鴻池の砂箱
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アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-001は、ペンシルベニア州のボイヤーズに存在する、ブルームバーグ社のセキュリティレベル5の地下保管庫に収容されています。保管庫内の温度は-18℃の低温を保つように設定し、鋼鉄製の冷凍キャビネット内に保管してください。また、保管庫内には当該オブジェクト自体を隠蔽するため同型のキャビネットを200個設置し、内部にはミーム汚染要素を持つ偽装文書を設置してください。

説明: SCP-001-JPは、ページ数106ページに渡る、米国非公式シンクタンクの報告書を複製したマイクロフィルムです。原文となった報告書は、連邦政府の手によって焼却処分済みです。ページ冒頭には「特別グループ調査報告」と記載されています。内容は「平和に対する望ましさとその可能性について」論じられたものとなっています。以下は、報告書内部で論じられた内容をまとめたものです。

特別グループの研究指針

1:軍事的客観性
2:出来合いの価値観の回避
3:理論とデータ面におけるあらゆる関連分野の網羅

平和の実現性について

国際連合への共産主義中国の参加は、最大でもあと数年で実現すると思われる。また、我が国との国益と、ソビエトを始めとした共産主義諸国との国益の対立も、解決可能である事が明らかになっている。米・ソ・中3大国の間に平和的な妥結を求めることは難しくなく、それにより、軍備の恒久的な放棄が可能となるだろう。

平和の定義について

本報告書に於ける平和の定義とは「軍事組織の解体及び軍備の恒久的な放棄」を指す。

戦争の定義について

本報告書に於ける戦争の定義とは、国家の行いうる限定的・局地的な戦闘及び全面戦争から、非戦闘状態に於ける戦争準備を包括するものを指す。

平和が「到来」した後の世界について

大国同士が互いを厳重にチェックし合う事により、武装解除は十二分に可能である。しかしながら、大国の軍備及び緊張状態が完全に解除された後の国家及び世界状況全般を鑑みるに「武装解除後の世界」をどのように想像しリアリズムを与え得るか、それこそが重要な課題である。断言するが、先行研究で論じられた内容に見るべきものはないと言っていい。

統合的武装解除について

我が国に於いて、武装解除がなされた場合、我が国が費やしてきた膨大な軍事費を何に振り分けるべきかという武装解除後のプランは、当然の事ながら必要となる。我が国は世界一豊かな国であり、その軍事費は年間六百億ドル以上、世界最大のシェアを誇っている。しかし、これらの軍事費及び労働力・生産力を民間に振り分ける事については大きな問題が生じる。
その最たるものは、現代の戦争生産体制を特徴づける、極端な専門化の度合いから生じている。軍事的な職種を、非軍事職業の労働力に再訓練するというモデルが提出されているが、それには疑問が生じる。一体それらの職業を、再訓練させて何に使おうと言うのだろうか。現在、戦争生産業の専門化された職能に対して、我が国の産業はオートメーション化と呼ばれるタコツボ化が加速している。極度に専門化された戦争生産業は、一般的な民生の生産業に対して、その重要度をますます低下させているのだ。この特殊性は、容易に民生に転換しうるものではない。
これにより、戦争産業の統合的武装解除は、経済の中で最も高度に発達した特殊職能の廃棄につながるといっても過言ではない。仮に、これらの問題を解決できると仮定しても、やはり問題は残る。この軍-民生への産業転換についても、信頼に値する先行研究はない。統合的な武装解除後の、軍事費・労働力・生産力の民間転用について、充分な考察が加えられていない。年間数十万ドルのミサイル生産を、同額の衣服や住宅、食糧生産に変換する方法は提示されていないからだ。

武装解除シナリオ

これまで検討されてきた武装解除モデルは、大国間及び2国間で交わされる協定に依存されたものである。それは、軍備全体に対する段階的なフェーズアウトと、それを促進するための確認・検査・国際的紛争解決機構の手続きを強調するものである。武装解除のREADモデルは、こうしたシナリオの典型であろう。武装解除については、これ以上詳細に検討せずとも、以下のようなコメントで総括可能である。大国間が合意に達すれば、武装解除スケジュールの立案と軍事費の削減は、何ら実現不可能な困難をもたらさない。しかし、いかなる大国と言えど、武装解除と同時に軍事経済に対する転換計画が用意されておらず、また、 我が国においてもそのようなプログラムは用意されていない。また、軍備解除シナリオは、戦争の非軍事機能について一切の考慮を行なっていない。

社会システムとしての戦争と平和

従来の平和研究には、平和を考える上で、必要欠くべからざる視点が欠如している。
それは、戦争と国家の関係性に関する一つの重大な誤解が原因である。
その誤解とは、戦争は外交手段の一つであり社会システムの従属物であるというものだ。

確かに、今日の世界に於いて、戦争に頼らなければ解決できない問題など存在しない。
だが、これは戦争以外の解決を行う事に、社会的な価値上の優先度が置かれていればこそである。
過去を顧みれば、戦争は国家間の問題解決のツールとして利用され続けてきた。
しかし、国家は非交戦状態に於いて、潜在的に戦争準備を行ってきたという歴史があるのだ。
戦争準備は、社会構造に先立って行われてきた。
その社会の中での政治的な和合ないし離合集散など、あくまで副次的なものに過ぎない。
戦争こそが、有史以来人類を律してきたものであり、基本的な社会システムそのものなのだ。
この構造を理解すれば、軍事産業の過剰なまでの規模や力、あらゆる軍事組織における突出ぶりは説明できる。軍が社会システム内部で要求される法的規範から除外され、武装プロセスが経済原則の外で行われている事も同様だ。経済や法体系が、戦争に奉仕しそれを拡張するものであって、その逆ではない。また、国家の戦争遂行能力は国際社会の状況に応じて出現する「脅威」によって整備されうるものではない。「国益」に対する脅威は、その時々の必要に合わせ、創造ないし悪化させられるのである。戦争は国際的な対立によって発生するものではない。
戦争遂行社会がその必要に応じて対立を必要とし、それを生み出すと言った方が正しい。

戦争の機能について

統合的軍備解除の困難についての最大の問題は、経済の中で最も高度に発達した特殊職能の廃棄につながる点で> あると述べた。ではなぜ、それらの職能が放棄される事が問題となるのか?それは、軍事及び戦争は人類社会全般に於いて欠かせない機能を保持し、現在もその機能を果たし続けているからだ。実際の交戦に及ぶという意味での戦争の機能とは、「国益」の拡張の一語に尽きる。しかし、戦争は国益それ以外にも様々な機能を果たしている。
本項では、戦争が果たしてきた機能、特に非軍事機能について、以下のように述べる。

経済機能

戦争は、常に多くの資源を浪費し続けてきた。平和を考える上で、多くの人間がその「無駄」を批判する。しかし、その「無駄」こそが、戦争が果たしてきた重要な非軍事機能である。我が国は自由主義経済を採用し、それは基本的な需要と供給の関係と、不断の経済競争によって推進されている。政府はその経済活動を「完全に」コントロールする術を持たない。だが、戦争だけはその例外である。

戦争生産は、常に需給関係と言う一般的な自由主義経済の枠外で行われてきたからだ
無論、兵器を始めとした戦争生産物は、想定される仮想敵国、作戦地域、交戦後の改良・代替品に対する必要性による「需要」を元に生産される。しかしながら、それは戦争経済の1側面に過ぎない。
戦争とは交戦状態だけでなく、非交戦状態の戦争準備段階をも包括する概念であり、行為だからだ。
我が国は、非交戦状態にあっても、絶えざる軍備増強及び兵器の改良、戦術の研究など、戦争準備を行ってきた。核兵器の大量配備についても同様である。それらの生産物は、一般的な民生需要とは全く関係がない。これこそが戦争の生み出す「無駄」である。戦争生産は、経済的枠組みの外にある。
戦争は、政府にとって完全で任意の中央コントロールが可能な経済上の1セグメントなのだ。
経済産業社会が生存のために必要以上の生産能力を持つと仮定するならば、戦争とは経済の発達を安定化させるに足る唯一のバランス用車輪である。この機能は戦争が「無駄」であればこそのものだ。
そして、その車輪は経済発展の規模が大きいほど重くなければならない。
この効果を一般的な経済制御政策と混同してはならない。これらの政策は開始されると同時に、経済の枠組みに組み込まれてしまい、完全なコントロールができなくなってしまうからだ。
戦争は、経済という高速稼働する巨大機構のスピードを安定化させる装置、フライホイールなのだ。

また、この機構は経済全体を見通した上で、唯一の人工的な需要を作り出すものでもある。
本報告書を作成した委員の研究にはこのようなものがある。

「戦争こそが、在庫問題を解決する」

この研究にも、戦争が経済に果たしている役割を見いだすことができるだろう。
一度国家が交戦状態となれば、民生品の生産をも戦争需要へと指向させる事が可能だからだ。
そのため、戦争準備は、自由主義経済と政府の計画的な経済との間に存在する緩衝材となる。
上述のものは、実際的な交戦を伴う戦争についての言及だが、軍備コントロールと軍備解除機関によるパネル報告書は、これよりも若干冷静な評価を下している。
「第二次世界大戦時に成長した公共セクターは、不景気に対する防衛手段を提供してきた。公共セクターは民間の景気後退に影響を受けない為、一種の経済的緩衝材かバランス用車輪となっている
この事実こそが、戦争が果たしてきた経済的な役割である。

また、民需の観点からも、戦争の影響は無視できない。人類が鉄の発明以降、様々な成果物を手にしてきたのは、戦争がしばしば大規模な実戦に発展してきたからこそである。また、軍事的な発明による新技術は、必ず民生品に転用されうる。そしてその技術は経済の構造に影響を与えうる。これらの発明が特異点となるのは、戦争生産がそれ以外の形では決して起こり得なかった方法であるためだ。事実、第二次世界大戦中に国民の生活水準は上がったのである。また、戦争生産が経済的な刺激効果を持つことも忘れてはならない。戦争支出は、GNPや国民一人当たりの総生産量の向上に寄与する部分がある。なお、我が国の同盟国は現在進行中のベトナムに於ける戦争需要を利用し、経済的不調から抜け出しつつある事も忘れてはならない。

また、戦争の重要性に対する認識は、マイナスの形で表現されうる事がある。もっとも一般的な例は、証券市場に於ける「平和の脅威」の影響であろう。
北ベトナムからの実質的な和平打診により株価が急落し、急速な「売り」が1時間ほど継続してから立ち直りを見せたのは記憶に新しい。

また、ニューヨーク・タイムズには、大変印象的な見出しの、短い記事が掲載された。

「平和の到来への備えは万全ですか?」

これはベトナムの戦況沈静化を受け、証券市場が「平和におびえて」暴落した事に対して、銀行への預金を警告する内容である。交戦状態が落ち着けば、戦争経済もまた冷却化する為だ。他の散発的な事例としては、失業率が危険な程に上昇した1965年に、軍事的な衝突が発生するよう「調整」されていた事などが挙げられる。

我々は、戦争の代替物が存在しないと主張している訳ではない。しかしながら、今まで試されてきた生産・消費に対する経済的に有効な方法は、戦争以上のものを見いだす事ができない。
戦争は、現代に於いても、不可欠な経済安定装置なのである。

政治的機能

戦争の政治的機能は、今日に於いては経済を上回る重要性を持っている。
平和への経済転換への政治的な実現手段については、未だ明確な回答が出ていない。
戦争の政治的機能は組織的なものである。

社会が政治的「国家」として存在するためには、他の「国家」に対する態度を決める事が必要だ。
これは通常、外交政策と呼ばれる。そして外交政策は、他国にへの態度を強制する必要がある。
これを説得力ある形で行うには、最大級の政治的組織化が不可欠である。
つまり、何らかの水準で戦争に向けて組織される事で、脅迫するしかない。
この場合の「脅迫」とは、政治的野合勢力は言うに及ばず、全国民を対象とするものである。
そのため、戦争はそれ自体が、他国に対しての国家の存在を定義づけるものとなる。

我々は戦争を、武装衝突の可能性を実現する為の、あらゆる国家活動と定義している。
そして、歴史を振り返れば、何かの兵器の存在は、いずれ確実にその使用に結びつく。
そのため、本報告書に於ける「平和」とは「武装解除」と同義である。
つまり、本報告書の理論上では「戦争」は「国家」と同義である。
戦争の廃止は、独立主権国家及び伝統的民族国家の廃止に、どうしても繋がってしまうのだ。

上述のように戦争は、国家の存立に欠かせない役割を果たしている。
そして国内政治の安定化にも、同じくらい重要な役割を持っているのだ。
戦争なしには、いかなる政府もその「存在意義」と、社会を支配する権利を獲得する事はできない。
戦争の可能性は外的必然性をもたらす。
これなしには、いかなる政府も長期政権を維持する事はできない。

歴史を振り返れば、ある王朝が戦争による脅迫の信用性を維持できず、民間の利害や社会的不正への反応などの崩壊要因で滅びた事例は次々に見出される。 戦争の可能性に向けての組織化は、最大の政治的安定剤であった。国民に対する近代国家の基本的な権威とは、その戦争能力にある。
日常的には、それは警察機構に代表される。

警察は「内部の敵」を軍事的に処理すると言う任務をはっきりと与えられている武装組織である。
その根拠とは、明文化された法の起源は、敗北した敵を扱うために定めた処理規則にあるためだ。
「軍」と同じく、警察もその社会行動に於いて、民間人の法的制限の大部分を免除されている。
一部の国では、警察と軍隊との間の不自然な区別は存在しない(コスタリカなどがその一例であろう)
長期的には政府の非常事態に於ける戦争能力が、国と市民の重要な関係の大部分を位置付けている。
そしてこの構造は、最も自由主義的な国家にさえ内在されているのだ。

現代の先進民主社旗では、戦争システムは政治的指導者にとって別の政治的機能を果たしてきた。
それは、社会が必要とする社会階級を維持するための、最後の砦としての役割である。
経済生産が必要最低限な水準から、高い水準に達するにつれ、一つの産業機構に属する「すきま」を社会が維持する事はますます困難になりつつある。オートメーション化の加速により、そういった人々への経済的な配分パターンを維持できなくなるからだ。

そしていずれは「高度」労働者と、リカードが「賎民」と呼んだ人々への格差は一層拡大する。
同時に、非熟練労働の維持の問題も同時に拡大してしまう。

戦争支出や軍事活動は、こうした階級関係をコントロールするのに最も理想的である。
それはつまり、言うまでもなく雇用や公共事業の創出に収斂する。
また、それらの雇用により多くの人間に社会進出の機会を与えうる。
そして、これらの一連の活動は政府の中央コントロール下に置く事が可能なのである。

もしも戦争システムが廃棄されるのならば、これらの機能を果たす政治機構が必要となるだろう。
それが開発されるまで、戦争システムの継続は保証されなければならない。
社会がインセンティブを産み出すために必要とする貧困の質と水準を維持する事が必要だ。
その内部的な権力組織化の安定を維持するため“だけ”にでも。

社会的機能

戦争の様々な機能には、社会内部に於ける人間行動に影響を与えるものがある。その最たるものは、軍事組織によって、反社会分子に対する社会的な存在意義を付与する機能である。

それは、社会内部に漠然と存在する「ファシスト」と呼ばれる不安定な社会運動が主な対象となる。
こうした運動は、軍事・準軍事的仕組みを十分に持たない社会に根を張るのが特徴である。
例を挙げるならば、第一次世界大戦後のドイツに於ける、不安定な軍の動員体制や反乱に対して、退役軍人を軸に構成された義勇軍の登場と、それに続くNSDAPの台頭が挙げられるだろう。

この「ファシスト」に類する名前は時代によって異なるが、現代に於いては「青少年非行」「疎外」 などが挙げられる。これらはあらゆる時代に類似物を見いだす事ができるだろう。こういった運動は、かつては何ら社会手続きが行われる事なく対処されてきた。
それも、有無を言わさぬ徴兵や奴隷化などの方法によってである。
第二次世界大戦以降、我が国がこう言った社会的不満分子の影響を予見していなければ、大規模な社会的混乱が発生していた事は想像に難くない。上述の好戦的な社会集団のうち、より若く危険なものは、選択的徴兵制によって抑止されてきたのである。
このシステムや、他国の於いて採用されてきたものについては、非常にわかりやすい一例であろう。
我が国の知識層は、非戦闘時の戦争準備に対する詭弁(有事に対する備えなど)を真剣に考慮した事はない。
だが、思慮深い人々の間で無意識的に考慮される一つの理屈がある。
それは、徴兵制は愛国的重要性を持ち、それそのもののために維持されねばならないというものだ。
徴兵制に対する理由付けは、軍事組織の非軍事的機能を理解できれば、的を射たものとなるだろう。
徴兵制は社会の転換期に於いて、潜在的な不穏分子を抑制するツールとして有用なのである。

なお、軍事行動の表面化と徴兵水準は、低年齢失業率と大きな関係がある。
低年齢失業率は、社会的な不満に対する有用な指標として有効である。
あらゆる歴史に於いて、軍は「就業能力がない」とされるもの達に対し、経済的避難所を与えてきた。
20世紀初頭のヨーロッパの常備軍は商・工・農、いずれに於いても雇用に値しないもの達で構成されていた。
そして、それらを指揮する士官達も、まともな仕事に就いたり、経営を行ったりするのに向かないもの達ばかりであった。現在に於いては、事情はこれほど明白ではないものの、今でもかなりの真実を含んでいる。

経済的に恵まれないもの達の守護者としての軍の機能は、民間福祉計画の前身と言えるだろう。
徴兵とは社会的コントロール手法である。そして、国家もまた、自身を戦争に指向させる。
例えばこれば非軍事的な「健康増進」や「貧困撲滅」であろうとも、その社会的プログラムを「貧困との戦い」
などと呼称し「愛国的」動機付けをおこなわねばならないのである。

戦争システムは社会に動機付けを提供し、個人に社会的インセンティブを提供する。
こうしたインセンティブの中で、社会の目的のために必要なものがある。
それは、社会とその価値への忠誠のための個人的正当化である。
忠誠には理由を必要となる、その理由とは「敵」に他ならない。
重要なのは、その敵の存在に、十分なもっともらしさが備わっている必要があるという事である。
その「敵」は、社会の規模と複雑さに対応するものでなくてはならない。
そうでなければ、個人の忠誠を裏付けるに足る「敵」とはなり得ないからである。
その「敵」は、史上例を見ない規模と恐ろしさを兼ね備えていなくてはならない。

補遺:


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これはhey_kounoikeのサンドボックスです。
お役立ち:http://ja.scp-wiki.net/how-to-write-an-scp

財団宇宙支部へようこそ。
当資料は、2300年に機密解除指定の予定です。
閲覧には、SCL4以上を必要とします。

職員コード
パスワード

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アイテム番号: SCP-XXX-JP

オブジェクトクラス: safe

特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPは、サイト-8169の標準型飼育室内に収容してください。
担当研究員はSCP-XXX-JPの行動を常時記録してください。また、機動部隊はSCP-XXX-JPの同型個体の出現予想地域を常時監視し、同型個体の出現に備えてください。同型個体の出現が確認された場合、収容プロトコル「チマランテプ」を発動、同型個体を即時終了してください。

説明: SCP-XXX-JPは、1匹のヒグマ(学名:Ursus arctos)です。体長は2.8cm、体重は780kgです。食性は一般的なヒグマと違い、食事・水分補給・排泄を一切行いません。また、動物や人間に対して攻撃的になる事はなく、ほとんど動くこともありません。時折、口腔内部から赤色の液体を100〜500mmlほど吐き出す事があります。液体の成分は水と化学物質で構成されており、その割合は9:1です。液体に含有されている化学物質は、タウロウルソデオキシコール酸等の胆汁酸代謝物、ヘモグロビン、鉄分等であり、胆汁と血液の混合物である事が分かっています。SCP-XXX-JPの異常性は、背や腹に手で直接触れた時に発現します。SCP-XXX-JPに接触すると、SCP-XXX-JPの体内に潜り込む事が可能となります。

SCP-XXX-JPの体内に潜り込んだ人間(以下対象と表記)はSCP-XXX-JPの体内を泳いで移動する事が可能です。SCP-XXX-JPの体内はSCP-XXX-JPの体毛・血液・筋肉・内臓が混ざり合った空間となっています、空間の広さは10×25×50mであり、対象は空間内部を満たす液体を吸引することにより、呼吸を空間内での呼吸が可能となります。対象は「下を目指したい」という欲求を抱き、空間の下層を目指して泳ぎ続けます。

50m下降した時点で、対象はSCP-XXX-JP-1の天井部に到達します。SCP-XXX-JP-1は、5×5×5mの広さを持った部屋です。内部は明かりで満たされています。その光源は壁から放射されている事が判明しており、動作原理は不明です。壁の素材は外見からモルタル製と考察されますが、壁に衝撃を与えようとすると不可視の障壁に阻まれるため、破壊は不可能です。SCP-XXX-JP-1の天井部はゼリーのようになっており、物理的破壊を行わずとも容易に通過する事が可能です。対象は水中を降下するように、緩慢にSCP-XXX-JP-1の床へと降着します。部屋の中央にはSCP-XXX-JP-2が存在します。

SCP-XXX-JP-2はクマ科の個体であり、複数の種類が存在します。SCP-XXX-JPと同様、背や腹を触ると内部に潜り込む事ができ、空間内部で50m下降するとまた同じデザインのSCP-XXX-JP-1に到達します。現在、SCP-XXX-JPの体内空間は7つの階層に分けられている事が判明しています。これらの階層をB1及びB7と呼称します。

以下は、B1からB7に存在するSCP-XXX-JP-2を表にしてまとめたものです。

階層 SCP-JP-2 付記
B1 ツキノワグマ
学名:Ursus thibetanus
東アジア全域に生息する個体。胸部に偃月状の白い斑紋がある。
B2 アメリカグマ
学名:Ursus americanus
アメリカ北東部に生息する個体、体色はヒグマと似通っているが顔が長い。
B3 メガネグマ
学名:remarctos ornatus
南アメリカに生息する個体。目の周囲ににメガネの状白い輪がある。
B4 ナマケグマ
学名:Melursus ursinus
インド・アッサム・スリランカに生息する個体。黒色の長い毛を生やしている。
B5 マレーグマ
学名:Helarctos malayanus
マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島に生息する個体。小型であり、毛が短い。
B6 ジャイアントパンダ
学名:Ailuropoda melanoleuca
中国に分布する個体。体毛は白と黒に別れている。
B7 ホッキョクグマ
学名:Ursus maritimus
北極圏及びカナダ北部に分布する個体。体毛は透明に近く、光の反射によって白く見える。

B7まで降下した対象は、B7に存在するSCP-XXX-JP-2の体表に触れ、体内へと潜り込みます。SCP-XXX-JP-2を通過すると、対象はSCP-XXX-JP-3に到達します。

SCP-XXX-JP-3は、所在地不明の空間です。大気の組成は窒素が78.08%、酸素が20.95%、アルゴンが0.93%、二酸化炭素が0.03%で、現代の地球と同じ組成で、呼吸する事が可能です。

SCP-XXX-JP-3に到達した対象は、SCP-XXX-JP-3の上空500mに転移します。B1からB7への移動と同様に、対象は緩慢な降下を開始し、島浜辺に着地します。島の広さは1,825km2で、植生や野生動物は存在せず、水脈もありません。浜辺からは、赤色の液体を湛えた広大な海が見えます。海上には波が発生しており、SCP-XXX-JP-3内部では地球と同様に、風によって波が形成されていると考えられます。海水の成分は、SCP-XXX-JP-1が口部から吐き出すものと一致しています。

海水からは、半液状化したSCP-XXX-JP-2が出現します。それらはB1からB7に存在するSCP-XXX-JP-2個体であり、海水と半ば同化しつつ浜辺へと押し寄せます。海上に出現する個体数は、多く見積もって500頭〜1000頭です。出現したSCP-XXX-JP-2の多くは半液状化しているため、浜辺に上陸する事はありません。

SCP-XXX-JP-3内部では、時折熊の吠え声に似た轟音が響き渡ります。浜辺から10kmほど離れた地点に、SCP-XXX-JP-4が存在します。SCP-XXX-JP-4は全長200mのホラアナグマ(学名:Ursus spelaeus)であり、口部から絶え間なく赤い水とSCP-XXX-JP-2を吐き出し続けています。SCP-XXX-JP-4は海上に二本足で直立しており、島に接近する事はありません。財団の調査の結果、SCP-XXX-JP-4は、島の東端・西端・南端・北端の海上に、それぞれ1体ずつ、計4体存在する事が判明しています。

海上から出現したSCP-XXX-JP-2は、時折半液状の状態から変移し、実体化する事が分かりました。実体化する個体は決まって1体のみであり、出現する個体はB1からB7に存在する個体のどれかがランダムに出現します。実体化したSCP-XXX-JP-2は、対象を探して浜辺を4本足で歩き始めます。対象は、海からSCP-XXX-JP-2が出現すると、SCP-XXX-JP-2を探始めます。SCP-XXX-JP-2と対象が遭遇(以下”邂逅イベント”と記述)すると、対象の腹部が液状化を始めます。そして、SCP-XXX-JP-2は対象の体内に潜り込みます。対象は物理的に破壊されず、SCP-XXX-JP-2は対象の体内に完全に没入し、対象は液体となって即座に蒸発します。

邂逅イベントが完了すると、B7からB1に変化が生じます。(以下、”射出イベント”と表記)B7に存在するSCP-XXX-JP-2は、口部から赤い液体を高圧で放射します。液体はSCP-XXX-JP-1の天井部を突き抜け、B6に到達、B6に存在するSCP-XXX-JP-2は、同様の行動を行います。このようにして、B7からB1にかけて、SCP-XXX-JP-2は液体の放射を行い、射出イベントは完了します。射出イベント完了後、SCP-XXX-JPの口部から液量は250ℓの液体が放出され、液体から対象とSCP-XXX-JP-2が出現します。出現した対象は、SCP-XXX-JPに潜行する以前となんら変化がありません。また、SCP-XXX-JP-2は出現と同時に溶解していき、最終的には赤い液体となり、即座に蒸発します。

補遺: SCP-XXX-JPは、北海道██村付近で発見されました。██村周辺の猟師の間で「人を飲み込む熊がいる」という噂があり、財団の目を引きました。エージェントが調査を行なった結果、SCP-XXX-JPは、███村から200m離れた山小屋の外部に鎖で繋がれているのが発見されました。小屋の所有者は██村に居住する猟師、太田██氏である事が判明しています。太田氏は現在も行方不明です。小屋の内部には猟銃と一週間分の水と食料があり、それには手がつけられていませんでした。エージェントは収容スペシャリスト及び機動部隊を応援に呼び、SCP-XXX-JPを確保・収容、現在に至ります。

エージェントは太田氏の自宅を調査し、一冊のノートを発見しました。
ノートには短い手記が書き込まれていました。以下はその抜粋です。

今日、あの海に行く。今度は、深く深く潜るつもりだ。