AAA9879の下書き市場

私は腹をイッキにかっさばいた

…ケタケタケタ…ヒヒヒヒ…カカカカカカ…

やめろ 私を笑うな



…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

私はウッスラと目をさました時、忠実な電気の奴隷は私の命を刻んでいた。その電子音は周期的に私の鼓膜を震わせた。

音に耳を傾けながら私は辺りをグルリと見回した。恐らく、深夜である。窓はマックラである。

ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

…パリッとした検診衣、キチンとした白いベッド、トクトクと流れる点滴、無機質な部屋…

…病院だろうか…イッタイ何故…

私はビクビクしつつそう考えた。フト私は己が何者かを思い出していない事に気付いた。己が何者かを思考する。

…私は……タローラン。財団の、職員。

私の記憶のダムはグワッと決壊した。私は頭をガツンと殴る。グワングワンと脳が揺れる。



ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

電子音は私の意識を再び覚醒させた。ゴクリと唾を飲む。自身の手が心臓や脳を握っていない事を確認する。

…助かったのか…ヤット終わったのか…

ホウッと息を吐く。ソコマデ覚えておらず不確かな記憶ではあるが、血、血が、た、お、私の…

ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

どうやらココは個室なようだ。いくらグルリと見回してもここのベッドしかない。ナースコールは見当たらない。

…おかしい…静かすぎる…私の他には誰もいないのか…

ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

電子の奴隷は私の懸念を他所にセッセと笛を吹く。

…財団のマークがマッタク無い…

財団は、アチラコチラにマークを付けるほど幼稚では無いが、時計やドア、チョットした消耗品にはチラホラ付いていた。しかし、この部屋にはマッタクない。時計やドアにもナシ。部屋の隅々まで見回しても1つもない。

…どこの部屋に1つはあったのに…

ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…

時計を信じると私が目覚めてから3時間ぐらいたった。今は午前3時過ぎである。体の調子はすこぶるヨシ。どれ、この病院の正体でも突き止めてやるか…

…自分が思うより私はノウテンキなニンゲンらしい…

近くの棚にあったくたびれたスリッパ——床の冷たさが伝わるほどの——を拝借してペタペタと歩く。電子の奴隷とは別れを告げたが、点滴はひッこぬくのが怖かったので杖として一緒に連れていこう。

ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

病室の扉はアッサリと開き私は廊下に出た。特にオカシな所は無く足元に灯りが点いていた。私は部屋から出てスグにあった病院の各階案内図を見て目的地を定めた。

…ココは3階か…取り敢えず1階のナース・ステーションを目指そう…患者が直接行くというのは如何にもマヌケな話だが、来ないので仕方がナイ…流石に誰か居るだろう….

ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

….不審だらけなこの病院だが、一般の新しい病院だと考えれば辻褄が合う….マークがないのはトウゼン…他に入院患者が見当たらないのも新しい病院ならトウゼンだろう…

…では誰が私をここに入れたのか…

無人の廊下は清潔感あふれる清純な白色であり、新しい病院であることを物語っていた。

ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

チラチラと他の病室を見ても、名札入れはカラッポであった。ゾッとするが、自分にここは新しい病院だ。と言い聞かせて階段を目指す。途中にエレベーターがあったが、ランプが消灯しており、深夜の為動いていないらしい。

ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

5分ぐらいであろうか。アッチコッチとデタラメに歩いた末に、ようやく階段を見つけた。

ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

ユックリと足元に気を付けながら降りて行く。一段一段は小学校の様に浅く低く、足元辺りに灯りが点いているため点滴を持ちながらでもコケることはなかった。踊り場には階が示された板が取り付けられていた。

2F

…2階か…しかしココに用は無い…早く1階に行こう…

コツン…コツン…コツン…コツン…コツン…

ヒトがいる。私はオドロキの余り階段で尻餅をついてしまった。誰かの足音は廊下の突き当たりの角の向こうから聞こえてくる。音の正体を突き止める覚悟を固めた後、万が一を想定してソロリソロリと抜き足差し足で音に近づく。

コツン…コツン…コツン…コツン…コツン…

あともう1mという所で私はフト違和感に気付いた。

…音源の場所が変わっていない…

試しにその場で立ち止まり耳をすませる。やはり、音は一定で移動している様子は全く無い。嫌な胸騒ぎが駆け巡る。しかし、好奇心は恐怖を上回り角の向こうを覗き込んでしまった。




コツン…




それは想像通りヒトであった。私と同じく検診衣を身に纏い壁に手をつきながらもシッカリと立っていた。

狂った様に額を壁にぶつけながら。
壁は赤黒い血で濡れており、また、それの顔の真ん中も縦に赤黒く血塗られていた。更に鼻と耳は潰れ、髪は頭皮ごと削げ落ち、口はただの穴であった。真っ黒な目のみが機能を果たしていた。

その余りの惨状に私は言葉を失い、思わず目をつぶった。すると次の瞬間、

トン…

私の首に人の手の様なモノが触れた。
2つの黒が私を覗き込んでいた。
私はガムシャラに振りほどき、急いで階段へと逃げる。点滴は引っこ抜き後ろに投げ捨てた。甲高い破壊音がするが気にしていられない。

ダッダッダッダッダッダッダッ

….だっ、だれかっ….助けてくれっ….
….この病院はダメだ…. ….殺される….….死にたくない…. ….怖い….
….私もアアなるのか….? ….財団に知らせなければ…. ….何で….どうして….

ダッダッダッダッダッダッダッ

階段を駆け下りる。私は逃げる事だけを考えていた。1階へと駆け下りる。

ダッダッダッダッダッダッダッ


ナースステーション

ドンドンドンドン
「スッ、スミマセン!」
私はナースステーションのドアを叩き甲高い声を上げる。背後より迫りきているであろう恐怖は1人では抱え込まれなかった。

ガチャリ
「ハイハイ…ナンの御用でございましょうか…っ?」

ドアは開き、現れたのは今度こそ真っ当な人—中年の男性—であった。私は彼が驚くのを無視して中に入り、ドアを閉め鍵をかける。

「チョット、ナンですかアナタは…イキナリ押し入って…」

「バ、バケモノが…」

私は事情を説明する。気狂いのバケモノがいた事、それが私の首を掴んだ事、命からがら逃げてきた事。
彼は困惑しており、私が何を言っているのか理解できなかったようだ。
「幻覚じゃァナイんですか…?ココにはアナタ1人しか入院患者は居ませんよ…」
私は違う違うと必死に首を振る。それは確実に実体があり感触もあった。
「幻覚を見るヒトは幻の感触も感じるモノナンですがねェ…マァ、分かりました。暫く待って何も起きなければ私が様子を見て来ますよ…」
彼は渋々としながらも私の話を聞き入れてくれた。

…欲を言うなら今すぐに警察を呼んで欲しかったが、話を聞いてくれただけでもヨシとしよう…


カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…

カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…

カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…

カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…

カチッ…カチッ…カチッ…カチッ…

カチン。

ブウゥゥゥン…ブウゥゥゥン…ブウゥゥゥン…ブウゥゥゥン…

4時になった。
私はチョットした物音にも敏感に反応してビクビクと怯えていた。しかし、30分近く何も起きず、私の恐怖は少し薄れてきた。

…本当に幻覚だったのだろうか…

彼はダラダラと何らかの書類を作成していたが、筆を止めて机の引き出しから懐中電灯を持ち出し、

「じゃァ…少し見てきますね…電話が来たらほっといて構いません…直ぐに留守電になるので…」
とぶっきらぼうに私に伝えて出て行こうとした。
その時、私の背筋がゾワリとした。

…ヤツは私が1人になるのを待っているのではないか…既にそこまで来ていて彼が出て行った瞬間に私の首をへし折るのではなかろうか…

そう考えると、ひたすらに怖くなり1人になる事は耐えられなくなりそうであった。

「アノ…私も付いて行ってもイイでしょうか…?」

彼は怪訝そうに私をマジマジと見つめ、何か思う所があったようだが、首を縦に振った。

コツン…コツン…コツン…コツン…コツン…
ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

階段を登り2階へと戻る。
私は今にも飛び出してくるのではないかと戦々恐々していたが、ネズミ1匹現れなかった。
しかし、首に触れた生々しい肉の感触は未だに消えていなかった。

…やはりヤツは幻覚ではナイ…確かに私の首をへし折ろうとしていた…

その恐怖を誤魔化すが如く私はゴクリと喉を鳴らした。

コツン…コツン…コツン…コツン…コツン…
ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…ペタ…

ヤツと遭遇した曲がり角に辿り着く。

そこに赤黒いシミは無く、他の壁と同じくマッサラな白色であった。

…いない…血糊もない…ぃないっ…ぃないっ…

床や扉、天井にいたるまでクマナク探し回るがタダの1滴の血も見つからなかった。

「ホラ、やっぱり何もいないじゃないですか」

彼がアキれまじりに振り返る。

「ゼンブあなたの幻覚ですって…」

…いや、ソンナ訳がない…

「た、たしかに居たんですよ…手を伸ばして、私のクビを…」

「まァだ意地を張りますか…サァ、病室に帰りましょう」

「デモ…」

…もしや私がホントウに気グルなのだろうか…

私は彼の重なる否定に自分が見たモノを信じられなくなり、甚しい虚無感に襲われ、ハァとクビを項垂れる。

フト彼の名札が目に入る。何の変哲もナイ極々普通の名札であったが、その名前に見覚えがあった。

…ソウだ…確かSCP-3999の時にいた…

…SCP-3999?…ナンだそれは…?..いや、覚えてはいる…

…タローラン…私が行方不明になって…

…ソノ調査で会った覚えが…ソウだ…ソノ行方不明の原因が…SCP-3999として登録されて…それから…アノ地獄が…

……

…私が行方不明…?

…私が行方不明になって、その調査に私が…

…ソモソモ何故彼がココに…

私の記憶が矛盾している。ボタン1つ掛け違えた所ではナイ。根本から、もっと深い所から間違っている。

そして私は彼に問うてしまった。

「わ、私は、誰ですか?」

彼はピタリと止まる。彼の顔はみるみる歪み、嘆きの表情になる。

彼は崩れ落ちて地の底から響くような唸り声を上げ、バッと顔を上げる。

「馬ッ鹿だなぁ〜」

彼はボロボロと涙を流し、もはやそこに胡乱な看護師はおらず恐怖に怯える無力な人間であった。

「どおォしてあんなのと関わっちまったんですか。放っとけなかったんですか。なんて馬鹿なんだ。コンドラギ博士って!」

頭をムシャクシャに掻き毟り、血が出てもなお彼は止めなかった。

「違うんですよ!バケモノがいるとかいないとかそういう問題じゃァないんですよ!」

頭皮が剥げ落ち、彼の手は顔へと向かい皮を剥がそうとする。

「救いなんてナイんです。夜明けなんて来ないんです。眠る心に逃げたって梟が逃がしてくれないんですよ!」

鼻は削げ落ち、口は無くなり、耳はもげる。

「コンドラギ博士っ、わっ、私が何度も何度も喰われて潰されて締められて死んでっ、死ん、死、死はなんっ、なんてっ、うれしくてっ、」

彼は壊れた様に泡を吹く。

私は指1つ動かせ無い程に凍りついた。

…私がコンドラギだと…

…ソンナ訳が…私はタローランだ…

…コウシテここに生きているではナイか…

…ソウだ…私、タローランが死んでいる訳ないんだ…

「まっ、マァァァダ認めないんですか?アナタはドレイヴン・コンドラギだ。ジェームズ・タローランは死んだんですよ。」

彼は落ち着きを取り戻したと言うよりも、入れ替わったと言う方が適切だと頭の何処かで呑気に思った。もう二度と彼は戻って来ないだろう。

「わ、私はタローランだ…騙されるものか…」

「じゃァ子供の頃の記憶を言って下さいよ。」

「ソンナの、幾らでも—」
ハッキリと覚えている。私が子供の頃は—

私は…?
ソンナ訳が無い。
全部きれいさっぱり覚えていない訳が無い。
何か、何かが。
両親 公園 クラブ 通学 クリスマス 友人 大学 財団のガイダンス

コンドラギ博士

「コンドラギ博士と出会う前の事を全く覚えていないンでしょ?それは忘れたんじゃァなくて知らないんですよ。」

…ソンナ訳が…
…私はタローランだ…

「き、記憶処理だ。私にナニかがあって、それで—」

「記憶処理。記憶処理ですか。では博士と出会う前はそれで良いとしてもSCP-3999はどうしますか?」

私は必死に思い出そうとする。許されるなら脳みそを直接いじって記憶を探したかった。

…ないっ…ないっ…ないっ…

記憶がマッタク無い。いや、ある。
あるが、矛盾している。
行方不明の私の調査に私が行く。
私が私を探す。

「分からないんですよね?そりゃァそうですよ。アナタがコンドラギ博士なんだから。」

全部SCP-3999の仕業にできたらどれ程楽だろう。