紅研究員の書類棚

財団センター国語(現代文)
評論
1: 次の文章を読んで、後の問いに答えよ。(配点 50)

我々もよく知っているSCP財団というサイトを強引に定義付けてしまうと「怪奇ホラー創作サイト」というものになります。「怪奇」は英語で「occult(オカルト)」ですから、あまりに非科学的で(これも一種のアイロニーと言えるかもしれませんが)未知の存在を主に扱っているという趣旨に合うものといえるでしょう。
では「ホラー」という面で考えてみるとどうでしょうか。例えば、目を離すと死が待っているSCP-173や、まるで共にお化け屋敷にでも入っていくような表現力豊かな調査記録で有名なSCP-087などは、純粋に我々が表面的に感じてきた「ホラー」とカテゴライズできます。しかし、星の数ほどあるSCP記事の中には、人の心を動かし涙を誘うものや、「ホラー」とは位置づけ難いファニーなものも存在します。それはそれでいて凄く面白くハイセンスな文章達なのですが、そのような記事を一言で「ホラー」と括りつけて片付けてしまうことに、違和感を持つことがあるかもしれません。
春秋戦国時代の諸子百家思想のひとつ、「荘子」の有名な話に「胡蝶の夢」というものがあります。荘周は自分が蝶になる夢を見ます。ひらひらと舞い踊るように飛び、自分が荘周という人間であることも忘れていました。しかし、そこで目が覚め、荘周は、自分が荘周であることを実感するのですが、荘周はこのように思います。「今の自分も、実は蝶の夢の中の存在なのではないか」と。
この話は、「荘子」の一つのテーマである万物斉同という考えを紐解く鍵となるのですが、その話はまた別の機会にします。ここで皆さんに問いかけたいのは、この話を聞いて、底知れぬ恐怖を感じ取らなかったか、ということです。
この時の荘周の考えは、一見すると突拍子もないことですが、これが間違っていると証明することはどうやっても叶いません。無論この考えが正しいと証明することも出来ませんが、だからこそ、この話からは何だかよく分からない恐怖を感じ取ることが出来るのです。「自分は本当に自分なのか」というあまりに哲学的な投げ掛け方とも言えるのですが、自分という存在の証明が出来ないということに、私たちは恐怖を感じます。「もしかしたら私たちは、私たちの知覚しえない何かに操られるマリオネットなのかもしれない」という考え方を完全に否定する術は存在しませんし、存在できません。それは「知覚しえない恐怖」であり、また「自分というものが証明できない恐怖」でもあるのです。
SCPの世界観において欠かせないものがあります。例えSCiPが一般人の目に触れたとしても、それを無かったことにする。世間一般から異常存在を隔離する存在である財団を財団たらしめる理由と言っても良いもの。そう、記憶処理という概念です。私たちの記憶を都合のいいように書き換え、それを「事実」としてしまうという、ただのSF世界にはありふれた産物であると、もしかしたら感じられるかもしれません。しかし、記憶処理は財団世界を「ホラー」たらしめるに当たって、あまりに重要な存在です。
SCP-8900-JP-EXという記事を、大抵の方はご存知であろうかと思います。とあるカラー写真技術から産まれ出たSCP-8900-JP-EXは、世界を汚染し、人々は汚らしい色彩を認識するようになってしまいました。O5の覚書にもあるように、その現象は世界全体に広がり、遂に財団は敗北。「元からそうだった」というように世界全体を記憶処理した。というのがこの記事の概略です。
この記事を読んだ時、私たちの多くは、多少なりとも今の現実を疑うことになると思います。私たちが今見ている色は、果たして本物なのか。しかしそれは決して誰にも分かりえないものです。世界の人類がその昔そう記憶処理されてしまった。そんな訳はない、と口先で否定するのは容易なことですが、なぜそう言えるのか、と問われると必ず答えに窮するところとなります。記憶処理というものがある以上証拠は存在しません。昨日の午後、街を歩いていた時にSCPを目撃し、それに傷つけられ脚を折り、今病院にいる、という現実は、もし今あなたの記憶に交差点での不幸な交通事故があったとしても、否定出来ないものとなりえます。それはあまりに恐ろしい事です。
『何故出来ないと?前にもやったんだぞ』(マリアナ海溝から回収された文書)
世界を完璧にリセットするというSCP-2000は過去に数回起動していると記事に書かれています。この記述は「ホラー」を提供するにあたって、とてつもなく意味を持ちます。この記述がなければ、機械仕掛けの神は、ただの万能世界創造機と捉えられても無理は無かったとさえ、私は思います。
記憶処理についてなら、SCP-3000を忘れてはなりません。
『我々は最後には、忘れられるのだ』(SCP-3000 -アナンタシェーシャ)
SCPの提供する「ホラー」は私たちの内側に訴えかけ、私たちの内側から産まれる、「恐怖」とは一線を画したものです。日本人は「恐怖」と「ホラー」を無意識に感じ分ける。そこに、SCP-JPが本部に一目置かれる程、めざましい発展を見せたことの源泉があると思うのです。

(benisou書き下ろし、「SCPは『ホラー』なのか」)

新米財団職員のbenisou(べにそう)と申します。
ときめく言葉は『急所』です。

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