッピー・カバ』と一緒に写真を撮った。
 蓮、美和、ハッピー・カバ、俺の4人で並んで、紫の髪の観光客に頼んで写真を撮ってもらった。
 全員のデジカメで一枚ずつ撮ってもらったから、並んでいる人に迷惑かけたかもしれないな…。
 
 『"ハウス・オブ・ミラーズ"アトラクション』という鏡の迷路では、俺だけはぐれてしまって大変だった。
 一人であんな空間で彷徨(さまよ)うのはもうごめんだ……先にクリアしていた蓮と美和に慰められた。
 「泣きそうな顔してんなよー!」と背中をバシバシ叩かれた。そんな顔してるわけないだろ!まったく!
 美和に俺が出口から出てきたときの写真を撮られていたらしく、見せてもらったが、泣いてなかったぞ!
 
 他にも、いろいろ、いろいろ。たくさんのアトラクションに乗り、いろんなマスコットキャラクターと写真を撮った。
「は~~、楽しかった!もうそろそろ時間よね?」
 前を歩いていた美和が振り返る。
「ああ、そうだな・・・もう5時だし、そろそろ出ないとホテル集合の期限に間に合わなくなるな」
 俺は右腕に巻いた時計を見ながら言う。もうお仕舞いか。
「あ~~楽しかったな!人がいる割にはすぐ乗れたし、結構回れたんじゃないか?」
「そうね、でも乗れてないものもたくさんあるから、また3人で来たいわね!」
「ああ、そうだな!」
 俺もだ。ああ、今日はすごく楽しかった、ほんとに。ああ、また来たい。今度は一日中遊べるように予定を組もう。
「じゃあ、帰ろうか」
 俺たちは、遊園地を後にした。
 戦争の傷跡をまざまざと見せられ、重苦しかった気持ちは、すでにどこかに消え去っていた。
 
 
 
 あれから4年。
 俺と美和と蓮は、久しぶりに集まっていた。
 高校を卒業したあと、全員バラバラの大学に進学し、美和は県内、蓮と俺は県外。
 たまに集まって遊んではいたが、こうして旅行の予定を立てるのは初めてだった。
「来年からは就活が始まるし、旅行の予定立てられるのは3年の夏が最後だよなあ」
 いつの間にか煙草を始めたらしき蓮が、煙を吐き出しながらつぶやく。
「そうね・・・4年の夏までに内定出てるとは思えないわ・・・・・・」
「俺は進学予定だから就活はないけど、試験とゼミ・・・実験で夏休みないからな・・・・・・」
 就活・・・・・・進学・・・・・・。全員が死の淵。絶望。不安に塗(まみ)れていた。
 その空気をブチ壊すかのように、蓮が明るい声を出す。
「で、どこ行く?パスポートももうすぐ切れるし、海外がいいよな」
「5年で切れるもんね~・・・あっ、あれは?修学旅行で行った遊園地!」
「いいね、乗ってないアトラクションもあるし、全制覇しにいこうか」
 俺はスマホを取り出し、遊園地の名前を打ち込み検索する。
「・・・?あれ?閉園してる・・・・・・」
「えっウソ!?」
「マジ!?」
 俺のスマホを、両脇から美和と蓮が慌てて覗く。
「・・・うっわマジだ・・・潰れてる・・・・・・いつからなんだ?」
「えっと・・・あれ?これ私たちが行った年じゃない・・・?」
「今がええと・・・ああほんとだ、俺たちが行ってすぐくらいに潰れてる」
 他に情報がないか調べてみたが、特に何もヒットしなかった。
 4年前に潰れた遊園地のことなんか、皆すぐに忘れてしまったようだ。
「ええ~・・・残念・・・・・・あのジェットコースターまた乗りたかったのに~!」
「仕方ないな、じゃ別のところにしようぜ!遊園地なら他にもいっぱいあるだろ!」
 蓮もスマホを取り出し、他の遊園地を探し始める。その中のひとつに、美和が目をとめた。
「そうね、・・・・・・ああ、ここはどう?ポーランドの・・・・・・」
「おっいいね!ならここにしようぜ!」
「そうだな、じゃあ、日程は・・・・・・」
 メモ帳アプリとカレンダーアプリを開き、予定を組み始める。
 俺たちの夏は、まだまだこれからだ。