きつねのすなばこ

やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
この越の誉純米大吟醸はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、どこにでもあるサンドボックスなんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、このサンドボックスを用意したんだ。

じゃあ、タブを開けてみてくれ(´・ω・`)

そこは、現世うつしよから消えた者達の住まう世界…「幻想」の世界と、現世との境界線。
その小さな天然の湯船に揺蕩う、人ならざる異形の彼らを、多くの者は「妖怪」と呼ぶのだろう。

古より、彼らは人間ひとのもっとも傍にあり、同時にもっとも遠い場所にいた。
人間は彼らを避け、時に討滅しながらも、彼らとの交わりが断たれることはなかった。

だが、時代が進むにつれて、彼らが関わるとされる多くの現象が「科学」によって説明づけられ、その「原理」が流布されていくとともに、彼らの存在はやがて絵空事として扱われ、次第に忘れ去られるようになっていった。

忘れられゆく彼らは、やがてその存在もはじめから存在しなかったかのように、消え去っていく。
それがことわりであることをいかなる存在よりもよく知る彼らは、多くがその恐怖から逃れるかのように、酔いに任せて仮初の幸福感に耽溺していった。

長は言った。
語り部となってくれた彼の者はいなくなった。
現世そとのせかいに我らを知る者がいなくなれば、我らもその定めのままに従うほかない。
我らもいずれ、絵空事の住人ですらなくなる日も来るのであろう、と。

だが、私は知っている。
現世と幻想を繋げる「この秘湯」に、人の子かたりべを送り込む約定を交わした彼らを。

彼らが、ただその性のままに現世と幻想を行き来する、百鬼夜行の者達を知ることも。
忘れ去られることを、消え去ることを拒絶する者達がそこから逃げ出す、酔いに耽溺する街のことも、そして…必要以上に現世に関わろうとする、「幸福」の意味を履き違えた者達を…それらを『知り』、『人の世から遠ざける』とともに…『記録し続ける』者であることを。

「彼らの道は私達の道と違うものではありません。
 私が『彼ら』の同胞となり…その役目を果たして見せましょう。
 幻想を幻想のままに、我らの『存在』を護るために」
私は、その決意をもって、幻想の世界をあとにすることを決めた。

「ここまで来るのに、随分と遠回りをしてしまいました」
天井際の窓から薄く月光の差し込む薄暗い収容室の中、彼女は深く溜息を吐いて独りごちる。
そして怯えたような、恐怖の眼差しでこちらを見上げる檻の中の獣…小さなギンギツネに向けてそう告げた。
「あなた方に敵意はありませんが…あなたへ私がしてしまったことは、決して赦されることではない。
 理解を求めるつもりはありません。
 私も所詮は、如月の者と然程変わらないのですから」
でも、と、彼女は飾り眼鏡を直し、取り落とされていた白衣を身に纏う。
そして、その姿は見る間に…元の面影を全く残さないクリーム色の髪と、鳶色の瞳を持つ女性へ変貌する。
「確保、収容、保護。
 財団の理念は、私達と道を違うことはない。
 現世のものは現世に、幻想のものはその語り部のみを残し、幻想のままに」
彼女は、首にかけられたままのパスを見やる。
「まあ、『私』如きに割り当てられるのですから、致し方ないことですか。
 まずは多くの人の子がそうするように、少しずつ『上』の心証を得ていくこととしましょうか。なにしろ」
翻るパスの顔写真と名前は、彼女のそれに変化する。
そして。
「人間を化かすのは、わたしの得意分野ですから」
檻の中の獣は…白衣を翻し立ち去るその際、確かに見ていた。
寂しそうに微笑む藍の瞳に灯る、強い意志の光を。
「ああ、そうそう。あなたはもう、『元のあなたに戻ること』は出来ないでしょう。
 『今のあなた』が持つとされる異常性…『物の価値を入れ替える能力』は、他ならぬ私自身が持つ能力の一端に過ぎないのですから」
そして、檻の中の獣は急激な眠気に襲われる。
思考が全て溶けていく感覚。
心地よい浮揚感が、恐怖の感情とともに…なにかを、ながしはじめ…。
「私は今後も、あなたに関わる『実験』に立ち合うことになるはずです。
 私があなたを担当する職員であり続ける限り、能力は私が使ってあげます…そうである限り今後もあなたは『収容済アノマリー』として、扱われるはずです。
 もっとも、異常性が失せたと解ったところで、自由の身になれはしないのでしょうけど」
もうなにもきこえない。
なにもかんがえられない。
まどろみの中に、ただの子狐と成り果てたその思考が散逸していく。
「おやすみなさい。また、明日ね」
その言葉を最期に、彼女たちは完全に入れ替わった。

狐化かし』と呼ばれるその異常存在が、人知れず財団の職員と入れ替わったという真実は、会話を記録することのない監視カメラに残ることもないだろう。
財団職員となった狐化かしかのじょは、己の目的を果たすべく歩み始める。
消えゆく『幻想』の世界から、過酷な『現実』の世界へと。