あれやこれや
イヤホンを通じ耳へと流れ込んでくる旋律は、お世辞にも心地良いものとは言えなかった。
脈絡のない転調、度々混じる不協和音、音程は終始頼りなく散らばっていて、かろうじて曲としての体を保っているといった有様だ。作曲の基礎すら押さえられておらず、この作者は音楽に関する専門的な知識を持たない素人か、少なくとも俄か仕込み程度だろうと推測できた。
音楽というものは奥が深い。聞く者が聞けば、美術品や陶芸品と同じようにその癖や技法から作者を特定することが可能だ。それどころか、そこに込められた思想や情念、果ては生い立ちや人間性までをも読み解くに至る場合も存在する。
無論そこまでとなると一部の巨匠の作品に限られるものの、そうでなくとも読み取れることは多い。その巧拙に関わらず、曲が作られるとき聴衆の心を揺り動かそうという作者の工夫なり作為なりが込められるはずなのだから。
しかし……
「これからはまるでそうした意図を汲み取ることができない。無味無臭。無色透明。音楽であって音楽じゃないと言いますか……そんな印象を受けました」
5分ほどの曲を聞き終え、イヤホンを外した近藤が下した評価はそんなものだった。
この曲からは聴衆から何らかの感情を引き出そうという気概が一切感じられない。色のない音楽。音楽ではない音楽。彼がそのように評したそれは、ひどく奇妙で、そして不可解な感覚だった。
「……すいません、これじゃあ意味が分からないですよね」
口にしてから、その評価がひどく曖昧なものであったことに気づく。何も分からないと言っているも同然で、この曲の鑑定を依頼してきた青年――波戸崎に向けて頭を下げて謝罪した。
「いえそんな……率直な意見を伝えていただけるだけでありがたいです」
年若い研究員は先輩職員の低頭に慌てた様子で恐縮している。まだ詳しくは聞いていないが、どうやらこの曲は何かの事件に関わるものらしい。そういう事情があって、彼は知己であり音楽を専攻の一つとする近藤を頼ってきたのだった。
「とにかく現状、曲を聞いただけでは何とも言えませんね……これに関する情報はいただけますか?」
とり直し、近藤はこの曲に関する情報を要求した。これまでそれが伏せられていたのは機密の問題でなく単に先入観が混じることを防ぐためだったのだろう。波戸崎はあっさりと承諾し脇に抱えた資料の束を手渡してくる。
「こちらが関連資料と……そしてこれがこの曲の元となった楽譜です。もちろん複製(コピー)ですが」
受け取ったのは写真や聴取記録などが纏められている資料の束、次いでデジタル印刷されたA4サイズの楽譜4枚も渡される。それは雑な二つ折りの状態でクリアファイルに纏められていた。
一見財団らしからぬ杜撰な管理に思えるが、これはむしろ逆……原本の折れ目といったところまで完全に再現した結果だろう。用紙の右上にはホッチキスで留められていたらしい痕跡までもが再現されている。こういった細かい点がプロファイリングを行う上で重要な助けになることもあるのだ。
それらに目を通し始めた近藤の傍らで、波戸崎がこの件の概要を説明し始める。
「この楽譜の異常性は、人間が鍵盤楽器を用いて完全に演奏した際に表れます。演奏を終えた奏者は12時間以上この楽譜と曲とを結びつけるための記憶を保持できなくなります。楽譜の存在や演奏した事実といった記憶はそのまま残るんですが、楽譜にどんな譜面が記してあったか、どんな曲を演奏したかといった部分だけがすっぽりと抜け落ちてしまうんです」
「記憶影響ですか」
波戸崎が頷く。
「そしてもう一つ……この曲のぼんやりとした印象やメロディーのワンフレーズは、逆に奏者の意識下に刷り込まれます。結果として、奏者にとってこの曲は"いつかどこかで聞いたが、なんの曲かは思い出せない"といった風に認識されるわけですね」
そういったことは誰しも覚えがある経験だろう。この楽譜は演奏した者にそれを強制的に引き起こす。
「その他の特異性は確認されていません。もちろん楽譜の閲覧や曲を聞いただけでは問題なし。時間の経過や演奏の反復で影響の度合いが変化するといったこともありません。ですので異常性としてはかなり軽微な部類ですね。記憶処理で回復することも分かっていますし、おそらくはAnomalousアイテムに分類されるでしょう。ですので問題は別のところにあります」
「この曲を作った何者かの存在、ですね」
波戸崎が再び頷き、近藤の言葉を肯定する。
この世の理に反する音楽をこの世へと産み落とす者……その行為が偶然にしろ意図的にしろ、財団にとって看過できない存在だ。然るべき処置が必要となる。
「もともとこの楽譜は、ピアニスト兼作曲家の吾妻氏に宛てて贈られてきたものでした」
「吾妻? ピアニストの吾妻というと……あの吾妻氏ですか?」
「ええ、おそらくはその吾妻氏で間違いないですよ」
聞き覚えのある名に思わず訊き返す。1年ほど前のコンクール入賞から話題になり始め、一躍メジャーデビューにまでこぎつけた新進気鋭の音楽家だ。最近ではコマーシャルに演奏会にTV出演にと、彼の曲は日常的に耳にするものとなっている。
「彼のような著名な作曲家や演奏家の元へは、"評価してもらいたい"あるいは"演奏してもらいたい"といった理由で自作の音楽が送り付けられてくることは珍しくないそうです。大抵そういったものは無視されるようですが、吾妻氏は一つ一つ目を通した上で保管しておく珍しい方だったそうで、その中の一つがこれでした。身元の記載もなく、かつ一見して分かる曲の不可解さは吾妻氏の印象にも残ったらしく、ある日気まぐれで演奏し影響を受けました」
この異常性は仮に影響を受けたとしても、普通の人間なら発覚しないまま終わったとしてもおかしくないほど軽いものだ。しかし吾妻は音楽家という職業柄、自分の頭の中に残留する旋律の正体をひどく気に懸けるようになる。
周囲に尋ね回ったところ、たまたま演奏を耳にしていた家族らの証言から吾妻は旋律の正体を知る。しかし目的の楽譜へと辿り着くたびにその記憶は抜け落ち、彼は再び同じ旋律を探し求める……そんなやりとりが何度も繰り返された。
「そのため記憶障害を疑われ、医師の診察を受けたことで財団の情報網にひっかかりました。その後は普段通り回収や聴取が首尾よく行われたわけですが……情報収集に手こずりました。時間が経っていたこともあり、いったいいつ頃、どのようにして吾妻氏に送り届けられたものなのか判然としない。確実なのは吾妻氏が本格的にメディアに露出し始めたここ半年以内だろうということだけで、送り主の特定に繋がるような物証や証言も乏しく、決定的な手掛かりを掴みあぐねている状況です」
音楽に精通する近藤の元へこの案件が持ち込まれたのも、おそらくは手掛かりが得られない中で別の視点から犯人像へ迫ろうという試みだろう。近藤はしばし考え、口を開いた。
「怨恨の線は?」
すなわち明確な悪意をもって異常物品を送り付け、吾妻を害そうとした可能性。それほど悪質な異常性でないものの、実際問題医者にかかる程度の騒ぎにはなっている。嫌がらせが目的ならばそれは十分成功したと言っていい。もしそうなら動機から犯人を絞り込むことも可能だ。
「どうでしょうね。話を聞く限り、吾妻氏は温和な好人物で恨みを買うような人じゃないというのがおおよその見解です。目立ったトラブルもなし。ただ、最近まで実家の音楽教室を手伝う傍ら細々と音楽活動を続けていた男があっという間に人気アーティストにまでのし上がったわけですから、それだけで周囲から嫉妬の目を向けられるには十分という見方もできます。手掛かりもないことですし、現場ではまず彼と近しいところから探り始めているそうです」
手元の資料に目を落とす。そこには親元で音楽講師をやっていたという時の写真だろうか、鍵盤に臨む幼い少女の傍らで笑みを浮かべる青年の姿があった。確かにその柔和な表情からは彼の人柄が滲み出ているようで、燃え盛る炎に例えられるほど情熱的な曲を作り奏でるピアニストの素顔にしては意外なものだと感じられた。
「その見立てが合っていることを祈ります。それで何も出てこなければ、1年前から100倍になった聴衆(ファン)も含め虱潰しになりかねません」
「確かに、あまり想像したくありませんね」
相槌を打ちながら、近藤は犯人に繋がる手掛かりがないかとさらに資料を読み進めていく。漂い始める閉塞感の中、資料の中から気になる単語を見つけ指し示した。
「これはどうでしょう」
そこに記してあったのは、受け取ったとき楽譜は折り畳まれた状態で本に挟まれていたという吾妻の証言を記した一文。しかもその本のタイトルは"万葉集"とある。歌集とは、なんとも意味深でおあつらえ向きではないか。
「万葉集のどの歌が乗ったページに挟まっていたかが分かれば、もしかしたら作者の意図を読み解く手掛かりになるかもしれません」
しかし詰め寄られた波戸崎は困ったように眉尻を下げると、
「それが……聴取によれば楽譜は1ページ目に挟まっていたそうで、本自体にも特筆すべきところはなかったそうです。古書好きという吾妻氏への贈り物に書籍の類は珍しくなく、単に楽譜が彼の目に留まりやすいよう包み紙代わりに用いられただけかもしれません」
「そうですか……参ったな」
一瞬掴んだかに思えた糸口からもするりと逃げられ、近藤は意気消沈して肩を落とす。
犯人の動機も、目的も、人物像も、何一つとして見えてこない。そのまま二人して口を閉ざしてしまい、部屋の中をしばし沈黙が流れる。
しかしいつまでもそうしているわけにもいかない。やがて近藤は意を決して切り出した。
「申し訳ないですけどお役に立てそうにないですね……せっかく頼ってきてくれたのに、面目ない」
「いえいえ、とんでもありません」
頭を下げられた波戸崎は手を振り恐縮しながら応える。
「その資料はお渡ししておきますので、もし何かわかりましたら連絡をください」
笑顔でそう言い残すと、最後に会釈を一つ残して波戸崎は部屋から去っていった。
その足音が遠のき完全に聞こえなくなってから、近藤は、ふう、と小さく息を吐く。
役に立てなかったのは心苦しいが、財団のエージェントたちは優秀だ。たとえ時間はかかっても、犯人を探し出してくれることだろう……そんな風に考えてみたものの、やはり忸怩たる思いは拭えない。
「……もう一度、見直してみるか」
呟いて、近藤は再度問題の曲から聴き直すことにした。イヤホンを宛がうと耳を覆い目を閉じ、外界からの情報を完全に遮断すると、その不可解な音楽の奥に隠されている何かを探り当てようと意識を集中する。
しかし受ける印象に変わりはない。ただ旋律としての体を整えただけの、何のメッセージ性も込められていない、音楽にあるまじき音楽……そんな感想が一層強化されただけだった。曲が進むにつれて頭を抱え込んでしまう。
結局、新しい発見もないまま曲は終了する。旋律は終わり方まで尻切れトンボのように煮え切らず、近藤は多少の苛立ちを込めてイヤホンを耳から引き剝がした。
そして外界と繋がった近藤の聴覚が最初に捉えたのは、悲鳴のような軋みだった。
「……えっ?」
音する方向へ、背後を振り返る。錆びたパイプ椅子に腰かける長身の
薄汚れた白衣、右足の義足
整備が足りていないのか、身じろぐ度にギチギチと鳴く義足の軋みは雀蜂の威嚇音にも似て、温かみというものを感じさせない佇まいは大型の冷血動物を思わせた。
彼が手にしていたのは今まさに近藤を悩ます問題の楽譜であった。椅子の背もたれにのしかかるように身体を反らせ、仰ぎ見るように眺めている。その姿勢は彼らしい横柄なものだったが、見にくいのだろう。眉根を寄せ渋い表情で仰ぎ見ている。
「屋敷博士、それは……」
思わず自分の横手にある机に手を伸ばす。そこには自分が置いたときの状態そのままで資料の束が横たわっていた。
徹夜明けのような嗄れた声に、その目は徹夜明けのように落ちくぼんでいたが、精気を欠けているということはまったくなく、むしろ臭気だつ沼のような負の活性に満ちている。
「セキュリティレベルくらいは確認してる」
確かにこれは閲覧に制限がかけられるほどの機密ではないが、この財団にあって管轄外の案件に首を突っ込むのは少しばかりセキュリティポリシーに欠ける振る舞いだ。そんな考えが顔に出ていたか、屋敷は鬱陶し気に手を払うと、
「そもそもこの部屋に後からやって来て、ぐだぐだと聞きたくもない話を聞かせてきたのは君らの方だ。文句をつけられる筋合いはないね」
「…………」
無人であることは最初にざっと見回して確認したのだが、それはあくまで人が立っているという前提だった。おそらく物陰などに寝そべっていたために見落としたのだろう。まさかこの財団で真昼間からそのような人間が居るなどとは思いもよらなかった。
「どうにも閑職(ヒマ)で、敵わなくてね」
既に興味を失ったかのか、屋敷は手にした楽譜を机上へ投げ出しながら嘯く。それは数多の怪異と日夜戦い続ける財団にあっておかしな言い分に思えるが、冗談や言い訳ではない。
要するに、遠慮なく言ってしまえば彼は干されているのだ。詳しいことは知らないが、いろいろと問題がある人物であるという噂は伝え聞いているし、それはこの短い会話の中でも十分に察せられた。軽率、高慢、無頼……どうやら評判通りの人物らしい。
これはあまり長々と関わらない方が良さそうだ――そう判断し、当たり障りなく会話を済ませて早々に切り上げることにする。気づかれないよう小さく息を吐いた。
「この楽譜の作者について、何かわかったことはありますか?」
よってその質問はあくまで儀礼的なもの。彼が音楽に関して精通しているという話は聞かないし、色よい返事を期待したわけではない。「いいや」「そうですか、では私はもう少し検討したいので失礼します」と、おおよそそんな流れを予想してのものだった。
「ああ」
「そうですか、では私は……んん?」
だからこそ、当然のように返ってきた肯定に近藤は一瞬耳を疑った。
「え……本当ですか?」
「君の期待に応えられるほどかというと、自信はないがね」
謙虚な言葉とは裏腹な態度で屋敷が答える。近藤は思わず目を瞬かせた。
彼がいつ近づいてきたのかは知らないが、近藤が曲に集中していた時間はほんの5分ほど。しかも机の上に広げられた資料には触れてすらいないだろう。にもかかわらず、たったそれだけの間、波戸崎との会話と楽譜を眺めながら得た情報だけで、彼は新事実を発見したと言う。
俄かには信じがたい話だが、問題を抱えながらも財団に雇用され続けているにはそれ相応の理由があるということか。近藤は彼の悪評とともに伝え聞いていたその異名も思い出す。もっとも、それもまた彼の身体的特徴に対する揶揄が多分に含まれたものではあるのだが……
色のない音楽。音楽ではない音楽。その奇妙な異常音楽を前にして、安楽椅子博士と呼ばれる男がはたしてどのような推理を見せるのか。青年からの視線を一身に浴びつつ、男が何気なく放った一言は――
「こいつは女だよ」
「女性、ですか」
それはひどく大雑把な……だがそれだけに重要な情報だった。何せ犯人探しの範囲を半分に狭められる。
「それはまた、どういった理由でそのように……」
しかし当然ながら、それはあくまでその情報が正しければの話だ。根拠を問いただそうと口を開いた近藤を、しかしさらに続く言葉が遮っていた。
「どうやら吾妻とやらの大層なファンであるらしい。その感情は崇拝というよりは恋慕に近い。音楽と、そして美術に長じている。とりわけ音楽歴は長く、習い始めたのは就学前の幼少期から。だが本職は絵描きの方だろう。そして万葉集を包み紙代わりに使ったのも伊達じゃないな。憧れの吾妻に倣ったか、こちらも趣味程度には嗜んでいる」
「は?」
「その性格は内向的ながら偏執的で、自己主張と自己表現の手段がひどく歪だ。よって吾妻との直接的な接点は無いに等しい。彼の周囲を嗅ぎ回っても時間の無駄だな。だがこいつは彼が売れ始めるずっと前……鳴かず飛ばずの時代から熱を上げ続けている古参のファンだ。ゆえにインディーズ時代のCD購入歴、あるいは同じ古いファンのコミュニティなどを辿れば探し出すことは難しくない」
「…………」
「結果としてこれが異常性を帯びたのは偶然かな……ま、これに関しては勘だがな」
一息に言い切って、屋敷は呆気にとられる青年へと冷めた視線を寄越す。
「足りないかな?」
「……ちょ、ちょっと待ってください」
一気呵成、怒涛のように流し込まれた情報量に混乱する。
まるで理解が追いつかない。
「説明を……説明をお願いします」
「必要か?」
「できれば……」
その言葉に屋敷は大きく息を吐く。それは呆れや疲れというより、パイプ椅子に深く腰掛け直し、
「では一からいこう。君はこれをいったい何だと思っている?」
屋敷が譜面の記された用紙を手に掲げ、言葉の通り単純にして根本的なことを問うた。その答えは自明にも思えるが、それだけに返答に詰まってしまう。はたしてどういう意図を持った質問であるのか……こちらを見やる屋敷の目からは何も読み取れない。
「……楽譜です」
たっぷり10秒思考した末に、結局絞り出せたのはそんな誰が見ても当然の事実だけ。面白みに欠ける回答だと自分でも思うが、そうとしか答えようがないのだから仕方がない。
だが屋敷にとってはそうでなかったらしい。大仰な動作でこちらを指差し、
「それだよ。まずその前提からして認識を誤っている。君が自分の口で言ったことだろう、"これは音楽じゃない"と。ならばこれは音楽が記された楽譜(もの)じゃない……そういうことにはならないかな」
「はあ……」
生返事が漏れる。自分の漠然とした感想をそこまで信じていいものかという疑問はあったが、確かにそういう理屈も通らなくもないだろう。
とはいえこれが楽譜でないなら、いったい何だというのか。
「そういう視点でこれを見たとき、真っ先に目についたのはこの用紙の纏め方だ。折り目も留め位置も碌に揃えられておらずバラバラで、人に贈るにしては杜撰で見栄えも悪い。これははたして何を意味するのだろうとな」
「それは……この作者は大雑把な性格である、とかでしょうか。あっ、作者はこのとき何か事情で急いでいたとか」
「そうかもしれん。だがその割には譜面そのものは整然としていて、手書き(アナログ)でもなくデジタル印刷、譜面には順序を示す数字もしっかりと添えられている。そして何より楽譜という前提で考ると、用紙がホッチキスで留められているという点に関しては明らかに不自然だ」
「…………」
確かにそうだ。普通複数枚に渡る楽譜を演奏する場合には、譜面台に横一列に並べ置くか、誰かに譜めくりを頼むか……いずれにせよ楽譜をホッチキスで留めるのは不要どころか逆に邪魔だ。事実、留め針は吾妻の手によって外されてしまっている。
大雑把な性格、あるいは時間に追われていた――先ほど近藤が挙げた仮説では、この余計な一手間が加えられたという事実を前に矛盾が生じる。押し黙る近藤を無視して屋敷は言葉を続ける。
「よって俺はこう考えた。これらの用紙は揃えられずに留められたわけじゃない。この状態に揃えられて留められたのではないだろうか、とな」
それは逆転の発想――これは乱れているのではなく、乱れた状態こそが正しいあるべき状態で、その状態で固定するために留め針が用いられたのだと。
「その考えに従って、俺はこれらを重ね、折り畳み、留め跡を合わせた。吾妻が手にしただろう最初の状態にして観察してみることにしたんだ。すると一点、奇妙なことに気がついた」
そこまで言うと、やおら屋敷は傍らのスキャナを起動させ、用紙を一枚一枚取り込ませ始めた。パソコンのディスプレイ上に画像データとして表示されたそれらに簡単な編集が加えられ、彼の言う"最初の状態"が再現される。
上下左右、傾斜、そして裏表。それぞれが僅かにずらされ八重に連なった楽譜たち。さらに屋敷の操作で用紙の白紙部分が透過させられると、たちまち画面上は大量の音楽記号で溢れかえる海となった。
なるほど屋敷が楽譜をのけぞるようにして仰ぎ見ていたのは、この絵面を求めて照明で透かし見ていたせいなのか。今更ながらに納得しつつ、近藤はそこから彼の言う違和感を洗い出そうと観察した。
「……あ」
そして気づいた。渾沌とした画面の中で整然と存在する規則性に。
「音符が……黒点部分が、一つも被っていない」
そう、音符部分の黒丸はその一つ一つが絶妙に配され、一つとして重複している部分が存在していなかった。それどころかほとんど偏りなく、計ったかのように範囲内に整列させられている。偶然とは思えない。
「ご名答」
声に僅かな喜色を滲ませて、屋敷が再びキーボードを操作する。それに応えて高度な画像解析システムが音符の黒丸部分を除いた記号部分を除いていく。
余計な雑音(ノイズ)を取り払われ、露わになったその姿は……
「……なんでしょう?」
点字? モールス信号? それともなんらかの数式を示したグラフだろうか? 現れたその画に首を捻る。見る限りただの無数の黒点(ドット)の集合体としか言いようがなく、一見して何の法則性も見い出すことができなかった。
「分からんか? では分かりやすくしてやろう」
困惑するばかりの近藤に対して、屋敷は薄ら笑いを浮かべながら一本のマジックペンを取り出す。
「……ちょっ」
いったい何をするつもりかと見ていれば、男は迷うことなく露出させたペン先をディスプレイへ押し当てていた。制する暇もなく、ギュギュギュとマジック特有の不快な音をたてながらディスプレイ上に黒い線が伸びる。
その暴挙に、近藤は思わず目元を抑えながら顔を背けた。こんな子供じみたことばかりしているから問題児扱いなのだと呆れるばかりだが、当の本人は鼻歌混じりでまるで気にしていない。
このパソコンをどうしたものかという悩みがしばし脳内を飛び交っていたが、「できたぞ」という屋敷の声で我に返る。顔を上げ、再び画面へ視線を戻した。
「……花?」
「そう、花だ。こいつは吾妻へ花を贈呈したというわけさ」
点と点の合間を縫うように伸ばされた線が象っていたのは茎と花弁……簡素な花の形だった。使い終わったマジックを無造作に放り出し、屋敷はこともなげに言う。
「スティップリング……俗に言うならドット絵かな。これはそうした描法を用いて描かれた絵画だよ」
点描画(スティップリング)――点などの極めて短いタッチで対象を描く表現技法。これは楽譜ではなく絵画として制作されたものであると、そう屋敷は言っているのだ。
そうだとすれば楽譜から生じた曲から何のメッセージ性も読み取れなかったことの説明もつく。そもそも絵を作り上げるための楽譜だったのだから、偽装にすぎない楽曲に魂が宿るはずがないのだ。
いや、だがしかし……近藤はしばし考えた後、抱いた感想を率直に口にしていた。
「こじつけです」
その言葉を発した瞬間、浮ついていた空気が零下に落ちる。じろりと睨めつけるような視線の圧に思わず腰が引けかけたが踏みとどまった。
「確かにあなたの推理は興味深いものですし、途中までは核心に迫ったものなのかもしれません。けれどこれが花を表現した点描画であるという結論に関しては、私には結論ありきで飛躍させた暴論に思えます」
近藤は努めて毅然とした口調と態度で、屋敷の理論に存在する穴を指摘する。
ディスプレイ上に描き込まれた花の画は想像で補完されたと思える面が多分にあった。花という主張も線が引かれているためそのように見えるだけで、それが無ければ見る者の意図次第でどのようにでも受け取り方は変わるだろう。これでは点描画というよりむしろロールシャッハテストだ。
そもそも点描画の真髄は色彩分割によって生じる視覚混合にある。色とりどりの点を無数に並置することで見る者の眼の中で溶け合わせ、単純に絵具を混ぜ合わせるより鮮やかな色彩を生み出すのだ。そうした点から見ても、黒点の集合体でしかないこれを点描画だとする屋敷の主張は苦しい。
「俗に言えばドット絵であると、あなたはそうおっしゃいました。しかしその例えに倣うなら、これは解像度が少ない上に濃淡すらないモノクロでしか出力できないドット絵です。これでは何かを表現するにも解釈するにも、あまりに要素が不十分だと言わざるを得ません」
湧き上がる不安を押し殺しながらも言い切った。目上に嚙みつくのは自分の性分ではないと分かっているが、それでも財団職員として明らかに破綻した主張を見過ごすわけにはいかない。胃が絞られるような緊張の中、持論を真っ向否定された屋敷からの容赦ない反撃を覚悟する。
「……色ならついている」
しかし返ってきたのは予想外に静かな声と、そして理解しがたい反論の弁。近藤は思わず眉をひそめる。
この人は何を言っているのだろう。困惑したまま画面上、次いで楽譜へと目を向けるが、そこにあるのは紛れもなく黒と白の二色だけ。当然ながら経費を渋り白黒コピーで済ましていたなどというオチはありえまい。これらの複製は、見かけの上なら完全に原本と同一だと言っていい。
ならばいったい彼は、これのどこに色彩を見出したというのか。
「色聴という言葉を知っているかね」
続く屋敷の台詞には、それほどの戸惑いは感じなかった。なぜならその言葉がどういうものかは知っていたから。ゆえに説明されるまでもなく彼の言いたいことが理解できたからだ。
しかし当然のことながら理解と納得は別物である。つまるところ、彼はこう言いたいのだろう。
「これの作者は、音を色でも捉える共感覚を持っていると? その自身の感覚でもって音符上に色を想定していると……そうおっしゃいたいんですか?」
「近いが違う」
不満を滲ませた確認の言葉に対し、しかし返されたのは予想に反して否定の言葉。近藤が抱いていた不満点を、屋敷自らが論い始める。
「曲がりなりにも外部に向けて作品を発信している以上、どれだけ難解であろうとそこに込められた意図は他者が読み解ける余地がなければならない。それを考えると共感覚というものはあまりに希少で……いいやそもそも、色調持ち同士でも受け取る具体的なイメージはそれぞれ異なる。それは他の誰とも共有しない固有の感覚(クオリア)だ」
そう、特定の共感覚者がイメージした色彩を第三者が正確に読み解くことなど到底不可能な芸当だ。よって作者が誰か――おそらくは吾妻へのメッセージを込めこれを制作したとすれば、より普遍的な基準となるものが存在するはず。
ではそれははたして何か。そもそもそんなものが存在するのか。
「色調といった類の知覚現象は何も共感覚に限った話じゃない。漠然としたイメージや先入観からも生じうる感覚だ。事実君はこの曲の意図の見えない無機質さを指して無色透明だと表現したし、情熱的な曲調から炎に例えられるという吾妻のそれは多くの者に赤という共通の色を想起させることだろう。それを踏まえ、この作者はそれぞれの音階にどのような彩色を想定したか」
他者とも共有しうる色調、無色の画布(がくふ)上に色彩をもたらす存在――その正体の名を、ついに屋敷は口にしていた。
「色音符というものがある」
その単語を耳にした瞬間、近藤の中で何かが噛み合った気がした。知らず開いた口から吐息が零れる。
「これはまだ音楽記号を読み解くことができない幼児を指導する際しばしば取られる手法で、音階ごとに異なる彩色を施すことでそれぞれを判別しやすくしたものだ。必然、この指導法から音楽に触れ始めた者たちは対応する音階と色彩が意識下で強く結びつく。幼少期から行われた刷り込みによって、音から色を連想するようになるんだ……と、まあ俄か仕込みで語ってみたが、その様子だと知っていたようだな。俺は先ほど初めて知ったよ」
言うと、人より長い屋敷の腕が机上に広げられた資料へと伸び、枯れ枝のような指先が一枚の写真を叩く。それは笑顔の吾妻が幼い少女を指導している一場面を写したもので、目を凝らせば二人の前に広げられた楽譜が微かに色づいていることが確認できた。
「親が音楽教室を営んでいるという家庭環境を考えれば、吾妻がかなり早い段階から、そして親の指導の元で音楽を習っていたことは想像に難くない。そして個人でやっている音楽教室がその指導法(やりかた)をそう変えるとも思えないから、写真(そ)の少女と同じく色音符で習っていたという推測も容易にできる。しかしそれを知ったところで、そうした経験者特有の色調に着目して色を音符で表そうなどという発想に至るのは、同じ経験と感覚の持ち主くらいなものだ」
よって作者と吾妻は、音楽に触れた原初の経験による残滓(いろ)を等しく共有している。ではその感覚、作者が音符で表現しようとした色彩とは具体的にどういうものか。
「色音符に用いられる配色でもっともポピュラーなものは長音階に虹の七色を順に当て嵌めたもの……すなわち、ドは赤、レは橙、ミは黄、ファは緑、ソは青、ラは藍、シは紫だ。加えて半音はこの中間色だと仮定する。それらすべてをここに当て嵌めたとき……さてどうなるか見てみよう」
屋敷は仕上げとばかりにキーボードのエンターキーを軽やかに叩く。高度な人工知能を備えた画像解析システムが操作に応え、音符上に次々と対応した色味を乗せていく。白黒にくすんでいた画面上が俄かに色づき始め、徐々にその真実を露わにしていく。
細く長く伸びる花弁、傘のように放射状に広がるフォルム、そして鮮やかな赤の色。そう、これは。
「……彼岸花」
画布(がくふ)上に現れたのは、野端に燃える炎のような一輪の花。これこそが、この楽譜に隠されていた真実に他ならなかった。
屋敷の目には、最初からこの画が見えていたとでもいうのだろうか。自分が曲に集中していた5分足らずで推理に必要な情報を救い取り、雛形となる理論を構築し、音符の種類と配置を残らず目に焼き付け、頭の中で対応した彩色を施す。
胸の内で驚嘆する近藤を差し置いて、屋敷の推理はいよいよ佳境へと差し掛かる。
「作者ははたして何を吾妻に伝えたかったのか……これは容易に推測できる。なぜならこれだけ凝ったことをする奴が、包み紙代わりに適当な本を使用したとは考えづらいからだ。万葉集には4500を超える歌が収められているが、彼岸花とされる花が登場するのは一首だけ」
ここに至って美術家ではなく、本業である民俗学者としての顔が覗く。
道の辺の 壱師の花の 灼然く 人皆知りぬ わが恋妻は
朗々と、乾いた唇から滞りなく歌が諳んじられた。
「この詩が意味するのは……まあ、ありがちな独占欲や顕示欲の話だよ。元々は男が吾が妻(じぶんのおんな)について詠んだ歌だが、今回これを捧げられたのは"吾妻"だ。ゆえにここでは意味するところが僅かに変化する。すなわち……"恋しい吾妻の素晴らしさが、そのあまりの鮮烈さゆえに皆に知れ渡ってしまったことが嬉しくも寂しいです"といったところか。顔を突き合わせて言葉を伝えることもできない腰抜けらしい、実に女々しいメッセージだ」
「……それだけ?」
ようやく導き出されたその答えを前に、近藤は愕然として漏らす。
「そんなことを伝えるために、こんな……?」
呆れとも恐れともつかぬそんな言葉しか浮かばない。仮に吾妻が色音符という存在に馴染みがあったとして。古書好きという趣味から歌集に精通していたとして。彼がこのような推理を重ねこのメッセージにまで辿り着く可能性がいったいどれだけあるというのか。
そんなゼロに等しい可能性のため、この作者はいったいどれだけの時間と労力をつぎ込んだのだろう。配置と色彩、図画と旋律、それらすべての要素を破綻させることなく成立させるには並々ならぬ試行錯誤が必要だったはず。もはや一種の狂気じみた所業と言っていい。
「難解極まる暗号めいたファン・レター、そのメッセージの内容、そして発現した異常性……そのすべてから共通して読み取れるのが、"知ってほしい、けれど知られたくない"という矛盾した欲求だ。どうやらそれこそがこいつの精神を形作る性分であるらしい。誰しもが抱く葛藤ではあるが、こいつのそれはまったく筋金入りだな。その相反する想いに懸ける妄執が、この曲に異常を宿したとしても驚かん」
話は終わり――そう言わんばかりに、屋敷はプリンターから吐き出された彼岸花の点描画を手に取り、立ち尽くす近藤の胸元へ押しやった。
「さあ、俺は君の代わりに謎を解いてやったぞ。だったら君は、俺ができないことをやれよ」
今日何度目かも分からない、意図の読めない台詞を前に近藤は用紙を受け取りながら困惑して表情を浮かべる。
彼にできないこと
決まってる、そう言って屋敷は口の端を吊り上げ、低く喉を鳴らした。その笑みはこちらを見下す傲慢さに満ちながら、同時に己を卑下する自嘲のようでもあった。
長身を背もたれに投げ出すようにして預け、横柄な動作で足を組む。右の義足と安いパイプ椅子が音をたてて軋んだ。
「あの若造が部屋を出てからまだ15分かそこらだろう。今すぐ走っていけば追いつける。生憎俺はこの右脚じゃ、」
アイテム番号: SCP-018-JP-J(暫定) - ████はどこからくるの?
オブジェクトクラス: unclassed
特別収容プロトコル: SCP-018-JP-Jは現在収容されていません。その異常性を解明する努力が█研究員によって継続中です。この案件は財団による収容対象であると認められていません。独断による研究活動は慎んでください。
倫理上の理由から、プロトコル・ペアレンタルコントロールに則り█研究員が取得可能な情報はあらゆる状況下で選別され制限されます。現時点で█研究員へSCP-018-JP-J-1の"正答"を与えることは時期尚早と見なされており許可されていません。サイト-81██ではこの問題を円滑に解消する手段を総力を挙げて模索中です。
█研究員による"研究活動"に遭遇した際には、菓子類、とりわけ甘味類を与えることが対象の意識を逸らし事態終息の有効な助けになることが判明しており、サイト-81██で勤務する職員はこれを常に携帯しておくことが推奨されます。█研究員の歯学的健康面に関する懸念から、現在この手法は禁じられています。█研究員へ飲食物を譲渡する際にはあらかじめエージェント・█の事前の許可を得た上で行ってください。
実験記録018-JP-J-4の結果を受け、█研究員の住居を中心とした主な生活圏に存在する、その健全な成長を阻害し得ると判断された有害な情報媒体は紙面や電子などその形式を問わずすべて破壊されることが決定されました。この任務は有志の職員によって構成される機動部隊え-6"部屋掃除の母"によって行われ、現在もエージェント・█の協力の下に厳重な監視体制で実施中です。1
説明: SCP-018-JP-Jは、財団職員である█博士およびエージェント・█の息女であり現在サイト-81██に勤務する█ ██研究員がある特定の話題や疑問(以下、SCP-018-JP-J-1に指定)に言及した際に観察される異常な現象の総称です。
SCP-018-JP-J-1は反ミーム的性質を有していると考えられています。SCP-018-JP-J-1によって聞き手に引き起こされる反応でもっとも典型的なものは急速な関心の喪失、または移行です。SCP-018-JP-J-1を投げかけられた聞き手はそれを認識できないかのような、もしくは努めて無視しようとしているかのような奇妙な振る舞いを見せ、強引な話題の転換やその場からの離脱を試みます。
またこれ以外にも、突発的な難聴、注意力の散漫、精神の錯乱に加え、稀なケースですが周囲の人間に突発的な暴力衝動を引き起こすなど、様々な要因をもって聞き手がSCP-018-JP-J-1を正常に知覚することを阻んでいると思われます。
実験記録018-JP-J-1 - 日付20██/██/█
対象: ██研究員
実施方法: オフィスでの雑談中、SCP-018-JP-J-1について言及する。
結果: ██研究員は「そんなことよりお菓子があるんだけど食べない?」「ところで今やってるプ███アの中だとどの子が好き?」などといった、明らかに会話の流れに沿わない話題の提供に執心し始める。話者がSCP-018-JP-J-1へと話題を戻そうと試みるも、こうした反応が頑なに繰り返されるだけであった。特筆すべきことに、この際██研究員には顕著な顔面の紅潮や発汗、猛烈な眼球運動などといった症状が観察された。
分析: 先日私が偶然にも遭遇した異常な現象が、この実験においても再現性をもって生じた。私の財団職員としての直感が間違っていなかったと証明されたというわけだな。 - █研究員
実験記録018-JP-J-2 - 日付20██/██/██
対象: ██博士、██研究助手、██研究助手、██研究助手
実施方法: 話者を含めた5名のメンバーでのディスカッション中、██博士に向けてSCP-018-JP-J-1について言及する。
結果: ██博士は実験018-JP-J-1のケースと同様に、SCP-018-JP-J-1を意図的に無視するかのような不自然な反応を見せる。また周囲の部下たちにも話を振ったところ、明らかな可聴範囲内に居たにも拘らず「何の話か聞いていなかった」「聞こえなかった」など、突発的な注意力の散漫や難聴に陥ったことを主張し会話への参加を固辞した。
分析: 異常な影響はSCP-018-JP-J-1を投げかけられた直接の対象でなくとも及ぶらしい。この実験でSCP-018-JP-Jは間違いなく我々が収容すべき異常現象であるという確信が得られた。財団へと正式に報告し、SCPオブジェクトとして認定してもらった上で本格的な研究に移れるよう要求することにしよう。 - █研究員
却下。おそらく彼らはただ単に過労や寝不足による注意散漫状態だったのだろうと推測される。█研究員は今後、勝手な自己判断による実験を行うことは控えるように。 - サイト-81██管理者
実験記録018-JP-J-3 - 日付20██/██/██
対象: ██博士
実施方法: 談話室において歓談中に、SCP-018-JP-J-1について言及する。
結果: ██博士は「キャベツ畑」や「コウノトリ」などといった用語を交えた、荒唐無稽かつ支離滅裂な理論を展開し始める。その後話者によって論理的な矛盾を突かれ返答に窮すると、その振る舞いはSCP-018-JP-J-1を無視しようとする典型的な反応へと変化した。
分析: ここに来て新たなデータを得られた。これはSCP-018-JP-J-1に対する応答が行われた初めてのケースだが、その返答内容は論理的に破綻しておりSCP-018-JP-J-1が原因で精神に異常を来していることは明らかだ! この結果をもって、私はSCP-018-JP-JをSCPオブジェクトとして正式に認定するよう改めて要求する! - █研究員
却下。██博士は前日の飲酒の影響が抜けきっていなかったがために素敵なお伽噺を口走ってしまったのだろう。█研究員はこれ以上無意味な実験でサイトを混乱に陥れるような真似はやめたまえ。 - サイト-81██管理者
実験記録018-JP-J-4 - 日付20██/██/██
対象: エージェント・██
実施方法: 廊下で談笑していたエージェント・██に対し、SCP-018-JP-J-1について言及する。
結果: エージェント・██はこれに下品な笑顔で快諾すると、"教科書"と称して所持していたバックから何らかの冊子を取り出す素振りを見せる。すると突如として現場に居合わせていた財団職員ら十数名がエージェント・██に一斉に飛び掛かって抑え込み、さらには罵倒の言葉とともに殴る蹴るなどの暴行を加え始めた。この結果としてエージェント・██は全治2週間の重傷を負った。なお問題の冊子が何であったのかは錯乱した職員の一人によって没収されてしまったため不明である。
分析: もしかしたらSCP-018-JP-Jの異常性は私が予想していたよりずっと危険なものなのかもしれない……やはり財団の総力を挙げて対処と究明に乗り出すべき案件だろうと考える。 - █研究員
却下。エージェント・██はその軽薄な態度が職員らの反感を買っていた。そうした積もり積もった不満がふとした拍子に爆発したのだろう、たぶん。改めて言うが、実のない実験に時間を費やす愚行は即刻やめ、本分の職務に専念したまえ。本当にやめて。
なお、本件における職員らによるエージェント・██への暴力行為は当然の報いやむを得ない悲劇であったとして処分等は見送られる。 - サイト-81██管理者
█研究員による陳述
確かに私は他の財団職員の方々と比べればはるかに年下の新米であり、この報告も事によれば子どもの戯言程度に捉えられているのかもしれません。しかし私も飛び級を重ねることで最高学府を卒業し、現在の地位を認められたれっきとした財団職員の一人です。仮に私のキャリアや年齢を理由にこの報告が軽んじられているとするならば、それは財団の姿勢としては極めて不適当であり不愉快です。私は誰に何と言われようと財団職員としての使命を全うしますし、SCP-018-JP-Jという異常が認められるまでこの研究活動を継続するつもりでいます。どうかすべての財団職員はこの案件と真摯に向き合うよう心がけてください。
サイト-81██管理者による提言
現在サイト-81██において職員間に生じている、█研究員によるSCP-018-JP-Jの"研究活動"を起因とした心理的負担やストレスは看過できない問題となっている。また█研究員に将来的に生じるであろう苦悩と羞恥も考慮すると、ここは一刻も早い対処が不可欠であろうと私は考える。
よって私はこの事態の収束を図るための最終手段として、プロトコル"保健体育"の実施をここに提言するものとする。
この提言はO5評議会による慎重な審議の末、否決されました。
まだ早い。 - O5-7
SCP-XXX-JP-J報告者による覚書
この報告書をジョークのように扱っている職員が存在するという話を聞きました。確かに私は他の財団職員の方々に比べはるかに年下の新米であり、事によれば子どもの戯言程度に捉えているのかもしれません。しかし私も飛び級を重ねることで博士号を取得し、現在の地位を認められたれっきとした財団職員の一員です。仮に私の年齢やキャリアを理由にこの報告書が軽んじられているとするならば、それは財団職員の姿勢として極めて不適当であり不愉快です。すべての財団職員はこの案件に対し厳粛に取り組むよう心がけてください。-█上級研究員
アイテム番号: SCP-XXX-JP-J
オブジェクトクラス: Sexual
特別収容プロトコル: また倫理上の観点からプロトコル・ペアレンツコントロールに従って、█上級研究員が取得可能な情報はあらゆる状況下で選別され制限されます。
█上級研究員へ菓子類、とりわけ甘味類を与えることが事態の終結に有効な助けになることが判明しており、█上級職員と近しい職員はこれを携帯することが推奨されます。█上級研究員の歯学的健康面による懸案から、現在この手法は制限されています。今後█上級研究員へ飲食物を譲渡する場合にはエージェント・█の事前の許可を得た上で行ってください。
説明: SCP-XXX-JPは財団職員である█博士およびエージェント・█の息女であり、現在サイト-81██に勤務する█ ██上級研究員がある特定の話題や疑問(以下、SCP-XXX-JP-1に指定)に言及した際、財団職員に観察される異常な現象の総称です。
SCP-XXX-JP-1は反ミーム的性質を有していると考えられており、SCP-XXX-JP-1によって聞き手に引き起こされる反応でもっとも典型的なのは急速な関心の喪失、または移行です。
██上級研究員がSCP-XXX-JP-1に触れると同時に職員は態度を急変させ、「そんなことよりお菓子があるんだけど食べない?」「ところで今やってるプ███アの中だとどの子が好き?」といったような、会話の流れに明らかに沿わない話題の提供に執心し始めます。こうした言動は█上級研究員がSCP-XXX-JP-1への言及を断念しない限り頑なに繰り返されます。
また疑問を投げかけられた直接の対象でない周囲の人物にも異常な影響は及び、明らかな可聴範囲内に居たにも拘らず「何の話か聞いていなかった」「聞こえなかった」など、突発的な注意力の散漫、または難聴に陥ったことを主張し会話への参加を固辞します。
なおこうした症状を発現することなく質問に応答できる職員も存在しますが、彼らもまた例外なく精神に異常を来しており、「コウノトリ」や「キャベツ畑」などといった非科学的かつ荒唐無稽な理論をもって質問の答えであると主張し始めます。しかしほとんどのケースにおいて█上級研究員によって科学的・論理的な矛盾点を指摘されることで返答に窮し、最終的に上述の状態へと陥ることとなります。
また稀なケースではありますが、SCP-XXX-JP-Jに対する返答を行おうとした人物への暴力的衝動を周囲の人間に発生させた事例も確認されています。(インシデントレポートXXX-J-1参照)
インシデントレポートXXX-J-1:
これは█上級研究員が任務から帰還し廊下を歩いていたエージェント・██に対して、SCP-XXX-JP-1を口にした際に発生しました。これにエージェント・██が下卑た笑顔で返答を快諾し、所持していたバックから何らかの冊子を取り出そうとした瞬間2、█上級研究員に同伴していた部下や同僚、および周囲に居合わせた財団職員ら十数名が突如としてエージェント・██に一斉に飛び掛かって抑え込み、さらには殴る蹴るなどの暴行を加えました。この結果として、エージェント・██は全治2週間の重傷を負っています。なおこれらの暴力行為は当然の報いSCP-XXX-JP-Jの異常性によって引き起こされたやむを得ない悲劇であったとして、加害者らへの処分は見送られました。
尋ねられたから教えてあげようとしただけだろ… - エージェント・██
死ね。- エージェント・██
最低です。- ██研究補佐
補遺: インシデントXXX-J-1の発生を受け、エージェント・█の協力を得た機動部隊ら-18"部屋掃除の母"が投入され、█上級研究員の健全性を損なう有害な因子になり得ると判断された情報媒体は電子や紙面、その形式を問わずすべて破壊されました。
ひどすぎる。- █博士
サイト-81██管理者による提言
現在サイト-81██において職員間に生じるSCP-XXX-JPを原因とする心労やストレスは看過できない問題となっている。また█上級研究員に将来的に生じるであろう苦悩と羞恥も鑑みて、一刻も早い対処が不可欠であろうと私は考える。よって私はこの事態の根治を図るため、最終セーフティプロトコル"保健体育"の実施をここに提言する。- サイト-81██管理者
この提言はO5評議会による審議の末、全会一致で否決されました。
まだ早い。- O5-█
[
アイテム番号: SCP-1406-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1406-JPは当オブジェクトのため新たに建造されたサイト-81██に収容されます。SCP-1406-JPは可視光外部透過率が70%を超える全面ガラス張り容器内に、完全に水没させた状態で留め置かれます。収容室には自動消火装置と緊急排気システムが備えられ、複数の独立した電源から電気供給を受ける照明具の照射により常時500lux以上の明るさが保たれます。少なくとも週に1度、収容設備に対するメンテナンスが実施されますが、これらの作業はすべて日中のうちに完了しなければなりません。またサイト-81██内に存在する照明を除いたすべてのセキュリティ関連設備は発光機能が除去されたものが使用されます。SCP-1406-JPと一定時間以上近接した職員は、その後の精神鑑定によってSCP-1406-JPによる精神作用の影響下にないことを証明する必要があります。
説明: SCP-1406-JPは起源不明のオイルランプです。SCP-1406-JPはその地域における日の出から日の入りまでの時間帯、かつ1lux以下の明るさの環境下に置かれたとき、内部で異常性を有する炎(以下、SCP-1406-JP-1)を発火させ点灯します。SCP-1406-JP内のSCP-1406-JP-1は燃焼に燃料を必要としている様子がなく、気流の衝突、無酸素空間への曝露、不燃性液体への浸漬といった外的要因によって鎮火されない限り燃え続けます。
SCP-1406-JP-1から3.7km以内に存在する発光体は負の影響を受けます。それらは電気系統の故障、急速な消耗や劣化、物理的な崩壊、化学組成の変化、エネルギーの散逸など、様々な要因をともなってただちに発光能力を喪失します。これは可視光線を発しているものであれば照明を目的としたものに限らず、映像機器や携帯機器といった電子機械、ルミノールやアルミン酸ストロンチウムなどの化学発光体、ホタル科や発光性キノコなどに見られる生物発光、そして炎、何であれ影響を受けます。財団が把握する限り、この影響への完全な耐性を有する光源はSCP-1406-JP内で燃焼するSCP-1406-JP-1だけです。この耐性はSCP-1406-JP外へ持ち出されることで不完全となり、SCP-1406-JP-1は自身の特性によって火勢を削がれ続けます。
SCP-1406-JP-1から発せられる光は、直接の目視をトリガーとする認識災害的性質を有しています。この影響を受けた被験者は時間の経過にともなって、夜盲症に似た著しい視覚機能の減衰と、具体的対象の存在しない漠然とした恐怖、不安、焦燥、緊張といったネガティブな感情の不自然な増進を報告します。多くの被験者は当初これに対して当惑するに留まりますが、視覚的/精神的な影響が深化するにつれ、やがて自身を現在の心理状態に至らしめるに足る何らかの要素の存在を疑い始めます。この疑惑は不確かな知覚情報、もしくは拡大した視認不能な領域の内から、被験者の想像力によって脅威が見い出され正当化されます。こうした一連の思考プロセスは、SCP-1406-JP-1の精神作用から生じる認知的不協和を解消しようとする潜在意識の防衛機制だと考えられていますが、この結果として被験者は現状への危機意識を確固たるものにまで強化するに至ります3。
こうした症状はSCP-1406-JP-1から遠ざかることで容易に回復しますが、あらゆる光源を駆逐するというその性質上、必然として周囲の人間はSCP-1406-JPの元へ誘引されます。彼らはSCP-1406-JP-1を種火に焚火を起こすなどして光源の確保を試み、無自覚にその症状を最大まで悪化させていきます。
SCP-1406-JPは██県に存在する山村のおおよそ中心部で発見されました。財団が異常を知覚した時点で、集落は火災によってその大部分を炎上させていました。火の手は周囲の山林付近にまで及びましたが、未明からの降雨、まばらに点在する建造物、そしてSCP-1406-JP-1を延焼させる役割を担う住人のほとんどが死に絶えたことで火勢は徐々に衰え始め、大規模な林野火災への発展は免れました。
対象: ██氏
インタビュアー: ██博士
付記: ██氏はSCP-1406-JP回収時に救出された生存者の一人である。重度の全身火傷のため財団の医療施設で治療中であり、インタビューは同施設の病室で行われた。
<録音開始, 19██/██/██>
██博士: こんにちは、██さん。お加減は如何でしょう。ここ何日かあまり眠れていないとのことですが、痛みがひどいようなら私から薬の量を増やすよう伝えることもできますよ。
██氏: いや、それはいい。大丈夫だ。始めてくれ先生。
██博士: 結構。ではこれからあなたには、あの夜起きた出来事について話していただきます。まずはあなたがSCP-1406-JP……例のランプを見つけた時のことから。
██氏: わかった……といっても、あれをうちに持ち込んだのは俺じゃなくて兄貴だった。言うには、山道の中程で置き去られているのを見つけたんだと。俺は登山客が残したものなんだろうと思って気にもしなかったが、兄貴は違うようだった。山に入るには時季外れだし、それらしい連中も見かけていない。なによりうっかり忘れていったにしては置かれた場所があまりにこれ見よがしだったと気味悪がっていた。
██博士: ランプに異常なところは見られましたか?
██氏: 最初のうちは何も。言ったようにさして興味もなかったし、兄貴にしたって話のタネに持ってきただけだったんだろう。ちょいと弄った後は軒先に放置してたよ。だからそう、おかしなことが起こり始めたのはもっと後……日が沈んで、しばらく経った時分のことだ。前触れなく、家中の明かりが一斉に消えたんだよ。電灯から、吸ってた煙草の火まで、文字通り全部だ。手探りで引き出した明かりもどういうわけかまるで役に立たない。あの日は厚い雲がかかっていたから月明かりにも頼れなくて、二人して途方に暮れていると女房の声が上がったんだ。"こちらに明かりがありますよ"って……。
[対象は固く目を閉じ、十数秒の間沈黙する]
██博士: 続きを、██さん。
██氏: ああ……すまない。それで見てみたら、確かに軒先のランプに火が点いていた。誰もあれに触れていなかったから妙だとは思ったが、とにかく困り果てていた俺たちはそれに頼った。あのときはようやく明かりを手に入れられて胸を撫で下ろしたのを覚えている。とはいえ、そのまま腰を落ち着けちまうわけにもいかない。この状況で妻子を連れ歩くのには抵抗があったが、結局みんな連れ立って順繰り近所の様子を伺っていくことにした。奇妙な停電は村中で起きていて、案の定どこも明かりが使えなくて参っていた。独り身や年寄り、他にもそれなりの数の村人はそのまま俺らにひっついてきて、ひと段落ついたころにはちょっとした大所帯になっていたよ。だから俺たちは広場に集まって、起こした焚き火を囲みながらこれからどうするかみんなで相談することにしたんだ。
██氏: そんな中、まず騒ぎだしたのは婆さん連中だったと思う。暗い、怖い、焚火が小さくなっているもっと火を焚けとな。最初は癇癪でも起こしたのかと思って宥めすかしていたが、そのうち同じようなことを言う奴が増えてきた。やがていろんなものが炎の中に突っ込まれ、焚き火の数が増えて、大きくなって……あとはその繰り返しだ。いつの間にか村中の人間が集まってそれに参加していた。それが焚き火なんて域を超えた頃には、誰もそんなこと気にしちゃいなかった。みんながみんな、火を大きくすることだけに執着していた。仕方がないんだ。誰だってあんな暗闇の中、一人きりなんて耐えられない。
██博士: 一人? 広場には多くの住民が集まっていたはずでは?
██氏: そんなのは頼れる明かりがあって、辺りを見渡せられるから言える理屈だよ、先生。周囲は暗くてロクに見えやしない。隣にいた連中は残らず暗闇に消えちまった。そこにいるのは自分一人で……いいや、確実に一人ってならまだ良い。でも、実際はそれすらわからないんだ。聞こえてくる息遣い、不明な視界をよぎる影、得体の知れない何かの気配……ここはどこで、そこにはいったい何がいる? 暗がりの中じゃ確かなことなんて何もない。だからまずは、何にも優先して十分な明かりが必要なんだ。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、あのとき俺たちはそう信じてた。
██博士: 少なくともあなたはそう考えたから、そのような行動に走ったと。
██氏: ああそうだ。なにせ気がつけばそんな有様だ。俺は一刻も早く家族を見つけないといけなかった。だから俺は必死で、少しでも辺りを見通せるように……[顔を歪める]そうだ、俺には明かりが必要だった! 息子は歩き始めたばかり、家内は身重だったんだぞ! 必死になって何が悪い!
██博士: 落ち着いてください██さん、動かないで。ナース、すまないが来てくれ。鎮静剤の準備を
██氏: 待て! [息を吐く]待ってくれ先生。悪かった、少し興奮したんだ。もう落ち着いたから大丈夫だ、大丈夫……。
██博士: 本当に? ……いえ、しばし時間を置きましょう。続きは、あなたが十分落ち着いてから。
██氏: すまない、すまない……[手で顔を覆う]ただ先生、これだけは分かってくれ。誰も好きであんなことをしたわけじゃない。奪おうだとか傷つけようだとか、そんなつもりであんなことをやったわけじゃないんだ。ただみんな不安で、心細くて……安心したかっただけだ。見慣れた場所で見知った奴らと、夜を越えたかっただけなんだ。
██氏: だから俺たちは火を焚いた。辺りを明るく照らし出しさえすれば、そこには昼間と変わらない、いつも通りの景色が広がっていると信じて。けど、それは間違いだった。ようやく待ち侘びた朝がやってきたとき、そこに広がっていたのは炭と灰と、焼け焦げた地面と、誰かもわからない黒焦げの……。
[数十秒の間、対象はすすり泣く]
██氏: 日が落ちる。夜が来る。けれど、街に明かりは灯らない。ただそれだけのことが、あんなにも恐ろしいとは。夜が、あんなにも長いとは……。
██博士: 十分です、██さん。今のあなたには、休息が必要だ。ナース、頼む。
██氏: よせ、違うんだ聞いてくれ。あの夜は本当に暗くて、手元だってロクに見えなかったから……なあ先生、俺があの夜、炎に投げ込んだのは何だったんだ? もう今となっちゃわからない。わからないから……夢に見るんだ……。
[投与された薬剤によって、対象は鎮静化する]
<録音終了, 19██/██/██>
アイテム番号: SCP-XXX-JP - 安息の灯
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは当オブジェクト収容のため建設されたサイト-81██に収容されます。SCP-XXX-JPは複数の独立した電源から成る照明具により規定以上の明るさが保たれた収容室内において、完全に水没させた状態で留め置かれます。週に1度、照明具にはメンテナンスが実施されますが、この作業はすべて日中に完了しなければなりません。またサイト-81██内に設置するセキュリティ関連の電子機器はすべて発光機能が組み込まれていないものが使用されます。当オブジェクトの収容に関わる職員は定期的な精神鑑定を受けることでSCP-XXX-JPの影響下にないことを証明する必要があります。
説明: SCP-XXX-JPは起源不明のオイルランプです。SCP-XXX-JPは日没から日出までの時間帯、1lux以下の明るさの環境下に置かれたとき内部で自然発火し点灯します。SCP-XXX-JP内の炎は日出を迎えるか外的要因によってのみ鎮火します。またこれを種火に外部へ燃え移らせた炎(以下SCP-XXX-JP-1)は対象が可燃性物質であればそれが有する難燃性の要素4をある程度無視して引火し燃焼を始め、かつ通常より比較的短時間で燃え尽きます。この点を除けば、SCP-XXX-JP-1はおおよそ通常の炎と同様に振る舞います。
点灯中のSCP-XXX-JPから最低でも800m以内に存在する発光体は負の影響を受けます。それらは電気系統の故障、急速な消耗や劣化、物理的な崩壊、化学組成の変化、エネルギーの減少など、様々な原因をともなってただちに発光能力を喪失します。これは光を発するものであれば照明を目的としたものに限らず、映像機器や携帯機器といった電子機器、ルミノールやアルミン酸ストロンチウムなどの化学発光体、そして炎、何であろうと影響を受けます。財団が把握する限り、この影響への耐性を有する光源はSCP-XXX-JP-1だけです。
加え、SCP-XXX-JP-1の光に曝され続けた人物(以下被験者)は徐々に暗闇恐怖症や妄想性パラノイアといった異常な精神障害、および重度の夜盲症に似た視覚障害の症状を呈し始めます。こうした症状はSCP-XXX-JPから遠ざかることで回復しますが、その特性上被験者たちは唯一の光源となるSCP-XXX-JPに誘引されます。彼らはSCP-XXX-JP-1を焚くなどして光源の確保を試みるようになり、症状が最大まで悪化することでその行動を無差別的な放火活動へと発展させます。
燃え広がるSCP-XXX-JP-1の総合的な大きさに同期し、SCP-XXX-JPはすべての効果範囲を加速度的に拡大させます。
SCP-XXX-JPは██県の海沿いに存在する寒村で発見されました。発見時、SCP-XXX-JPの影響を受けた村民らの放火と延焼によって、対象から半径1km以内に存在していた家屋や植物といったほぼすべての可燃物が焼失していました。この際SCP-XXX-JPの効果範囲は最大で██kmまで達したと見積もられていますが、近隣にコミュニティーが存在しなかったこと、SCP-XXX-JP-1を延焼させる役割を担う住人が少数であったこと、またそのほとんどが早い段階で死に絶え火勢が衰えたことで更なる拡大は食い止められました。
対象: ██氏
インタビュアー: ██博士
付記: ██氏はSCP-XXX-JP回収時に救出された事件の生存者の一人である。全身火傷の治療のため財団の医療施設に収容されており、インタビューは同施設の病室内で行われた。
<録音開始, 19██/██/█**>
██博士: こんにちは██さん。今の気分は如何でしょう。ここしばらく眠れていないとのことでしたが。
██氏: いや、大丈夫だ。ありがとう先生。
██博士: それは何より。ではこれから、例の事件について話していただきます。まずはあなたがSCP-XXX-JP…例のランプを見つけた時のことから。
██氏: わかった。…といっても、あれをうちに持ち込んだのは俺じゃなくて兄貴だった。言うには、朝の漁で網に引っかかってたんだと。うちの海は潮の関係かおかしなものが流れ着くことがよくあるから、あれもそういうもんだったんだと思う。
██博士: ランプに何か異常な点は見られましたか?
██氏: 最初のうちは何も。さして興味もなかったし、兄貴にしたって話のタネに持ってきただけだったんだろう。ちょいといじった後は軒先に放置してたよ。だからそう、おかしなことが起こり始めたのはもっと後…日が沈んで、しばらく経った時分のことだ。前触れなく、家中の明かりが一斉に消えたんだよ。電灯から、それこそ吸ってた煙草の火まで、文字通り全部だ。手さぐりで見つけた明かりもどういうわけかまるで役に立たない。あの日は曇り空だったから月明かりもロクになくて、二人して困り果てていたら家内の声が上がったんだ。"こちらに明かりがありますよ"って…[俯き、体を震わせる]
██博士: ██さん?
██氏: いや…なんでもない。すまない。それで見てみたら、確かに軒先のランプに火が点いてたんだ。誰もあれに触っていなかったから妙だとは思ったが、とにかく途方に暮れてた俺たちはそれに頼った。奇妙な停電は村中で起きていて、どこも明かりが無くて参っていた。俺たちの村は孤立している。だから村人のいくらかが広場に集まって、焚き火をおこしながらどうするか相談し始めたんだ。そんな中、まず騒ぎだしたのは婆さん連中だったと思う。暗い、怖い、よく見えないからもっと火を焚けとな。最初は癇癪でも起こしたのかと思って宥めすかしていたが、だんだんと同じようなことを言う奴が増えてきた。やがていろんなものが炎の中に突っ込まれて、焚き火の数が増えて、大きくなって…あとはその繰り返しだ。いつの間にか村中の人間が集まってそれに参加していた。それが焚き火なんて域を超えた頃には、誰もそんなこと気にしちゃいなかった。みんながみんな、火を大きくすることだけに執着していた。仕方がないんだ。誰だってあんな暗闇の中、一人きりなんて耐えられない。
██博士: 一人? 広場には多くの住民が集まっていたはずでは?
██氏: そんな理屈は頼れる明かりがあって、周りを見渡せられるから言えることだよ、先生。暗くて辺りはロクに見えやしない。一緒にいた連中は残らず暗闇に消えちまった。そこにいるのは自分一人で…いいや、確実に一人ってならまだ良い。でも実際はそれすらわからないんだ。声がする。気配がある。なら自分の隣に、背後に、いったい何がいる? 暗がりの中じゃ確かなことなんて何もない。だからまず何よりも優先して十分な明かりが必要だったんだ。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、あのときの俺たちはそう信じてた。
██博士: だから、あなたも他の者たちと同様に炎を大きくする行為に加わった?
██氏: そう…そうだ。気が付けばそんな状態だ。俺は一刻も早く家内や子どもを見つけなけりゃいけなかった。だから俺も必死で…とにかく手についた手頃なものは片っ端から火の中へ投げ込んだ。少しでも明るくしようと…そうだ、俺には明かりが必要だった! 息子は去年産まれたばかりだったんだぞ! 必死になって何が悪い![身を乗り出し、██博士を掴む]
██博士: わかっています。私たちはあなたを責めなどしません。だからどうか落ち着いてほしい。さあ、ベッドに戻って。呼吸を整えて。
██氏: すまない、すまない…[身を倒し、両手で顔を覆う]だけどわかってくれ先生。誰も好きであんなことをしたわけじゃない。奪おうだとか傷つけようだとか、そんなつもりであんなことをやったわけじゃないんだ。ただみんな不安で、心細くて…安心したかっただけだ。だから火を焚いて、周りを明るく照らせば、いつもの村に戻ってくれると信じてた。けどそれは間違いだった。ようやく待ち侘びた朝がやって来たとき、辺りに広がってたのは炭と灰と、焼け焦げた地面と、誰かもわからない黒焦げの…[しばしすすり泣く]日が落ちる。夜が来る。けれど、街に明かりは灯らない。ただそれだけのことが、あんなにも恐ろしいとは。夜が、あんなにも長いとは…
██博士: 十分です、██さん。今のあなたには休息が必要だ。
██氏: [泣き続けながら首を横に振る]なあ先生…俺はあの夜、いったい何を火の中に投げ込んだんだ? もう今となっちゃわからない。わからないから…夢に見るんだ。
<録音終了, 19██/██/█**>
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはサイト-81██の完全な暗闇とした収容室に、完全に不透明な素材で作られたケース内に施錠された状態で安置されます。サイト-81██管理者の事前の承認なしにSCP-XXX-JPと接触することはその役職や権限に関わらず許可されません。当該施設においては常に十分な量の記憶処理薬の備蓄が徹底されます。SCP-XXX-JP-1への変異が確認された人物は機動部隊ま-4"三猿"によるすみやかな確保の後、手順XXX-EKに従い隔離されます。SCP-XXX-JP-αの流出、あるいは外部においてSCP-XXX-JP-1の出現が確認された場合、該当地域への記憶処理薬の広域散布が許可されただちに実行されます。
説明: SCP-XXX-JPはヒトを含む既知の生物と外見的な共通点を一切持たない未知の生命体を象った一体の模型です。SCP-XXX-JPは主に一般的なマネキン人形に用いられるものと同様の合成樹脂で構成されており、特筆すべき異常な点は発見されませんでした。
現在SCP-XXX-JPおよび後述のSCP-XXX-JP-1を被写体とした画像や映像、あるいはオブジェクトの外見に関して記述された文書など、その形体を把握することが可能な情報群はSCP-XXX-JP-αと総称されLK100機密として扱われています。
SCP-XXX-JP-αは、それを認知する人物に対し不定の確率と期間を経て肉体的な変異を発生させることが知られています。変異した人物(SCP-XXX-JP-1に指定)の外見的特徴は、それぞれ僅かな個体差が存在していることを除けばSCP-XXX-JPのそれとおおよそ一致します。また変異が発生する以前であれば、記憶処理によりSCP-XXX-JP-αに関する知識を抹消することで変異を未然に防ぐことが可能です。SCP-XXX-JP-1個体は自身に起こった肉体的変容を自覚することがなく、なおかつ変異後の容姿が人類として異常のないごく標準的な容姿であるといった認識を抱きます。こうした特性からSCP-XXX-JP-αの大規模な流出が起こった場合、CK-クラス並びにAK-クラス世界終焉シナリオが引き起こされる恐れがあります。また複数のDクラス職員にSCP-XXX-JP-1への変異現象を記録した映像を閲覧させたところ、すべて観察者がその変異プロセスを正確に把握することができませんでした。このことからSCP-XXX-JP-1への変異は現実改変や過去改変など、単純な物理的変容とは異なる要因によって引き起こされているのではないかといった仮説が立てられています。
SCP-XXX-JPは██県██市において近隣住民から“怪物が現れた”との通報により確保されたSCP-XXX-JP-15とともに、現場付近の廃墟にて3体のマネキン人形と並べられているところを発見されました。なおこの際すべての一般人の目撃者には隠蔽のためAクラス記憶処理が施されています。
その後SCP-XXX-JP-αが有する特異性が発覚するまでの間、収容任務と研究業務に携わったエージェント1名と研究員4名のSCP-XXX-JP-1への変異が引き起こされました。
収容時に撮影されたSCP-XXX-JP |
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SCP-XXX-JP-1として隔離処置を受けるエージェント・██。不鮮明だが、明らかな外見的な異常が見て取れる。 |
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アイテム番号: SCP-XXX-JP - 真夏日の坂
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはその周囲にフェンスを張り巡らし、民間人を遠ざけてください。SCP-XXX-JP全域を覆う製造工場に偽装した収容施設が建造されており、そこではSCP-XXX-JP内部に投入されたUGVから送られる情報を監視する人員として最低3名以上の職員が常駐しています。またSCP-XXX-JP-α前方10cm地点には施錠可能な開閉扉を設置することで不慮の侵入を防いでください。SCP-XXX-JP内部に人間を投入する実験を行う際には通信機器及び進行距離を計測可能なメーター等を被験者に装備させ、無用な空間拡張効果の発現を防ぎます。現在SCP-XXX-JP内部への人間の投入実験は制限されており、これを実施する場合にはセキュリティクリアランスレベル3を超える職員2名以上の同意が必要です。
説明: SCP-XXX-JPは██県██群に存在する、124mに渡り道に沿う形で展開される幅2.6m、高さ4.1mの時空間異常領域です。外部から観察されるSCP-XXX-JPは異常の見られない緩やかな下り坂ですが、その始端に存在するSCP-XXX-JP-αに指定された縦4.1m×横2.6mの特定範囲をヒトが通過することでその異常性が表れます。SCP-XXX-JP-αを通過した人物(以下、被験者と表記)は特定の環境および景観への急激な変化を知覚するとともに、外部からはその姿が瞬時に消失する様子が観察されます。この現象が時空間が切り離された領域への侵入によって引き起こされるものなのか、あるいは特異空間への転移によって引き起こされるものなのかは判明していません。
SCP-XXX-JP内で観測される天候、気温、湿度、風速、雲量、太陽高度、および北東方向上空に残存する航跡雲7などの情報は、オブジェクトの発見当日である200█年8月18日14時10分前後で環境が固定されている可能性を示唆しています。
SCP-XXX-JP内外から、SCP-XXX-JP-αを除いた道の横手や上方、あるいは地面の掘削によって脱出・侵入しようとするあらゆる試みは原理不明な圧力に阻まれ失敗しました。
SCP-XXX-JP内で被験者が坂を下る方向に"前進"するとき、距離を延伸する形での空間拡張が被験者を中心として引き起こされます。この拡張の度合いは被験者による個人差が認められており、SCP-XXX-JPの距離に対して抱く主観的な長さの差に応じて変動するものと考えられています。8
またSCP-XXX-JP内を"前進"している移動物には時間の経過とともに通常起こる物理的、肉体的、精神的な変化が表れません。これに伴い進行中の被験者には距離感覚と時間感覚の極端な鈍麻が見られ、SCP-XXX-JPの異常性に関する知識を持たない場合、時間の経過や進行した距離の膨大さを認識できずに半永久的に行進し続けようとするという事態を招きます。
SCP-XXX-JP内部では財団にその存在が確認されてから今日に至るまで、1日あたり████kmを超える空間拡張が発生し続けており、これにより20██年現在その総距離は████████kmにも達すると見積もられています。
SCP-XXX-JPは200█/8/18、前日に外出した後に行方不明となった当時11歳の少年2名の捜索を行っていた男性によって発見されました。狼狽した様子で昼に変わる道があるとの証言を行う男性の情報を、付近に潜伏していた財団エージェントが捕捉し調査が行われました。また同日、付近に住む当時11歳の少年2名が消息を絶っており、この少年らとSCP-XXX-JPの異常性の関連性は不明です。
その後関係者にはクラスA記憶処理が施され、少年らの失踪に対してはカバーストーリー“水難事故”が適用されました。
補遺: 20██/█/██、SCP-XXX-JP内に投入され探査を行っていたUGVによってSCP-XXX-JP-αから████km地点にて複数の遺留物が発見されました。以降███kmに渡り点在するこれらの物品は、後の調査によって行方不明になった少年の一人である大野██の所持品であると断定されています。
以下、発見された遺留物の一覧となります。
- 空の500mlペットボトル2本(████地点、および████km地点)
- スナック・甘味など、空の菓子袋(████~████km地点)
- 麦稈帽、リュックサック、およびその内容物(████km地点)
- 空の水筒
- 携帯ゲーム機
- 市販の手持ち花火数点
- 玩具用ゴムボール数点
- 筆記用具数点
- 小学生向けの問題集数冊
- 大野██の手記
ブレーキを一度もかけずに走る。これにぼくだけがまだ一度も成功してない。ぼくは速いのはダメなんだ。だからかんらん車は大丈夫でも、ジェットコースターは苦手だ。
ぼくはブレーキをかけた。自転車は止まって
なにが起こったのかわからない。
いったいぼくは何年、この坂を下りつづけてたんだ?となりを走っていたはずの███はもうどこにも見えない。
今は坂を反対方向にのぼっている。なのに、何時間も進んだのに、まったく進んでない。景色がぜんぜん動かない。
ぼくはこれからどうなるんだ
景色は動かないのに、捨てたペットボトルは遠ざかっていく。頭がおかしくなりそうだ。
いまはこのままのぼっていくしかない。こわくてふりむくことができない。
自転車のブレーキをかけたときの感覚を思い出す。きっと、この坂を下るとまたぼくはなにもわからないまままた何年も進み続けるんだろう。
それだけは絶対にいやだ
この坂道はいつまでも続くと思っていた。本当に、永遠に終わらないとだって感じていた。
██は今もこの坂を下り続けているんだろうか。バカみたいにさけびながら、ぼくと同じように、この坂道が永遠に続くと信じながら。勇気をふりしぼってうしろを見る。おかしなところなんてどこにもない。ただの坂道。
それとも、もしかして、あいつはいつもそうだったように、この坂を下りきった先で途中でブレーキをかけてしまったぼくをバカにしてやろうと待ちかまえているんだろうか。
足がいたい。のどがかわいた。おなかがすいた。食べ物はもうない。飲みものもなくなりそうだ。
はやく家に帰りたい。
これをよんでる人 おかあさんとおとうさんにつたえてください
ウソをついてごめんなさい
かってに出ていってごめんなさい
ぼくをそだててくれてありがとう
ああ そうだ
今度こそ ブレーキをかけずこの坂をくだりきってやる
SCP-XXX-JPの内部空間は現在も両名の進行とともに拡張され続けているものと考えられています。内部空間の拡張を最小限に留めるため、200█/█/██をもってSCP-XXX-JP内への人間の投入実験は制限されてました。UGVによる両名への接触が成されるには最低██年を要すると見積もられています。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPが存在する洞窟周辺はフェンスで囲うとともに、警備員2名を常駐させることで民間人の立ち入りを防いでください。また必要に応じSCP-XXX-JP-1に対して精神カウンセラーによる問診が行われます。
瓦礫の撤去によるオブジェクト回収案は、崩落によるオブジェクト喪失のリスク、並びに対象が長期間にわたる安定した実質的収容状態にあることを踏まえ保留されています。
説明: SCP-XXX-JPは██県██市山中の崩落した洞窟内に存在する異常な実体の総称です。
SCP-XXX-JP-1は洞窟入口から23m地点に存在する成人男性です。SCP-XXX-JP-1の活動は洞窟壁面から剥離し崩れかける岩壁を押し留めることに終始しており、それにより対象は両手両足、および首筋から後背部にかけて絶え間なく損傷を負い続けています。これを除いて、対象が見せる特筆すべき行動は定期的に行われる祈祷文の歌唱だけです。
SCP-XXX-JP-1は少なくとも19██年にその存在が確認されて以降一切老化の兆候を見せることがなく、また食事や睡眠に対する欲求を通常通り有する一方でそれらを得られずとも生存することが可能です。また高い治癒能力を有しており、自身の負傷を通常の数倍程の速度で回復させ続けています。
なおSCP-XXX-JP-1の支えが失われ岩壁が倒壊した場合、洞窟全体におよぶ決定的な崩壊が引き起こされる可能性が専門家によって指摘されています。
SCP-XXX-JP-1の証言から、その起源は18██年代、潜伏しつつ当時の禁教の信仰を続けていた集団の一人であるとされています。財団が行った調査では近隣の村落において複数の住人が同時期の失踪したという対象の証言を裏付ける記録が複数確認されています。
対象: SCP-XXX-JP-1
インタビュアー: ██研究員
付記: インタビューは小型無人機に搭載された通信機を通して行われた。適宜現代語に翻訳済み。
<録音開始, 19██/█/██**>
██研究員:ではSCP-XXX-JP-1。あなたが置かれているこの状況に至るまでの経緯を簡潔に説明して頂けますか。
SCP-XXX-JP-1:その前にもう一度だけ。あなたは本当にはんじょう9様ではないのですね。
██研究員:その問いには既に何度も返答したはずです。経緯の説明を、SCP-XXX-JP-1。
SCP-XXX-JP-1:すみません。
██研究員:声、ですか。それは具体的にどのようなものでしょう。
SCP-XXX-JP-1:"殉じろ""逃げるな"そして"支えろ"と。率直なものでしたが、私はすぐにこれは御前様10の声に違いないと確信しました。確信とともに身体は自然に動きました。賜ったお言葉のまま、私は崩れかけていたこの岩へと縋り付きました。以来、私はここで殉じています。ずっと、ずっと、気が遠くなるほど。
██研究員:逃げ出したいと思ったことはなかったのですか。
SCP-XXX-JP-1:それはもちろん、数えきれないほど。ですがそのたびに仲間たちと祈りを唱え己の心を律しました。この苦難は私一人では到底耐えられなかったでしょう。
██研究員:あなた以外の存在が洞窟の深部にいることは私たちも把握しています。崩落が起こった際、何人がこの洞窟内にいたのですか。
SCP-XXX-JP-1:友人が二人、そして妻と、息子です。おそらく彼らも私と同じように御前様の声を聴き、それを信じて殉じ続けているのでしょう。だというのに、私一人が逃げ出すなどいったいどうしてできましょうか。
SCP-XXX-JP-1:なにより、御前様は最後にこうおっしゃられたのです。この苦難を100年耐えて乗り越えれば、ぱらいぞ11に召し上げてくださると。ゆえに私は仲間たちとともに、何があってもこの岩を支え続けると誓ったのです。
██研究員:しかしあなたたちがここに閉じ込められてから少なくとも2██年が経過していますが。
SCP-XXX-JP-1:[12秒沈黙]
██研究員:SCP-XXX-JP-1、聞こえていますか。応答してください。
SCP-XXX-JP-1:そんなはず…そんなはずは…
<録音終了, 19██/█/██**>
終了報告書: その後SCP-XXX-JP-1は小声で祈祷文を唱え始め、以降4日間に渡って呼びかけに対し無反応となりました。対象はその後も同様の話題に関して言及を拒んでいます。
SCP-XXX-JP-2は洞窟入口から41m地点に存在する全長25cmの木造の観音像です。SCP-XXX-JP-1らの信仰の対象として祀られていたものであると推測されており、礼拝堂として用いられていた洞窟の最奥部に配置されています。SCP-XXX-JP-2の周囲一帯は崩落にともなう落石で覆われていますが、簡易な神棚に納められていたことから対象に目立った損傷は見られません。
SCP-XXX-JP-2は7日に一度、数時間にわたって不明な原理により発声を行います。これまでに年齢・性別の異なる4種類の声音による発声が確認されており、その内容のすべてが祈祷文の歌唱です。
対象: SCP-XXX-JP-2
インタビュアー: ██研究員
付記: インタビューは小型無人機に搭載された通信機を通して行われた。
<録音開始, 19██/█/██**>
██研究員:SCP-XXX-JP-2の活性化を確認しました。これよりインタビューを開始します。
SCP-XXX-JP-2:[男性Aの声音]ああ、前はな前は泉水やなあ。後ろは高き岩なるやなあ。前も後ろも潮であかするやなあ。
██研究員:私の声が聞こえていますか。聞こえているのなら、これから行う質問に答えてください。
SCP-XXX-JP-2:[男性Bの声音]ああ、この春はな、この春はなあ。櫻な花かや、散るじるやなあ。また来る春はなあ、蕾開くる花であるぞやなあ。
██研究員:岩壁を支えている男性は崩落の際、何者かの声を聞いたと証言しています。それはあなたのものですか。
SCP-XXX-JP-2:[女性の声音]ああ、参ろうやな、参ろうやなあ。ぱらいぞの寺にぞ、参ろうやなあ。
██研究員:その男性は明らかに異常な性質を有していますが、それに関して心当たりはありますか。
SCP-XXX-JP-2:[男児の声音]ぱらいぞの寺と申するやなあ、広い寺とは申するやなあ。広いか狭いかは、わが胸にあるぞやなあ。
██研究員:その声はあなたの周りの者らの生前のものを模したものでしょうか。
SCP-XXX-JP-1:[微かに]ああ、しばた山、しばた山なあ。いまはなあ涙の先なるやなあ。先はなあ、助かる道であるぞやなあ。
██研究員:[沈黙]
SCP-XXX-JP-2:[4種の声音による混声]ぱらいぞと申するは、天月星、もろもろのはんじょう、びわとにかぎり、おのれの喜びこうむる処なり。
██研究員:あなたは自分の身を守るためあの男性を利用しているのですか。
SCP-XXX-JP-2:[4種の声音とSCP-XXX-JP-1の混声]いんへりどと申するは、大地な底に、暗き処に、かの天狗に、もろもろ天狗にまた天狗のしたがい、人間のありま限りなし、苦しみ受くる処なり。
██研究員:ダメだなこれは。インタビューを終了する。
<録音終了, 19██/█/██**>
屋敷信正は常に悪意に晒されながら生きてきた。
とりわけ不遇な境遇で育ったというわけではない。それらはすべて彼の振る舞いと心持ちが招き寄せてきたものであり、原因はいつだって彼自身にあった。
なぜなら彼の悪性を前にしたとき、大抵の人間は嫌悪感や不快感を抱き関わり合いを避けようとする。正義感が強い人間であれば激しく憤り糾弾するだろう。芯の強い人間であれば卑しい人物だと冷めた目で侮蔑し、あるいは憐れみの念すら抱くかもしれない。
そう、己を前にすれば誰もが等しく矮小な本性を曝け出す。その正しさと優秀さに凡人どもは恐れを成して、見当違いのレッテルを張り、不当な弾圧を始め、あるいは袖にする体を装い逃亡する――鉄の自尊心と虚栄心。彼はそう信じ疑わない。
何にせよ確かなことは一つ。誰であろうと彼の前では負の情動を垣間見せる。彼はそうした他者の悪感情を目ざとく掬い取って吊し上げ、所詮こんなものかと一方的に嘲笑し相手を自らの足下に敷き詰めてしまうのだ。いったい誰が原因だというのか、それは悪質なマッチポンプに他ならない。
無論、中には訳知り顔で擦り寄ってくる偽善者もいるにはいたが、そうした中途半端な輩こそ屋敷にとって絶好のカモである。彼らは例外なく容赦ない悪意に晒される嵌めとなり、最終的には地金を晒した。
逆を言えば一切の悪意も裏もなく、対等に接することができる者こそが彼の天敵であるのだが、そのような奇特な精神の持ち主などそうはいない。近づいてくるのは貧乏くじを引いた哀れな子羊か、賢しい打算を秘めた者ばかり。そのどちらも彼にとっては踏み潰して搾取する対象でしかない。
そんな男の出生は、少々複雑なものではあったと言えるだろう。
のどかな――屋敷に言わせれば陰鬱として閉じた片田舎。その地一帯にわずかに名と格を残した家に彼は生まれる。
無関心な父親と、過保護な母親。
美しく、穏やかで、そして愚かな女だった。屋敷は彼女からおよそ叱責や体罰といった類の行為を受けた覚えがない。それは無条件の母性愛と言えば聞こえがいいが、言ってしまえば盲目的な親馬鹿だ。彼女の頭の中には一面の花畑が広がっており、息子を肯定するしか能がない。
そしてそんな女だからこそ、その存在は少年期の屋敷に呪いのように憑いて回ることとなる。
屋敷の人間性を思い知った者たちは誰しもそこに理由を求めた。「これほどの歪みには相応の理由があるに違いない」「こうなった原因はどこにある」と。結果、理不尽に対する矛先は屋敷本人を透り抜け母親へと向けられる。
親族、隣人、教師、同輩、誰もが少年の不義の責任を母親へと求めた。
それは屋敷にとって耐えがたい苦痛であり、許しがたい恥辱であった。当然だ、己の性があのような痴愚を源泉とするなどと、いったいどうして認められようか。
彼には人生を自分で選んできたという自負がある。あるがまま不遜に、思うがまま奔放に、だがその何者にも縛られぬはずの性が一人の女に歪められた結果であるなどとは、到底受け入れられるはずもない。彼を形容するのに彼以外の何が必要だというのか。
誰も自分を見ていない。誰も自分を認めていない。この世のすべてが己に対する心得違いをしている。彼が他者へ抱いた原初の感情とはそうした失望であり、苛立ちであり、悶え狂わんばかりのもどかしさであった。
目を逸らすな。色眼鏡を外せ。俺を見ろ。俺を認めろ。その真実を直視すれば皆々必然、俺を敬い尊び重んじるのが道理だろう。
狂おしいまでの自己顕示欲と承認欲求。だが無論としてそのような自己中心的な願望を叶えてくれる者は、そもそもの元凶である母親以外いなかった。
よって男は母親を憎悪する。同時にこの手の気狂いこそが、己に破滅をもたらす怪物なのだと――確信する。
それは彼が狂おしく願い求める祝福が、己を苛む呪いでもあるという堂々巡り。彼は与えられる無条件の肯定を希求するとともに忌避し、焦がれるとともに恐れている。
亡くなる直前、彼女が遺した言葉の意味を彼は今でも汲みかねている。メソメソとあの女らしい哀れさを醸しつつ、「信正、信正」と繰り返し自分を呼びつけた。そして蚊の鳴くようなか弱さで彼女は確かにこう言ったのだ。
泣かないで、と。
誓って言うが、屋敷はこのとき涙など流していなかった。それが今わの際に生じた錯誤であったのか、はたまたまったく別の意味があったのか、それは今に至るも分からない。
分からないまま――屋敷が生涯初めて恐れた女はいともあっさりとこの世から姿を消した。その最期の最後まで、彼の心に刺さるささくれを呪いのように残して。
屋敷博士の人事ファイル
SCP-835-JP - 消照闇子
SCP-317-JP - 群盲のマエストロ
SCP-289-JP - 覗き見るもの
SCP-268-JP - 終わらない英雄譚
SCP-313-JP - 剥ぎ虫
SCP-721-JP - 夏日の坂
SCP-560-JP - ボールあそびにつきあって
SCP-907-JP - 極星の灯
表題:少年の夢と信頼を踏みにじった、エセヒーローどもの茶番劇
没案または凍結中
アイテム番号:SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル:SCP-XXX-JPの周囲20kmはフェンスで封鎖され、常に武装した警備員による定期巡回と監視が行われます。またこの領域上空は常時飛行禁止空域とみなされ、どのような形であろうと許可なく侵入を試みた存在に対しては武力行使が認可されています。SCP-XXX-JPの様子は常時記録され、異変が確認された場合にはすみやかに連絡が行われ機動部隊れ-2『揺り籠』の出動、あるいは対象エリアへの空爆が行われます。SCP-XXX-JPに対する実験はO5の承認を受けた場合にのみ許可されます。
説明:SCP-XXX-JPは██県の山間部に存在する、SCP-XXX-JP-1、SCP-XXX-JP-2、SCP-XXX-JP-3の三つの要素から成るオブジェクトです。
SCP-XXX-JP-1は直径約8.6mの淡く発光する白色の球体です。SCP-XXX-JP-1は未知の原理で地上から約6.7m上空に浮遊しており、反作用による移動などが一切見られないことからその場で強力に固定されていると推測されています。SCP-XXX-JP-1からは常時数百もの長大な人間の腕が生え出ており、周辺で活動する存在を無差別かつ効率的に破壊・殺傷します。攻撃手段は平手・拳による殴打といった原始的なものがほとんどですが、それらの最大速度は時速████kmにも達するため極めて高い殺傷力を発揮します。手のサイズはおよそ0.8mから3mまで様々ですが、腕の長さは自由に伸縮しその攻撃範囲は最大で約80m無制限であると推測されています。一定以上の損傷を受けた腕は崩れ落ちて消滅する様子が確認されていますが、即座に新たなものに生え変わるためSCP-XXX-JP-1は一定の攻撃能力を維持します。
SCP-XXX-JP-2はSCP-XXX-JP-1の直下の地上に存在する直径約6.3mのオブジェクトです。その外観は黒を基調としたハス科の花に酷似していますが、これが巨大な生花であるのか精巧に形を模しただけの造花であるのかは判明していません。SCP-XXX-JP-2はその花床にあたる部位から種子に似た物体を非常に早いペースで途切れることなく射出し続けています。それらはSCP-XXX-JP-2から30mから50mほど離れた地面に落下すると速やかにSCP-XXX-JP-3へと成長し活動を開始します。
SCP-XXX-JP-3はSCP-XXX-JP-2から射出された物体を起源とした生物群です。成長後のSCP-XXX-JP-3はヒトを含む哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、昆虫類、甲殻類、クモ類などといった様々な生物に似た姿をとりますが、ほとんどの場合通常では考えられない巨体や奇形12といった明らかな異常を有しています。ほとんどのSCP-XXX-JP-3は発生と同時にSCP-XXX-JP-1SCP-XXX-JP-2に向かって接近13を試みますがSCP-XXX-JP-1による妨害を受け数秒足らずで殺害されます。致命的損傷を受けたSCP-XXX-JP-3は黒い泥状の物質に変化した後、形跡を残さず消滅します。
これらの三要素が組み合わさることで、オブジェクトを中心とした半径80mほどの勢力圏でSCP-XXX-JP-1が常時百を超えるSCP-XXX-JP-3を殺傷しつつSCP-XXX-JP-2が減少分を補充するという均衡を維持します。少なくともこの状態はSCP-XXX-JPが財団の管理下に置かれた██年前から継続しています。
実験XXX-1 - 日付19██/██/██/
内容:遠隔操作型の無人装甲車によるSCP-XXX-JP勢力圏への侵入。
結果:SCP-XXX-JP中心部から約65m地点にまで接近した時点でSCP-XXX-JP-1からの攻撃を受け、装甲車は破壊され機能を停止した。
付記:実験から20分以内にSCP-XXX-JP勢力圏からSCP-XXX-JP-3が脱する事例が三件相次いで発生した。三体のSCP-XXX-JP-314は、いずれも瀕死の重傷を負いながらも相対した機動隊員に対し強い敵意を示し攻撃を行った。研究のため捕獲が試みられたが負傷と拘束を省みず激しい抵抗を見せたためその場で焼却処分された。死体は他と同様に消滅した。
分析:SCP-XXX-JP-1の攻撃はSCP-XXX-JP-3に限らず、付近で活動する存在すべてに対し行われるようだ。加えてSCP-XXX-JP-3がSCP-XXX-JP-1の攻撃から逃れ勢力圏から脱するのは初めてのケースであり、当然この実験と無関係ではないと思われる。引き続き実験を継続する。
実験XXX-2 - 日付19██/██/██/
内容:Dクラス職員による無作為に選択したSCP-XXX-JP-3への狙撃。
結果:行われた計5度の狙撃はいずれも命中し、標的となった5体のSCP-XXX-JP-3はそれにより負傷、もしくは死亡した。
付記:実験からおよそ4分後、SCP-XXX-JP-1の腕の一本が勢力圏から脱し、およそ130m離れた地点で実験に参加したDクラス職員2名と、さらにその後方100m地点で待機していた機動隊員1名を殺害。その後腕はすぐさま勢力圏に戻り通常通り破壊活動に戻った。
分析:SCP-XXX-JPの三要素は完全に近い拮抗状態にあり、外部からの干渉で一要素が減耗することで別の要素に生じた余力が勢力圏外に向くという仕組みなのではないだろうか。引き続き実験を継続する。
さらなる実験の申請は却下します。現状で安定している当オブジェクトに対し干渉する危険性を鑑み、これ以降行われる実験は観測実験に限定するものとします。- サイト管理者
補遺XXX-1:19██年、監視チームによって行われた高性能熱線映像装置による観測でSCP-XXX-JP-2内に体を丸めた態勢で横たわる身長90cmほどの人間らしき存在が確認されました。その体温や呼吸動作などの挙動から対象は深い睡眠状態にあると推定されていますが、その他詳細な情報は得られていません。
補遺XXX-2:20██年以降、SCP-XXX-JP-1の攻撃能力とSCP-XXX-JP-2によるSCP-XXX-JP-3の供給能力の双方は同率の弱化・減少傾向を見せています。これが同じペースで継続すると仮定した場合、SCP-XXX-JPの全機能は20██年までに失われると考えられています。またこれとほぼ同時期からSCP-XXX-JP-2内に存在する人型存在に僅かな体温の上昇、筋肉の痙攣などといった、睡眠段階の移行による覚醒レベルの上昇と思われる状態の変化が認められています。
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アイテム番号:SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはその周囲30mまでを専有面積とした収容施設を製造工場に装い建造し収容されます。SCP-XXX-JPの全面は厚さ30mmの鉄板を被せ、覆いが外れないよう両端を溶接し固定してください。出入り口には常に武装した警備員2名を常駐させ侵入に備えさせます。実験XXX-4の結果を受けて、保安上の理由から現在SCP-XXX-JPを用いた実験は禁止されています。
説明: SCP-XXX-JPは██県██市に存在する幅約5.8m、長さ約10.3mの公道です。SCP-XXX-JPには黒灰色の石畳が敷き詰められ、その中に黄橙色に染色された石畳が点在するという形で舗装されています。この道路は元々コンクリートで舗装されていましたが、20██年8月に行われた工事で現在の形へと整備されました。この工事を依頼した地方自治体、工事を請け負った施工業者、SCP-XXX-JPを構成する材質、そのいずれにも異常な点は見当たらず、SCP-XXX-JPがなぜこのような異常性を発現させたのかは不明です。
SCP-XXX-JPはこの道を徒歩で通行した人間がその進行方向に関わらず染色された石畳の部分のみを踏み場所15として渡りきった場合、その人物(以下、被験者)に対して永続的な異常性を発現させます。被験者がSCP-XXX-JPの染色された石畳以外の部位に触れた場合、衣服などの装備品を含めた接触部分が別空間へ転移されます。その際に被験者は一切の抵抗や違和感などを覚えず、「地面をすり抜けていくようだ」と評します。この特性により被験者はSCP-XXX-JPを通常通り進行しようとすると足場を失ったかのように“転落”してしまうため、唯一接触が可能な染色された石畳部分を飛び移るようにして進まなければならなくなります。
SCP-XXX-JPが引き起こす転移には二つの段階が存在し、まず被験者の装備品を含む体の一部でも地表に出ている場合、その転移は完全な暗闇の異空間へ行われます。この空間での生命活動に問題はなく、また転移した部位を地表に引き戻すことで問題なく復帰が可能です。しかし装備品を含む被験者全体が異空間に入り込んでしまった場合その時点で復帰は不可能となり、同時に被験者は地球上のいずれかの地点へと再転移します。その転移先は深海や砂漠、高空、密林といった、いずれも人間が生存することが困難な場所であることが実験で確認されています。
SCP-XXX-JPは20██年9月、この経路を通学路に指定する██小学校の児童██名が下校時に一斉に行方不明になるという事件がきっかけとなり財団に発見されました。現在行方不明となった児童の所在は不明です8歳の女児1名のみ明らかとなっています。
SCP-XXX-JPの異常性を発現させたDクラス職員を用いて実験を行う。Dクラス職員にはGPS追跡装置を装備させる。
実験XXX-1
被験者:D-XXX1
内容:自転車に乗車させた状態でSCP-XXX-JPに進入させる。
結果:D-XXX1は自転車ごと転落するようにして消失。GPS測位により対象の█████の山頂付近への転移が確認された。
分析:乗り物も服装などと同じく被験者の一部とみなされるらしい。その後の乗用車を用いた実験でも同じ結果が得られた。染色された石畳部分に乗り上げ落下はしなかったが。
実験XXX-2
被験者:D-XXX2、D-XXX3
内容:両者を背中合わせに拘束した状態で転移させる。
結果:D-XXX2は南極大陸█████湖付近、D-XXX3は█████島████火山の火口付近への転移が確認された後、即座に反応がロスト。
分析:その状態にかかわらず、一人一人が別の場所へと飛ばされるらしい。拘束がどのように分離されたかは気になるが、それを確認するのは無理そうだ。
実験XXX-3
被験者:D-XXX4
内容:D-XXX4に命綱を装着しクレーンで降下させ転移させる。
結果:D-XXX4の頭頂部まで転移が完了した時点で命綱は切断される。██████16への転移が確認されたが、その4分後に反応がロスト。
分析:命綱は装備品とみなされないようだ。どのような基準でそうした判断が行われているかは不明。
実験XXX-4
被験者:D-XXX5
内容:落下地点と転移先の関連性を確認するため、D-XXX4とまったく同じ地点にD-XXX5を降下させる。
結果:D-XXX5はサイト-81██内のSCP-███の収容室内に出現。D-XXX4はSCP-███の[編集済]を受け死亡。
分析:この結果を受けて本部と各国支部に調査確認を依頼した結果、行方不明になっていた児童の一人である████の所在とその生存が確認された。しかしあれでは…何の救いにもならないな。
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは低危険性植物収容ユニットの温室内で栽培し、定期的な給水と植え替えを行ってください。
説明: SCP-XXX-JPはアロエ科アロエ属に分類される多肉植物の一種です。SCP-XXX-JPの葉内部のゼリー質には未知の有機化合物が含まれており、これをヒトを含む脊椎動物が経口摂取した場合即座に昏睡状態全身麻痺状態に陥ります。これは摂食者の神経細胞・筋繊維細胞膜へ作用し骨格筋の動きを反射レベルまで抑制しているものと考えられていますが、その強い毒性に反して心筋・呼吸筋を始めとする生命活動に必須な一部機能は低下に留まり停止には至らないためこの効能自体によって死亡することはありません。なおDクラス職員を用いた臨床実験での脳波測定の結果から、対象の意識・痛覚は麻痺状態にあっても明瞭な状態を保っていると推測されています。
SCP-XXX-JPは水分補給などを目的に自身を摂食し麻痺状態に陥った生物に対して特異な挙動を見せることが知られています。SCP-XXX-JPは横たわる対象にもっとも近い葉へ内在する水分を集約させると同時に、気孔からゲル状の粘液として分泌させ始めます。この粘液は空気と反応することで一般的なステンレス程度の硬度にまで急速に硬化しながら外皮をコーティングし、一時的に極めて鋭利な刃物に似た形状をとります。その後自重で垂れ下がることで対象の表皮を切開し、小型の生物であれば殺害、大型の生物であれば出血を引き起こし、それを養分として利用していると考えられています。
体内に取り込まれた麻痺毒はその後の時間の経過とともに分解され、対象はおよそ140分から180分ほどで麻痺状態から回復します。しかしこの過程で新たに生じる化合物の組成は財団で用いられるクラスA記憶処理薬に含まれる[編集済]に類似しており、これは対象に意識の混濁に加え、麻痺状態間・およびその前後短時間の記憶の喪失をもたらします。結果、対象は負傷の原因がSCP-XXX-JPにあることを学習できず、以降もSCP-XXX-JPの摂食を繰り返すことで定期的に養分を供給し続けることになります。なおSCP-XXX-JPの粘液は一般的なアロエベラのそれより優れた消毒・殺菌作用、および治癒促進効果を有しており、これは負傷個所からの感染症などによる死亡を予防しています。
現在、財団によってすべてのSCP-XXX-JPの野生種が収容、もしくは駆除されています。
SCP-XXX-JPの存在は2006年、“マナによる慈善財団(MCF)”との関係が疑われる██県内のNGO団体施設を襲撃した際に明らかになりました。財団の機動部隊が踏み込んだ時にはすでに施設は引き払われており無人でしたが、破棄された記憶媒体から一部のデータファイルの復元に成功したことでSCP-XXX-JPの生態・生息地といった情報が得られ当該オブジェクトの収容に繋がりました。
復元された文書(一部抜粋)
[広範なデータ欠落]により1997年にスーダン北部の砂漠地帯において発見され、前述の特性から現場では手術草(surgical weed)などと呼ばれ非常に重宝されています。これは医療物資の不足に悩むウクライナ、シリア、パキスタンなど計11ヶ国で帝王切開術、虫垂切除術、重篤な外傷手術、その他全身麻酔が求められる[データ欠落]そして即席の医療器具として転用できるという有用さも含め広く[データ欠落]手術前後の記憶に僅かな混乱が見られる以外に目立った副作用は報告されておらず、また中毒性も僅かです。事実、これまでに6000を超える外科手術で使用されてきたという実績に裏打ちされた[データ欠落]にせよ、これからも我々の活動を行う上での大きな助けとなってくれることは間違いないと言えるでしょう。
補遺: MCFに対して当該オブジェクトの実験データを一部譲渡・開示することによりSCP-XXX-JPの自主的な放棄を促す案は、機密保持の観点から承認されていません。
アイテム番号: SCP-XXX-JP - 触れ合える男
オブジェクトクラス: SafeEuclidSafe
特別収容プロトコル:SCP-XXX-JPは国内最大のDクラス職員収監施設中央部に位置する標準的人型収容ユニットにて収容されます。収監施設内に存在するDクラス職員は常時600名を下回らないよう調整してください。週に1度Dクラス職員への聞き取りによって、特異性の影響が及ぶ人数の計測が行われます。SCP-XXX-JPには精神カウンセラーによる問診を週に1度、映像モニターを通して受けさせてください。
SCP-XXX-JPはサイト-81██区域内山中に建設された特別収容施設にて、薬物により昏睡させられた状態で収容されます。施設内で生育される生物はリストXXX-OZに含まれるものから最低4種、それぞれ3000体を常時下回ることのないよう調整してください。年に一度、施設周辺の環境調査が行われ、必要と判断された場合にはリストXXX-OZへの新たな生物種の追加が許可されます。
説明: SCP-XXX-JPは身長1.68m、現在██歳の男性です。本人の証言と調査から、██県███市に在住していた████氏本人であることが確認されています。
SCP-XXX-JPは自身と、自身にもっとも近い位置に存在する12名複数のヒト、その双方を対象として皮膚感覚および受容細胞に限定した異常現象を常時引き起こすことが知られています。SCP-XXX-JPの特異性の対象となった者らは40~250㎠ほどの範囲で、体表のいずれかの部位17がSCP-XXX-JPの体表の不定の部位と接触する感覚を覚えます。この触覚的異常はそれに対応する形でSCP-XXX-JPにも表れ、そのためSCP-XXX-JPは常時複数個所を触れられているかのような感覚に見舞われています。この部位や面積、形状は数分から十数分で不規則に変化し、接触部位が重複した場合SCP-XXX-JPは「同一の個所を複数人に同時に触れられているような」感覚を報告します。また接触する部位に応じて、体表に生える体毛、汗や唾液などの体液、体温差による冷温などといった質感も知覚しますが、両者間に粘液や熱エネルギーの移動は認められていないことからあくまで感覚的な異常にすぎないと考えられています。この影響は如何なる服飾品、遮蔽物、遠距離で両者を隔てても防ぐことが不可能であり、現在までに有効な対抗策は見つかっていません。
インタビュー記録XXX-001(19██/██/█)
対象: SCP-XXX-JP
インタビュアー: █博士
付記: インタビューは収容から3日後、映像モニター越しに行われた。SCP-XXX-JPには現状が治療のための措置であると伝えられている。
<録音開始>
█博士:こんにちは、██さん。気分はいかがですか。
SCP-XXX-JP:どうも先生。気分は…正直良くないです。今日もろくに眠れなかった。ただ今はマシです。この感覚が眼や口の中にくると、本当にきつい。
█博士:その感覚ですが、改めてどのようなものか説明していただけますか。
SCP-XXX-JP:[顔を顰め体を揺する] 体のあちこちをベタっと触られているような感覚です。骨ばってたり、湿ってたり、[左肩に触れ] あとここのは毛が生えてるな…とにかくそんな感じで、人のどこかしらがへばり付いてる感触が止まらない。先生、俺の体はいったいどうなってるんですか。
█博士:それを確かめるため今こうしてお話を伺っています。では██さん、その原因に何か心当たりはありませんか。あなたがそうなる前に起きた出来事、見たもの、会った人、思い当ることがあれば些細なことでも構いません。
SCP-XXX-JP:心当たりと言われても [5秒沈黙] 本当に、朝起きたらこうだったんです。前日だって少し飲みすぎたくらいで…あ、あと女の人と会いました。変わったことといえばそれくらいです。
█博士:女性?
SCP-XXX-JP:知らない人です。だから自分でも珍しいなって思うんですけど…俺、なんていうか、これはあまり話したくないことなんですけど [3秒沈黙] とにかく良い人との出会いに恵まれない人生だったんですよ。だから昔からずっと人が苦手で…なのに会ったばかりのその人には何故かそんな身の上話をぶちまけてたんです。でも本当に話をしただけですから、関係ないとは思うんですけど。
█博士:続けてください。
SCP-XXX-JP:彼女はそんな俺の話を何十分も、うん、うん、って頷きながらひたすら聞いてくれて、だからまともに話してすらないな…それで話し終わった後、最後に手を握られたんです。なんか俺、分かんないけどそれで泣いちゃったんですよ。そしたら彼女は笑って「君が欲しかったのはこういう触れ合いだったんだね」って。
█博士:ふむ。
SCP-XXX-JP:本当に、ただそれだけです。かなり酔ってたから、もしかしたら夢かなんかだったのかもしれないですし、それより、あの、先生。
█博士:なんでしょう。
SCP-XXX-JP:俺、俺、彼女と話して、もしかして変われるのかなって思ってたんです。彼女みたいな優しい人もいるんだって。俺が彼女みたいに思いやれる人間になれば、もうちょっと良い人生になるんじゃないかって。だからあの日帰り道で吐いてた酔っ払いには水飲ませてやったし、公園で猫や鳥にエサやってみたり、寝る前に部屋にでかい蜘蛛が出たけど逃がしてやった。それで得なことなんて何もなかったけど、や、やってみたら意外と気分良かったんですよね。[4秒沈黙] だったのに突然こんな、体おかしくして…これ、治りますよね、先生。
█博士:今はまだなんとも。ですがいま私たちも全力で治療法を模索しています。ですので、あまり思い詰めないようにしてください。
SCP-XXX-JP:ありがとうございます、先生。本当に、どうかお願いします。
<録音終了>
終了報告書: 言及された女性に関して、SCP-XXX-JPの証言や調査から有益な情報を得ることはできなかった。SCP-XXX-JPはその容姿などの詳細を述べることができず、飲食店でSCP-XXX-JPを見かけた者はいてもそれに付き添う女性を記憶している者はいなかった。この結果がSCP-XXX-JPの言うとおりその存在が酩酊の産物であることを示しているのかは不明。調査は引き続き行われる。―█博士
情報更新: 19██/█/██、SCP-XXX-JPが影響を与える対象の数が収容当初の12名から21名へと増加しました。以降この特異性の拡大は継続的に進行したため、収容プロトコルの更新と対象のEuclidクラスへの再分類が行われました。
現在SCP-XXX-JPが影響を及ぼす規模は400名を越え、このまま異常性の拡大が進行し続けた場合3年以内にその数は1000にも達すると予想されます。Dクラス職員を用いた封じ込めは限界に近づいており、状況の改善が見られない場合にはDクラス職員の調達がより容易な地域への移送、Keterクラスへの再分類、あるいは対象の終了までを含めた措置の検討を要請します。―█博士 20██/█/██
要請を承認する。―サイト-81██管理者 20██/█/██
情報更新: 20██/█/██、収容施設上空で観察された鳥類の異常な挙動から、SCP-XXX-JPの特異性がイエネコ(Felis silvestris catus)、ハシブトガラス(Corvus macrorhynchos)、イエユウレイグモ(P. phalangioides)など、ヒト以外の一部の生物種にも及んでいることが判明しました。こうした事実とインタビュー記録XXX-001を併せ、SCP-XXX-JPの影響を受ける対象はSCP-XXX-JPと直接接触することを条件として選択されているのではないかといった仮説が立てられ後の実験で証明されました。これを受けて収容プロトコルの大幅な更新が行われ、20██年付けで対象はSafeクラスへと再分類されました。
現在特異性の対象となる生物種は収容を容易かつ確実なものとするため、上記のものに加えハツカネズミ(Mus musculus)、ヨーロッパイエコオロギ(Acheta domestica)、ギンブナ(Carassius auratus langsdorfii)などを始めとする40種以上が追加されています。その詳細はリストXXX-OZより参照してください。
情報更新: SCP-XXX-JPはその特異性の影響から軽度の鬱症状を呈しており継続的な治療が行われてきましたが、現形式の収容プロトコルへの変更とともにその精神状態は急速に悪化しました。そのためSCP-XXX-JPは20██年をもって常時薬物による昏睡状態に置かれることが決定されました。
アイテム番号: SCP-XXX-JP - 勧悪懲善の編集者
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはサイト-81██の標準保管庫において、長期保存用文書箱に収められ収容されます。研究者は既定の審査をクリアすることで、SCP-XXX-JPを用いた実験を行うことができます。SCP-XXX-JPによって得られた文書はその全文が十分な安全が確保された財団サーバーのアーカイブへと記録され、改変を受けた紙媒体はすべて焼却処分されます。
説明: SCP-XXX-JPは寸法255mm×343mmのマチつきの茶封筒です。SCP-XXX-JPは一般に販売されているものとの特筆すべき差異は見られませんが、その裏面には鉛筆による走り書きが残されています(文書XXX-JP参照)。SCP-XXX-JPの異常性は以下の条件を満たす文書が記入された紙媒体に対して発揮されます。
- 記述された文書内に、反道徳的、反社会的、悪意的な側面、もしくは人類・社会に対して被害や悪影響をもたらす側面を強調し描写された人物、生物、組織、勢力、機構、事象、概念、すなわち一般に悪役と呼称される部類の存在が登場していること。
- そうした存在が最終的に、計画や試みの失敗、頓挫、または敗北、死傷、捕縛、無力化などを始めとした、一般に好ましくないとされる状況へ追いやられる結末を迎えていること。
以上の条件を満たす記述がされた紙媒体がSCP-XXX-JP内へ封入され、24時間以上経過した後に取り出された時、その記述内容は改変を受けています。改変された内容は、概して悪役側の勝利という結末──すなわち目的の達成、敵対存在の打倒、生存など、悪役にとって好ましい状況への着地です。また善側の存在が登場している場合には、そうした存在が逆に好ましくない状況へと追いやられているケースが多くを占めています。
ただし、こうした善悪や勝敗といった判断基準は一貫性を欠いており、正確な定義が困難な曖昧で主観的なものであることに注意が必要です。
SCP-XXX-JPによる改変はある程度話の整合性を保つ形で行われ、そのために設定の変更や追加等が見られる場合もあります。改変部は元の記述の形式や文体をおおよそ踏襲しており、事実SCP-XXX-JPによって改変された作品の多くが改変元である原作の愛好者たちから「非常に高い再現度である」との評価を受けていました(SCP-XXX-JP収容経緯を参照)。
またSCP-XXX-JPが改変を行った後の記述内容には、未知であるはずの情報が使用されているケースがまれに報告されます。これは製作陣のみが把握していた隠された設定や、作品の採用されなかった構想、そして世間一般に知られていない現実世界の事実情報などを含みます。こうした情報をどのようにしてSCP-XXX-JPが得ているのかは不明です。
SCP-XXX-JPによる改変は封入された紙媒体の文書にのみ発生し、内容が同一である他の文書、読者の記憶や認識、そして現実の出来事に対しては一切効果を及ぼしません。
封入された文書: 童話"桃太郎"の写し。
開封された文書: 桃太郎がお供を連れて鬼が島に上陸するまでは物語に変化なし。しかし鬼たちとの戦闘が始まると、まず猿と犬が倒され、雉は怖気づき逃走した。桃太郎は一人奮戦するが、最終的に打ち倒され海に投げ込まれる。鬼たちが勝利の祝宴を始めたところで物語は終わる。
分析: おおよそ予想通りの改変結果が得られた。勝敗は反転したが、改変された部分も子供向けらしい簡易な文章とソフトな表現が用いられていた。
封入された文書: 童話"浦島太郎"の写し。
開封された文書: 浦島太郎は亀を虐めていた子どもを諌め亀を助ける。その後浦島太郎が亀とともに竜宮城へ向かおうとしていたところ、子どもたちが男たち数人を連れて砂浜に戻ってくる。男たちは子どもたちの親であり、その一部は浦島太郎が住む村の有力者であった。子どもたちは浦島太郎の叱責を誇張して吹き込んだらしく、立腹する男たちに亀は殺され、浦島太郎も暴行を受けるとともに以降村八分的な扱いを受けながら過ごすこととなる。
分析: 悪意的な主要人物がいない場合、本筋を無視してでも悪役に近い端役が勝者として抜擢されるようだ。
封入された文書: 小説"████████"の写し。主人公である天才詐欺師が警察や警備を出し抜き、犯罪行為を成立させる様子を描いた短編小説。
開封された文書: 変化なし。
分析: 主人公であろうと、悪側が勝利する展開ならば改変は生じない。登場人物の立ち位置に関係なく、単純に"悪者"と判断された側の敗北が改変のトリガーであるようだ。
封入された文書: "悪事千里を走る"と書かれたA4用紙一枚。
開封された文書: "悪名千里に轟く"と書かれたA4用紙一枚。
分析: 「悪い行いは速やかに広まる」ということわざが意味するところを、元のネガティブなものからポジティブな方面に解釈したらしい。
封入された文書: ███諸島の生態系の保護を目的に、外来爬虫類の駆除を実施した公共団体の成功談を纏めた短編エッセイの写し。
開封された文書: 標的である外来爬虫類は団体が仕掛けた罠にほとんどかかることがなく、逆に希少な在来爬虫類が罠によって多数失われる。その後も団体は成果を上げることができず、███諸島の生態系は深刻な打撃を受け島固有の昆虫類の多くが絶滅の危機に瀕する。
分析: フィクション、ノンフィクションは問わないらしい。また外来生物は在来種と同じくただそこに棲息していただけに過ぎず、悪意的存在とはいえない。記述内における扱いが悪役としての認定に関係してくるのかもしれない。
封入された文書: 20██年██月██日の██新聞朝刊の切り抜き。一月前に発生した殺人事件の容疑者の身柄確保と、警察が現場の遺留品から得た手がかりによって容疑者へ辿り着くまでの過程が報じられている。
開封された文書: 記事全体に大きな改変が発生し、"██殺人事件、未だ捜査進展せず"との見出しのもと、事件は一貫して未解決事件として言及される。記事中では、犯人の巧妙な証拠隠滅に加えて、警察の初動捜査の遅れが犯行後の足取りを掴むことを困難にしているとの批判的な論調が展開されていた。また専門家によって推測される犯人像は、実際の犯人とはかけ離れたものだった。
分析: 元の媒体に即した形で悪役側の勝利が描写されるようだ。
封入された文書: 小説"██████"の写し。20██年の放火殺人事件の発生から犯人が逮捕されるまでの過程が書き記されたノンフィクション小説。
開封された文書: 変化なし。
分析: 財団によって事件に関する調査が行われたところ、警察側の違法な捜査と逮捕された男性の冤罪が明らかになった。
半年ほど実験の実施が遅かった。D-████の遺族に対する補償を申請しておく。─ ██博士
文書: 財団のSCPオブジェクトの報告書。
開封後の文書: 改変された報告書には、職員によるヒューマンエラー、要注意団体や異なるオブジェクトによる干渉、未知の特異性の発現などといった要因から回収失敗、もしくは収容違反が引き起こされ、それに伴って深刻な資産的損失、人的被害、機密侵害、K-クラスシナリオ等が発生する様子が記述されている。
分析: SCP-XXX-JPの改変によって示されたオブジェクトに関する記述の中には、それまで確認されていなかったオブジェクトの新たな性質や、特定の要注意団体との関連など、未知の情報を予見したともとれるものが一部確認された。この情報がSCP-XXX-JPが有する知覚力によって示されたものなのか、あるいは偶然の一致にすぎないのかは不明である。
SCPオブジェクトの報告書を用いたSCP-XXX-JPによる実験記録の詳細を確認するには、拡張実験記録XXX-JP(隣タブへのリンク)へアクセスしてください。閲覧者のレベルに応じた実験結果の開示が行われます。
若者向け小説作品の二次創作を取り扱ったウェブサイト"鏡合わせの世界"は、原作の作風の高い再現度と頻繁な更新、そしてその内容から多くの支持を集める人気サイトでしたが、多額の不当利益の享受と著作権の侵害により民事訴訟を受けたことで閉鎖されました。その騒動の中、サイトを運営していた人物が周囲に漏らした証言が財団の注意を引きSCP-XXX-JPは収容されました。
サイト運営者に対する聴取では、小説家志望であった彼が自作の推敲を友人に求めたところ、覚えのない改稿について評価を受けたことがSCP-XXX-JPの特異性を自覚するきっかけであったと証言されています。SCP-XXX-JPは一般に販売されていたものを購入したにすぎず、なぜSCP-XXX-JPのみがこのような特異性を獲得したのかは不明です。
文書XXX-JP
SCP-XXX-JPの裏面には以下の文章が鉛筆の走り書きで残されています。これはサイト運営者に推敲を依頼された友人がSCP-XXX-JPによって改変された作品を読んだ感想として書きこんだものであり、重要性は低いとされています。
こっちの方が面白い
SCP-XXX-JP » 拡張実験記録XXX-JP
現在、既定の審査をクリアしたSCPオブジェクトの報告書はSCP-XXX-JPを用いた実験を行うことが認められています。ただし研究者はSCP-XXX-JPから得られる情報の多くが明らかに現実と合致しない、あるいは現時点での検証が不可能な、疑わしい精度であることを十分留意する必要があります。
実験を行った研究者は、以下の形式でその概要を入力することが推奨されます。
封入された文書:
開封された文書:
分析:
封入された文書: SCP-289-JPの報告書。
開封された文書: SCP-289-JPを用いた実験の観察中に、担当主任である█博士が実験施設に誤って滑落、SCP-289-JPに頸部を切断され殺害されるという事故が発生する。SCP-289-JPの一体はただちに█博士の頭部を掌握し、他の個体とともに施設から逃亡する。この際SCP-289-JPは8ケタのセキュリティーコードと虹彩認証をクリアすることで、防護扉のセキュリティを突破していた。その後、出動した収容チームが対処にあたるまでの間に同様の手段で当該エリアの収容室が次々と解放され、複数のセキュリティ違反が発生する。この混乱の影響により、収容下にあったほぼすべてのSCP-289-JP個体が失われる事態となった。
分析: SCP-289-JPにこのようなことを可能とする能力や知性は確認されていない。しかし気分が悪いな。─ █博士
封入された文書: SCP-344-JPの報告書。
開封された文書: SCP-344-JPをサイト-81██へ輸送中、要注意団体"████"の構成員と推測される集団18から襲撃を受け、SCP-344-JPを奪取される。その14時間後、SCP-344-JPの効果によるものと思われる持続的な意識改変が確認され、SCP-344-JPは何らかの手段によって常時「振られて」いる状態を維持させられていると推測された。これは全人類の意識改変を恒久的に引き起こし続け、人々の間で共有された[344-JP特別関連語句]は"天啓""神託"に類する超常的認識として世界中で知覚され始める。財団によって[344-JP特別関連語句]を秘匿する努力が続けられたが、██年をかけてこの事象は世界規模の機密侵害にまで発展し、もはや隠匿は不可能だと判断された。現在地球上のすべての両生綱カエル目を絶滅と、財団の最終フェイルセーフ手段である[データ削除]・プロトコルにより、機密の再隠匿を行う通称サーペント計画がO5評議会によって検討されている。
分析: ████は低脅威度要注意団体に指定されている実在の組織だが、███大学██████会やその構成員、およびSCP-344-JPとの繋がりを示す要素は一切確認されていない。─ ██博士
封入された文書: SCP-835-JP"消照闇子"の報告書。
開封された文書: SCP-835-JPはプロトコル・アイドル-835の施行から4年間の非活性期間を経た後、以前を上回る頻度で財団職員の不審死を再発させるようになる。調査の結果、これらの事象は"消照闇子"に適用される設定と酷似した特徴を持つ異常実体により引き起こされており、また時間の経過とともに"消照闇子"の設定の派生として付随していたキャラクターと同一の異常実体も確認され始める。これらの異常実体らは結託し、財団に敵対的な勢力として活動を開始する。この事態に対して大規模な記憶処理を実施による"消照闇子"の関連知識の除去が試みられたが、これは相手方の度重なる過剰な露出によって失敗に終わる。その後、財団はプロトコル・アイドル-835における創作のジャンルを戦闘や流血を伴わない極めて穏当なものに制限することで事態の終息を試みているが、決定的な成果は得られていない。
分析: プロトコル・アイドル-835の試行から██年、このような兆候は一切確認されていない。だがしかし、SCP-XXX-JPが示すこの事態がこの先発生する可能性がまったくのゼロであるとは言い切れないだろう。ゆえに私は、この記述中の財団に倣いプロトコル・アイドルのメインジャンルを穏当な日常系へと転換していくべきではないかと提案する。─ ██研究員
封入された文書: SCP-883-JPの報告書。
開封された文書: 20██年に“Mr. B███”の放送から30周年を祝う記念企画として、A███████氏が同キャラクター役に復帰した新作映画19が製作される。この映画の公開後に行われたSCP-883-JPの定期実験において出現したSCP-883-JP-Aは現在のA███████氏の姿を反映していたことに加え、基準現実世界への出現、直線路に限らない競争の続行、航空機など影響の対象となる乗り物の種類の拡大、活動時間の延長、そして競争相手に向けて親指を下に向ける/中指を立てるなどといった侮辱的かつ挑発的振る舞いなど、これまで知られていた性質から明らかに逸脱した行為を示す。封鎖領域を脱したSCP-883-JP-Aは進行先で走行する一般車両を次々と影響下に置きながら、その競争を最大1██両を越える大規模かつ致命的なカーチェイスへ発展させた。最終的にSCP-883-JP-Aが活動を終了させるまで18時間を超える時間を要し、この間に財団職員と民間人合せて███名に及ぶ死傷者の発生と極めて広範な収容違反を引き起こした。
分析: そもそもSCP-883-JP-Aへ影響が及ぶリスクを考えれば、この先これと同様の企画が立ち上がったとしてもA███████氏が“Mr. B███”役への正式復帰が看過される可能性は低いだろう。─ ██博士
封入された文書: SCP-020-JPの報告書。
開封された文書: 変化なし。
分析: この結果は少しばかり気に入らない。─ ██博士