aka-sabi

宇宙というのは素直ではない。
例えばほら、私達は宇宙からのスペクトルを観測しているのだけど。それがどれもこれもレッドシフトする。
赤方偏移というやつだ。宇宙からの情報は全て地上とはズレている。
だから、素直じゃない。
そんな素直じゃない宇宙に、私は親近感を抱き、同時に愛おしいとも思えるのだ。


サイト-██には200 m電波望遠鏡が存在する。これは直立する電波望遠鏡としては最大で、非常に高い分解能を誇る。例えば、日本最大の望遠鏡が45 mと言えばその規模がおおよそでも分かるのではないだろうか。
私はいくつかの書類を片手にサイトの電波望遠鏡管制室へ向かっている。高所に所在するここでは少し歩くのにも息が切れるが、好奇心をバネに小走り気味に進んんだ。
受け付けには無表情の女性がいた。構わず、書類を差し出す。

「これ」
「日本支部の知里弥生博士ですね。既に手続きは済んでおります」
「あ、そう。それで、PSR B0531+21の観測ってどこ行けば?」
「SCP-1548の観測であれば、特殊パルサー観測室です」
「パルサー。え、ミリ波の観測もしたいんだけど。申請したよね」
「重要性が低いという理由で却下されたと連絡を入れた筈ですが」

私は盛大に舌打ちをもらした。上層部の奴らは地球に高速で向かってくる天体光源が赤方偏移するにかにはまるで興味が無いらしい。もし解明されたら天文学全体の大いなる発見であるというのに。
まぁ、もし分かったとしても世間には公開できないのだが。

「…良いよ。パルスだけ観る。それじゃ」
 
 
PSR B0531+21はカニ座星雲に存在する中性子星の一種だと考えられている。こいつは不思議な事に、観測された場合にパルスを発生させる。しかもそのパルス、モールス信号になっていてロシア語から翻訳が可能であるという。回りくどい。
その信号は概して、観測者あるいは人類に対する脅迫や罵倒の類なのだが。
なおパルスが地球に届くまでに数千年以上掛かるため、その天体は実質的な未来予定をしている事になる。ただしそのような事実は天文学には関係がないので私には興味が無いが。
財団ではこの天体をSCP-1548として管理しているらしい。まぁそんな事はどうでも良い。
 
 
私は管制室の責任者と話し、現在制御用コンピュータの前で操作を行っている。対象の中性子星は確かにパルスを発しているようだ。それらはリアルタイムで記録され、別のディスプレイに英語翻訳で表記されている。
初めて見たがこれは酷い。『死スベシ』やら『滅ベ』やらと脅迫の嵐だ。まぁこうして率直なのは嫌いではない。過激派は案外好みである。
その後も私が観測を続ける間、延々と脅迫が続く。正直なところ遥か彼方からの罵倒など怖くもないのだが。

「てか、これ私宛? 薄汚い赤毛はなんたらって」

私は思った。随分律儀であると。
我々人類など塵にしか見えないような中性子星がわざわざ個人を特定して脅迫する仕事の細やかさ。

「こいつ、狙い何だろう。人類? 地球? 太陽系?」

普通に考えたら人類なのだろう。しかしやはり疑問が生じるのだ。気の遠くなる程遠方に脅迫を続ける意味について。もし私なら銀河系外に存在する知的な細菌にアプローチなど…

「いや、するかもしれない。うん」

ただし脅迫はしないだろう。少なくとも滅ぼそうなどとは考えない。
もっとも、それは自分の手が届かないことが前提ではあるが。

「手が届くなら滅ぼしたくなるものなのかね」

脅迫してまでも? わざわざ未来予知じみた方法を使って?
恐怖を与えつつ絶滅させようと言うのなら分からないでもないが、私なんかはアレが辿り着く前にとっくに死んでいる。

それに気になるのは報告書の補遺。次はお前たちのちっぽけな世界。追い詰めているつもりなのか知らないが、それにしても冗長過ぎる。我々の大半は気付いていないのだ。

そこで、私は一つの仮説を立ててみた。

「PSR B0531+21に向けてラジオ波を飛ばすとどうなる?」
「既にO5からのメッセージを出していますが特には。5000光年近く離れていますからね、届くのは2500年くらいかかるかと」
「へぇ。それじゃさ、これ送っといて」

さらさらと報告書の裏に短い文章を書く。それを読んだ管制官は怪訝そうな目をしていたが、上に掛け合ってみますと応じてくれた。

「ところでスペルミスがありますが」
「わざと。そのままで頼むよ、私からのラブレターなんだから」


宇宙は素直ではない。伝えたい事は歪めてしまう。だがそれは宇宙に限った事ではないだろう。
離れているほど、湾曲するのである。遠回りしてしまう。人間だってそうだ。近付こうとして、伝えようとして、上手く伝わらない事も多々あるものだ。

「博士ー。これ報告書まとめといて」
「……」

潮海実験補佐に紙束を投げると、彼女は嫌そうに目を細めた。これだってそうだ。私が敢えて彼女を博士呼びをしたのは。
嫌がると知っていたのにわざとそう言ったのは、きっとあの星と同じ。
きっと何かに気付いて欲しいのだ。

「……知里研究員、いや、知里"博士"」
「仕返しか」
「ページ足りませんよこれ」
「あぁ、恋文書いたから」
「待ってください何ですか恋文って。かつてないぐらい似合わなくて吐き気がしそうなんですが。というか報告書を裏紙扱いしないで下さい」

本気で気持ち悪そうな顔をしている潮海実験補佐に、私は手にしていた土星のぬいぐるみをぶん投げた。
つまりは、こういうことなのだ。私はそう思いたい。都合が良過ぎるかもしれないが、考えるのは勝手だろう。

そしてもしそうならば、私達は期待に応えてやらなくてはならない。時間は十分にあるのだから。
遠い未来に想いを馳せて。あの日の言葉を現実とするために。

実験記録: 20██/██/██

実験対象: SPC-1548

方法: SCP-1548に向けて███MHzのラジオ波にメッセージを乗せて照射しました。内容は以下の通りです。

"We ware freed from our little world."
              Dear "heartful" star

(私達はこのちっぽけな世界を飛び出したぞ。
                  親愛なる同類へ)