四、百、千、万
アイテム番号: SCP-XXX-JP
オブジェクトクラス: Euclid Safe
特別収容プロトコル: SCP-XXX-JPはサイト-81██の低危険度植物生育ユニットに収容し、常にカメラによる監視を行ってください。
生育は異常性を知らされていない職員によってなされます。生育方法は通常のシロツメクサと同様ですが、担当研究員による監視を伴い、手袋を着用した上で生育させてください。また、生育にあたる職員は日替わりとし、業務終了時にはAクラス記憶処理を施してください。
生育中の職員が、SCP-XXX-JP-1を摘み取ったり、また手袋を外すなどオブジェクトへの素手での接触を試みたりした場合、監視員はただちに当該職員を拘束し、Aクラス記憶処理を施してください。
説明: SCP-XXX-JPは確率改変能力を持つシロツメクサ(Trifolium repens)です。異常性を保持している場合、葉はいわゆる「四つ葉のクローバー」と呼ばれる4小葉の形をとっており、異常性を喪失すると3小葉へ変化します。
SCP-XXX-JP=クローバー(通常は四つ葉、確率改変後は三つ葉となり異常性喪失)
SCP-XXX-JP-2=SCP-XXX-JP-1を流通させている女
(一般人の事象記録)(実験記録、研究員やDクラスが被験者)
(要注意団体の関与が疑われてる)
補遺1: (黒幕の女を確保、インタビュー)(要注意団体は関係ないことが判明)
補遺2: (オブジェクトクラス変更の過程、完全に収容しプロトコル確定)
予測
アイテム番号: SCP-YYY-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: [SCPオブジェクトの管理方法に関する記述]
説明: SCP-YYY-JPは愛知県███市にある███市立██小学校の校庭に存在した百葉箱です。
補遺: [SCPオブジェクトに関する補足情報]
ミルフィーユの何か
古文的な何か
——私がその惨状を目撃してしまったのは、たまたまその日に、サイトに来たからだった。
不運だった。
偶然の齎す、不運だった。
私は財団職員。何らかの奇怪な現象に巻き込まれる可能性は百どころか五千兆くらい承知だし、それが原因で死ぬことだって……まぁ、死ぬことは怖いし嫌だけど、それでも覚悟なしに働いてるわけじゃない。
……それでも、この惨状を目撃したことには、とても耐えられなかった。
何これ、どうして、なんで、……頭の中を、5W1Hの単語が無数に駆け巡った。
何せ私の職種はフィールドエージェント。今は在籍するサイトからある程度の距離のある会社に事務員として潜入している——つまり、サイトには基本的に立ち入らない。特別な用事でもない限り。
その、特別な用事があったせいで、私は。
SCPとして認定されることを招いた過去の愚行のせいで、私は。
半年毎に再評価チェックなんてものを受ける必要のあるSCPとして認定されるようなことをしでかしたせいで、私は。あぁ!
——私が見たサイト-8141は、それはもう、酷い状態だった。
暴動の、成れの果てだった。
もはやサイトは、サイトとしての機能を失っていた。
確かに、死者は一人としていなかった。
血の一滴も流れはしていなかった。
それでも、その代わりにあったものは、見るに堪えなかった。
あまりにも強すぎる異臭に湧き上がった吐き気を、どうにかこうにか堪えられた自分を、今でも自分で最大限に褒めたいくらい……酷かった。
トイレへと向かっているのであろうヒトの大行列は、もはやトイレに入る意義を失くしていた。確かに血は流れていないけれど、トイレは諦めて病院に行くべきだと思った。
わけのわからないこの状況。何かが収容違反したであろう、ということしか解らなかった。じゃあ何が?セキュリティクリアランスレベル2の知識しかない、その上この地獄絵図に困惑する頭じゃ、かなり大雑把な推測できなかった。
下痢や嘔吐……胃腸炎を起こす細菌系SCP?でもそれだけじゃなさそうだ。血こそ流れていないけれど、軽い暴行の痕や、軽い衣服の損傷もある。精神影響、認識災害の類でもある……?
……いや。
胃腸炎は大体食中毒によるものだ。
「…………確かに地獄は地獄でも、血の池地獄の方がまだマシだったかもね……」
「あんな地獄はもう二度と見たくないわ……今はもう笑い話にできるけど、あの頃一週間くらいは油物が食べられなかったもの」
201█年█月█日、Neutralizedとして分類されているSCP-014-JP-Jが再活性化しました。
SCP-014-JP-Jは現在、エージェント・████として財団に雇用されています。SCP-014-JP-Jは当時、他のエージェント2名と共に複数のAnomalousアイテムを回収し、サイト-8141へ向かっていましたが、その道中において突如、SCP-014-JP-J-2が出現しました。SCP-014-JP-J-2は回収していたAnomalousアイテムの1つを活性化、一般市民に曝露させ、認識災害による精神的苦痛を与えました。SCP-014-JP-Jは当事案の約半月前にあたる201█年█月█日のメンタルチェックでは異常性を認められず、再評価の必要なしと判断されていました。
共に行動していたエージェント・█がサイト-8141に緊急連絡し、SCP-014-JP-Jは駆けつけた機動隊員により確保、拘留されました。今後の処遇については、オブジェクトクラスの再分類も含め未定です。
インタビューログ014-JP-J
対象: SCP-014-JP-J
インタビュアー: エージェント・カナヘビ
<録音開始>
エージェント・カナヘビ: えーっと、確認やけど、自分、今は……その。
SCP-014-JP-J: 今の私は████です。あれは、今は眠っています。
エージェント・カナヘビ: 今は非活性状態、ってことでええんやね?
SCP-014-JP-J: はい。我が堕天使様は、酷く消耗しており、少しでも長い眠りを必要としていまして……。
エージェント・カナヘビ: あー、大丈夫大丈夫。無理してそないなこと言わんでもええよ。自分、つらいやろ。ついこの前のチェックでも問題なかったんやし。
SCP-014-JP-J: ……今は不活性であっても、あの時は活性化して、一般市民に異常存在を目撃させたんですよ。
エージェント・カナヘビ: せやけど、それならその時何かあって、それで活性化したんとちゃう? せやから教えてほしいんや。あの時、何があったん?
SCP-014-JP-J: (1分程度の沈黙)あの男は、あの子に……エージェント・██に、心無いことを言って、笑ったんです。ゲラゲラと、下卑た笑い方でした。
エージェント・カナヘビ: その時一緒におったエージェントの1人やね。どんなこと言ってたん?
SCP-014-JP-J: ……どうしても言わなきゃ駄目ですか。
エージェント・カナヘビ: まあ、できればでええんやけど……大体でええよ? セクハラとか、恫喝まがいのこと言われたとか。
SCP-014-JP-J: (1分程度沈黙し、震えた声で)異常性を失ったSCP-014-JP-Jに、SCP-014-JP-J-2について尋ねるとどうなるとか、報告書に書いてありますよね? それに近いことを、彼女は言われました。
エージェント・カナヘビ: ……ありがとう。それだけでも充分やで。あとはこっちで調査して、処遇を検討してくから。
<録音終了>
彼は、私の召使の一人だった。
「おや、誰かと思えば皇女様ではありませんか!」
両親は拘束されて、他の使用人達も財団や警察がどうにかして、もう二度と会うこともないと思ってたのに。
「とてもお元気そうで何よりです。あれほどに恥ずかしく苦しい思いをしたというのに、一体どのような教育でこの現実に適応できたのか、とても興味深いことですねえ」
召使は笑った。あの時と同じように。自分の望む私の顔を引き出すために。
「██? どうしたの、██?」
仲間の声が聞こえる。一番の仲間にして親友、エージェント・████。……エージェント? エージェントって何? この世界って、何? 違う。何かが違う。ああ、ああ、そうだ、私は王国の第一皇女だ!
魔法大戦によって荒廃した大地の中の唯一の王国、100,000ドミニオとこの世で最も広い、その王国の国王と女王に生まれた第一皇女!私は炎を司る魔法の使い手だ、魔法陣より炎を生じさせることができた!できたはずなんだ!ああ、Mein Leben war sinnlos! Mein Leben war sinnlos! 後に覚えたドイツ語は私に現実を突きつけた。なんて無意味な人生なの!
「何だ、貴様は」
——再び、声が聞こえた。
その声もエージェント・████だった。音源を追って姿を見ても、どう見てもエージェント・████だった。それでも、何かが違った。
「我が器の同胞たる者に対して無礼だぞ。何者だ?」
「うつわ? どうほう? あっははは、私はこの方の召使を務めさせていただいていた者ですよ!ハリボテの世界を現実と勘違いしちゃってたカワイソーな皇女様のね!」
「そうか。お前の身分になど興味はないが我も名を明かそう。奈落の悪鬼、黒き翼の堕天使アイスヴァインだ」
男は笑った。
私よりも滑稽で面白い人間を見つけた、と言わんばかりに、笑い転げた。豚の塩漬けと同じその名前を何度も繰り返し、腹筋が攣るんじゃないかと心配になる勢いで。
「人間の分際で、我に対して随分と無礼だな。第十二地獄ヘルより来たる我を恐れぬとは、面白い人間だ」
それでも、彼女はものともしなかった。そればかりか。
「だが……これを見てもそのような愉快でいられるのか?」
おい何してんだ、やめろ、その声はエージェント・█か、そう判別するよりも早く、彼女は確保したAnomalousアイテムを活性化させた。
「Mein Leben war bedeutungsvoll1」
発生した炎は、熱も燃焼力も持たないただの光。だがこの炎に触れた者は、本物の炎と同じような熱さを認識する。そういうアイテムだった。
SCP-014-JP-Jらが接触した人物は、SCP-014-JP-Jの確保に際し、財団に保護されました。曝露したAnomalousアイテムの認識災害によってパニック状態となっていたため証言は不明瞭でしたが、当人物はSCP-014-JP-EX-1の飼育者の一人であるSCP-014-JP-EX-B2であったことが判明しました。SCP-014-JP-EX-1は現在エージェント・██として財団に雇用されており、事案当時はSCP-014-JP-Jらと共にAnomalousアイテム回収任務にあたっていました。
SCP-014-JP-EX-Bは事案当時、すれ違ったエージェント・██がSCP-014-EX-1であることに気づき、悪意を持って接触したという旨の証言をしています。これはSCP-014-JP-Jの証言とも一致しており、SCP-014-JP-J-2の再出現に何らかの因果関係があると推測されます。
SCP-014-JP-EX-Bは既に警視庁公安特事課へ身柄を引き渡しており、処分を一任しています。
人型生物収容室。
一般的な居室のようにも、監獄のようにも思えるこの空間に、私は——SCP-014-JP-Jは、十数年ぶりに戻ってきた。
頭に血が上った、と言えばそれまでだ。
フィールドエージェントとして雇用されてから、ちょっとした好奇心からわざわざ黒歴史を掘り返そうとしたことで、間違ってアクセスして、彼女を知った。私に対するSCPとしての評価と似ているようでまるで違う、彼女を。
『そのように振舞うのがカッコイイ』と思って、クソみたいな妄想を真実と言い張って、自分からSCP認定された私とはまるで違う、彼女を。
……未だに誰にも真実を明かせていない、私とは、本当に違う。
彼女と初めて会った時は、まさかそのSCP-014-JP-EX-1だったとは思わなかった。アメリカ本部か、ヨーロッパのどこかの支部からの出向エージェントかな、そのわりには日本語が上手い人だな、としか思わなかった。一体彼女は、どんな思いで現実復帰プロトコルを受けたんだろう。自分が現実だと信じて疑わなかった世界の全てが、汚らしい大人達による嘘だったのだと……それを受け入れた彼女は、どれほど強く気高い人なんだろうか。
そんなカッコイイ人に、尚も悪意を向けようとする奴がいるなんて、許せなかった。
Explainedただの人間の分際で、自分の享楽のためだけに、彼女の絶望を引き出そうとした、その男が。
悪意を持って黒歴史を掘り返して、『恥』という苦痛を味あわせようとした、あの男が!
……とはいえ、私は財団に背くようなことをした。
Anomalousとはいえ、異常存在をわざと活性化させて、一般人に曝露させたんだ。解雇、そこまでいかなくても降格は免れない、と思う。
SCP-014-JP-J-2の再出現によるもので私自身の意図じゃない、と判断されても、それはNeutralizedとして分類されていたSCP-014-JP-Jの異常性が復活したことを意味するから、私はSCiPとしての扱いを受けることになる。
カナヘビさんは処遇を検討するって言ってたけど、もうエージェントとしては復帰できないだろうな。……そう確信した。
「████ちゃん」
噂をすれば何とやら。
「処遇、決まったで」
誕生日プレゼントとケーキ抜き、そんな程度じゃ済まされないことくらいわかってる。
それでも、後悔は微塵もしていない。間違ったこと、悪いことをしたとはわかってるけれど。
私がさらに上を行く恥をかくことで、彼女を恥という悪意から守ることができたのだから。
SCP-014-JP-Jの処遇決定
SCP-014-JP-Jには脳の精密検査と精神鑑定を行い、その結果に異常が見られなければ、サイト-9█に身柄を移送し、Euclidクラスのオブジェクトとして収容します。収容中は月に一度メンタルチェックを行い、半年間異常が見られなければ解放、フィールドエージェントとしての復帰が許可されます。
復帰する場合において、職員分類やセキュリティクリアランスレベルの変更については、復帰が確定してからの検討となります。
「財団は正義でも悪でもあらへん。嘘も方便とは言うけど、財団っちゅー組織には通用せえへんのよな。SCP-014-JP-J、随分と悪い子や」
彼女もまた、Explainedただの法螺吹きである。水槽を歩き回るサイト管理者はとっくに知っていた。知っていて、NeutralizedからEuclidへの再評価を導いた。
「ま、そんな悪い子にはちょうどええやろ」
架空の異常性をいつまでも認められ続ける——その羞恥こそを、嘘吐きへの仕置きとして。