ODSS OneShot part2
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タバコ呑め呑め天まで燻せ どうせこの世は癇の種


20██年 3月██日 サイト-8100 幕僚部総合企画局 道策常道

「以上で、発議は議決されました」

かくて、会議は終わった。万雷の拍手の中、道策は己の無力さを呪っていた。
だがこれは、さらなる惨劇の幕開けに過ぎなかった。

20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 エージェント・西塔

明日から禁煙ウィークが始まります、忙しい皆様の健康を気遣い、禁煙セラピーなども開催される予定です。皆様、ぜひ参加ください。なお、禁煙ウィーク中は喫煙・サイト内への煙草の持ち込み・購買部での購入は一切できなくなります。もしもこれに違反した場合、特別対応を行います。

「申し訳ない、局長代理。だが、状況が状況だった」
「どういう事か、説明してもらおうか」
「そうです、状況とはなんですか?きちんと答えてください」

イヴァノフと来栖が道策に食ってかかるのをぼんやりと眺めつつ、私は煙草に火を付ける。

かの邪智暴虐の企画は可決された。だが今は、話を聞いてやろう。こいつをサンドバッグ代わりにするのはその後でもいい。私はそう思いつつ、醒めた表情でタバコを吹かす。

土建屋はこのように釈明した。突然、企画局員の大幅な人員の配置転換が行われた。やってきたのは年若く、熱意に溢れた連中。唯一の問題は、喫煙習慣が全くない事だった。喫煙者は道策を含め古株の局員数名のみ。年若い局員はみな精錬で買収などできそうになく、全員の挨拶の後に会議が突然始まり、そして終わった。

「どうにもできなかった、すまない」

無能。この男がここまで無能だとは思わなかった、呆れるより他ない。

「もういいです。局長代理、かくなるうえは局長クラスの会談を設けましょう」
「お嬢ちゃん、それが無理なのはあんたが一番知ってるはずだろ」

来栖はイヴァノフをけしかけるが、これも無意味。私たちが所属する政治局行政監督部は、日本支部理事会における『管理総局』の命令系統内に存在する。道策の所属する総合企画局も、管理総局の管轄下にある。

各局長は独自の権限を有し、介入は不可能。しかし、組織を泳ぎ回る才能を持つイヴァノフが動けない理由は他にもある。

管理総局は1号理事“獅子”の職掌の範囲内にある。正確には、“あった”。

前政治局長菓子岡子鹿。権力欲に取り憑かれたこの男は財団への反逆罪で告発され、今では収容所にいる。そして、あろうことか“獅子”は菓子岡と共謀していた事が判明し、彼も同様に逮捕された。現在1号理事は空席であり、管理総局は倫理委員会の権限を持つ2号理事が、その業務を代行していた。

つまり、現状イヴァノフには直属の上司が存在せず、その動向は2号理事が見守っている事になる。まことに厄介な事に、倫理委員会の長が。そしてイヴァノフの動向について報告しているのは、もちろん来栖だ。

「そこをどうにかするのが政治局長の手腕だと思いますよ?」
「……無茶を言うな」

いけしゃあしゃあと言い放つ来栖に、さすがのイヴァノフも若干困惑している様子だった。

ふと突然のドアがノックされ、一人の女が入ってきた。

長い髪をポニーテールで結んだ、淑やかな雰囲気の女。豊満なバストをタイトなスーツに押し込んだその容姿は、そこらへんの男を一撃で沈めるだろう。私は彼女を知っている。

「失礼します。総合企画局より参りました、串間と申します」

彼女の名は串間小豆、普段は財団サイト内の保育所で保育士を勤めている。職員には子供を抱えたものも数多く、激務に追われる職員たちは、こぞって彼女を頼り、その子供達は彼女を母のように慕う。

私も彼女を姉のように慕っており、彼女もまた、私を妹のように思ってくれている。

「あら、どうしたんですか皆さん?元気出してください、ね?」

彼女は微笑みを浮かべて私たちを諭す。強い母性が込められたその声色、そして慈愛に満ちたその笑顔。彼女によって、殺伐とした局長室の空気は一変した。喩えるなら、室内に一面の向日葵畑が出現したかのようだ。

「串間さん?どうしたんですか、こんなむさ苦しい所に」

“夜鷹”の事件からこっち、日本支部理事会の再編やらなんやらで人手が足りないというのはわかる。でもこんな場所に、保育士である彼女を引っ張ってくる理由が分からない。

「西塔さん、久しぶりです。実はね、偉い人からちょっと頼まれちゃって……あら、来栖さんと道策さんもお久しぶり。コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ局長代理ですね、よろしくお願いします」

「イヴァノフでいい、よろしく頼む。ところで、あんたは何を頼まれたんだ?」

「実は、今回の禁煙ウィークの取りまとめを任されてしまって。取りまとめと言っても、皆さんにキャンディを渡したり、禁煙セラピー説明会の進行役をしたりするだけなんですけどね。今日はそのご挨拶に参りました」

なるほど、それなら私も頷ける。喫煙者というのは、口元のおしゃぶりを取られると泣き叫ぶ幼児に近い。それを子供のようにあやせる人材がいるとすれば、彼女をおいて他にはいないだろう。

「そういえば、ここにいらっしゃる皆さんは……お吸いになるんですよね、タバコ」

彼女は少し悲しげな表情をした。それを見た私たちは、彼女から目を背けることができなかった。畜生、どこの誰だか知らないが、汚い真似をしやがって。よりによって、串間さんを盾に使うなどと。

「本当にごめんなさい。でも、もう決まってしまった事なんです」

彼女は済まなそうな顔をして、私たちに頭を下げた。

「串間さんが謝ることじゃないです、顔を上げてください」
「そうだよ、串間さんは悪くねえよ!」
「同感だ、この企画を通したどこかの土建屋に責任がある」

来栖、私、イヴァノフは口々に彼女を弁護する。道策は瞑目しつつ無言の構えだ。

「私にも、どうしてこんな企画が始まったのか分からないんです。でもみんなで支えあえば、きっと乗り切れます。一週間、一緒に頑張りましょう!どうか、お願いします」

くそっ、絶対逆らえる気がしない。

私たちは彼女に礼を返す、彼女はまた笑ってくれた。

「よろしくお願いしますね、では失礼します」

彼女はもう一度深々とお辞儀をすると、部屋を出て行った。

「やっぱり、串間さんって素敵な人ですね」
「そうだな、彼女は財団にとってかけがえのない人材だ」
「同感だ」
「ま、仕方ねえな」

そして私たちはと言うと、各々愛飲するタバコのパックを切り、イヴァノフはパイプに葉を詰めた。それぞれがジッポやマッチで火を点け深々と吸い込み、紫煙を燻らした。そして全員が我に返る。

これはもう、無意識の、本能の行動だった。

何かの本で読んだことがある。煙草は悪魔によって日本に持ち込まれ、そして広まったのだと。ならば私たち喫煙者は、天使の微笑みに背を向け、悪魔と手を取った背教者だ。ならば、自らの信じた道をゆくしかない。

「で、どうする?」
「任せろ、俺にいい考えがある」

西塔道香がどれほどの切れ者か、こいつらに見せてやろう。


20██年 3月██日 サイト-8100 政治局行政監督部 エージェント・西塔

禁煙ウィークが始まった。全ての喫煙所は封鎖され、出入りはできない。サイトのエントランスでは、制服に身を固めた検査員達が、入念な手荷物検査を行なっている。見れば、メインゲートには左右二つの検問が設けられていた。左側の通路は比較的スムーズにチェックが行われている。そして右側には長蛇の列。

左側は非・喫煙者用、右側が喫煙者用のゲートだ。

「おはようございます」

海野が私に声をかけた。奴はここ数日サイト外勤務だったため、顔を合わせていなかった。

「よう。“例のもの”買ってきてくれたか?」
「妙なこと言わないでください……じゃ、頑張ってくださいね」

海野は左側の列に並び、サイトの中へ入って行った。この薄情者め。

私はすぐさま右側に並ばされ、ほどなくして、私の番が来た。

「よう、まづめ。今日もご精勤だな」
「おはようございます、西塔さん」

朝夕まづめ、サイトに出入りする来客及び職員の荷物検査を担当するセキュリティ要員。まさか、こいつまで動員してくるとは、覚悟を固めていた甲斐があったと言うものだ。

「ほらよ、手短に頼むぜ」

私はショルダーバッグを手渡す、まづめは油断のない手つきでバッグを探る。

「問題ありませんね、では本日も頑張ってください」

私はまづめに小さく頷くと、メインゲートを潜る。これでいい、第一段階は完了だ。


そして、事もなく6日過ぎ、そして今日が禁煙ウィーク最終日となる。その間私はどうしていたかと言えば、イヴァノフのサポートを行いつつ書類を書いたり海野に押し付けたりこっそり酒を飲んだりしていた。いつもと変わらぬ日々、では私はかの悪逆非道暴虐理不尽な禁煙ウィークに従っていたのか?答えはもちろん、NOだ。

私は扉を開けた、ここはどこか?サイト-8100でもほんの数人しか知る事のない階層と階層の合間に存在するデッドスペース。そこへ設けられた特設喫煙所だ。

この部屋の出入りは、全て私が管理している。道策はサイト内の職員の出入りするルートと、移動の際の導線を全て把握している。そして、必ず一日に数回、このデッドスペースに侵入可能な好機が訪れる。私はそれらのパターンとタイミングを道策から聞き出し、専用のグループウェアで符丁を出した。利用者はその符丁を確認し、デッドスペースへと侵入。かけがえのない時間をここで過ごし、リフレッシュしたのちに、業務へと戻ると言うわけだ。

普段ここは、照明もないガランとした空間に過ぎない。そこへ照明・壁のパーテーションなどの資材を運び入れて設置、換気口を伸長した。施工を短時間で完了した。この作業を指揮したのは道策だ、奴は建物の構造把握に長けており建設の知識と技能がある。秘密基地建設のための要員を集めたのはイヴァノフだ。

肝心のタバコはどうするか?これも簡単だ、持ち込む方法などいくらでもある。

要するに、思考の転換を行えば良かったのだ。総合企画局員が買収できないなら、非喫煙者を買収すればいい。煙草はそいつらに持ち込ませる。例えばタバコ半パック分をペンケースなどに入れて持ち込ませてトイレに隠し、それを我々の同志が回収し、この部屋へと持ち込む、そういう塩梅だ。ついでに言うなら、喫煙者たちは無償で今回の企てに応じてくれた。そして────私はここで、優雅に紫煙を燻らせている。

これらの全てを操った黒幕こそ、この私。財団一の切れ者、西塔道香さまというわけだ。

この発想ができるのは、この私をおいて他にいないだろう。道策は役人根性が染み付いていてルールに反逆する気概などないし、イヴァノフは保身に走りすぎる傾向がある。本当に使えない連中だ。結局頼りになるのは、己自身の知略とセンス、ただそれだけ。

この禁煙ウィークも今日で終わりだ。今日一日さえ乗り切れば、どこでだってタバコが吸える。だがとりあえず、もう一本吸うか。そこで一つの疑問が生じた、そう言えば来栖の姿を見かけていない。あいつもサイト勤務のシフトが組まれていたはずだが────まあいいか。

私はジッポでタバコに火を点け、深々と喫い、鳩尾みぞおちに重い一撃を受けた。

「え────」

苦しい、息が、息ができない、何度か咳き込んで呼吸に成功。私は侵入者に逆襲すべく、顔を上げた。

「誰だ、てめ────あっ」

まづめが、目の前に居た。

「西塔さん、余計な仕事増やさないでください」

まづめの無機質な視線が突き刺さった、まるでモノを見るような目だった。

「まづめ、話し合おう」
「ええ、お話なら外でしましょう」

まづめは私を素早く羽交い締めにし、喫煙所の外へ引きずってゆく。
私は喫煙所の外に放り出された。そこには、観音菩薩のような笑顔を浮かべた串間小豆が居た。

「道香ちゃん、どうしたの?ダメでしょう、こんなところで────煙草なんか吸っちゃ」

彼女はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべ、私を名前で呼んだ。彼女からは、言い知れぬほどの怒気を感じる。彼女の左手にはキャンディがたくさん入った籠、そして右手には薙刀。串間小豆、彼女は薙刀三段の腕前を持つ。正直言ってかなりの名手だ。薙刀を持った観音菩薩とは、なんとも奇妙な絵だった。だが対応を誤れば、菩薩は不動明王に変わるかもしれない。

「す、すいませんでしたあッ!」

私は膝から崩れ落ちつつ、彼女に許しを乞う。ああ、恐ろしい。こんな恐ろしい目にあったのは、いつ以来だろうか。今とても泣きそうな気分だ。いや、もう半泣きだ。誰か、誰か助けてくれ。

そうしている間にも、彼女は私に一歩、また一歩と接近してくる。彼女がすぐそばまで来た。彼女は薙刀を杖のようにして、両膝立ちになり、私に顔を近づけた。彼女の顔が、すぐ手を伸ばせば触れられそうな位置まで来る。

「ねえ、道香ちゃん。私はウィークが始まる前にこう言ったわね?みんなで支え合えば、きっと乗り越えられるって。でもね、違うの。私が言った事はそういう事じゃないのよ」

「ひ、ひっ……」

「私だって、最初はどうして私が呼ばれたのかな?なんて思ったわ。保育所の子供達から一週間も離されてしまうのは、辛いことよ。でもようやくその理由がわかったの、あなたたちって────そういう子たちなのね」

「あ、ああ……ごめんなさい!ごめんなさい!」

「さあ道香ちゃん、キャンディをあげるわ。一緒に禁煙についてお勉強しましょうね。いい映画があるのよ、30分くらいのものを10本。退屈しないようにベーグルとコーヒーも用意してあるから……一緒に見ましょう?」

彼女はそう言いつつ、私の口に棒つきキャンディを差し込む。甘いんだか苦いんだか、味が分からない。

「じゃ、西塔さん。行きましょうか」
「ええ。道香ちゃん、行きましょう」

串間とまづめの手が、私の肩に触れた。

「い、嫌だああああああああ!」


20██年 3月██日 サイト-8100 保安部秘匿ミーティングルーム 来栖監視官

長いようで短かった禁煙ウィークは、ひとまず終わりを告げた。そして、ひとまずの「試行期間」も完了した。

「お疲れ様でした、串間監察官
「ええ、来栖監視官もお疲れ様でした」

彼女────串間小豆は私に、変わらぬ笑顔で応じた。多くの者は知らない、彼女が財団内部保安部門の監察官であることを。内部保安部門は、一般の職員のクリアランスでは照会不可能なほどに秘匿度が高い。それゆえに、多くの者が彼らの存在に気づくことはなく、保安部門自体が一種のフォークロアのように言われるほどだ。

だが実際はそうではない。内部保安部門は重厚な階層構造を持ち、彼らは財団の組織全体にその手を伸ばしている。『財団の中の財団』と言われるほど、その組織構造は複雑かつ広大だった。

彼らの業務内容は、財団内部の安全を確保する事にある。いわば、財団内の秘密警察だ。
私は過去、何度か彼女と共に仕事をした事がある。だから、彼女の身元は知っていた。

「西塔さんも、少しくらい我慢すればいいのに」
「そうですね、でも最後にはちゃんとわかってくれましたから

その一言に、私の背筋は凍りついた。禁煙セラピーには多くの喫煙者が強制参加させられた。私は思い返す。セラピーに参加した者たちの、死んだ魚のような目を。イヴァノフが、道策が、そしてあの西塔でさえもが、あんな風にされたのだ。

串間小豆、彼女はときに果断かつ冷酷な判断を躊躇わない。

「それはそうと……どうでした?彼について、串間さんはどのような所感を得ましたか?」

「彼」とは、コンスタンティ・アレクセイヴィッチ・イヴァーノフ局長代理の事に他ならない。

“夜鷹”の事件ののち、前政治局長・菓子岡子鹿が反逆罪で逮捕された事は記憶に新しい。そして財団は組織の正常化のため、再編に動き出した。そこで問題になったのは、後任の政治局長の人事だ。その対象の一人が、イヴァノフだった。

財団日本支部理事会は政治局長の人事に対して慎重だった。前政治局長、菓子岡は平然と財団に反逆した。であれば、後任を疑いの目で見ることは避けられない。その後任がイヴァノフなら、なおさらの事だ。

イヴァノフは、今でこそ局長代理と言う椅子に縛り付けられている。だが、本来彼はルールの隙を突く事で生き残ってきたような男。理事会が警戒するのも頷ける話だった。

だから理事会は、イヴァノフが第二の菓子岡になりうる可能性を警戒していた。そして、理事会の命により保安部は串間を送り込み、彼の動向を観察させる事にした。禁煙ウィークはそのためのカバー・ストーリーに過ぎない。無論この事は、総合企画局長すら知らない秘匿事項だ。

「そうですね、全体的に仕事はそつなくこなし、財団に対する忠誠心もあります。ですが、彼は今の仕事を喜んでいないように思えます、後任が見つかれば喜んで辞めるでしょう。局長としての権限にも興味はないようです」

「私も同感です、それなら彼は“漂白済み”と考えていい、と?」
「速断はできませんが、ひとまずは安全とみて良いと思います。それより、来栖さん」
「はい、どうかしましたか?」
「あなたは受けましたか?禁煙セラピー」

────バレていた。

なんという事だ。串間の任務に協力するという大義名分で、私は華麗に身を翻していた。その事を、彼女はとうに承知の上だったのだ。どうしよう、逃げたい。でも、どうやって?

「キャンディがあります。映画にベーグルとコーヒー、ふふっ、一緒に見ましょうね」

ああ、誰か、助けて────

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注記: 以下のファイルは行政監督部所属職員全員に対する通知です。

禁煙ウィーク延長と諸注意

政治部の皆さまへ。あなた方が禁煙ウィーク中に行なった逸脱行為は許しがたいものです。サイトに対する無断改造、局員の買収、ウィーク中の喫煙行為、並べあげればキリがありません。ですが、昨今の情勢を考慮すれば、行政監督部の皆様の力は今後も必要となるでしょう。よって、今回は不問とします。その代わり、禁煙ウィークを一週間延長しますので、それに従って頂ければ結構です。次は間違いを犯さないでください。

— 幕僚部企画局臨時職員 串間小豆

〈オフィサー、ドクター、ソルジャー、スパイ〉
幕間『Smoking・ Can't stand・Passion』