basicoftheunderのサンドボックス

 「明日世界が終わるとしたらどうする?」
 明日空から隕石が降ってきて、世界が滅亡するとしたら。そんなよくある与太話に笑って、茶化しおどけてみたり映画のワンシーンのように気取って見せたり出来たのも、そんな明日が来ないことをみんなが疑いもしなかったからなのだろう。明日も今日と同じように、朝起きて、昼は仕事や学校に行き、夜に眠る。誰もが心の隅でそう思っていた。そして、その明日が来たことを誰もが知るときが来た。
 財団の収容能力にも限界が来ていた。日に日に増える異常なオブジェクト、その数はとうの昔に3000を超え、財団はそのすべてを秘密裏にかつ速やかに、確実にそれらを闇の中へ押しやろうとしていた。まるで風船に息を吹き込み続けるように。そして世界という名の風船は、最も薄い1点からついに破れた。

 彼はテレビを見ていた。モノクロの画面の中では潜水士のヘルメットのようなものをかぶったゴリラのような,怪物と呼ぶにはややお粗末な生き物が男の首を絞めている。その光景を食い入るように見つめる彼の姿もまた、怪物ではなかった。彼は毎日、何度も巻き戻しては画面向こうの惨劇に思いをはせ続けていた。
 ある日、彼はいつまで待っても新しい参考資料が部屋に届かないことに腹を立てた。彼と白衣を着た男の間では月に一度、必ず、“生きとし生けるものすべてが真に恐るべき悪魔的存在”についての詳細な映像記録を供給することと引き換えに、それなりにSCP-2006という番号のもと、快適なこの部屋から出ないという取り決めが結ばれていた。約束が違うじゃないか、と彼が文句を言おうと扉をこじ開けようとすると、拍子抜けするくらいにするりと扉が開いた。外を見ると、散らばるがれきの山ばかりで人の気配はなく、代わりにあったのはしん、とした静寂のみであった。

 建物の中を支配する静けさも、破壊されつくした設備も、歩き回って見つけたいつも会っていた白衣の男の死体も別段、彼の心を揺るがすものではなかった。何らかの心象を強いてあげるとするなら、「ああそうか,もうここには僕の望むものはないのか」くらいであった。物言わぬ死体と別れを告げ、彼はあたりを見渡した。崩れたがれきの向こう、人が一人通れそうなくらいの穴が開いていた。かくして、誰にも知られず一体のketerクラス実体が自由を手にした。
 久しぶりに日の光を浴びながら彼は歩みを進めた。どこに、という行先もなくただ歩いた。かつてサイト118と呼ばれ、今では荒野に佇む廃墟となった施設を尻目にただただ歩いた。彼はその気になれば空も飛べるが、その姿はいまだ毛むくじゃらのままであった。歩くのにはこれといって不便を感じなかったし、あわよくば通りがかった誰かを驚かしてやろう、と思うくらいには彼は楽天家の素養があった。当然ではあるが、どんな人間にも会うことはなかった。彼がようやくのところ恐怖を引き起こさせるべき人間がいなくなる焦りを抱いたころ、彼は久しぶりの獲物を見つけた。もっとも、その相手は頑強にして狡猾、この世の生命すべてを憎悪する本物の怪物であったのだが。

 引き裂き、踏みつぶし、蹂躙の限りを尽くす。機銃を掃射しながら上昇するヘリに飛びつき、中身を食い散らかした。火を噴きだし落ちるクズ鉄から飛び降り着地したとき、6対の眼の端に珍妙な人影をとらえた。「死スベキモノヨ我ヲ恐レヨ。我ハ強大ナルRO-MAN!恐怖ニオノノケエエエエエエ!」徒手にて現れたと思えば両手を上げ、訳の分からないことを言い出すその者に対して面食らい、ふざけてるのか、と声をかけてしまった。いつもならコンマ数秒もかけずミンチに変えていたというのに。その者はさらにわけのわからないことを言い出した,「ガォー!我ヲ恐レヨ!サモナクバ貴様ノ魂ヲイタダクゾ!ガォー!」「何故我ヲ恐レナイ!?我ハ完璧二……」「何でだよ……」どうやら相当の阿呆らしい。生けるもので我を恐れさせるものなどない。そう言い捨てながら、それ以上に饒舌な腕の一振りで目の前を薙ぎ払う。そして怪物は、一人になった。

 どこをどう歩いたかもわからない、そもそも歩いてここまで来たのか?覚えていない。気が付けば洞窟の中、薄暗がりで彼は一人縮こまっていた。悔しさ、絶望、悲壮感、彼を取り巻くそれは沁みついてもう離れなかった。幾度目かのフラッシュバック、無力だった自分の目の前に真の怪物の剛腕が眼前に迫ってくる。「生けるもので我を恐れさせるものなどない。」そういってのけたあいつ。あいつの姿が、声が思い返される。その瞬間、彼に天啓ともいえる考えが思い浮かび、衝動のまま己の能力を行使させた。彼の姿が消える。今度こそあいつを驚かせてやる。ハッタリや脅しじゃない。そう、「我コソガダ。」

 そして彼もまた、一人になった。