こちらは共著企画「外宇宙支部」用のサンドボックスです。
以下に企画参加者各自の「外宇宙支部のオリエンテーション」下書き案を掲載する予定です。
http://ja.scp-wiki.net/forum/t-6260830/tale ←以前のご批評
『こんにちは、皆さん。私は財団外宇宙支部所管、サイト-0038、通称ポート・ガニメデ所属のイレーネ・ハーケ博士です。専門は外宇宙心理学で、ファーストコンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています。ちょっと遅刻の人が来るまで話しましょうか。
ええ、おかけになってください。ああ…手すりがありますからそれを支えにして、ベルトで体を固定してください。慣れれば大したことはありません。ほら。
私の専門は前述の通り、ファーストコンタクト時の地球外知的生命体の心理を研究することなのですが、そもそも知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるのです。行動も同じですね。例えばサムズアップは、英語圏では肯定的意味を持ちますが、中東では侮辱と取られます。
ファーストコンタクトで手を振ったり、旗を上げたり、発光信号を送ったりしたとき、それが相手を怒らせる行為だったとしたら…。そしてこれらが発生したときどう対処すればよいか。文化研究にも隣接する分野なのですね。
ええと、話が長い……? わかりました。本題に入りましょう。
まず、ベーグルがないのは仕様です。ここではできる限りの自給自足が原則です。ベーグルを運ぶエネルギーがあれば、より多くの資材や水といったものが運べるのですから。
そのかわりにクッキーをどうぞ。テーブルの上に飲料パックと一緒に無雑作に並べられている、そう、それです。保存用なので、味と硬さが気になる人は紅茶で流し込んでくだ…ごめんなさい。
先程お配りした封筒の中に個人カードが入ってますから、マトモな食事にありつきたい人はこの後食堂に行って、スペシャルランチでも頼むと良いでしょう。培養肉とか微生物と言われると薄気味悪いかもしれませんが、ここでも美味しい生活を維持したい職員達の努力の結晶ですから。
では、気を取り直して。
これから貴方達の配属先である"外宇宙支部"はここ月の他、太陽系各地に施設を持つ、財団の宇宙担当組織です。外宇宙支部には地上の各"支部"に匹敵する権限と財産が与えられています。
とはいえ、これから皆さんが配属される外宇宙支部の勤務環境は正直に言って、地球上より制限されたものになるでしょう。太陽系外縁の基地では非常用の備蓄を除けば必要以上の物資は手に入ることはありませんし、節電、節水が欠かせません。
月は地球に近いこともあり、設備環境が整っていることから、比較的自由はありますが、水や食料、空気は勿論の事、物資、エネルギーの浪費は地上以上の罰則付きです。場所によっては罰則は給料からではなく、その命で払って頂くので、月勤務は幸運ですね。
コホン…。はい。
新人職員の何人かが始末書を書いている裏では、配分の再調整や輸送物資の内訳変更といった多くの仕事が実行されることになります。大丈夫、これは新人職員が配属されたときの恒例行事です。
財団の理念は、確保(Secure)、収容(Contain)、保護(Protect)ですが、私達"外宇宙支部"の仕事は言ってみれば、探査(Search)、発見(Discover)、観察(Observe)です。観察は、研究(Research)としてもいいですね。
外宇宙に存在する異常存在の多くは、残念ながら我々の知をもっても不可解なものだけでなく、地球から光年単位で離れているもの、実在こそ明らかだが見つからない、見つけられないもの、地球に接近した場合最悪人類が滅ぶもの、といったそもそも収容不可能なものもあり、収容に地球上での倍以上の手間がかかるものが殆どです。
そのため、研究が"外宇宙支部"の主な業務と成ります。これは外宇宙に進出した頃から多少の差はあれど、変わりません。
この点においてはGOCも同じであり、外宇宙においては、財団とGOCは地上と同様の友好的関係を維持していると言えます。技術共有協定も締結されていますし、そもそも、宇宙ではアノマリーを破壊することは難しいですからね。とはいえ、たまに"不慮の事故"が発生してしまうらしいですよ。
一方、国家の宇宙開発機関との関係は友好…というよりは財団側が利用する形が多いです。いま椅子に座っている人の中には、組織にいた時、優秀な人材がどこかに引き抜かれたり、謎の宇宙船を見つけたと喜んでたら闇に葬られたりした人もいるでしょう。それが幽霊のような秘密組織のせいだという噂もご存知のはず。ようこそ、今日から貴方も"幽霊"です。
さて、このオリエンテーションはあくまで"外宇宙支部の"オリエンテーションの為、これから皆さんの配属先で業務別のオリエンテーションが行われます。
はい。終了時刻も迫ってきたのでオリエンテーションを終了しようと思います。
ああ、そうそう。入り口においてある封筒、忘れずにもらっていってください。その中身がないと業務も食事も睡眠もできませんよ。
最後に一つ。ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りて。「新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきになれるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる」』
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて解散となります。
改めて、一方的な映像通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、木星圏のサイト-0038と月面に存在する当サイト-0012の間では、双方向通信に無視できない程度のタイムラグが生じるためです。
それでは、後ろの扉からお帰りください。こちらは外宇宙支部所属、サイト管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。 私は財団外宇宙支部所管、サイト-0038、通称ポート・ガニメデ所属のイレーネ・ハーケ博士です。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています。
皆さんがここからサイト-0001の高度訓練区画に至るトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、該当する音声: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題ですが、慣れによって解消されます。」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「しかし、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。
さらにいえば、月往還船やトラムの、星々の煌めきが覗ける硬化テクタイトの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません――皆さん、宇宙服の気密を再確認して下さいね」
<各員の反応は正常/オリエンテーション音声の再生を継続する>
「さて、少々脅かしすぎました。実際のところ、月はかなり安全です。特にサイト-0001は極初期から作られた最大規模のサイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、真空掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0001では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシーンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです。
例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
「そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部は、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究としてもいいですね。
宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから。
外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解であるだけではなく、時に危険で、時に私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないものです。それらアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。現在確認されている最も脅威的なアノマリーは、地球から数百光年先に存在しています――流石にこれは現在の外宇宙支部では対処できませんが」
「とにかく、宇宙の広域探査により、可能な限りのアノマリーを発見し、確保・収容・保護すること、そしてそれが不可能なアノマリーについては観察を行い動静を注視すること、それら両方について研究を実施すること、最後に、アノマリーの脅威と導き出される真実が、人類にとって受け入れがたい、あるいは早すぎるものであった場合、神秘のヴェールに包み隠すことが、皆さんの使命となります。皆さんは研究によって宇宙法則を書き換えるガリレオと、天動説を固守した教会の2つの立場を併せ持つことになるというわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
「ですが、まだ皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です。」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない程度のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
<アナウンス: 終了>
<オリエンテーション音声: 再生開始>
『ようこそ、外宇宙支部へ。私は財団外宇宙支部所管、サイト-0038、通称ポート・ガニメデ所属のイレーネ・ハーケ博士です。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています。みなさんがここからムーン・レイルウェイの地下ステーションまでの約500mの通路を歩く間、オリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことはお話しませんので、確認程度にお聞きくださいね』
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、該当する音声: 再生>
『月往還船の中である程度は説明は受けたとは思いますが、足を主に使うよりは手すりを掴みながら進んだほうが楽ですよ。地上のように歩くと前から三番目の方のように上に弾んでしまいます。……大丈夫、重力は新人職員の大きな問題の内の一つだとよく言われます。あなただけではありませんよ』
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
『本題に入りましょう。
これから貴方達の配属先である"外宇宙支部"はここ月の他、太陽系各地に施設を持つ、財団の宇宙担当組織です。外宇宙支部には地上の各"支部"に匹敵する権限と財産が与えられています。
とはいえ、これから皆さんが配属される外宇宙支部の勤務環境は正直に言って、地球上より制限されたものになるでしょう。太陽系外縁の基地では非常用の備蓄を除けば必要以上の物資は手に入ることはありませんし、節電、節水が欠かせません。この余裕の無さは、外宇宙支部の行動指針そのものにも影響しています。労力を少しでも減らすために、一部ではGOC星間部門との協調すら行われているくらいです。
月は地球に近いこともあり、設備環境が整っていることから、比較的自由はありますが、水や食料、空気は勿論の事、物資、エネルギーの浪費は地上以上の罰則付きです。ただ、月勤務はまだ幸運ですね。場所によっては罰則は給料からではなく……。
コホン、はい。
新人職員の何人かが始末書を書いている裏では、配分の再調整や輸送物資の内訳変更といった多くの仕事が実行されることになります。大丈夫です、これは新人職員が配属されたときの恒例行事です』
<各員の反応は正常/オリエンテーション音声の再生を継続する>
『次は、地上における任務との違いをお話します。財団の理念は、確保(Secure)、収容(Contain)、保護(Protect)ですが、私達"外宇宙支部"の任務の場合では、いわば探査(Search)、発見(Discover)、観察(Observe)が加わります。観察は、研究(Research)としてもいいですね。
外宇宙に存在する異常存在の多くは、残念ながら我々の知をもっても不可解なものだけでなく、地球から光年単位で離れているもの、実在こそ明らかだが見つからない、見つけられないもの、地球に接近した場合最悪人類が滅ぶもの、といったそもそも収容不可能なものもあり、収容に地球上での倍以上の手間がかかるものが殆どです。
そのため、研究もまた"外宇宙支部"の主な業務と成ります。これは外宇宙に進出した頃から多少の差はあれど、変わりません。
具体的な業務については、このオリエンテーションはあくまで"外宇宙支部の"オリエンテーションの為、これから皆さんの配属先でオリエンテーションが行われます』
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
『最後に左手方向をご覧ください。先ほどまでは山で見えませんでしたが地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのも不思議に思う人もいると思いますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。なんにせよ、この色と輝きを忘れないでください。きっとあなたの励みとなるでしょう。
ステーションの入口に到着しましたね。これからみなさんにはエレベーターに乗って、プラットフォームへと向かっていただきます。……手すりがありますから、それを支えにしてください。本当に大丈夫ですよ、慣れれば大したことはありません。加速度も緩やかなものですから、安心してください。
それに、まだあなたの外宇宙支部の職員としての業務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りて。「新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきになれるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる」』
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない程度のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
<アナウンス: 終了>
「ようこそ外宇宙支部へ! 私は財団外宇宙支部所管、サイト-0038、通称ポート・ガニメデ所属のイレーネ・ハーケ博士です。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究していますが、現在は人事シフトのためサイト-0001へと戻ってきています。
皆さんがここからサイト-0001の高度訓練区画に至るトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
「まずもって、皆さんが戸惑われているのはこの宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題ですが、慣れによって解消されます。
しかし、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。
さらにいえば、月往還船やトラムの、星々の煌めきが覗ける硬化テクタイトの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません――皆さん、宇宙服の気密を再確認して下さいね」
「さて、少々脅かしすぎました。実際のところ、月はかなり安全です。特にサイト-0001は極初期から作られた最大規模のサイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、真空掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0001では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシーンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです。
例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
「そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部は、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究としてもいいですね。
宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから。
外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解であるだけではなく、時に危険で、時に私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないものです。それらアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。現在確認されている最も脅威的なアノマリーは、地球から数百光年先に存在しています――流石にこれは現在の外宇宙支部では対処できませんが」
「とにかく、宇宙の広域探査により、可能な限りのアノマリーを発見し、確保・収容・保護すること、そしてそれが不可能なアノマリーについては観察を行い動静を注視すること、それら両方について研究を実施すること、最後に、アノマリーの脅威と導き出される真実が、人類にとって受け入れがたい、あるいは早すぎるものであった場合、神秘のヴェールに包み隠すことが、皆さんの使命となります。皆さんは研究によって宇宙法則を書き換えるガリレオと、天動説を固守した教会の2つの立場を併せ持つことになるというわけです」
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
「ですが、まだ皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です。
オリエンテーションはこれにて終了です。――改めて、外宇宙支部へようこそ。私達は皆さんを歓迎します」
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。
私は財団外宇宙支部のイレーネ・ハーケ博士です。本来の所属は月、ここセレウコス・クレーターから数百キロ離れたツィオルコフスキー・クレーターのサイト-0001ですが、現在は木星圏のサイト-0038、通称ポート・ガニメデに出向しています。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています。
知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるものでして、言葉を例に取りますと、英語を母語とする人間であれば、「Outerspace brunch」という名前から単に地球外の宇宙空間を管轄すると認識するでしょう。しかし日本人がこれを直訳した「外宇宙支部」という名前を見ると、「この宇宙の外側」を活動領域としていると受け取ることも多いようです。無論、正しいのは前者です。
そのような文化・社会背景と心理の関係性を調べることは、地球外の知的生命体とのコミュニケーションにおいて有用となるでしょう。
……さて、皆さんがここサイト-0006の港湾区画から高度訓練区画に至るトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、該当する音声: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題です」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「地球と宇宙の環境差による問題は基本的に慣れによって解消されますが、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。
さらにいえば、宇宙船やトラム、そしてサイトの、星々の煌めきが覗ける硬化ガラスの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません」
「とはいえ、月はかなり安全です。特にサイト-0001は極初期に造られ、拡張を繰り返している最大規模のサイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、真空掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0001では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです。
例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
「そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部の場合、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究と言い換えてもいいですね。
宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから。
外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解で、私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないことすらあるばかりか、時に危険で、時に環境や規模を原因とする収容の困難さを持ち合わせています。故に我々は少なくないケースで、観察に徹することを余儀なくされるのです。例えば、SCP-2399は木星大気内に沈む巨大な宇宙戦艦、SCP-508-JPは太陽系から遠く離れた宙域に浮かぶ全長数十万光年の巨人です。どちらも確保、収容、保護は現実的ではありません。
さらに、それらのアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。そのため、我々は探査と発見を欠かさぬため、数多くの探測装備を宇宙空間へ向けているのです。例えば……そう、先日はカイパーベルトのなんでもないような所で、異星人が作ったメッセンジャーが発見されました。そのようなケースも存在するので、探査と発見には多額の予算と資材が投入されています」
「とにかく、宇宙の広域探査により、可能な限りのアノマリーを発見し、確保・収容・保護すること、そしてそれが不可能なアノマリーについては観察を行い動静を注視すること、それら両方について研究を実施すること、最後に、アノマリーの脅威と導き出される真実が、人類にとって受け入れがたい、あるいは早すぎるものであった場合、神秘のヴェールに包み隠すことが、皆さんの使命となります。皆さんは研究によって宇宙法則を書き換えるガリレオと、天動説を固守した教会の2つの立場を併せ持つことになるというわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
「ですが、まだ皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です。」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、ハーケ博士が先週より急遽サイト-0038に派遣されたことによるもので、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない規模のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
<アナウンス: 終了>
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。
私は財団外宇宙支部のイレーネ・ハーケ博士です。本来の所属は月、ここセレウコス・クレーターから数百キロ離れたツィオルコフスキー・クレーターのサイト-0001ですが、現在は木星圏のサイト-0038、通称ポート・ガニメデに出向しています。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています。
知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるものでして、言葉を例に取りますと、英語を母語とする人間であれば、「Outerspace brunch」という名前から単に地球外の宇宙空間を管轄すると認識するでしょう。しかし日本人がこれを直訳した「外宇宙支部」という名前を見ると、「この宇宙の外側」を活動領域としていると受け取ることも多いようです。無論、正しいのは前者です。
そのような文化・社会背景と心理の関係性を調べることは、地球外の知的生命体とのコミュニケーションにおいて有用となるでしょう。
……さて、皆さんがここサイト-0006の港湾区画と高度訓練区画を結ぶトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、該当する音声: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題です」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「地球と宇宙の環境差による問題は基本的に慣れによって解消されますが、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。
さらにいえば、宇宙船やトラム、そしてサイトの、星々の煌めきが覗ける硬化ガラスの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません」
「とはいえ、月はかなり安全です。特にサイト-0001は極初期に造られ、拡張を繰り返している最大規模のサイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、真空掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0001では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです。
例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
「そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部の場合、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究と言い換えてもいいですね。
宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから。
外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解で、私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないことすらあるばかりか、時に危険で、時に環境や規模を原因とする収容の困難さを持ち合わせています。故に我々は少なくないケースで、観察に徹することを余儀なくされるのです。例えば、SCP-2399は木星大気内に沈む巨大な宇宙戦艦、SCP-508-JPは太陽系から遠く離れた宙域に浮かぶ全長数十万光年の巨人です。どちらも確保、収容、保護は現実的ではありません。
さらに、それらのアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。そのため、我々は探査と発見を欠かさぬため、数多くの探測装備を宇宙空間へ向けているのです。例えば……そう、先日はカイパーベルトのなんでもないような所で、異星人が作ったメッセンジャーが発見されました。そのようなケースも存在するので、探査と発見には多額の予算と資材が投入されています」
「とにかく、宇宙の広域探査により、可能な限りのアノマリーを発見し、確保・収容・保護すること、そしてそれが不可能なアノマリーについては観察を行い動静を注視すること、それら両方について研究を実施すること、最後に、アノマリーの脅威と導き出される真実が、人類にとって受け入れがたい、あるいは早すぎるものであった場合、神秘のヴェールに包み隠すことが、皆さんの使命となります。皆さんは研究によって宇宙法則を書き換えるガリレオと、天動説を固守した教会の2つの立場を併せ持つことになるというわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<予定通り、FoundationDSNよりサイト-0038発のリアルタイム音声通信を受領: 再生開始>
「さて、今までは録音音声という形でオリエンテーションを行ってきましたが、最後だけはリアルタイムで皆さんに言葉を伝えたいと思っています。といっても、私が実際に喋ったのは40分前のことですが。」
「皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です。」
<リアルタイム音声通信: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、ハーケ博士が先週より急遽サイト-0038に派遣されたことによるもので、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない規模のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。私は財団外宇宙支部のイレーネ・ハーケ博士です。本来の所属は月、ここセレウコス・クレーターから数百キロ離れたツィオルコフスキー・クレーターのサイト-0001ですが、現在は木星圏のサイト-0038、通称ポート・ガニメデに出向しています。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています」
「知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるものでして、言葉を例に取りますと、英語を母語とする人間であれば、"Outerspace brunch"という名前から、単に地球外の宇宙空間を管轄すると認識するでしょう。しかし日本人がこれを直訳した「外宇宙支部」という名前を見ると、「この宇宙の外側」を活動領域としていると受け取ることも多いようです。無論、正しいのは前者です。そのような文化・社会背景と心理の関係性を調べることは、地球外の知的生命体とのコミュニケーションにおいて有用となるでしょう」
「皆さんがここサイト-0006の港湾区画と高度訓練区画を結ぶトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、オリエンテーション音声パターン1B: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題です」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「地球と宇宙の環境差による問題は基本的に慣れによって解消されますが、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。さらにいえば、宇宙船やトラム、そしてサイトの、星々の煌めきが覗ける硬化ガラスの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません」
「とはいえ、月はかなり安全です。サイト-0006は外宇宙支部の初期に造られ、拡張を繰り返している大規模サイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、自動掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0006では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです」
「例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
<各員の反応は正常の閾値内:オリエンテーション音声パターン2Aを再生>
「皆さん、外宇宙支部の環境についてのレジュメを理解してくださっているようで何よりです。では、そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部の場合、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究と言い換えてもいいですね」
「宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから」
「外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解で、私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないことすらあるばかりか、時に危険で、時に環境や規模を原因とする収容の困難さを持ち合わせています。故に我々は少なくないケースで、観察に徹することを余儀なくされるのです」
「例えば、SCP-2399は木星大気内に沈む巨大な宇宙戦艦、SCP-508-JPは太陽系から遠く離れた宙域に浮かぶ全長数十万光年の巨人です。どちらも確保・収容・保護は現実的ではありません」
「さらに、それらのアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。そのため、私達は探査と発見を欠かさぬため、数多くの探測装備を宇宙空間へ向けているのです。例えば……そう、先日はカイパーベルトのなんでもないような所で、異星人が作ったメッセンジャーが発見されました。そのようなケースも存在するので、探査と発見には多額の予算と資材が投入されています」
<各員に若干の動揺が見られる:オリエンテーション音声パターン3Bを再生>
「アノマリーの多様さとその広がりに驚かれているようですね。私達も最初は驚きました。しかし『管理者』の言葉にもあるように、『人類は恐怖から逃げ隠れていた時代に逆戻りしてはならない』のです。そのための探査・発見・観察であり、それが未だ人類には早すぎる、あるいは混乱をもたらす事物の場合、ヴェール・プロトコルにより隠蔽することが私達、『外宇宙支部』の使命です。丁度、地動説を研究したガリレオと、彼を弾劾した教会のふたつの立場を、皆さんは併せ持つことになるわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<予定通り、FoundationDSNよりサイト-0038発のリアルタイム音声通信を受領: 再生開始>
「さて、今までは録音音声という形でオリエンテーションを行ってきましたが、最後だけはリアルタイムで皆さんに言葉を伝えたいと思っています。といっても、私が実際に喋ったのは40分前のことですが」
「まだ、皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です」
<リアルタイム音声通信: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、ハーケ博士が先週より急遽サイト-0038に派遣されたことによるもので、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない規模のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
主要変更点
各段落の字詰めと1行開け
AIの反応を若干追加
アノマリー説明部分後の内容重複箇所の訂正
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。私は財団外宇宙支部のイレーネ・ハーケ博士です。本来の所属は月、ここセレウコス・クレーターから数百キロ離れたツィオルコフスキー・クレーターのサイト-0001ですが、現在は木星圏のサイト-0038、通称ポート・ガニメデに出向しています。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています」
「知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるものでして、言葉を例に取りますと、英語を母語とする人間であれば、"Outerspace brunch"という名前から、単に地球外の宇宙空間を管轄すると認識するでしょう。しかし日本人がこれを直訳した「外宇宙支部」という名前を見ると、「この宇宙の外側」を活動領域としていると受け取ることも多いようです。無論、正しいのは前者です。そのような文化・社会背景と心理の関係性を調べることは、地球外の知的生命体とのコミュニケーションにおいて有用となるでしょう」
「皆さんがここサイト-0006の港湾区画と高度訓練区画を結ぶトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のパック式コーヒーとベーグルはご自由にどうぞ」
<事前の想定通り、各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定さが確認できる>
<対応のため、オリエンテーション音声パターン1B: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題です」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「地球と宇宙の環境差による問題は基本的に慣れによって解消されますが、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはベーグルの欠片を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性重量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。さらに言えば、宇宙船やトラム、そしてサイトの、星々の煌めきが覗ける硬化ガラスの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません」
「とはいえ、月はかなり安全です。このサイト-0006も外宇宙支部の初期に造られ、改修を繰り返している大規模サイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているパック式コーヒーをこぼしたとしても、自動掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0006では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも長ければ1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです」
「例えば皆さんが口にされているベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではベーグルを食べることすら危険行為として禁じられるでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
<各員の反応は正常の閾値内:オリエンテーション音声パターン2Aを再生>
「皆さん、外宇宙支部の環境についてのレジュメを理解してくださっているようで何よりです。では、そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部の場合、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究と言い換えてもいいですね」
「宇宙には様々な驚異があり、そしてそれは同時に脅威でもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異でも脅威でもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから」
「外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解で、私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないことすらあるばかりか、時に危険で、時に環境や規模を原因とする収容の困難さを持ち合わせています。故に我々は少なくないケースで、観察に徹することを余儀なくされるのです」
「例えば、SCP-2399は木星大気内に沈む巨大な宇宙戦艦、SCP-508-JPは太陽系から遠く離れた宙域に浮かぶ全長数十万光年の巨人です。どちらも確保・収容・保護は現実的ではありません」
「さらに、それらのアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。そのため、私達は探査と発見を欠かさぬため、数多くの探測装備を宇宙空間へ向けているのです。例えば……そう、先日はカイパーベルトのなんでもないような所で、異星人が作ったメッセンジャーが発見されました。そのようなケースも存在するので、探査と発見には多額の予算と資材が投入されています」
<各員に若干の緊張が見られる:オリエンテーション音声パターン3Bを再生>
「アノマリーの多様さとその広がり、それにこれから挑むことに緊張されているようですね。私達も最初は驚きました。しかし『管理者』の言葉にもあるように、『人類は恐怖から逃げ隠れていた時代に逆戻りしてはならない』のです。そのための探査・発見・観察であり、それが未だ人類には早すぎる、あるいは混乱をもたらす事物の場合、様々な手段を用いてヴェール・プロトコルにより隠蔽することが私達、『外宇宙支部』の使命です。丁度、地動説を研究したガリレオと、彼を弾劾した教会のふたつの立場を、皆さんは併せ持つことになるわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<予定通り、FoundationDSNよりサイト-0038発のリアルタイム音声通信を受領: 再生開始>
「さて、今までは録音音声という形でオリエンテーションを行ってきましたが、最後だけはリアルタイムで皆さんに言葉を伝えたいと思っています。といっても、私が実際に喋ったのは40分前のことですが」
「皆さんはすでに宇宙の環境をその身で体感していると思いますが、まだ皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です」
<リアルタイム音声通信: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、ハーケ博士が先週より急遽サイト-0038に派遣されたことによるもので、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない規模のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
winston1984の下書きIII(Ikkeby-Vさんの下書きIV原型)
<トラムに新任職員32名の乗車を確認/事前の想定通り各員に低重力に不慣れなことによる動作の不安定を確認/>
<ロボット・アテンダントが職員にコーヒーパックとチューブベーグルを配る/トラム制御人工知能体によるアナウンス>
「当トラムはセレウコス・クレーター宇宙港よりサイト-0006への直行便です。シートベルトを確認し、加速Gにお気をつけください」
<全員のシートベルト着用を確認後、トラムが発車/加速Gにより窓の外を見ていた6名が若干姿勢を崩すが正常の範囲内>
<オリエンテーション音声: 再生開始>
「ようこそ、外宇宙支部へ。私は財団外宇宙支部のイレーネ・ハーケ博士です。本来の所属は月、ここセレウコス・クレーターから数百キロ離れたツィオルコフスキー・クレーターのサイト-0001ですが、現在は木星圏のサイト-0038、通称ポート・ガニメデに出向しています。専門は外宇宙心理学で、ファースト・コンタクト時の地球外知的生命体の心理について研究しています」
「知的生命体の思考というのは文化・社会背景に大きく左右されるものでして、言葉を例に取りますと、英語を母語とする人間であれば、"Outerspace brunch"という名前から、単に地球外の宇宙空間を管轄すると認識するでしょう。しかし日本人がこれを直訳した「外宇宙支部」という名前を見ると、「この宇宙の外側」を活動領域としていると受け取ることも多いようです。無論、正しいのは前者です。そのような文化・社会背景と心理の関係性を調べることは、地球外の知的生命体とのコミュニケーションにおいて有用となるでしょう」
「皆さんがここサイト-0006の港湾区画と高度訓練区画を結ぶトラムに乗車している間、私がオリエンテーションを担当します。大丈夫です、地球でお渡しされた資料以上のことは基本的にお話しませんので、確認程度にお聞き下さい。手元のコーヒーパックとチューブベーグルはご自由にどうぞ」
<各員、コーヒーパックやチューブベーグルを手にし、口にする>
<低重力に不慣れなことによる動作の不安定さへの対応のため、オリエンテーション音声パターン1B: 再生>
「まずもって、皆さんが戸惑われているのは、この宇宙における無重力または低重力環境と思います。体をしっかりと支えられず浮遊するか飛び跳ねるしかない状況というものは不安だと、皆さんは月往還船の中で感じたでしょう。大丈夫、地球と異なる重力環境は新人職員の突き当たる問題です」
<オリエンテーション本編の音声: 再生再開>
「地球と宇宙の環境差による問題は基本的に慣れによって解消されますが、それは根本的には慣れきってはいけないものです。ふとした手違いで、あなたはなにか小さな部品を数百万ドルもする機械の隙間に紛れ込ませ故障させてしまうかもしれないし、低重力によって動かされた慣性質量数トンの物体にゆっくりと押しつぶされていくかもしれない。そうしたアクシデントを避けるため、常に環境には警戒心をもって挑んで下さい。さらに言えば、宇宙船やトラム、そしてサイトの、星々の煌めきが覗ける硬化ガラスの窓の外は、まさに板1枚を挟んだ真空の地獄であることも忘れてはいけません」
「とはいえ、月はかなり安全です。このサイト-0006も外宇宙支部の初期に造られ、改修を繰り返している大規模サイトですので、安全設備も福利厚生も充実しています。皆さんが口になさっているコーヒーパックをこぼしたとしても、自動掃除機がすぐにセンサで感知して吸い取ってくれますので、ご安心を。サイト-0006では、低重力を除けば、ほぼ地球のサイトに居るのと同じ環境で仕事ができます」
「しかし――月より遠い、例えば私の勤務先のような外惑星サイトにおいては、事はより慎重に運ばなければなりません。そこではあらゆるものが必要十分『しか』存在しません。最新の外惑星往還船でも長ければ1ヶ月以上かかって人員を送り込むのが精一杯の場所では、たとえフォン・ノイマン・マシンの力を借りたとしても、ほとんど自給自足で、ありとあらゆる無駄を省き、資源を再生し、最高効率で還流しなければなりません。そうしなければ生存できないからです」
「例えば皆さんが口にされているチューブベーグルは月の水耕栽培農場で取れた小麦を加工しているものですし、サイト内では固形のベーグルを食べることもできますが、私達が普段口にしているそれは培養クロレラの代用品です。外惑星往還船ではチューブベーグルを食べることすら輸送質量の問題から推奨されないでしょう。地球から遠く離れていくほどに、皆さんの生活・活動環境は厳しいものとなっていきます。外宇宙に身をおいた先達としていいましょう。『月は厳格な女教師であるが、外惑星は学びを実践する星々の荒野である』と」
<各員の反応は正常の閾値内:オリエンテーション音声パターン2Aを再生>
「皆さん、外宇宙支部の環境についてのレジュメを理解してくださっているようで何よりです。では、そこまで厳しい環境において、財団は一体何を目的とするのか。それについて再確認しましょう。外宇宙支部の場合、財団の基礎理念である確保・収容・保護に加え、探査・発見・観察が加わります。観察は研究と言い換えてもいいですね」
「宇宙には様々な驚異ワンダーがあり、そしてそれは同時に脅威デンジャーでもあります。例えば、木星とガニメデの間を走るフラックスチューブは、太陽系最大スケールの雷であり、木星大気に発生させるオーロラと相まって、私たちの心を捉えて離さない壮大さを持ちますが、同時にその軸線上にあるすべてのものを破壊するだけのエネルギーを持ち、接近観測は極めて危険です」
「ですが、既知の宇宙の現象は、アノマリーに比べるとまだ驚異ワンダーでも脅威デンジャーでもありません。それらはすでに解明された法則によって成り立っているのですから」
「外宇宙に存在するアノマリーの多くは、残念ながら私達の既存知識体系をもってしても不可解で、私達の知識体系にコペルニクス的転回を与えかねないことすらあるばかりか、時に危険で、時に環境や規模を原因とする収容の困難さを持ち合わせています。故に我々は少なくないケースで、観察に徹することを余儀なくされるのです」
「例えば、SCP-2399は木星大気内に沈む巨大な宇宙戦艦、SCP-508-JPは太陽系から遠く離れた宙域に浮かぶ全長数十万光年の巨人です。どちらも確保・収容・保護は現実的ではありません」
「さらに、それらのアノマリーは宇宙全体に広がっていると推測されます。そのため、私達は探査と発見を欠かさぬため、数多くの探測装備を宇宙空間へ向けているのです。例えば……そう、先日はカイパーベルトのなんでもないような所で、異星人が作ったメッセンジャーが発見されました。そのようなケースも存在するので、探査と発見には多額の予算と資材が投入されています」
<各員に若干の緊張が見られる:オリエンテーション音声パターン3Bを再生>
「アノマリーの多様さとその広がり、それにこれから挑むことに緊張されているようですね。私達も最初はそうでした。しかし『管理者』の言葉にもあるように、『人類は恐怖から逃げ隠れていた時代に逆戻りしてはならない』のです。そのための探査・発見・観察であり、それが未だ人類には早すぎる、あるいは混乱をもたらす事物の場合、様々な手段を用いてヴェール・プロトコルにより隠蔽することが私達、『外宇宙支部』の使命です。丁度、宇宙を観測し地動説を研究したガリレオと、彼を弾劾した教会のふたつの立場を、皆さんは併せ持つことになるわけです」
<指定位置に達するまでオリエンテーション音声: 再生中断>
<指定位置に到達/オリエンテーション音声: 再生再開>
「さて、左手方向をご覧下さい。先程まではクレーターの縁に隠れて見えませんでしたが、ここからだと地球が見えますね。今まで過ごしてきた大地を横から眺めるというのを不思議に思う方もおいでかと思われますが、それよりもあの美しさに心を奪われる方が多いと思います。いずれにせよ、この色と輝きを忘れないで下さい。それが皆さんの任務の励みとなるでしょう」
<オリエンテーション音声: 再生終了>
<予定通り、FoundationDSNよりサイト-0038発のリアルタイム音声通信を受領: 再生開始>
「さて、そろそろ私がガニメデで40分前に発した音声が、皆さんに届くころでしょう。これは教材としてあらかじめ録音された音声ではなく、私から今月面へ到着した皆さんへのリアルタイム・メッセージです」
「皆さんはすでに宇宙の環境をその身で体感していると思いますが、まだ皆さんの外宇宙支部職員としての任務は始まってもいません。改めて、ヴェルナー・フォン・ブラウンの言葉を借りていいましょう。『新人職員にとっての2つの大きな問題は重力と事務仕事だ。月の重力にはじきに慣れるだろうが、事務仕事は時に圧倒的すぎる』」
「もうすぐトラムが終点へと到着します。減速Gに備え、シートベルトをしっかりと確認して下さい。そして停止したら、ステーションへと第1歩を踏み出して下さい。人類にとっては小さな1歩ですが、皆さんにとっては大きな1歩です」
<リアルタイム音声通信: 再生終了>
<アナウンス: 開始>
――皆様、お疲れさまでした。本オリエンテーションはこれにて終了となります。
改めて、一方的な音声通信によるオリエンテーションとなったことをお詫び申し上げます。これは、ハーケ博士が先週より急遽サイト-0038に派遣されたことによるもので、木星圏のサイト-0038と月面の間では、双方向通信を用いると無視できない規模のタイムラグが生じるためです。
では、良い旅を。こちらは外宇宙支部所属、月面サイト群管制支援用人工知性体、Artemis-IIIbisです。
主要変更点
トラムなど専門用語に注釈をつける
トラム内部の描写をAI視点で追加(より良い方策はあるか議論の余地あり)
ベーグルをチューブベーグルに変更
語尾はIkebbyさん案、santouさん案とも取らず注釈1を使用(議論の余地あり)